科学技術のアネクドート

韓国での供給を強化、米国セルガード――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(6)

リチウムイオン電池用セパレータをつくるメーカーとして、米国のセルガードが知られています。

セルガードは、米国ノースカロライナ州シャーロットに本社を置く企業。おもにリチウムイオン電池用セパレータを製造しています。親会社は、米国ポリポア・インターナショナル・インクで、分離・ろ過に使う特殊ポリマーベースのフィルタ膜を、北米、欧州、アジアのメーカーに販売しています。日本では、東京に日本法人のポリポアがあり、かつての企業名はセルガードでした。

米国セルガードは1980年代はじめ、リチウムイオン電池市場に参入しました。はじめは、携帯用電源にむけてセパレータを供給していました。その後、ノート型コンピュータ、携帯電話、デジタルカメラなどの家庭用電化製品向けのリチウムイオン電池用セパレータを供給するようになりました。そして、いまでは、電気自動車、電機工具、予備電源、電機グリッド管理システムといった、大型の用途にむけてもセパレータを供給しています。

米国セルガードのセパレータの製品名は「セルガード」。単層のポリプロピレン、おなじく単層のポリエチレン、そして三層のポリプロピレン・ポリエチレン・ポリプロピレンといった材料と層の種類があります。

2008年12月、米国セルガードは、米国先進電池コンソーシアムから、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車むけのリチウムイオン電池用セパレータ技術の開発を目的とする総額230万ドルの契約を受注したと発表しました。高温溶着(HTMI:High-Temperature Melt Integrity)性という性能をもつセパレータの性能特性の実証を18か月にわたり行なうといった内容でした。

セルガードが契約を受けた米国先進電池コンソーシアムは、クライスラー、フォード、ゼネラルモーターズによる共同研究組織である米国自動車研究評議会の一組織で、以前からセルガードに研究事業を発注してきました。

2009年11月、米国セルガードは韓国忠清北道の梧倉科学産業団地にある同社のセパレータ生産施設を拡張する計画をもっていると報じられました。韓国の知識経済部が明らかにしたもの。韓国の知識経済部が明らかにした。投資額は1億ドルとされています。

また、2010年3月にも、米国セルガードは、梧倉の生産施設をさらに拡張することを発表しました。2011年に稼働するもので、3000万ドルが投じられる計画としています。

ほかに、韓国との関係では、2011年11月、近畿道に対して「近畿道-セルガード投資誘致了解覚書」を結んでいます。同年12月から平沢梧城産業団地内にセパレータ生産拠点を建設するもので、敷地面積は7万平方メートル。

米国セルガード社には、この拠点づくりにより、近くにある主要な顧客の韓国SBリモーティブや、韓国LG化学にむけてのセパレータ供給をしやしくするねらいがあります。いっぽうの近畿道には、米国セルガードを誘致することで、セパレータ技術を得たり、雇用を促したりする効果への期待があります。

米国では、2011年1月、シャーロットの自社工場の生産能力を拡大しました。また、
おなじノースカロライナ州のコンコードに生産施設を新たに設ける発表もしました。電気自動車やハイブリッド車市場の拡大に対応するかまえです。つづく。

参考ホームページ
セルガード「会社概要」
参考記事
共同通信PRワイヤー 2008年12月4日付「セルガードがUSABCからバッテリー開発契約を受注」
国際自動車ニュース 2009年11月6日付「米セルガード、リチウム電池材料工場を拡張」
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回転させて移動させて反応させる


ものづくりの現場には、いろいろな装置があります。それぞれの装置には、それぞれの使う目的があります。だからこそ、その現場にその装置があるわけです。

工場などでは、横や縦に置かれた円柱形の太い管をよく見かけます。それは、「ロータリーキルン」かもしれません。

「ロータリーキルン」は「回転炉」ともいわれます。「ロータリー」(Rotary)は「回転するもの」の意味。そして「キルン」(Kiln)は「炉」の意味です。

内側で回転しているロータリーキルンの入口から材料やゴミなどのものを入れます。すると筒の傾斜やバーナーなどにより、すこしずつもう片方の側の出口のほうに移っていきます。出口から出てきたものは、筒のなかでの処理によって、べつの性質のものになっています。

ごく単純な例が、ゴミをロータリーキルンの入口から入れると、出口から出てきたときには灰になっているというもの。炉のなかでゴミが高熱で燃やされたため、灰という燃えかすになって出てくるわけです。

物質と物質を反応させて、化合物をつくるためにロータリーキルンを使うことがあります。

たとえば、無色・無臭の液体であるトリフルオロメタンという物質と、気体になっているヨウ素という物質をロータリーキルンで処理すると、難燃剤や半導体製造材料に使うヨウ化トリフルオロメタンという化合物をつくることができます。

これまでは、ヨウ化トリフルオロメタンをつくるとき、反応を起こさせる器のなかに、トリフルオロ酢酸ナトリウムという物質、ヨウ素、それに反応を促す触媒を用意して、これらを反応させていました。

しかし、この方法だとヨウ素が高温になることによる腐食に絶えられるような材料を反応器に使わなければならず、製造費用が高くついていたのです。

いっぽう、ロータリーキルンを使って、筒のなかで触媒を移動させながらトリフルオロメタンとヨウ素を反応させると、高い温度の熱を生じさせることなく、ヨウ化トリフルオロメタンをつくることができるといいます。

回転する筒のなかで物質を移していくと、その物質は絶えず向きや位置を変えていく。これが物質を効率的に反応させることにつながっていくわけです。

参考ホームページ
タクマ「ロータリーキルン炉」
J-tokkyo「ヨウ化トリフルオロメタンの製造方法およびその装置」
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“ケミストリーの力”で耐熱微多孔フィルムなどを開発、東レ――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(5)



2012年1月に、東燃ゼネラル石油とのリチウムイオン電池用セパレータ製造企業の合弁を解消し、その合弁会社「東レ東燃機能膜合同会社」を100%子会社化、さらに社名を「東レバッテリーセパレータフィルム」に改めたのが東レです。

東レは1926年、東洋レーヨンとして創立しました。レーヨン糸の製造や、ナイロン原料・ナイロン糸の製造などで事業を発展させていきます。近ごろでは有機合成化学、高分子化学、バイオケミストリーを中心に、炭素繊維複合材料事業、水処理事業などに拡大をはかっています。

東レは2011年2月に、2020年までの長期ビジョンを発表しています。全社プロジェクトとして「グリーンイノベーション事業拡大プロジェクト」を掲げ、2020年あたりにグリーンイノベーション事業を1兆円規模まで拡大するとしています。

東レの言う「グリーンイノベーション事業」とは、「地球環境問題や資源・エネルギー問題を解決し、脱石油資源の潮流を捉え、持続可能な低炭素社会の実現に貢献するため、『ケミストリーの力』を駆使してグリーンイノベーション事業をグローバルに展開する」というもの。

東レは、このグリーンイノベーション事業のなかの重点領域として、「電池用部材」をあげています。そこでは、太陽電池や燃料電池の部材のほか、リチウムイオン電池部材をふくめています。

さらに、リチウムイオン電池部材の事業では、バッテリーセパレータ、負極材料、電子を集める材料と電極を結びつけるためのバインダー、電池製造設備、分析解析技術を重点項目にあげています。このうち、バッテリーセパレータでは、「耐熱微多孔フィルム」と「二軸延伸ポリプロピレン微多孔フィルム」を具体的事業にあげています。

実際、東レは、2012年2月、セパレータ材料になる「微多孔アラミドフィルム」というを開発したことを発表しています。東レ独自のアラミドポリマーをもとに、その膜のなかにナノレベルの“相分離構造”をつくり、孔に成長させたといいます。200度の高温でも形の変化がないとしており、電気自動車などに載せる大容量リチウムイオンバッテリーのセパレータを意識しているようです。

また、「二軸延伸ポリプロピレン微多孔フィルム」のほうは、透過性を高くしたり、比重を低くしたりしたポリプロピレンフィルム。連続的に製膜でき、かつ安上がりで製造できる「β晶法」という技術の特許を東レはもっています。つづく。

参考文献
東レ 2012年3月15日発表「東レグループの成長戦略」
参考記事
東レ 2012年2月20日付「高性能『微多孔アラミドフィルム』の開発」
参考ホームページ
ekouhou.net「微多孔ポリプロピレンフィルムおよびその製造方法」
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細胞が動いていって網膜、細胞が動いていって水晶体


「目玉焼き」ということばから、眼と卵をどこか“にたものどうし”で括っている人もいるでしょうか。しかし、もちろん眼と卵はちがうもの。大きなちがいのひとつに、卵(卵黄)は単細胞でできているが、眼のたまは多くの細胞でできているという点があります。

その多くの細胞でできている眼も、もとはといえば卵という単細胞からできたもの。はじめからまん丸の形をしていたわけではありません。では、どのように眼はつくられるのでしょうか。

眼の大切な部分に、網膜と水晶体があります。

網膜は、眼の奥のほうにある膜です。網膜は、眼に入ってくる赤、緑、青の光や明暗を神経細胞を通じて脳へと伝えます。これで人などの動物は「赤い」とか「暗い」といった視覚をもつのです。

いっぽう、水晶体は、瞳のうしろにある、凸レンズ形のすきとおったもの。水晶体は、眼に入ってくる光を、奥の網膜で一点に集中させるべく屈折させます。

眼になっていく部分には、もともと、脳の一部になる間脳の「神経前駆細胞」という細胞と、受精後まもないころにできる「外胚葉」という細胞があります。眼の奥になるほうを、神経前駆細胞が、眼の表面になるほうを外胚葉が覆っています。

その後、間脳の神経前駆細胞のほうが、外胚葉側に向けて「Ω」のように袋のようなかたちをつくります。これは「眼胞(がんほう)」というもの。ところが、すぐにこの袋状の形の袋の先のほうが押し戻されるようにへこんでいき「M」のようなかたちになります。

その後「M」のかたちにとどまらず、さらに「M」の中央のへこんだ部分が大きく膨らんでいきます。へこんだ部分が大きく膨らんで杯のようになることから、こうしてできるかたちを「眼杯」といいます。

この眼杯のかたちがさらに整ってできるのが、網膜なのです。

さて、眼杯がつくられるいっぽうで、「外胚葉」側でもかたちが変わっていきます。さきほどの「M」の形ができる段階では、この「M」のかたちができるのに合わせるかのように、外胚葉の細胞がへこんでいきます。

はじめ、そのへこみ具合は「v」くらいのものでしたが、へこみが大きくなっていき「ひ」のようになります。さらに段階が進むと、「ひ」の袋の首の部分がぎゅーっと狭まっていき、しまいには、ぷつりと分断され、「○」のようなかたちになります。こうしてできるかたちを「水晶体胞」といいます。

この水晶体胞がさらにととのってできるのが、水晶体なのです。

網膜と水晶体のうち、網膜のほうは、水晶体のようなべつの組織がなくても、独立して形づくられていきます。いっぽう、水晶体のほうは、外胚葉が眼胚と接触してからつくられていきます。

細胞たちはだれに「へこめ」とか「ふくらめ」とかいわれるでもありません。そのようなかたちになっていくようにできているのです。

参考ホームページ
理化学研究所「ES細胞から網膜組織をつくる」
帝京大学医学部医療技術学部「水晶体の病態」
| - | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0)
発展させたセパレータ事業を東レ側に委譲、東燃ゼネラル石油――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(4)


リチウムイオン電池のセパレータをつくるメーカーの動向を追っています。前回(第3回)は、東レと東燃ゼネラル石油が合弁してつくられた東レ東燃機能膜合同会社が、東レと東燃ゼネラル石油の合弁解消の末、東レバッテリーセパレータフィルムという東レ100%出資の会社となったことを紹介しました。

今回は、一時期その合弁をしていた東燃ゼネラル石油と東レのセパレータ製造関連の動向を追います。

東燃ゼネラル石油は、石油の精製・供給、燃料販売、石油化学製品の各部門からなる企業です。1939年に設立された東燃と、1947年に設立されたゼネラル石油が2000年に合併して発足しました。

東燃ゼネラル石油は、セパレータ事業を石油化学事業のなかの特殊石油化学品分野に位置づけていました。

東燃は1990年に、栃木県那須塩原市に東燃化学那須を設立。翌1991年にはバッテリーセパレータフィルムが世界で始めて商品化されたリチウムイオン二次電池に採用されました。

東燃ゼネラル石油は2008年10月には、韓国で「東燃機能膜韓国」を設立し、新規生産設備の建設に着手。2009年の第4四半期には第1製造ラインがテスト稼働に入り、また、2010年第1四半期には第2製造ラインもテスト稼働に入りました。

この新しい施設の生産能力は、年間3000万平方メートルのセパレータをつくるという規模でした。その後、東レ東燃機能膜合同会社時代の2011年7月、韓国のこの拠点に新ラインが建設されることが発表されていました。生産能力は年間4000万平方メートル規模とされます。

東レ東燃機能膜合同会社の時代までに設立された、東燃化学那須と東燃機能膜韓国は、2012年の合弁解消のとき、東レが100%出資することになりました。東燃化学那須は、東レ東燃機能膜合同会社へ、そして、いまでは東レバッテリーセパレータフィルムとなり、東レが100%出資する企業になっています。また、東燃機能膜韓国は、東レバッテリーセパレータフィルム韓国となり、東レバッテリーセパレータフィルムが100%出資する企業になっています。

なお、東燃ゼネラルは、2012年前半までエクソンモービルが50%超の主要株主でしたが、2012年1月、出資比率の変更をふくむ新しい提携関係を発表しました。その結果、東燃ゼネラル石油の株式の約78%を一般の株主がもち、約22%をエクソンモービルがもつようになりました。さらに、エクソンモービル有限会社を前身とするEMGマーケティング合同会社が設立され、この合同会社の株式の99%を東燃ゼネラル石油が、1%をエクソンモービルが取得しています。つづく。

参考記事
東燃ゼネラル石油 2012年1月29日付「エクソンモービル有限会社の持分の取得およびエクソンモービルコーポレーションとの新たな提携関係への移行に関するお知らせ」
参考ホームページ
東燃ゼネラルグープ「資本再構成の概要」
東レバッテリーセパレータフィルム「沿革」
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「鯨食の扉を閉ざしてはいけない」

きのう(2013年)1月25日(金)、日本ビジネスプレスのウェブニュース「JBpess」で、「鯨食の扉を閉ざしてはいけない 日本人と捕鯨の過去・未来(後篇)」という記事が配信されました。この記事の取材と執筆をしました。

この記事をふくむ連載「日本食の先端科学」では、日本人が伝統的に関わってきた「食」を毎回テーマにとりあげ、その食をめぐる過去の歴史と現在の科学技術を紹介しています。

鯨を食べることは日本固有の文化です。しかし、戦後は捕鯨国がつぎつぎ反捕鯨国になり、1985年からは国際捕鯨委員会(IWC:International Whaling Commission)の決議で、商業のための捕鯨が一時禁止(モラトリアム)状態となっています。しかも、「一時禁止」の状態が28年もつづいています。

捕鯨を一時禁止した理由にあるのは、人が鯨を乱獲したことにより、種類によって鯨が激減したこととされます。では、一時禁止からふたたび商業捕鯨ができるようになる見通しはあるのでしょうか。その問いを、東京海洋大学教授で、国際捕鯨委員会の科学委員でもある加藤秀弘さんに投げかけました。

加藤さんの答えは「科学的問題は、すでに決着しているのです」というものでした。

国際捕鯨委員会は、「このくらいまでなら捕鯨をしても固体数は減っていかない」という尺度を開発しました。「改訂管理方式」といいます。

さらにこの方式にあてはめるための鯨の生態調査も行なわれ、捕鯨国などからは、商業捕鯨を再開しても問題ない鯨の種類もあるという声があがっています。加藤教授は「持続的に鯨資源を利用する道はかならずあります」と、話しています。

この記事づくりでは、加藤さんとともに、日本での多くの調査捕鯨の実施主体である日本鯨類研究所という財団法人にも、調査捕鯨を実際どう行なっているのかといったことを紹介してもらう計画がありました。

しかし、日本鯨類研究所からは、「現時点で取材に応じることができない」という解答がありました。

2012年12月下旬から、南極近くの南氷洋での調査捕鯨の期間が始まっています。広報からの返事の内容からすると、日本の調査捕鯨に反対する「シーシェパード」に刺激をあたえたくないという意図があったようです。取材を受けて世に広まった記事を、シーシェパードに悪用されてしまうおそれがあるという旨のことも話していました。

取材の依頼を受ける側には、取材に応じるかどうかを選ぶ権利があります。取材に応じなかったということから、相当にシーシェパードの妨害活動に神経過敏になっていることがうかがわれます。

条約で認められている調査を威力で妨害することは犯罪活動なのでつつしまれるべきです。それとはべつに、加藤さんの話からは、捕鯨国と反捕鯨国の隔たりはより強いものになっていることがうかがわれます。むかしのように鯨を食べることを当然とする状態に戻るまでの前途は多難といえます。

JBpressの記事「鯨食の扉を閉ざしてはいけない 日本人と捕鯨の過去・未来(後篇)」はこちらです。
日本における鯨食や捕鯨の歴史を紹介した前篇「無駄なく食べてこそ鯨も浮かばれる」はこちらです。
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書評『日本の鯨食文化』
鯨をテーマとする本のなかでも、2011年6月発売の新しい本です。



日本人は鯨を食べてきた。この食資源としての鯨にとりわけ目を向け、日本人の鯨食文化を紹介するのが本書だ。著者は、元水産庁の職員で、国どうしの捕鯨問題論争の舞台である国際捕鯨委員会での日本代表代理などを歴任した人物。

その人物が書く「日本の鯨食文化」の本であるから、著者の立ち位置は明確だ。日本の鯨食文化を守るべきであり、半捕鯨国が捕鯨に反対するのはおかしいという主張で一貫している。

まず、著者は、ほかの鯨をテーマとする本の著者が書くのと同様、日本人は鯨という資源をありがたく利用したという経緯に触れている。

「日本にとっての捕鯨とは、天が与えてくれる恵みを利用する行為であり、ありがたくいただく行為でもあった。
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日本にとっての捕鯨とは、天が与えてくれる恵みを利用する行為であり、ありがたくいただく行為でもあった。だからこそ、日本人は、「鯨油」の代替エネルギーが見つかったからといって捕鯨をやめることはしないし、自らの身体の構成要素として、また脈々と受け継がれたものとして、クジラを食べつづけることにこ意義を見出せるのである。これが、民族としての伝統でもあり、祈りでもあり、文化でというものだ。
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鯨食は日本で続いてきた食の文化であり、しかも鯨を天の恵みとありがたくいただいてきた。そうした食文化や思想があることが、鯨食継続の担保となるであるとしている。

そして、著者は反捕鯨国のやりかたの批判を展開する。米英などの反捕鯨国に転じた国々は、1982年、国際捕鯨委員会で商業捕鯨の一時禁止(モラトリアム)の決議にこじつけた。捕鯨を禁止した理由は、シロナガスの乱獲などとされている。だが、鯨類には小型も大型もふくめ、さまざまな種類がある。そこでつぎのような主張をする」
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そもそも「イワシ」が激減していることをもって「世界中のイワシが激減しているから、サンマもサケも食べるのをやめよう。理由はおなじ『魚』だからである」と主張する人はいない。にもかかわらず、IWCでは、シロナガスクジラが減ったからすべてのクジラを漁獲禁止にしようとの決定がなされた。
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これには、「なるほど」と思う読者もいることだろう。

ただし、なかには、鯨食を守ろうとする正義感のあまりからか、度を過ぎているととらえられる表現も見られる。著者は「まかりまちがっても、クジラはわざわざ食べる必要がないなどと、自分の誤った、または偏った意見を押しつけたりしないことだ」と述べる。論争に走りがちな捕鯨をめぐる議論があるなかで、本のなかでも冷静な記述は求められてもよい。

いま、日本では、調査捕鯨で捕ったわずかな鯨の肉や、国際捕鯨委員会の商業捕鯨停止の対象に含まれていない小型の鯨の肉などが市場に出回っているにすぎない。そのため、鯨肉は高級料理と化している。

「クジラを持続的にもっと捕獲し、供給量を多くし、値段を下げるから鯨食は守られる。高級路線ではなく大衆路線を志し、広く一般大衆にアピールしていくから鯨食文化は守られるのである」というのが著者の主張だ。

この持論も、反捕鯨をよびかける人にしてみれば、“お門ちがい“な主張にうつるかもしれない。1頭の鯨を捕ることも認めないのに、「もっと捕獲し、供給量を多くし」となれば、反捕鯨の人びとは「常軌を逸した主張だ」と思うだろう。

対立の根は深い。捕鯨を推進する国の代表的な人物が述べる主張から、そういう感想をもつひとも多いことだろう。

『日本の鯨食文化』はこちらでどうぞ。
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書評『捕鯨I』『捕鯨II』
捕鯨史研究や小説の執筆活動をする書き手。法政大学出版局の「ものと人間の文化史」シリーズのなかでは、“読ませるノンフィクション”の体となっています。

『捕鯨I』 『捕鯨II』山下渉登 法政大学出版局 2004年 292ページ・300ページ
 

IとIIの上下巻あわせて、およそ600ページにもなる、捕鯨の多くを紹介した大著だ。

本書は、日本の捕鯨の歴史やしくみを紹介するにとどまらず、外国の捕鯨の歴史についてもたんねんに追っている。そのため、外国と日本の捕鯨のありかた、さらには自然への見かたまでをくらべることができる。

著者は、西洋と日本の捕鯨のちがいを、つぎのように述べる。

「近代ヨーロッパの捕鯨業が、本国を遠くはなれ、鯨の生息海域まで出かけていって、経済効率のよい鯨油と鯨ヒゲだけを採取したのとはちがって、日本の捕鯨業は、一つの浦を基地にして、そこに回游してくる鯨を待ちかまえて捕り、捨てるところがないほどに鯨のすべてを利用した」

外国でおこなわれていた捕鯨は、鯨油とよばれるエネルギー源を得るためだけの合理的・効率的な資源獲得の営みだったということができそうだ。

日本でも、捕鯨の目的に鯨油を得るためということは含まれていた。しかし、原点は食。鯨肉を得るために鯨を捕る。そして、鯨に感謝の念を捧げつつ鯨肉を食べていたのだ。

鯨に一撃を加えるとき、漁師たちは「南無阿弥陀仏」と唱えていた。鯨の墓や碑までもたてて鯨をまつった。魚を寄せてくれる「えびす様」にも見立てていた地方もある。こうした鯨に対する風習は、けっして西洋にはなかったと著者は述べる。

そんな日本でも、捕鯨の歴史は移りかわっていく。

江戸時代、鯨を捕っていたのは「鯨組」という組織だ。大きな相手と対するには、いわば組織力が必要。鯨が沖にいないかを陸から見はる者、見つけたら船で鯨を追う者、鯨をしとめるもの、しとめたくじらを浦まで運ぶものなど、さまざまな役割がいる。著者は鯨組の営みを当時も居あわせていたかのようにいきいきと描く。

「鯨一頭、七浦潤す」といわれていた鯨組の捕鯨業が、その後、衰退を迎えていく。著者は、不漁がつづいたことのほか、捕鯨のほかにも儲けのたねが多くなっていったことをその要因にあげる。いつしか「鯨一頭、七浦滅ぼす」といわれるようになったそうだ。

明治時代には、ノルウェイ発の近代捕鯨の方法を日本の企業家がとりいれ、一気に捕鯨の現代化が進んでいく。その後の捕鯨史は、乱獲、捕鯨反対国の台頭、捕鯨禁止へと進みいまにいたる。

多くの国は捕鯨国から半捕鯨国へと立場をかえた。日本は捕鯨国の立場をかえていない。いまの捕鯨をめぐる対立を見つめなおすうえで、いままでの歴史や経緯を把握することは欠かせない。本書は、その「歴史からいまを見る」という作業にぴたりと合う手段だといえる。

『捕鯨I』『捕鯨II』は、それぞれこちらでどうぞ。
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合弁解消で東レが子会社化、東レバッテリーセパレータフィルム――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(3)



リチウムイオン電池のセパレータをつくるメーカーに、東レバッテリーセパレータフィルムがあります。この企業は、2012年の途中まで「東レ東燃機能膜合同会社」という特徴的な社名をもっていました。つぎのような経緯があります。

2010年2月、大手化学企業の東レと東燃ゼネラル石油が合弁をして、東レ東燃機能膜合同会社を立ち上げました。しかし、およそ2年後の2012年1月、東レがこの合同会社の株式を100%もち、完全な東レの子会社としました。これで、東レと東燃ゼネラルの合弁は解消となり、商号も東レバッテリーセパレータフィルムとなりました。

まず、2010年に合同会社が立ちあがった理由は、東燃ゼネラル石油やその親会社エクソンモービルが擁するバッテリーセパレーターフィルム事業の技術と、東レのプラスチックフィルム精密加工技術やポリマー技術を融合することで、技術開発を早めるという両者の思惑が一致したためとされています。

また、東燃ゼネラル石油は個人が扱う電子関連機器の市場向けのセパレータを中心に事業を展開してきましたが、東レのフィルム生産・開発技術や世界展開体制を活かすことで相乗効果を発揮し、電気自動車やハイブリッド車向けのリチウムイオン電池市場で展開するねらいもありました。東レと東燃ゼネラル石油の持株比率は50%ずつでした。

つぎに、2012年1月の合弁解消について、東レは「激しく変化する市場環境の中で、同社が競争に勝ち抜いていくためには、より一層迅速な事業運営を行うことが必要であり、両社で協議の結果、東レが100%保有する子会社として運営していくことで、同社の更なる事業価値向上に努めていくことが得策であるという結論に至りました」と発表しました。

いっぽうの東燃ゼネラル石油は、「当社はこれまで、バッテリーセパレーターフィルム事業に携わる企業として、より小型で、より安価で、より安全なリチウムイオンバッテリーを世に送り出すことに一定の貢献ができたと自負しています。しかしながら、同事業の今後の成長のためには、他にも広くフィルム事業を手掛ける東レを単独の事業主とした、より簡素化され効率的な意思決定が望ましいとの認識に至りました」と発表しています。

合弁解消による、東燃ゼネラル石油への株式の払いもどし分は、536億円とされています。

東レ東燃機能膜合同会社とよばれていた企業は、いまは東レのもの。しかし、東レ東燃機能膜合同会社だったときの構成要素には、東燃ゼネラル石油がもともと出資していた生産拠点が多くあります。そこで、次回と次々回では、東燃ゼネラル石油、東レの順に、この二つの企業のリチウムイオン電池用セパレータ関連事業の経緯をたどっていきます。つづく。

参考記事
東レ 2010年1月29日付「東レ東燃機能膜合同会社設立のお知らせ」
東レ 2012年1月20日付「東レ東燃機能膜合同会社の子会社化に関するお知らせ」
東燃ゼネラル石油 2012年1月20日付「当社グループの合弁事業に関するお知らせ」
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発生の初期で「背に腹はかえられない」


「背に腹はかえられない」といいます。背中を守るために、五臓六腑がおさまっている大切なお腹をさしだすことはできないということから、「さしせまったことが起きて、ほかのことを試してみるゆとりがない」といった意味で使われます。

生物学的にみて、背中とお腹をかえることはできるのでしょうか。この問題には、動物の「胚」の段階で現れるいろいろな物質を見ていく必要がありそうです。

胚とは、動物で、卵子が受精してからすぐの段階の細胞のかたまりこと。その後、胚から細胞がどんどん増えていき、体のいろいろな部分のもとになっていきます。

このとき細胞を増やすのは、ホルモンなどのたんぱく質です。そして、背中とお腹を決める役割を果たすたんぱく質があることもわかっています。

お腹になる側を決める鍵を握るたんぱく質は、「骨形成たんぱく質」(BMP:Bone Morphogenetic Protein)といいます。発生学の研究者たちは、カエルを実験などによって、お腹になっていく側では骨形成たんぱく質が現れ、これがお腹になる側をつくることをつきとめています。

いっぽう、背中になっていく側では骨形成たんぱく質のはたらきをさまたげる物質が現れて、お腹をつくらせないことがわかっています。

背中になっていく側には、まず、アクチビンやノーダルとよばれるホルモンたんぱく質が現れます。そして、このアクチビンやノーダルは、さらにノギン、コーディン、フォリスタチンという、べつのたんぱく質を活性化させます。

そして、ノギン、コーディン、フォリスタチンが、骨形成たんぱく質に対してじか結びついて、骨形成たんぱく質がそこをお腹にしようとするのをやめさせます。

こうして、お腹になっていく側は骨形成たんぱく質が、背中になっていく側はアクチビンやノーダル、さらにノギン、コーディン、フォリスタチンといったたんぱく質がそれぞれはたらいて、将来のお腹と背中が決まるわけです。

この段階までくれば、もう「背に腹はかえられない」ことになります。

参考記事
マイナビニュース 2012年8月27日付「京大、動物胚の背側と腹側を区別して作る機構を解明」
参考ホームページ
故事ことわざ事典「背に腹はかえられぬ」
啓林館「形成体と誘導」
池松明希「動物の形作り戦略 背と腹はどのようにして決まるのか?」
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シェア最上位で韓国や中国にも勢力拡大、旭化成イーマテリアルズ――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(2)



リチウムイオン電池に使われるセパレータを開発・製造する企業の動向を追っていきます。はじめにとりあげるのは、リチウムイオン電池向けセパレータの世界シェア最上位とされる、旭化成イーマテリアルズです。

旭化成イーマテリアルズは、二次電池セパレータ、フォトマスク防塵保護膜、プラスチック光ファイバ、ディスプレイ材料などの製品をつくる企業です。

旭化成から100%の出資を受けている企業で、1966年に旭化成と外資系でバーゼル化学産業ともいわれたチバが合わさって、エポキシ樹脂製造業の旭チバを設立したことが、この会社としての歴史のはじまりとなっています。

その後、2000年に旭チバの株式を旭化成が100%取得し、社名は旭化成エポキシになりました。さらに2009年、旭化成グループのエレクトロケミカル事業の集約により、旭化成イーマテリアルズが発足しました。

リチウムイオン電池用セパレータの事業を、電池材料事業部が手がけています。セパレータには「ハイポア」という製品名をつけていて、1990年に事業化をしました。ハイポアはポリオレフィン製の平膜で、厚さは数マイクロメートルから数百マイクロメートル。また、0.05マイクロメートルから0.5マイクロメートルの大きさの孔がいくつも空いています。

旭化成イーマテリアルズのセパレータ生産拠点としては、日本国内では滋賀県守山市のハイポア工場と、宮崎県日向市のハイポア日向工場があります。はじめは年間の生産能力が1億5000万平方メートル規模の守山工場のみで生産していました。

その後、2010年2月に、まず60億円を投じて日向工場を完成させています。この氷河工場のラインは、年間の生産能力が2000万平方メートルで、2か月後の4月から稼働しています。

その後も日向工場のラインを増強し、2011年4月から年間生産能力2000万平方メートル規模の第2系列が、また2011年6月から年間生産能力1500万平方メートルの第3系列が稼働しました。さらに、2013年春には、60億円を投じて年間生産能力2000万平方キロメートル規模の第4系列の商業運転を始めると発表しています。

旭化成イーマテリアルズは、海外にも関連拠点を進出してもいます。

まず2011年、8億円強を投じて、韓国にリチウムイオン電池用セパレータの加工工場を設けています。日本から加工工程の途中にある“半製品”を韓国の加工工場に送り、韓国の加工工場でひきつづき加工や検査をすることで、安定供給や短納期対応をはかったもの。

さらに、2012年9月、旭化成イーマテリアルズは、中国の江蘇省蘇州市でセパレータの加工工場を竣工し、稼働を始めたことを発表しました。会社の名は「旭化成電子材料(蘇州)有限公司」といいます。韓国の加工工場とおなじく、中国市場のリチウムイオン電池市場の伸びに対応するため、加工工場を設けました。

旭化成グループは2011年5月に、2015年度までの中期経営計画を発表しています。このなかで、「グローバルリーディング事業の展開」と「新しい社会価値の創出」における成長を追求するという柱を掲げました。グローバルリーディング事業のひとつとして「ハイポア」をあげています。

翌2011年5月の、中期経営計画進捗報告資料でも、新しい社会価値の創出の具体例のひとつとして「ハイポア」をあげ、「能力拡大を継続し、リーディングポジション維持」を掲げています。つづく。

参考記事
メタルリサーチビューロ 2010年12月4日付「旭化成、韓国にLIBセパレーターの新工場を建設」
旭化成イーマテリアルズ 2011年3月22日発表「『ハイポア』の設備能力増強について」
旭化成イーマテリアルズ 2012年9月6日発表「『ハイポア』の中国加工工場の竣工・稼働開始について」

参考資料
旭化成2011年5月17日発表「新中期経営計画(2011-2015)“For Tomorrow 2015”」
旭化成 2012年5月21日発表「中期経営計画(2011-2015) “For Tomorrow 2015”の進捗」
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怒りは“起きるもの”でなく“起こすもの”


自分の思いえがいていたとおりにならなかったり、自分では納得できないことを相手から言われたりすると、多くの人は怒ったりいらついたりします。

相手がいる場では、怒りを相手に示すことで、相手に自分の感情が伝わることになるため、その場では気がすこし収まるかもしれません。しかし、自分が怒れば相手も怒りやすくなるもの。さらに、まわりにいる第三者にもぴりぴりした雰囲気は伝わるもの。

自分にとっても相手にとっても周囲にとっても、怒ることは負の要素になることのほうが多いにちがいありません。

自分の怒りやいらつきと、自分が上手につきあうことができたら。そういう発想から、1970年代に米国で「アンガーマネジメント」(怒りの管理)という心理教育の方法が生まれました。

コーチング企業「コーチ・エィ」社長の鈴木義幸さんは、「不毛な怒りの静め方」というコラム記事のなかで、怒りは「起きるもの」ではなく「起こすもの」だと言っています。

よく、怒りの感情の琴線に触れることを「導火線に火を付ける」などといいます。それぞれの人が、怒りの感情につながる「配線」のようなものをもっているわけです。

では、その「配線」はその人にもって生まれたものかというと、そうではないと鈴木さんは言います。「強調したいのは、その配線は生まれつきのものではなく、まさに自分で構築してきたものだということです」。

つい怒ってしまったときに、その原因を冷静に分析することはむずかしくても、怒ってしまったあと反省することはできます。「なぜ、自分を怒らせてしまったのか、と」。

怒りは自分のなかで起きるのでなく、自分が起こすもの。そのように考えるだけで、自分の怒りに対して自分がコントロールすることができると思えるようになりそうです。

参考記事
鈴木義幸「不毛な怒りの静め方」
参考ホームページ
日本アンガーマネジメント協会「アンガーマネジメントとは」
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正極材と負極材を分離する――リチウムイオン電池セパレータのメーカー動向(1)
このブログでは、いま市場規模を拡大しているリチウムイオン二次電池の、正極材、負極材、電解液・電解質という主要材料について、これらをつくるメーカーの動向を複数回にわたり追ってきました。それぞれ「リチウムイオン電池正極材のメーカー動向」 「リチウムイオン電池負極材のメーカー動向」 「リチウムイオン電池用電解液・電解質のメーカー動向」という記事です。

リチウムイオン電池の主要材料は4種類といわれます。残る材料が「セパレータ」です。

「セパレート」(separate)とは「分離する」という意味のことば。この語尾が「-or」になったのが「セパレータ」(separator)で「分離するもの」という意味になります。

リチウムイオン電池のセパレータが分離するものは、正極材と負極材です。正極材と負極材のあいだをリチウムイオンが行き来することで、充電と放電をくりかえすことができます。しkし、正極材と負極材が分離されず接していると、短絡(ショート)という現象を起こして、加熱したり発火したりすることにつながります。セパレータは、正極と負極を分離させて、短絡を防ぐのです。

しかし、正極材と負極材のあいだでリチウムイオンを行き来させなければ、充放電はできません。セパレータがリチウムイオンの行き来の妨げにならないのでしょうか。

リチウムイオン電池のセパレータには、リチウムイオンが通るぐらいの小さな孔がいくつも空いています。孔の径は1マイクロメートル(1000分の1ミリ)以下。この孔を通ってリチウムイオンは正極材と負極材のあいだを行き来するのです。

さらに、電池が高温になったとき、電流を遮断させる役割ももっています。セパレータの孔は高温になると溶けて閉じます。これで、電流を通さないようにするわけです。このしくみは「シャットダウン特性」とよばれています。

二次電池のなかでも、ニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池といった電池のセパレータには、不織布(ふしょくふ)という、繊維を織らないで絡み合わせた布が使われます。

いっぽう、リチウムイオン電池のセパレーターには、ポリオレフィンとよばれる化合物でできた膜が使われます。ポリオレフィンというと耳慣れませんが、その種類であるポリプロピレンやポリエチレンはよく知られています。これらの材料がリチウムイオン電池のセパレータに使われます。膜の厚さは25マイクロメートルほど。


ポリプロピレン(左)とポリエチレン(右)の化学式

電気自動車やハイブリッド車に載せるリチウムイオン電池では、とくに高い温度のなかでも機能するようなセパレータが求められています。どのようなメーカーがセパレータをつくっているのでしょうか。次回から、リチウムイオン電池用セパレータメーカーの動向を追っていきます。つづく。

参考文献
田中政尚「電池セパレータ材の開発状況」『NONWOVENS REVIEW』第15巻2号
参考記事
MONOist 2011年12月20日付「リチウムイオン二次電池、2015年には約4割が自動車向けに」
参考ホームページ
特許庁「二次電池」
| - | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0)
不眠でも、緊張でも、試験を乗り切る


あす(2013年)1月19日(土)と20日(日)、大学入試センター試験が全国で行なわれます。多くの受験生にとって、センター試験が大学入試の第一関門となります。

試験本番の前夜、緊張してなかなか眠れないという人もいることでしょう。夜型の受験勉強をしてきた人も寝つけないかもしれません。

睡眠不足で試験にのぞむとなると、それだけで「まずい」という気もちになるかもしれません。でも、たとえ試験の前夜に眠れないとしても、心配しすぎることはありません。人は1日や2日であれば、眠らないでも昼間を乗りきれるようにできています。

眠れないとき、単語帳を見たり、教科書を読みかえしたりすることが、リラックスにつながる人はべつとして、体を横に寝かせて目を閉じているだけでも、翌朝すこしすっきりするものです。

眠りのおもな目的は、脳を休ませることといわれます。たとえ眠れないとしても、脳にあまり負担をかけず時を過ごすことができれば、眠りに近いことを得られたことになるわけです。

もうひとつ、朝、家を出てから、試験の本番までにすることが自分のなかですでに決まっている人はそれをすればよいでしょう。いっぽう、とくに決まっていないという人は、試験直前に5分間だけ時間をつくって、顔を笑せながら試験の過去問を眺めるのも本番に向けて効果的かもしれません。

本番に力を発揮できる人とは、その本番を緊張しながらも楽しめるような人です。緊張のほうは試験本番ですから起きて当然といえます。いっぽう、楽しむというほうは、自分でその状態をある程度つくりあげることができます。

「人は楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる」という説があります。米国の心理学者ウィリアムズ・ジェームズと、デンマークの心理学者カール・ランゲが唱えた理論で、多くの脳科学者や心理学者が認めているところです。

試験本番にとりくんでいるという状況を「楽しい!」という心もちにするために、無理やりにでも笑顔をつくって、本番の試験とおなじような過去問などを眺めるのです。バスのなか、電車のなか、会場の自分の席、試験の日ぐらいは、まわりの視線を気にする必要はありません。

そして、緊張や心配に襲われても、けっして笑顔を真顔に戻してはいけません。5分間つづければ、試験にのぞむのが楽しいという心もちに近づけることでしょう。

センター試験の点数が高かったか低かったかは、ゆくゆく人生をふりかえってみたとき、小さなことだったと思うかもしれませんし、その逆かもしれません。でも、どうせ臨むのであれば、自分のなかでの最善を尽くせたほうが、そのときの自分にとってはよいことにちがいありません。
| - | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0)
栄養をつくってもらうため場所を選ぶ


沖縄の海岸や、オーストラリアのグレーとバリアリーフといった、きれいな海に似合うのがサンゴ礁です。透き通った海の底に、まるで岩のようにサンゴ礁が群れをなしています。

ところで東京湾や、大阪湾などの、都市の近くの海にはサンゴ礁は見当たりません。海の水が濁っているので海底を見ることができませんが、もし東京湾や大阪湾の海で潜ったとしても、サンゴ礁を見ることはないでしょう。

サンゴには、とても小さな生きものとの共生関係があります。共生とは、異なる生きものどうしが結びつきをもってひとつのところで生活すること。サンゴの体内には、渦鞭毛藻(うずべんもうそう)という単細胞の藻類がすんでいます。

藻類は、水のなかで緑色のもとになる葉緑素をもちながら暮らす生きもの。渦鞭毛藻は、鞭毛とよばれる糸状の細い管を2本もっています。この2本の鞭毛により、水のなかで動いたり止まったりすることができます。

サンゴにとってこの渦鞭毛藻が大切なのは、葉緑素で光合成をするということ。渦鞭毛藻は、太陽の光と海のなかのわずかな二酸化炭素をとりこんで、それを炭水化物や酸素にかえるのです。

この渦鞭毛藻がサンゴの体のなかにいるということは、サンゴにとっては、栄養をつくりだしてくれる小さな生き物をからだのなかに備えつけているようなものです。渦鞭毛藻が光合成でつくりだす栄養をサンゴはもらっているのです。搾取しているといってもよいのかもしれませんが。

いっぽう、渦鞭毛藻にとっても、サンゴと共生することには利点があります。サンゴのからだに守られていれば食べられるおそれがすくなくなります。また、サンゴが生きるなかでつくられる代謝物を栄養分として受けとることもできます。

ともあれ、サンゴからしてみれば、渦鞭毛藻にからだのなかにいてもらうことが大切になるわけです。この渦鞭毛藻は、光合成を営むため、光がよく届くところが住環境としてよいということになります。

東京湾や大阪湾の透き通っていない海では、海中の渦鞭毛藻まで光がなかなか届きません。でも、沖縄やグレートバリアリーフの海はきれいなので光が届きます。

光合成をする渦鞭毛藻を共生させるには、光が届くところにいることが大切。そのため、サンゴは透きとおった海の底で暮らす必要があるわけです。

参考文献
浦瀬太郎「生態学(10)」
山下洋、小池一彦「サンゴ内外から探る『サンゴ-褐虫藻共生系』解明の手掛かり」
| - | 21:58 | comments(0) | trackbacks(0)
「60秒」でDとCを上げQを落とす


ハンバーガーチェーンのマクドナルドで、(2013年)1月31日(木)まで、11時から14時にかけて「エンジョイ! 60秒サービス」という店頭サービスが行なわれています。

これは、会計終了から商品提供までの時間を砂時計ではかり、商品提供までに60秒を超えたらビッグマックなどのハンバーガー無料券をわたすというもの。客側からすると、期せずしてハンバーガー券を受けとる可能性が生まれたわけです。

ところが、このサービスをめぐっては、客側からも「やはり無理があった」「スマイルが消える」などと不評の声が上がっています。どういうことでしょう。

ものづくりの世界には「QCD」とよばれる考えかたがあります。

Qは「品質」を示す“Quality”。Cは「費用」を示す“Cost”。そしてDは「納期」を示す“Delivery”のこと。ものづくりの現場では、品質、費用、納期のみっつの要素が大切とされています。そこから「QCD」ということばが使われるようになりました。

マクドナルドが行なっている「エンジョイ! 60秒サービス」を「QCD」に当てはめてみると、どうなるでしょう。

「エンジョイ! 60秒サービス」で、日本マクドナルドは、Dの「納期」の向上を目指したといわれています。マクドナルドが説明しているわけではありませんが、店員が60秒以内の商品提供を心がけるため、結果として客の待ち時間が減り、多くの商品を売りさばけるようになるという話です。

つぎに、Cの「費用」はどうでしょう。

多くの商品を売りさばけるようになれば、商品あたりの店員の人件費も安くなります。会社側は、商品提供までの時間を60秒で設定すれば、それほど時間を超えることもなく、大きな出費にはつながらないだろうと考えたのでしょう。つまり、Cの「費用」の面も向上を目指すことができるわけです。

Dの「納期」と、Cの「費用」が高まりそうです。しかし、その高まりを台無しにしてしまうおそれをはらんでいるのが、Qつまり「品質」の要素です。

このサービスが始まって以来、複数の利用客から商品の質の低下が指摘されています。店員が60秒以内に商品を提供することに躍起になるからか、「出てくるハンバーガーぐちゃぐちゃ」などという声が客から上がっているのです。

ハンバーガー店での「品質」とは、美味しさ、見た目のよさ、食べやすさ、それに居心地のよさなど、いろいろあります。仮に店員が60秒以内に商品を提供するのに精一杯で、ハンバーガーがぐちゃぐちゃな状態となれば、美味しさ、見た目のよさ、食べやすさといった味の面はすべて減ってしまうでしょう。また、焦りながら注文品を用意している店員を見れば、居心地のよさも減ってしまうでしょう。

日本マクドナルドは、たとえDの「納期」を短くしても、Qの「品質」は落とさないということを「エンジョイ! 60秒サービス」の宣伝動画などで客に訴えています。実際、すべての客に出すハンバーガーが、ぐちゃぐちゃになっているというわけでもないでしょう。

それでも、このサービスは問題をはらんでいます。客に「これは品質が落ちるだろうな」とか「店員になにをさせようとしているのだ」とか「エンジョイできそうもない」などと悟られている時点で、すでにQの「品質」を落としたも同然といえるのではないでしょうか。

「エンジョイ! 60秒サービス」は、打ち切りにならなければ、1月31日(木)までつづきます。日本マクドナルドの「エンジョイ! 60秒サービス」のお知らせはこちらです。
| - | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)
知識より想像力重視の問題を出す


科学の世界にも「オリンピック」があることは、一部の教育関係者や生徒のあいだで知られています。「オリンピック」に学問名を冠して「生物学オリンピック」や「物理学オリンピック」のようによんでいます。これらの各オリンピックが毎年、開催国の政府や学会などが主催となるかたちで開かれています。

科学のオリンピックに出場できる選手は、20歳未満で大学に入学するまえの人びと。高校生などです。国際大会の前には、代表選抜試験を兼ねた「日本オリンピック」が開かれます。

実際、選手たちはどのような問題に挑んでいるのでしょうか。「日本生物学オリンピック2011」で出された「第1問」を見てみますと……。
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第1問
 代謝酵素に関する以下の問に答えよ。

 光合成の炭酸固定回路カルビン回路のCO2を固定するリブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ・オキシゲナーゼ(通称ルビスコ)はO2も固定する活性をもつこと、反応速度が遅いという変わった特性をもつことはよく知られている。 その性質の関連した現象について、考えてみよう。
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専門用語への知識はある程度もっていなければなりませんが、それでも文章から理解することはできます。

たとえば「カルビン回路」とは「光合成の炭酸固定回路」であることや、「ルビスコ」ともよばれる「リブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ・オキシゲナーゼ」は、CO2とともにO2を固定することなどが情報としてあたえられています。

そのような予備知識を踏まえて、選手は「問1」へと進みます。
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問1
 ルビスコが気体のCO2を基質とすることが、CO2とよく似たO2も反応する理由である。そのためO2濃度がCO2の500倍も高い現在の地球大気では、通常の陸上植物では光合成能力の約半分はO2と反応することで失われている。大気中のO2がすべて生物由来であることを考慮して、なぜこのような非効率的な酵素を光合成生物が利用することになったのか、理由を推測して述べよ。
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この「問1」で、ルビスコは、二酸化炭素(CO2)だけでなく酸素(O2)とも反応するといっています。そして、植物が光合成をするとき、じつは光合成の能力の半分を、O2(酸素)との反応で失ってしまっている、とも。なんで、そんな無駄にも思えるしくみを、植物はもっているのかと問いているわけです。

なお、ここでいう「基質」とは、酵素により反応を生じさせられる物質のことで、ここでは酵素であるルビスコに対して、二酸化炭素が炭素に固定されるので、ルビスコの基質は二酸化炭素ということになります。

この「問1」の答はどのようなものでしょうか。解答例を見ますとつぎのようになっています。

「光合成生物が初期の地球で出現したとき、原始大気にO2はほとんど存在せず、かわりに大 量のCO2が含まれていたと考えられる。そのためルビスコはCO2を基質とし、O2とも反応することは問題ではなかったと考えられる。」

光合成が行われだしてまだ間もないころの地球の姿を想いめぐらせてみます。酸素が二酸化炭素の500倍もあるようないまの地球とはかけはなれた、二酸化炭素だらけの地球がそこにはあったのです。そのため、光合成をおこなう生物は、酸素のことなど気にすることはなかったわけです。

じつは、この「問1」には、解答の大いなる手がかりが書かれています。「大気中のO2がすべて生物由来であることを考慮して」という部分です。これは、生物がすべて酸素を生みだしたということ。つまり、生物が酸素を生みだすよりまえに酸素は地球になかったことをほのめかしています。

「第1問」には、もうひとつ「問」があります。
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問2
 一般に、一連の代謝反応が細胞内で進行しているとき、その中間代謝物(下図では物質B と C)は一定に保たれている(動的平衡)。光合成のカルビン回路は、CO2を大量に固定する代謝経路であり、明所では上記の動的平衡が保たれている。ところが、不活性気体であるCO2を基質とするルビスコは、カルビン回路の他の酵素とくらべて極端に反応速度が遅い酵素である。このルビスコを使ってカルビン回路全体をスムーズに動かすために、植物がとりうる解決法はどのようなものか、推測して述べよ。

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この「問2」がいっていることは、「ルビスコのはたらきが鈍いため、まわりのペースに付いていけないはずだが、どうそれを補っているのか」というもの。

この「問2」の答はどのようなものでしょうか。解答例を見ますとつぎのようになっています。
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各段階の反応速度を一定にするため、速度の遅いルビスコは他の酵素よりも極端に多く蓄積 するという解決法が考えられる。
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人の組織などでも、ほかの人よりも作業が遅い工程の部分をどう補うか考えることがあります。その遅い工程にたくさんの作業者を配置しておけば、ほかの工程とおなじ作業の早さを保つことができそうです。

実際、ルビスコは、植物の緑の葉にふくまれるたんぱく質の50%をも占めています。そのためルビスコは、地球でもっとも多いたんぱく質とされています。

代謝酵素に関するこの問いからは、あらかじめ生物学の知識を得ておくことよりも、設問であたえられた情報を受けてどのように想像をふくらませて解答を創っていくかという点に重きが置かれていることがうかがえます。

日本生物学オリンピックの公式ホームページはこちらです。
下記には、過去の大会の問題が出ています。

参考文献
「日本生物学オリンピック2011 代表選抜試験(2012.3.20)問題 出題意図・解説」
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「風がわりな足」が実験で重宝がられる


生物学の研究者は、研究を進めるうえで動物を使った実験をします。人そのものを実験対象にするには危険なため、かわりに動物を使うわけです。

実験で使う動物が扱いやすいものであればあるほど、研究を進めるうえで都合よいことになります。そこで、研究者たちは、昆虫、哺乳類、両生類、鳥類などから、だれもが研究で使う「モデル動物」という動物をで自分も研究をします。もっとも有名なモデル動物は、「マウス」や「ラット」でしょう。

「アフリカツメガエル」というモデル動物もいます。人やマウスとおなじく、からだを支える“背骨”をもった脊椎動物としてのモデルです。

原産地は南アフリカで、1803年に発見されました。学名を「Xenopus laevis」(ゼノパス・ラエビス)といいます。「ゼノパス」は「風がわりな足」という意味、「ラエビス」は「表面のなめらかな」という意味のラテン語です。

なぜ、アフリカツメガエルはモデル動物として研究者たちに重宝がられているのでしょう。

まずひとつに、いつでも卵を生んでくれるということがあります。日本人になじみ深いアマガエルやヒキガエルなどは、繁殖期を選んで卵を生みます。いっぽう、アフリカツメガエルは必要なホルモン処理を行えば、いつでも卵を生んでくれます。研究者は、研究の季節を心配することなく、アフリカツメガエルの発生の実験にとりくむことができます。

生まれてからの成長が速いということも、モデル動物の大切な条件です。アフリカツメガエルは、受精から45分で卵が二つに割れはじめ、その後も1時間に1回の頻度で細胞分裂が起きていきます。このように発生初期での細胞分裂が速いため、発生学の実験でのモデル動物に向いていることになります。なお、オタマジャクシになるまでには2日、カエルになるまでには1年といいます。

実験対象として扱いやすいのも魅力です。アフリカツメガエルの卵の大きさは1ミリほど。これは、カエルのなかではまずまずの大きな寸法です。

餌やりでも、アフリカツメガエルは研究者たちの手間をかけません。多くのカエルは葉に止まっているハエなどの生きた小動物を餌にしています。しかし、アフリカツメガエルは、オタマジャクシのときには植物性のものを、またカエルになってからは、魚の餌などの人工固形飼料を食べてくれます。なので、餌やりの手間も費用もあまりかかりません。

このように便利なアフリカツメガエル。2012年にノーベル生理学医学賞を山中伸弥さんとともに受賞した英国ケンブリッジ大学教授のジョン・ガードンが、1956年に大学の卒業研究の実験で使ったのもアフリカツメガエルでした。すでに、ヒョウガエルというべつのカエルではクローンのオタマジャクシがつくられていました。指導者から「ほかのカエルで確かめて」と言われて、アフリカツメガエルを使ったそうです。おなじくクローンをつくることができました。

ノーベル賞には、「顕著な功績を残した人物に贈られる」ものであるため、アフリカツメガエルには贈られることはありません。アフリカツメガエルも、賞をあたえられたところでうれしくはないでしょう。でも、たまには生きている虫などの餌があたえてやると、好んで食べるかもしれません。

参考記事
朝日新聞 2012年12月6日付「『初期化』生命の常識変えた 山中教授、10日に授賞式」
参考ホームページ
北海道大学大学院理学研究科生物化学専攻系統進化学講座III「アフリカツメガエルとは?」
基礎生物学研究所「研究所の生き物たち アフリカツメガエル」
理化学研究所「モデル動物」
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(2013年)1月20日(日)は「ミドルメディア・キックオフシンポジウム 生活のことばで科学と社会をつなぐ」


催しもののおしらせです。

(2013年)1月20日(日)に、東京・大塚の筑波大学文京キャンパスで、「ミドルメディア・キックオフシンポジウム 生活のことばで科学と社会をつなぐ」というシンポジウムが行われます。主催はミドルメディア実行委員会ほか。

開催趣旨によると、「ミドルメディア」とは、「『生活のことば』で科学と社会をつなぐ大切さを実感した市民による、新しいコミュニケーションの手法」。

「ミドル」とは、「中間」を意味することばです。では、なにとなにの「中間」なのか。一般的には、新聞や放送などのマス媒体と、インターネット掲示板や個人ブログといった個人媒体の中間にあたるメディアとされます。

大手の新聞社などでは対処することのできないような領域を、小さくきめ細かいコミュニケーションで埋めていくのが、ミドルメディアの役割とされます。

今回のシンポジウムでとりあげるテーマは「甲状腺検査」。2011年3月の福島第一原子力発電所事故が起きてから、放射線被ばくによる甲状腺がんが心配されています。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故でも、おなじような心配が起きました。

実際に、福島県では甲状腺検査が実施されており、その過程では、市民を中心にさまざまな混乱や不安や不満や要望などが生まれているといいます。こうした市民の声に対して、ミドルメディアが果たせる役割とはどのようなものなのでしょうか。

シンポジウムでは、福島県立医科大学特命教授の松井史郎さん、南相馬市主婦の高村美春さん、同市「絆診療所」医師の遠藤清次さんが、話題提供します。司会は、日本科学技術ジャーナリスト会議所属で、元読売新聞編集委員の小出重幸さんがつとめます。

主催者は、「当事者の視点、現場の痛みを、顔が見える距離(マスではなくミドルレンジ)で共有し、立場の違いや専門性の壁を越えて交流する場を作りたい。そこで生まれた智惠や知見を広めたい」と、趣旨を述べています。

「ミドルメディア・キックオフシンポジウム」は1月20日(日)13時30分から17時まで、東京都文京区大塚の筑波大学文京校舎120講義室で。参加費は無料ですが、事前登録が必要です。主催者のひとつである、日本サイエンスコミュニケーション協会によるおしらせはこちらです。
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漁師の忠五郎、勇敢にも異国船へ


サイエンスフィクションで、「異星人との初接触」が劇的に書かれることがあります。

地上のものは思えぬ謎の飛行物体が光を照らしながら降りてくる。なかからは何者も出てこず膠着状態がつづく。その後、人がおそるおそるその飛行物体なかへと足を入れていく。そのようなようすが描写されます。その初接触のあと、異星人との友好が始まることもあれば、戦争が始まることもあります。

“異星人”ではありませんが、これと似たようなできごとが、1820年代の文政年間に日本で起きました。

水戸藩(いまの茨城県)の大津浜(いまの北茨城市)の沖に地元の漁師たちが出ていくと、複数の船を見つけました。地元の船とは明らかに異なっている、それは異国船でした。どうやら、鯨を追っているようです。

しかし、異国船のほうから、地元の漁師たちに近づいてくることはありません。地元の漁師たちは、異国船に乗っている人びとの詳しい動きがわからず、不安がりました。

そんななか、地元の漁師のなかでもっとも勇敢とされる忠五郎という人物が、「異国人が果たして自分たちに悪意をいだいているかどうかを確かめる」と、異国船に近づいていきました。

忠五郎が、異国船に自分の船を寄せると、異国船からは縄梯子が下ろされてきました。そして、忠五郎は異国船のなかへと入っていきました。どうなる、忠五郎……。

忠五郎が受けたのは、歓待でした。この異国船は、英国からわざわざ日本の近海の捕鯨場まできていた太平洋帆船捕鯨の一行。船のなかで、忠五郎は「酒食等饗応」を受けたといいます。

さらに忠五郎はべつの日、ふたたび異国船へと向かいました。こんどは3日間も船に滞在させてもらい、捕鯨の仕事まで手伝ったといいます。異国船の船長からは、酒とお菓子をもらいました。

このような交流を地元の漁師たちに話すと、ほかの漁師たちも忠五郎を見習って異国船に近づいていき、天気が荒れてきたのでしばらく異国船に乗せてもらったり、喉が渇いたので異国船で水を飲ませてもらったり、また、病にかかると異国船の船医から薬をもらったりしたといいます。

さらに、物々交換まで行われました。日本人たちは、煙管、煙草入れ、半纏などを英国人にあげると、英国人は珍奇な異国のものをいろいろとくれたそうです。その情報が地元に知れわたると、物々交換目的で異国船に近づく者もでてきました。

忠五郎の勇敢な行動により、異国船の英国人と大津浜の漁師たちの雰囲気は友好的になるばかかりか、ちょっとした経済活動まで起きたわけです。

しかし、水戸潘が黙ってはいませんでした。領内に見慣れない異国の品々がやけに出回っていることに気がつき、300人以上の漁師がつかまってしまったといいます。しかし、温情にも、出漁禁止くらいの措置で済んだといいます。

当時、西欧などでは海で遭難したり問題を抱えている人を見つけたら、とにかく助けるなどして手厚く接することが“海の作法”とされていたようです。そのようなこともあり、英国人たちは日本人を歓待したのかもしれません。

参考文献
山下渉登『捕鯨II』

参考ホームページ
貨幣「第115回筆間茶話、我村の浜に黒船がやって来たの巻。前篇」
いばらき解体新書。「桜田門外の変」
メールマガジン「一風斎の趣味的生活」 通算第114号
| - | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0)
「彩座」のごろ馬カレー――カレーまみれのアネクドート(44)


熊本県北部の山鹿市は温泉と灯籠の街。かつて、傷負いの鹿がこの地の温泉に入って体を癒したという伝説もあります。

街の中心にある公共温泉「さくら湯」から歩いて1分のところにあるのが、「彩座(いろどりざ)」という郷土料理屋。ここで観光客たちが食する名物料理のひとつに「ごろ馬カレー」があります。

熊本の名産のひとつが馬肉。武将の加藤清正(1562-1611)が朝鮮出兵のとき、やむにやまれず馬を食したことがきっかけで、その後、加藤清正の領地だった肥後国(いまの熊本県)に広まっていったともいわれています。

「ごろ馬カレー」は、丸い白皿に盛られたライスとルゥと福神漬け、それに半熟の温泉卵がついた料理。

名前からすると、馬肉が入っているのがこのカレーのもっとも特徴的なところと考えられます。ルゥのなかには2センチ大の馬肉がいくつか埋まっています。日本のカレーで使われる鶏、豚、牛の肉のうちでは、もっとも牛に近いでしょうか。歯応えがすこしあります。

しかし、「ごろ馬カレー」の特徴をなすものは、馬肉だけではありません。

ルゥは、しっかりと煮込んだ欧風。ルゥには馬肉のほか野菜は見られませんが、溶けこんでいるのでしょう。ルゥを食べると、甘さのなかから辛さがじわりと顕われてきます。

さらに、半熟の温泉卵も大きな特徴のひとつ。カレーをもってくる店員は「温泉卵をかけて食べるとおいしさが増します」と客に説明します。半熟温泉卵はカレーのルゥにくらべればはるかに控えめな味。しかしこの控えめな味が基本となって、そこにルゥの辛さが加わることで、「ライスとルゥ」の組み合わせとはまたちがった旨みがでてきます。

肉としての馬肉はもちろん、半熟温泉卵をも受け入れて、味を深めさせる。包容力のあるカレーです。

「ごろ馬カレー」を出す「彩座」の食べログ情報はこちら。
| - | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0)
「量」とともに「質」も目指し、「アネクドート」7周年


このブログ「科学技術のアネクドート」は、きょう(2013年)1月10日で、開始から7周年となりました。お読みいただいている方々、どうもありがとうございます。

毎日のアクセス数は、ここ1年ほどでは2000前後を推移しています。たまにその倍ほどのアクセス数になる日もあれば、逆に1000ほどにとどまる日もあります。

その日の記事が時宜的なものであったりして読者の方々に興味深そうなものであるとアクセス数が伸びるかといえば、そうでもありません。

たまたま多くの方にご覧いただく日もあれば、たまたまあまりご覧いただかない日もある。その不規則な波のくりかえしのようです。

ただし、若干の傾向も見られます。それは、土曜日や日曜日などの休日にくらべて、平日により多くの方にアクセスしていただくというものです。この傾向からすると、職場での休憩や息抜きなどにご覧いただいてる方が多いのでしょうか。

アクセス数がこれほどであるということは、記事の最後までをご覧いただく方もこれだけいらっしゃるということにはなりません。

キーワードを検索してこのブログにたどりつき、そのキーワードをぱっと見して「ふーん」とまたべつのサイトへ飛んでいく方もいれば、1段落目を読んで「きょうのはいいや」と読むのを止める方もすくなからずいることでしょう。

ちかごろ、放送の業界では「聴取率」や「視聴率」ならぬ「視聴質」や「聴取質」が強く問われているといいます。単にラジオやテレビが付いていたかでなく、視聴者にとってどれだけ聞きごたえや見ごたえがあったかを重視するというわけです。

質というものを数字で表わすのはむずかしいもの。しかし、伝える側にとって、「量」だけでなく「質」も追求してくことを目指すことには、「量」をねらうことより得られる成果を超えた、大切なものがあるにちがいありません。

このブログでも、それは例外ではありません。

8年目に入る「科学技術のアネクドート」を、ひきつづきどうぞよろしくお願いします。
| - | 19:54 | comments(0) | trackbacks(0)
フライングを終わった直後にフライング


競走や競泳などで、スタート合図の音よりもさきに飛び出してしまうことを「フライング」といいます。陸上競技の競争では、一度フライングをしてしまうだけで、その選手は失格となります。

運動競技ではありませんが、フライングとおなじような状況がかならずといってよいほど起きる場所があります。飛行機の着陸後の機内です。

飛行機が目的地の飛行場に着陸。そして空港デッキに寄せるため滑走路を走行。速度が落ちてから、客室乗務員が「シートベルトのサインが消えるまでは、安全のためシートベルトをお外しにならないで」と呼びかけます。

その後「ポーン」という合図の音がなり、シートベルト着用サインが消えてから、客は席を立ち、棚から荷物をおろしたり、出口へと向かったりすることができることになっています。

ところが、客室乗務員のよびかけの甲斐なく、「ポーン」の音がするより前から、機内のあちらこちらで「カチャッ」「カチャッ」という音が聞こえはじめます。これは、シートベールとを外す音。

フライングをしたとしても、結局、飛行機の出口にはかぎりがあります。その後すぐ「ポーン」の音でみなが席を立って身支度をしますから、結局、降りるまでの時間はほぼ変わりません。

それにもかかわらず飛行機の乗客にはシートベルトはずしのフライングをする人がいます。おそらく道路で青信号になる前に走りはじめる運転手の率よりもフライング率は高いことでしょう。

飛行機の客室でのシートベルトはずしのフライングを、なぜ人びとはするのでしょう。

「快適な旅をお楽しみください」と航空会者が言うのとは裏腹の、窮屈な飛行機滞在から一刻も早く抜けだしたい願望のあらわれなのかもしれません。

あるいは、飛行機の着陸という非日常的で心拍数の上がるような経験の直後で、高揚や緊張しているのかもしれません。

だれかが「カチャっ」とシートベルトを外したら、「なら自分も」「自分も」と外したくなる集団心理が働いているのでしょう。

しかし、最大の理由は、飛行機がもうゆっくりと動いているだけなのだから、合図の音がなっていなくてもシートベルトをはずして大丈夫という、感覚的な判断がはたらくからではないでしょうか。飛行機の機内では、あたえられた基準にしたがうよりも、感覚的判断をはたらかせて行動をとる人の行為があるようです。

フライングが終わった直後のフライングは、なかなか減らなさそうです。
| - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
海辺で「菓子パン」玩味


「菓子パン」を、パン屋だけでなく、浜辺で見つけることができます。

海でよく見かける黒くてとげとげの動物といえば、ウニ。棘のような皮があるため「棘皮動物」といわれます。そして、このウニの仲間入りをしているのが「カシパン」です。とげとげのウニと丸いカシパンの関係は、哺乳類でいうとネズミとネコの関係のようなものです。

さらにカシパンには、「蓮の葉菓子パン」(ハスノハカシパン)や「透かし菓子パン」(スカシカシパン)、「四つ穴菓子パン」(ヨツアナカシパン)といった科にわけることができます。学問では、動物の名前はカタカナですが、『広辞苑』などの国語辞典には、きちんと漢字で「蓮の葉菓子パン」と出ています。

なぜ、「菓子パン」なのか。ほとんどの人が察しがつくことに、かたちが平たくて丸く、菓子パンに似ているからです。この動物に「菓子パン」という呼び名をあたえた人物の、その思いきりのよさを賞賛すべきなのかもしれません。ちなみに、英語では「カシパン」を、「サンド・ダラー」(Sand Dollar)つまり「砂の一ドル」とよんでいます。

タレントの中川翔子さん(しょこたん)も愛するとされるカシパン。この動物がより魅力的に感じられるのは、からだに美しい模様が刻まれているからでしょう。もちろん、カシパンたちにとってみれば、この模様にも生きるための意味があります。

花びらのようになっている模様の部分は、「歩帯」(ほたい)といいます。よく見てみると、この歩帯のところには、いくつものつぶつぶの穴が開いて並んでいることがわかります。

この穴は、「管足」(かんそく)とよばれています。棘皮動物だからこその器官で、この中に水を出入りさせて、からだを伸びちぢみさせます。それにより、からだを移動させたり、呼吸をしたりすることができるのです。

どのカシパンにも刻まれる模様は5個セット。おなじ棘皮動物のヒトデも突起は5個です。これらの動物の模様やかたちが、4個セットでも、6個セットでもなく、5個セットであることの理由は、まだ謎のままのようです。

もし、浜辺でカシパンを見つけたパン屋の店主がいたとしたら、「よし、この動物のかたちに似せた菓子パンをつくって店で並べることにしよう」と思うかもしれません。新メニューの菓子パンには、「カシパンパン」の名がつくでしょうか。

参考ホームページ
水産総合研究センター北海道区水産研究所「小学生からの質問コーナー」
コトバンク「カシパン」
コトバンク「ハスノハカシパン」
| - | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0)
細胞が遠くへと遠くへと“歩いていく”


生物学の研究では、「細胞が歩く」という表現がたまに使われることがあります。「細胞が歩く」とは、いったいどういうことでしょうか。

「細胞が歩く」のひとつの例は、まわりの物質の濃度の勾配によって、細胞がある方向に吸いよせられていくというもの。

この現象を使った技術が魚類の研究で使われています。魚のニジマスの精子や卵子のおおもとになる細胞を、べつの種類の魚であるヤマメのからだの適当な場所に置いておきます。すると、ヤマメがもっている物質の濃度の勾配によって、ニジマスの細胞がヤマメの卵巣や精巣まで「歩いて」いくといいます。これにより、ヤマメの卵巣や精巣で、ニジマスの卵子や精子が誕生します。

「細胞が歩く」現象は、哺乳類の脳でも見られます。そこにはまたべつのしくみがあります。

哺乳類では、精子と卵子が受精して、そこから1個の細胞が2個に分裂し、またその細胞が2個に分裂しといったしくみで、だんだんと体のかたちがつくられていきます。

受精してすぐの卵細胞は、細胞の分裂がはじまったばかり。この段階の細胞は「胚(はい)」とよばれます。

胚はさらに、外胚葉、中胚葉、内胚葉という三層の細胞にわかれます。このうち、もっとも外側の層である外胚葉からは脳の神経細胞がつくられていきます。外胚葉からはほかに皮膚もつくられます。

外胚葉から脳ができるまでの過程で、まずつくられるのは「神経管」という管です。この管の前側が、時が経つとともに脳になっていくのです。ちなみに、管の後側は、時が経つとともに脊髄になっていきます。

外胚葉から神経管を経てつくられた脳の細胞の多くは、その後、その場にとどまることなく、遠くのほうへと「歩いて」いくことになります。

たとえば、脳の神経細胞の生産工場の役目を果たす神経幹細胞は、脳の内側のほうにありますが、この神経幹細胞からつくられた大脳皮質の神経細胞は、脳の外側のほうへと「歩いて」いきます。

しかも、この大脳皮質の神経細胞は、さきに生まれていた神経細胞を通りこえて、より遠くへ遠くへと「歩いて」いくのです。まるで「ああ、ここにはもう空きがないのですね。でしたら、もうすこし遠くまで行ってみますわ」とでも言っているかのように。

脳の神経細胞が「歩く」ことは、すでに1970年代には知られていました。しかし、脳の神経細胞がどのような「足」を使って歩くのかは、最近まで知られていませんでした。

その「足」の正体が突き止められたと発表されたのは、2010年8月のこと。慶應義塾大学特別研究講師の川内健史さんたちが、その足は「N-カドヘリン」という物質でできていることを発見したと発表したのです。

N-カドヘリンは、細胞と細胞をくっつける接着剤の役目を果たす分子として知られてきました。大脳皮質の神経細胞が「歩く」ときには、このN-カドヘリン分子が「足」としてついています。

大脳皮質の神経細胞は、この「足」を使って、放射状突起という長い突起物をつたいながら、脳の外側へ外側へと「歩いて」いくのです。その「歩きかた」は、地面から「足」を離して、前へと踏み出すようなものになっているようです。

「歩く」ということばは、「あちこち移動する」という意味をもっています。細胞は、人とはまたちがった「意思」や「足」をももっているということかもしれません。

参考記事
慶應義塾大学 2010年8月26日「大脳皮質が作られる際に神経細胞が正しい位置まで動く仕組みを解明」
参考文献
漆原次郎「新たな魚類養殖技術」『化学と工業』2011年6月号
大隅典子「正しく知ろう!脳について」『安全と健康』2010年2月号
| - | 18:56 | comments(0) | trackbacks(0)
もっていないのでまねてつくる


人は、「人の能力はほかの生物より長けている」と考えがちかもしれません。自分が人であることが、人としての能力を過大評価してしまうという面もあるでしょう。

しかし、実際のところ、ほかの生物にあって、人にはない能力はさまざまあります。飛ぶことや潜りつづけることは、その例です。

これらの無能さに対して、人は技術でほかの生物の能力とおなじような能力をもつように進んできました。つまり、鳥のように飛ぶために飛行機をつくり、魚のようにもぐり続けるために潜水艇をつくってきたわけです。

そしていま、生物の能力をとおなじような能力をもつための関心の多くは、昆虫に向けられています。

たとえば、蛾にも眼がありますが、よく観察すると、この眼は真っ黒で光を反射していません。

蛾の眼の表面には、300ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)ほど大きさのでこぼこがあります。ここに光が入ってきても、光が何度も屈折するだけで、外に跳ねかえることがないのです。夜に活発に羽ばたいていても、自分の眼で月の光を跳ねかえすことがないため、天敵に自分の存在を知られにくくなります。

このような蛾の目のつくりから、人は「無反射フィルム」というフィルムをつくりだしました。

「ナノホールアレー」とよばれる多孔性構造材料をつくる微細加工技術や、アクリル樹脂の精密成形技術などを組み合わせることで、蛾の目のつくりとにたような材料表面をつくりだしたのです。反射率は0.1%以下。つまり、1000の太陽の光が入ってきたとしても、反射するのはそのうち1のみ。

材料を共同開発した三菱レイヨンと神奈川科学技術アカデミーの報道発表資料から、無反射フィルムの構造を見ることができます。

ほかにも、人は、鮮やかな光沢を反射させる蝶の羽の鱗粉表面のつくりから繊維や塗料をつくったり、ゆうゆうと飛ぶトンボの翅のつくりから微風でもよく回り強風にもよく耐える風車をつくったりしています。

生物のつくりやしくみを人が使う装置や材料に行かす技術を「生物模倣技術」(バイオミメティクス)といいます。生物模倣技術には、サメやヤモリなどのほかの種の生物のつくりやしくみをまねしたものもあります。しかし、多いのは昆虫をまねするもの。これは、地球上の生物の種のなかで昆虫が圧倒的に多いという事実とも関係していそうです。

参考記事
三菱レイヨン・神奈川科学技術アカデミー 2008年1月16日付「モスアイ型の無反射フィルム製造プロセスの開発について」

参考ホームページ
ネイチャーテック「光を反射しない蛾(ガ)の眼、モスアイ」
NHK解説委員室「視点・論点『バイオミミクリーと昆虫』」
国立科学博物館「生き物から教えてもらう技術!『バイオミメティクス』研究最前線」
| - | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0)
軸あわせ、角度あわせ、反射おさえで、光の損失を防ぐ


情報をやりとりするとき使われる方法のひとつに、光の利用があります。

たとえば、ある人がべつの人に「元気でやっています」という情報を伝えたいとき、ガラスでできた光ファイバに光を通じさせることでそれを行うことができます。光の明滅により“0”と“1”のデジタル信号を表現することができるので、それをくりかえして「元気でやっています」という情報をつたえるのです。

しかし、光とは散乱しやすいもの。昼間、外が明るいのも、夜、灯りをともせば明るくなるのも、あたりに光が散乱しているからです。

光による情報のやりとりでは、逆に、光ファイバを通る光をなるべく外に漏らさないようにすることが大切になります。光が漏れすぎると、「元気でやっています」という情報を伝えるのにも、たくさんの光エネルギーを使わなければなくなるからです。

光を通じさせる光ファイバには長さの限界があるので、ところどころで光ファイバどうしをつなぐことになります。そのつなぎ目は、光が失われる弱点のひとつ。そこで、光ファイバのつなぎ目で光が失われないための鉄則がみっつ打ちたてられています。

ひとつめは、「光ファイバどうしの軸を合わせる」ということ。光ファイバの芯ともいわれ、光が伝わるコアの径は、およそ50マイクロメートル。片方の光ファイバと、もう片方の光ファイバのコアがずれることなくぴたりと合っていれば、光ファイバのつなぎ目での光の漏れを防ぐことができます。

ふたつめは、「光ファイバどうしの角度を合わせる」ということ。光ファイバどうしの軸がつなぎ目でぴたりと合っていても、「く」の字のように曲がっていたら、通るはずの光も通らなくなってしまいます。そこで、なるべく角度のずれがないように、光ファイバどうしをつなげることも大切になります。

みっつめは、「光ファイバどうしの反射を防ぐ」ということ。もし、つなぎ目で光ファイバの端と端が離れてしまっていると、送られるはずの光がそこで反射してしまうことがあります。この反射をフレネル反射といいます。

軸を合わせ、角度を合わせ、反射を防ぐ。これらの度合を高めることにより、光での情報のやりとりは、より無駄や誤りのすくないものとなります。光ファイバを扱う企業などは、コネクタとよばれる光ファイバの連結器や、融着機とよばれる光ファイバの接続装置の技術を高めています。

参考文献
「インターネットはどうつながっている?」科学技術振興機構『サイエンスウィンドウ』2013年1-3月号
参考ホームページ
SEIオプティフロンティア「光ファイバ接続基礎講座(1)」
住友電気工業「光ファイバについての規定」
| - | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0)
2013年もリチウムイオン電池からカレーまで


きょう(2013年)1月4日から仕事はじめの人もいることでしょう。街では、正月の雰囲気と仕事はじめの雰囲気が入り混じっています。

「科学技術のアネクドート」では、2013年もさまざまな“アネクドート”つまり“小話”を記事にして伝えていきます。

2013年は、昨年末の衆議院選挙により発足した新政権が、本格的に政策を打ちだしていくはずの年。科学技術やエネルギー・環境の政策でも、前政権から大きく変わっていくことが考えられます。マスメディアが世論を形成しようとするなかで、当ブログでは、大きな組織では伝えられないような、「こんな見方もある」といった小話を伝えてつづけていきます。

つぎのような連載もひきつづき、ご愛読よろしくお願いします。

カレー道の探求「カレーまみれのアネクドート」は、回を重ねること43回となりました。しかし、日本全国の“カレー多様性”にくらべると、この数はまだ序の口にもなりません。撮影のためのスマートホンをルゥに入れないようにしながら、2013年も、一皿ごとに展開される香辛料とライスの“辛い調和の妙”を伝えてきます。

2012年は、リチウムイオン電池の材料メーカーの動向を追ってきました。主要四部材のうち「正極材」「負極材」「電解液・電解質」を製造するメーカーを紹介してきました。2013年は、主要部材のうち残る「セパレータ」を製造するメーカーの動向も追っていきます。

世の中に存在する「法則」にも目を向けていきます。「法則古今東西」は、自然科学、社会科学、そのほかの分野をふくめ、「法則」とよばれているものをひとつずつとりあげていく記事。これまで19回を重ねてきました。その法則が導き出されるようになるまでの逸話などを伝えていきます。

「sci-tech世界地図」というシリーズ連載では、世界各地の“科学技術ゆかりの地”をバーチャルに訪れ、その場所で起きたできごとを紹介しています。

科学技術をテーマとする話も、科学技術をテーマとしない話もふくめ、2013年も当ブログをどうぞよろしくお願いいたします。
| - | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0)
2013年は「国際水協力年」
きのう(2013年)1月2日(水)、このブログの記事で「2013年は国際キヌア年」であることを紹介しました。

さらに、2013年は「国際水協力年」でもあります。

国連総会は2010年12月、2013年を国際水協力年にすることを決めました。この決定を受け、国連水関連機関調整委員会(UN Water)が、自然科学と社会科学、教育、文化、意思疎通といったさまざまな方法をとることのできる国連教育科学文化機関(UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)に、2013年の国際水協力年を牽引するよう要請しています。

国際水協力年の目指すものはどのようなものでしょう。国際水関連機関調整委員会は、「高まる協力の可能性についての、そして、水の利用、配給、供給の必要性の高まりを考えたうえでの水管理への挑戦についての、意識を高めること」を、国際水協力年の目標としています。

陸上での国境をもたない日本では国をまたいでの水の問題があまりありません。しかし、世界に目を向けると、人口増加や経済発展が進めば進むほど、水資源の分配についての争い、水域をめぐる軍事的な争い、そして、上流地域での川の汚染に対する争いなどが多くの地で起きています。

たとえば、世界史の舞台でも知られる西アジアのユーフラテス川をめぐって水問題が起きています。上流にあたるトルコが農産物増産のためにダムを多くつくったところ、下流にあたるシリアとイランが水資源の量が減ってしまったとしてトルコに反発する事態にもなっています。


トルコ国内のユーフラテス川上流にあるアタチュルクダム

重力のなすがままに流れていく水の物体的性質が、これらの問題に関わっているといえます。そこにある水のうち、どこからどこまでを、だれが使えるということを決めづらいのが水です。

日本人の国際的な水問題に対する意識は高まってきています。

内閣府が「水に関する世論調査」を2001年と2008年に行ったところ、世界の水問題について、「安全な飲料水が十分に確保できないこと」「水源汚染が進行し、病気の主な原因になっていること」「水不足により食糧難を起こしていること」などのすべての項目で、認識している度合が8.3ポイントから13.8ポイント上っています。

また、おなじ調査では、世界的な水問題解決のための援助や協力を「積極的に」または「ある程度」おこなう必要があるとした人は、2001年調査の84.2パーセントから92.1パーセントに高まっています。とくに、日本は、膜を使った淡水化技術などに長けている国。とくに技術的な面での支援が多く求められています。

日本向けの国際水協力年のホームページなどがなく、2013年はじめ、国際年の認知度はまだ日本では低い状態といえます。3月22日(金)には、国連がさだめた「世界水の日」がやってきます。この日に向けての気運の高まっていくでしょうか。

国連水関連機関調整委員会(UN Water)による「国際水協力年」の紹介はこちらです(英文)。

参考文献
宮崎浩之「世界の水紛争と日本」
内閣府大臣官房政府広報室 2008年6月調査「水に関する世論調査」
国土交通省「平成24年版日本の水資源について」
| - | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0)
2013年は「国際キヌア年」


2013年は「国際キヌア年」です。

「キヌア」とはなんでしょうか。織物……、材料……、人名……。このことばを聞いたことがある人は、それほど多くありますまい。

キヌアは食べものです。米や小麦とおなじ穀物で、原産地は南米のアンデス地方。アンデス地方の住民が、5000年ほどまえに栽培を始めました。

植物は、一年間のなかで芽が生えてから実を結ぶまでを完結させる一年生植物で、草丈は1メートルから2メートルほど。食べものになるのは、一房に300個ほどをつける、大きさ2、3ミリの、黄金色に輝く種の部分です。この種を脱穀し、煮るなどして食べます。

栄養が高い点は、キヌアの特徴のひとつとされています。キヌアにふくまれるたんぱく質のなかでは、米や小麦にくらべてアルブミンが突出して多くあります。アルブミンは、卵の白味にも多くふくまれるたんぱく質。血液の浸透圧の調整役となったり、血液中の物質の運送役となったりします。

食品中のたんぱく質のバランスを評価するアミノ酸スコアでも、キヌアは米や小麦にくらべて高い数値を示しています。

日本ではほとんど育てられてもいなければ、あまり食べられてもいないため、キヌアでどのような料理をつくれるかも、あまりしられていません。クックパッドなどを見ると、サラダのなかに入れた「キヌアサラダ」、トマトジュースで煮込んだ「キヌアリゾット」、米などの他の穀物に入れて炊き込む「雑穀米」などのつくりかたが見られます。

国際キヌア年は、南米ボリビア政府が提案したもの。その提案に、アルゼンチン、アゼルバイジャン、エクアドル、ジョージア、ホンジュラス、ニカラグア、パラグアイ、ペル、ウルグアイ、そして国際連合食糧農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization)が支援しています。

国際連合食糧農業機関は、国際キヌア年のビジョンとして、「キヌアが、アンデス山脈原産で高栄養価な自然食糧資源として、世界中に認知され、受容され、今日のそして将来の世代のための、健康や食糧安全保障の点で質の高い食べものになること」を掲げています。

小麦、米、とうもろこしが世界の三大穀物とされるなかで、キヌアは今年の国際年で、どれくらいこれらの穀物のなかに食い込んでいくでしょうか。

連合食糧農業機関が「国際キヌア年2013」を紹介するホームページはこちらです。
参考ホームページ
キヌアという雑穀を紹介するまとめ
| - | 22:00 | comments(0) | trackbacks(1)
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