相手にそうだと思いこませて相手をだますことを「あざむく」といいます。人の社会では人が人をあざむくことは当然のようにおこなわれているようです。では、人でない動物たちはあざむくことのない世界で生きているかというと、かならずしもそうではないようです。動物もほかの動物をあざむくときがあります。
動物があざむく方法は、大きく「戦略的あざむき」と「戦術的あざむき」に分けることができます。
「戦略的あざむき」とは、あざむく“しかけ”が、決まりきったかたちをしているものをいいます。たとえば、動物がほかの動植物ににたかたちや色もようなどをとることを擬態といいますが、擬態の多くは戦略的あざむきの代表例。なぜなら、擬態をする動物は、決まった擬態のしかたをしてあざむくからです。昆虫のナナフシは、木の枝に擬態をすることで天敵の鳥たちに自分の存在を気づかれないようにしています。これは戦略的あざむきの一例といえます。
ナナフシ
いっぽう「戦術的あざむき」のほうは、ある動物が、通常の行動のしかたのなかから特定の行動を選んで、ほかの個体に状況を誤認させるようなあざむきかたをいいます。最初からあざむくしかけが決まっているわけではありません。この点、戦略的あざむきよりも、より高度なあざむきかたと考えることができます。
戦術的あざむきの例として知られるのが、鳥のチドリの仲間たちの「偽傷」とよばれる行動です。偽傷とは、地上に巣をつくる鳥が、あたかも自分が傷を負って飛べないでいるかのような振るまいをして、敵にあたる捕食者の注意を引いて、卵やひなから遠ざけようとする行動をいいます。
コチドリ
じっさい、コチドリという小さなチドリの親が、偽傷の行為をしているようすを、インターネット上の動画で見ることができます。羽をばたつかせながら、右へ左へと体をよろめかせています。うしろ姿を見ると、いかにも「痛い痛い」と悲痛そうな態度を示しています。しかし、顔はいたって平静にも見えます。
コチドリの親は、いつでも敵をあざむいているわけではなく、自分の雛や卵に危機が迫っているときに偽傷の行為をします。あざむく機会を自分で選んでいるわけで、これが戦術的あざむきの一例です。
参考資料
山極寿一編『ヒトはどのようにしてつくられたか』
https://www.amazon.co.jp/dp/4000069519
「欺きのメカニズムに関する研究 脳機能ならびに心の理論との関連性」
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/48184/1/02Kishi.pdf
Shinji kawamura「コチドリ偽傷行動」
世界大百科事典「偽傷」
https://kotobank.jp/word/擬傷-473763