科学技術のアネクドート

ボンタンに「おとなしい男子とは自分はちがう」を託す

写真作者:naosuke ii

1980年代からすくなくとも1990年代前半ごろにかけて、中学生や高校生の男子の学生服に、「ボンタン」とよばれるズボンを履くことが地域によっては流行していました。

ズボンのボンタンのかたちは、ももまわりのわたりが広く、くるぶしのあたりの裾が細いというもの。柑橘類に「文旦(ぼんたん、ぶんたん)」とよばれるミカン科の植物があります。ふつうは「ザボン」とよばれています。ボンタンの種類によってはへそのほうがしぼんでいくかたちをとっていることから、このズボンにも「ボンタン」のよび名がついたという説があります。しかし、真偽は定かではありません。

ボンタンほど極端なかたちではなくても、ストレートタイプのズボンでなく、裾のほうが細くなっているズボンを履こうとする男子もいました。

1980年代や1990年代前半ごろ、どんな中高生男子がボンタンやその類のズボンを履いていたのでしょうか。この時代を過ごした経験のある人は、「不良じみた態度をとって虚勢を張る、いわゆる“つっぱり”と称される男子」「自分が“つっぱり”である自覚はないものの、ほかの男子生徒とは一線を画したいという意識が芽生えている男子」「そうした男子たちの流行に追従していくことをめざしている男子」などが、ボンタンやその類を履いていたと顧みます。

かんたんにいうと、「学校指定のストレートタイプのズボンを履いているおとなしい男子たちと自分はちがうんだ」ということを服装で示したいという男子たちの意識が「ボンタンを履く」という行為に現れていたのでしょう。中学1年生のときはストレートタイプのズボンを履いていたものの、上級生になってからボンタンを履きはじめるという男子もざらにいたようです。すこし勇気が要ったのではないでしょうか。

どのように当時の中高生は、「ボンタンを履くことが、おとなしい男子とちがうことを示すことになる」と認識していたのでしょうか。

当時、社会では、つっぱり高校生の日常を描いて映画化もされた「ビー・バップ・ハイスクール」や、また「ろくでなしBLUES」といった漫画が流行していました。もちろんこうした、マス媒体を通じて、中高生の男子が「かっこいい」と影響を受けて、ボンタンを履こうとしたという要因はあるのでしょう。

しかし、当時の時代を過ごした経験者は、中学校に入学する前に上級生がそうした格好をしているという情報を得たり、あるいは入学後そうした格好を目の当たりにしたりし、つまり身近な上級生がボンタンを履いているという影響を受けて、「自分も履かなければ」と思うに至ったという要因のほうが大きいのはではないかと分析しています。

たとえば、ボンタンを自分よりいちはやく履いている兄がいれば、その弟は兄のファッションに感化されて、すくなくとも「ボンタンというズボンがある」と意識したことでしょう。その弟自身は当然、同学年の友人がいるので、ボンタンというズボンがある話を彼らにします。こうして、「ボンタン」あるいは「ボンタンを履くのはかっこいい」という文化的遺伝子は、中高生の間に広まっていったのでしょう。

厳しさの程度はまちまちながら、多くの学校に「学生服を着なければならない」という校則があるなかで、ちょっとでも「おとなしい男子」と差をつけたいという思いを実現する手段が、当時の中高生のあいだでは、ズボン選びでは「ボンタン」や類する形のものに集中していたのでしょう。

参考資料
ニコニコ超百科「単語記事: ボンタン(学生服)」
http://dic.nicovideo.jp/a/ボンタン%28学生服%29
| - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
発想を出しあってまとめる「アイデアソン」も

写真作者:Kenichi Takahashi

きのう(2017年)4月28日(金)のこのブログの記事「『ハッカソン』世界の各地で開かれる」では、数日間から数日にわたり、集中的にプログラム開発やサービス考案などの作業を競いあう「ハッカソン」という催しものをとりあげました。

ハッカソンでは、プログラミングなどの情報技術における専門的な要素も入るため、その手に詳しくない人には参加しづらい部分もあるかもしれません。

「ハッカソン」とにているものの、より多くの人がとっつきやすい催しものとして「アイデアソン」もあります。「なにかの主題について、班ごとに発想しあい、それらをまとめていくかたちの催しもの」とされます。

アイデアソンも各地で開かれているようです。ニュースを見るだけでも、イー・エージェンシーという企業が地域創生を目的としたアイデアソンイベント「さぶみっと! ヨクスル in 仙台」を開催する予定だったり、広島銀行と広島市がお金にまつわる新サービスをテーマとする「ひろしま金融アイデアソン」を開催したり。

ウィキペディアの「アイデアソン」の項目には、アイデアソンの流れとして、「アイデアソンの説明」「テーマの説明」「問題定義」「アイデア出し」「アイデア絞りこみ」「ブラッシュアップ」「発表」といった手順が示されています。

発想をする場を用意するという点では、アイデアソンはブレインストーミングに通じます。現にハッカソンでの「アイデア出し」の段階を、ブレインストーミングとよぶこともあるようです。ただし、アイデアソンではアイデア出しをしたあと、それを班としてまとめ、発表することまでします。

また、問題定義、つまりあたえられたテーマの問題点を出して定めていく作業があったり、アイデアを絞りこんでいく作業があったりするという点では、企業でおこなわれている課題解決のための会議にも通じています。

アイデアソンのような催しものでも、「なんのためにそれをやるのか」ああるいは「やることを目的とするのか、手段をするのか」といったことを主催者が明確にしておくことは大切といえましょう。

催しものを開く目的によっては、たんなる催しもので終わらせることなく、そこで出た優秀な発想を、主催者が抱えている課題の解決などに活かすということまでが求められます。また、そのほうが主催者が手間ひまをかけてアイデアソンを開く意義や、参加者のもりあがりも感じられるものかもしれません。

参考資料
仙台市 2017年4月13日発表「さぶみっと!ヨクスルin仙台を開催します」
http://www.city.sendai.jp/kikakushien/jigyosha/yokusuru.html
日本経済新聞 2017年4月25日付「金融アイデア 老若男女競う 広島銀と県、初のイベント」
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO15688510U7A420C1LC0000/
富士通総研「共創コミュニティ開発型ハッカソン/アイデアソンの意義と作り方(1)」
http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/businesstopics/hackathon/approach/
富士通総研「ハッカソン/アイデアソンをイベントで終わらせないために」
http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/businesstopics/hackathon/nextprogram/
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「ハッカソン」世界の各地で開かれる

写真作者:Andrew Eland

世界のさまざまなところで「ハッカソン」という催しものが開かれているようです。

「温泉ハッカソン『SPAJAM2017』、大阪から予選スタート」(ケータイWatch)

「トランプ政権によって、政府機関サイトにある気候データなどを消去される可能性を懸念するハッカー、科学者、学生たちが、各地でハッカソンを行い、誰でも参加できるプラットフォームを構築しようとしている」(WIRED)

「JINSが2017年2月にIoTハッカソン開催」(ITpro)

このように、とくに情報通信系のニュースサイトで「ハッカソンが開催される」という情報が多く載っています。

「ハッカソン」は、“hack”(ハック)と“marathon”(マラソン)というふたつのことばをつなげたもの。hackは、もともとは「たたき切る」といった意味ですが、近年では「コンピュータを熟知しした人がハードウェアやソフトウェアを活用しつくす」といった意味あいで使われています。「ハッカー」(hacker)というと「情報システムに不正侵入する者」という悪者の意味で捉えられますが、「ハック」そのものが否定的な意味をもっているわけではありません。

「コンピュータを熟知しした人がハードウェアやソフトウェアを活用しつくす」ような行為を、マラソンのように長時間にわたりつづけるということから、「ハッカソン」には「数日間から数日にわたり、集中的にプログラム開発やサービス考案などの作業を競いあう」という意味がありました。米国では1999年にはサン・マイクロシステムズの社員などが、ハッカソンをしはじめていたとされます。

いまも、情報技術に近い分野で「ハッカソン」が開かれる向きはあります。

冒頭の「温泉ハッカソン」も、温泉の効能や経済効果をいかに高めるかを競いあうのでなく、モバイルコンテンツの開発者たちを温泉のある場所に集めて、そこで競いあわせたり交流してもらったりするというもの。

また、「トランプ対抗ハッカソン」の指すものは、トランプ政権が重要なデータを消してしまうと心配している人たちが、航空宇宙局(NASA)の科学プログラムのデータや、エネルギー省に蓄積されたデータなどをを、政府とはべつのサーバーに保存する作業のようです。

人は、「催しもの」や「競技会」といった、特別な場を示されると、日常生活を送っているときよりも、集中力を発揮するもの。ハッカソンは、人のもつそうした性をうまく利用した催しものともいえそうです。

参考資料
ケータイWatch 2017年4月24日付「温泉ハッカソン『SPAJAM2017』、大阪から予選スタート」 
http://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1056664.html
WIRED 2017年4月3日付「密着! NASAの研究データを救おうとする『トランプ対抗ハッカソン』の一日」
http://wired.jp/2017/04/03/diehard-coders-just-saved/
ITpro 2016年12月15日付「JINSが2017年2月にIoTハッカソン開催、視線などでデバイス操作するアプリを無料提供」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/121503760/
デジタル大辞泉「ハッカソン(hackathon)」
https://kotobank.jp/word/ハッカソン-684539
日立ソリューションズ「ハック」
http://it-words.jp/w/E3838FE38383E382AF.html
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年がら年中「何々進行」



ほとんどのものがそうですが、しめきりのある仕事をしたり、毎週や毎月など定期的に納品をする仕事をしたりする人にとって、世のなかで認識されている大型連休や年末年始は「敵」であるという考えかたがあるようです。仕事のしかたに悪い影響が及ぶからです。

たとえば、出版業界などでしばしば人びとが話題にしあうのが、「何々進行」とよばれる仕事のしかたです。

「年末進行だから、校了日が2週間も早くなるのか……」
「お盆進行だから、前倒しでやらないとたいへんなことになるぞ……」

世の中的に連休ということは、自分の取引先の企業は基本的にはお休みとなります。そのため、連休の日数分を避けて、仕事を進行させなければなりません。そうした仕事では、通常よりも進行が「後ろだおし」になることはまずないため、従来より短い期間で仕事をしなければならないことになります。

では、「何々進行」にはどのような種類のものがあるでしょうか。

いまがまさにそうですが、4月から5月にかけては「ゴールデン・ウィーク進行」があります。

そのつぎに待っているのは、8月の「お盆休み進行」です。

さらに暦の関係によっては、9月に休日が多いと「シルバー・ウイーク進行」をおこなうこともあります。

そして、12月から1月にかけては「年末年始進行」となります。一般的には、年内にやるべきことを済ませなければならないため「年末進行」とよばれますが。

これで終わりではありません。連休や年末年始とはちがうものの、2月から3月にかけては、2月の日数が3日も短いため、あまり意識されないかたちで、「日数短縮進行」がおこなわれます。これについては、当ブログの「2月は、3月に影響を残して逃げる」「人は『2月が短かったこと』を3月になると忘れてしまう」といった記事をご覧ください。

さて、どうでしょう。1年のうち「何々進行」を強いられる機会が、4回または5回は訪れることになります。となると、とくに毎月の周期で仕事をしているような人にとって、もはや「今回だけは気合を入れて前だおしをしよう」と考えるような頻度ではないのかもしれません。

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「科学ジャーナリスト大賞2017」に中国新聞の記者3名、低線量被曝を主題に連載


日本科学技術ジャーナリスト会議は(2017年)4月27日(水)、「科学ジャーナリスト賞2017」の贈呈作品を決めたことを発表しました。

大賞が贈られるのは、中国新聞編集局ヒロシマ平和メディアセンター記者 金崎由美さん、おなじく報道部記者の藤村潤平さん、それに馬場洋太さん。中国新聞で2016年3月から11月にかけて連載された「グレーゾーン 低線量被曝の影響」に対するものです。

贈呈理由を、「科学的な見方が分かれる低線量放射性被曝の健康影響について、地道にきめ細かい取材を通じて多角的に迫った労作。被爆地の新聞ならではの、原爆被爆と福島原発事故による被曝とのつながりを求めつつ、バランスのとれた丁寧な取材が光っている」としています。

また、賞は2017年度は3件。

早稲田大学政治経済学術院教授の瀬川至朗さんに贈られます。筑摩書房から刊行された『科学報道の真相 ジャーナリズムとマスメディアの共同体』の著作に対して。

贈呈理由は、「STAP細胞報道や福島原発事故報道の失敗、地球温暖化に対する報道の揺らぎ、その3つをテーマに科学報道の特色を分析し、その在り方を考察した好著。科学ジャーナリストを目指す人にとっては格好の教科書となろう」というものです。

また、NHK取材班代表、NHK広島放送局放送部副部長の松永道隆さんにも賞が贈られます。NHK出版から刊行された『ゲノム編集の衝撃「神の領域」に迫るテクノロジー』の著作に対してです。

贈呈理由は、「『ゲノム編集』の将来性をいち早く見抜いて、早くから海外取材にも取り組み、この技術が社会に及ぼす計り知れない影響について、分かりやすくまとめた好著である。素朴な疑問を積み重ねていく取材態度がとりわけ高く評価された」というもの。

また、NHKエデュケーショナル特集文化部ディレクターの佐々木健一さん、統括プロデューサーの高瀬雅之さん、NHK編成局コンテンツ開発センターエグゼクティブ・プロデューサーの丸山俊一さんにも賞が贈られます。2016年5月2日に放送された「ブレイブ 勇敢なる者「Mr.トルネード 気象学で世界を救った男」の番組に対してです。

贈呈理由には「若くして渡米し日本ではあまり知られていない気象学者、藤田哲也博士の業績を分かりやすく紹介した作品。航空機落下事故の原因としてダウンバーストを最初に主張し、今では広く認められているが、その背後に、学生時代に調査にあたった長崎原爆の爆風調査があったという事実は圧巻だ」とあります。

科学ジャーナリスト賞は、科学技術に関する報道や出版、映像などで優れた成果をあげた人を表彰するものです。社会的なインパクトがあることを重視して選考されます。今回で12回目。

応募作品は、新聞3、書籍38、雑誌3、映像25、画像2、企画展示2の計73作品でした。

受賞者のみなさん、おめでとうございます。

日本科学技術ジャーナリスト会議の発表「『科学ジャーナリスト賞2017』の受賞作品が決まりました」はこちらです。
http://jastj.jp/#20170426
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クロックをめぐり「ムッシュー」が先か「マダム」が先か

街の喫茶店やパン屋には、いろいろと小洒落た惣菜パンがおかれています。

「クロック・ムッシュー」や「クロック・マダム」などという名札が立てられた惣菜パンも見られます。

クロック・ムッシューは、ハムとチーズをパンではさんで表面を焼いた、温かくして食べるサンドイッチのこと。パンとパンの間から溶けでるチーズが食欲を誘います


クロック・ムッシュー
写真作者:Andrew Mager

いっぽう、クロック・マダムはというと、クロック・ムッシューの上に、半熟の目玉焼きなどを乗せた、温かくして食べるサンドイッチのことをいいます。


クロック・マダム
写真作者:Ron Dollete

よく考えてみれば、「ムッシュー」はフランス語で、紳士などによびかける「ミスター」のようなことば。そして、「マダム」は、おなじくフランス語で「婦人」といったことば。おなじ温めるサンドイッチで、男性と女性に対するよび名が使われているわけです。

まず、クロック・ムッシュー(croque-monsieur)の「クロック」は、フランス語で「カリカリ」といった音の擬音語といいます。ですので、クロック・ムッシューは、さながら「ミスター・カリカリ」といったところでしょうか。

ちなみに、日本での洋食「コロッケ」も、フランス語で「カリカリと音を立てて噛む」の意味の“croquer”(クロッカー)が転じて、食べものの“croquette”(クロケット)となり、これが日本で「コロッケ」とよばれるようになったという説もあります。

では、どうして、クロック・ムッシューに半熟卵を乗せたものが、クロック・マダムとよばれているのか。これには単純に「ムッシュー」と名づけたサンドイッチがあるので、それと区別するために「マダム」をつけるようにしたという説があります。

ただし、先にクロック・マダムがまずあって、半熟卵を乗せない簡易型のサンドイッチが誕生し、これが区別のためにクロック・ムッシューとよばれるようになったという説もあるようです。

参考資料
マダムTOMATOの“グルメ・ガーデン”「Pain perdu au fromage Croque Madame クロックマダム」
http://www.franco-japonais.com/tomato/recettes/186_croque_mme.php
フレンチとイタリアン「クロックムッシュー(仏croque-monsieur)クロックマダム(仏croque-madame)」
http://hiro-french-italy.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-ccfc.html
ウィキペディア「クロケット」
https://ja.wikipedia.org/wiki/クロケット

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冷たくなくても「冷たい」
冷たい氷や水ではないのに、口に入れると「冷たい」と感じる食べものがあります。むかしは「クールミントガム」、いまでは「フリスク」あたりがその代表格でしょうか。多くは嗜好品として食べられています。

これらの食べものから「冷たい」と感じられるのは、そうした作用をもつ成分があるからです。その成分を「メントール」といいます。クールミントガムには包袋に「天然メントール使用」と記されてあります。フリスクには「香料」とだけありますが、おそらくはメントールかその類がふくまれていることでしょう。

メントールは、炭素原子10個、水素原子20個、酸素原子1個からなる無色の結晶で、テルペン系アルコールとよばれるアルコールの一種です。自然の世界から得られるものは薄荷脳(はっかのう)とよばれ、植物のハッカや、またペパーミントともよばれるセイヨウハッカなどから得ることができます。


ハッカの葉

メントール入りの食べものを口にすると、どうして冷たいと感じるのか。そこには、からだの「温度受容器」とよばれるしくみがかかわっています。

温度受容器は、温度を刺激として受けとり、それを脳に伝えるためにからだに備わっている器官のこと。タンパク質でできています。ヒトをふくむ哺乳類には、温度により活性化する受容器が9種類ほどあります。17度以下で活性化する温度受容器から、43度以上で活性化する受容器まで揃っているため、冷たい、ぬるい、温かい、熱い、と順に感じることができるといいます。

温度受容器のひとつに、25度から28度ぐらいの温度を刺激として受けとる「TRPM8(トリップエムエイト)」とよばれる受容体があります。このくらいの温度は低い部類に入るため「冷受容器」ともよばれます。

このTRPM8は、25度から28度ぐらいの温度の刺激で活性化するだけでなく、じつはメントールを刺激として受けることによっても、おなじように活性化することがわかっています。TRPM8が受けた刺激は、脳で「冷たい」と感じるものであるため、メントールの刺激を舌の受容器が受けることによっても「冷たい」と感じるわけです。

さらに、メントールと、25度から28度ぐらいの冷たい刺激を同時にTRMP8が受けると、活性化しはじめる温度が高くなるそうです。つまり、メントールの刺激が加わることで、ふだんより高い温度でも「冷たい」と感じるようになります。

参考資料
富永真琴「温度受容のしくみ」『サイエンスネット』
https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/42/sc42-1.pdf
富永真琴「温度を感じるしくみ――受容体分子の発見」
https://www.soken.ac.jp/file/disclosure/pr/publicity/journal/no10/pdf/p40-45.pdf
ブリタニカ国際大百科事典「メントール」
https://kotobank.jp/word/メントール-142003
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和太鼓の音に胎児のころの記憶


和太鼓を叩く音色を聞いていると、表現しがたいような「懐かしさ」を感じる人がいるといいます。なかには「なにか」に感動して、和太鼓の演奏中に涙がこぼれてくる大人の観賞者もいるといいます。

どこまで学術的に明かされているかはべつとして、この表現しがたい和太鼓のひびきの「懐かしさ」には、観賞者の胎児のときの“経験”が関係しているという話があります。

太鼓を打つと「ドーン」と音がします。この音は、さまざまな高さの音が混ざりあって、ひとつの音に聞こえているもの。音の高さは「周波数」で表すことができます。

周波数は、音波などの周期のある波の毎秒のくりかえし数のこと。毎秒でのくりかえし数が多くなるほど音は高くなり、逆にくりかえし数がすくなくなるほど音は低くなります。

実際、和太古の周波数を測ってみると、150ヘルツを頂点として、500ヘルツほどまでのさまざまな周波数の音が混ざっているというデータが得られたという調査もあるようです。

では、胎児のときの“経験”とはなにか。太鼓を打つことで発する音のなかには、胎児が母親のお腹のなかで用水を通じて聞く心臓の拍動音と通じる周波数があるとする話があります。

そのため、和太鼓の響きが思わず懐かしくなって、つい涙がこぼれる大人が現れるといいます。また、幼い子どもが和太鼓の音を聞いていると、すやすやと眠りだすことがあるともいいます。これも、胎児のころの経験がかかわっているともいわれています。

実際、胎児のころの感覚をよびさますことができるかどうか。和太鼓の音を聞いてみたら、確かめることができるかもしれません。

参考資料
科学散歩 いにしえの心「紀貫之『古今和歌集』『仮名序』」『サイエンスウィンドウ』2012年10〜12月号
http://sciencewindow.jst.go.jp/html/sw47/sr-stroll
聴覚障害者に音楽を!「太鼓の周波数」
http://uselabo.net/MusicForDeaf/taiko_freq.htm
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シャベル先端のかすかな動きを皮膚のしくみで感じる


ヴァイオリン奏者は演奏に長けていくと、あたかも手で持っている弓が自分の手の一部のような感覚になるとといいます。プロ野球の打者にとっても、バットはおなじようなものかもしれません。

「道具が手の一部になる」という感覚を身近な道具でも感じることができます。

地面に土と砂利の両方があるような場所で、シャベルを手に持ちます。あるいは、公園の砂場と硬い地面といった場所でもよいでしょう。そうした場所で、土と砂利、あるいは砂と地面を交互にシャベルで掘ります。

土をシャベルで掘れば、それが手に伝わって「土を掘っている」と感じるし、砂利をシャベルで掘れば「砂利を掘っている」と感じるはずです。

シャベルの大きさはたいてい10センチ以上はあります。遠く離れた“現場”のごくわずかな動きの感覚が、シャベルという道具を通じて、指先まで伝わっていることになります。

こうした道具の先端の機微な動きを指先が捉えられるのは、「パチニ小体」とよばれるからだの機能のなせる技と説明されています。


パチニ小体

パチニ小体は、皮膚に見られる機械受容体のひとつ。たまねぎを縦に裁断したときの断面のようなかたちをしていて、ひとつの指に300個ほど、このパチニ小体があります。

わずかに皮膚が0.00001ミリメートル動いただけでも、このパチニ小体は、その動きを感じることができます。シャベルの先端が当たっているものが土であるか、砂利であるかにより、シャベルの動きがわずかに異なっており、そのわずかな動きの差を、パチニ小体が敏感にも分別しているということになります。

ただし、パチニ小体は皮膚の動きに対してはとても敏感ながら、皮膚が動いた場所についてはとても鈍感。そのため、「とにかくなにかが動いている」ということを感じることには長けている皮膚のしくみといえます。

参考資料
デイヴィッド・J・リンデン著、岩坂彰訳『触れることの科学』
https://www.amazon.co.jp/dp/4309253539
ウィキペディア「パチニ小体」
https://ja.wikipedia.org/wiki/パチニ小体
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「スパイスチャンバー」のキーマカレー(辛)――カレーまみれのアネクドート(95)


「キーマ」はヒンディー語で「細かいもの」の意味だそうです。ひき肉をそぼろのように炒って細かい具にし、ルゥの水気を飛ばしたカレーが「キーマカレー」です。

キーマカレーというと、関東近辺では「カフェハイチ」や「パク森」のように、食べてからじわじわと辛さが伝わってくるカレーが多いかもしれません。それらは、全体の味としては「まぁまぁ辛い」といったところになるでしょうか。

いっぽう京都には「(辛)」を標榜するキーマカレーがあります。四条烏丸の南西、白楽天町にある「スパイスチャンバー」のキーマカレーです。

雑居ビルの1階。間口は狭く奥ゆきは深いかまえ。そして、店の前には、黒い背景に黄色で、縦に「カレー」と書かれた看板が置かれています。「カレー」の書体は、払いや跳ねがとがっていて刺激的な印象です。

べつの小さな黒板には「キーマカレー(辛)」の文字。もともとこの店には、キーマカレーのほか「三代目チキンカレー」という品もあるようです。チキンカレーよりキーマカレーのほうが辛いので「キーマカレー(辛)」と強調していたものの、いまチキンカレーのほうは出していないため、「キーマカレー(辛)」のみが黒板に書かれているといった経緯のようです。

店内は、7席のカウンター席と厨房が向かいあうかたち。厨房側の壁には30種類以上の香辛料を入れた容器が並んでいます。そして、外の室町通に面するところにはキーマカレーのルゥが入った寸胴、そしてふたつの焜炉にフライパンがひとつずつ。注文を受けてから、あらためて寸胴に入ったルゥをフライパンで炒めて、水分を飛ばしたり味を仕上げているようです。

キーマカレーの味は「(辛)」とあるように、カレー店で出されるキーマカレーとしては相当に辛いほう。食べた瞬間の辛さと、食べたあとにじわじわくる辛さと、両方が混在しています。添えものでかならず出されるニンジンとキャベツの酢漬けが、舌で感じる辛さをいくぶん和らげます。

ひき肉以外の具で特徴的なのは、梅干しがひとつ添えられていること。この梅干しをどのタイミングで食べるかは客によりけりのようです。ほかに細切りにした緑のピーマンと赤のパプリカが彩りを増やします。

カレーや添えものが来るまえに出される水の容器は大きめ。これも客が辛いキーマカレーを食べるうえでの店側の心くばりといえそうです。

「スパイスチャンバー」のホームページはこちら。
http://spicechamber.com
「スパイスチャンバー」の食べログ情報はこちらです。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26015938/
| - | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0)
工学を学んだ日本人が工学を教える――工学を知る(4)
工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)
分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)
「工学寮」が日本の工学はじまりの場所――工学を知る(3)

山尾庸三らによる建議により、明治政府の省庁のひとつである工部省には1871(明治4)年、日本人が工学の技術や知識を身につけるための教育機関「工学寮」が置かれました。なお、山尾は工学寮の責任者にも就きました。そして、1877(明治10)年には、工学寮は「工部大学校」と改称されました。


工部大学校

工学寮時代から工部大学校時代にかけて、日本人を教える教師の一人として招かれた外国人のひとりが、ウイリアム・エドワード・エアトン(1847-1908)です。

エアトンは1873(明治6)年、工学寮の教師に就くと、電信科などで教えを施しました。なお工学寮の当初の学科には、土木、機械、電信、造家、採鉱、実用化学の6科がありました。また、工部大学校では当初、土木、機械、電信、造家、鉱山、化学、冶金の7学科がありました。

エアトンは、実験などの実践的な内容に重きをおいて教えを授けたとされています。電信科の第1期生の教え子たちは20人強。なかでも、志田林三郎(1855-1892)は、もともと数学などの成績に長けており、電信科では首席となりました。志田は1879(明治12)年、工部大学校を卒業し、英国のグラスゴーへ留学。エアトンにとっての師でもあったロード・ケルヴィン(1824-1907)に師事し、当地でさらに数学や物理学を学びました。

そして帰国後、志田は今度は指導者として、工部大学校の教授となったのでした。工学を学んだ者が、次世代の人たちに工学を教えるという、知の還元の原型がここに見られます。

なお、志田は1888(明治21)年、東京でおこなわれた電気学会の第1回総会で、「電気通信の未来予測」という題で講演し、「一本の電線により毎分数百語の速度で同時に複数の音声を送受信する時代が来るであろう」「数百里離れた場所で演じられる歌や音楽を、東京に居ながらにして楽しむ日がくるであろう」などと、計9つの技術革新の予想を示しました。この演説は「伝説」と讃えられています。しかし、1892(明治25)年、志田は突然に体力が衰えて、かえらぬ人となりました。

この間の1886(明治19)年、工部大学校は東京大学工芸学部と合併し、帝国大学工科大学になりました。このときには、土木工学、造家学、機械工学、造船学、電気工学、採鉱及冶金学、応用化学の7学科がありました。

さらに、1919(大正8)年、東京帝国大学工学部となりました。また、この年、京都帝国大学(いまの京都大学)、東北帝国大学(いまの東北大学)、九州帝国大学(いまの九州大学)にも「工学部」が設置されています。

こうして、日本で始まった「工学を教え、学ぶ」という営みは、国内の大学で展開されていきました。その延長線上の先端に、いまの大学における工学部や、大学院における工学研究科が存在していることになります。了。

参考資料
ブリタニカ国際大百科事「工学寮」
https://kotobank.jp/word/工学寮-61613
世界大百科事典第2版「工部大学校」
https://kotobank.jp/word/工部大学校-497306
「工学寮電信科から生まれた日本の電気」『東京大学工学部 ENGINEERING POWER』
ウィキペディア「工学部」
https://ja.wikipedia.org/wiki/工学部
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「工学寮」が日本の工学はじまりの場所――工学を知る(3)

工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)
分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)

日本で「工学」という学問分野は、どのように始まったのでしょうか。江戸時代以前から日本にも、さまざまなものをつくるための「技」はありました。しかし、そうした「技」を知識化し、学問の一分野にした「工学」の誕生は、明治時代の幕開けを待たなければなりませんでした。

科学史家の村上陽一郎さんが著書『工学の歴史と技術の倫理』で「キーマン」と称している人物に、長州(いまの山口県)出身の山尾庸三(1837-1917)がいます。

もともと山尾は天皇を尊崇し、外国人を排斥しようとする尊王攘夷派と知られていましたが、突然、欧化主義に転向し、1863(文久3)年、密航のかたちで伊藤博文らとともに英国に留学し、グラスゴーの造船所で造船技術を得たり、夜間学校で鉱山学を学んだりします。

1868(明治元)年、新政府が立ちあがったことを聞いた山尾は帰国し、政府の役人になりました。山尾は技術のための学校をつくることをめざしました。1870(明治3)年には政府に殖産興業政策推進のため「工部省」という機関が設置されました。この工部省の下に、学校をつくろうと考えたのです。


山尾庸三

山尾の構想からほどなくして、工部省には「工学寮」が置かれました。1873(明治6)年には、この工学寮に「大学」が置かれ、1877(明治10)年には、この教育機関が「工部大学校」と改称されました。

山尾には、「たとえ為すの工業なくも、人を造らば其人工業を見出すべし」という考えがありました。つまり人材が工業をつくりだすのだということです。では、工業をつくりだす人材をどうつくるか。山尾の考えは、明治政府の方針とだいたいにおいて一致していたようです。つまり、欧米から教師たる人物を招き、日本人の学生に技術や知識を学ばせる、ということです。

実際、工学寮には、英国の技師ヘンリー・ダイアー(1846-1918)ら9人の教師が招かれました。そして、「大学」では土木、機械、電信、造家、採鉱、実用化学といった科目が置かれました。いまの工学の各分野につながる知識を教育機関で学ぶというこのかたちは、日本における工学のはじまりといえるものです。


ヘンリー・ダイアー

工学寮、そして改称後の工部大学校は、さらに後に、東京大学工学部となります。つづく。

参考資料
村上陽一郎『工学の歴史と技術の倫理』
https://www.amazon.co.jp/dp/4000063103
ウィキペディア「山尾庸三」
https://ja.wikipedia.org/wiki/山尾庸三
ブリタニカ国際大百科事典「工学寮」
https://kotobank.jp/word/工学寮-61613

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分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)

工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)



工学は「人類の幸福」を究極の目標とする学問であるという考えかたがあります。また、真理の探求を目標とする理学の成果を使うことも、工学という学問のもつ側面です。

「人類の幸福」を探求するといっても、その分野も手段もさまざまあります。そのことを反映して、いま社会や大学では「何々工学」のように、「工学」のまえに扱う分野や対象を冠したよび方が多くあります。

「遺伝子工学」。遺伝子を操作する技術を使って、役に立つものをつくろうとする分野です。ジェネティック・エンジニアリングとも。

「宇宙工学」。宇宙開発や宇宙探査にかかわる、ロケット、人工衛星、惑星探査機などを設計また製作したり、運行させたりすることにかかわる科学や技術の分野です。

「化学工学」。化学反応により化合物の製品をつくるために、その計画をしたり、製造装置を設計したりすることにかかわる分野です。

「機械工学」。機械をつくったり使ったりすることにかかわる分野です。さらに、機械工学と結びつきの強い基礎的な学問分野として、機械力学、流体力学、熱力学などがあります。

「原子核工学」。原子核の性質やつくりを研究する原子核物理学を基礎として、原子力エネルギーの利用に重きをおいた工学の分野です。原子炉の設計なども研究対象に含まれます。

「原子力工学」。原子核工学とにていますが、原子力工学は核分裂や核融合を利用することにかかわる工学の分野とされます。具体的な研究対象は、原子炉、原子爆弾、プラズマなどとされます。

「材料工学」。材料の応用や開発をおこなうための分野です。新たな材料を開発したり、目標とする性質や性能を追求したりします。

「生産工学」。人、もの、設備などのシステムを効率化させるために工学の手法を使うことです。インダストリアル・エンジニアリングとも。

「生命工学」。バイオテクノロジー、あるいは生物工学とも。生物の営みである化学反応や、その機能を、ものをつくることなどに応用するための分野です。遺伝子組みかえや酵素を扱う技術などが含まれ、成果としては発酵、新たな品種の育成、環境浄化などがめざされます。

「船舶工学」。船をつくることについての理論や技術を研究する分野です。造船学ともいいます。

「通信工学」。電気通信により、音声や画像を伝える技術を研究する学問です。

「電気工学」。電気や磁気の現象をエネルギー源に利用するための理論や応用を研究する学問です。動力、熱、光、通信などを視野に入れています。

「土木工学」。土、木、鉄などを使って道、橋、鉄道、港湾、堤防、河川、水道などをつくるための工事、つまり土木工事にかかわる理論や実践を研究する分野です。

「ロボット工学」。ロボットを設計したり製造したり、また運転したりすることにかかわる研究をする分野です。

このように並べると、「何々工学」は、たとえば船舶工学のように「何々をつくるための工学」という意味と、電気工学のように「何々を使うための工学」という意味があることがわかります。もっとも、機械工学のように「機械をつくるため」と「機械を使うため」の両方が含まれている意味もありますが。つづく。

参考資料
デジタル大辞泉
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/
ナレッジステーション「日本の大学 工学」
http://www.gakkou.net/daigaku/search/bun_04.html

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工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)



小学校、中学校、高校で習う科目のよびかたと、大学や大学院で学ぶ科目のよびかたにはちがいがあります。そのため、高校生にとって、学校での授業の内容から大学で学ぶ内容を想像するのがむずかしい分野もあります。

理系の分野では、「数学」は、高校までの教科にあるため、扱う内容のちがいこそあれ、察しがつきます。「理学」は、高校の教科でにたことばに「理科」があります。そして、理学ではだいたい物理学、化学、生物学、地学などが扱われるので、高校で習うことと結びつけて考えることはまだできます。

しかし、「工学」となると、高校の授業とはなかなか結びつきません。教科に興味のある高校生や中学生は、中学校の教科にある「技術・家庭」のなかの「技術」がそれに当たるのではないかと考えるかもしれません。まったく重ならないわけではありませんが、「技術・家庭」の「技術」は、実際にものをつくるなどの体験が重視されており、かならずしも「工学」全体を示すものとはいえません。

では、工学という学問の特徴はどのようなものでしょう。

国語辞典には「工学」とは「基礎科学を工業生産に応用するための学問。機械工学・土木工学・電子工学などのほか、人間工学などその研究方法を援用した自然科学以外の分野のものにもいう」とあります。

基礎科学とは、学問とくに自然科学の分野の基礎の部分を扱う学問のこと。よく基礎科学と理学はにたようなものと世の中では捉えられます。そんな基礎科学を、工業生産つまり製品や品物をつくることに当てはめるための学問こそが「工学」というわけです。

しかし、「理学は基礎研究、工学は応用研究」という区別を「かならずしも当たらない」する研究者もいます。

工学博士で東京大学大学院工学系研究科教授の堀浩一さんは、「基礎か応用かという意味では、工学と理学の境界はかなり曖昧です。工学部でもほとんど理学部とかわらない基礎研究も行われています」と述べています。

では、理学と工学のちがいはどこにあるのか。堀さんは、「学問のめざすところの究極の目標の違いにあります。 ややおおげさな言い方になるかもしれませんが、工学の目標は人類の幸福、理学の目標は真理の探求です」と述べています。

研究者がなにをめざしてその学問を専攻しているかを考えるとき、工学を研究する工学者たちは「人類の幸福」を、理学を研究する理学者たちは「真理の探求」をめざすというわけです。

「人類の幸福」と「真理の探求」の意味するところは大きく異なるので、わかりやすい分けかたといえそうです。そして、真理の探求で得られた成果を人類の幸福のために使うという関係性も、理学と工学のちがいを理解するうえでは明確です。つづく。

参考資料
デジタル大辞泉「工学」
http://dictionary.goo.ne.jp/srch/jn/工学/m0u/
堀浩一「工学と理学の違い」
http://www.ailab.t.u-tokyo.ac.jp/horiKNC/representation_units/9

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どんな企業も「環境経営」が必要な時代に


20世紀の後半以降、どの企業も向きあわなければならない課題がいくつか生じました。経済や商業の地球規模化はそのひとつでしょう。

そしてもうひとつ、環境問題への対処もそうした課題のひとつになってきています。

企業が環境問題に対処していないことが見え見えだと、世のなかで人びとから「あの企業は環境問題を軽視しているだめな企業だ」という印象をもたれてしまいます。20世紀後半以降の公害や環境問題に対する社会の意識の高まりが、そうした風潮を強くしてきました。

ですので今日、企業が人びとから「だめな企業だ」と思われないためには、環境問題に対処しようとしなければなりません。そのため、環境問題への対処は、いま、どの企業も向きあわなければならない課題といえるわけです。

「環境経営」ということばも1990年代ごろから使われ、企業で意識されるようになりはじめました。環境経営は、「企業と社会が持続的に発展していくために、地球環境と調和した企業経営をおこなう」という考えかたにもとづいた経営のことです。

世界では1991年、国際商業会議所という機関が、「持続可能な開発のための産業界憲章」という大きなきまりを発表しました。

そして日本でも1991年、経済団体連合会が「経団連地球環境憲章」を発表し、このなかで環境経営の考えかたにつながる「行動指針」をうちだしました。

「経団連地球環境憲章」の行動指針は、「すべての事業活動において、(1)全地球的な環境の保全と地域生活環境の向上、(2)生態系および資源保護への配慮、(3)製品の環境保全性の確保、(4)従業員および市民の健康と安全の確保、に努める」という「環境問題に対する経営方針」の項目から始まります。

ほかの項目では、環境問題を担当する役員を任命するなどの社内体制の整備、環境対策や環境保全につとめるなどといった環境影響への配慮、省エネルギーと省環境資源の達成のための製品やサービスの開発のほか、緊急対応、広報・啓蒙活動、社会との共生、海外事業での環境配慮、環境政策への貢献、そして地球温暖化への対応といったことが謳われています。

企業が環境対策や環境保全をするとなると、そうしたことをしない場合ときよりも費用はかかります。ですので、一側面を捉えれば、環境経営に力を入れれば入れるほど会社の利益は減ってしまうということになります。

しかし、そうした見方は短期的なものであり、長期的に捉えると企業の利益につながるという考えかたもされています。

たとえば、環境省の環境配慮経営ポータルサイトにある「環境に配慮した経営」というページでは、つぎのように説明をしています。

「環境配慮経営は、事業活動に伴う資源・エネルギー消費と環境負荷の発生をライフサイクル全体で抑制し、事業エリア内での環境負荷低減だけでなく、グリーン調達や環境配慮製品・サービスの提供等を通じて、持続可能な消費と生産を促進します」

「その結果、持続可能な社会の構築が進み、さらに環境配慮型製品・サービスの市場が拡大していきます。こうした環境と経済の好循環を志向する戦略的対応に成功すれば、企業は持続可能な社会の構築に貢献するだけでなく、競争優位なポジションの獲得によって、自らの市場競争力を強化することが可能になります」

かんたんにいうと、環境に配慮した経営をすることで、持続可能性な“社会”が拡大するが、その貢献は自分たちの市場競争力を強くすることにつながりうる、というわけです。

環境経営をめざすとき、企業はこうした間接的であり、かつ効果が即時的でないとりくみを続けていけるかどうかが問われます。

ただし、企業の環境経営は、かならずしも社会貢献という間接的な文脈のなかで企業の利につながるということだけではなさそうです。たとえば、企業が環境経営の一貫として省エネルギーにつとめればつとめるほど、製造費などの費用を減らすことができます。これは環境経営が直接的に利益増大をもたらす一側面といえます。

参考資料
マネジメント用語集「環境経営」
http://www.weblio.jp/content/環境経営
経済産業省資料「我が国の環境経営の動向」
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0003150/pdf/h14_001_05_00.pdf
経済団体連合会 1991年4月23日発表「経団連地球環境憲章」
https://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/1991/008.html
環境省 環境配慮経営ポータルサイト「環境に配慮した経営」
http://www.env.go.jp/policy/keiei_portal/about/
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ポールのファウル側をかすって観客席に入った打球は本塁打


野球では、いろいろな道具や用具を使うため、なにかがなにかに「かする」という現象が起きます。

よくあるのは「ファールチップ」とよばれるもの。打者がバットで球を打とうとしたとき、バットと球がかすることがあり、その球を捕手が直接に捕ったら「ファウルチップ」と判定されます。ファールチップは、ストライクとおなじ扱い。ちなみに、捕手が直接捕れなければ「ファウル」となります。

めったにありませんが、球と球場設備が「かする」こともあります。

外野フェンスのフェア地域とファウル地域を分けるために「ファウルポール」という棒が垂直に立っています。このポールに、打球がかすることも、ありえなくありません。

打球がフェンスよりも高い位置のファウルポールに当たったのが明らかであるときは、その打球は文句の言いようがなく、本塁打の判定になります。

では、打球がファウルポールにかすって、ファウル側の観客席に飛びこんだとき、その打球には、本塁打になるのでしょうか、それともファウルになるのでしょうか。

最初の焦点は、ファウルポールはフェア地域なのかどうかです。「2016公認野球規則」を見てみると、「競技場の設定」という規則項目に、つぎのような規則の文言があります。

「境界線(ファウルラインおよびその延長として設けられたファウルポール)を含む内野および外野は、フェアグラウンドであり、その他の地域はファウルグラウンドである」

つまり、フェアとファウルを分けるためのポールは、フェア地域に含まれることになります。打球が、フェンスより高い位置のファウルポールに当たったことが明らかなとき本塁打の判定になるのは、それがフェア地域の打球であり、かつフェンスよりも上に当たったからです。

すると、つぎの焦点は、フェア地域に球がすこしでもかかっていたり、かすったりすれば、それはフェアになるかどうかです。

ここでもうひとつ、野球規則の「ファウル地域」という項目を見てみると、つぎのような説明があります。

「本塁から一塁、本塁から三塁を通って、競技場のフェンスの下端まで引いた直線と、その線に垂直な上方空間との外側の部分を指す。(各ファウルラインはファウル地域に含まれない)」

ここでいう「直線」はファウルラインのことを指し、この直線の外側の部分をファウル地域としているわけです。そして、カッコ書きで、ファウルラインはファウル地域に含まれないことも書かれています。

また、ファウルポールが、先ほどの規則にあるように、「ファウルラインおよびその延長として設けられた」ものである以上、ファウルポールもファウルラインとおなじ扱いになるはずです。

そのため、ファウルポールに打球がかすった場合、わずかにでもフェア地域にボールが含まれていることになり、これはフェアの判定になります。よって、フェンスより高い位置のファウルポールに打球がかすれば、この打球は本塁打になるわけです。

ただし、打球がファウルポールにかすったかどうかを、審判が目視で判断するのはなかなかむずかしいもの。さらに、ビデオ判定でもかすったかどうかまで見極めるのはむずかしいところ。本当はファウルポールに打球がかすったのに、ファウルと判定される可能性もありえます。

参考資料
「2016公認野球規則」
http://ru.ishibb.com/wp/wp-content/uploads/2017/02/c337229b210a858aa16c2ad1a45bd39d.pdf
野球規則「ファウルボール」
http://rules.nakano-senators.com/2015menu/2-2015/2-25#TOC-2.32-FOUL-BALL-
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「その仕事をカフェでするのは間違っている!」


ウェブニュース「JBpress」で(2017年)4月14日(金)「その仕事をカフェでするのは間違っている!『カフェでの作業ははかどるか』の心理学(前篇)」という記事が配信されました。

カフェで仕事などの作業をおこなうことは、すっかり社会で定着したといえるのではないでしょうか。もちろん昔から喫茶店で商談をしたり、原稿を書いたりする人はいました。そこから進んで、いまではカフェ側が、コンピュータ使用向けの電源や通信電波を用意している状況です。カフェで「がっつり」仕事をするという人も増えました。

これだけの人がカフェで「がっつり」仕事をしているのですから、おそらくカフェでの作業は「それなりに実のあるもの」と人びとに思われているのでしょう。

しかし、カフェという環境は、ほかの客の雑談も聞こえてくるし、背景音楽も鳴りひびくしで、全体的には雑然としています。本当にカフェでの作業ははかどるのでしょうか。

こうした疑問に、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の精神薬理研究部で研究をする、心理学者の請園正敏さんが答えています。請園さんは、心理学を本格的に研究する動機のひとつとして、「一人部屋で作業するより、誰かがいるカフェで作業した方がはかどる」という現象に興味をもったことをあげています。

請園さんの話によると、カフェのような身のまわりに人がいるような環境での作業には、捗る場合と捗らない場合とがあるとのこと。カフェですべき作業と、すべきとはいえない作業がありそうです。

また、原稿を書くといった執筆の作業についても、「量」をとるか「質」をとるかで、カフェのような場所で仕事をしたほうがよいかどうかは変わってきそうです。

では、どのような内容の仕事が、カフェ作業にふさわしいのか。記事では、請園さんが専攻している心理学の分野から説明が加えられています。

JBpress「その仕事をカフェでするのは間違っている!『カフェでの作業ははかどるか』の心理学(前篇)」はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49706

記事の取材と執筆をしました。

また、21日(金)掲載予定の後篇では、カフェでの仕事がより捗るための状況のつくりかたや、請園さんの実践していることなどを伝える記事が配信されそうです。
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新しい学習指導要領、理数教科では国際水準を意識、反復学習も


文部科学省が(2017年)3月に小学校や中学校などの新しい学習指導要領を発表しました。新しい指導要領をめぐっては、「聖徳太子とよぶか、厩戸王とよぶか」や、「パン屋では国や郷土の文化と生活が足りないのか」といった話題が沸きおこりました。

こうした人びとの関心や批評を招くような話題でない部分では、どのような改訂がおこなわれたのでしょうか。小・中学校の指導要領のなかでも、数学や理科の教育内容の改訂点を見てみます。

「改訂のポイント」という資料では、「理数教育の充実」を掲げ、その要点をふたつ示しています。

ひとつめは、「国際的な通用性、内容の系統性の観点から指導内容を充実」というもので、具体的には、小学校算数における「台形の面積」、中学校数学における「解の公式」、中学校理科における「イオン、遺伝の規則性、進化」をあげています。

このうち、「台形の面積」については、現行の学習指導要領では、文部科学省は「全員が共通に学習する内容としては、台形の面積の公式は示していません」としています。理由は「『正方形、長方形、三角形、平行四辺形の面積の求め方』を身に付ければ、それ以外の台形のような形の面積も、これらの面積の求め方を活用して自分で工夫して求めることができるから」というもの。

しかし、国際的な水準に沿ってみると、台形の面積の求めかたは内容に入れるべしとなったようで、新指導要領での改訂ポイントの具体例に記されています。

「解の公式」や「イオン、遺伝の規則性、進化」についてもおなじように、国際的な水準に沿ったのでしょう。

ふたつめは、「反復(スパイラル)による指導、観察・実験、課題学習を充実」というもので、これは算数、数学、理科のいずれにも当てはまります。

このなかの「反復(スパイラル)による指導」とは、改定「案」段階での説明によると、「複数学年にわたり指導内容を一部重複させるなど」とあります。従来は、1学年ごとに教える内容の重複は基本的にありませんでしたが、一部を重複させて反復することで、子どもたちに学習内容を定着させるねらいがあるようです。

また、昔にくらべておこなわれなくなったと言われている観察や実験を充実させたり、課題を解決するための力を養う学習を充実させたりする方針です。

学習指導要領全体としては、文部科学省の説明によれば、現行での「生きる力」をはぐくむ、といった基本理念に変更はないとのこと。ただし算数、数学、理科をふくむ授業数全体では、小学校も中学校も10パーセントほど増える予定です。これは上記の「反復」学習や、「観察・実験」などを充実させるためとしています。

学習指導要領は、文部科学大臣により公示される教育課程の基準。10年に一度ほどの頻度で改訂されています。新しい学習指導要領は、小学校では東京五輪とおなじ年の2020年度から全面実施、中学校では翌2021年から全面実施となります。また高校では、2018年度に改訂がなされ、2022年から年次進行で実施となる予定です。

参考資料
文部科学省「幼稚園教育要領、小・中学校学習指導要領等の改訂ポイント」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/30/1234773_001.pdf
ベネッセ養育情報サイト 2016年9月19日付「学習指導要領の改訂内容は? 実施時期は? 要点まとめ」
http://benesse.jp/kyouiku/201609/20160919-1.html
文部科学省 2008年1月17日「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領の改善について」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/pamphlet/__icsFiles/afieldfile/2010/09/08/1234786_3.pdf
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本にちなんだ講演、「本の内容のまま述べる」は避けるべき


著名人が講演会で登壇するとき、やはり「知られている人だから」という理由で依頼がくるのでしょう。知られている人は、知られているなりの業績を残したり、マス媒体によく露出していたり、説明のしかたが上手だったりするものです。

いっぽう、無名な人であってもごくまれに、講演を依頼されて登壇することがあるようです。その経緯には、「出した本がそこそこ売れるなどして話題をよんだから」といったものがあります。そこで、無名な登壇者は、本に書いたことと関連づけて講演をすることになります。

このとき、講演のやり方には大きくふたつに分けることができるようです。ひとつは、本に書いてある内容とおなじ内容を述べるというもの。もうひとつは、本に書いてある内容から発展させた内容を述べるというもの。

どちらも、本に書いたことにかかわっているという点ではおなじです。しかし、「どんな聴衆に向けて講演をするか」という点で、この二つは大きく異なります。

本に書いてある内容とおなじ内容を講演で述べるのは、明らかに「聴衆が本をまだ読んでいない」ことを前提にした行為といえましょう。この場合、本をすでに読んできた聴衆にとっては、新しい話を得ることはできません。

いっぽう、本に書いてある内容から発展させた内容を述べるのは、「聴衆が本をすでに読んでいる」ことを前提にした行為といえます。この場合、本をまだ読んでいない聴衆にとっては、やや理解しづらい話を聴くことにはなりそうです。

本に書いた内容にかかわる主題の講演では、実際、すでに本を読んできた聴衆と、まだ本を読んでいない聴衆が混ざっていることが多くあります。どう対処すればよいでしょうか。

もし、本に書いてある内容とおなじ内容を講演で述べるのであれば、すくなくとも告知などに、「講演者は本と同様の内容を講演する予定です」などと記しておくべきです。講演会では、3万円や5万円などの高額の聴講料を課す場合もあります。本を読んだうえで高いお金を払って講演を聴きにいったら、本とおなじ内容が話されていたというのでは、もったいない買いものとなってしまいます。

本当のところ、講演者は、本に書いてある内容から発展させた内容を講演会では述べるべきなのでしょう。本をまだ読んでいない人が、発展的な話をされて内容をまったく理解できないかといったら、どうにかなることもあります。

また講演者が「本のなかで私はこういう話をしたんですが……」といった説明をていねいにすれば、まだ本を読んでいない人も、「だいたいこういうことね」と理解はできるはず。

聴講者たちの「最大多数の最大幸福」を考えた場合、本と同じ話をされたときのがっかり感はとても大きいものとなりますから、講演の内容は本で書いた内容そのものとは異なるものとすべきです。告知に「本を読んでいただいた方に向けてお話します」などと加えれば、さらに親切でしょう。
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「要石」の存在のような種も、「傘」の存在のような種も
自然界のある地域にすんでいる生きもの全体と、それらの生活にかかわる環境的な要因を合わせて「生態系」といいます。生きもののなかには、生態系が保たれることを考えたとき、とりわけ重要な種というものあるようです。

たとえば、海にすむ哺乳類のラッコは、たくさんのウニを食べて暮らしています。それにより、ウニが増えることがある程度、抑えられています。


ラッコ

しかし、もしラッコがその場からいなくなると、ウニが餌の海藻を食べすぎることになり、海底に生えていた海藻がなくなってしまうなど、生態系が荒廃してしまうとされます。

すると、海藻を餌にしていたウニ以外の生きものもそこでは生きられなくなり、結局なにもいなくなってしまいます。

こうした連鎖的な影響があることから、ウニを食べるラッコの存在は、その生態系を保つためにとても大切になるというわけです。こうした、生態系におよぼす影響が大きな種は、橋の迫持のいただきに嵌められている要石とおなじく、もしなくなってしまうと全体が崩れてしまうことから、「キーストーン種」とよばれています。

また、餌など生きるための資源を、広い面積から得る必要がある種もあります。たとえば、ツキノワグマ、ヒグマ、オオタカ、イヌワシなどです。


オオタカ

こうした種が生きられる自然環境を守ることは、結果的にその生息域にいるほかの種を守ることにつながります。こうした広い面積を使って生きる種を「傘」にたとえて「アンブレラ種」とよばれることがあります。アンブレラ種が生きる地域が守られれば、“傘下”で暮らす種も守られるというわけです。

参考資料
EICネット「キーストーン種」
http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=567
EICネット「アンブレラ種」
http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=99
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鳥のコーヒー害虫制御効果は年間1ヘクタールあたり75ドルから310ドル
(2017年)3月24日(金)のこのブログの記事「世界の『花粉媒介者』2350億〜5770億ドルの価値をもたらす」では、「コスタリカでは、花粉を運ぶミツバチが住んでいる森が、近くのコーヒー農場1個分にもたらす経済価値は、平均でおよそ6万2000ドル、収入の約7パーセントにあたるという計算も出ています」という話題がありました。

人間以外の生きものが、コーヒー豆の収穫に結果的に役立ち、それが経済価値をもたらしているという話はほかにもあります。

2013年、米国スタンフォード大学の保全生物学ダニエル・カープらの研究チームは、コスタリカのコーヒー農場では、害虫を鳥類が食べてくれることにより、年間で1ヘクタールあたり75ドルから310ドルの経済的な利益がもたらされるという研究結果を発表しました。

日本円では、いまの為替相場でいくと、およそ8300円から3万5000円ほど。微々たるものの印象があるかもしれませんが、コスタリカでのコスタリカでの平均月給は3万円から5万円とされるので、経済価値は相当のものといえます。

コーヒーノキの実を食べつくしてしまう、その名も「コーヒーノミキクイムシ」という虫がいます。コーヒーノキにとっても、農業者にとっても害虫です。

いっぽう、コーヒーノミキクイムシにとっての天敵は鳥たち。なかでも
「キイロアメリカムシクイ」という鳥などはコーヒー農園でよく見られ、これらの害虫を食べてくれるものと考えられています。


キイロアメリカムシクイ
写真作者:Mdf

カープらの研究チームは、鳥たちの害虫制御効果がどれほどの経済的価値をもたらしているかを求めようとしました。まず、鳥が入ってこないような檻のなかで栽培されたコーヒーノキにおけるコーヒー豆の収穫量と、鳥が甲虫を自由に食べる環境で栽培されたコーヒーノキにおけるコーヒー豆の収穫量を計算しました。

つぎに、研究者たちは、どの種の鳥が甲虫を食べるのか、また、鳥たちが生きていくために森林を必要としているのかを確かめました。そのために、対象となった鳥たちのデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)をくまなく調べて、その種が害虫を防いでいるかどうかを調べたといいます。

結果、キイロアメリカムシクイを含む5種の鳥類については、害虫の蔓延率を半減させるほどの駆除制御効果を備えていることがわかりました。

カープは、この研究結果を紹介する記事のなかで「年にもよるが、農園1ヘクタールでの収穫につき、鳥たちは75ドルから310ドルの利益をもたらしてくれる」と述べています。

もし仮に、こうした鳥たちがいなければ、コーヒーノミキクイムシがコーヒーの実を食べる度合はより高くなっていることでしょう。

こうした研究の事例からも、生態系や生物多様性が人間にもたらす効果のほどがうかがえます。

参考資料
Stanford Report 2013年9月3日付 “Pest-eating birds mean money for coffee growers, Stanford biologists find”
http://news.stanford.edu/news/2013/september/coffee-birds-biology-090313.html
Daniel S. Karp et al. “Forest bolsters bird abundance, pest control and coffee yield” Ecology letters 2013
https://topbirdingtours.com/wp-content/uploads/2013/09/Karpetal_EcolLett_2013.pdf
ウィキペディア「コーヒーノキキクイムシ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/コーヒーノミキクイムシ
ウィキペディア「キイロアメリカムシクイ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/キイロアメリカムシクイ
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作物により「表年」と「裏年」あり
食材となる作物には、豊作となる年もあれば、そうならない年もあります。一般的に、その作物が豊作となるかどうかは、その年の天候がよいかどうかで決まるものです。

しかし、天候とはまた別に、たとえば1年ごとに豊作になりやすい、豊作になりにくいをくりかえすといったことが、農業の世界では見られるそうです。

よく実る年のことを「表年(おもてどし)」、逆によく実らない年のことを「裏年(うらどし)」といいます。たとえば、4月から5月にかけてが旬のタケノコには、表年と裏年があるといわれています。


写真作者:Makoto Shimokoshi

これは、食材としてのタケノコをもたらす木であるモウソウチクで通常2年に一度、古い葉が落ち、新しい葉が芽ぶくこととおおいに関係しているもよう。

1年目の5月ごろ、古い葉が落ちると、入れかわるように新しい葉が芽ぶきます。新しい葉には、太陽の光などを使って糖をつくる光合成の営みがおこなわるため、光合成によりつくられた糖などが、地下に生える根に多く蓄えられます。

そして、2年目の4月から5月にかけて、タケノコが成長します。そのタケノコは、地下の根から糖などの栄養をたくさん使えるため、たくさん育ちます。つまり収穫する人間にとって「表年」となるわけです。

一方、豊作となった直後、2年目の5月には、古い葉があまり落ちず、葉の入れかわりがすくないため、新しい葉があまり芽ぶきません。そのため光合成もさかんにはおこなわれず、地下の根に糖などが多くは蓄えられません。

その翌年の4月から5月にかけては、結果、タケノコがあまり実らず、その年は「裏年」となるわけです。

こうした「表年」と「裏年」が交互にやってくる作物としてはほかに、ミカンなどもあるといいます。ミカンでは1年目に花がつきすぎることで、発育枝が生じるのを抑えるため、2年目には花がつかなくなり果実があまりできなくなる、といった説明がされています。


写真作者:skyseeker

1年おきに実がたわわになるのとならないのをくりかえすのは自然の営み。いっぽう、その実を収穫する農家にとっては、毎年できるだけ安定した収穫を目指したいもの。手をこまねいているわけにはいきません。

そこで、タケノコの栽培・収穫については、タケにあたえる肥料の量を調整したり、タケを伐って間びいたりして「表年」と「裏年」の差を小さくしているそうです。なお2017年は、タケノコについては「裏年」に当たるといわれ、そのこともあってか不作や値段の高騰が伝えられてます。。

また、ミカンについては、花がつきすぎないようにするため、ジベレリンという植物ホルモンを撒くなどして、おなじように差を小さくしています。

参考資料
デジタル大辞泉「表年」
https://kotobank.jp/word/表年-1284636
福岡県森林林業技術センター『どんぐり通信』2006年11月号「タケノコの発生は何で決まる?」
http://farc.pref.fukuoka.jp/ffrec/donguri/16.pdf
林野庁「竹の性質」
http://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/take/seisitu.html
JAグループ福岡「ミカン 表年、裏年って何現すの?」
http://www.ja-gp-fukuoka.jp/education/akiba-hakase/002/005.html
高森亜矢子ら「ウンシュウミカンに対するジベレリンの処理時期および品種別着花抑制効果」
http://www.naro.affrc.go.jp/org/karc/qnoken/yoshi/no75/75-p163.pdf
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
血と涙で濡れて300年以上、「涙石」いまだ乾かず


古の時代から語りつがれる伝説には、往々にして、もの悲しいものがあります。

なかには「なみだ」の名がつく旧跡もあります。有名どころでは、東京・南千住や南大井にあった「泪橋(なみだばし)」でしょうか。刑場へとつづく橋であり、罪人とその家族が泪を流したことからその名がついたといいます。

いっぽう、千葉県市川市真間にある日蓮宗の本山「弘法寺」には「涙石」とよばれる石があります。

涙石は、寺の境内へと登っていく急な石段の27段目、左から2番目にある石のこと。なぜ「涙石」とよばれるかというと、石段のほかの石が乾ききっているときにも、この「涙石」だけは涙を流しているかのように濡れているからです。

実際、雨が何日も降らなかった日でも、この石だけはほかの石とくらべて暗い色になっています。表面が湿っているからです。



どうして、この石だけがいつも湿っているのか。科学的な解明とはべつに、歴史的な由縁が伝えられています。

江戸時代、1700年前後に活躍した、鈴木長頼(生年不詳-1705)という武士がいました。長頼は、「作事奉行」という役職にあり「鈴木修理長頼」という名でも知られています。

長頼は、日光東照宮の造営のために使う石材を、伊豆から船で運んでいました。ところが市川のあたりにさしかかったときに船が動かなくなってしまいました。

ここで長頼は、日光東照宮に使うはずだった石を、「近くの弘法寺に仏縁あり」と思って、かってに弘法寺の石段に使ってしまったといわれています。そのかどで幕府から責任を追求された長頼は、石段で切腹をしたといわれています。

このときの長頼の無念の血と涙が石に染みこみ、いつまでも乾かずにいると伝えられているのです。

実際のところをいえば、人がたらした血や涙が、300年以上も乾かずに石を濡らすということはありますまい。一説では、市川市内の湧水のひとつが、たまたまこの「涙石」に触れているのではないかともいわれています。

しかし、「水脈がこの石に触れているから」という理由よりも、「切腹した作業奉行の血と涙がしみこんだまま乾かないから」という理由のほうが、いつまでも説明として語りつがれる力をもっているのはたしかです。

石段のほかの石にくらべて涙石が丸みを帯びているのは、この石はとりかえないままだからでしょう。

参考資料
ウィキペディア「弘法寺(市川市)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/弘法寺_(市川市)
真間山 弘法寺
http://mamasan.or.jp/keidai.html
| - | 01:32 | comments(0) | trackbacks(0)
環境省が「レッドリスト」見直し(2)


環境省は、前身の環境庁時代の1991年から「絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト」をつくってきました。レッドリストは、絶滅のおそれのある生きものの種を掲載した一覧表のこと。国際機関や日本国内の自治体などもつくっていることから、環境省のつくるレッドリストは「環境省版レッドリスト」ともよばれています。

1997年に第2次、2006年に第3次の「環境省版レッドリスト」がつくられました。そして、2012年には最新となる第4次がつくられました。

そして、環境省は2017年3月、現行の第4次の一部を改訂し、「環境省レッドリスト2017の公表について」という公表をおこないました。この改訂は、時期を定めず必要に応じておこなうもの。

今回、環境省は、13分類群の60種についてカテゴリーを見直したところ「絶滅危惧種が38種増加」したといいます。公表では、「特筆すべき種のカテゴリーとその変更理由」として、つぎのような種を掲げています。

「ツシマウラボシシジミ」。絶滅危惧II類だったのが、絶滅危惧IA類に。

「2013年に行われた調査では、既に生息が確認できる地点は1箇所に限られていることが分かり、現在では生息域外保全の実施とその個体の再導入により、野生個体群を何とか維持している状況にあることから、今回の見直しにおいて絶滅の危険性が極めて高いと判断し、絶滅危惧IA類(CR)に選定した」

「ヤエヤマイシガメ」。新たに絶滅危惧II類に。

「近年ペット用や食用を目的とした採集が増加しており、海外に多数の個体が輸出されている事例も確認されている。また、2014年に行われた調査の結果では、本亜種の生息地が水田等に限定されており、市街地や島内で大きな割合を占める森林等には生息しないこと等がわかっている。これら情報に基づき、本亜種は絶滅の危険が増大していると判断し絶滅危惧II類(VU)に選定した」

「オガサワラクロベンケイガニ」。新たに絶滅危惧II類に。

「小笠原諸島の父島と母島の計10水系のみに生息することが分かっており、加えて生息域が河川の下流など集落地と重なるため、河川や海岸の整備・開発の影響により今後も継続的な減少が起こる可能性が高いことから、絶滅の危険が増大していると判断し、今回絶滅危惧II類(VU)に選定した」

これらは、状況が深刻化している例です。いっぽうで、絶滅したと考えられていたものの、じつは生存していたことがわかった種もあり、それも「特筆すべき種」に掲げられています。

「ヒュウガホシクサ」。絶滅とされていたのが、絶滅危惧IA類に。

「本種は約50年前に絶滅し、その後生育は確認されていなかったが、近年になり宮崎県の湿原において自生していることが確認され、再評価を行った。湿原の維持管理作業によって、約50年間にわたって休眠していた埋土種子が発芽したものと考えられるが、現在、本種の生育範囲は極めて限定的であり株数も限られることから、絶滅の危険性が極めて高いと判断し、絶滅危惧IA類(CR)に選定した」

このように、どんな種が絶滅危惧種に指定されるか、また、どのレベルに指定されるかは、その種をめぐる状況により変化しうるものです。その変化は、おもに人類の都合や判断によるものですが。

なかには「絶滅」でなくなるといった事例もあるものの、全体的に見れば、とりあげられる種は絶滅に向けての道をたどっています。種の絶滅が最悪の状況と考えると、状況は確実に深刻化しています。(了)

参考資料
環境省 2017年3月31日付「環境省レッドリスト2017の公表について」
http://www.env.go.jp/press/103881.html
NHK NEWS WEB「絶滅危惧種 新たに38種指定 レッドリスト見直しで」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170404/k10010936351000.html
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
環境省が「レッドリスト」見直し(1)



絶滅の危機にある生きものの種を一覧表にしておくとりくみが、世界の機関や国内の省庁・自治体などでおこなわれています。絶滅の危機にある野生の生きものの現状を理解するうえで、こうした一覧表づくりは大切とされます。

絶滅危惧種を一覧表にした書類は、一般的に「レッドリスト」とよばれています。1948年につくられ、スイスのグランに本部のある国際自然保護連合は、「絶滅のおそれのある種のレッドリスト」を発表しています。もっとも国際的なレッドリストといえるでしょう。

国際自然保護連合のレッドリストは、1966年のはじめてつくられました。ただし、それより前から生きものの種によっては個体が減っていることが報告されており、1950年代から絶滅の危機にある野生の生きものについて整理していたということです。

日本国内でも、環境省が「絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト」をつくっています。こちらは「環境省版レッドリスト」とよばれ、日本で生息したり生育したりしている野生の生きものについてのもの。1991年に脊椎動物と無脊椎動物についてまとめたものを発端に、1997年に第2次、2006年に第3次、2012年に第4次の環境版レッドリストが発表されています。

こうしたレッドリストには、絶滅の危険度が設けられています。左は国際自然保護連動による区分、右は環境省による区分。

    Extinct(Ex)                     絶滅
    Extinct in the Wild(EW)       野生絶滅

    Threatened                      絶滅危惧
    Critically Endangered(CR)  絶滅危惧IA類
    Endangered(EN)                絶滅危惧IB類
    Vulneable(VU)              絶滅危惧II類

    Lower Risk(LR)                   準危急種
    Near Threatened(NT)           準絶滅危惧種
    Least Concern(LC)           (該当なし)

    Data Deficient(DD)           情報不足

また、レッドリストを書物のかたちにした媒体を「レッドデータブック」といいます。1966年に国際自然保護連合が発行し、1981年から本のかたちになりました。

さらに、日本の都道府県でも、レッドリストやレッドデータブックをつくって、住民の身のまわりの地域での絶滅危惧種の状況などを公表しています。

レッドリストやレッドデータブックのよび名に「レッド」がつくのは、「赤」が危険の高さを示す色であるため。各種のレッドデータブックの表紙には、赤色の地や文字が使われています。

そして、環境省版の第4次レッドリストの内容がこのたび見直されました。環境省は(2017年)3月31日「環境省レッドリスト2017の公表について」という資料を発表。第4次レッドリストの第2回目の改訂版にあたるとしています。どのような見直しがされたのか見てみます。つづく。

参考資料
WWFジャパン「レッドリストについて」
https://www.wwf.or.jp/activities/wildlife/cat1014/cat1085/
農林水産関連用語集「RDB(レッドデータブック)
http://www.weblio.jp/content/レッドデータブック
水資源機構「第3回 環境保全協議会」
http://www.water.go.jp/kanto/omoigawa/kankyou-hozen/kyogikai-pdf/H25.07.pdf
環境省 2017年3月31日発表「環境省レッドリスト2017の公表について」
http://www.env.go.jp/press/103881.html

| - | 12:59 | comments(0) | trackbacks(0)
日なたと日かげの温度差、表面で大


きょう(2017年)4月5日(水)、日本の各地では春らしい陽気になりました。東京の日中の最高気温は20.5度。宮城県の仙台でも14.9度まで達しました。

しかし、この時期、日なたで光を浴びているとき体に暑さを感じても、いったん日かげに入ってしまうと急に寒さを感じることになります。とくに、花見やスポーツ観戦などでずっと屋外にいる人は、日なたにいるときと日かげにいるときのちがいに驚くことでしょう。日なたにいつづけられるか、日かげにいつづけることになるかで、のちのちの体調なども変わってきそうです。

日なたと日かげでは、「温度」はどのくらいちがうのでしょう。ちがいを調べたさまざまな観測があります。

それらによると、「気温」を測ったとき、日ながのほうが日かげよりも4、5度ほど高くなる傾向があるようです。

ただし、測定できる温度は気温だけではありません。「表面温度」といって、日が当たるものの表面の温度、たとえば地表の温度を測ることもできます。

日なたになっている表面と日かげになっている表面の温度を測ると、温度はさらに大きくちがってきます。なにを測るかにもよりますが、日なたのほうが日かげよりも10数度から20度も高くなっている場合があります。

これは、大気中よりも物体のほうが、エネルギーを吸収して貯めこみやすいため。とくに、高温になった表面からは放射エネルギーが生じることなどから、人の体感温度も上昇させます。

今後、春から夏に季節が移ろうことで、日なたより「寒い」と感じる日かげは、日なたより「涼しい」と感じられるようになっていきます。

参考資料
気象庁「アメダス2017年04月05日 東京(トウキョウ)」
http://www.jma.go.jp/jp/amedas_h/today-44132.html
気象庁「アメダス2017年04月05日 仙台(センダイ)」
http://www.jma.go.jp/jp/amedas_h/today-34392.html
NHK for School「日なたと日かげの温度」
http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005300662_00000
リケジョのさいえんすぶろぐ「日向と日陰の温度差調査」
http://ameblo.jp/ageha-hanamizuki/entry-11803469314.html
ミサワホーム 日本の住まいを科学する「微気候の実測 実測調査-1『緑陰効果』」
http://soken.misawa.co.jp/kankyou/bikiko/jissoku/jissoku_2.html
| - | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0)
名古屋議定書を導いた日本、長らくの未承認の時を経て承認へ
国を超えて約束したことが記されているものを「議定書」といいます。ここ30年ほどのなかで、日本人がよく名前を知っている議定書といえば、「京都議定書」でしょうか。1997年に京都で開かれた「第3回気候変動枠組み条約締約国会議」で採択されました。

もうひとつ、京都ではない日本の地名のつく「議定書」として世界に知られている議定書があります。「名古屋議定書」です。おなじく環境にかかわる課題についてのものですが、名古屋議定書のほうは生きものの多様性や遺伝資源の使いみちといった、生きものにかかわる議定書です。

2010年、愛知県名古屋市で「生物多様性条約第10回締約国会議」という国レベルの国際会議が開かれました。「国連地球生きもの会議」とよばれています。この会議で、採択された議定書のひとつが「名古屋議定書」でした。

生きもののもつ遺伝情報を「遺伝資源」とよぶことがあります。「資源」とあるので、価値あるものという観点に重きを置いたことばといえます。この遺伝資源を使って、薬、化粧品、食べものなどを開発するとき、その利益を資源をあたえた国のほうにも公平に分けるべきということを、名古屋議定書ではうたっています。

たとえば、遺伝資源を使う側の国は、遺伝資源をあたえる側の国の法にしたがって、あらかじめあたえる側の国の同意を得ることや、遺伝資源を使うことで生じる利益について、おたがいの国が合意した条約で公平に分けあうことなどが定められています。

名古屋議定書は、2014年に発効しました。2017年1月の時点で、世界の93か国と欧州連合がこの議定書に参加しています。


ノルウェイの「名古屋議定書」調印。2011年5月、米国ニューヨークの国連にて。
写真作者:Norway UN(New York)

しかし、名古屋議定書が採択された地であり、採択を導いたはずの日本は、議定書をまだ承認していません。名古屋議定書に締結すると、遺伝資源を手に入れるための手つづきの負担が増すのではないかと産業界が懸念しているということが理由のひとつ話もあります。

しかし、承認しないと、かえって日本が遺伝資源を手に入れにくくなってしまうというおそれもあります。そこで、日本政府は2017年1月からの第193回通常国会で、名古屋議定書を承認するための案を出す方針を固め、この国会で承認される見通しとなりました。

参考資料
デジタル大辞泉「名古屋議定書」
https://kotobank.jp/word/名古屋議定書-588573
朝日新聞掲載「キーワード」「名古屋議定書」
https://kotobank.jp/word/名古屋議定書-588573
朝日新聞 2017年1月19日付「『名古屋議定書』国会議論へ『遺伝資源』の国際ルール」
http://digital.asahi.com/articles/ASK1L5229K1LULBJ009.html
毎日新聞 2017年3月15日付「遺伝資源の国際取引ルール 名古屋議定書、日本も批准へ」
https://mainichi.jp/articles/20170315/ddm/013/040/017000c
| - | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0)
葛飾八幡宮「三十三周年式年大祭」執りおこなわる


千葉県市川市八幡の葛飾八幡宮で、(2017年)3月31日(金)から4月3日(月)まで、「三十三周年式年大祭」が執りおこなわれました。

葛飾八幡宮は、誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祭る神社です。創建は、平安時代の寛平年間(889-898)、第59代の宇多天皇(867-931)が祈願し、石清水八幡宮の神の分霊を移し、「下総国総鎮守八幡宮」として建立したものとされています。

「八幡宮」は一般的に「八幡神」とよばれる神のこと。八幡神は、日本土着の神道と大陸伝来の仏教が混然となった神とも、大分県の宇佐地方で進行されていた農業神とも、また葛飾八幡宮のように応神天皇や神功皇后ともされています。

「三十三周年式年大祭」は、33年に一度、執りおこなわれる祭儀。一定の年を定めておこなう祭としては、神宮(伊勢神宮)で20年に一度おこなわれる「式年遷宮」が有名ですが、神社によってその式年はさまざま異なります。

葛飾八幡宮がの式年が33年であるのは諸説あるもよう。神社のまわり32か所にかかわりのある神社があり、それらが1年ずつかわりばんこに「かげ祭」をおこない、一巡して葛飾八幡宮に戻ってくるのが33年ごとだからとも、また「八幡宮」の総本山である宇佐八幡宮などが33年を式年としているためそれを倣ったともいわれているそうです。



4日間の天気は、初日に雨に振られるなどあまりよいものではありませんでしたが、さまざまな行事がおこなわれ、多くの参拝客が集まりました。

催しものには、中心行事で招待者のみによる「三十三周年式年大祭」や、関係者のみによる「弓道大会」のほか、宮神輿の宮出しや宮入り、謡曲、仕舞、神楽などの合奏、さらに特設ステージや市民会館ステージでの市民団体などによる各種ショーなどもおこなわれました。

この33年のあいだ、2012年には、葛飾八幡宮の「御社宝」のひとつである「八幡の藪知らず」が、歩行者が石垣につまずくのを避けるための歩道拡幅工事で面積をすこし削られるなどしました。

33年後は2040年。「八幡さま」そしてまわりの街なみは、どのように変わっているでしょうか。

参考資料
「下総国総鎮守葛飾八幡宮 御由緒」
http://img-cdn.jg.jugem.jp/b82/15839/20170403_2312990.jpg
葛飾八幡宮「三十三周年式年大祭について」
https://www.katsushikahachimangu.com/blank-1
市川市市議会「会議録(2014年2月 第7日目 2014年3月13日)」
http://www.city.ichikawa.lg.jp/cgi-bin/kaigi.cgi?filename=kaigi_140313.txt&count_c=29
| - | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0)
「人がいるところ」での作業は進むことも、抑えられることも……

写真作者:Karl Bedingfield

ものごとを「人がいるところ」でおこなうことの影響とは、どのようなものでしょうか。

米国の心理学者ゴードン・オールポート(1897-1967)に提唱された心理学的な概念に「社会性促進」があります。これは、集団で作業をすると、おなじ仕事をする他者の存在が刺激となり、一人でやるよりも達成効果が増大する現象、と説明されています。

自分のまわりに「見物者」あるいは「共同行動者」がいるということにより、作業の動機づけがおこなわれるというものです。

人は、ものごとに積極的に当たろうという意欲に満ちることがあります。つまり「張りきる」ということです。

たいてい、人が張りきるのは、身のまわりに人がいるとき。たとえば、会社の運動会などで、ほかの社員も出場したり応援に来てくれたりしていれば、その人は張りきることでしょう。また、仕事でも、仕事仲間たちに会うまえまでは憂鬱な気分だったけれど、会ってから自分のペースをとりもどせたという人もいるかもしれません。

社会的促進では、身のまわりに人がいることにより、集中力が増す、ほかの人からの評価を気にする、自分を誇示したいと思う、といった心理作用がはたらくのではないかと説明されているようです。

しかし、人が身のまわりにいれば、かならず社会的「促進」が生じるのかというと、そうともいえないようです。

社会的促進とは逆に、他者の存在が負の効果をもつ場合もあるとされ、それは「社会的抑制」とよばれています。

たとえば、 緊急の事態に遭遇しているとき、身のまわりに人が多いと、その緊急の事態を「他人事」と感じてしまう効果があるといいます。これは「傍観者効果」とよばれ、社会的抑制のひとつにもあげられています。

ほかにも、社会的抑制については、緊張感や失敗に対するおそれなどの心理作用もはたらくのではないかとされているようです。

「身のまわりに人がいる」という状況を、社会的促進が自分に生じるように利用できれば、ものごとをうまくこなすことができそうです。いっぽう、そうした状況で社会的抑制が起きてしまうようであれば、それを避けるように、つまり一人きりで作業するなどを心がけるようにしたほうがよいのかもしれません。

参考資料
デジタル大辞泉「社会的促進」
https://kotobank.jp/word/社会的促進-524610
心理学用語集「社会的促進」
http://www.1-ski.net/archives/000205.html
ウィキペディア「ゴードン・オールポート」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ゴードン・オールポート
メンタルヘルス用語「傍観者効果」
http://www.humaneeds.co.jp/words/ha/5503001.html
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
人が滅びるとブルドッグも滅びる

写真作者:Andrea Arden

人がつくりだした動物の種は、人類が滅亡したあとも生き残ることができるでしょうか。多くはできるかもしれませんが、なかにはできないといわれている種もあります。

ブルドッグはよく知られた犬の品種です。体長は40センチメートルほどで、体毛は短く、毛色は白色や茶色など。

英国原産で、18世紀ごろ、雄牛と犬を闘わせる見世物のために、開発されたとされています。しかし、英国で動物虐待法が成立すると、この見世物は禁止となり、おもに愛玩動物となりました。

ブルドッグといえば、ずんぐりむっくりした体と大きな頭が特徴的です。18世紀ごろのブルドッグはもっと、体はほっそりしていて、顔もひとまわり小さかったようです。しかし、19世紀後半ごろから、人に手によって頭が大きな個体が選ばれていき、いまのような体型になっていったそう。

ブルドッグの赤ちゃんもやはり頭は大きくあります。そのため、母親がふつうに出産しようとすると、胎児の頭が大きすぎて産道を通らず、母子ともに死んでしまうおそれがたかくあります。そのため、帝王切開によって赤ちゃんが生まれることがほとんどといいます。

帝王切開をすることができるのは、いまのところ人しかいません。その人が、なんらかの理由でこの世からいなくなってしまったら、ブルドッグの赤ちゃんを母親のお腹からとりだす者がいなくなってしまいます。

つまり、人が絶滅してしまえば、おそらくブルドッグも絶滅してしまいます。

人が自分たちのためにつくりだした犬の品種でありながら、人がいなくなってしまうとその犬を存在させつづけることができない。これもひとつの、人間の勝手さのあらわれでしょうか。かつては、動物権などの意識はさほど高くなかったでしょうから、そうしたことまで人が考えていたかどうか……。

参考資料
ウィキペディア「ブルドッグ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ブルドッグ
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