国際結晶学連合「世界結晶年2014」マーク
2014年は「世界結晶年」です。国際連合総会が、国際結晶学連合、ユネスコ、国際科学会議などの支援のもとに2012年に定めました。
結晶とは、原子、分子、イオンなどの物質が、空間的に規則正しくならんだ固体のことをいいます。結晶のかたちやつくりのしくみを研究する、結晶学という学問分野もあります。
世界結晶年が定められた背景には、1世紀前の1914年前後に結晶をめぐる科学的成果が多く上がったことがあります。
たとえば1912年、ドイツの物理学者マックス・フォン・ラウエ(1879-1960)は、結晶のX線回折という現象を発見しました。結晶のX線回折とは、放射線の一種であるX線が、障害物となるはずの結晶の格子を超えて、その影となるところまで届く現象をいいます。逆に、X線による回折を結果を分析して、結晶がどのような並びかたをしているかをしることもできます。1914年、ラウエは結晶研究関連の業績でノーベル物理学賞を受賞しました。
日本人の研究者も結晶学に貢献をしてきました。X線による回折実験の研究を進めた寺田寅彦(1878-1935)や、雪の結晶の分類をした中谷宇吉郎(1900-1962)などです。
もうひとり、結晶の研究者として、世界結晶年の日本委員会がホームページで紹介する研究者がいます。物理学者の西川正治(1884-1952)です。
西川の結晶学の業績として世界的に知られているのは、スピネル型と分類される化学物質の結晶構造を決定したことです。スピネル型とは、「スピネル」または「尖晶石」とよばれる鉱物がとる結晶とおなじつくりをもった結晶の型をいいます。スピネル型の物質は、「AB2X4」の化学式をもちます(A、B、Xは元素)。たとえば、スピネルの化学式はMgAl2O4です。ほかにLiMn2O4のマンガン酸リチウム、FeCr2O4のクロム鉄鉱などがあります。
西川はスピネル型結晶の構造を決定するとき、数学の「空間群」という分野を結晶学にとりいれました。さかんになってまもない結晶学に、これまた誕生してまもない数学の一分野を駆使してみせたのです。
じつは西川は、はじめ大学院の研究では大気中の放射性物質測定という結晶学とは関係ない作業をしていたといいます。担当教官は木下李吉という放射線の分野の教授でした。
しかし、その後の進路を結晶学へと導くできごとがありました。
ある日、大学の廊下を西川が歩いていると、その側の部屋のドアが開いて、人が出てきました。おなじ帝国大学の教授だった寺田寅彦です。寺田の顔を見ると、なにやらうれしそうな表情で、「まあ入りたまえ」と西川によびかけ、部屋に入れたそうです。
以下はこのときを回想する西川のことばです。西川のことばを、物理学者の上田良二(1911-1887)が西川から聞いた話として紹介しています。
「(寺田)先生は片手に岩塩のかなり大きい結晶片をつまんで、その孔(X線の出口)のすぐ前にかざし、片手に持たれた蛍光板を少し離して覗きながら、『そら見えるだろう』と言われた。……しかし、てんで何も見えなかった」
「そのうちに眼が次第に暗黒に慣れてきたのだろうか、結晶を動かすと同時に、フト蛍光板の上に、光るものが動いたような気がした。ハッと思ってよく見ると、見える見えるたくさんの光斑が随所に見えて、それが結晶を動かすとともに動いて行き光を増したり消したりする」
「(寺田)先生は『こうやって見ているとじつに面白い。色々な結晶でそれぞれ特徴があり、また結晶に限らず他のものでも面白い模様が見えることがある』とおっしゃって、いろいろ説明して下さった」
こうして、寺田寅彦のX線回折の実験に立ち会うことのできた西川は、寺田からの勧めもあって、結晶学の分野に進路を向けていくことになったといいます。
寺田は、当時、東京帝国大学地震研究所の研究者でした。寺田が実験した結晶X線回折は、地震研究とは関係ありません。しかし、幅広く研究をする寺田の守備範囲ではありました。寺田の勧めで、研究分野を最終的に西川は変えるのですから、寺田の存在感の大きさを感じさせます。
スピネル型結晶の構造決定などで花を咲かせた西川は、その後、理化学研究所、そして東京帝国大学で結晶学の研究や教育に携わり、1950(昭和25)年に発足した日本結晶学会の初代会長にもなりました。
結晶X線回折もその後おおいに発展し、デオキシリボ核酸の二重らせん構造が発見されたときに使われもしました。いまでは、工業、考古学研究、犯罪捜査など、さまざまな分野で利用されています。
世界結晶年2014日本委員会「世界結晶年2014(IYCr2014)について」はこちら。
http://www.iycr2014.jp/introduction.html
参考資料
世界結晶年日本委員会委員長 飯島澄男ら「世界結晶年日本委員会設立趣意書」
http://www.iycr2014.jp/prospectus.pdf
上村泰裕 「上田良二『西川正治先生のこと』」
http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/~kamimura/uyeda4-03.htm
八王子市「八王子市名誉市民」
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/profile/gaiyo/