写真作者:@yb_woodstock
もしこの世界に「エラー」という事象がまったくなかったら、どうなっていたでしょうか。生きものの多様性は、遺伝子のミスコピーがもとで変異が生じた末に起きるものです。エラーがなければ、人間そのものも存在しえなかったことでしょう。
エラーはというものはなくなりません。ヒューマンエラーについてもそれがいえます。
ヒューマンエラーとは、人間が犯す誤りや失敗のことをいいます。これは、機械がなんらかの原因で誤作動するようなマシンエラーと分けて考えるときによく使われることばといえます。
ヒューマンエラーは大きく、不注意や怠慢のために起きる過失によるものと、結果がどうなるか認識していながらも行う故意によるものに分けることができます。
近道しようとする、手抜きをする、違反をするといった故意によるヒューマンエラーもまた、悪しき意味での“人間らしさ”がでているものといえますが、過失によるヒューマンエラーも人間に本質的に伴うものといえそうです。
故意ではないヒューマンエラーを分類すると、つぎのようになるとされます。
「無知、未経験、不慣れ」「危険軽視、慣れ」「不注意」「集団欠陥」「場面行動本能」「パニック」「錯覚」「中高年の機能低下」「疲労」「単調作業による意識低下」
このうち、聞きなれない「集団欠陥」というのは、集団だからこそおきてしまうような悪習慣などのことを指します。また、「場面行動本能」とは、ある場面に遭遇したときとっさに行動に表れるような本能のことを指します。
2、3日間の人間の生活を考えても、眠くなるし、お腹が減るし、疲れます。一定の状態以上を保ちつづけることはまずもって不可能です。もし、人間ができる「一定の状態を保つこと」があるとすれば、「不安定でいること」となるでしょう。
より長い時間軸を考えても、人間の老化は避けられません。瞬発性や判断能力などが低下していき、それまでできていたことができなくなっていきます。
できれば、ヒューマンエラーを経験しないほうがいいし、ヒューマンエラーに遭遇しないほうがいい。だから、エラーを少なくするための努力というものはおこなわれます。
しかし、本質的にヒューマンエラーを皆無にすることは、上のような理由があるためまずもってできません。
そのため、「ヒューマンエラーは起きるもの」という前提に立ちつつも、起きたヒューマンエラーを事故に導かないためのしくみや、影響を最小限にくいとめるためのしくみが研究されているわけです。
参考資料
humanerror「ヒューマンエラーの分類、認知」
http://www.humanerror.jp/classification.html
NISHIOの広報誌 安全くん「ヒューマンエラーを引き起こす12の原因」
http://www.anzenkun.nishio-rent.co.jp/anzen/444.html