科学技術のアネクドート

「パンタグラフも電柱も50メートル」で火花


いまもむかしも「新幹線」といえば「0系」とよばれる、“丸い鼻”をした車両を思い浮かべる人は多いでしょう。1964年10月の開業から2008年11月まで東海道・山陽新幹線で走りつづけました。

かつて、この0系の新幹線が走っているとき、火花がよく散っていました。新幹線が動くための電力を送るための架空電車線とよばれる電線と、その電力を取り入れるためのパンタグラフのあいだで放電現象が起き、火花が散るのでした。

0系新幹線が走りはじめたころ、なぜひんぱんに火花が散るのか、鉄道関係者も原因を把握しきれずにいたといいます。

しかし後にその原因は、架空電車線と新幹線とのある間隔が関係していることがわかってきました。

新幹線のパンタグラフは、2両ごとに規則的に置かれていました。その間隔は50メートルです。

いっぽう、新幹線のパンタグラフに電力を送る架空電車線を支える電柱の間隔も50メートル間隔の設計でした。

両方の間隔が50メートルということは、新幹線が50メートル進むごとに、いつもぴたりの幅でパンタグラフと電柱の位置が重なることになります。

これは、電力を集めるうえではよくないこと。いつもおなじ幅でパンタグラフと電柱が重なっていると、架空電車線とパンタグラフのあいだでの振動のしかたがいつもおなじになり、それが大きくなっていきます。この現象は共振とよばれるもの。

共振によって架空電車線が大きく揺れると、電線の揺れがおさまらないうちにつぎのパンタグラフが通過します。すると、電線とパンタグラフが大きく離れてしまいます。こうなると放電現象、つまり火花が起きることになります。

この原因がわかると、新たな系列の新幹線では改良がはかられました。1992年に導入された「300系」では、屋根の上に「特高圧引通線」とよばれる電線を起きました。それが車両と車両を跨ぐようになっています。

これで、電線とパンタグラフが離れているときでも、車両間では電気の供給がなされるようになりました。電気の供給がなされていると、火花は散りにくくなります。

パンタグラフと架空電車線の技術はさまざま進化し、新幹線が火花を散らして走っている景色も、いまではあまり見られなくなっています。

参考資料
曽根悟『新幹線50年の技術史』
http://www.amazon.co.jp/dp/4062578638
井上孝司『超高速列車 新幹線対TGV対ICE』
http://www.amazon.co.jp/dp/479802273X
Yahoo!知恵袋「0系新幹線が走行するとパンタグラフがスパークしていましたが」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1094131100
ウィキペディア「新幹線300系電車」
http://ja.wikipedia.org/wiki/新幹線300系電車
| - | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0)
放射光は「究極の電子顕微鏡」とも


ごく小さい対象物を観察するための道具のひとつに顕微鏡があります。顕微鏡にはさまざまな種類があります。光を当てて対象物を見る光学顕微鏡、電子を当てて対象物を見る電子顕微鏡、先の尖った探針という針を使って対象物の表面を探る走査型プローブ顕微鏡、などです。

こうした「何々顕微鏡」と名のつく顕微鏡にくらべると、あまり顕微鏡として考えられていませんが、それでも「究極の顕微鏡」と研究者が評するものがあります。

それは「放射光」とよばれるものです。

放射光は、電子などの粒子が磁場によって曲げられて進むとき、進む方向に放たれる電磁波のこと。電子そのものは磁石の力によって円を描く道筋を進みますが、電子から出てくる放射光は円を描く筋道でなく、まっすぐ進むように放たれていくわけです。

電子のエネルギーが高いと、そこから出てくる放射光も明るく、ぼやけず指向性が高くなります。また、電子のエネルギーが高いと、放射光にX線などの短い波長の光がふくまれるようになります。

X線は、可視光線や紫外線よりもさらに波長の短い、0.001〜10ナノメートルほどの波長の電磁波。物の結晶構造などの、ごく小さな対象物を観察するための手段になります。対象物にX線を照らすと、X線が対象物の原子のまわりにある電子によって散乱し、対象物の影にあたる部分にも波が伝わっていきます。この現象を回折といいます。

ある対象物にX線を照らしてみて、回折が起きた結果を分析することで、対象物がどのような構造をしているかを突きとめることができるのです。

放射光のX線を使って調べられることはさまざまあります。生体分子の結晶構造がどうなっているか、粉末の結晶構造がどうなっているか、高温超伝導体などの電子の状態がどうなっているか、細胞やウィルスなどの状態がどうなっているかといった、研究者にとってさまざまな知りたいことを観察することができるのです。

原子や電子の状態までを観察することができるため、「放射光は究極の顕微鏡」とも評されるわけです。

なお、電子を磁場で曲げるのには、とても大きな磁力を必要とします。電子はそう簡単にくいっと曲がってはくれないため、放射光を発生させる施設は、とてもゆるやかに円を描くようなかたちになります。結果として巨大な施設となります。たとえば、兵庫県佐用町にある、日本の代表的な放射光施設「SPring-8」は、電子などを加速させるための円形加速器の周長が、1436メートルにもなっています。

参考資料
SPring-8「放射光とは?」
http://www.spring8.or.jp/ja/about_us/whats_sr/
日本分析機器工業会「X線回折装置の原理と応用」
http://www.jaima.or.jp/jp/basic/xray/xrd.html
日本放射光学会「放射光で解き明かす太陽系と地球の謎」
http://www.saga-ls.jp/images/file/what's%20New/houshakougakkai/2012/poster_houshakougakkai2012.pdf
ウィキペディア「SPring-8」
http://ja.wikipedia.org/wiki/SPring-8
| - | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0)
「みんなの写真展 南相馬のいま@東京」開催


「みんなの写真展 南相馬のいま@東京」という展覧会が、(2014年)4月28日(月)から5月2日(金)、29日(火祝)をのぞいて、東京・大手町の日本経済新聞社東京本社ビル2階で開かれています。

この写真展は、認定特定非営利活動法人である「フロンティア南相馬」が企画しているもの。フロンティア南相馬は、東日本大震災直後の2011年4月に設立された組織。地元で商業を営んでいた草野良太さんが設立しました。

「社会教育の促進とまちづくりの促進を図る事業」を事業内容としており、具体的には地元の産業支援、子どもたちの支援、放射線量マップづくりなどをしています。

2013年8月から11月、フロンティア相馬は、「南相馬野のいま」をテーマにした「みんなの写真コンテスト」という催しを開きました。そこに寄せられたほぼすべての写真作品が展示されています。これまでも、おなじ主旨の写真展を名古屋や山形で開いてきましたが、東京で開くのは初めてとのこと。

展示されている写真はどれも、“ごく日常”の暮しが撮られたもの。しかし、福島第一原子力発電所の事故で、困難な生活を送ることを余儀なくされた背景を考えると、人びとの笑顔にも深い意味を感じることができます。

初日の28日(月)には、催しものも開かれました。南相馬のあたりを取材してきたカメラマンの熱田護さんの現地報告、フロンティア南相馬の代表の草野良太さんと、理事の長嶋浩巳さんによるトーク、笠井千晶さんによる被災地の映像上映などです。

草野さんは、大地震直後からボランティア活動をはじめたものの、「個人でできることの限界」を感じて、組織をつくることにしたといいます。「目の届く、手の届く範囲のことを確実にやっていきたい。写真展についても、エリアを拡大してやっていきたい」と語りました。

また、長嶋さんは「東京にいて震災から3年も経つと震災のことを忘れてしまう。プロのジャーナリストなどだけでは伝わらない部分がある」とし、写真展の主旨について「そこにいる人がどう思っているかを、そのままの形で示している」と語りました。

ごくごくふつうの写真の数々から、南相馬地域の“最近”をうかがうことができます。

「みんなの写真展 南相馬のいま@東京」は、東京・大手町の日本経済新聞社東京本社ビル2階で、2014年5月2日(金)まで。ただし4月29日(火祝)はお休みです。入場無料。時間は10時から18時ですが、最終日は16時までとなっています。

写真展のお知らせもしているフロンティア南相馬のフェイスブックページはこちらです。
https://www.facebook.com/npoFRONTIERms
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
本づくりの価値観をめぐって若干の対立


本は、章の見出し、本文、また本文中の見出し、図版など、いろいろな要素で成りたっています。本をつくるとき「どの要素まで入れてもよいか」あるいは「どの要素を入れるのは許しがたいか」の尺度は、人によってさまざまちがいます。

編集者と執筆者のやりとりのなかで、よく見られるやりとりは「ここにコラムを設けましょう」という提案です。たいてい、執筆者側から編集者側に提案があります。

執筆者「それとね、こんな社会的なニュースも紹介したいと思ってるから、なんかここいらに一個、コラムでもつくって載せようかと思ってるんだ。原稿、書くからね」
編集者「え、先生、コ、コラムですか……」

コラムとは、本などのなかで短く載せる囲み記事のこと。本の主題とは直接的には関係ないものの、関連はしているような話題を、コラム扱いで載せることはあります。

この執筆者と編集者のやりとりの場合、執筆者のほうは「コラムを設ける」ということをためらっていないようです。

いっぽう、編集者は「安易すぎる」と考えているようです。この編集者は心のなかでつぶやきました。

「コラムだなんて、そんな話、これまで出てこなかったじゃないか。コラムを安易に設けるのはいかがなものか……」

この編集者にとっての“美学”を探ると、どうやら「本で伝えることは究極的にひとつのことだけであるべき」といった考えをもているようです。

コラムで扱う話は、たしかに本の本題と関連はするものの、著者が「伝えたいこと」からは脇にそれたものであることが多くあります。それを、「この話も書きたい」という理由で、安易に入れてもいいものなのか。そうした思いが、「え、コ、コラムですか……」ということばににじみ出たのでしょう。

おなじように、編集者と著者のあいだで、ちょっとした意見の食いちがいになりうる要素が、注釈という要素を本に入れるかどうかです。注釈とは、用語などの意味をわかりやすく解説する文のこと。本文とはべつに、欄外などに「※」などの目印とともに載せます。

「わからないことばが出てきたら、それはきちんとべつのことばで補うべき」という点では、編集者と著者が一致していても、それをどのようなかたちで補うかをめぐっては価値観が異なる場合もあります。

「注釈を入れるのは許しがたい」という人には「本文の流れのなかで、すべての情報を読者に伝えるのが筋」とする考えもあります。いっぽうで、「注釈を入れることをためらわない」という人には「本文ですべてを説明してかえってわかりにくくなるより、切りわけて説明したほうがいい」とする考えもあります。

コラムも注釈も、入れる入れないで対立しそうな場合、 どちらの提案をどちらかが飲んで決着がはかられます。ただし、まるごと一冊を通してコラムがひとつだけとか、注釈がわずかふたつだけといった本があるとすれば、それは話しあいがあまりうまくいかなかったか、おたがいに“美学”があまりなかったかのどちらかかもしれません。
| - | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0)
新連載企画「変わるキッチン」開始、第1回は「切る」


日本ビジネスプレスの「食の研究所」で、きのう(2014年)4月25日(金)より「変わるキッチン」という新連載企画が始まりました。執筆者はライターの澁川祐子さん。この連載の編集をしています。

3月まで、澁川さんの「食の源流探訪」という連載がありました。毎回、日本の定番食をひとつ題材にとりあげ、その源流を文献などで探っていくという企画。連載がまとまり『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)という本にもなりました。

「変わるキッチン」は、この後継的な企画。「『食べる』ことの歴史は、料理の技術とともに発展を遂げてきた。本連載では、毎回、料理にちなんだ動作をテーマに、その道具の歴史を追い、いかにして日本人が食べてきたのかを明らかにする」というのが企画主旨(記事より)。

つまり、「変わるキッチン」で光が当てられるのは、料理にちなんだ動作を支える道具です。

第1回では、「料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁」と題して、料理の基本である「切る」という動作がとりあげています。

世界中には、日本の包丁にあたる切るための道具があります。西欧の西洋包丁や中国の中華包丁など。日本の包丁は独自の進化を遂げました。

澁川さんは、民俗学者の原田信男の言説に着目します。それは、包丁という道具が確立されてさほど経たない時代、「切り方が料理人の腕の見せどころとなったのである」という指摘。これが、鎌倉時代や室町時代における「包丁さばき」の流派の登場につながったというわけです。

流派もつくられ、魚をおろすための出刃、野菜を切るための菜切、魚を刺身にするための柳刃などとさまざまな種類の和包丁も生まれます。

しかし、現代に入ると「文化包丁」あるいは「万能包丁」とよばれる、どんな対象でも切ることに向いた包丁が生まれました。さらに、昭和時代「キッチンバサミ」が日本に入り、包丁を使わない料理法まで喧伝されるようになりました。この先、食材を切るための道具はどうなっていくのでしょう。

記事で「台所にある道具の歴史をたどっていけば、日本の食卓の変遷も浮かび上がってくるのではないか」と澁川さんは述べます。「変わるキッチン」の記事は、これからも毎月の終わりのほうの金曜に掲載の予定です。

「料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁 変わるキッチン(第1回)『切る』」はこちら。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40526
| - | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0)
「科学ジャーナリスト賞2014」大賞にOurPlanet-TVの白石草さん


日本科学技術ジャーナリスト会議が(2014年)4月25日(金)、「科学ジャーナリスト賞2014」を決定したことを発表しました。

科学ジャーナリスト賞は、日本科学技術ジャーナリスト会議がすぐれた科学ジャーナリストの活動をたたえる賞です。2006年に創設されました。

第9回となる今年は、各媒体あわせて79作品の応募がありました。

同会議は大賞を、OurPlanet-TV代表の白石草(はじめ)さんに贈ると発表しました。ドキュメント映像作品「東電テレビ会議49時間の記録」の制作に対してに対してです。

贈呈理由をつぎのように説明しています。

「東京電力は、本店と福島第一原発などと結ぶテレビ会議の録画のうち、49時間分に限って公開したが、これをNPO法人の独立メディア「OurPlanet-TV」が発言者を特定したり難解な原発用語に脚注をつけたりして、3時間の衝撃的な映像ドキュメンタリーに仕上げた。東電の入れたボカシやP音などによって分かりにくい部分も少なくないが、それでも時折、無責任な言動が透けて見えるなど、現場の生々しい状況を見事に浮かび上がらせている。大手のメディアがやらなかった作業に取り組み、市民に直接、一次情報を提供するという新しい試みも高く評価した」

また、賞を、漫画家あさりよしとおさんに、また、NHK報道局社会番組部チーフ・プロデューサー三村忠史さんに、そしてまた、元カリフォルニア工科大学地震研究所長の金森博雄さんと『AERA』編集部編集委員の瀬川茂子さんと関西大学社会安全学部准教授の林能成さんに贈ると発表しました。

漫画家のあさりよしとおさんへは、書籍『宇宙へ行きたくて液体燃料ロケットをDIYしてみた 実録なつのロケット団』(学研教育出版)の著作に対して。贈呈理由はつぎのとおりです。

「宇宙へ行きたい漫画家、元IT会社社長、エンジニアたちが集まって、ワイワイガヤガヤ手製のロケットをつくりだし、打ち上げ実験にまで及んだ一部始終を、漫画や写真入りで描いた実に楽しい書物である。科学技術とは、『夢』を追って発展してきたことを考えると、夢を追うとはどういうことかを、分かりやすく示したものだともいえよう。多くの人たちに科学の楽しさが自然と伝わってくるところも素晴らしいと評価した」

NHK報道局の三村さんへは、「“いのちの記録”を未来へ 震災ビッグデータ」の番組に対して。贈呈理由はつぎのとおりです。

携帯電話やカーナビの普及でこんなことまで分かるような時代になったのかと、あらためて感じさせた優れた番組だった。画像の処理もテレビならではの工夫が凝らされ、ビッグデータが将来、防災などに役立つ大きな可能性を持っていることを示唆した。ただ、ビッグデータは一歩誤ると、『監視社会』を生み出してしまう恐れのあることを、ひと言触れていたら、なおよかったろう」

元カリフォルニア工科大学の金森博雄さん、『AERA』編集部の瀬川茂子さん、関西大学社会安全学部准教授の林能成さんへは、『巨大地震の科学と防災』(朝日新聞出版)の著作に対して。贈呈理由はつぎのとおりです。

「地震学の泰斗、金森博雄氏が自らの足跡を加味しながら、地震学の発展してきた経緯とその到達したところを分かりやすく描き出した。同時に、それを防災に生かすにはどうすべきかについても貴重な提言をしている。文章が苦手の科学者に科学ジャーナリストが手を貸して優れた啓発書に仕上げるという、これは一つの成功例であり、あとに続く作品が次々と出てくるようにとの期待も込めて、本書を高く評価した」

受賞者のみなさん、おめでとうございます。

日本科学技術ジャーナリスト会議による発表「『科学ジャーナリスト賞2014』各賞を決定しました」はこちらです。
http://www.jastj.jp/index.html#20140425
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
日本人の花見、神事のち娯楽


2014年の桜の開花前線はついに青森県まで行き、青森市では(4月)26日(土)ごろ満開を迎えそうです。

花見は、江戸時代や明治時代の落語の主題にもなっています。たとえば江戸落語の「長屋の花見」。貧乏長屋の住人たちが家主に花見に誘われます。家主に出されたのは酒のかわりに番茶。卵焼きのかわりにたくあん。お茶を飲みすぎて気分の悪くなった男が、どんな気持ちかを聞かれ「井戸に落ちたときとおなじような気持ちだ」と言います。

こうした落語などが生まれるのも、日本人が花見を楽しみにしいるから。しかし、世界中のすべての人が花見をしているわけではありません。日本人が花見をするのは、その歴史があるからです。

庶民、とくに農民たちは、古くから咲く花の下に集まって、酒を飲みかわしていたといいます。これには、神に酒を捧げて、参加者たちがその酒をいただく「相嘗(あいなめ)」の意味がありました。さらにそういうことをするのには、豊作を祈願したり、農業への連帯意識を高めたりする目的がありました。

しかし、時の流れとともに、そうしたもともとの意味は薄くなっていき、余暇の娯楽としての意味が強くなっていきました。

江戸時代の元禄年間(1688-1704)には、桜の花を求めて、庶民が徒党を組んで花見にでかけるようになったといいます。幕府は、庶民のこうした集団的な行動を暴走させないように、エネルギーを発散させる必要も出てきます。そこで、幕府は庶民たちを手なずけるため、官営の娯楽場をつくり、そこで花見をさせました。

徳川第8代将軍の吉宗(1684-1751)は、在位期間(1716-1745)に、隅田川の桜堤、飛鳥山、御殿山などの江戸の各所に桜を植え、出店を用意して庶民に花見をすすめました。

これらの場所というのは、いまでは電車や車ですぐに行けるところ。しかし、そうした交通手段のなかった江戸時代では、当時の庶民にとってかなり遠くの郊外にあたります。行って帰ってくるだけで疲れてしまうため、庶民の貯まりがちなエネルギーを発散させる効果もあったと考えられています。

参考資料
井手久登「都市緑化の目的と課題」『都市計画』1983年9月号
世界大百科事典第2版「長屋の花見」
http://kotobank.jp/word/長屋の花見
東京お花見30選「徳川吉宗と桜」
http://hanas.sakura.ne.jp/tokyo/hanami_yoshimune.html
| - | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0)
遅れてやってきた人びとに配慮


街というものは、あたかも生きもののように発展していきます。街を成りたたせるひとつひとつの家や建てものは、ひとつの家族あるいは、ひとつの組織が築くものですが、街全体としてはオフィス街に発展したり、住宅街に発展したりと、さまざまなかたちになっていきます。

しかし、「この街の区画はこうあるべき」といった明確な“意志”のようなものがない地域では、人びとの共存のしかたをめぐっての課題も生まれてきます。

1970年代、ある県のある地方に金属材料の大きな工場が建てられました。その工場を営む会社は、より中心都市のなかに工場をもっていましたが、公害問題への視線がきびしくなり、広大な田畑の広がる地方に工場を移したのです。

地方に建てられた工場は、しばらくはなにごともなく金属材料をつくりつづけることができました。その金属材料は、その企業にとっての主力製品だったため、生産ラインは24時間365日、動きつづけました。

ところが、1990年代になり、そんな田畑と工場しかない地方の土地に宅地化の波がおしよせました。その地域は、その県の中心都市まで電車や車で30分ほど。ベッドタウンとしての発展を遂げはじめたのです。工場のまわりにも、ぽつぽつと家が建つようになりました。

工場長は、はじめのうちは「工場が建ったのが先。家が建ったのは後。家を建てた人は目の前の工場が見えなかったわけではあるまい」と、意に介しませんでした。

しかし、さらに数年が経ち、田畑もすくなくなり、工場のまわりを住宅が取り囲むようになってきました。こうなると、新しく家を建てた住民などからは、「なぜ、こんな住宅街のなかに、工場があるのだ」と不満をもつようになります。

条例などがないかぎり工場は24時間操業をつづけることはできます。しかし、この工場を営む企業には良識がありました。

工場長は、まわりに建った家々をたずね、工場が迷惑をかけていることはないかを聞いてまわりました。そして、あとから住みつきはじめた近隣住民に対して配慮をし、夜は騒音を出さないことにし、煙害をなるべくふせぐため高い煙突を建て、さらに、近隣住民を招いての盆踊り大会まで開きました。

こうして、この工場は、遅れてやってきてマジョリティになった人びとに対して、調和をはかろうとつとめています。この工場長は「ここまでしなければならないのかという社員の声もありますが、まあしかたのないことですね」と苦笑いを浮かべます。

企業というものは、利益を追いもとめつづけることを目的にすると長つづきしないといいます。利益のみを追いもとめるのとはまた異なる姿が、この街のこの工場にはあります。
| - | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0)
「古代サメは硬骨魚類みたい」によって系統図や図鑑に影響も


魚のサメの進化のしかたについて、これまでの定説を覆しうるような発見があったと伝えられています。

英国の科学雑誌『ネイチャー』2014年4月16日付に、「硬骨魚のような咽頭弓をもった古生代のサメ(A Palaeozoic shark with osteichthyan-like branchial arches)」というレター記事が載りました。

魚には、おもに、体の骨格が軟らかい骨でできた軟骨魚類と、硬い骨でできた硬骨魚類がいます。いま海で悠々と泳いでいるサメたちは軟骨魚類です。

これらサメたちは、あまり進化をせず、わりとむかしの体の特徴のまま現代まで命をつないできたと考えられてきました。そして、サメから進化の枝分かれが次々とおこり、じょじょに骨の硬い硬骨魚類が種類豊富に広がっていったと考えられてきました。つまり、サメは「生きた化石」のひとつと思われてきたのです。

ところが、研究者たちは、オザーカス・マペサエという古生代のサメの化石から、硬骨魚類のような「咽頭弓」という体の部位のあとを見つけたといいます。咽頭弓とは、生きものの発生初期に見られる部位のひとつで、魚類では鰓に分化していく部分にあたります。

サメの祖先ともいえるような時代のサメの体が、じつは軟骨魚類というより硬骨魚類のようだったというわけです。この結果は「じつはサメが硬骨魚類から始まり軟骨魚類に変わっていった」とする説、つまり定説とは逆の説を支持するものになるということです。

魚類のもっとも原始的な種は、顎のない「無顎類」というものですが、この無顎類の魚の体も軟骨でできています。

いま、魚類の進化のしかたを示す系統図はざっと、無顎類の線のすぐそばに、サメやエイなどの軟骨魚類の太い一本線が伸びていて、その脇からつぎつぎと硬骨魚類の種が広がったようなかたちをしています。

魚を総合的に紹介するような図鑑も、この進化の系統図に基本的に沿うようにページが進んでいくつくりをしています。

しかし、じつはサメの祖先が硬骨魚類に似ていたとなると、こうした進化の系統図も見なおしが必要になってくるかもしれません。

『ネイチャー』の論文の第一著者は、「これは伝統的な科学的思考を覆すものだ」と通信社の取材にこたえているようです。とはいえ、この発見の瞬間から定説でなかった説が定説になった、つまりパラダムシフトが一気に起きた、とはまだいえないでしょう。

しかし、魚類の進化のしかたをめぐっての議論が白熱していくのはたしかです。

参考資料
Nature 2014年4月16日付“A Palaeozoic shark with osteichthyan-like branchial arches”
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature13195.html
AFP=時事 2014年4月21日付「サメは『生きた化石』ではなかった? 定説覆す化石発見」
http://www.afpbb.com/articles/-/3012896
| - | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0)
「オリオン」で月を超えて火星へ
人類は、20世紀に宇宙空間に進出してからというもの、深宇宙とよばれる、地球から遠くの宇宙にたどりつくことを目指してきました。そして、深宇宙をめざす人びとが当面の実現的目標としているのが火星にたどりつくことです。

火星表面には、これまでもいくつかの無人探査機がたどりついています。1973年にはソ連の「マルス3号」が火星に達しました。その後は米国の無人探査機がつぎつぎと送りこまれています。1976年の「バイキング1号」「2号」、1997年の「マーズ・パスファインダー」、2004年の「スピリット」と「オポチュニティ」、2008年の「フェニックス」、そして2012年の「キュリオシティ」といった具合です。

では、人類は、人を乗せた宇宙機を、どのように火星にたどりつかせようとしているのでしょうか。

火星有人探査にもっとも力を入れているといえる国が米国です。航空宇宙局(NASA)は次世代宇宙船「オリオン」を開発しており、これで火星までたどりつく青写真を描いています。


米国フロリダ州のケネディ宇宙センターで開発されている「オリオン」
NASA/Dimitri Gerondidakis

米国は、2011年に運用終了したスペースシャトルに続く宇宙船を開発してきました。それが「オリオン」です。航空宇宙局は「オリオン」の試験機を2013年に公開しています。その形は、アポロ宇宙船とにた円錐形で4人が乗りこめます。

はじめ、「オリオン」は、米国の「コンステレーション計画」という月や火星の探査をふくむ有人宇宙探査計画で利用することを目的にしていました。ところが、バラク・オバマ大統領は2010年2月に、この計画を中止すると発表しました。理由は開発の遅れやコスト増などです。

しかし、それでもなお、オバマ大統領は2011年4月、「2030年代に人類初の火星有人探査を実施する」といったことを掲げた発表をしました。この発表のなかでは、「オリオン」を国際宇宙ステーションからの緊急脱出用宇宙船として活用するとしていました。

また、「オリオン」の実際の開発や製造を担当しているロッキード・マーティンは、小惑星の有人探査にも使う構想を出していました。

さらに、2011年5月、航空宇宙局は、仕切りなおしのようなかたちで、火星や小惑星への有人飛行に向けた新しい多目的有人宇宙船(MPCV:Multi-Purpose Crew Vehicle)を、「オリオン」をベースに開発すると発表しました。その宇宙機の名前はあいかわらず「オリオン」。実質上「オリオン」の開発がつづいたことになります。

航空宇宙局は、「オリオン」の無人での試験飛行を2014年じゅうに行う予定です。ただし、その計画も「9月」とされていましたが、「12月」に延期することなったとのこと。

計画どおりに行かないのが計画です。「オリオン」で月を超えて、その先の小惑星や火星を目指すようなかたちになりましたが、計画どおりに行くでしょうか。

参考資料
デジタル大辞泉「コンステレーション計画」
http://kotobank.jp/word/コンステレーション計画
月探査情報ステーションブログ「オバマ大統領演説『2030年代中頃には火星有人探査を』」
http://moonstation.jp/ja/blog/archives/259
産経ニュース 2013年10月30日付「火星一番乗り 過酷な旅挑む NASA、有人宇宙船『オリオン』公開」
http://sankei.jp.msn.com/science/news/131030/scn13103011090003-n2.htm
sorae.jp 2013年8月8日付「オリオン宇宙船の初打ち上げまで、あと1年」
http://www.sorae.jp/030601/4994.html
 
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「ゴーゴーカレー」のチキンカツカレー――カレーまみれのアネクドート(56)


チェーン店でありながら個性的なカレー店として勝負しているのが、ゴーゴーシステムが展開している「ゴーゴーカレー」です。「金沢カレーブームの火付け役!!」と触れこんでいるように、石川県を中心に店を増やしてきました。ただし、第1号店は東京の新宿にあります。

店に入るとテレビ番組の映像のような体裁で、ゴーゴーカレーを紹介する映像が流れています。

しかし、ほかのカレーチェーン店との差別化はそれだけにとどまりません。カレーのメニューそのものも個性的です。「プレーンカレー」などといわれる基本的なメニューもあります。それは店の名とおなじ「ゴーゴーカレー」。ライスとルゥに加え、キャベツが盛られています。しかし、同店が売りにしているのは「カツカレー」です。

カツには、ポークとチキンがあります。写真はチキンカツ。大きめの皿の半分ほどを占めるほどの大きさのカツが、ステンレスの皿のご飯とルゥの盛られた上に乗せられています。そしてそのカツのうえにはさらに、濃厚なルゥとおなじような色あいのソースもかかっています。

カツの肉は、とんかつ専門店などのカツにくらべると厚くはありません。しかし、衣の香ばしさがそれを補います。カレールゥが主役と考えれば、薄めの肉とそれを包む衣は脇役つまり具の一部。けっしてカツが主役にならないぎりぎりの線が、このカツの厚さに現れています。

スプーンでカツをひとかけらに分けます。さらにそのスプーンでルゥとライスもすくいます。この組みあわせで頬ばりつつ、あとからキャベツを口に入れます。どの具材も突出して自己主張せず、全体として味の調和がなされています。結局のところ、個性的な具材が多くありながら、均衡が保たれているわけです。

店構え、チェーン店のネーミング、媒体への露出などが目立ちますが、それらもカレーの味があってこそ。「55の工程を5時間かけてじっくり煮込んだ特製オリジナル・ルー」を売りにしています。

「ゴーゴーカレー」のホームページはこちらです。
http://www.gogocurry.com/index.html
| - | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0)
カナリアのかわりにバイオセンサー
炭鉱では、一酸化炭素やメタンなどのガスが事故で満ちて、鉱夫たちが危険な目にあうことがあります。そこで鉱夫たちは炭鉱のなかに入るときカナリアを連れていきました。カナリアは人より先に毒ガスを察知します。つねにさえずっていたところが鳴きやんでしまいます。いわばカナリアに感知器の役目を果たしてもらうわけです。

日本では、毒ガスのサリンを製造していたオウム真理教の拠点に警察が強制捜査に入るとき、カナリアを携えていたといいます。

しかし、カナリアにしてみれば人によって意図せず毒ガスにさらされるおそれがあるわけで、それを気の毒に感じる人もいます。

カナリアのことのみを思ってというわけではないでしょうが、人はカナリアのかわりに毒を感知する感知器をつくっています。「バイオセンサー」とよばれています。

バイオセンサーは、生きものの体にあるような分子が特定の反応をすることを利用した感知素子です。たとえば、人は酸素が薄くなると酸欠で死んでしまいますが、酸素が減ることを感知するようなバイオセンサがあります。

たとえば、チトクロームオキシダーゼという物質を用意します。チトクロームオキシダーゼは、細胞のミトコンドリアにある酵素です。この酵素は、数ある物質のなかで酸素分子だけを識別する特徴があります。酸素分子を識別して、足りないところに電子を渡します。


チトクロームオキシダーゼの構造
画像作者:Richard Wheeler

そこで、チトクロームオキシダーゼと電極をつなげます。すると、電極からの電子がチトクロームオキシダーゼへと渡りますが、さらに電子は周囲の酸素へと渡っていきます。これで電流が流れるわけです。

もし酸素の量がすくなくなると、チトクロームオキシダーゼから渡る電流の量が減ってしまいます。これを検知すれば「電流の量がすくなくなったら酸素が足りなくなっている証し」を知ることができるわけです。

カナリアには“個性”もあるため、地域によっては炭鉱に3羽をもちこみ、どれか1羽でも鳴かなくなったら異常と判断していたといいます。バイオセンサーを使えばカナリアに犠牲になってもらう必要もなくなります。

参考資料
立間徹「生物を利用して物質を測る」『バイオに学びバイオを超える』
ウィキペディア「カナリア」
http://ja.wikipedia.org/wiki/カナリア
| - | 17:48 | comments(0) | trackbacks(0)
学習指導要領では「浸」でなく「侵」


文部科学省は学校教育課程の基準として「学習指導要領」を定めています。文部科学大臣が公示しますが、実際のところは文部科学省の官僚などがつくっています。

「理科」の学習指導要領では、「地球」という分野のうち「地球の内部」を知るための学習内容として、小学5年生でつぎのことを習うことが定められています。

「水流の働き 流れる水の働き(侵食、運搬、堆積) 川の上流・下流と川原の石 雨の降り方と増水」

つまり、川の水はどのように流れ、それがどのような働きをもつのかといったことを学ぶわけです。

ここで、ことばの使いかたとしてすこし違和感を覚える人もいるかもしれません。「流れる水の働き」の例として「浸食」でなく「侵食」が使われているのです。

「浸食」というと、さんずいがついているため、「侵食」より水に関係することの印象をわきあがらせます。「流れる水の働き」としては「浸食」でよさそうなもの。

このふたつのことばの意味するところは、すこしだけちがいます。

さんずいの「浸食」のほうは、地表が風雨などの自然現象ですこしずつ削りとられていくこと。いっぽう、「侵食」のほうは、ほかの領域をおかし、食いこんでいくことを意味します。

どちらかというと、「浸食」のほうが具体的で限定的であり、「侵食」のほうが抽象的で広範的といえます。

「流れる水の働き」というなかなか具体的な題材を扱うのだから、「浸食」でもよさそうです。ただし、学習指導要領のほかのページを見てみても、「浸食」は出てきません。そのかわり、「侵食」はいくつか出てきます。

たとえば、学習指導要領のうち、高校の「地学」には、つぎのようにあります。

「地球の歴史(ア)地表の変化 風化、侵食、運搬及び堆積の諸作用による地形の形成について理解すること」

ここでは、地表全般のことをいっているので、「浸食」より「侵食」のほうがふさわしそうです。ただし、その例としてとりあげるのは「流水や氷河など」となっているので「浸食」を使っても問題はなさそうです。

しかし、「侵食」のほうがどちらかというとより広範的で、「『浸食』におなじ」としている国語辞典もみられます。どちらを使うほうが無難かでみたときは「侵食」となりそうです。

参考資料
文部科学省「高等学校学習指導要領解説 理科編」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/01/29/1282000_6.pdf
小学館「デジタル大辞泉 浸食」
http://kotobank.jp/word/浸食?dic=daijisen
小学館「デジタル大辞泉 侵食」
http://kotobank.jp/word/侵食
| - | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0)
文字を色つきで感じ、音を形としても感じる


人の感覚というものは五感、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚が刺激を受けたときのはたらきのことをいいます。それぞれの感覚が区別されていますが、これは、それぞれの感覚を抱く体の部位がちがっているからです。

しかし、耳がはたらくことで抱く聴覚という感覚を、眼がはたらくことで抱く色でも捉えたり、舌がはたらくことで抱く味覚という感覚を、眼がはたらくことで抱く形でも捉えたりすることができる人がまれにいます。

この現象は、「共感覚」とよばれるもの。ひとつの物理的な刺激が、複数の感覚を誘発することをいいます。

共感覚についての研究は、100年以上もさかのぼることができます。研究により、人はだれでも赤ちゃんのころに共感覚をもっているものの、多くの人では齢をとっていくとともにそのはたらきを失っていくことがわかっています。

しかし、齢をとっても共感覚を失わない人がまれにいます。その確率は、およそ23人に1人とも、200人に1人とも、2000人に1人ともいわれています。ただし、女性のほうが男性よりも多く共感覚をもったまま成長するのはまちがいないようです。

では、どのような共感覚が多いのでしょうか。

もっとも多い共感覚は、数字や文字などの字に対して色を感じるという「色字共感覚」とよばれる共感覚が多いとされます。

また、音を聴いていると色が見えてくる「色聴共感覚」とよばれる共感覚も多いとされます。

齢をとっても、ある感覚をべつの感覚でも抱けるというのは、才能のひとつと考えてよいのでしょう。ものごとを感性豊かに捉えることができれば、それができない人より創造性や表現力が高くなりうるからです。芸術家たちのあいだにには共感覚のもちぬしは多いとされています。

参考資料
北村紗衣「共感覚の地平」
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/51545/1/Kitamura_panel.pdf
長田典子「感性情報(ビジュアルインパクト・イメージスケール)を利用した製品開発事例」
http://jstshingi.jp/abst/p/11/1140/kwansei_01.pdf
| - | 22:49 | comments(0) | trackbacks(0)
遅い過程と速い過程で鉄より重い元素ができる
人の体をふくむすべての物は元素からなりたっています。この元素のできかたは、元素の軽さ・重さによっていくつかにわかれますが、鉄よりも重い元素は、おもに「s過程」と「r過程」というふたつの経過をたどってなされます。

「s過程」の“s”は“slow”つまり「遅い」の“s”。対して「r過程」の“r”は“rapid”つまり「速い」の“r”を指します。重い原子のつくられかたは、遅くつくられるか、速くつくられるかで区別されているわけです。

どちらの過程でも、鍵をにぎっているのは原子を構成する素粒子のひとつである中性子です。まわりに原子が中性子を吸収すると、その中性子が陽子と電子と反ニュートリノというそれぞれの素粒子に変わります。この現象をベータ崩壊といいます。元素では、陽子がひとつ増えると原子番号がひとつ増えて、重いものになるため、s過程でもr過程でも、より重い元素が生まれることになります。

s過程は、太陽の0.6倍から10倍の質量をもつ中小質量星の最終段階である漸近巨星分枝星の内部で起きます。原子番号47番、つまり陽子を47個もつ鉄から、原子番号83番、つまり陽子を83個もつビスマスまでの元素のおよそ半分が、このs過程によってつくられます。この過程は100年から1億年といった時間をかけて進みます。

いっぽうr過程は、質量が太陽の8倍以上の重さの星の最後に起きます。星は内部で核融合をしていますが、そのエネルギーがなくなると膨らもうとする力がなくなるため、星の中心に向かって縮んでいきます。

そして、星の収縮でその中心にある鉄原子までも崩れると、その反動で一気に大爆発をおこします。これは、超新星爆発とよばれる現象です。


超新星爆発の残骸
NASA

超新星爆発が起きる段階では、星の内部の原子核の多くが崩れているため中性子が多く発生しています。この原子核を中性子が吸収すると、ベータ崩壊が起きます。これで、鉄の原子がより重い原子になっていくわけです。

このr過程のほうは、1秒ぐらいの短い間に起きると考えられています。また、ビスマスよりさらに重い元素はこのr過程でつくられます。

こうして、新しい原子誕生し、それが宇宙に散らばって、べつの星や生命をつくる材料として活かされるわけです。

参考資料
参考資料
藤原智子、平井正則、釘宮大樹「歴史的記録に見るAGB星の光度変化と進化」
http://www.nhao.jp/nhao/researches/symposium/proceedings/17/09/38_fujiwara.pdf
櫻井博儀『元素はどうしてできたのか』

 
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
サンプルを持った店員が自分の身に迫りくる


人には、“自分の身に迫りくるもの”に対して、ストレスを感じる性があります。人にかぎらず生きもの全般がそうかもしれませんが。

映画『エイリアン』で、主人公リプリーたちのいる管制室のモニタに、エイリアンが迫っているサインが示されると、彼女たちは極度の緊張に包まれました。

これほどのものでなくても、自転車をこいでいて後ろからトラックが近づいてくるときなどにも、人は緊張しストレスを感じるものです。

つぎのような状況でも、すくなからぬ人は“迫りくる人”に対してストレスを感じることでしょう。

カフェで読書をしていると、なにやら向こうのほうから店員が客にかけている声が聞こえてきます。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

この店員は、トレイに10個ほどのサンプルのフレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノをのせています。この客への対応が終わると、つぎのテーブルへと移りました。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

サンプルを渡すと、つぎのテーブルへ。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

つぎへ。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

つぎへ。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

こうして、だんだんと店員が近づいてくるわけです。

これまで店員は、自分以外の客9人に対しておなじような声がけをしてきました。その声がけは自分の耳にもしっかり届いているので、「自分のところにもおなじ声がけをされるのだろうな」と思うわけです。

もはや読書どころではありません。その客は聞こえていて聞いていないようなそぶりをしているのに必死です。そしてついに、その客のところに順番がまわってきました。

「こんにちは。いまよろしいですか。あしたから新商品でお出しする、フレッシュバナナ&チョコレートクリームフラペチーノのサンプルをお配りしています。バナナまるごと一本使った贅沢な飲みものになっていますので、もしよろしければあしたからもよろしくお願いします」

客らしく振るまおうとする客は、それまで店員の声がけが聞こえていたにもかかわらず、初めて耳に入るように「あ、そうですか。へえ。いただきます」と対応します。

こうして、迫りくる店員を待つ客という関係が生まれ、カフェのなかを微妙な空気が包みこむのでした。自分の順番がまわってきたとき店員にフェイントをかけられて素どおりされてしまうより、まだストレスは小さいのかもしれませんが。
| - | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0)
勝負結果は変われども、伝統は変わらず


ボートの大学対抗戦「早慶レガッタ」は、きのう(2014年)4月13日(日)に東京の隅田川で行われた試合で第84回となりました。英国オクスフォード大学対ケンブリッジ大学、米国ハーバード大学対イェール大学の対抗戦とならんで、「世界三大レガッタ」のひとつとされています。

「早慶レガッタ」とよばれる対抗戦は、漕ぎ手が8人いる「エイト」とよばれる種目で争われます。もう一人ボートに乗り舵取り役となるコックスのかけ声に合わせて、8人がオールを使って漕ぎます。

ボートと川の水位の差はほとんどありません。そのため、荒れた天気で川が波打つと、ボートに水が入ってしまいます。過去にはこんなできごとがありました。

1957(昭和32)年の早慶レガッタは強い風雨のなかで始まりました。川面に白波が立ちます。

早稲田大学のエイトは、波がボートに入ってきたとき水を掻きだすため、漕ぎ手が3個のアルミ食器をボートに用意していました。「たとえボートに水が入って沈没しそうになっても、それを掻きだしてどうにかゴールまでたどりつき漕ぎきろう」という完走精神があったのです。

いっぽう、慶應大学のエイトは、入ってくる水を掻きだすための茶碗を用意しませんでした。「水が入ってボートが沈む前に、自分たちの力でゴールにたどりつこう」という勝負精神があったといいます。

実際の競争では、エイトが漕いでいるうちに両艇とも水が入ってきました。遅れをとってもアルミ食器で水を掻きだす早稲田大学。いっぽうおかまいなしに先行して進む慶應大学。

慶應大学が6艇身の差をつけていましたが、ついに慶應大学のボートが水で沈んでいきました。ボートは沈没し、試合を棄権することに。

早稲田大学は、アルミ食器で水を掻きながらどうにか前進し、ゴールまでたどりつきました。競技審判は早稲田大学の勝利を宣言します。

後日、「晴天の下での再試合」を申し入れたのは早稲田大学でした。しかし、慶應大学はみずからの「負け」を主張し、再試合が行われることはありませんでした。

スポーツマンシップの典型例として語り継がれるこの話には、つづきがあります。

21年後の1978(昭和53年)の早慶レガッタも波の高いなか隅田川で行われました。両エイトとも、スタート地点にボートを固定するのもやっと。予定より15分遅れでスタートの赤い旗が振られ、レガッタが始まりました。

その後すぐに差が現れます。

早稲田大学のボートには、オールで漕ぐたびに21年前とおなじように水が入ってきました。そこでエイトのうち2人が、21年前とおなじくアルミ食器で水を掻きだし、6人がオールでボートを漕ぐことでボートを前進させました。

いっぽう、慶應大学はこの年、オールの手さばきで早稲田大学を上まわっていました。波の高いなかオールを前後させてもボートに水が入ってきません。8人でオールを漕ぎつづけました。

この結果、20挺身ほどの大差をつけて慶應大学が勝利しました。

アルミ食器に頼るか頼らないかで、ときに早稲田大学が勝利し、ときに慶應大学が勝利します。しかし、「水を掻きだすためのアルミ食器をもつ」「もたない」の裏側にある、試合に対する臨みかたの伝統は、長らく引き継がれたのです。

参考資料
早慶レガッタ「<第26回大会> 昭和32年5月12日 永代橋-大倉別邸前(向島)6,000m」
http://www.the-regatta.com/index.php?key=mugf5m9ht-59
YOUTUBE「第47回早慶レガッタ 1978年4月16日」
https://www.youtube.com/watch?v=yXoqZI61oLg
| - | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0)
ささやかな抵抗を試みる


そのまま素直には受け入れがたいようなことがあるとき、人は「ささやかな抵抗」を試みようとします。

ささやかな抵抗には、どのようなものがあるでしょうか。

コンビニエンスストアなどのレジの店員は、えらそうな態度をとる客に対して、レジ対応時にささやかな抵抗をいろいろととることができます。弁当をお買い上げにもかかわらず箸を入れない、おつりの9円をすべて1円玉でわたす、ありがとうございましたと言わない、などなどです。

しかし、その客がその店を何度も使うようだと、ささやかな逆襲を喰らうおそれもあります。数十円の品を1万円札で出してきたり、レシートを奪うように受けとって去られたりといったものです。逆襲に注意が必要となります。

季節の変化に対しても、ささやかな抵抗を試みる人はいます。とくに気温の変化に対しては人のささやかな抵抗が見られます。暑かった夏が過ぎてだんだんとひんやりしてきたのに、あいかわらず短パンでいる人も街にはいます。もっとも、衣替えが面倒でそのままの服装でいる人もいるかもしれませんが。

ささやかな抵抗として多いのは、時代の移りかわりで、新しい道具や技術を使うことが社会的に求められるようになったにかかわらず、自分が使っていた以前からの道具や技術を使いつづけようとするものです。

たとえば、情報通信関係では、利用者の使っているサービスをバージョンアップするため、企業が新機種への交換を促すことがあります。

これに対して客は企業の求めに応じず、「いままで使っていたものが使いなれていていいので、バージョンアップしません」と言って、バージョン移行に抵抗することができます。もっとも、企業は「サービス移行にともなう旧バージョン停止のご案内」などを出して、強制的に新バージョンに移行させようとするわけですが。

自分だけが抗ったところで、大勢が変わるわけでもない。それでもささやかな抵抗を試みようとするのは、結局のところ自分自身とのたたかいなのでしょう。
| - | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0)
“その日時”に撮ったことを証明するには街に出るがいい
インターネットの掲示板サイトでは、発言者が自分で撮った写真を貼りつけることがあります。ただし、その掲示板を見ている人たちのなかには、その写真が発言者本人によって撮られたものかどうかを疑う人もいます。

そこで発言者は、それまでの自分の発言に対してあたえられた固有のID番号をメモに書いて、そのメモも写りこむように写真を撮ります。これで、発言者本人が撮影した写真であることを証明するわけです。

では、ある人が撮った写真が、“その日時”に撮ったということを証明することはできるでしょうか。

「写真に『140312』などと日付を刻めばいい」と考える人はいるでしょう。たしかにフィルム写真のカメラには日付記録モードがありました。

しかし、日付の設定自体を変えることができるので、“その日時”に撮ったことを証明することはできません。

「ニュース番組などがテレビに映っている写真を撮ればいい」と考える人もいるかもしれません。2014年4月12日のニュースは一度きりなので、それが写真に入るように写せば“その日時”に撮ったことになるというわけです。

たしかに、そのニュース番組の映る画面を撮った直後に、写真をだれかに見せれば「いま撮ったんだな」ということはわかります。しかし、時間が経ってからではそうもいきません。4月12日のニュースを録画しておいて、1日後の13日にその映像を再生して、その映像が写っている写真を撮れば、「4月12日に撮った」と嘘をつくことができます。嘘をつけるということは、“その日時”に撮ったことを証明できないということになります。

こうして突きつめて考えていくと、もう街に出るしかないのかもしれません。“その日時”にしか起きない固有できごとを写りこませるのです。

たとえば、大相撲が行われている場所へ出かけて、白鵬と鶴竜が立ち合いぶつかっている光景が写りこんだ写真を撮れば、「この写真は、大相撲何々場所何日目が行われた日の何時何分に撮ったものです」と証明することができそうです。

ただし、土俵のまわりにいる観客も入るように撮っておいたほうがよいでしょう。力士と力士は、別の場所でも対戦しうるからです。土俵下の観客まで映っていれば、後からNHKなどの映像で、観客の組みあわや服装などから日時を特定することができます。

そこまでして“その日時”に撮ったことを証明する必要性は、なかなか見あたりません。

| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
尾関章さん「本読み by chance」を始める


科学ジャーナリストの尾関章さんが、きょう(2014年)4月11日(金)「本読み by chance」というブログを本格開始したそうです。ブログに記事が掲載されています。

尾関さんは、2013年7月まで朝日新聞論説副主幹。新聞社勤務時代から退社後の2014年3月31日まで、同社のWEBRONZAで206回にわたり「文理悠々」というコラムを連載するなどしてきました。

「文理悠々」は、書評を中心としながらも書評にとどまらず、社会評論や文化批評や随筆などを織りまぜたコラム。「1週1冊」の頻度での記事配信でした。「文理悠々」とあるように、尾関さんのコラムは、文系・理系の垣根をこえてさまざまな話題を深く扱う点が特徴です。朝日新聞時代は科学分野で活躍していましたが、尾関さんの興味の先は科学にとどまらず、文学、歴史、スポーツ、芸能と多彩です。

「文理悠々」を引きつぐかたちで、このたび「本読み by chance」を始めたようです。「通算207回」となっています。

”by chance”とは、「偶然に」や「思いがけなく」といった意味。このブログの名前に、ふたつの意味を込めていると書いています。

「一つは文字どおり、偶然の出会いを大事にしたいという気持ち。積ん読本の山が崩れ、はじき飛ばされた1冊を開くと未知の世界が見えてくる、なんていうことが人生にはままある。もう一つは、本選びを自分自身の気まぐれに委ねたいという気持ち。読みたいものを読みたいときに読む。そんな読み手の特権をフルに行使しようと思うのだ」

新聞社から離れて、フリーランスの生活を謳歌しているようでもあります。

第1回では、小説家で写真家の片岡義男によるエッセー『洋食屋から歩いて5分』(東京書籍)をとりあげています。

片岡の短編エッセーによく登場するのは「女たち」。「僕」つまり片岡と、片岡がライターだったころの行きつけの喫茶店のウェイトレスだったの女のやりとりを「ほどよい距離感で性を意識する大人の男女だ。最近、性愛のねじれがもたらす事件のニュースを目にするたびに思うのは、そんな男女のありようが世の中に欠乏していることである」と綴っています。

片岡が作品に使った題名は、食をめぐる人とのやりとりや、献立名からヒントを得ているという話も紹介しています。

1話分は3000字前後。これからも本格的な書評と評論が週1回の頻度で読めそうです。

尾関章さんの「本読み by chance」はこちら。
http://ozekibook.jugem.jp
206回まで続いたWEBRONZAの連載「文理悠々」はこちら。
http://book.asahi.com/reviews/column/1601.html
| - | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0)
取材後、“譲りあいの小競りあい”


本や雑誌記事などをつくるため、専門家や当事者に話を聞くことを「取材」といいます。本や記事の原稿を書く執筆者が取材にのぞむのがほぼ欠かせません。また、執筆者ほどではありませんが、記事づくりの企画や進行を担当する編集者が立ちあうことも多くあります。

取材にのぞんだ執筆者と編集者のあいだで、取材後、“譲りあいの小競りあい”といえるやりとりが起きることがあります。

取材では、取材対象者が自分のしてきたことを説明するための資料を用意してくれることがあります。これは執筆者は編集者のあいだではありがたいこと。記事づくりの参考になるし、ことばづかいに迷ったときのよりどころにもなるからです。

ただし、執筆者と編集者の2人分の資料を用意してくれるとはかぎりません。1人分だけ用意してくれるという場合もあります。

このとき、“譲りあいの小競りあい”がはじまります。

執筆者「資料、どうします、おもちになりますか」
編集者「私がもっているより、あなたがもっているほうがいいでしょ」
執筆者「でも、あなたも必要ではないですか」
編集者「必要になったら、連絡させてもらいますから大丈夫ですよ」
執筆者「そういわれても、ちょっと、どうぞおもちください」
編集者「いや、どうぞどうぞ」
執筆者「どうぞどうぞ」
編集者「どうぞ」

資料をどちらがもちかえるかは、その後の作業に微妙に影響をあたえてきます。資料をもっているほうが仕事はしやすいもの。資料が相手の手元にあるほうが、相手が記事づくりのための作業をいろいろしてくれる期待をかけられるわけです。

とくに記事に載せる図版などは、資料を参考にラフをつくることが多く、資料をもち帰る人のほうが用意することになる場合もあります。

こうした作業の分担はあらかじめうちあわせで行うべきもの。しかし、あいまいなまま取材や原稿づくりに突入することはよくあることです。

すぐ近くのコンビニエンスストアなどで資料を複写することも、すくない枚数であればできます。しかし、資料が何十枚もの大部だと、どちらかがもって帰るということになります。

執筆者からすれば、編集者に資料を「どうぞ」と譲られることは、「自分が頼られている」と捉えることもできれば、「この編集者、記事づくりにあまり力を入れていないみたいだ」と捉えることもできます。

執筆者であれ、編集者であれ、当人にとっていちばんありがたいのは、相手が「私がもち帰って、コピーして送りますね」と言ってくれる場合です。相手は記事づくりに力を入れていそうだとわかるし、それに自分はなにもしないでも済むからです。
| - | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)
PIDで「なにが達成目標か」を明確に


きのう(2014年4月)8日のこのブログの記事「『私』と『あなた』はちがうから望みは完全には伝わらない」では、会社にシステムを導入したい顧客と、そのシステムをつくるベンダーとのあいだでの「要件定義」が、うまくいかないことがあるという話をしました。要件定義とは、構築したいシステムの機能や仕様などの概略をまとめることをいいます。

これに対して、海外の企業論などでは、「プロジェクト・イニシエーション・ドキュメント」(PID:Project Initiation Document)という書類の活用が、要件定義に有効という話があります。

英国の財務人事省が紹介するところによると、PIDはプロジェクトを行ううえでの「約束事」が書かれた文書。「プロジェクトマネージャーとプロジェクト局のあいだでつくるもの」とありますが、これを顧客とベンダーの関係におきかえてもよいでしょう。

このPIDには、最低でもつぎの項目を入れておくべきだとしています。

「プロジェクトはなにを達成目標としているのか」

「それを達成することがなぜ重要なのか」

「だれが工程を担当するのか。そのときの責任はどこまでか」

「いつどのようにプロジェクトが着手されるか」

こうした質問に対して、十分に満足するような詳細を決めていくとよいと財務人事省は説明しています。

PIDで決められた内容を、すべてのプロジェクト関係者に伝えることも大切です。

プロジェクトが実際に進んでいくと、そこでさまざまな現実的問題が浮かびあがるもの。顧客とベンダーとのあいだの「こんなことを要望したつもりはない」「こんな要望を受けたつもりはない」といった齟齬もそのひとつです。そうしたときも、PIDに立ちかえって、「プロジェクトはなにを達成目標としているのか」を再確認して、軌道修正をはかることができます。

人に仕事を発注するときは、仕事の始まりのときの説明と、仕事の終わりのときの確認に力を入れるべきだとよくいわれます。「なにを目標とした仕事なのか」を明確に伝えておくことは、仕事を受ける側にとっても仕事がやりやすくなるもの。さらにそれが文書として記録されていれば、伝えかたはより明確になるというものです。

参考資料
英国財務人事省「Project Initiation Document」
http://www.dfpni.gov.uk/content_-_successful_delivery-project_initiation_document
Programme Recruitment「Project Initiation Document Template」
http://programme-recruitment.com/project-tools/project-management-document-templates/project-initiation-document-templates
| - | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0)
「私」と「あなた」はちがうから望みは完全には伝わらない


人や組織が、製品やシステムを自分でなくだれかに発注してつくりあげてもらうということは、いまの世の中あたりまえにあります。

つくるのがかんたんなものだったり、つくりかたの選択肢があるなかからつくるものだったりすれば、それほど発注する側と受注する側の意思疎通がなくても問題なく製品やシステムはできてきます。

しかし、あつらえ品のように、細かく注文したうえでつくられる製品やサービスではそうはいかないこともあります。つくる前の段階で、いかに発注側と受注側が思い描く製品やシステムがあっているかが大切になります。

ソリューションビジネスとよばれる産業分野では、顧客が、システム開発を請けおうベンダーとよばれる企業に、情報システムやソフトウェアの作成を依頼することがひんぱんにあります。

情報システムやソフトウェアは、業務を効率化したいなどの課題解決に役立てるためのものです。そこで、顧客がどのようなことを望んでいるのかが、実際にシステムやソフトウェアをつくっていくベンダーに伝わらなければなりません。このときに、そのシステムやソフトウェアの機能や仕様などの概略をまとめることを「要件定義」といいます。

この要件定義をめぐっては、顧客側からもベンダー側からも「大変だ」「苦労している」という声がよく聞こえてきます。

顧客とベンダーが会って要件定義をして「ではこれでいきましょう」となってから、ベンダーがシステムやソフトウェアを開発していきます。

ところが形になってきたシステムやソフトウェアを顧客が試用してみると、「求めていたのはこんなものではなかった」という事態に陥ることが往々にしてあるといいます。

システムやソフトウェアづくりのはじめの要件定義の段階で、“ボタンのかけちがい”が起きていたわけです。

なぜ、要件定義がむずかしいのか。いわく、顧客が望んでいる状況をことばにして正確に伝えることができない、いわく、顧客が望んでいることをすべて伝えられるわけではない、いわく、顧客がそもそもなにを望んでいるのか自分でわかっていない、など理由はさまざまいわれます。

根本的な理由は、望んでいることを伝える顧客と、それを受けとるベンダーとが、同一人物でないということです。「私とあなたとはちがう」のだから、「私」が望んでいることとぴったり同じことを「あなた」が実現できるはずがないというわけです。

しかし、そうはいっても、どうにかして要件定義の段階ですりあわせをしなければ、途中まで制作が進んでいたプログラムをやりなおすといった手戻りが起きてしまいます。

意思疎通を正確なものにして、できるかぎり「私とあなた」の思い描くことがおなじにならなければなりません。

参考資料
矢口竜太郎「要件定義がすんなり進むわけがない」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20131022/512802/
西村崇「要件定義を得意ワザにしよう」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20110623/361685/
papandaDiary - Be just and fear not.「要件定義が失敗する理由。」
http://d.hatena.ne.jp/papanda0806/20080406/1207494533
| - | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0)
一本の開花が連なって開花前線北上


サクラのソメイヨシノの開花前線が北上しています。(2014年)4月4日(金)には、宮城県白石市や丸森町でも開花しました。日本気象協会からは、今後、盛岡で4月20日以降、函館で4月30日以降に開花すると予想されています。

桜前線は、日本列島の南のほうから北へと上っていきます。しかし、「このロープをすぎたらサクラ咲いてよし」といったロープのようなものが日本列島に張られて移っていくわけではありません。ソメイヨシノはクローンのため、おなじ気候の下で育った樹はおなじタイミングで花を咲かせます。そのため、「ここまで開花した」という線を引きやすいのです。

ソメイヨシノ一本に目を向けてみると、その樹の花は、開いて、咲きほこって、散っていくことになります。しかし、ソメイヨシノがそのまわりにもたくさんあり、そして日本中に植えられているため、開花前線が日本列島を南から北へと移っていくように感じられるのです。

ひとつひとつの変化が、全体的には大きな移ろいとして捉えられるものは、ほかにもいろいろあります。

街のなかの上から下へ、または右から左へと“移って”いく電光掲示板はその例です。電球1個を見れば、発光して、発光を止めてのくりかえしにしかすぎません。しかし、その電球が、何千個、何万個と集まり、全体として、電光掲示板を文字が移っていくというように見えるわけです。

また、競技場で観客が起こす「ウェーブ」もおなじようなものです。観客1人を見れば、その場で席を立って手を上げて、また手を下げて席に座るだけでしかありません。しかし、その観客が、何千人、何万人と集まて、となりの人と一瞬だけ時間をずらして体を動かすと、向こう正面の席に座っている観客からは、あたかも波が動いているかのように見えるわけです。

ひとつひとつのものを「ひとつずつ」として見るのでなく、それを「全体」として見ることができるのは、人間の特性のひとつです。
| - | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0)
ダブルチェックの効果を疑う


絶対に過失が許されないような作業に対して、一人でなく二人の人が確認を行うことがあります。これは「ダブルチェック」とよばれています。

たとえば、機械の整備をするとき、とりつけたはずの部品にとりつけ漏れがあったら、機械がちゃんと作動するかわかりません。そして、それが事故につながるかもしれません。

そのため、整備を担当した作業者本人が部品のとりつけ忘れがないかを確認するとともに、もうひとりの作業者もとりつけ忘れがないか確認するわけです。

一般的には、二重に確認作業をするほうが、過失は減ると考えられています。ウィキペディアにも、「ダブルチェック」について「絶対にミスが許されない重要な業務については、1人の人間に任せるのではなく、必ず、2人以上の人間を配置し、二次チェックあるいは三次チェックといった厳重なチェック体制を設けている場合がある」とあります。

しかし、多重のチェックにも弱点は存在するという指摘もあります。

整備を担当した作業者本人は、ともに確認をするもう一人の作業者のことを頼りにします。「彼が確認してくれるから、安心だ」。

いっぽう、その作業者はというと、整備を自分で行ったわけではありません。そのため、整備担当者本人にくらべれば、その機械や整備のしかたを熟知しているわけではありません。そのくらいの水準において、この人は確認作業をするわけです。

このため、ダブルチェックを行っても、「相手に頼る」「相手より詳しくない」という両方の事情がはたらき、整備担当者本人が一人で確認をするよりも、かえってチェック機能が落ちるとする見方もあります。
| - | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0)
「焦点は当たらない」かも


グーグルで「“焦点を当てた”」で検索すると、該当する件数は約1540万件あります。検索結果には「人材育成に焦点を当てた日本のアフリカ進出」とか、「一人ひとりの『人』に焦点を当てたビジョンづくりを」といった文言が並んでいます。

しかし、この「焦点を当てる」は誤用であるという指摘もあります。

「焦点」とは、光学のことばで、レンズなどで光軸に平行な光線が反射あるいは屈折して集まる点のことをいいます。虫眼鏡に太陽光を通し、光を黒い紙に集中させると紙が焼けます。そのときの集まった光の点も焦点です。英語では「フォーカス・ポイント」(Focus Point)。英語のほうが思い浮かべやすいかもしれません。

「焦点を当てる」となると、この光の集まった点を、どこか対象となるところに向けるといった語感になるでしょう。その対象は、光のエネルギーの集中を受けて、燃えあがてしまいそうです。

そもそも「焦点」そのものに「光が当たる」という意味あいもふくまれます。そのため、「光があたっている点を当てる」という意味にもなりかねません。

「焦点を絞る」や「焦点を定める」という表現については、正しく使われうるものとされます。これは、焦点が対象を当てているものの、まだピントがあいまいなため、より限定的な一点に光を集中させるという意味あいをふくむもの。

あるいは「当てる」ということばを残したいのであれば、「光を当てる」という表現があります。これはスポットライトで照らすといった心象の表現となります。

グーグルのニュース検索で見ると、「焦点を当て」を使っている新聞社や放送局もあれば、使っていない機関も見られます。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
危険予知にもミス防止にも指差呼称


ものづくりの現場で作業者が、また、乗りものなどで運転士が、そこに危険性があることをあらかじめ予測することを「危険予知」といいます。体を動かすことなどで危険予知を実践することを危険予知活動といい、「KY活動」とよぶこともあります。

危険予知活動のなかで代表的なものに、「指差呼称(ゆびさしこしょう)」があります。電車の先頭車両で運転士の動きを見たことのある人は「ああ、あれね」とわかるでしょう。

自分の確認すべき対象に対して、指差しをし、さらに「何々よし!」と声を出します。これが指差呼称。指差と呼称とが一体になっています。運転士の場合、前方の信号が青信号になっているかどうかなどを、指差呼称で確認しているようです。

指差呼称の効果は、大脳生理学的にも示されているといいます。

指差することによって、腕の筋肉のなかの筋紡錘という細胞が、大脳のはたらきを活発にします。

また、呼称することによって、口のまわりの咬筋の運動になります。このときの刺激が、脳に的確な処理をさせる助けになるといいます。

また、指差と呼称を合わせることによって、行っていることの意識が強く印象づけられ、対象を認知するうえでの正確度が高まるともいいます。

指差呼称の「正しい方法」もあります。厚生労働省「社会福祉施設における安全衛生対策マニュアル」によると、対象を見ながら、右腕をのばして指差しをし、さらにのばした右手を耳もとまで振りあげながら本当によいかを考え、確認できたら「よし!」と唱えながら右手を確認すべき対象に振りおろす、というもの。

ここまで正しい方法でおこなわなくても、指差呼称は生活のなかや、製造者や運転士以外の職場などでもとりいれると、ミスを防ぐなどの効果を発揮しそうです。

参考資料
厚生労働省「社会福祉施設における安全衛生対策マニュアル」
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/0911-1.html
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
専門性と他分野適応牲、チームワーク、伝える能力が宇宙飛行士に求められる資質

国際宇宙ステーションに滞在する若田光一宇宙飛行士たち
NASA

人には、向き・不向きというものがあります。人が仕事に就くにあたっては、はたらく本人も、雇う側も、その仕事が本人の性質や能力と合っているかを重視します。

多額の資金を投じて、遠い出張先に派遣される宇宙飛行士であればなおさらのことです。日本人宇宙飛行士の候補を募集してきた宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、最新となる2008年の国際宇宙ステーション登場宇宙飛行士の候補者募集にあたって「求められる資質」という文書を発表しました。

資質とは、生まれつきの性質や才能のことをいいます。そこにはつぎの見出しが並んでいます。

「確かな専門性と他分野への適応牲」

国際宇宙ステーションや、その一部である日本実験棟「きぼう」で、宇宙飛行士はシステムを運用したり試験を実施したりします。そのため「求められる資質」の文書では、「運用に必要なエンジニアリング、あるいは実験に必要なサイエンスのどちらかの専門知識が必要です」と明記されています。

そして、求められる資質を満たしそうな人物として、つぎのような例があがっています。

「特定の科学分野の研究に従事しているが、機械いじりが好きで車の整備や修理も自分でやってしまう」あるいは「工学系の研究・開発・運用に従事したことがあり、科学的な研究・実験等にも興味がある」。

科学と技術、あるいは理学と工学、あるいは基礎分野と応用分野。こうした対で語られる分野は、おなじ理工系の分野でありながら中身は異なるとされています。どちらの分野を専門に学んできたとしても、もう一方の分野にも長けている、あるいは興味があるような人物であることを重視しています。

「宇宙での長期滞在への適応能力、チームワーク」

この見出しの下には、国際宇宙ステーションでの最長半年にわたる長期滞在をふまえて、じつに多くの“求められること”が書かれてあります。「チームの一員として共同作業を遂行できる能力や協調性」「異なる文化・価値観に対する敬意」「優れたコミュニケーション能力」「長期間宇宙に滞在できる医学的な適合性」「精神的肉体的ストレス環境下での適切な判断力と行動力」といったものです。

外は宇宙という閉鎖空間で国籍の混ざった6人の宇宙飛行士が共同で仕事をするわけです。共同作業遂行力や強調性はおおいに求められる仕事といえます。異なる文化や価値観に対する「敬意」とありますが、これは最大限に尊重するといった意味でしょう。また、優れたコミュニケーション能力に、英語やロシア語の語学力が含まれているのはいうまでもありません。

肉体的そして精神的な強さというものも求められています。

宇宙空間で仕事をすること自体に体力勝負ということはあまりないでしょう。しかし、宇宙滞在時、宇宙飛行士は毎日2時間の運動をして体を鍛えます。地球帰還のときに緊急着陸をして、サバイバルをしなければならない危険もあります。また、地球の重力に体を慣らすのもたいへんです。「長期間宇宙に滞在できる」という文には、このような意味が込められていそうです。

また、閉鎖空間はストレスが精神的にも肉体的にもかかりやすいもの。そうした環境での生活が続いてもなお、適切な判断や行動を行えることも求められているわけです。

「ISSは幅広い活躍の舞台」

この見出しには、直接的な資質は示されてはいません。文章を読んでいくと、宇宙での経験や、自分が所属することになる宇宙航空研究開発機構がおしすすめる宇宙開発を、宇宙に行っていない人に伝えるための資質が求められていることがわかります。

「軌道上の活動や経験について地上の様々な人々に語りかけることが必要となります。また、有人宇宙活動を推進していくにあたり、その普及啓発活動にも参加することとなるため、このような活動に対応できる素養が望まれます」

実際、多くの日本人宇宙飛行士は、宇宙滞在時も地球にいる市民と交信したり、テレビ番組に出演したりします。また、地上にいるときも、各地での催しものなどに参加して、宇宙滞在の話や訓練の話などを行なっています。そうした宇宙のことを伝えるための活動にも積極的であるという資質が求められているわけです。

参考資料
宇宙航空研究開発機構「求められる資質」
http://iss.jaxa.jp/astro/select2008/qualification.html
| - | 21:41 | comments(0) | trackbacks(0)
いくつものレンズで写真を立体的にする
人は眼で物を見ます。では、その物とは、質量のある物質的な物でしょうか。

ときに人は、物質的な存在がなにもないにかかわらず、そこに「物がある」と眼で見て感じることがあります。そのようなしかけがあるからです。

1909年、ルクセンブルクの物理学者ガブリエル・リップマン(1845-1921)が、写真を立体的に見せる技術を発表しました。この技術は「インテグラル・フォトグラフィ」とよばれるようになりました。「インテグラル」は「完全の」のという意味のことば。また「フォトグラフィ」は「撮影技術」などの意味をもちます。


ガブリエル・リップマン

たとえば、ここにお面があるとします。リップマンは、このお面を人々に立体的に見てもらうために、つぎのようなしかけを考えました。

被写体のお面を、あるところに置きます。そしてこのお面を、カメラで撮影します。

ここまでは、紙にお面が写される、たんなる写真にすぎません。

では、こうするとどうなるでしょう。

被写体のお面とカメラのあいだに、レンズをいくつも並べます。そして被写体のお面が発する光がレンズを通ったその先に、それぞれのレンズに対応する小さな写真乾板を並べておきます。つまり、いくつものレンズを通った光が、いくつもの写真乾板に当たるわけです。写真乾板とは、光を受けて化学的に反応する写真感光材のことです。

つぎに、それぞれの写真乾板を現像します。現像とは写真感光材に写された像を眼に見えるようにする作業のこと。ここでは、乾板に写されたお面の色形を見えるようにする作業をいいます。

つぎはいよいよ、そこに本当はない被写体のお面を、あたかも存在するように見るための手順です。

現像された数々の写真乾板と、撮影のとき使ったおなじ数のレンズを、それぞれ撮影時とおなじ位置関係に置きます。

そして、撮影時にカメラを置いたところから、レンズに向けて光を照らします。これで、位置関係は、もともとカメラがあったところを基準にして、光源、現像された写真乾板の並び、レンズの並び、ということになります。

さて、光源、乾板の並び、レンズの並びという位置関係のその先に、人が座るとします。そしてこの人が、光源や乾板の並びやレンズの並びがあるほうを見たとします。

おそらくこの人には、被写体だったお面が、あたかもそこにあるように見えていることでしょう。

このようにして、そこに物質的な存在がなにもないにかかわらず、眼でそこに物があると感じるということをリップマンは実現させたのです。ちなみにリップマンは1891年には、リップマン式天然色写真とよび名のついたカラー写真を発明してもいます。そして1908年にはノーベル物理学賞を受賞しました。

20世紀初頭、すでにそこにないものを立体的に浮かび上がらせるための技術が存在していました。いま、このインテグラル・フォトグラフィの技術は、立体的な写真でなく、立体的な映像を見るためのインテグラル立体テレビへと発展しています。

参考資料
三科智之「インテグラル方式の概要」『NHK技研』2014年3月号
http://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/rd144/PDF/P10-17.pdf
ウィキペディア「ガブリエル・リップマン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/ガブリエル・リップマン
| - | 09:22 | comments(1) | trackbacks(0)
力が釣りあうからこそ落ちない

NASA

国際宇宙ステーションは、地球から400キロメートルの宇宙空間を飛んでいます。では、国際宇宙ステーションが飛んでいるのとおなじ高度の宇宙空間で、たとえばリンゴをぱっと手ばなすことができるとすると、リンゴはどのようにふるまうでしょうか。

リンゴはおそらく地球のほうへと落ちていくことでしょう。地球から400キロメートルの宇宙空間には、地球の重力の9割ほどの重力があるからです。

では、なぜ国際宇宙ステーションのなかにいる宇宙飛行士たちは、食べものや自分の体を浮かせることができるのでしょう。

地球のまわりの軌道を飛ぶ国際宇宙ステーションや人工衛星、また宇宙船などは、地球の重力を受けていますので、もし宇宙空間で止まっていれば、思考実験でのリンゴとおなじく落ちてしまいます。

しかし、実際の国際宇宙ステーションなどは、秒速およそ7.9キロメートル、時速にするとおよそ3万キロメートルの速さで動いています。これだけの速さで動いていると、国際宇宙ステーションは遠心力を受けて、地球から放りだされてしまいそうです。

地球から放りだされずに、地球のまわりを飛びつづけるのは、この速度で飛んでいるときに受ける遠心力と、地球から受ける重力が釣りあっているからです。

地球へ向かう力と、地球から離れていく力と、この両方が釣りあっているので、国際宇宙ステーションのなかやまわりにいる宇宙飛行士は、食べものや自分の体などを浮かせることができるわけです。

国際宇宙ステーションにも地球による重力はつねにはたらいているので、「無重力の空間」とよぶのはふさわしくないとする考えかたもあります。こうした場合、にたことばとして「無重量」が使われます。

参考資料
宇宙航空研究開発機構「宇宙の不思議 うそ、ほんと 『無重力』と『無重量』」
http://iss.jaxa.jp/iss_faq/go_space/step_2_2.html#k04
若田光一『国際宇宙ステーションとはなにか』
http://www.amazon.co.jp/dp/4062576287
| - | 20:39 | comments(0) | trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< April 2014 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで (JUGEMレビュー »)
サイモン シン, Simon Singh, 青木 薫
数学の大難問「フェルマーの最終定理」が世に出されてから解決にいたるまでの350年。数々の数学者の激闘を追ったノンフィクション。
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
amazon.co.jp
Billboard by Google
モバイル
qrcode
PROFILE