科学技術のアネクドート

舞台は深海、小さな雄が大きな雌に吸収される

フェロー諸島のチョウチンアンコウの切手

雄と雌という性別がある生きものには、体格の大きさのちがいが大きい種と小さい種があります。ヒトの場合、平均的には男性の身長のほうが女性の身長より高くなっています。

ヒトとちがって、生きものの世界には、雌のほうが雄よりも大きいという種もあります。

雌が大きく雄が小さい種の極端な例としてあげられるのが、魚類のチョウチンアンコウです。

チョウチンアンコウは、深海にすむ魚。漢字で「提灯鮟鱇」と書かれるように、頭から長い触手が伸びた先に光を発するふくらみがあります。

チョウチンアンコウの雌の体長は60センチメートルほど。これに対して雄はというと、4.6センチメートルほどしかありません。雌のほうが10倍も大きいわけです。

この大きさのちがいは、生殖のしかたと関係しているようです。チョウチンアンコウがすむ深海は暗闇の世界。暗闇では、雄と雌が出会う機会もとぼしくなります。それに加えて、餌にありつくにも厳しい過酷な世界といいます。

そこで、雄はあまり成長することなく、その分、数を多くして、雌と出会う機会が増えるようにしていると考えられています。

もちろん、小さな体の雄と大きな体の雌が出会う場面もあります。チョウチンアンコウの雄が雌を見つけると、体のところかまわず歯で噛みつき、離れなくなります。

そしてしばらくすると、雄の体の血管などが、雌の体と結びついて、これで栄養を体の大きな雌からもらうようになります。

そして、なんと、雌の体の一部と化してしまうのです。しかも、大きな雌の1体に、小さな雄が何体もくっついて同化することもあります。

雄がすべき残されたことは生殖活動のみ。一度、生殖をすると、ついに雌の体に吸収され、消滅してしまいます。体が小さいことを飛びこして、雌のからだに吸収されてしまうという動物は類まれです。

参考資料
岩堀修明『図解内臓の進化』
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書評『電子情報通信と産業』
理学や工学の大学向けの教科書や専門書を出しているコロナ社からの一冊です。

『電子情報通信と産業』西村吉雄著 電子情報通信学会編  コロナ社 2014年 250ページ


日本の電子産業は「凋落した」といわれる。パナソニック、ソニー、シャープといった大手電機メーカーの赤字は膨らみつづけている。さらに凋落の象徴的できごととなっているのは、半導体の主要な記憶素子であるDRAM(Dynamic Random Access Memory)を製造する日本企業が2012年に1社もなくなったことだ。かつて日本のお家芸ともされていた半導体事業の衰退がはなはだしい。

では、なぜ日本の電子産業は凋落したのか。この主題を軸に本書は展開していく。著者は『日経エレクトロニクス』の編集長をつとめていた技術ジャーナリスト。日本の電子産業の短い隆盛期と、その後の長い没落期を見てきた。その視点で、世界と日本の電子情報通信産業の現在までの経緯が述べられる。

1個の半導体チップに載るトランジスタの数は、3年で4倍、10年で100倍のペースで増えつづける。この経験則を、ゴードン・ムーアが1965年に提唱した。「ムーアの法則」とよばれるようになる。

著者は、ムーアの法則には、電子情報通信産業に変化をあたえる4つの圧力があると見る。製品の価格が安くなる「価格圧力」、機能増加を製品の魅力向上に転化する「ソフトウェア圧力」、処理や対象がデジタル化する「デジタル化圧力」、そして高速ネットワークにより仕事のしかたが変化する「ネット圧力」だ。

こうした圧力がかかり、電子情報通信産業は全体的として、より安い電子製品をより高い品質で売ることをつづけていく宿命を背負わされてきた。この大きな課題に対して、米国、韓国や台湾などの国々を本拠とする企業は対応をしていった。端的にいえば、製品づくりの分業体制を築いていったのである。

この分業体制を、著者は出版産業を例にして説明する。出版産業では、本の内容をつくるのは出版企業、本を製造するのは印刷企業という分業体制がとられている。いっぽうの半導体産業では、かつて半導体の設計も製造も自社で行う自前体制がとられていたが、世界では出版産業とおなじような分業体制に変わっていったという。背景には、上記のネット圧力がある。分業するほうが費用的にも経営的にも効果が出るようになったのだ。

その結果、台湾にはファウンドリーとよばれる、半導体設計はせず半導体を作るのに特化したサービス業が現れた。これが、出版業でいうところの印刷企業だ。そして、従来の半導体製造までを行っていた半導体メーカーは、工場をもたない「ファブレス」という企業モデルへと移っていった。

電子情報通信産業は垂直統合型から水平分業型へ。この大きな流れに乗らなかったのが日本企業だったと著者は指摘する。「設計と製造の分業を嫌い、垂直統合に固執したこと、これが日本の電子情報通信産業の失敗の本質、私はそう考える」と述べる。

ここには、日本企業のものづくりに対する誇りやこだわりが裏目に出たという、より深い原因がある。「『ものづくりへの固執と匠の呪縛』が、日本の電子情報通信分野の低迷の原因ではないか」と著者はたたみかける。

日本の電子機器などでは、技術が国内市場で高度に発展したため、世界のニーズにそぐわなくなることを意味する「ガラパゴス化」が起きたといわれる。いっぽう、高度な技術に対する固執が、製造方法での世界的孤立を招いていたのだ。こちらのほうが、産業にあたえる影響はより深い。

「電子情報レクチャーシリーズ」という大学での教科書の体裁をとっている。だが、筆者の見方や思い、それに「私は」という主語が多く含まれており、読みもの的である。電子情報通信産業の歩みを知るとともに、組織のありかたや周囲の変化への対応のしかたについても考える機会をあたえてくれる。

『電子情報通信と産業』はこちらでどうぞ。
http://www.amazon.co.jp/dp/4339018015
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材料を無料で買って、製品を高価で売る


利益とは「収入から費用を引いた残り」であるということができます。これは、さまざまな産業で、企業や人が活動をつづけていくうえでの基本的な考えかたとなっています。材料を安い費用で手に入れて製品にし、その製品を材料よりも高く売って収入を得れば、利益が生まれます。

なにもないところから、なにかをつくることはまずもってできません。そこで、ほとんどの製造業は、材料を買うことになります。利益追求のため、なるべく安い材料であることと、なるべく質が悪くない材料であることを目指そうとします。そして、その材料で製品をつくります。

もの書きもまた、材料を安く手に入れて“製品”にし、それを高く売って収入を得ることを業としています。ここでいう材料とは情報のことであり、製品とは原稿のことであり、売る先は出版社といういことになります。

しかし、利益を得る過程では、製造業と異なる点もあります。

材料を得るとき、もの書きは専門家や当事者とよばれる人に会って、原稿にするための話を聞きます。これも材料入手の作業ということになりますが、その材料を手に入れるとき、購買費がかからないことが往々にしてあります。「取材協力者への謝礼の支払いなし」ということがあるからです。

製造業ではふつう、材料を得るときにお金を払わずに済ませるということはほぼありません。もちろん、パン屋で残ったパンの耳をただで得て、「パン耳カリカリラスク」にして売るといったこともありますが、まれです。

しかし、もの書きが人に取材をするとき、相手への報酬を支払わないことを前提として話を進めることも多くあります。あるいは「予算がかぎられており、謝礼はできずに申しわけありません」といった断りを入れることもあります。もちろん、相応の謝礼を支払う前提で取材を依頼する場合もあります。

予算がかぎられているのは製造業もおなじこと。そのなかでなるべく費用対効果の得られる材料を買って、利益を得ようとしているわけです。いっぽう、“原稿製造業”においては取材謝礼がないということになると、移動経費をのぞけば費用対効果が無限大になることすらあります。

もの書きが材料をただで得るという状況は、ものづくりの常識からいえばそぐわないこと。「費用対効果無限大」が成立することは多く、それで世の中がまわっていきます。
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「和食の世界遺産登録、技術革新・・・、それでも豆腐に危機が迫る」


日本ビジネスプレスのウェブニュース「JBpress」で、きょう(2014年)3月28日(金)「和食の世界遺産登録、技術革新・・・、それでも豆腐に危機が迫る」という記事が配信されました。この記事の取材と執筆をしました。

明治時代までながらく肉食をあまりしてこなかった日本人が栄養源としていた食材が大豆です。大豆からつくる豆腐は、遣唐使によってその製法が中国から伝わったとされます。その後、日本で、高野豆腐や絹ごし豆腐などが生みだされ、独自の発展を遂げてきました。

そうした歴史をもつ日本の豆腐に、じつは危機が迫っているというのです。豆腐製造業などが結成している日本豆腐協会の話によると、ここしばらく豆腐の価格が下落しつづけているといいます。

なぜ、豆腐の価格が下落しているのか。その理由のひとつが、ドラッグストアなどで豆腐の価格破壊がおきているからというもの。

ドラッグストアで豆腐が売られるようになりました。ドラッグストアと豆腐という関係には縁遠い印象をもつ人もいるでしょう。実際ドラッグストアの“本業”といえば、薬や化粧品などを売ること。豆腐を売るのは二の次といえます。

豆腐を売るのが二の次であるがゆえに、ドラッグストアは豆腐を直接的な収益源とはしません。むしろ、豆腐を安く売って客をよびこみ、その足で薬や化粧品を買ってもらうという戦略を立てている店もあるといいます。こうなってしまえば豆腐の価格はいくらやすくても「まぁいい」ということになります。価格破壊がおきます。

街のドラッグストアが豆腐を安い値段で売れば、豆腐を売ることを“本業”としているスーパーマーケットなども値下げをせざるをえなくなります。ドラッグストアに豆腐を売られてしまうからです。

とはいえスーパーマーケットはできるかぎり豆腐でも利益を得たいもの。すると、スーパーマーケットから豆腐製造業に「安価で豆腐を売ってくれ」という圧力がかかります。

こうして最終的に豆腐製造業が損を覚悟で豆腐をつくるはめになっているということです。2011年の時点で豆腐製造業の利益は0.1%しかないというデータもあります。0%を割ると、つくるだけ損をする“逆ざや”という状態になります。ここ数年の状況からいうと、すでに“逆ざや”状態に入っていることは確実なようです。

消費者からすれば、豆腐が安いのは望むところといえなくもありません。

しかし、日本の伝統的な食品でありつづけた豆腐が、あまりにも価値の低い食品になりさがっているという現状があります。

JBpressの記事「和食の世界遺産登録、技術革新・・・、それでも豆腐に危機が迫る 進化し続ける『豆腐』(後篇)」はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40286
豆腐の歴史を追った前篇「豆腐の格付け本が江戸時代のベストセラーに」はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40227
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「先手有利」「後手有利」あるも普遍則の解明に至らず


人と人、あるいは集団と集団のさまざまな関わりあいには、「先手・後手」があります。「先攻・後攻」「先発・後発」「先・後」などといってもよいでしょう。

先手と後手があるやりとりでは、しばしば「先に行う者と、後に行う者では、どちらのほうが有利か」といった議論がなされます。

先に行う者のほうが有利であることを示すことばに「先制攻撃」があります。相手の機先を制して攻撃をすることをいいます。にた意味のことばに「出端をくじく」などもあります。しかけられた側は衝撃を受けるため、損傷が深く刻まれるわけです。

いっぽう、「後手のほうが有利」といわれることも多くあります。

その典型例が運動競技のカーリングでしょう。第1から第10まである各エンドにおいて、後攻のチームは、そのエンド最後のストーンを投げることができます。最後の一投で、敵が置いたストーンにも、味方のストーンにも、両方に影響をあたえることができるわけです。先攻のチームはそれを見守るしかありません。

オセロも、後攻が有利とされています。これも、最後の1枚を置くことで大勢に影響をあたえることができるからです。

企画開発などにおいても、後手が有利とされることがあります。ある企業が先に出した企画や商品に対して、べつの企業はその先発品を上まわる企画や商品を考えて出せばよいからです。ただし、消費者に「二番煎じ」とか「柳の下のどじょう」などという印象をあたえてしまう点は不利にはたらきそうですが。

こうした先手・後手のどちらが有利か不利かといったテーマには、「この条件であれば先手が有利」といった普遍的な法則があるのかもしれません。しかし、人はそれを見つけられないままでいます。
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「ポンプ」にさらに火がつく

STAP細胞の論文信憑性をめぐる問題では、一連のSTAP細胞についてのできごとを報じるマスメディアがかなり影響を受けてきました。しかし、自分で自分の首を絞めている部分もあります。

1月下旬に、理化学研究所がSTAP細胞の樹立を発表した際は、マスメディアはこれを朗報として大きくとりあげました。

その後の問題が明るみになってから「いまにして思えば、あの会見も怪しかった」とか「どうもうさんくさかった」などと言う報道関係者もいます。しかし、「いまにして思えば」ということならいくらでも言えるわけであり、当時から「このSTAP細胞の作成過程には疑わしい」あるいは、せめて「このSTAP細胞は信じがたい」と伝えていたマスメディアは多くありません。

権威ある科学雑誌『ネイチャー』に論文が発表されたということが、疑う余地もなく報じさせた大きな原因としてあるのでしょう。

その後、STAP細胞を再現できない状態がつづき、論文の内容にもほころびが現れ、つぎつぎと疑義が生じて、論文の内容を調査するとともに論文のとりさげを検討するまで至りました。

この状況まで達したのは、たしかにマスメディアが大きく問題視したからということもいえます。しかし、手のひらを返すように、マスメディアは態度を変えました。

さらに、論文の筆頭著者である小保方晴子さんを“ネタ”にして悪ノリするマスメディアも現れました。大手新聞社のデジタル版では「ウソうだん室」という連載で、小保方さんの実名と顔写真まで出して、小保方さん本人が悩みを相談するという架空の記事が掲載されていました。

この記事を執筆したライターは“毒舌”を売りにしているとのことです。その毒舌さを、読者に不快さをあたえずに表現するまでの筆力はなかったようです。あるいは、そもそも企画自体に稚拙さがあったのかもしれません。

STAP細胞の論文をめぐって、マスメディアが“大ごと”として報じ、その“大ごと”のまま手のひら返しをし、さらに悪ノリするまでに至りました。自分で起こしたもめごとを鎮めてやるともちかけて利益を得ることを「マッチポンプ」といいますが、今回の状況では、ポンプにさらに火がついてしまっているかのようです。

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“静止”させるにはいっしょに動けばよい


心臓は、異常なことが起きないかぎり、つねに拍動しつづけるもの。どくどくどくと動いている心臓に外科手術をほどこすことは、船をこぐように寝ている子どもの髪を切るよりもむずかしいことでしょう。

心臓外科医は、患者の動いている心臓をいったん止めて、人工心肺という装置に心臓のポンプ機能を肩代わりさせることもあります。しかし、何時間も心臓を止めるのは、手術後の心臓にとってはよくありません。

では、動いている心臓を静止させて外科手術をほどこすには、どうすればよいでしょうか。

この禅問答にあるような問いに対するひとつの答えが、「手術ロボットを心臓の動きと同期させる」というものです。

相手が手を上げると自分も手を上げ、相手がしゃがむと自分もしゃがむといった、体の動きを同期させる遊びがあります。この遊びの達人は、相手が手を上げるのと間髪を入れず、自分も手を上げることでしょう。相手の手が垂直に20センチ上がったら、自分の手も垂直に20センチ上がります。つまり、相手のからだのある点と、自分のからだのある点のあいだの距離関係は、まったくかわりません。相対的には“静止”していることになります。

もし、動いている心臓と寸分たがわずおなじ動きをすることができる装置があれば、これも鏡合わせのような動きになります。その心臓の各ポイントと、対応する装置の各ポイントの位置関係は、なにもかわらないことになります。つまり、相対的に”静止”していることになります。

そして、この装置に、心臓を観察したり、心臓を治療したりする手段を備えさせれば、“静止”している心臓を手術することができるようになります。

驚くべきは、このような発想で心臓の動きと同期させた手術用ロボットが実際すでに開発されているということです。早稲田大学と岐阜大学の研究者の共同開発で「心拍補償ロボットシステム」という装置が2009年に開発されました。

このシステムでは、心臓の拍動を、パラレルリンクというしくみを使った拍動検出器と、3次元モーションキャプチャを使って把握します。内視鏡もこの拍動検出器についているので、心臓を映しだす映像を、“静止”して見ることができます。

心臓外科医は、このシステムから離れたところで、“静止”している心臓をモニタで見ながら、心臓のすぐ側にあるロボットと通信技術でつながったマニピュレータという手技操作装置を操ります。外科医の手の動きの情報が忠実に心臓側のロボットに伝わり、遠隔手術を施すことができます。

心臓手術を人工心肺なしでほどこすことは、心臓外科医の課題。発想と技術がこの課題の解決に寄与しています。

参考資料
Robot Watch「早稲田大と岐阜大、『心拍補償ロボットシステム』を開発 心臓の拍動に追従、冠動脈バイパス手術での実用化を目指す」
http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/03/27/1683.html
生命科学DOKIDOKI研究室「心臓が止まって見えれば、手術が格段に容易になる」
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/03/02.html
TELESCOPE Magazine「心臓の動きにシンクロする『心拍補償ロボットシステム』」
http://www.tel.co.jp/museum/magazine/medical/121012_topics_02/03.html
日本冠動脈外科学会「オフポンプ冠動脈バイパス術 早期離床、早期退院を可能にした低侵襲心臓手術」
http://www.jacas.org/topic/index.html
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産業育成などとともに安全保障強化も明記――日本の宇宙開発計画
日本はこれからどのように宇宙開発を進めていくのでしょう。日本でこれまで宇宙開発を牽引してきたのは政府です。そして、政府の方針を実現してきたのは宇宙航空研究開発機構です。

国会議員は2008年5月に、「宇宙基本法」という法律を議員立法で成立させました。同法は8月に施行されました。この法律は、宇宙開発を推進するための法律です。宇宙開発を進めるにあたっての基本的な理念として、宇宙の平和的利用、国民生活の向上など、産業の振興、人類社会の発展、国際協力など、環境への配慮という6個の基本理念が定められています。

宇宙基本法の精神を実現していくため、総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部が、より具体的に国家戦略として「宇宙基本計画」という計画を2009年6月につくりました。


宇宙基本計画

この計画では、日本の宇宙開発利用に関する基本的な6個の方向性が示されています。

「宇宙を活用した安心・安全で豊かな社会の実現」。さまざまな社会的ニーズに応じる宇宙開発を目指すとしています。その社会的ニーズとして具体的に盛りこまれているのは、公共の安全の確保、国土保全・管理、食料供給の円滑化、資源・エネルギー供給の円滑化、地球規模の環境問題の解決、豊かな国民生活の質の向上、持続的な産業の発展と雇用の創出といったもの。

「宇宙を活用した安全保障の強化」。情報収集機能の拡充・強化、警戒監視など、日本の安全保障を強化するための新たな宇宙開発利用を推進するとしています。

「宇宙外交の推進」。ここには、宇宙開発を外交目的に活用することと、外交を宇宙開発目的に活用することの両方が記されています。手段としてというのは、日本の外交に科学技術などの宇宙開発利用の特性を利用するというもの。目的としてというのは、宇宙開発を円滑に推進するため外交努力をするというもの。

「先端的な研究開発の推進による活力ある未来の創造」。宇宙開発には先端的技術を必要とし、先端的技術を進めることが新しい技術のブレークスルーをもたらすとしています。

「21世紀の戦略的産業の育成」。宇宙機器、通信・放送、地図、製薬・医療などの宇宙に関わる産業を、電子・電気産業、自動車産業につぐ21世紀の戦略的産業として育て、国際競争力を強くしていくことを掲げています。

「環境への配慮」。宇宙空間に対しても環境への配慮が必要だとしています。ロケットの打ち上げや、人工衛星などから生じる「宇宙ゴミ」の問題を懸念をしてのものものです。

このような、宇宙基本法と、宇宙基本計画のもとで、日本の宇宙計画はこれから進んでいくことになります。

参考資料
宇宙開発戦略本部「宇宙基本計画」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/utyuu/keikaku/keikaku.pdf
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小惑星、月、そして火星の有人探査へ――国際宇宙探査ロードマップ第2版(下)

「アポロ12号」から撮影された月
NASA

宇宙開発を進める世界の14機関からなる国際宇宙探査協働グループが2013年8月に発表した「国際宇宙探査ロードマップ第2版」には、2030年ごろまでの有人宇宙探査の行程表が掲げられています。

地球に近い天体といえば、月と火星。そのため、地球低軌道より遠い目的地として月や火星があげられます。地球から月までの距離はおよそ38万4400キロメートル。また地球から火星までの距離は、近づいているときで数千万キロメートルとなります。そのほかに、地球に比較的近い小惑星も目的地としてあがってきます。

まず、地球低軌道に存在しているものと位置づけられている国際宇宙ステーションについては、2030年ごろまで最大限に活用し、探査に向けた技術の蓄積を行っていくことがいわれています。

このロードマップは、有人宇宙探査の将来像を描くものですが、有人探査準備としての月・小惑星・火星への無人探査についても触れられています。たとえば、地球近傍の小惑星に対しては、「はやぶさ2」のサンプルリターンなどが計画されています。

また、月の探査については、2016年にロシアの月周回衛星「ルナ25」、2017年に月着陸機「ルナ26」の打ちあげが計画されています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)も「セレーネ2」という月着陸探査機を2010年代後半に打ち上げる計画をもっています。

さらに、火星の探査については、最近でも2012年にNASAの無人探査機「キュリオシティ」が、火星表面に着陸するなどしています。行程表では、2020年ごろまでにさらに6機の無人宇宙機が火星や火星周辺にたどりつくことが計画されています。

いっぽう、有人宇宙開発については、小惑星と月近傍へそれぞれ向かう有人探査ミッションが、行程表の2020年から2030年の間に記されています。

小惑星については、まず無人機で直径10メートルぐらいの小型の小惑星を捕獲して軌道を変更し、人がたどりつきやすいようにします。そのうえで、NASAの「オリオン」という宇宙船で宇宙飛行士を小惑星に派遣し、サンプルを採集して地球に帰還させるという具体的な計画があがっています。

また月近傍については、1960年代から1970年代の米国「アポロ計画」では達成しなかった、長期滞在有人ミッションが行程表に書かれています。「ロードマップ第2版」には、「クルーは年1回、関心のある着陸地点に着陸し、周辺地域を詳細に探査するであろう。長期滞在を可能にする施設が月面に送られるとともに、ミッション目的を達成する能力はそれに応じて大いに増加されるだろう」といった未来像が書かれています。

また、月面への貨物輸送を民間が担うというシナリオも描かれています。

小惑星や月近傍への有人探査ミッションのさらに先に想定されているのが、火星探査ミッションです。「ロードマップ第2版」では「人類が、持続的で、現実的な予算で、成果が見える形で火星表面探査を可能にすることが長期目標」としています。しかし、有人火星探査がいつごろ行われるかといった具体的な年代までは記されていません。


NASAの無人火星探査車「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」が2007年に撮影した火星の表面
NASA

人類が火星まで行くとなると、高い輸送技術や居住技術などが必要になってきます。こうした技術を、月面長期滞在ミッションなどで培って活かしていくことになっていくでしょう。

国際宇宙探査協働グループが示しているこの「ロードマップ」は、法的に拘束されるものではありません。グループが推奨することや、将来に向けての見解を示しているという位置づけです。ロードマップというのは、しばしばどの時々の状勢などによって変わってくるものです。

では、日本が進めていく有人宇宙探査計画とはどのようなものなのでしょうか。日本の有人宇宙探査の見通しも見ていきます。

参考資料
国際宇宙探査協働グループ「国際宇宙探査ロードマップ第2版」
http://www.jspec.jaxa.jp/enterprise/data/GER_V2-J.pdf
宇宙航空研究開発機構 2014年2月19日「国際宇宙探査ロードマップの概要について」
http://www8.cao.go.jp/space/comittee/kagaku-dai9/sankou3-1.pdf
月惑星探査検討室 2013年11月5日付「第4回モスクワ太陽系シンポジウム」
http://www.miz.nao.ac.jp/rise/en/node/693
Response 2013年8月29日付「NASA オリオン宇宙船での小惑星有人サンプルリターンミッション概要を公開」
http://response.jp/article/2013/08/29/205221.html
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宇宙開発は「地球の安全性を高め」「生命の探索」を可能にする――国際宇宙探査ロードマップ第2版(上)
国際宇宙ステーションには船長となった若田光一さんをはじめ6人の宇宙飛行士がいます。今後も、国際宇宙ステーションの長期滞在ミッションは続いていくことでしょう。

しかし、宇宙開発を進める国々は、いつまでも人の活動圏を地上から400キロの国際宇宙ステーションにとどめておく考えではありません。実際、1969年から1972年にかけては、人類は月面に着陸したこともあります。

宇宙開発を進める世界の14機関からなる国際宇宙探査協働グループという組織があります。その14機関とは、米国の航空宇宙局(NASA)、ロシアの連邦宇宙局(Roscosmos)、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)、カナダの宇宙庁(CSA)、欧州の宇宙機関(ESA)、イタリアの宇宙機関(ASI)、フランスの国立宇宙研究センター(CNES)、オーストラリアの連邦科学産業研究機構(CSIRO)、ドイツの航空宇宙センター(DLR)、ウクライナの国立宇宙機関(SSAU)、英国の宇宙庁(UKSA)、中国の国家航天局(CNSA)、インドの宇宙研究機関(ISRO)、韓国の航空宇宙研究院(KARI)。同グループは2007年に結成されました。国際協働による有人宇宙探査に向けて技術検討を行っています。

国際宇宙探査協働グループが、2013年8月に「国際宇宙探査ロードマップ第2版」という中期ロードマップを発表しました。ロードマップとは、物事が展開していく過程を示した行程表のことです。日本の宇宙航空研究開発機構が2011年8月から2013年4月まで「議長」となり、ロードマップづくりを主導してきました。


国際宇宙探査ロードマップ第2版

計画を立てるうえでは、目的がともなわなければなりません。そこで、同グループはこのロードマップで「8つの宇宙探索の共通目的」を掲げています。この共通目的はロードマップ「第1版」から引きつがれたもので、つぎのようなもの。

「探査技術と能力の開発」。地球の低軌道よりも遠くの探査目的地で活動するために必要な知識、技術、インフラストラクチャーを開発することが目的とされています。

「一般市民の探査への参加」。宇宙飛行士や宇宙当局員などのかぎられた人だけでなく、一般の市民が宇宙探査に参加する機会を提供することも目的となっています。

「地球の安全性の向上」。地球にはわずかな確率ながら小惑星の衝突のおそれがあります。また、宇宙の軌道上のスペースデブリとよばれる宇宙ゴミも人工衛星や宇宙船への障害物となりえます。こうしたリスクに対して、管理システムを構築し、地球の安全性を向上させることも共通の目的として掲げられています。

「人類の存在領域の拡大」。人がより遠くの宇宙へ行くということは、人類の生存領域が拡大することを意味します。地球低軌道より遠いさまざまな目的地の探査をしながら、宇宙飛行士の人数を増やしたり、滞在期間を延ばしたりして、人が宇宙に滞在すること自体を強化することも共通目的としています。

「有人探査を可能にする科学の研究」。人が宇宙に滞在することは長い人類の歴史において経験したことにないものです。宇宙環境が人の健康にどのような影響を及ぼすのか、また、宇宙船などの宇宙機にもどのような影響を及ぼすのか。これらを明らかにして、将来の太陽系を舞台とするミッションでの危険性を軽減し、効率を向上させることが目指されています。

「宇宙科学、地球科学、および応用化学の研究」。太陽系のさまざまな目的地で科学調査をするとともに、その目的地に固有な環境での応用研究を実施します。

「生命の探索」。地球外生命が存在するのか、また過去に存在していたのかを判断します。これはロマンチックな科学の目的のようにも聞こえますが、それらの生命を維持する、または維持していた環境を把握することで、地球上の生物が生存する知恵を得るといったねらいもあります。

「経済拡大への刺激」。民間企業から技術、システム、ハードウェア、サービスなどが提供されることを支援したり奨励したりすることは、宇宙活動に基づいた新しい市場を創出することにつながります。これにより、経済、技術、生活の質に関する利益を人びとに還元するという共通目的も掲げられています。

これら8つの共通目標について、ロードマップでは「いずれの探査目的と目標も地上の人々に利益をもたらす大きな可能性を示している」としています。

では、これらの目的を達成させるために、実際どのようなロードマップが描かれているのでしょう。つづく。

参考資料
宇宙航空研究開発機構 2014年2月19日「国際宇宙探査ロードマップの概要について」
http://www8.cao.go.jp/space/comittee/kagaku-dai9/sankou3-1.pdf
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ジェット機の操縦で「宇宙飛行士の基本行動」を習得
宇宙飛行士という職業は、「宇宙を飛行する」ということから、そのようによばれています。しかし、仕事の大半の時間を宇宙飛行を成功させるための「訓練」を受けることにあてています。その意味で、「訓練のプロフェッショナル」といってもよいかもしれません。

宇宙飛行士として活動するための訓練にはさまざまありますが、とりわけこの職業に特有なものとして、「飛行士としての基本行動を習得する訓練」という科目があります。宇宙飛行士に認定される前の「候補者」たちが受ける基礎訓練の一部となっています。

宇宙空間で自分たちの身に危険が起きたとき、宇宙飛行士たちは冷静でいつづけなければなりません。また、危機対応のときだけでなく、宇宙飛行士たちは協力しあいチームワークを発揮していく必要もあります。そこで、宇宙飛行士がとるべき行動を習得したり、能力を向上させたりするための訓練を受けるわけです。

この科目でよく知られているものに「航空機操縦訓練」があります。漫画『宇宙兄弟』でも、訓練のようすが描かれていました。宇宙飛行士候補者は、アメリカの訓練用ジェット機「T-38」に乗りこんで、ともに乗りこむ教官や、地上にいる管制官と意思疎通をはかりながら、飛行機を安全に操縦する技術を身につけていきます。


T-38操縦訓練にのぞむジョアン・ヒギンボサム宇宙飛行士
NASA

宇宙飛行士には、「パイロット」という宇宙船の操縦を担当する役割の人がいます。T-38の操縦訓練が、そのパイロット役のためだけにあるのかといえば、そうではありません。宇宙飛行士候補者のすべてが、この航空機操縦訓練を受けます。

T-38のようなジェット機の操縦は、瞬時の判断力を養うのに適していると考えられています。速度や高度などを表示する計器類を読み取り、的確に判断しなければならないからです。

航空機操縦訓練を積みかさねていく途中には、T-38の2基あるエンジンの片方を意図的に止めて、片方だけで運転するといった危機的な状況をつくりだし、緊急着陸を宇宙飛行士候補者に課すような内容もあります。T-38の操縦訓練は候補者だけでなく、宇宙飛行士として認定された人も受けます。

宇宙飛行士たちのあいだには、「訓練を本番の気持ちで取り組むべし。本番を訓練の気持ちで取り組むべし」といったことばがあるといいます。訓練で過酷な状況を乗りきった宇宙飛行士候補には、実際の宇宙滞在でも平常心でのぞむことが期待されているわけです。

参考資料
岡田茂『大解明!! 宇宙飛行士 訓練』
http://www.amazon.co.jp/dp/4811389514/
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「カレーショップC&C」のポークカレー――カレーまみれのアネクドート(55)


関東地方、それも東京都西部の京王線沿線あたりを生活圏とする人びとになじみ深いカレーチェーン店に、「カレーショップC&C」があります。黄色と橙色の看板に、鋭敏な書体の「C&C」のロゴマークが客を店内へと誘います。

C&Cを運営するのは、京王グループのレストラン京王という企業。じつは、コーヒーチェーン店でよく知られる「ドトールコーヒー」や「エクセルシオールカフェ」のフランチャイズ店を運営したりもしています。

どのカレーチェーン店にも、「基本となるカレーライス」というものがあるもの。いわば、トッピングを加えるまえのカレーです。

しかし、基本となるカレーといっても、献立名には肉の具材を冠されています。チキンカレー、ポークカレー、ビーフカレーといった具合に。基本となるカレーの種類もチェーン店により異なってきます。

基本となるカレーは、たいてい献立表のなかで最初に客の目に止まるところにあるもの。そして、それが基本となるので、かならずといってよいほどカレーの種類のなかではもっとも安い値段設定になっているもの。

C&Cで、この基本となるカレーが「ポークカレー」です。

丸くて白いさらに、ちょうどライスが半分、ルゥが半分、入っています。辛さはマイルド、中辛、辛口の3種類から選べます。辛口は、多くの人が食べられることを考えてか、個性的な個人店での辛口にくらべると辛くはありません。しかし、それでも香辛料のしっかりした味があります。28種類の香辛料が使われているとのこと。

出されたポークカレー。豚肉はどこにあるのかといえば、外見ではなかなかその存在を見ることができません。しかし、チェーン店の基本となるカレーで、肉がごろごろと入っていないとしても、「それはそれ」と割り切ってもよいのかもしれません。トッピングカレーの基本となるものだからです。

C&Cの店舗によっては、「ビーフカレー」を出している店もあります。しかし、「ビーフカレー」の前には「欧風仕立て」とか「贅沢」といった言葉が冠されており、基本のカレーのポークよりも値段ははります。

チキン、ポーク、ビーフ。どれを基本のカレーにするか。チェーン店の戦略は、まずここが分岐点になるといってよいでしょう。

「カレーショップC&C」のホームページはこちらです。
http://www.curry-cc.jp
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書評『日本の宇宙探検』
パンフレットよりは読みごたえがあり、単行本よりは気軽に読める、80ページの宇宙開発紹介本です。

『日本の宇宙探検』宇宙航空研究開発機構、日経印刷、2012年、80ページ


日本の宇宙開発を一手に担う独立行政法人、宇宙航空研究開発機構の活動ぶりを、この組織みずからが紹介した本だ。A4判、80ページと、ムックのような体裁をとっており、写真や図版は多めで凝っている。

宇宙航空研究開発機構には、有志の職員たちによる「ミエル化チーム」という組織がある。2011年4月に発足したもので、「『有人宇宙=人が宇宙船に乗って宇宙にいく』ことについての検討を活性化させるための活動」を行う集団という。

この本では、そのミエル化チームが主体となってつくったという。日本が行ってきた、つまり大部分は宇宙航空研究開発機構が行ってきた、宇宙開発のあらましを紹介するとともに、宇宙開発の意義を社会一般に問うている。

この本が特徴的なのは、宇宙開発を推進する立場である機構に属する人びとが出す本でありながら、宇宙を推進する立場とはすこしだけ異なる立場をふまえて、宇宙開発の是非を議論しようとしているところにある。

その考えが端的にあらわされているのが、「なぜ宇宙を目指すのか」と題する章だ。ここでは、章の名前のとおり、人が宇宙を目指そうとする理由を「なぜ宇宙へ行きたいのか」という題で紹介している。

もっとも多かった理由は、「好奇心」からくるものだったそうで、行ったことのない場所に行こうとする人の本質を表しているようである。

だが、それだけではない。「異なる立場をふまえた」表れとして、特集ではつづいて「宇宙を目指そうと思わない、あるいは思えない人もいるわけであり、そういう人たちの理由も「なぜ宇宙へ行きたくないのか」という題で紹介しているのだ。

ここで紹介されている「行きたくない」理由で最も多かったのは「不安・懸念」があるといものだったそうだ。さらに「100%安全といえない」「帰りたいと思っても急に帰れない」「宇宙での生活はなにかと不便」といった理由の内訳もならぶ。

このような“両論併記”の姿勢で本づくりをしたのには、「自分たちは宇宙開発をどんどん進めていきます」と一辺倒に言ったところで、市民から「税金を使っていて一方的に推進を謳うのはないだろう」といった反応がかえってくるような時代であるということを見こしてのこともあるのだろう。そういう点で、ミエル化チームの人びとは「わかっている人たち」という印象をあたえなくもない。

日本の宇宙開発の現状を知るためには、宇宙航空研究開発機構の活動を知ることがほぼ必然となるわけで、その現状を知ろうとする人たちの目的をひととおりは満たす内容になっている。

『日本の宇宙探検』はこちらでどうぞ。
http://www.amazon.co.jp/dp/4905427061
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正徹「霞を吹き閉ぢて 春の嵐」


きょう(2014年)3月18日(火)、関東と四国で「春一番」が吹きました。正確にいうと、春一番が吹いたことを発表する役割の気象庁が、「関東と四国で春一番が吹いた」と発表しました。

春一番は、立春すぎに最初に吹く、強い南風のこと。気象庁では、「立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風」のこととしています。

西から東へと移動する低気圧が、日本海あたりを通ると、その低気圧を中心に向けて風が吹き、低気圧の南側の地域では南よりの風が吹きます。

ちなみに、西から東へと移動する低気圧が、もっと緯度の低い太平洋あたりを通ると、日本列島は低気圧の北側に位置することになるので北風が吹き、大雪になることがあります。2014年2月の二度の大雪は、いずれもこの気圧配置によるものでした。

春一番を吹かせるのは低気圧のため、ときに雨もともなって天気が荒れます。室町時代の歌詠みの僧だった正徹(1381-1459)は、つぎの歌を詠みました。

  天つ空 四方の霞を吹き閉ぢて 春の嵐や 冬ごもるらむ(『草根集』余寒風795)

大空のあらゆるところで春の嵐が霞を吹き閉ざしまうため、春の到来を思わせる霞が立ちません。そのため春の嵐は、まだ冷たい冬のなかにこもっているのだろうかと、正徹は考えたのでしょう。冬の気候と春の気候がくりかえし現れるなかで、すこしずつ春の気候へと移っていきます。

春一番はもともと船言葉、つまり漁師たちが使っていたことばから一般的なものになったといわれます。漁をするうえで風は、とても大切な要素。漁の成果を左右するだけでなく、漁に出てもよいかどうかの判断材料にもなるからです。漁師たちは毎年きまってこの季節に吹く最初の南風を「春一」とよびました。これが「春一番」になりました。

昔の人びとは、「毎年この時期に強い南風吹く日がある」といったことを、気象観測装置などを頼らなくても把握していたわけです。それほど、風は自分たちの生活を左右する大きな気象現象だったのでしょう。

参考資料
漆原次郎「いにしえの心 科学散歩」『サイエンスウィンドウ』2012年2-3月号
http://sciencewindow.jp/html/sw44/sr-stroll
気象庁「天気予報等で用いる用語 風」
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kaze.html
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「どの家にも一台」はわずか20年たらず


「一世を風靡する」ということばがあります。ある時代に広く流行することを意味します。

このことばの裏側にあるのは、その流行が長きにわたり続いたわけではないということです。「一世」ですので、感覚的な時の長さでいえば「一時代」といったところ。「十年一昔」ともいわれるので、長くても10年や15年といったところでしょうか。

長きにわたり万人に使われてきたように思えるものであっても、歴史をふりかえると、それが主役でありつづけた時代はそれほど長くなかったという例もあります。

固定電話はその例といえそうです。かつて、一家に一台はかならずある存在が固定電話でした。しかし、固定電話はどの家にもかならずといってよいほど置かれていた時代は、意外なほど長くありません。

日本の家庭における固定電話の普及率は、1955(昭和30)年の段階でわずか1%。1972(昭和47)年の段階でも30%でしかなかったといいます。それでも、この年は業務用の電話加入数を家庭用の電話加入数が追いぬいた年。その後、家庭用の固定電話加入数はそれまでにない勢いで伸びていきます。また、業務用の固定電話の加入数も、家庭用ほどでないものの伸びていきます。

そして、だれの家にも固定電話が置かれるようになったのは1980年代に入ってからでした。電電公社がNTTになった1985年より前の電話加入権は8万円。1985年から7万2000円。人びとは高いお金を払って、固定電話を家に置いたのです。

しかし、だれの家にも固定電話があるという状態は長くはつづきません。

2002(平成14年)までしばらく、NTT東日本・西日本の固定電話の加入数は6000万台を保ってきましたが、2003(平成15)年に5955万台となると、これ以降はどんどん減っていきます。2009(平成21)年には4000万台を切りました。そして、2012年度末には2847万台にまでなっています。

たしかに、固定電話のかわりに、インターネットを使ったIP電話を使う人も増えてきました。これも家で使えば固定電話のような役割を果たしているとはいえます。しかし、従来の電話線による固定電話と、インターネットを使ったIP電話の合計を足しても、加入者数は2000年から徐々に減っている傾向にあります。

人びとが固定電話を使わなくなった背景として明らかにあるのが、携帯電話の普及です。2013年9月末で、携帯電話の加入者数は1億3925万台。日本の人口よりも携帯電話加入者数のほうが上まわっています。

よほどの事情がないかぎり、今後、どの家庭でも固定電話を必要とするといった時代がふたたびくることはありません。日本の場合、長い通信史のなかで、どの家にも固定電話があった時代というのは、わずか15年から20年だったのです。

参考資料
総務省「情報通信白書」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/pdf/25honpen.pdf
総務省「携帯電話・PHSの加入契約数の推移」
総務省「電気通信サービスの加入契約数等の状況(平成24年3月末)」
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban03_02000122.html
西村吉雄『電子情報通信と産業』
| - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
大豆をぼろぼろにするから「豆腐」


スーパーマーケットやコンビニエンスストアに、かならず売られている食品のひとつに「豆腐」があります。白くて、みずみずしくて、弾力もある、豆腐。しかし、「とうふ」にあてられた漢字2文字は、「豆が腐る」と読めなくもありません。

豆腐のつくりかたに、豆を腐らせるような工程があるかというと、ありません。豆腐は、大豆を水に浸してから引きつぶし、煮て、漉したあとの豆乳ににがりなどの凝固剤を加えて固めるものです。大豆を腐らせてどうのこうのというつくりかたは出てきません。

では、なぜ、豆腐のことを豆腐とよぶのでしょう。

豆腐は、ほかの多くの和食の材料とおなじく、中国からもちこまれました。もっとも古い「とうふ」についての文献は、1183(寿永3)年、奈良の春日大社のお供えものを記したものに「唐符」と記されていたものとされています。「豆腐」と書かれていたものではありませんが、これより前から中国では「豆腐」と書かれていたことがわかっており、豆腐は「とうふ」とよばれて日本に入ってきたことがわかります。

すると、なぜ中国人はこの食べものに対して「豆腐」という名をつけたのか、ということになります。

中国では、食べものに対して「腐」という字を使うことは、それほどめずらしいことではないようです。「ゆば」は「腐皮」、「ごまどうふ」は「麻腐」、「練り魚」は「魚腐」などと記します。

ある国とある国で、にた意味の言葉でありながら、その使われかたの範囲が異なるということはよくあるものです。

いまの中国語での「腐」という字に含まれる意味として、「ぶよぶよしているもの」とか「ぶるんぶるんしているもの」とか、やわらかさを表すものがあるといいます。

しかし、こうした意味が、豆腐が発明された古代中国において、「腐」のことばにすでに含まれていたかというと、そうとはいえないようです。

いっぽうで、古代中国では、「腐」を、「腐熟」という意味で使うことはあったとされます。腐熟というのは「組織をぼろぼろにする」という意味で、食べものに対しても「食べものを細かくする」といった意味で使われてきたといいます。

豆腐は、大豆というそれなりにかたい食材が、水に浸され、引きつぶされて、あとかたもなくぼろぼろになる工程を踏みます。「豆腐」には「豆をぼろぼろにしたもの」という意味が含まれているようです。

参考資料
松崎修「『豆腐』の名称由来について」『食文化研究』2009年 第5号
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「ウィルソンとペンジアス」といえば“似て非なるツーショット”
科学や技術の歴史的な業績を残した人物は、「誰々と誰々」のように、二人一組で語られることがよくあります。分子生物学でデオキシリボ核酸(DNA)の二重らせん構造を発表したジェームズ・ワトソンとフランシス・クリック、物理学で光が伝わるときの媒質エーテルの存在を実験で否定したアルバート・マイケルソンとエドワード・モーリーなどです。

ロバート・ウィルソン(1936-)とアーノ・ペンジアス(1933-)も二人で語られる研究者の代表例。二人は1964年に、天球の全方向からほぼ均等に観測される電波の存在を発見しました。この電波を「宇宙背景放射」といいます。ふたりはこの業績でノーベル物理学賞を受賞しています。

この発見がなぜノーベル賞にいたるほど価値が高いかといえば、宇宙背景放射が宇宙には始まりがあったとする「ビッグバン仮説」の有力な証拠になったからです。宇宙に始まりがあり、ビッグバンが起きたとすると、その38万年後に光が直進できるようになったと考えられていました。その光を、ふたりは電波として観測することに成功したのです。

発見のしかたも逸話的に語られます。ふたりが開発したアンテナから電波ノイズが消えないため、どうにか原因を突きとめてノイズの問題を解決しようと試行錯誤した結果、思いがけず宇宙背景放射を発見したという経緯が知られています。

ウィルソンとペンジアスが宇宙背景放射を発見したとき、ふたりとも米国のベル研究所の研究員でした。「ウィルソンとペンジアス」と二人で語られるのはそのためです。

さらに「ふたり」を印象づけているものがあります。ウィルソンとペンジアスの、いわゆるツーショットの写真です。グーグルの画像検索で「Wilson&Penzias」と入れてみると、上位には、観測用アンテナを背後に、ふたりで写っている写真が多く出てきます。

ここで興味ぶかいのは、画像検索で示されるこれらのツーショットが、ほぼすべて“似て非なるツーショット写真”であるということです。向かって左にウィルソンが、右にペンジアスが立っており、その後ろにアンテナ装置がある。この基本構図でありながら、微妙に撮影角度のちがう写真がいくつも並べられています。


グーグル画像検索「"Wilson Penzias"」の結果

なぜ、それほどの“似て非なるツーショット写真”があるのか。その答も、インターネット上の画像にあります。

「エミリオ・セグレ・ビジュアル・アーカイブズ」という海外ホームページの写真カタログに、ウィルソンとペンジアスが大勢の記者に囲まれて、マイクロフォンを前に笑顔で話をしている写真があります。米国物理学会の雑誌『フィジックス・トゥデイ』の所蔵となっています。

この写真で、ふたりのすぐ背後には鉄柱と鉄骨が見えます。そしてこの場所は芝のうえ。これは、”似て非なるツーショット写真”とおなじ場所で撮られたものとわかります。

研究者が大きな発見したとき、その人の所属する研究所で、その発見の手段となった装置とともに記者会見をするというのは、米国では昔から習わしのように行われてきたようです。ときに、記者たちのいる前で公開実験をすることも。

ウィルソンとペンジアスの“似て非なるツーショット写真”の数々は、記者会見で複数のカメラマンが撮影したものであることがわかります。いまも「ウィルソンとペンジアスといえばこのツーショット写真」といった定番になっているほど、このときの記者会見は盛りあがったのでしょう。

さらに「Wilson&Penzias」の画像検索の結果をよく見ると、おなじアンテナを背景にしつつ、ふたりがより齢を重ねた表情をしているツーショット写真も見られます。偉大な発見につながったこのアンテナを前にふたりでという写真が定着したことを示しているようです。

参考資料
Emilio Segre Visual Archives
http://photos.aip.org/quickSearch.jsp?qsearch=wilson&group=40
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「食の源流探訪」最終回


日本ビジネスプレスの連載記事「食の源流探訪」が、きょう(2014年)3月14日(金)最終回をむかえました。ライターの澁川祐子さんの執筆です。この記事の編集をしてきました。

この企画は、いま日本人があたりまえのように食べている“定番食”を毎回ひとつとりあげて、どのようにその食が日本人の定番になったか経緯を澁川さんが探っていくもの。第1回の「カレーライス」からはじまり、全36回となりました。

もの書きがなにかを知りたいとき、そのなにかに詳しい人に会って取材をするということがよくあります。いっぽう「食の源流探訪」では、澁川さんは人に会う取材でなく、過去の文献にあたり、そこに書かれてあることから、当時の状況を推測していくという手法をとりました。

いまの定番食の多くは明治時代、遅くとも昭和30年代くらいには、その芽があらわれています。となると、ほとんどの場合、その当時の状況を詳しく知っている人はすでにいません。定番食を生みだした張本人に聞けないかわりに、澁川さんは過去の文献にあたり、当時の醸しだしていた“におい”を嗅いできたわけです。

最終回は「豚汁」が主題。豚汁というと昔からあった伝統的な和食のように思えます。しかし、もとをたどれば豚汁にも誕生までの流れがあります。一般的にいわれているのは、「牡丹鍋」といういのししの肉を使った鍋から、豚汁が生まれたというもの。

しかし、澁川さんは、この説をはなから受けいれるわけでなく、文献をあさっていきます。そして、牡丹鍋由来説とはべつの、「薩摩汁」から豚汁が生まれたという仮説を立てて、それを検証していきます。

全36回の連載では、文献調べによって“定説”がくつがえされることもありました。その反響は大きなものでした。

最終回の最後、澁川さんは、すべての日本の定番食にあてはまりそうな、つぎの一文で連載を締めくくっています。

「それら(和食や洋食)の来し方に思いを馳せるとき、浮び上がってくるのは、あらゆる手を使って我が味にしようとする果てしない熱意にほかならない」

外からの要素を素直なまでに取り入れて、それを自分たちのものにしていく。こうして日本人の定番となる食を日本人は生みだしてきました。それぞれの記事では、いま日本人があたりまえに食べている人気の食材の源流を、澁川さんといっしょに探訪することができます。

今回の「豚汁がまだ『おふくろの味』ではなかった時代」の記事はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40160
また、「食の源流探訪」の連載一覧はこちらで見ることができます。
http://food.ismedia.jp/category/jbpress_sub2
| - | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0)
(2014年)3月22日(土)は「小出五郎さんを語る会」


このブログでも既報のとおり、2014年1月18日(土)に科学ジャーナリストの小出五郎さんが亡くなりました。72歳でした。

小出さんは、NHKで科学ドキュメンタリー番組を多く手がけ、その後も解説委員をつとめました。その間には、日本科学技術ジャーナリスト会議が運営する「科学ジャーナリスト塾」の塾長や、同会議の会長なども歴任してきました。そして、NHK退局後も、フリーランスの科学ジャーナリストとして、テレビ、ラジオ、本、インターネットと媒体を問わず広く活躍してきました。

このたび、生前の小出五郎さんと親しかった人たちが、小出五郎さんを語る会実行委員会をつくり、「小出五郎さんを語る会」を企画しました。

この会が、(2014年)3月22日(土)14時から、東京・内幸町の日本プレスセンター10階ホールで開かれる予定です。参加者を募集しています。

実行委員会は、小出さんとゆかりの深い、日本科学技術ジャーナリスト会議、NHK、医学ジャーナリスト協会、サイエンス映像学会の有志によるもの。NHKの解説委員をしている室山哲也さんなどが中心となって「会」の準備しています。

突然に亡くなった小出さんについて、ありし日のことを語りあい、小出さんの人となりや業績を共有し、また、小出さんの家族に思いを伝える場となります。

同会は、小出さんについての思い出やエピソード、また小出さんへのメッセージも集め、それを冊子にすることも企画しています。それを会の当日、家族と参加者に渡す予定とのこと。この冊子への寄稿も募集しています。

小出五郎さんと親交のあった人であればだれでも、また文集への寄稿なしでも、参加することができます。参加費は1人3500円となっています。

参加の申し込みは、「会」前日の3月21日(金)12時まで。詳しくは、日本科学技術ジャーナリスト会議ホームページに掲げられている「『小出五郎さんを語る会』のご案内」(下記URL先)をご覧ください。
http://jastj.jp/memorial_GKoide.pdf
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「レッツゴーサザエさん」の出だしの節を解釈


アニメ番組『サザエさん』から、さまざまな名曲が生まれています。「お魚くわえたドラ猫追っかけて」ではじまる「サザエさん」と、「大きな空を眺めたら」ではじまる「サザエさん一家」は、毎週日曜日の番組のオープニングとエンディングでそれぞれ流れています。どちらも宇野ゆう子が歌っています。

さらにノリのいい歌として『サザエさん』愛好者に親しまれているのが、サザエさんの声をつとめる加藤みどりが歌う「レッツゴーサザエさん」です。作詞は北山修。作曲は筒美京平。つぎの一節で始まります。

  お空が大きく見えるのは 私がそこにいるからよ

ここでいう「私」は、加藤みどりでなく、サザエさんを指すと考えてよいでしょう。多くの人が歌を聞けば、加藤みどりがサザエさんになりきって歌っていると納得するでしょう。

この節は、前半で結果を掲げて、後半でその理由を示すというつくりになっています。歌詞にしたがうと、「お空が大きく見える」理由は、「私」つまりサザエさんが「そこにいるから」ということになります。

では、1節目の理由にあたる部分の「そこにいるから」の「そこ」とはどこを指すのでしょうか。

ふつうに考えれば、この節の前半の場所を示すようなことばが「そこ」にあてはまりそうです。場所をさすことばは「お空」しかないので、「そこ」は「お空」ということになります。

「そこ」イコール「お空」とすると、下記のとおりになります。

  お空が大きく見えるのは 私が「お空」にいるからよ

ここでさらに疑問を浮かべる人もいるでしょう。お空を見ながら「大きい」と感じている主体はだれなのだろうか、と。

もし、お空を見ながら「大きい」と感じている主体がサザエさん自身だとすると、ちょっとした矛盾が生まれてきます。サザエさんはお空にいるのに、そのお空をサザエさん自身が見ていることになるからです。サザエさんの視覚は地上にあり、身体はお空にあると考えなければ、この状態はなりたちません。視覚と身体がべつのところにあるというのは、常識的には考えにくいことです。

あらためて、お空を見ながら「大きい」と感じている主体はだれなのか。この疑問に対して、ひとつの示唆をあたえるのが、つぎに控えている2節目の歌詞です。

  地球が動いているのはね 私が笑っているからよ

この節も、1節目とおなじく、前半で結果を掲げて、後半でその理由を示すというつくりになっています。「地球が動いている」理由は、「私」つまりサザエさんが「笑っているから」ということになります。

もちろん、サザエさんが笑わないと地球が動かなくなるというわけではありません。ここでは、サザエさんのかもしだす笑いの絶えない雰囲気が、まわりの人びとに活気をあたえる、といったくらいの意味に考えてよさそうです。こう解釈することは、ここでは末節の問題なので、「地球が動く」ということをそのまま考えていきます。

ここで、1節目の「お空が大きく見える」と、2節目の「地球が動いている」というのは、事象の構図としておなじと考えられそうです。なぜなら、1節目と2節目は、おなじつくりの対句になっているからです。

そこで2節目の「地球が動いている」にしぼって考えると、これは「一般的にいえること」を示したものといえそうです。つまり「地球が動いている」ことを実感する主体を考えるならば、それは不特定多数の人びととなります。

2節目の前半の主体が不特定多数の人びとであれば、対句となっている1節目の前半の主体も不特定多数の人びとと考えるのが自然です。主体が変化するような複雑なつくりと設定するより、主体はおなじと設定するほうが、無駄がすくないからです。

すなわち、お空を見ながら「大きい」と感じている主体は不特定多数の人びとといういことになります。対句を厳密に当てはめようとすれば、つぎのようになります。

  お空が大きいのはね 私がそこにいるからよ
  地球が動いているのはね 私が笑っているからよ

しかし、こうすると1節目は字足らずになり、旋律にうまく乗ることができません。そこで、「お空が大きいのはね」でなく「お空が大きく見えるのは」と「見える」を入れて調子を整えたのでしょう。

結論として、「レッツゴーサザエさん」の1節目は、「お空が大きい理由は、サザエさんがお空にいるから」と解釈することができます。

もちろん、この節も比喩的な表現が使われていると考えられるので、この節全体として「サザエさんの存在が、空が大きく見えるような晴れ晴れとした雰囲気を人びとにもたらす」というくらいの解釈になりそうです。

「レッツゴーサザエさん」は、たとえば、下記のリンク先で聴くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=4Uo51E77eU8
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地名はあるが、そこに土地がない
宮城県石巻市には、新北上川という川があります。南部を流れていた旧北上川の放水路です。追波湾という湾へと抜けでます。

上谷地、外手谷地、一番口……。これらは、新北上川の河口あたりに付けられた地名です。地名ですので、もちろん地図に載っています。

しかし、航空写真などでこれらの地名の付いたところを見てみると、いま、そこに陸地はありません。東日本巨大地震の影響で地盤が低くなり、陸地だったところが海水に浸かり、海の一部となってしまったのです。

東北地方に拠点をもつエクナという会社が掲げている「新北上川河口域の津波被害状況」というホームページには、1995年7月時点の新北上川河口の航空写真が載っています。上に掲げたような地名のところには、砂浜、防風林、田んぼ、草地、そして民家などが広がっていたことがわかります。東北ののどかな一風景です。

しかし、これらの場所では、道などのすこし標高の高い部分を残して、あとは大部分が海水に浸かっています。巨大地震後の2013年4月に撮影されたおなじ場所の航空写真も載っています。

石巻市がまとめた資料によると、石巻市の沿岸部では、40センチメートルから100センチメートルほどの地盤低下があったといいます。

新北上川の河口の南側には、長面浦(ながつらうら)という入り江があります。むかしから牡蠣などの養殖が盛んな入り江です。この入り江の海の輪郭は、巾着袋のようになっています。その輪郭は巨大地震の前も後も変わりません。しかし、新北上川河口付近の浸水によって、太平洋の海水が直接この長面浦に入ってくるようになりました。

これで入り江の生態系も変わったといいます。地元で漁を営む方の話では、酸素の供給役であるアマモという植物がなくなり、そのためニシンが卵を生みに来なくなったといいます。

その反面、カキは巨大地震前よりも、傾向としては育ちがよくなったといいます。一帯の水が掻きまわされて、夏にヘドロが出にくくなったことが関係しているとこの方は見ています。

巨大地震による広い範囲での地盤沈下により、地形や生態系がかわるという大きな影響がありました。地球規模の視点で見れば、それは地球の活動の結果として起きたことといえます。しかし、人間規模の視点で見れば、そこでの人びとの生活ぶりは大きな影響を受けました。


新北上川河口付近の地盤沈下地域。2013年5月撮影。

参考資料
「津波の被災地で始まる持続可能な新しい漁業」『サイエンスウィンドウ』2013年
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本は人が送りたがる製品


人が物をつくったとき、ただその物が人に買われることを願うだけでなく、物をつくったことを知らせようとすることがあります。

その向きは、本という分野で著しくあります。著者が本を出すにあたり、その本を知人や雑誌出版社の編集者などに送って、本が出たことを伝えるのです。

この行為にはたいてい、「ほかの人に紹介してください」とか「雑誌の読書欄に書評を掲載してください」といった伝え広めるねらいがふくまれます。その本が出版されるという情報が広まれば広まるほど、より多くの人に本のことを知ってもらえるからです。なるべく新鮮な情報として伝えるため、本屋に並ぶよりも前の段階で、雑誌出版社などに本を送るという行為もひんぱんに見られます。

なにかを企画して、それをものとして実現させるという工程は、著者における本づくりだけがあてはまるのではもちろんありません。ほかにも、世の中にはあまたあります。たとえば、電子機器メーカーの開発者は腕時計をつくりますし、食品メーカーの開発者はカップ麺をつくります。

もちろん、「この腕時計、ほかの人に紹介してください」と知人に腕時計を送ったり、「雑誌の新製品紹介欄で紹介してください」とカップ麺を雑誌出版社の編集者に送ったりする機会もそれぞれあるでしょう。しかし、本を送る機会ほどは多くないのではないでしょうか。

もしそうだとすると、なぜ著者は製品としての本を送りたがるのでしょう。

本は印刷や製品にかかる費用が安く、多くを送っても出版社または著者の損にあまりならないという、費用対効果的な理由はあるでしょうか。しかし、本づくりにかかる費用より安い製品はいくらでもありそうです。カップ麺はその例です。なので、これがただひとつの理由にはなりません。

本の大半は文字情報でできているし、雑誌記事の大半も文字情報でできているので、媒体としての親和性は高いといえます。それが、本が送られやすいことと関係しているのかもしれません。出版社の編集者は、腕時計好きかどうかはわからないが、本好きという職業上の印象もありそうです。

これらの理由とはべつに、本を書く人は、ほかの製品を開発する人より、自分のことや自分のやったことを人に知ってほしがるという理由については、検討の価値がありそうです。著者の本分は、世の中に伝えたいことを伝えることだとすれば、より多くの人に自分の書いたことを伝えたくなり、つい知人や雑誌出版社などに本を送ることをしてしまう。こういった過程は描けそうです。

しかし、今日日、いちばん大きな理由は、できた本を送ることが習慣のひとつになっているからということかもしれません。出版業界ではあたりまえにやられていることなので、著者は意識することも、ほかの分野のことを考えることもなく、本ができたら本を送ろうとするわけです。

きょうも世の中では、送料以外は無料で本が飛びかいました。
| - | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0)
若田さん、船長就任式でも「和」を強調
宇宙飛行士で、国際宇宙ステーションに長期滞在している若田光一さんが、(2014年)3月9日(日)、国際宇宙ステーションの船長に就任しました。日本人が国際宇宙ステーションの船長になるのは初めてのことです。

いま、国際宇宙ステーションの長期滞在では、宇宙飛行士が3人1組となって、あわせて半年の滞在をします。この半年の滞在中、前半の3か月を、すでに先に3か月を国際宇宙ステーションで過ごしていたべつの3人1組とともに滞在し、また、後半の3か月を新しくやってくるべつの3人1組とともに滞在することになります。

若田さんを含む3人1組は、「第38次/第39次長期滞在クルー」とよばれ、構成員は、ミハイル・チューリンさん、若田光一さん、リチャード・マストラキオさん。11月上旬から3月上旬まで、第38次の3か月を、オレッグ・コトフさん、セルゲイ・リャザンスキーさん、マイケル・ホプキンスさんと過ごしてきました。きょう、第38次の船長だったコトフさんから若田さんに引きつぎがおこなわれました。

今後、コトフさん、リャザンスキーさん、ホプキンスさんは国際宇宙ステーションを去り、地球に戻る予定です。そして、その後すぐ、オレッグ・アルテミエフさん、スティーブン・スワンソンさん、アレクサンダー・スクボルソフさんからなる「第39次/第40次長期滞在クルー」が国際宇宙ステーションに来るので、若田さんたちは彼らを迎え、新たな6人で長期滞在を3か月にわたり行うことになります。

船長就任式で若田さんは、英語でこれまで船長をつとめてきたコトフさんや、3か月をともにしたリャザンスキーさん、ホプキンスさんをねぎらい、感謝の気もちを伝えました。その後、日本語で、船長としての抱負を語りました。あらためて若田さんが強調したのは、「和」というものでした。

下記は、若田さんの船長就任のときの日本語でのあいさつの一部です。

「私は今回の長期滞在にあたり、和、ハーモニーをその信念として挙げさせてもらいました。和ということばは、長い歴史のなかで、日本人の心を表す言葉だと思います。ISS(国際宇宙ステーション)という国際協力プロジェクトのなかで、和の心を大切にして、相手を思いやり、そして調和のなかからベストな結果を生みだす、世界のなかの日本らしさをもって船長業務にあたりたいと思っています」

「その和の心を大切にして、みんなと協力しながら、この5月中旬までの船長業務を全うできるよう尽力したいと思います」

これまで、多くの船長は米国人かロシア人。どちらかというと、強力なリーダーシップを発揮して、滞在クルーを統制していく姿勢でのぞむ船長が多かったとされます。そうしたなかでこれから若田さんが船長として「和」を強調した組織づくりを行い、それが成功すれば、日本人が宇宙に滞在することの意義がさらに高まることにつながりそうです。

くしくも、ウクライナ状勢をめぐって、ロシアと米国や他国のあいだの緊張が高まっているところ。国際宇宙ステーションは、世界各国の協力の象徴ともされます。若田さんの「和」を強調した組織づくりが、さまざまな意味で注目を集めそうです。


前期の船長コトフさんと抱きあう若田さん(右)
NASA TVより

参考資料
読売新聞 2014年3月9日(日)付「若田光一さんのメッセージ(全文)」
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20140309-OYT1T00483.htm
宇宙航空研究開発機構「若田宇宙飛行士ISS長期滞在プレスキット」
http://iss.jaxa.jp/iss/jaxa_exp/wakata/iss2_press/wakata_exp2_presskit_a.pdf
| - | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0)
空港エスカレーターのポールに安全配慮のしるし

写真作者:Hide-sp

空港にはエスカレーターがあります。荷物を持って出発口へ移動したり、到着ロビーへ移動したりする人も多く、エスカレーターは空港になくてはならない存在といえます。

空港にあるエスカレータそのものは、駅や商業施設にあるエスカレーターととくにかわりはありません。しかし、エスカレーターの乗り口に、ふだん見られないものがあります。写真にあるような、アルミニウム製の柱が2本、立っています。また、空港だけでなく、空港行きのバスが発着するバスターミナルの扉の前などにも、このポールが立っていることがあります。

エレベーター利用者は、この2本の柱の内側を通っていくことになります。たくさんの荷物を抱えている人にとって、じゃまといえばじゃまな存在。なぜ、2本のポールがあるのでしょうか。

このポールのすぐ脇に掲げられてある表示板には、つぎのようなことが書かれてあります。

「このエスカレーターはカートの使用ができません」

空港には、「手荷物カート」とよばれる手押し車を使うことのできるサービスがあります。荷物がとてもたくさんある客は、この手荷物カートに荷物を載せて、荷物預かり所などに移ることができます。

しかし、手荷物カートにたくさんの荷物を載せたまま、エスカレーターを使うと、荷物が崩れてエスカレーターが停止したり、降り口のところでカートの車輪が引っかかって事故がおきたりしかねません。

そこで、カートの幅よりすこし狭い幅でポールを2本、立てて、手荷物カートを惹いている人がエスカレーターを使わせないようにしているわけです。

空港で手荷物カートを使う人は、使わない人よりも圧倒的にすくないでしょう。なので、エスカレーターの使いやすさを考えれば、多くの人にとってこのポールはじゃまな存在になります。しかし、手荷物カートを使う人が万一、エスカレーターで事故を起こしたら……。

これも、飛行機利用者に対して安全確保を第一とする航空業界の姿勢のあらわれといえそうです。

参考資料
ウィキペディア「エスカレーター」
http://ja.wikipedia.org/wiki/エスカレーター
羽田空港国際線旅客ターミナル「宅配・手荷物一時預かり・手荷物カート」
http://www.haneda-airport.jp/inter/premises/service/delivery.html
| - | 23:43 | comments(1) | trackbacks(0)
本間善夫さん「化学コミュニケーション賞2013」を受賞


化学の分野を中心とした情報を提供しつづけるホームページ「生活環境化学の部屋 ecosci.jp」を企画・運営している科学コミュニケーターの本間善夫さんが、このたび日本化学連合主催の「化学コミュニケーション賞2013」を受賞しました。

この賞は、化学や化学技術に関する啓発活動、情報発信を通じて、化学を社会に浸透させて、相互の理解を深めることに貢献した個人や団体を顕彰するものです。2013年度は、科学技術振興機構、化学工業日報社、化学情報協会、日本サイエンスコミュニケーション協会が共催しています。

本間さんは、新潟県立大学国際地域学部の准教授でもあり、また、ecochemさんなどの別称でも知られています。「生活環境化学の部屋」を、1996年7月に開設しました。インターネットの黎明期、ホームページで情報発信する人はごくかぎられていたなか、いちはやくネットワークを通じた情報発信をはじめました。

同ホームページの主旨は、「本サイトに寄せられた理科・化学・環境関連のメール情報等の中から、多くの方に読んでいただきたいものを選び、運営者が集めた情報なども追加して掲示・広報するもの」。画像、映像、リンク先などが積みかさなり、まさにウェブの情報拠点となっています。

受賞の対象となったのは、ホームページの運営だけではありません。科学イベントの運営についても業績が評価されています。本間さんは、喫茶しながら科学を語りあう「サイエンスカフェ」という催しものを、新潟県や東京都などで積極的に開いてきました。また、東京・青海の日本科学未来館などで毎年秋に開かれている「サイエンスアゴラ」でも、物質の分子を立体模型にした展示を開くなど、実際に人が集まる場所も用意し、科学コミュニケーションを興してきました。

本間さんは、今回の受賞に際して「職場の方の引退も近付いてきていますが、今回の受賞を励みに今後もバーチャルとリアルの場の両方で活動を続けていきたいと考えております」とコメントしています。

(2014年)3月17日(月)には、日本化学連合主催のシンポジウムがあり、ここで授与式に臨む予定とのことです。そして7月31日(木)には、ホームページ開設18周年を迎えます。

日本化学連合による「『化学コミュニケーション賞2013』受賞者選考の報告」は下記URL先から見ることができます(テキストエンコーディングは日本語EUC)。ほかに、ライオン研究開発本部企画管理部、山形大学理学部教授の栗山恭直さんが賞を、また、サレジオ工業高等専門学校専任講師の長尾明美さんが審査員特別賞を受賞しています。
http://www.jucst.org

本間さんの運営する「生活環境化学の部屋 ecosci.jp」はこちらです。
http://www.ecosci.jp
| - | 23:42 | comments(0) | trackbacks(0)
「ガンジー」のAランチ――カレーまみれのアネクドート(54)


一口に「カレーの店」といっても、そこで出される料理の中身は大きくちがいます。チェーン店が出すような日本的なカレーもあれば、カレールゥが器に入れられた欧風カレーもあります。

インドの人たちが営んでいる店は、やはり本場インドのカレー。日本人の口に合うように変えている場合もありますが、香辛料を効かせたルゥが丸い銀色の器に入って出されてきます。そしてナンや、チャイなどが添えられます。

東京・西新宿の新宿ワシントンホテル地下街にあるのは、まさにインド式のカレーを地で行く「ガンジー」というお店。インド人の男性と女性がお店を切りもりしています。店のたたずまいはといえば、木のテーブルや赤い床などに古めかしさも漂います。

「ガンジー創業当初から続く定番のセットメニュー」と献立表に書かれてあるのが「Aランチ」。白い大きな皿で出されるのは、ほかの「ガンジーランチ」や「スペシャルランチ」などと変わりません。

しかし、いまのインド料理店のカレーにはめずらしく、ルゥがライスの上にそのままよそわれています。ルゥとライスをかきまわして混ぜることもできますが、ルゥはナンに付ける食材にもなるため、かきまわして食べない客も。辛さはそれほどはありません。

皿のなかでとりわけ存在感を示しているのが、鶏肉のタンドリーチキンや羊肉のシシカバブといった、串焼き肉です。インドカレーのセットでは、タンドリーチキンが1個ついているくらいのものがありがち。しかし、この店では、タンドリーチキンとシシカバブがあわせて5個も出されます。厨房には焼き釜もあるようで、味はインドカレーの店の串焼き肉に対していだく印象を裏ぎりません。

ホテルの地下街にありながら、まわりは都庁もそびえるオフィス街。昼食の時間帯では、ルゥの飛びはねに気をつけながら、サラリーマンたちがカレーランチをほおばっています。

西新宿にある「ガンジー」の食べログ情報はこちらです。
http://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13035807/
| - | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0)
理系の女性があたりまえに活躍する社会で「リケジョ」は使われない


理化学研究所の細胞リプログラミング研究ユニットで長をつとめる小保方晴子さんたちの研究チームが、刺激惹起性多能性獲得(STAP:Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency)細胞を樹立したと2014年1月に雑誌『ネイチャー』で発表しました。

それ以来、「リケジョ」ということばが大手報道機関などでも使われています。

「リケジョ」は「理系女子」もしくは「理系の女性」を縮めたことば。2010年ごろから使われはじめました。講談社は2010年に「Rikejo」というサービスを立ちあげており、副題に「理系女子応援サービス」という、サービスの基本方針もうちだしています。

男性が多数を占めているように思われる分野で女性が活躍することに社会が反応し、その人たちへの呼称を生みだすという事象は、過去にもありました。

たとえば、歴史に精通している女性に対して社会の人びとは「歴女(れきじょ)」とよぶようになりました。人びとは「男性のほうが歴史を好きになる」という通念をもっていたのでしょう。また、鉄道を愛好する女性に対して「鉄子」とよぶ人びともいます。「鉄子」は、菊池直恵さんによる漫画『鉄子の旅』に端を発したものという話もあります。

女性が多数を占めているように思われる分野で男性が活動するということに対しても、社会は反応して、その人たちへの呼称を生んできました。子育てを楽しみながら勤しむ父親を、人びとは「イクメン」とよびます。また、夫婦のうち、家事などを男性が引き受けている場合、その人を「主夫」と表現することもあります。

このようなことばの対象になる人びとが、ことばが生まれる前にいなかったかといえばそうではありません。「リケジョ」ということばが世の中で使われるよりも前から、理系とよばれる分野で活躍をする女性はいました。

理系の女性についていえば、人数や活躍機会がすくないことが社会の課題と思われてきましたし、いまもそう思われています。

政府や一部の企業などは、いわゆる理系分野で活躍する女性の数を増やそうとする施策をとっています。こうした施策があるのは、政府や企業などが、理系分野で活躍する女性が男性よりもすくなかったり、理系分野で女性が活躍できる機会が男性にくらべてすくなかったりすると考えているからでしょう。

新しく人びとがつくったことばが、社会に影響をおよぼすことがあります。そのことばが生まれると、人びとがそのことばの指す対象に興味をもつようになるというのはそのひとつです。「リケジョ」ということばをマスメディアが使いだすと、大学や企業が理系学部に女性を入学させようと「リケジョ」を使いだしました。

では、理系で活躍している女性が自分のことを「あたしはリケジョ」と言っているかというと、それはそう多くはなさそうです。ただし、これは自分のことを「俺ってイクメンなんだけど」とか「あたしってノマドなんです」とよばないのとおなじ状況と考えられます。

理系の女性が自分のことを「リケジョ」とよばないとしても、「リケジョ」ということばが生まれて、女性が理系に進学することを意識する機会は増えたということは、すくなくともいえるのではないでしょうか。

では、これからもずっと「リケジョ」ということばが流行語のように使われて、やがて「リケジョ」ということばが定着することが、理系女子を増やそうと純粋に考えている人たちにとっての理想かといえば、そうであってはならないでしょう。なぜなら、「女性が理系分野で活躍するのがあたりまえ」になれば、わざわざ女性を「リケジョ」とよぶ必要もなくなるからです。

理系であることが特別視されず、かつ女性であることが特別視されないような理想的な社会があるとすれば、その社会では「リケジョ」といういことばは廃れているというのが、当然の帰結になります。
| - | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0)
鼻も老化でおとろえる


人は齢をとると、すこしずつ感覚のはたらきが衰えていきます。人によって程度のちがいなどはありますが、40歳にもなれば、近くにあるものが見えにくくなります。老眼です。また、80歳にもなれば、耳が聴こえにくくなります。

眼や耳のおとろえは、よく聞きます。しかし、“鼻のおとろえ”というものはあまり聞きません。老化により、嗅覚のはたらきが衰えることはあるのでしょうか。

人の鼻の奥には、嗅細胞という細胞があります。この嗅細胞の表面に伸びた「におい分子受容体」とよばれる部分が、におい成分の分子を受けとめます。におい分子受容体に、におい成分の分子がかちっとはまると、「においを受けとった」という情報が脳に伝えられます。

においを感じる受け口ともいえる嗅細胞は、老化とともに減っていくことが動物実験によりわかっています。すると、鼻腔では、嗅細胞がある皮膚と、その近くにある呼吸に関係する皮膚との境目がわからなくなってきます。嗅細胞は、においの情報を脳へと伝える神経細胞であるため、これが減っていくと、嗅覚が衰えることが考えられます。

においを感じるまでの過程は、鼻腔の嗅細胞だけでなく、さらに先の神経細胞へと続いていきます。脳に至るまでの道筋に障害が起きても、嗅覚は衰えます。

老化によって人の嗅覚のはたらきが衰えることは、実際の臨床的な事例で報告されています。嗅細胞に障害が起きる末梢性嗅覚障害や、脳梗塞やアルツハイマー病などによって起きる中枢性嗅覚障害などがあります。

こうした、老化による鼻のはたらきの衰えがあまり話題にならないのは、眼や耳が悪くなることにくらべると、鼻が悪くなる度合がさほど深刻にはならないからともされています。

参考資料
健康長寿ネット「嗅覚障害 ニオイが感じられない、判別できない、鼻副鼻腔疾患」
http://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000700/hpg000000642.htm
越智篤「Anosmia : Loss of Smell in the Elderly」(日本語)
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/orl/internal/journal_club/24.2.21ochi.pdf
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「お下げします」が早くなる


多くの喫茶店や飲食店には、客に水や料理を出す店員がいます。ウェイターやウェイトレスとよばれます。店員たちの給仕をめぐって、よく喫茶店で仕事をしているという人はつぎのように言います。

「ここ数年、店員さんたちが皿を下げるタイミングが早くなった気がするんだよな……」

皿に盛られて運ばれてきた料理を食べます。皿が空になります。こうなった皿を店員が「空いているお皿をお下げいたしますね」と言って下げていきます。これはよく見られる光景です。

「でも最近、お皿が空いていないのに、より積極的に『お下げいたしますね』と言って下げようとする店員さんも増えたんじゃないかな」

その人は、そういう店員に「あ、すいません、まだ食べているんですが」と言うと、店員は「あ、失礼しました」と言って、そそくさと向こうへ去っていくといいます。

「ご飯おかわり自由のお店では、ご飯が茶碗に二口ぐらい残っているのに『おかわりいたしますか』と言われたり。あと、喫茶店で本を読んでいて、本に貼るための付箋紙をテーブルに置いておいたら、『こちら、お捨てしますね』と言って捨てようとする店員さんもいた」

さらに、この人は傾向を分析したところ、客の数に対する店員の数の比が多い店ほど、まだ途中のものを下げられる傾向が強そうだという一定の結論に達したといいます。

店で給仕する仕事に就いたことがある人は実感がわくかもしれませんが、仕事中“手もちぶさた”になると時が経つのが遅くなります。「仕事をあたえられているのに、する仕事がないと、する仕事を探してしまう。その心理の現れとして、空いていそうな皿があれば下げようとする。そういうことではないだろうかな」。

「でも、早いタイミングで皿を下げる店員さんが増えている傾向にある気がするんだ」

この傾向が本当かどうかはさらなる検証が必要そうです。もっとも、この人が店で長居する機会が増えたということが原因のひとつにあるのかもしれません。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
欧州の再生可能エネルギー、「2020年20%」にむけて続伸中


ドイツや英国、北欧諸国などでは風力発電が普及しています。「欧州は再生可能エネルギーの利用が活発な地域」という印象をもつ人も多いことでしょう。

では、欧州全体では、再生可能エネルギーはどれだけ普及しているのでしょうか。

欧州連合の統計局は、2013年4月26日に、2011年の欧州連合加盟27か国の最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合が13.0%だったことを発表しています。これは、2004年の7.9%、2010年の12.1%から伸びているもの。

とりわけ割合の高い国はスウェーデンで46.8%、ついでラトビアが33.1%、フィンランドが31.8%となっています。スウェーデンではバイオマスと水力が、ラトビアではほぼ水力が、フィンランドではバイオマスが、再生可能エネルギーのなかで占めています。

それぞれ約900万人、200万人、500万人と、人口がすくないことも再生可能エネルギーの利用率を高くしている原因と考えられます。

欧州連合は、2020年までに加盟国全体での再生可能エネルギーの占める割合を20%にすることを目標に掲げています。過去から現在にかけての割合の推移からすれば、大きな問題が起きなければ、2020年の目標達成はなりそうです。

日本産業機械工業会「欧州環境情報 欧州、再生可能エネルギーの消費割合が13%にまで上昇」
http://www.jsim.or.jp/kaigai/1306/004.pdf
日本産業機械工業会「EU27ヵ国のエネルギー構成および再生可能エネルギー国内市場データ(その3)」
http://www.jsim.or.jp/kaigai/0712/003.pdf
みずほ情報総研「世界新エネルギー地図 第8回 スウェーデン」
http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/contribution/2011/nikkeiecology06.html
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
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