科学技術のアネクドート

ホンダ、CIGS型太陽電池で事業計画達成ならず


本田技研工業(ホンダ)の子会社で、太陽電池を作り売っていたホンダソルテックが、2014年春に事業を終わらせることを、きのう(2013年)10月30日(水)に発表しました。

ホンダソルテックは、2006年12月に創業しました。ホンダが太陽電池に進出したということで、当時、大きな話題になっていました。

ホンダソルテックがつくってきた太陽電池は「CIGS型」とよばれるものでした。

太陽電池の主流は、主材料にシリコンという物質だけを使った「シリコン系」とよばれるもので、電気のやりとりを担うp型半導体とn型半導体それぞれにシリコンを使っています。いっぽう、CIGS型では、銅(Cu)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)というよっつの物質を化学的に結合させたものをp型半導体に使います。そのため、CIGS型太陽電池は「化合物系」とよばれる太陽電池のひとつに位置づけられています。

このCIGS型の太陽電池では、発電の層が薄いのが特徴でした。その厚さは2から3マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)。シリコン型太陽電池の数十分の一の厚さで済むといいます。ホンダは「太陽電池を少ない原料でつくることで、貴重な地球資源を有効活用しています」とうたってきました。

今回、ホンダソルテックは事業を終わらせる理由を「シリコン価格の下落に伴うシリコン結晶系太陽電池パネルの値下げなど、ソーラーパネル業界の著しい競争環境の変化の中で、当初の事業計画達成の見込みが立たず、これ以上の事業継続は困難と判断いたしました」と説明しています。

ホンダソルテックがつくってきたのとおなじような「化合物系」の太陽電池をつくっているのが、昭和シェル石油グループのソーラーフロンティアという企業です。同社が手がける太陽電池は、「CIS型」というもの。ガリウム(Ga)が使われていませんが、銅、インジウム、セレンを化学的に結合させる方法は、ホンダソルテックの太陽電池のつくりかたとにています。

ソーラーフロンティアは、2011年までに、宮崎県内に第一、第二、第三工場を建てました。年間の生産能力は合計で1000メガワット。これは原子力発電所1基分とだいたいおなじ規模になります。

いっぽう、熊本県内にあるホンダソルテックの工場の生産能力は、およそ30メガワット。生産能力の点では、ソーラーフロンティアの規模にくらべると、とても小さいものでした。

ソーラーフロンティアが事業を続け、ホンダソルテックが事業を終えるのは、規模のちがいによるものなのか。それとも「著しい競争環境の変化」は、ソーラーフロンティアなどの企業も直面しているのか。

いずれにしても、日本の太陽電池製造業は、今回のホンダソルテックの“事業終了”を、大きな関心をもって受けとめていることでしょう。

ホンダによる10月30日付の報道発表「太陽電池事業子会社 ホンダソルテックの事業終了について」はこちらです。
http://www.honda.co.jp/news/2013/c131030d.html

参考ホームページ
ソーラーフロンティア「ソーラーフロンティアの歴史」
http://www.solar-frontier.com/jpn/aboutus/history/index.html
NEDO「シリコンを使わない新しい太陽電池を大量生産へ 昭和シェル石油株式会社」
http://www.nedo.go.jp/hyoukabu/jyoushi_2009/showashell/index.html
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「自然現象のはじまり」を人がつくる


自然現象にはさまざまな“はじまり”があります。人が、自然界でとらえることのできるものごとに、「ここかがそのできごとの起こりだ」ということを定めるからです。

たとえば、「川のはじまり」があります。

海のちかくでは大きな流れとなっている川も、上流へ上流へとのぼっていけば、“はじめの一滴”があるはずです。たとえば、東京都と神奈川県の境を流れる多摩川のはじめの一滴は、山梨県甲州市の笠取山という山のなかにあります。

このあたりに降った雨の集まりが、滴になり、水の筋になり、沢になり、急流になり、大河へとなっていくわけです。

とはいえ、この「川のはじまりの滴」も、べつのところにあった水分が水蒸気となり、雲となり、笠取山のあたりで雨として落ちてきたことによってできたもの。「川のはじまり」よりも広い視野で「水の移ろい」を考えれば、つねに水は循環しているという捉えかたになります。

生命の誕生に対して、人は「どこからがはじまりか」を定めています。人をふくむ動物の初期段階には胚という段階があります。人は、この胚の一部をなす胚性幹(ES:Embryonic stem)細胞を、再生医療という医療行為に使うという企てをしています。

しかし、いまの考えかたでは、胚は生命の萌芽の段階にあるもの。つまりこの段階では「命のはじまり」は起きているわけです。そこで、とくに人の「命のはじまり」を、べつの人のために再生医療に使ってもよいのかという倫理的な問題がでてきています。

一般的には、精子と卵子がひとつに結合した受精卵の段階が「命のはじまり」と考えられています。

自然現象のはじまりについて、大きな謎をいまもふくんでいるのは「宇宙のはじまり」でしょう。

宇宙は時が経つとともに膨らみつづけていることがわかっています。それから考えると、時をさかのぼればさかのぼるほど宇宙は縮んでいき、いつしか「宇宙のはじまり」にたどり着くことになります。それが、およそ138億年前だったといわれます。

では、その138億年前に、なにが起きたかというと、10のマイナス37乗秒あたりで「インフレーション」とよばれる、急激な宇宙のふくらみが起きたといわれます。インフレーションの結果、熱エネルギーができると、それりより大爆発つまりビッグバンが起き、宇宙は広がっていったと考えられています。

しかし、この説明では宇宙のはじまりをすべて表していることにはなりません。10のマイナス37乗秒あたりでインフレーションが起きたとすれば、10のマイナス37乗秒よりまえにはインフレーションが起きる前の段階があったはずです。

インフレーションの前にはなにがあったのか、そもそも宇宙はどのように“なにもない”ところから現れたのか、といったことには、まだ多くの謎が残っています。

ひょっとすると、「宇宙のはじまり」もまた人がそのように定めているだけであり、より大きな規模で見れば宇宙もより長大なしくみのなかのひとつに組みこまれているだけにすぎないと考えるのがあたりまになる時代がやってくるのかもしれません。

参考ホームページ
佐藤年緒「“元気ある源流”をめざして 首都圏の水がめを守り続ける誇りとこだわり」
http://www.env.go.jp/nature/saisei/network/law/law1_3_1/k2_a.html
参考資料
科学技術振興機構『宙と粒との出会いの物語』
http://sciencewindow.jp/backnumbers/detail/66
長島順清「甲南大学講義ノート インフレーション」
http://osksn2.hep.sci.osaka-u.ac.jp/~naga/kogi/konan-class06/ch7-inflation.pdf
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貼り薬のほかにも“貼って和らげる”でヒット商品
「貼ることで和らげる」というと、人肌を覆って炎症を和らげる貼り薬を思いうかべる人は多いでしょう。たとえば、久光製薬の「サロンパス」は、1934年からある大ヒット商品です。薄いシートになっていて、粘着性のある表面を人肌に貼りつけます。

いっぽう、おなじように、シート状のものを電子機器などに貼って、「貼ることで和らげる」ことをかなえている製品もあります。そして、その製品もまた、ヒット商品になっているといいます。

パナソニックは、「“PGS”グラファイトシート」という製品を開発し、市販しています。“PGS”グラファイトシートを、スマートフォン、コンピュータ、半導体製造装置などの熱の生じるところに貼ります。すると、このシートの熱伝導性がとても高いため、熱がシート状に広がっていき、一点で熱が高まることを防ぐことができます。

“PGS”とは、“Pyrolytic Graphite Sheet”の頭文字をとったもの。“Pyrolytic”というのは「熱分解性の」という意味です。また、「グラファイト」とは、炭素元素でできた黒鉛のこと。黒鉛は、鉛筆の心などにも使われています。“PGS”グラファイトシートは、炭素を基本材料としたフィルムでできていて、熱処理をくりかえすことで熱伝導率を高めたというもの。

熱伝導率の高い物質としてよく知られているのはアルミニウムなどでしょうか。アルミニウムでできた湯のみ器に熱湯を注ぐと、手で持っていられないほどの熱さになります。しかし、“PGS”グラファイトシートは、アルミニウムの3倍から7倍ほどの熱伝導率をもちます。

おなじ炭素の元素でできたダイヤモンドも、熱伝導率の高さで知られています。このダイヤモンドに近づくほどの熱伝導率をこのシートはもっているといいます。

電子機器などでの熱の発生はできるだけ避けたいもの。コンピュータの動きを遅くさせたり、また、素子を劣化させるもととなったりするからです。そこで、熱が発生する素子にぺたと貼りつけて、いわば熱を散らすわけです。

電子機器が“軽薄短小”化していけばいくほど、そこにこもる熱は厄介なものに。電子機器メーカーなど多くの企業が「熱を散らす」ための方法を求めていたなかで、パナソニックは2009年にこの製品を開発。人びとにはあまり知られていないものの、だれもがこの製品の恩恵を受けているという、隠れたヒット商品になっています。

参考資料
パナソニック「“PGS®”グラファイトシート」カタログ
http://industrial.panasonic.com/www-data/pdf/AYA0000/AYA0000CJ2.pdf
参考ホームページ
パナソニック「LED照明を支える パナソニック PGSグラファイトシート」
http://industrial.panasonic.com/jp/i/00000/led_solution/led_solution/pgs.html
参考記事
Tech-On 2012年12月10日付「パナソニックの大ヒット商品、『PGSグラファイトシート』は千歳で生まれた」
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20121203/254153/
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「エリート」を育てているが「エリート養成」といわない


(2013年)10月29日(月)発売の『週刊東洋経済』では、「本当に強い大学」という特集が組まれています。この特集の「学生をグローバルに戦える超優秀人材に鍛え上げる」という記事の取材と執筆をしました。

経済誌では、毎年この秋の時期に大学特集が組まれます。ただし、内容は変わりつつあります。たとえば『週刊東洋経済』では、かつて大学の運営の現状などを財政面からとりあげた記事も多く見られました。いまもそうした記事がないわけではありませんが、ちかごろは受験生を子にもつような親世代に子どもの進学先選びの材料になるような大学の情報を届けるねらいが色濃くなってきています。

取材先のある大学とは、“あることば”をめぐってやりとりがありました。

記事づくりでは、「エリート」ということばを「ある集団の中で、すぐれた素質・能力を生かしてその集団をリードする役割を果たす、選ばれた人びと」と定義しました。「エリート」の辞書での意味「ある社会や集団の中で、すぐれた素質・能力および社会的属性を生かして指導的地位についている少数の人」(スーパー大辞林)と、遠くはありません。

「ある集団の中で、すぐれた素質能力を生かしてその集団をリードする役割を果たす、選ばれた人びと」つまり「エリート」を養成している大学という観点から、特徴的なとりくみをしている大学に取材の相談をしていったわけです。

しかし、取材に際して「記事の見出しなどで『エリート』ということばを使わないでほしい」と要望する大学がありました。その理由は「うちの大学ではエリート養成をしてはいない」それに「エリートというが読者にマイナスの印象をあたえる」というものでした。

その大学は「ある集団の中で、すぐれた素質能力を生かしてその集団をリードする役割を果たす、選ばれた人びと」を養成しているのかとたずねると、「それはそのとおり」ということでした。

この経緯からすると、「エリート」ということばを使わないでほしいという理由として示された「うちの大学ではエリート養成はしていないから」と、「エリートというが読者にマイナスの印象をあたえるから」のうち、後者の理由が大きかったのでしょう。

日本では「エリート」というと、「選ばれた者たち」という語感から、「選ばれなかったそのほか大勢がいる」という感覚が起こり、さらに「格差」や「不公平」といった感覚まで発展する向きがあるのかもしれません。

教育学者の苅谷剛彦さんは、著書のなかで、日本では、「対等性や平等性を前提にすると、『教育された市民』と『ただの市民』のような区別は暗黙のうちに忌避されがちになる」と述べています。「言い換えれば、日本では、エリート主義の問題を正面から論じず、それを暗黙のうちに避けながら、市民社会や市民について考える傾向があるのではないかと思えてしまうのである」とも。まさに、この傾向の表れが、「記事の見出しなどでエリートということばを使わないでほしい」という要望だったのでしょう。

反論はあるかもしれませんが、取材対象者の要望に応じるのは、取材を依頼する側の、取材を受けてもらう側に対する礼節のひとつといえます。この記事では、「エリート」の代わりに「超優秀人材」という言葉が使われました。

『週刊東洋経済』「大学特集」号の紹介はこちらです。
http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/detail/BI/5173751aaf80543338c70d99f19e4025/

参考文献
苅谷剛彦『グローバル化時代の大学論2 イギリスの大学・ニッポンの大学』
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ストレッチ、からだによいことだらけ


運動のまえや、風呂上がりなどに、ストレッチ、つまりからだを伸ばすことをする人がいます。からだは硬いよりも柔らかいほうがいい、だからストレッチはよいにちがいない。そう考える人は多いでしょうが、そもそもストレッチはどのようにからだによいのでしょうか。

ストレッチをすると、骨についている骨格筋が伸ばされます。これにより、筋肉の動きが大きくなります。すると、日常生活でのからだの動きも大きくなり、消費エネルギーが増すといいます。つまり、代謝がよくなるわけです。

また、ストレッチをすると血行がよくなるともいいます。筋肉には静脈が走っています。この静脈には、心臓とはべつに、血液をさきへと押しやる“ポンプ作用”があります。ストレッチをして、筋肉が柔らかくなると、筋ポンプ作用がはたらきやすくなるということです。その結果、血行がよくなります。血行がよくなれば、肩こりをおさえることにもなるでしょう。また、からだの疲れを和らげることにもなるでしょう。

ストレッチが睡眠の質を高めるということもいわれています。ストレッチによりからだのこりがほぐれると、呼吸にかかわる筋肉もやわらかくなり、呼吸が深くなる。これにより、リラックスモードのスイッチである副交感神経がはたらきやすくなるといいます。

運動のまえのストレッチには、けがを防ぐという利点があります。ストレッチをして、筋肉が柔らかくしておけば、からだを激しく動かしてもそれに対応することができます。

ということで、よいことだらけのストレッチ。ただし、時間をかけてストレッチをすればするほど、からだは柔らかくなっていくので、切りがありません。からだを柔らかくするという確実な効果を得られるものの、そのためには時間への投資も必要になってきます。

参考記事
All About「身体が柔らかいメリットは? 柔軟チェックと柔軟体操」
http://allabout.co.jp/gm/gc/301407/
日経ヘルス「練る前にストレッチ 体を柔らかく、太りにくく」
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO35416740X01C11A0W13002/
参考ホームページ
足健康 下肢静脈瘤情報サイト「血管のしくみと下肢静脈瘤」
http://ashikenkou.jp/knowledge0102.html
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「x×3−6」で構造は安定する――法則古今東西(21)
ジェームズ・マクスウェル(1831-1879)は、英国の物理学者です。マイケル・ファラデー(1791-1867)による電磁場の研究をもとに、「マクスウェルの方程式」をうちたて、電磁気の理論を打ちたてたことでしられています。

マクスウェルは電磁気の分野で知られています。しかし、電磁気の研究を行うよりまえ、マクスウェルは力学の研究もしていました。その時代にマクスウェルが打ちたてたのが、「マクスウェルの公式」という式です。

この公式の本質は、「構造を安定させるために必要な部材の数は、節点の数×3−6である」というものです。



たとえば、図のような□のかたちをした、木の棒でつくられた構造物があるとします。このような構造物では、木の棒を結びつける節点はそれぞれの角で4つ。この構造物の一辺に対して、横にずらすような力を加えると、この構造物は平行四辺形にひしゃげてしまいます。

では、この構造物を、力が加わっても崩れないようにするには、どうすればよいでしょう。

まず、この構造物の「節点」の数を数えてみます。節点とは、二つ以上の部材が接合されている点のことです。この構造物では、それぞれの木の部材が接合されている点になります。つまり節点は4となります。

マクスウェルの公式にしたがうと「必要な部材の数は、節点の数×3−6」なので「4×3−6=6」となります。

実際、この構造物では、すでにある4本の木の棒に、さらに対角線に2本の木の棒をわたせば、どんな力が加わってもひしゃげない、安定した構造になるわけです。



マクスウェルの公式は、街のいたるところで見ることができます。

参考資料
川口健一「テンセグリティ 細胞と建築を結ぶ骨組み」
http://todai.tv/contents-list/lp1hp1/et2th3/02dddt/lecture.pdf
| - | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0)
予定の調整に“開示派”と“聞き取り派”と


かつて、人と人が会うといえば、会いたい人が約束なしに出かけるということがあたりまえだったようです。夏目漱石(1867-1916)の書いた小説では、人が会いたい人の家を訪ねたものの留守だったので、その場で帰ってくるまでその人を待つ、といった場面が出てきます。約束をする手段そのものがとぼしかったのだから、当然といえば当然です。

しかし、いまの時代、人がだれかに人と会おうとするときは、日程の予約を入れたうえで会うことがあたりまえになっています。

そこで、会える日時を調整することになります。このとき、みずから進んで会える日時を相手に示す人と、相手から会える日時を聞こうとする人と、両方いるようです。

みずから進んで会える日時を示す人は、「ぜひ、一度お会いできればと思っています。私の都合を申しあげますと、10月28日から30日にかけてと、11月4日でしたら、いつでもうかがうことができます」といったことをメール文などに書くわけです。

いっぽう、相手から会える日を聞こうとする人は、「ぜひ、一度お会いできればと思っています。11月上旬にかけての誰々さまのご予定を聞かせていただければと思います」といったことをメール文などに書くわけです。

この、予定開示派の連絡と、予定聞き取り派の連絡、どちらのほうが得策なのでしょう。

予定開示派のする連絡だと、相手に具体的な日程をもって伝えることになるため、「本気だな」とか「具体的だな」といった印象を相手にあたえることができそうです。あいまいに「11月上旬にかけてのご予定を」と聞かれるよりも、返事を迫られているような印象になるため、相手からの返事を確実に、あるいは早めにもらえる可能性は高まるでしょう。

では、予定開示派のする連絡のしかたが利点ばかりかというと、そうでもありません。「私の都合」として「10月28日から30日にかけてと、11月4日」を示すからには、相手からの返事を待たずに、これらの日程にべつの予定を入れてしまうことは危険なことになります。

たとえば、「10月28日から30日にかけてと、11月4日はうかがえる」と具体的日程を示したあとに、べつの人から「11月4日にお会いできませんか」と聞かれたとき、自分から誘った約束が入るかどうかなんともいえないので、困ってしまうわけです。

なかには、「すいません、その後、べつの予定が入り11月4日は都合悪くなりました」と
伝える人もいるでしょう。しかし、自分から会うことを誘っておいて、「その日は都合悪くなった」というのを、失礼ととらえる人もいそうです。

これらのことからすると、忙しい人は予定聞き取り派で、それほど忙しくはない人は予定開示派であるとよい、ということになるでしょうか。
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中谷宇吉郎「氷は金属の一種である」


東京・京橋のLIXILギャラリーで、「中谷宇吉郎の森羅万象帖」展という展覧会が行われています。(2013年)11月23日(土)まで。

中谷宇吉郎(1900-1962)は物理学者。とくに雪や氷の学問「雪氷学」への貢献が大きいと評されています。世界で初めて人工雪をつくりました。そして、条件と結晶の形の関係から、自然界で降ってくるそれぞれの形の雪に対しても、それがつくられた環境がわかるようにしました。

会場では、雪の結晶についての中谷の研究内容が結晶のスケッチや写真などとともに示されています。しかし、よく知られる雪の結晶の研究だけでなく、中谷の研究の歩みがおしなべてわかるように示されています。

たとえば、1952年から中谷は米国にわたり、そこで氷の単結晶についての研究にいそしみました。ふつうの氷では、結晶がさまざまな方向にむいて寄せあつまった多結晶の状態になっています。なので、人工的につくる単結晶の氷はめずらしいもの。ふつうの多結晶の氷にはない特徴も見られます。



中谷が単結晶の氷について、興味をもったのは、ある方向に対しては飴のようにやわらかく、ある方向には石のように硬いといった性質でした。そこで、絵の右側のように、単結晶の氷の柱を上下方向からぐいと曲げていくと、左側のようにぐにゃりと曲がっていったといいます。

中谷は、単結晶の氷は、おなじような結晶構造をもつ金属の研究にも役立つことを見いだしました。そこで、こういうことばを残しています。「氷は金属の一種である」。

展ではほかにも中谷のさまざまな幅広い研究の歩みに触れることができます。師匠だった寺田寅彦(1878-1935)の「役に立つものであるべき」という考えを受けて、氷を資源として使う方法を研究したり、氷による問題を解決する方法を研究したりもしました。

「雪は天からの手紙」という中谷の有名なことばから、一歩踏み込んで中谷の研究を知ることのできる展覧会です。

「中谷宇吉郎の森羅万象帖」展は、東京・京橋のLIXIKギャラリーで、11月23日(土)まで。開館時間は10時から18時で入場は無料です。また毎週水曜が休館です。LIXILギャラリーによる案内はこちら。
http://www1.lixil.co.jp/gallery/exhibition/user_images/2013_03nakayaukichiro.pdf
| - | 22:30 | comments(0) | trackbacks(0)
「三品食堂」のカツカレー――カレーまみれのアネクドート(51)


早稲田大学のまわりの学生街といえば、大隈講堂前から都電早稲田駅へと抜ける通りが学生たちの定番で、通称で「ママキムチ・ストリート」などとよばれています。

しかし、この通りとはキャンパスを隔てて反対側にある、西早稲田交差点から教育学部の西門にかけての通りも学生街の風情を残しています。

その、西門の目と鼻の先にあるのが、三品食堂。「B級グルメ」ということばが世に出はじめるまえからB級グルメを貫きつづけてきた、学生街の食堂です。

早稲田大学のスクールカラーとおなじ臙脂色ののれんをくぐると、置かれてあるのは木の細長いテーブルと、簡易なつくりの丸椅子。基本の献立が、牛めし、カレーライス、カツライスしかないことから「三品」という屋号がついたといわれるこの店では、大きな食卓など必要ないかもしれません。

“三品”の一品であるカレーライスには、「大」「中」などの量のほかに、単なるカレーライスか、カツの入ったカツカレーにするかを選べます。

白い皿にライスがそそっとよそわれ、ライスの上にそこそこの厚さのカツがちょんと乗せられ、そしてカレールゥがとろとろっとかけられています。

カツ以外の具は、ふつうの大きさの豚肉がいくつか。ルゥはカレー粉に小麦粉をたっぷり入れたようなぽてぽてしたもの。ルゥはまるで辛くありません。激辛の味が隆盛の時代に泰然としています。

客は銀色のスプーンの側面でカツをちぎりちぎりしながら食べていきます。福神漬けもふつうにあります。

非の打ちどころがないくらい、奇をてらわないカレーライスです。いや、ライスカレーというよびかたのほうが、ふさわしいかもしれません。

創業昭和40年。早稲田大学の校舎はつぎつぎと建てかわっても、三品食堂のたたずまいはしばらく変わりそうにはありません。

三品食堂の食べログ情報はこちらです。
http://tabelog.com/tokyo/A1305/A130504/13000050/
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“よりどころ”が見つかって雨のもと


空から落ちてくる雨は、もとをたどれば雪や氷粒となっていることが多くあります。雨のもととなる雲ができるところが、氷点下まで下がっているからです。もともと雪や氷粒だったものが降ってくる雨を「冷たい雨」といいます。

雲のなかで雪や氷粒ができるためには、“よりどころ”が必要です。水蒸気は、空間中にためることのできる最大限度があり、それを超えると飽和して水や氷があらわれるはずです。しかし、水蒸気の近くに微粒子などが浮いていないと、水蒸気が水や氷になるための“よりどころ”を得ることができず、飽和しても水や氷にならない状態がつづきます。この状態を、過飽和といいます。

水蒸気が水や雪になるための“よりどころ”となる微粒子は、自然界ではちりや煙など。空気中を漂っているごく小さな粒子はエアロゾルともよばれます。その直径は、マイクロメートルの寸法です(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)。

雲のなかで雪や氷粒ができるしくみがわかっているため、人は、それを利用して、人工的に雨を降らせる技術を考えました。

ヨウ化銀という粉状の物質を空気中にばらまきます。すると、このヨウ化銀が飽和した水蒸気にとっての大きな“よりどころ”となり、雪や氷粒がつくられていきます。ヨウ化銀の結晶のつくりは、雪の結晶のつくりとにているため、そのまま雪や氷粒の核になるのです。

ヨウ化銀は、毒性のある物質ですが、人工的に雨を降らせるときに使われる量はごくわずかなため、人体への影響は考えなくてもよいとされています。ただし、毒は毒だという観点から問題のたねになることはよくあります。

参考ホームページ
TDK「テクの雑学 雨を降らせて晴れを作る 人工降雨の技術」
http://www.tdk.co.jp/techmag/knowledge/200809u/
九州大学大学院理学府地球惑星科学専攻対流圏科学研究分野「暖かい雨・冷たい雨」
http://weather.geo.kyushu-u.ac.jp/lesson_topics/rain.html
国立環境研究所 高見昭憲「エアロゾルの化学組成とその気候変動への影響」
http://www.nies.go.jp/kanko/news/31/31-5/31-5-03.html
ウィキペディア「過飽和蒸気」
http://ja.wikipedia.org/wiki/過飽和蒸気
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暮らしのあちらこちらに炭酸カルシウム


食塩ともよばれる塩化ナトリウムほど、身近ではありませんが、それでも暮らしのなかでさまざまなかたちで使われている物質が、塩化カルシウムです。

塩化カルシウムは、石灰石に塩酸を加えて、濃縮、加熱してつくることができます。化学式は、CaCl2。

海水のなかにも、0.15パーセントほどの濃さでふくまれていますが、暮らしで使うための塩化カルシウムは、「ソルベー法」とよばれる炭酸ナトリウムをつくるための方法の副産物としてつくられます。炭酸カルシウム(CaCO3)、アンモニア(NH3)、塩化ナトリウム(NaCl)、水(H2O)を原料に、煆焼、焼成、蒸留などの工程を経て、最終的に炭酸ナトリウム(Na2CO3)をつくります。それとともに、炭酸カルシウム(CaCO3)もつくられます。

副産物とされながらも、炭酸カルシウムの用途は多岐にわたります。炭酸カルシウムの用途で多いのは、セメントやコンクリート材料などの土木・建設材料です。粉状にした炭酸カルシウムを使います。

また、鉄鋼をつくるときにも、炭酸カルシウムは使われます。石灰石を鉄鉱石とともに焼いて、焼結鉱とよばれる材料にします。そして、この焼結鉱をさらにコークスを炉のなかに層状になるように入れて加熱します。これで鉄鋼の原料になり、さらにそれから不純物をとりのぞいていくと、鉄鋼になります。塩化カルシウムは、鉄鋼の大元の材料といえるわけです。

そのほか、炭酸カルシウムは、身近な生活用品でも、プラスチックやゴムを強くさせる素材、土壌の状態をよくするための肥料、塗料、チョーク、道路の凍結防止剤、さらに練り歯磨き、食品添加物、制酸剤といった口や体に入れるものにまで使われています。

参考ホームページ
ウィキペディア「炭酸カルシウム」
http://ja.wikipedia.org/wiki/炭酸カルシウム
炭酸カルシウム博物館「身近にある炭酸カルシウム VOL.2」
http://www.calfine.co.jp/museum_familiar2.html
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溶かすのに温度を下げる


氷に食塩(塩化ナトリウム)を振りかけると、氷が溶けやすくなります。氷が溶けるといっても、氷をつくる水の温度が高まってぬるま湯の温度に近づいていったからではありません。その氷が氷であるための温度、つまり凝固点が下がるのです。この効果を、凝固点降下といいます。

たとえば、ふつう0度で凍る氷の凝固点が、マイナス2度まで下がったとします。つまり凝固点はマイナス2度に。すると、マイナス1度の水はふつうなら凍って氷になっているはずですが、マイナス2度まで凍らないために、この水はまだ氷にはなりません。

温度が下がってエネルギーを失った水分子は、活発な運動をやめて、そこにおたがいくっついてじっととどまるようになります。これが氷の状態です。

しかし、この氷に、水以外のものが混ざると、水分子どうしがくっつきづらくなります。そのため、凝固点が下がるわけです。

食塩を、氷にどんどんかけていくほど、凝固点は下がっていきます。つまり、氷が溶けていくわけです。しかし、そのかけて凝固点降下の効果を得られるのにも限界があります。水に対して食塩の濃度が26.4%まで達すると、凝固点はマイナス21度にまで下がりますが、ここで飽和となります。

氷が食塩により溶かされていくとき、氷はエネルギーを食塩に奪われていきます。これは氷から溶けた水が、さらに温度を下げていることを意味します。つまり、マイナス5度やマイナス10度の食塩水という状態になっているわけです。

参考文献
山梨県建設技術協会「融雪剤による凝固点降下について」
http://nashiken.jp/data/10_373.pdf
参考ホームページ
塩なび.com「雪が降ったら塩をまく?凍結防止剤のはなし」
http://www.shio-navi.com/blog/archives/2006/02/post_40.php
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「物理のほうが、純粋数学のほうが、“上”」
人の心には「どっちのほうが上」という意識がおきるもの。理系の世界にも、“位階”や“階層”、つまり「この分野は上で、この分野は下」といった意識があるのでしょうか。

ある編集者は、「取材をする理系女子に、理系で活躍してすごいですねと話を聞くと、『自分がやってきたのは、そうはいってもまぁ生物学ですから』といった返事がかえってくることがある」と言います。

「そうはいってもまぁ」ということばには、どうやら「理系で活躍とはいっても、まぁ、物理学や化学といった、より“上”の理系分野にくらべたら」といった意味あいがふくまれているようです。

理系にはいろいろな分野があって、学びかたがちがうということを認識しだすのは、大学の受験勉強あたりでしょう。

物理は数字や計算の世界で、どちらかといえと、数学ができる人は物理もできると見られる風潮はあるようです。いっぽう、生物という科目は、数学とのむすびつきがそれほど強くはなく、見方によっては“暗記科目”とされることもあります。化学の受験勉強のしかたは、物理と生物の中間ぐらいでしょうか。

理系という分野に対して、「理論をつきつめたり、高度な計算を駆使したり」といった印象を抱く人にとってみると、生物学の分野は「理論や高度な計算はさほど必要ない」ということになり、これが「そうはいってもまぁ生物学」という発言に結びつくのかもしれません。

数学の分野でも、「この分野は上で、この分野は下」という意識がないわけでもないといいます。

数学の世界にはびこる風潮として、「未解明の分野を解明することを目的に研究を進めていく」といった数学は“上”であり、「産業的な用途に利用することを目的に研究を進めていく」といった数学は“下”に見られるといったものがあるといいます。

このような見方があるとすれば、“上”の数学には未解明問題を解くといった“純粋さ”があるのに対して、“下”の数学には数学以外の問題を解くといった“純粋でなさ”があるということが関係していそうです。

物理学でも化学でも生物学でも純粋数学でも応用数学でも、それぞれに関わる人びとの努力や熱意には変わりはないはずです。
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「『トランス脂肪酸』気にするくらいなら禁煙を」


日本ビジネスプレスのウェブニュース「JBpress」で、きょう(2013年)10月18日(金)「『トランス脂肪酸』気にするくらいなら禁煙を 脂肪酸との付き合い方(前篇)」という記事が配信されました。この記事の取材と執筆をしました。

「トランス脂肪酸」は、ここ数年、人びとの関心を高めている物質です。トランス脂肪酸は「トランス型不飽和脂肪酸」のこと。

記事で解説してもらった昭和女子大学の江崎治さんによると、脂肪酸とは脂肪の主要な部分をなすもので、つくりに炭素元素の二重結合が入らない「飽和脂肪酸」と、炭素元素の二重結合が入る「不飽和脂肪酸」にわけることができます。後者の不飽和脂肪酸のうち、二重結合の部分でつくりが曲がったのが「シス型不飽和脂肪酸」で、まがらずまっすぐになっているのが「トランス型不飽和脂肪酸」です。

トランス脂肪酸が人びとの関心を高めたのは、食品からこの物質を体にとりこむと、心筋梗塞などの病気になるおそれが高まるという研究結果が出たためです。さらに、映画「スーパーサイズ・ミー」で、主人公が三食とっていたハンバーガーに、トランス脂肪酸が多く使われていることが知られたことも、関心を高めた要員となったのでしょう。

健康を害するおそれのある物質を自分がからだにとりこむか、とりこまないか。いまのところ、それを自分の意志で選ぶことはできません。自分が店で選んだ食品に、トランス脂肪酸がどれだけふくまれているのかを知る術がないからです。

そこで、食品にトランス脂肪酸の含有量を表示したらどうかといった議論がわきました。2009年には、当時の内閣府特命担当大臣だった福島みずほ氏の号令により、食品中の含有量の表示義務化にむけた検討がはじまりました。いまも表示義務化に向けた動きはあります。

しかし、江崎さんは、そこまでする必要はないという姿勢をとりました。食品にトランス脂肪酸をとりわけ多く含めている企業に対して是正を求めれば、大きな問題にはならないということです。

平均的な食生活を送っている日本人は、世界保険機構が示す、総エネルギー量の1%未満という目標を下回っています。

「ランス脂肪酸のインパクトはさほど強いものではないと言えます。喫煙者と非喫煙者を比べたときの心筋梗塞の相対危険度は5倍にもなるので、例えば喫煙者は喫煙を心配した方がよいでしょう」と、江崎さんは話します。

「『トランス脂肪酸』気にするくらいなら禁煙を 脂肪酸との付き合い方(前篇)」はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38938
10月25日(金)掲載予定の後篇では、トランス脂肪酸とは異なる種類の脂肪酸「飽和脂肪酸」は、病気や健康とどのような関係をもっているのかといったことを中心に展開していきます。
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会社を辞めても良好関係


会社を辞めて組織から離れた人は、その後、その組織とどうつきあっていくでしょうか。

日本では、人がある組織を辞めるとき、負の印象が生まれることは多くあります。組織を離れることは、ただならぬことという常識があるからです。辞めていく人には、「辞めてしまうのか」「辞めるだなんて」という声がかかります。

このような負の印象があるなかで組織を辞めた人は、その後その組織と縁遠くなることが考えられます。組織の側もまた、わざわざ負の雰囲気のなかで辞めていった人とふたたび関係をもとうとは考えにくいものです。

しかし、世界では、人が組織を辞めることに対して、日本ほど負の印象がついてまわらないこともけっこうあるようです。

たとえば、アジアのある国に拠点を構えている日系企業が、現地の人を正社員として採用したとします。その現地の人は、「日系の企業で働けるなんて、ありがたい」といった表情で、毎日まじめに働きました。

ところがある日、その現地の人が「社長、わたくし、A社に興味をもっていたのですが、このたび雇ってくれることになりまして。今月かぎりでこちら会社を辞めることにしました」と、平気な顔で言い出しました。

日本人の感覚からすれば、せっかく現地の人材を探し出して社員として雇ったのだから、あっさり辞められるだなんてけしからん、といったことになりそうです。

しかし、海外に長く駐在し、その地での就職や退職への考えかたをよく知っている日本人は、現地の人に「辞めることにしました」と言われても、あまり動じなくなるようです。その人が自分の組織を去ってからも、良好な関係を築けるという期待をもてるからです。

さて、A社に転職したこの現地人から、さっそくA社の社員として、会社に連絡がきました。「こんにちは。今度はA社の社員として、みなさんとお取引したいと思っています」。

その会社を辞めていくことに対して、辞める本人も、辞められる組織のほうも、負の印象をもつことはない。それがあたりまえになっているため、ひきつづき人と組織とのあいだで、良好な関係がつづくわけです。

もちろん、海外の組織のすべてで、このような辞めかた・辞められかたが行われているわけではありますまい。しかし、人が組織を辞めることをあたりまえと捉える考えのもとでは、辞めていった人と、辞められた組織のあいだで、日本の場合とはべつの関係が築きやすいのはたしかなようです。
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信号を発する線維が代わり“鋭い痛み”から“鈍い痛み”へ


体のどこかをけがすると、多くの場合“痛み”を感じはじめます。その痛みは、ケガをした直後は鋭いものであるのに対して、半日もすると鈍いものへと変わっていきます。

膝をすりむいたり、けがをすると、その部分の皮膚にある「Aδ(エーデルタ)線維」という線維がそれを感知して、体のすみずみまで通っている末梢神経を通じて、脳へに「皮膚が傷ついた」という信号を送ります。

この信号は、末梢神経から、背骨の内側を走る脊髄神経を通って、そして脳へと伝えられます。信号を受けとった脳が、痛みを発するように指令を出します。

このようなしくみにより、けがをした直後に鋭い痛みをまず感じます。

その後、痛みはじょじょに鈍いものへと変わっていきます。こちらの鈍い痛みのほうは、けがをした部分の皮膚のまわりにある「C線維」という線維が関わっています。Aδ線維とおなじく、C線維も皮膚が傷ついたことについて、脳に向けて信号を送ります。そして、Aδ線維が伝えたときとおなじように、その信号は末梢神経から脊髄神経を通って脳へ伝えられます。

そして、信号を受けとった脳が、C線維から受けた信号としての痛みを発するように指令を出します。こちらの痛みは、けがをしたところのまわりにまで及ぶ、鈍いものになります。

こうして痛さは、鋭いものから鈍いものへと移っていきます。

痛みがあるからこそ、人は自分のからだが危険な状態にあるということに気づくもの。痛くてからだが動けないというのは、その点で理にかなった体の反応といえそうです。

参考記事
漆原次郎「『痛み』のメカニズムに迫る」『Zwinning』
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“単純な覇者決戦”から遠ざかること数年


プロ野球では、パシフィック・リーグ、セントラル・リーグともに、クライマックス・シリーズの第1ステージが行われました。パ・リーグでは千葉ロッテが埼玉西武を、またセ・リーグでは広島が阪神を破り、第2ステージに進出しました。

第2ステージでは、パ・リーグではペナント・レースで優勝した楽天が、セ・リーグでは同じく優勝した巨人が待ちうけます。両リーグの第2ステージ勝者が、“日本一”を決める日本シリーズへと進みます。

毎年、クライマックス・シリーズの時期に議論になるのは、「クライマックス・シリーズに問題はないか」というものです。

たとえば、今年のセ・リーグでは、ペナントレース144試合での勝率が5割に満たなかった広島がクライマックス・シリーズへ進みました。もし第2ステージで巨人を破り、さらに日本シリーズでパ・リーグのクライマックス・シリーズ勝者を破れば、それで“日本一”となります。

そうなれば「やっぱりカープがナンバーワン!」ですが、「ペナントレースはナンバースリー。おまけに勝率5割未満!」といった“おまけ”もつきます。

現行制度では、プロ野球に12球団があるうち、パ・リーグ3球団、セ・リーグ3球団の6球団、つまり半分の球団がクライマックス・シリーズへと進むことができます。“日本一”まで進む権利をもつチームが全チームの半数もあるような制度は、世界のスポーツ界でもめずらしいといわれています。

現状のクライマックス・シリーズに反対する人びとは、クライマックス・シリーズや日本シリーズを中心に考えた場合、144試合のペナント・レースが“長大な予選”に陥っていることに違和感をもっているようです。

ペナント・レースの価値が失われないための方法として、「前期・後期の優勝チームによる決戦」という案があがることがあります。ペナント・レースが144試合とすれば、前半の72試合で前期の優勝チームを決め、後半の72試合で後期の優勝チームを決め、この二つのチームが日本シリーズ選手権をかけて決戦するという制度です。

実際、パ・リーグでは1973年から1982年まで、前期・後期制を導入していました。しかし、この制度では、前期で優勝したチームが、後期で優勝争いをする必要がないため、消化試合ができてしまうといった弊害も指摘されました。

クライマックス・シリーズでは、3位に入ることがチームのひとつの目標となるため、ペナント・レースの最終版まで消化試合が起きにくいといった利点があります。この興行収入的な利点に着目したのでしょう、2004年よりパ・リーグがクライマックス・シリーズの前身となるプレーオフ制度を始め、興行的にはねらいどおり成功をおさめました。

そして、セ・リーグもこれにならい、2007年から同様の制度を始めました。たしかに、クライマックス・シリーズがおこなわれている球場では、ファンがペナント・レースにはないほどの盛り上がりをみせています。

しかし、興行的な成功とはべつに、各チームがその年の覇者を争うための制度のありかたとして、いまのままでよいのかといった意見は、くすぶりつづけています。両リーグの優勝チームが日本シリーズであいまみえるといった単純な制度はここ数年、行われていません。
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「美味しんぼ」30周年で「朝日対読売」の現実対決


小学館の漫画雑誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』に連載中の「美味しんぼ」が、2013年10月12日(土)発売号で、連載開始30年となりました。原作を雁屋哲さん、画作を花咲アキラさんがつとめています。

30年間、主人公で東西新聞社記者の山岡士郎と実父である海原雄山とのあいだの確執と融和、同僚の新聞記者のゆう子との結婚、おなじ文化部の富井富雄の副部長から部長代理への昇格など、さまざまなことがありました。

また、漫画のなかだけでなく、現実社会での影響も大きく、1988年から1992年までテレビアニメとしても放映されたり、また、1994年から2009年にかけて実写のテレビドラマで放送されたり、また、1996年には実写の映画にもなりました。

とりわけ、おいしいものを食べたとき、アニメのゆう子のように「一瞬にして口のなかで芳醇さが広がって、それでいて後味が残らず、すっきりとした爽やかさだけが残るわ」といった感想を述べる人が増えたといいます。

30周年の企画として、このたび『週刊ビッグコミックスピリッツ』は、「朝日新聞vs.読売新聞」による「究極と至高の対決」の現実対決を企画しました。「美味しんぼ」のなかでは、山岡などが所属する東西新聞社が提供する「究極のメニュー」と、ライバル紙の帝都新聞社と海原雄山が提供する「至高のメニュー」を、おなじ食材を題材にして対決させる企画がおこなわれてきました。

この漫画のなかでの企画を、朝日新聞と読売新聞という、現実社会的にライバルとされている二社で行うというもの。対決の舞台と食材は三つ設定されており、「岩手県でのわかめ料理」「長野県での長生き料理」「福岡県での鶏料理」となっています。

各県内の「イオンモール」では、一般の来客に、朝日新聞と読売新聞が提供するメニューを食べてもらい投票に参加することもできるとのこと。各題材11月上旬の一日かぎりとなっています。

『週刊ビッグコミックスピリッツ』12日(土)発売号では、「今後の詳細は公式サイトにて随時発表!」「続報を待て!」などと、期待を抱かせるような文言がならんでいます。いろいろと準備中のようすです。

「リアル美味しんぼ 朝日新聞 vs. 読売新聞 究極と至高の対決」公式サイトはこちらです。
http://realoishinbo.com
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「看護士」はすたれ「看護師」に
職業のよびかたには、最後に「師」という字がつくものと、最後に「士」という字がつくものがあります。

「師」のほうは、「医師」「薬剤師」「理髪師」などの職業があります。いっぽう「士」のほうは、「栄養士」「会計士」「弁護士」などの職業があります。

どちらの職業も「特別な扱われかたの職業」といった語感があります。なかでも「師」のほうは、専門的な知識に長けている特別な職業といった語感があり、「士」のほうは、立派な人格の人が行うべき職業といった語感があるようです。

ただし、上のような語感とはことなる「師」と「士」の使いわけのしかたもあります。たとえば、「看護師」と「看護士」。

日本では2002年3月まで、医師の医療補助や患者の看護などをする人のうち、男子を「看護士」とよび、女子を「看護婦」とよび、区別していました。

しかし、2002年3月以降、女子であっても男子であっても区別せず「看護師」とよぶことが法律で決まったのです。背景には、男性も女性も平等に扱われるべきとなってきた、社会状況の変化があるでしょう。

「師」のつく職業も、「士」のつく職業も、上のように細かい意味合いのちがいはありますが、どちらも人びとが「社会的に認められた専門的職業」といった意味合いが強くあるため、「師士業」などとひとくくりによばれ、多くの人が目指したい職業となっています。

参考ホームページ「仕業の仕事」
http://www.industry-business-cards.com/shigyo/shigyo_toha.html
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「サザエさんのオールナイトニッポン」に「懐かしい」の反響


きのう(2013年10月)11日(金)、ニッポン放送の番組「オールナイトニッポン・ゴールド」で、「サザエさん」ことフグ田サザエがパーソナリティをつとめました。アニメのサザエさんが、どういうわけかオールナイトニッポンによばれて番組を進行するという設定です。

番組前半では、フグ田サザエが、旦那のマスオとのなれそめがデパートの食堂での“公開お見合い”だったことや、マスオと二人暮らしだったところマスオが勝手にアパートの塀をきって材木にしようとして大屋さんの怒りを買い波平が家長の磯野家に同居することになったことなどを、回想していきました。いわゆるラジオドラマです。

番組の進行中、掲示板サイトには「サザエさんのオールナイトニッポン」を聞いている聴取者が即時的に感想を書きこむ掲示板が立ちあがっていました。

その不特定多数の聴取者の書きこみぶりからすると、この番組で最高潮の盛りあがりを見せたのは、アニメ「サザエさん」にかかわる歌が流れたときです。「サザエさん」には番組の最初と最後に流れる歌のほか、番組内での挿入歌などもあり、曲の種類は多種多様です。そうした曲を、フグ田サザエが紹介しつつ、実際にオンエアで流すということをしていました。

なかでも、掲示板の書きこみで、「これぞ名曲!」とか「なんだか涙が出てきた」といった、賞賛のの書きこみがつづいたのは、“火曜のサザエさん”の主題歌「サザエさんのうた」と、番組の最後に流れる歌「あかるいサザエさん」が流れたときでした。

いま「サザエさん」は日曜18:30から放送されているのみ。しかし、1975年から1997年までの12年間、毎週火曜19:00から、日曜の「サザエさん」を再放送していました。これが“火曜のサザエさん”です。

火曜の「サザエさん」は、日曜の「サザエさん」の7年前の回を再放送するもの。たとえば、磯野家のとなりに作家の伊佐坂難物一家が住む以前、画家の浜さん一家が住んでいました。火曜の「サザエさん」では、浜さんが当たりまえのように登場するなど、日曜の「サザエさん」にない懐かしさがあったわけです。

そんな火曜の「サザエさん」が放送終了となって16年。当時、火曜の「サザエさん」を見ていた人たちは、主題歌と終わりの歌にたまらない懐かしさを覚えていたのでしょう。そのため「名曲!」「涙が出てきた」といった反応をしたのだと推測されます。

番組が終わるころには、実況掲示板では「神番組だった」といった独特のいいまわしで、賞讃する感想がたえませんでした。

いまも放送がつづいていながら、どこか懐かしさもただよう。そのような雰囲気を聴取者は味わっていたのでしょう。「ぜひ年1回くらいサザエさんのオールナイトニッポンを」や「磯野カツオのオールナイトニッポンも聞いてみたい」といった感想が寄せられていました。
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「これは記事の文字要素ではない」ということを示す


雑誌の記事などの原稿には、編集者がその記事の記者やレイアウト係などに、コメントや指示などを伝えるために、「指示入れ」という作業をします。原稿に「写真さしかえ」といった指示を入れるわけです。

かつて、紙で原稿書きや朱入れなどが行われていた時代、編集者の指示入れの文字は、記事の原稿の文字と区別しやすいものでした。記者による手書き原稿の文字の筆跡と、編集者による手書きの朱入れの文字の筆跡があきらかに異なるからです。また、校正刷の活字と、編集者による手書きの朱入れの文字もあきらかに異なりますから、区別することはかんたんでした。

ところが今日日、記者が原稿を書くときにはコンピュータを使うことがあたりまえになっています。そして、編集者もまた、記者が書いた原稿のファイル上で指示入れすることがあたりまえになっています。

こうなると、問題として起きてくるのが「編集者が加えた文字群が、原稿の要素なのか、原稿の要素でなく指示入れなのかがわかりにくい」というものです。

たとえば、記事に載せる写真がなにを表しているかを示すための、「キャプション」または「ネーム」とよばれる文字要素があります。

デジタルの原稿のなかで、写真が入る予定のところに、編集者が「奈良の大仏のイメージ」と入れたとします。この「奈良の大仏のイメージ」は、「奈良の大仏のイメージがここに入る」という意味なのか、「『奈良の大仏のイメージ写真』という写真キャプションを編集者としてここに入れた」という意味なのか、どちらとも捉えることができます。

その編集者の指示入れのしかたに慣れきっている記者やレイアウト係であれば、「あ、これは奈良の大仏のイメージをここに画像として入れようとしているのだな」とわかります。しかし、すべてがすべて、これで通じるわけではありません。

そこで、自分の加えた文字について「ここで書いた文字は記事の文字要素ではない」ということを明らかにすることが編集者の作業として大切になります。

ある編集者は、コメントや伝達事項などの指示入れをするとき、【画像:奈良の大仏のイメージ写真】のように、「ブラケット」とよばれる「【 】」の記号を使っているといいます。記事でブラケットが使われることはめったになく、記事の文字要素でないことを判別しやすいからだといいます。

しかし、それでも人によっては、それを記事の文字要素と思ってしまうもの。

そこで、その編集者は、とりわけ慎重に「ここで書いた文字は記事の文字要素ではない」ということを伝えるために、つぎのような方法を使うことがあると言います。

「誰々さんへ、ここに奈良の大仏イメージが入ります」

要点となるのは「誰々さんへ」と、その伝達内容を伝えたい相手の名前を記すという点です。ここまですれば、さすがに、誰々さんと書かれた人は「あ、これは自分に対する伝達のことばなのだな」ということがわかるでしょう。

ごくたまに、雑誌記事やウェブの記事で、編集者によるものと思われる作業指示のことばがそのまま掲載されてしまっていることがあります。これは、編集者とその周囲の担当者とのあいだでの意思疎通がうまくいかなかったことを示しています。
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付加価値を生めよ増やせよ


ものづくりの世界には、「付加価値を生む作業か、生まない作業か」を厳しく見きわめようとする企業があります。

付加価値とは、なにかをつくりだすときに新たに付けくわえられる価値のことをいいます。一般的には、なにかをつくりだしたときの価値から、原材料費などを差しひいた価値のことをいいます。

しかし、実際のものづくりの現場では、「付加価値を生む」とはもうすこし砕けて、「利潤につながる」といった意味で使うことが多いようです。

たとえば、自動車工場の生産ラインに、「本体にねじを付ける」といった工程があるとします。ねじを本体に付けることは、自動車を完成させるのに欠かせない作業です。そこで、「本体にねじを付ける」という作業を、付加価値のある作業とみなすわけです。

その生産ラインでは、「ねじを付ける」という作業には、「ねじを取りに行く」という作業もともなうといいます。この企業は「ねじを取りに行く」という作業には、なんの付加価値も見いだしていません。

ねじを取りに行くという作業は、作業者の近くにねじ置き場をつくっておけば省くことのできる行為です。「ねじを付ける」という付加価値のある作業と一見、関係していそうですが、じつは関係していません。

そこで、この企業は、付加価値のない作業を徹底した“無駄どり”の対象とします。「ねじを取りに行く」という時間をなくす。完全にその時間をなくすということができないときは、できるかぎりその時間をなくすことを目指します。これは一般的に改善とよばれています。

このようなものづくりへの考えかたは、もの書きへの考えかたにも当てはめることができるかもしれません。

ものを書く場合、なにをもって付加価値のある作業とするかを決めるのはむずかしさがあります。ここでは、たとえば「アウトプットを成立させる作業、あるいはアウトプットを向上させる作業」としてみます。つまり、原稿をつくったり、記事を発行したり、論文を発表したり、ブログを発信したりする作業や、それらの質を高める作業を付加価値のある作業としてみます。

すると、もの書きにおける付加価値のある作業は、企画を立てる、取材をする、取材の音声を文字に起こす、構成を考える、執筆をする、推敲をする、といったことなどになりそうです。

取材の音声を文字に起こすという作業は、付加価値のない作業のようにもみえます。しかし、これにより頭が整理されて書く内容が向上すると考えると、やはりこの作業も付加価値のある作業となります。

いっぽう、付加価値の生じない作業は、移動する、進捗状況を編集者に報告する、取材のアポイントメントをとる、経費や原稿料の請求をする、といったことなどになるでしょう。

付加価値の生じない作業の典型的な例が、移動することです。移動しなければ取材対象者に会えないのだから、移動もアウトプットには不可欠と考えることができそうです。しかし、これは極端な話ですが、取材対象者に自分のいるところまで来てもらえば、それで取材を成立させることができます。

もちろん、「ライターだけれど、取材したいから家まで来て」と取材対象者に言うのは失礼なので、通常はそのようなことをしません。しかし、移動の時間をできるだけ短くしたり、移動の時間を執筆の時間に当てたりすれば、それだけ付加価値の生じない作業を減らすことができます。

付加価値の生じる作業になるべく多くの時間を使い、付加価値の生じない作業はなるべく短い時間で済ませる。こうすることで、ものづくりでは利潤を、もの書きではアウトプットを、より多くすることができそうです。

参考文献
武尾裕司、井熊光義『日産式「改善」という戦略』
http://www.amazon.co.jp/dp/406272684X
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三角測量から三辺測量へ

三角測量

器具を使っていくつもの地点のあいだの距離や角度や高低差などを測ることで地形を求めていき、その情報を数値や図などで表そうとする作業を「測量」といいます。測量の技術の歩みを大きく捉えると、「三角測量」の時代から「三辺測量」の時代へ、ということができそうです。

よび名としてよく知られているのは、「三角測量」のほうでしょう。

三角形には三つの内角があります。それを足すと180度になります。そして、ここからが重要ですが、三つの内角がそれぞれ何度であるかがわかっていれば、その三角形の三辺の長さの比はおのずと決まってきます。

三角測量ではこの原理を使います。一辺の長さがおなじ三角形をいくつも結びつけていき、“三角形の網”をつくります。そして、網を構成する三角形のうち、一辺の距離をはかりやすいひとつの三角形に着目して、実際にその三角形の一辺を測ってみます。

網をなしているかずかずの三角形のうち、たったひとつの三角形の、たった一辺の距離を知ることができるということは、三角測量にとってとても大きな意味をもたらします。網を構成するすべての三角形のいずれかの一辺はほかの三角形の一辺とつながっているし、かつ、三角形の三つの内角の比から三辺の距離の比の関係が経験的にわかっているので、たちどころにそれぞれの三角形の各辺の長さを求めることができるわけです。

これで、すべての三角形について、すべての内角の角度とともに、すべての辺の長さも把握することができました。これだけの情報が揃えば、さまざまな地点の位置座標の情報を記録していくことができます。

この方法をもとに、地図や地形図をつくることができます。つまり、三角測量は三角形の角度をもとにして、三角形の長さをはかることにつなげていき、さまざまな地点の位置座標の情報を記録していくという方法です。

いっぽう「三辺測量」という測量の方法もあります。

三角形の三辺の長さの比がわかれば、三角形のかたちは決まります。つまり、地上では、地点Aと地点Bの距離、地点Bと地点Cの距離、地点Cと地点Aの距離がわかれば、ABCの各地点を結んだ三角形ABCのかたちがわかるわけです。

ということは、地点ABCの三角形の三辺それぞれの距離がわかることによっても、三角測量とおなじように、さまざまな地点の位置座標の情報を記録していくことができるわけです。つまり、三辺測量によっても地図や地形図をつくることができることになります。

しかし、三辺測量には課題がありました。地点どうしの距離を正確に測る必要があります。かつてはその技術がむずかしく、三辺測量は実際の測量には、あまり活用されませんでした。

ところが、状況は変わります。光や電波という、まっすぐに飛んでいくものを使った「光波測距儀」や「電磁波測距儀」という道具が開発されました。これで、40キロメートル以上の二地点間の距離をも正確に測ることができるようになりました。

その結果、三辺測量も実際の測量の方法として、取り入れられるようになってきました。三辺測量を正確にした光波測距儀が実用化されたのが、1960年代から1970年代にかけて。測量は、かなり昔に、三角測量から三辺測量へと移行していたのです。

しかし、それでもなお「三角測量」ということばのほうが知られているのは、測量という技術の原点に三角測量があるからなのでしょう。

参考資料
国土地理院「三角測量から三辺測量へ」
http://www.gsi.go.jp/common/000076686.pdf
参考映像
サイエンスチャンネル「三角関数」
http://sc-smn.jst.go.jp/playprg/index/1395
参考ホームページ
アトムスパーク「光波測距儀」
http://atmsp.aisantec.com/atmspark/modules/info_m2/index.php?id=65
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東京の街の真中に火力発電所


東京の麹町、茅場町、銀座、神田、浅草といえば、東京都民にも、都民以外の人びとにも、よく知られた場所といえます。これらの地区は商業や観光の一等地。

これら五つの地区には、地下鉄の駅があるというほかに、ある共通点があります。それは、かつて火力発電所があったということです。

これらの地区に行ったことがある人であれば、火力発電所があったことは信じがたいかもしれません。いまの時代からすれば、これらの地区には人や建物が多く、とても火力発電所にはそぐわないからです。

しかし、日本で電気が社会基盤のひとつとして使われはじめた明治中期、これらの地区には「電燈局」とよばれる火力発電所があったのです。

これらの地区に火力発電所を置いたのは、東京電燈という会社。いまの東京電力前身です。1883(明治16)年、矢島作郎、藤岡市助、大倉喜八郎などの篤志家が立ちあげました。

まず、茅場町に1887(明治20)年、「第2電燈局」という名のついた火力発電所から送電がはじまりました。いまの火力発電所の規模にくらべれば小さなもの。25キロワットの発電機で、しかもいまおこなわれている交流でなく、当時は直流でした。そのため、半径2キロメートルほどにしか送電できなかったといいます。

つまり、火力発電所とはいえ、電気が使われる地区のどまんなかに発電所を置かなければならなかったのです。

その後も、1888(明治21)年には麹町の第1電燈局、浅草の第5電燈局、銀座の第3電燈局が、また、1890(明治23)年には神田の第4電燈局が送電を始め、明治の東京一帯は電気の灯で明るくなったのです。浅草の電燈局は、近くにある吉原の遊郭での需要が大きかったといいます。

その後、1897(明治30)年に、浅草に大規模な火力発電所が建てられ、この新発電所で集中的に電力をつくり、交流電流でそれぞれの電燈局へと送るようになりました。浅草は当時も繁華街だったため、新発電所ではばい煙の被害を防ごうと高さ61メートルの煙突が立てられました。

日本の電気の黎明期の話です。

参考文献
日本電気協会関東支部「電気事業開業時の5箇所の発電所 電燈局」
http://www.kandenkyo.jp/pdf/yukari%20vol5.pdf
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「土機電化」の括り、消えゆく


複数のことばのそれぞれの頭文字をとって、それを並べていくかたちの熟語があります。たとえば、「物化生地」というと、物理学、化学、生物学、地学という理科のよっつの学問分野をひとまとまりに表した熟語です。「物化生地をひととおり網羅しています」と言えば、理科全般のことが網羅されている、といった意味になります。

では、「土機電化」という熟語はどうでしょう。

これは、かつて工学の看板学科とされていた各分野の頭文字をならべたもの。「土木」「機械」「電気」「化学」で「土機電化」と表します。それぞれに「土木工学」「機械工学」「電気工学」「化学工学」と、「工学」のついたことばもあります。

いまのような科学・技術のほとんどを西欧からの輸入でとりいれてきた明治時代の日本では、とりわけこれら土機電化の分野と工学を結びつけて、国力を西欧の各国なみに高めていこうという目標がありました。さらに、この土機電化に「金属」の「金」をつけて「土機電化金」とすることばもあります。

いわば、土機電化は日本における工学の花形分野だったわけです。

しかし、世界の工学分野の発展にともない、これら土機電化の分野は、ほかの分野よりも魅力的な分野であるとはあまり考えられなくなってきました。かわりに、1960年代ごろからは、情報・通信工学、1990年代ごろからは環境工学といったあらたな分野が興りだし、土機電化はいわば埋もれていってしまったのです。

いま、“土機電化”をグーグルで検索しても、ヒット件数は668件。すでにこのことばそのものが死語になっていることをうかがわせます。

かといって、土機電化という分野が、たとえば、ここ30年で消滅してしまうかといえば、そうはならないでしょう。土木も機械も電気も化学も、それぞれに日本がつちかってきた得意分野。かつてにくらべてすくないながらもこの分野に興味をもつ若者もいます。

世間的に“土機電化”で一括りにする必要性はなくなったけれど、その分野それぞれは進歩を続けている、といったところでしょう。

参考文献
野村総合研究所『「工学離れ」の検証及び我が国の工学系教育を取り巻く現状と課題に関する調査研究報告書」
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/__icsFiles/afieldfile/2010/08/30/1296726.pdf
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さらなる“即席”への開発は遅々
 即席麺の歴史は、1958年に大和通商という食品業がお湯を注ぐだけで食べられる「鶏糸麺」を、また東明商行という食品業がおなじく「長寿麺」を出したことを端緒とするといわれています。有名な日清食品も1958年に発売されましたが、これらの製品より一歩後の発売でした。

それ以来、即席麺は、日本そばやうどんなどにも種類を広げ、いまに至ります。

食品業は味を高めることを追究してきました。かつては「インスタントにはインスタントらしい味を」ということで、ラーメン屋などで売られているラーメンとは独自の路線を歩んできました。しかし、近年では、即席麺とは思えないほどの味を売りにする即席麺が登場し、消費者から評価を得ています。

いっぽうで、企業によっては、「即席麺」の本分を、「即席」であることに求めつづけているところもあります。

いまのカップ麺などのお湯を注いで食べる型の即席麺では、お湯を注いで3分が待ち時間。なかには、うどんのカップ麺のように5分を待ち時間とするものもあります。

即席麺というからには、より即席で食べられるようにする。このような考えかたも出てくるわけです。

お湯を入れてから乾麺に水分が浸透して、適度なやわらかさになるまでの時間をいかに短くするか。たとえば、即席味噌汁のように、お湯を入れた直後に食べることができるようになれば、即席の度合はとても高まることになります。

しかし、即席麺にお湯を注いでから待っているあいだに、人はいろいろとすることがあります。箸を用意したり、即席麺以外に食べる食べものを冷蔵庫から出したり、水をわかすのに使ったやかんをしまったり。

せわしなくいろいろなことをしながら3分まって、そして食べる。即席麺を食べつづけてきた人にとって、この習慣はあまり長いものになっています。

味のバランスを崩してまでして、即席麺の待ち時間を短くすることを極めるまでにはいたらないというのが、即席麺製造業にとっての本当のところでしょうか。

参考文献
澁川祐子『ニッポン定番メニュー事始め』
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選ばれし者への高等教育、かつて100人に1人
 「エリート」ということばはもともとフランス語で「élite」と書きます。「エリート」には、ある集団や社会で、すぐれた素質や能力、あるいは社会的属性をもっている人であるとともに、それらを生かして指導的地位についている人であるという意味がふくまれています。つまり、エリートはリーダーでもあるわけです。

エリートということばから生じる「エリート主義」(elitism)は、「大衆主義」(populism)や「平等主義」(equalitarianism)といった考えかたの反対をさすことばとされています。つまり、エリート主義は、大衆的であることや平等であることとは逆に、エリートを重視する考えかたのことをいいます。

日本では、かつてエリートといえば、高等教育を受けて育ち、国や財界などを牽引するような人のことを指していました。

1947(昭和22)年までの旧制の教育制度では、中学校4年を修了するなどの教育を受けた男子のなかで「高等学校」に進む人がいました。これはいまの高校とは異なるため、いまではかつての高等学校を旧制高等学校や旧制高校とよぶことが多くあります。

旧制高校の位置づけは、さらに高い水準の学府として君臨した帝国大学の予科というものでした。なかでも、東京・駒場のいまの東京大学駒場キャンパスには第一高等学校が、仙台のいまの東北大学片平キャンパスには第二高等学校がといったように、学校名に数字がつく旧制高校がありました。

これらの学校は「ナンバースクール」ともいわれ、とくに明治時代に創設された第一から第八までは、政治や官僚の世界に多くの人材を輩出する、エリート養成機関となりました。

この旧制高等学校に進学することができたのは、おなじ学年の男子のなかで100人に1人程度。まさに、選ばれし者が進学を果たしていったわけです。まわりの人からの期待も高ければ、本人の意思も高いものがあったでしょう。

旧制と新制という教育制度のちがいもありますが、2人に1人が大学に進学するようになった現代とくらべれば、かつては高等教育を受けることはすなわち“エリート街道まっしぐら”だったわけです。

参考ホームページ
ウィキペディア「旧制高等学校」
ウィキペディア「ナンバースクール」
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『筑波大学 by AERA』発売


『筑波大学 by AERA』というムックが、このたび朝日新聞出版より刊行されました。筑波大学のことを紹介する丸一冊です。このムックの「沸騰! 筑波アカデミア 緑色とオレンジ色の藻の“合わせ技”でエネルギー問題解決へ」という記事の取材と執筆をしました。

筑波大学では、さまざまな先端研究が行われています。生命環境系教授である渡邉信さんが行う藻類研究もそのひとつ。藻類は、いまの地球の多くの生きものが関わる光合成を地球ではじめにおこなった生きものとされます。その藻類の“偉大なはたらき”に惹かれて藻類の研究を始めました。

研究をはじめてしばらくは、藻類などのプランクトンによる赤潮発生などの公害問題の研究や、絶滅の危機に瀕した藻類をまもるための研究などをしてきました。

その後、藻類から石油に代わるバイオ燃料を得るための研究に移っていきます。「藻類は残された応用未開生物という信念をもっていました」と語ります。

そして、ボトリオコッカスとオーランチオキトリウムという性質の異なるふたつの藻類に目をつけました。ボトリオコッカスは光合成をすることで石油の代替燃料である炭化水素というバイオ燃料をつくります。いっぽう、オーランチオキトリウムは光合成をしないかわりに有機物を栄養にしておなじく炭化水素をつくります。

渡邉さんは、このふたつの藻類のはたらきを組みあわせて、効率のよいバイオ燃料生産システムを開発しようとしています。

取材で渡邉さんが強調していたのは、博物学的な研究をすることの大切さです。研究をはじめてまもない大学院生時代、渡邉さんは藻類の分類をするという博物学的な研究をしていたといいます。これによって、藻類にはどのような種類があるかといった体系的な見方を身につけたようです。

その後の藻類研究をさまざまな切り口で進めたのも、また、ボトリオコッカスやオーランチオキトリウムという、エネルギー生産に優れた藻類に目を向けたのも、藻類の体系が渡邉さんのなかでしっかりと打ち立てられていたことと関係していたのかもしれません。

ムックでは「沸騰! 筑波アカデミア」という巻頭記事で、ほかにロボットスーツHALの開発者であるシステム情報系教授の山海嘉之さんや、睡眠について研究している医学医療系教授の柳沢正史さんなどが登場します。広大な筑波のキャンパスのなかに、まったく異なる個性の研究者がいることをうかがわせます。

『筑波大学 by AERA』は筑波大学内のほか、全国の書店やアマゾンなどでも買うことができます。朝日新聞出版による案内はこちらです。
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電話にて「……………………」


一雨ごとに秋が深まっていきます。秋の始まりごろから鳴きはじめていた鈴虫たちも、りーん、りーん、とより大きな羽音を立てるようになりました。

夜、河原を散歩していた男子が、鈴虫の音に聞きほれて「恋人にこの音を聞かせてあげよう」と考えました。携帯電話で恋人の電話番号にかけます。

「もしもし、俺だけど。ちょっと待ってて」

そうして男子は、鈴虫の鳴っている近くに受話器をかざしました。

「どう。いい音色だろう。この音を聞かせたくて」

ところが、電話を受けた恋人は、きょとんとしています。

「え、なんの音色。なにも聞こえないんだけど……」

「おい、なに言ってんだよ。このきれいな音だよ」

「こちらこそ、なに言ってんの、よ。なにも聞こえてこないわよ」

「ふぁ……」

どうやらこの男子は、電話で鈴虫の音を相手に聞かせることはできないということを知らなかったようです。

鈴虫の鳴き声は、周波数にして4000ヘルツほど。音は波のかたちで伝わりますが、1秒間に波の山から山まで、あるいは谷から谷までの回数がいくつであるかを示したのがヘルツです。鈴虫の鳴き声は、1秒間に4000回の山から山あるいは谷から谷をくりかえしているのです。

いっぽう人の話す声は、周波数にして男性で500ヘルツ、女性で900ヘルツほど。鈴虫の鳴き声よりもはるかに低い音なのです。

電話というのは、人と人とのあいだで通話を実現させることがなによりの目的になります。その目的に照らしあわせれば、わざわざ鈴虫の鳴き声が聞こえるほどの周波数帯まで確保することはむだなことになります。そこで、電話では3400ヘルツ以上の音は聞こえないようになっているのです。

残念ながらこの男子は、恋人の電話のベルを鳴らしても、鈴虫の音を聞かせることはできなかったわけです。

参考ホームページ
クレイン・ニュース「第14回 若者にしか聞こえない音」
目がテン!ライブラリー「秋 スズムシ 鳴き声の謎」
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「ぜったいに幹事なんかになりたくない」
 ほとんどの人が就きたがらないような役割というのはあるものです。同窓会など、なにかのサークルの幹事というのも、そのひとつでしょう。しかし、組織された以上はだれかがその役割を担わなければならず、そこでまわりから適任と思われる人に白羽の矢が立つことになります。

白羽の矢を立てられたほうの人は、もし理解力のある人であれば「ほかにだれも幹事になる人がいないならしかたない」と幹事になることを受け入れるかもしれません。

しかし、なんらかの理由で「ぜったいに私は幹事なんかになりたくない」と思いつづける人もいます。事務的な作業をするのが苦手な人、サークルの幹事の役割を担うにはあまりにも忙しい人、ボランティアを基本とする活動を拒みつづける人、などです。

そうした人たちは、白羽の矢が自分に立ったことに対して、いかに幹事に就くことを固辞するかが大きな課題になってきます。

ある人は、つぎのような断りかたをしたといいます。

まわりの人「ぜひ、誰々くんに、わが何々サークルの幹事役をひきうけてもらえないだろうか。きみしかいない!」

その人「私が幹事をやることについては、それは結構ですよ。でも、私が幹事になったら、このサークルそのものを解散するようにしますからね」

まわりの人「ええっ! そ、そんな……。ぐぬぬぬぬ」

自分は幹事をどうしてもやりたくない。それでも幹事になることを迫ってくるのだったら、幹事になってそのサークルをなくすようにする。この“荒技”で、その人は幹事への要請を断ったということです。
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