科学技術のアネクドート

ハードカーボン負極材を増強、クレハ――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(6)


クレハというと、「ニュー・クレラップ」という食品用ラップフィルムでよく知られています。この企業も、リチウムイオン電池負極材をつくっています。

クレハは、高機能材料や家庭用品、化学品、医薬品、電池材料などの事業部を擁するメーカーです。1944年、呉羽紡績から分離・独立するかたちで創立しました。1960年には、ロングセラー商品となる「クレラップ」を早くも発売しています。

リチウムイオン電池負極材の事業化は1991年のこと。石油ピッチを原料とする活性炭製造技術をもとに、ハードカーボンとよばれる負極材を開発しました。石油ピッチとは、重油を蒸留したあとに残る暗褐色または黒色の固形物。また、ハードカーボンは、粒子が硬く黒鉛化しにくい炭素のことです。

同社は、このハードカーボンを、放充電に強く耐久性に優れた材料だとして、車載用リチウムイオン電池の用途をうたっています。

2010年までの負極材の生産体制は、福島県いわき市のいわき事業所による1年で600トン規模のものでした。2010年7月、クレハは2012年までにいわき事業所の生産能力を年1600トン規模に増強することを発表しました。さらに、2015年には4000トン規模の生産体制を目指しています。電気自動車などの自動車向けリチウムイオン電池の需要増に対応したものです。

また、おなじく2010年7月に、伊藤忠商事、それに米国の電池製造業エナデル社とともに、エナデル社に負極材を供給するための新設プラントの第1期工事にかかわる設計業務開始について合意したと発表しました。

クレハはエナデル社の電気自動車用リチウムイオン電池への負極材供給者に採用されたわけです。エナデル社は、エナワン社の子会社で、米国ではセルから電池システムまでを一貫して開発・製造することのできる唯一の企業とされています。

さらにクレハは2011年12月、化学製造業クラレとのハードカーボン負極材の共同開発・事業化を発表しました。クレハと伊藤忠商事の合弁企業であるクレハ・バッテリー・マテリアルズ・ジャパンンにクラレが資本参加や人材投入を行うというもの。

また、クレハ・バッテリー・マテリアルズ・ジャパンとクラレによる生産合弁会社を新設し、2013年には年1000トン規模で量産・供給体制を構築するといいます。

クレハの他企業との提携には、車載用リチウムイオン電池の需要拡大に対して、クレハがもつ以上の資本力で対応していくことが背景にあると考えられます。

2012年1月発表の中期経営計画「グロウ・グローバリーII」でも、ハードカーボンを企業の成長を支える要素(成長ドライバー)と位置づけています。ここでは、石油由来のハードカーボンに加えて、植物由来の負極材をクラレと事業化へ向けて進めていくこと、クレハ・バッテリー・マテリアルズ・ジャパンを軸とした他社との連携をはかること、いわき市の新材料研究所と東京都の電池材料技術センターがニーズに合った最適な材料を供給していくこと、などが計画として打ち出されています。つづく。

参考記事
クレハ 2010年7月15日付「リチウムイオン電池用負極材『カーボトロンP』の車載向け採用に伴う設備増強について」
日経産業新聞 2011年10月20日付「クレハ、バインダー ニッチで先行、特性に強み」
参考文献
クレハ 2012年1月23日発表「『新中期経営計画 Grow Globally II』説明資料」
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「オーベルジーヌ」のチキンカレー――カレーまみれのアネクドート(43)


「宅配の料理」というと、レストランで給仕される料理よりも味がいくぶん落ちる印象を抱く人はいるでしょう。

しかし、世の中には例外はあるもの。東京・四谷に本店を構える欧風カレーの店「オーベルジーヌ」のカレーは、人びとの先入観をよい意味で裏ぎります。

「オーベルジーヌ」は「宅配専門欧風カレー」。以前は店内営業でカレーを給仕していたようですが、いまは宅配と持ち帰りのみとなっています。

宅配の献立は、ビーフ、ポーク、チキン、チーズ、海老、野菜などとオーソドックス。辛さは、お子様口、甘口、中辛、辛口と4段階。こちらもオーソドックスです。

宅配でチキンを頼むと、届けられるのは、大小ふたつの白いポリ容器に入った食材。大きいほうのふたを開けると、チーズの乗ったライスとじゃがいもが。小さいほうのふたは透明になっていて、カレーのルゥが見えます。こちらも開けると、純粋にスパイシーな香りが鼻に届いてきます。

ルゥの中で目立つのは鶏肉です。おとなの男性が一口で食べられるか食べられないかといったぐらいのごろごろさ加減があります。これを割るスプーンが、おなじく届けられたプラスチックのスプーンであるのは宅配ゆえしかたありますまい。

多くの人が抱くであろう感動的体験は、その後にやってきます。食べはじめは、どことなく甘い味覚ではじまりながら、その後、じわりじわりとした辛さが舌を上回っていき、奥深きスパイシーな味が口のなかを支配するようになります。

甘さから始まり、辛さが後からじわりじわりとやってくるのは、甘さが味覚であるのに対して、辛さが痛覚である証し。この感覚のちがいが醸しだす風味を、見事なまでにオーベルジーヌのカレーは実現させています。

「宅配のカレーでよくぞこの味まで出したものだ」。多くの人を唸らせるカレーです。

「欧風カレー オーベルジーヌ」のホームページはこちらです。宅配、持ち帰りのほか、通信販売もしています。四谷本店のほか、都内に三田店、銀座店もあります。
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中国青島で負極材増強、三菱ケミカル――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(5)



リチウムイオン電池の材料を幅広い種類で製造しているのが、三菱化学です。このブログの以前の記事「リチウムイオン電池正極材のメーカー動向(6)」でも、三菱化学をとりあげました。

三菱化学は、1934年に日本タールの社名で創設されたのちの三菱化学と、1956年に三菱グループとシェルグループの共同出資で設立した三菱油化が合併して新たに発足した企業です。

三菱化学は、リチウムイオン電池の主要4材料とされる正極材、負極材、電解液、セパレータをすべて、製造しています。2011年12月現在のそれぞれの材料の1年での生産能力は、電解液が8500トン、正極材は2200トン、負極材が1万1000トン、セパレータが1200万トンとなっています。

負極材については、2010年までに香川県坂出市の坂出事業所に1年で3000トンをつくれる規模の負極材製造設備をもっていました。2010年9月には製造能力増強を決定し、2010年12月に坂出事業所で年2000トン増、2011年5月まで同事業所でにさらに年2000トンを増産することを発表しました.

さらに海外に製造拠点をつくっています。三菱化学は、中国山東省青島市に「青島雅能都化成」という100%出資の関連企業をもっています。ここには、2011年12月までに1年で4000トン規模の負極材をつくれる製造設備がありました。

さらに、2011年12月には、おなじく1年で4000トン規模の負極材をつくれる設備を増強すると発表しました。「市場が拡大する車載用途やスマートフォン用途などに対応するため」で、約15億円を投じるといいます。4000トンを増強したうえでの運転が開始されるのは「2012年秋」とのことなので、もうまもなくでしょう。

三菱化学は、2015年時点での負極材の生産能力を年3万5000トンまで伸ばす目標を表明しています。つづく。

参考記事
三菱化学 2011年12月6日付「リチウムイオン電池用負極材の中国における製造能力倍増について」
参考文献
「もっと知りたい! 三菱ケミカルホールディングズ 中期経営計画『APTSIS15』の進捗について」
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退屈な会議中に意味深い螺旋模様を発見
整数のなかには、「素数」という種類の数がけっこうな割合であります。

素数とは、1およびその数自身のほかに整数で割り切れる数(約数)をもたない正の整数のこと。たとえば、2、3、5、7などは、1とその数自体のほかに整数で割り切ることはできないため、素数となります。いっぽう、4、6、8、9などは、1とその数自体のほか、それぞれ2、2と3、2と4、3でわりきれるため素数ではありません。

この素数については、ある魅力的な数学模様が知られています。

ポーランド出身で米国で活躍した数学者スタニスワフ・マルチン・ウラム(1909-1984)は、素数の並びかたを使って、ある模様をつくりました。「ウラムの螺旋」とよばれています。


ウラムの螺旋

この模様は、升目の中心から、自然数、つまり「1、2、3、4、5、6……」のカードを螺旋状に置いていくという単純なもの。ここでウラムは、螺旋状に広がっていくこの模様のなかで、素数のカードだけを黒く塗りつぶしました。2、3、5、7、11、13、17、19、23といった具合に。

数をどんどん大きくしていき、この螺旋をどんどん広げていくと、黒い素数のカードが
ぽつぽつと置かれることになります。そして、その螺旋模様を遠くから眺めると……。

純粋な不規則の点々模様ではなく、ところどころで斜めの線を感じられる模様になっていることがわかります。

この斜めの線上にある点々には、なにか意味があるのでしょうか。nを整数として、nの2乗とnと41を足しあわせた数には、素数が多いことが、スイスの数学者レオンハルト・オイラー(1707-1783)によってわかっています。

そして、このオイラーが導いた式に当てはまる「n^2+n+41型」とよばれる素数の多くは、「ウラムの螺旋」の対角線上に分布していることがわかっているのです。逆に、素数を見つけたいときには、このウラムの螺旋の対角線にくる数値を調べてみると、素数にたどりつく可能性は高まりそうです。

といっても、いまや素数の研究は進み、これまでに人が見つけた最大の素数として、2の43112609乗から1を引いた数が認められています。桁数にして1297万8189桁。

スタニスワフ・マルチン・ウラム

ウラムは、この螺旋を、退屈な会議中に落書きをしているなかで思いついたといいます。自然数のなかに素数が出てくるくらいの割合で、退屈な会議が役に立つことがあるのかもしれません。

参考ホームページ
PUKIWIKI「素数定理」
朋優学院サイエンスサークル「ウラムの螺旋② ウラムの螺旋vs偽ウラムの螺旋」
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生産規模を拡大、日本カーボン――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(4)


日本カーボンも、リチウムイオン電池用負極材を製造しています。

日本カーボンは、人造黒鉛電極、ファインカーボン製品、開発品、炭化ケイ素連続繊維やカーボンマイクロビーズなどの開発品、化成品などを主な製品としているメーカーです。1915年、神奈川県横浜市神奈川区で、天然黒鉛電極の製造業として設立した。1927年には、日本初となる人造黒鉛電極の製造を行っています。

リチウムイオン電池用負極材については、2001年までに一貫製造設備のある製造体制をもち、サンプルを電池メーカー各社に出荷するなどしていました。その後、生産体制を拡充しています。

日本カーボンは、2011年2月に発表した中期経営計画で「拡大する車載用電池(HEV、PHEV、EV)の需要への積極的対応」を主要製品別の重点施策として掲げました。これまでは富山工場(富山市)の設備で負極材を製造してきており、生産能力は年3000トン規模。2013年12月期には、負極材の売上高を2010年12月期の30億円強から3倍増すると方針です。

その後、2012年秋をめどに、滋賀工場(滋賀県近江八幡市)に負極材の生産ラインを新設すると見られます。既存工場と同規模程度で、投資額は数億円程度。電気自動車用の負極材納入が複数社との間で決まっていて、本格的な量産に向けての生産拠点新設と考えられます。

また、一部報道では、電池メーカーからの要望を受けてこの生産拠点で評価試験を進め、2014年から2015年に中国国内で生産を行うことを検討しているいいます。

販売体制については、2011年1月には、炭素繊維やリチウムイオン電池材料の販売をするファインカーボン販売部を1部と2部に分割して、販売効率の向上化をはかりました。つづく。

参考文献
日本カーボン 2011年2月10日「新中期経営計画策定のお知らせ」
参考記事
化学工業日報記者ブログ2011年3月2日付「日本カーボン 車載向けLiB負極材滋賀に年産3000トン設備導入 中国生産も検討」
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雨が落ちてきたかを確かめるときに手のひらをかざす
 

雨が落ちてきたとき、人は手のひらを空にむけてかざして、手のひらに雨が当たるかを確かめます。八代亜紀もほんとうは雨が落ちてきたかを確めようとしているのかもしれません。

雨を手のひらで確かめようとするしぐさを、深めていくことはできるでしょうか。

まず、なぜあらためて手のひらを差しだすのかという疑問がありえます。からだのほかの部分も外にあるわけだから、わざわざ手を差しださなくてもよさそうです。

空にもっとも近い位置にあるからだの部分といえば頭です。手のひらを出さなくても、そのままじっとしていれば頭に雨は落ちてくるでしょう。

しかし、スキンヘッドや薄毛の人でないかぎり、頭では雨を感じにくいのでしょう。それに、そもそも頭に雨があたったような気がしたとき、それを確めるのにもういちど頭を使うか、ほかのからだの部位を使うかといえば、ほかのからだの部位をつかうということになるでしょう。

しかし、そうだとしても、なぜ手のひらなのかという疑問は残ります。

雨が落ちてきたかを確かめるとき、使われてもよさそうなからだの部位の候補として、手の甲をあげることができます。手の甲をさっとさしだせば、雨が落ちてきたかを皮膚で感じることができます。わざわざ手のひらを空に向かって返さなくてもよさそうです。

たしかに、八代亜紀が「雨々ふれふれもっとふれ」と歌いながら、手の甲を空に向けていたら違和感を覚える人は多いでしょう。八代亜紀でなくても、手の甲を空に向けて雨が落ちてきたかを確かめている人を見かけたら、違和感を覚える人は多いでしょう。

違和感を覚えるのは、そういうしぐさを見慣れていないからかもしれません。それはべつにして、手の甲でなく手のひらのほうを空に向かって差し出すのはなぜなのでしょうか。

この疑問に対しては、ものを触れる機会が多いのは手の甲でなく、手のひらのほうだからという理由の答が考えられます。

棒を握ったり、球をつかんだりするのは、手の甲でなく手のひらのほう。手のひらのほうには、ものを触れるのに大切な“指の腹”つまり指紋のあるところもあります。人は、ものに触れてみるのとおなじく、雨にも手のひらのほうで触れてみたいのでしょう。

「消去法でいくとこっち」「どちらかといえばこっち」と突きつめていくと、やはり雨が振ってきたかどうかを確かめるのにもっともかなったからだの部位は、手のひらということになりそうです.
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関連会社のタールを原料に活用、JFEケミカル――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(3)



リチウムイオン電池の負極材をつくるメーカーでは、JFEホールディングスも大きな売上シェアをもっているといわれています。

JFEグループのなかでも、化学製品や無機材料の研究開発などを手がけるJFEケミカルが負極材の製造に力を入れています。2003年、川崎製鉄化学事業部とNKK化学事業会社アドケムコが合併してJFEケミカルは発足しました。2006年には、研究開発体制を再編して、ケミカル研究所を設立しています。

負極材の原料の黒鉛粉末については、関連会社のJFEスチールが製鋼を行うときに使われる石炭のタールを原料にしています。1991年から、リチウムイオン電池用負極材の用途に、タールの利用がはじまりました。

同社は自社の負極材用黒鉛粉末を、「独自技術によりコールタールから製造されたメソフェーズ小球体(球晶)やバルクメソフェーズで、高結晶性グラファイト構造を有する炭素質微粒子」と自己評価しています。メソフェーズとは、一般的に液晶状物質のことをいいます。

JFEの発行する技報には、原料の製造プロセスも示されています。コールタールピッチを原料として、熱処理、溶剤抽出と濾過分離、乾燥と仮焼および分球の工程を経て、球晶を製造したあと、黒鉛化することによって球晶黒鉛がつくられるといいます。

いっぽう、バルクメソフェーズについては、JFEケミカルの特許有情報によると、タールまたはタールピッチを加熱して生成し、さらに溶媒で洗浄し、150度から500度で熱処理し、揮発成分の含有量を重量で2%から6%にしています。つづく。

参考文献
「高性能リチウムイオン二次電池負極用球晶黒鉛」『JFE技報』第8号 2005年6月
参考ホームページ
アスタミューゼ「バルクメソフェーズの製造方法、炭素材料の製造方法、負極用活物質およびリチウムイオン二次電池」
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一攫千金を誘ってイノベーション創出
解決したい問題を解決に導くための方法のひとつに、「懸賞」があります。「なになにしてくれる人を募集」と世のなかによびかけて、その求めに見事に答えてくれた人に、お金を出すのです。

日本で、懸賞金といえば、犯人さがしでしょうか。警察庁などが、指名手配中の犯人をさがすために、市民に懸賞金をかけることがあります。これにより、犯人逮捕につながった事例はいろいろとあります。

米国では、科学や数学を扱う問題に懸賞金をかけることをさかんにしています。むずかしい問題を、研究者をふくむ広い意味での市民に解いてもらって、その人にお金をわたすわけです。

日本の『科学技術白書』(2009年版)には、「イノベーションの源泉となる基礎科学力の強化に向けた総合的取組」という節のなかで、米国の懸賞金事情をつぎのように紹介しています。

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懸賞金型の競争的資金の活用

DARPAやNASAでは、設定した目標を達成した団体等に対して資金を提供する懸賞金型の競争的資金を導入しており、長距離無人走行車両や月着陸船の開発等を目指すプログラムを実施している。こうした動きはDOEや運輸省連邦航空局(FAA)にも広がっており、水素技術や再利用可能なジェット燃料の開発競争等が企画されている。
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DARPAとは、米国防総省内の研究開発部門「高等研究計画局」(Defense Advanced Research Projects Agency)のこと。NASAは、おなじみに米国航空宇宙局。そして、DOEは、米国エネルギー省(Department of Energy)のこと。これらの機関が、積極的に懸賞金問題を市民に投げかけているのです。

たとえば、高等研究計画局は、2011年に「シュレッダー・チャレンジ」と名づけた懸賞金問題を発表していまいた。シュレッダーにかけられた紙上の文章を復元して、そこにあったメッセージを解読した人に、5万ドルを支払うというものでした。

挑戦欲のある人にとっては残念ながら、この問題は、すでに解決されてしまいました。2012年12月、「すべてのシュレッダー屑は合衆国のもの」という名のチームが、600人の人と33日の日数を費やしてアルゴリズムを開発して解決したということです。

問題のテーマ自体は滑稽さをふくむものですが、シュレッダーがまだその目的を達成しうるのかといった機密の点での課題を判断する大切な材料になりそうです。

米国政府は、「懸賞金プロジェクト紹介ホームページ」も、2010年9月に立ち上げています。その名は“Challenge.gov”。



いま実施されている懸賞金問題の内容と懸賞額を一覧で見渡すことができます。分野も「防衛」「経済」「教育」「エネルギ・環境」「健康」「科学」などと多岐にわかれています。さらに「もっと知る」(LEARN MORE)というボタンをクリックすると、簡潔に懸賞金プロジェクトの概要と、リンク先が示されています。

たとえば、いま懸賞金がかけられているプロジェクトに「FTCロボコール・チャレンジ」というものがあります。

これは米国連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)が主催しているもので、鳴った電話をとると自動音声で宣伝などが流される「ロボコール」の抑制方法を開発した人に5万ドルの懸賞金があたえられます。

5万ドルということは、日本円でおよそ400万円。この懸賞金額を高いと思うか安いと思うかは人それぞれでしょうが、すくなくともいえるのは普通に研究機関などが研究開発をしておなじ目的のシステムを生み出すよりも、はるかに費用が安上がりで済むということです。

もちろん、応募しただれも懸賞金を獲得できなかったということになれば、懸賞をかけた側の目的は達成されません。しかし、多くの人が興味をもてば、そうした事態もすくなそうです。

この懸賞金制度を利用したイノベーション創出は、バラク・オバマ大統領の肝入りではじまったもの。いまのところ、一攫千金を狙う市民と、イノベーションを推進したい政府の思惑が一致しているようです。

米国政府による懸賞金プロジェクト紹介ホームページ “Challenge.gov”はこちらです。

参考文献
『平成21年版 科学技術白書』
参考記事
日経ビジネスオンライン 2011年5月26日付「『賞金稼ぎ』が切り開く米国のイノベーション」
参考ホームページ
れごんの科学生活+English「シュレッダー文章、復元に成功」
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負極材のシェアリードし中国にも拠点、日立化成工業――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(2)


リチウムイオン電池用負極材料の世界市場では、日立化成工業、JFEホールディングス、日本カーボン、日立ケミカルホールディングズなどが高いシェアをもっています。

日立化成工業は、電子材料、無機材料、樹脂材料、配線板材料などの機能材料、また、自動車部品、電子部品などの先端部品・システムを主な事業内容とする企業です。

沿革については、1912年に日立製作所が油性ワニスの研究を開始したことが同社の創業とされています。日立化成工業としての設立は1962年。研究開発関連では、1973年に茨城県内に研究所を2か所、設立し、その後、再編などを経て2009年に、先端材料研究所及び新材料応用研究所を統合し、筑波総合研究所を発足させました。

リチウムイオン電池負極材を機能材料のカーボン製品・セラミックス事業の中に位置づけています。モーター用ブラシなどを開発により得たカーボン技術を活用し、リチウムイオン電池用負極材の開発・製造を進め、1998年度末に上市しました。

同社では製造する負極材を人造黒鉛としており、粒子内部に多数の細孔をもつ球塊状の構造を特長にしています。この構造により、高容量かつ放電負荷特性に優れたリチウムイオン電池を実現可能にするといいます。

2006年には、社員開発者がテクニカルレポートにおいて負極材の開発品の粉体物性などについて述べています。従来品では、高電極密度時に、粒子内細孔が多すぎると電極の圧縮加工時に粒子を破壊して、放充電特性を低下させる傾向がありますが、開発品では水銀圧入法により細孔容積を低減しており、電極充填性に影響するタップ密度の向上をはかったといいます。

特許については、日立化成工業は1995年から国内外でリチウムイオン電池用カーボン負極材の関連特許を出願し、2003年には複数の特許に対して異議申し立てがありましたが、係争の末、2006年2月に基本特許網を確立したことを発表しています。

開発関連では、2011年11月、同年9月末時点で58.26%を出資していた新神戸電機を株式公開買付により完全子会社化すると発表しました。新神戸電機は日立化成の株式公開買付に賛同の意を示しました。新神戸電機はリチウムイオン電池自体を製造しているが、完全子会社化により自社の負極材をはじめとする電池材料の開発速度を速められると判断したもよう。また、この完全子会社化を受けて、日立本体は産業用リチウムイオン電池事業を新神戸電機に移管しました。

生産体制では、山崎事業所・桜川(茨城県日立市)に民生用負極材の既存工場をもっていましたが、2010年4月に山崎事業所・勝田(茨城県勝田市)にエコカー向け負極材の第一ラインを、2011年1月に山崎事業所に第二ラインを稼働させました。

さらに2011年7月には、山崎事業所に第三ラインと第四ラインを増設し、生産量を倍増することも発表しました。第三・第四ラインの稼働開始は「2012年9月を目指す」としており、投資額は35億円。また、関連会社の日立粉末冶金香取事業所(千葉県多古町)では民生用の負極材を製造しています。

海外にも生産拠点を設けています。2011年6月、同社は事業拡大のため、中国煙台で負極材の生産拠点を新設することを発表しました。2006年に設立された日立化成工業煙台の敷地内に5億円を投じて新工場を設立。2012年4月に生産開始を発表しました。

2011年3月の東日本大震災では、日立化成の各工場も被災しました。民生向け負極材について、3月22日の週に生産を再開する見込みであることや、山崎事業所・桜川については 4月5日に生産出荷を再開したことなどを発表しています。つづく。

参考文献
石井義人、西田達也、須田聡一郎、小林学「高エネルギー密度対応リチウムイオン電池負極材」『日立化成テクニカルレポート No.47(2006-7)』
参考記事
日立化成ニュースリリース 2006年2月28日付「リチウムイオン電池用カーボン負極材に関する基本特許網確立」
日立化成ニュースリリース 2011年6月23日付「中国煙台にリチウムイオン電池用カーボン負極材の生産拠点を新設」
日立化成ニュースリリース 2012年4月25日付「中国煙台でリチウムイオン電池用カーボン負極材の生産開始」
日立化成ニュースリリース 2011年3月18日付「東北地方太平洋沖地震の影響について(第七報)」
日立化成ニュースリリース 2011年4月5日付「東日本大震災の影響について(第九報)」
日経産業新聞 2011年11月28日付「新神戸電機にTOB、日立化成、完全子会社化へ」
日本経済新聞 2011年11月26日付「日立、電池事業を再編、子会社に用途別集約、顧客ニーズに即時対応」
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昭和中期の平体は流行から
昭和30年代ごろのポスターなどには、文字に「平体」がかかっているものがよく見られます。平体とは、横に平たい文字のこと。ちなみに、縦に長い文字のことは長体といいます。

たとえば、「第三十回定期演奏会」というポスターの文字を、縦と横の寸法をおなじにすれば下の画像のようになります。



これに、平体をかけると、横に平べったくなります。どことなくレトロ感がただよいます。


横組の文字で縦長の長体をかけるときは、必要性を伴うことが多くあります。1行に文字が収まり切らないために、1文字の横幅を細くしてむりやり収めるわけです。

いっぽう、横組の文字で横長の平体をかける理由はどこにあるのでしょう。長体とは逆に、文字に平体をかけるということは、1行に収まり切らない危険が出てきてしまいます。

装幀家の祖父江慎さんの話では、昔のポスターなどに平体がよく見られるのは平体が流行っていたからということです。

昭和時代、文字を組むのに活字とはべつに、写真植字という方法が使われていました。写真植字機という機械を使って、写真フィルムや印画紙に文字などを1文字ずつ露光し、現像して版下という写真製版用の原稿をつくったのです。

この写真植字の開発者が石井茂吉(1887-1963)という人物でした。石井は、昭和初期、海軍の写植担当から「計算尺用カーソルで文字が変形して見えることがある」という報告を受けました。ここから、「変形レンズ」という装置が、写真植字機に組みこまれました。

この変形レンズを使うことにより、光の当てかたによってに文字を斜めに歪ませることが可能になりました。さらに、光を上向き直角の角度で当てれば縦長の長体に、光を横向き0度の角度に当てれば平体になったのです。

こうして、写植では平体が使われるようになりました。つまり、平体は、新しくとり入れられた表現手法として、多くのデザイナーに「私もとりいれてみよう」と受けいれられたというのが真相のようです。いまでは、かえってレトロ感がでるところに、流行であったことが感じられます。

参考ホームページ
亮月製作所「変形レンズ」
なんでやねんDTP「InDesignの『斜体』と『歪み』」
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炭素化合物の材料が主流――リチウムイオン電池負極材のメーカー動向(1)
リチウムイオン電池の正極材の市場動向を「リチウムイオン電池正極材のメーカー動向」として14回にわたり伝えてきました。今回からは何回にわけて「負極材」の動向を伝えていきます。

負極材も、正極材とおなじくリチウムイオン電池を構成する主要な材料です。負極材には、天然あるいは人造の黒鉛といった炭素化合物がおもに使われています。安全性があり、エネルギー密度も高いためです。

ただし、炭素化合物には、「1グラムあたり37.2ミリアンペア時」というエネルギー容量の理論的な限界値があります。この限界値に近づいていることから、リチウム合金、酸化スズ、酸化チタン、またそのほかの金属酸化物への置き換えも試みられています。

リチウムイオン電池負極材のおおまかな市場動向については、2008年前半まで、20%程度の伸び率で市場が拡大してきました。しかし、2008年後半から2009年にかけてはリーマンショックにはじまる世界経済の不況の影響で、伸び率は前年比15%程度に。その後、2010年には回復し、ふたたび前年比20%程度の伸び率があったものと考えられます。

今後は、電気自動車やハイブリッド車の本格的な普及を背景に、大型リチウムイオン電池の受容はさらに伸びていくと考えられています。日本では2011年3月に東日本大震災があり、自動車メーカーの自動車生産に一時、支障が出ましたが、その後の復旧や世界的な電気自動車・ハイブリッド車への需要拡大から、2012年以降も前年比20%程度かそれ以上の伸びが考えられます。

材料としては、上のとおり炭素材料が中心で、なかでも主流は高容量な黒鉛系です。価格は、炭素の材料の原料となる原油の価格高騰などがあったため、上昇をベースに変動してきました。しかし、リチウムイオン電池市場の拡大による量産効果や市場激化などから、低価格化が進んでいきそうです。

次回より、リチウムイオン電池負極材を製造している各メーカーの動向を追っていきます。つづく。
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(2012年)10月28日(日)は「福島原発事故をめぐる4つの事故調査報告書を再検証する」


催しもののおしらせです。

(2012年)10月28日(日)14時から、名古屋市千種区不老町の名古屋大学東山キャンパスで、「福島原発事故をめぐる4つの事故調査報告書を再検証する」というシンポジウムが開かれます。

日本科学技術ジャーナリスト会議の主催で、名古屋大学産学官連携推進本部が共催。愛知県の各地で9月29日から11月4日にかけて行なわれている「あいちサイエンスフェスティバル」(あいちサイエンス・コミュニケーション・ネットワーク主催)の一貫です。

2011年3月の福島第一原子力発電所事故以降、いろいろな機関が、事故調査委員会を設け、事故の原因などを調査してきました。政府による「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」、国会による「東京福島原子力発電所事故調査委員会」、東京電力による「福島原子力事故調査委員会」、民間による「福島原発事故独立検証委員会」です。

それぞれの機関は、「事故調査報告書」などという形で報告書をまとめ、広く市民に公表もしてきました。

これらの事故調査の内容に対して、日本科学技術ジャーナリスト会議の有志が、再検証を行ってきました。「事故の真相にどこまで迫ったのか」「事故処理のリーダーは誰だったのか」「東電の『全員撤退問題』をどう考えるか」「東電の録画からなぜ音声が消されたのか」「事故を拡大させたものは何か」などの視点から、検証報告書の疑問点などを追ってきました。

この「福島原発事故検証報告書を検証」をした結果、見えてきたものはなにか、日本科学技術ジャーナリスト会議の検証委員や、名古屋大学の研究者らが登壇して報告します。

名古屋大学からは、大学院工学研究科教授の山本章夫さん、同教授の山澤弘実さんが、「福島原発で何が起きたか? 今わかっていること」というテーマで報告をします。

日本科学技術ジャーナリスト会議からは、元朝日新聞論説委員で検証活動発起人の柴田鉄治さん、元NHK解説委員の小出五郎さん、元毎日新聞論説委員の横山裕道さん、元日経サイエンス社長の高木靭生さんが、科学技術ジャーナリストの視点から検証結果などを報告します。

さらに、パネルディスカッションで名古屋大学理事・副総長の山本一良さんが加わり、議論を深めます。

「福島原発事故をめぐる4つの事故調査報告書を再検証する」は10月28日(日)14時から17時まで、名古屋大学東山キャンパスES総合館1階ESホールにて。参加は無料の模様。「あいちサイエンスフェスティバル2012」によるお知らせはこちら。

「あいちサイエンスフェスティバル2012」のお知らせはこちらです。
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デジタル以前のデザイン書を手袋はめて閲覧


東京・銀座のクリエイションギャラリーG8で、「亀倉雄策ライブラリー」という展覧会が開かれています。(2012年)10月25日(木)まで。

亀倉雄策(1915-1997)はグラフックデザイナー。東京五輪や札幌五輪などの数々の行事のポスターや、NTTなどの日本の代表的企業のロゴなどをつくってきました。

この展覧会では、亀倉の集めた国内外のデザイン、アート、写真、建築などの書籍などの一部を本棚に置き、入館者が手袋をはめて自由に閲覧することができます。1万点の蔵書があるなかの数百点ですが、それでもじっくり鑑賞したら1日で見終えることはできません。

本棚には、写真家の木村伊兵衛が1954(昭和29)年に欧州を訪れたときに撮影した写真を集めた『木村伊兵衛外遊写真集』(朝日新聞社)があります。木村がパリなどの街角を撮影して回った様子は、NHKの「日曜美術館」でも特集されていました。

扉をめくった表二には、ペンで書かれたつぎの文字が。

「亀倉雄策様 木村伊兵衛 一九五五年十月三十一日 アサヒカメラ対談批評の日」

木村から亀倉に対談の記念として贈られた写真集の現物が、貴重にも置かれているわけです。木村はこの写真集のほかに『木村伊兵衛傑作写真集』(朝日新聞社)という写真集も贈っています。

また、本棚には、1967年刊の『日本の広告美術 明治・大正・昭和』(美術出版社)という箱入りの本が3冊、置いてあります。『1 ポスター』は赤、『2 新聞広告・雑誌広告』は黄、『3 パッケージ』は緑を基調とした装幀です。

書名どおり、明治から昭和にかけての広告の数々が収められた書籍。現代から見れば、明治から昭和の戦後にかけては、いずれも“昔”で括ることができますが、もちろん広告デザインの変遷が見られます。

たとえば、『3 パッケージ』には、ニッカウヰスキーの「ヒゲのおじさん」をあしらったデザインが。1935(昭和10)年から1944(昭和19)年までの「nikka Brandy」のロゴとともに描かれてある「ヒゲのおじさん」は、手に持ったブランデーを物珍しそうにしげしげ見ています。これは、版画家の奥山儀八郎(1907-1981)が手掛けたもの。その後、1953年には「ヒゲのおじさん」は大高重治(1908-2002)に描かれており、「Nikka whisky」野呂五とともに、左手でウイスキーを持って微笑んでいます。

亀倉本人のデザインを集めた書籍も置いてあります。1996年刊の『亀倉雄策のポスター』(東京国立近代美術館)は、亀倉の代表作がひととおり収められています。

東京五輪や札幌五輪のポスターが有名ですが、東京の地下鉄「帝都高速度交通営団」(いまの東京メトロ)丸ノ内線の東京・池袋間が開通したときの記念ポスターなども。漆黒の背景に、いろいとりどりのリボンのような模様をあしらい、その先には矢印が。

本棚に置かれている書籍に収められたデザインのほぼすべてが、DTP(デスクトップパブリッシング)というデジタル技術が導入される前のもの。とりわけ、文字は定規を使った手描きのレタリングや、活字などで表現されていて時代を感じさせます。いまのデジタル技術では、逆にほぼ実現不可能な表現ともいえるでしょう。

展では亀倉の蔵書のほかに、安西水丸や服部一成など10人のクリエイターが薦める書籍も置かれています。手袋は会場で貸しだされています。

「亀倉雄策ライブラリー」は、東京・銀座のクリエイションギャリーで10月25日(木)まで。入場無料で、11時から19時まで。クリエイションギャラリーのホームページはこちらです。
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「なぜなぜ」と問うと根本原因は限られそう

ものごとの真の原因や理由を探る方法に、「なぜなぜ分析」というものがあります。

あるものごとについて、「それはなぜか」と問うて、その原因や理由を見つけます。さらに、その原因や理由に対して「それはなぜか」と問うて、その原因や理由を見つけます。こうして「なぜ」をくりかえしていけば、真の原因や理由にたどりつくことができる、ということです。

ビジネスの世界には「なぜなぜ分析は5回くりかえすこと」などという格言もあるようです。そこまで深く原因や理由を掘り下げれば、真実が見えてくるということでしょう。

「なぜ」の掘り下げかたによっては、「結局たどりつくところは何々になる」といった、いくつかのパターンが現れてきそうです。

たとえば、「科学を文化にしなければいけない」と世に訴えている人がいるとします。

「なぜそう思うのですか」と問うと、その人は「科学が発展した社会はすばらしいと思うからだ」と答えます。「なぜそう思うのですか」と問えば、その人は「科学のよさを自分が感じているからだ」と答えます。「なぜそう感じるのですか」と問えば、その人は「科学が好きだからだ」と答えます。「なぜ科学が好きなのですか」と問えば、「好きなものは好きだからだ」と答えます。

「好きに理由はない」ということで、この「なぜなぜ」は終わりをむかえます。

また、たとえば、「会社に遅刻する」という問題をかかえている社員がいるとします。

「なぜ遅刻するのですか」と問うと、その社員は「朝寝坊をするからだ」と答えます。「なぜ朝寝坊をするのですか」と答えると、その社員は「会社に迷惑をかけてもなんとも思わないからだ」と答えます。「なぜ迷惑をかけてもなんとも思わないのですか」と問うと、「会社が嫌いだからだ」と答えます。「なぜ会社が嫌いなのですか」と問えば、「働きたくないからだ」と答えます。「なぜ働きたくないのですか」と問うと、この社員は「働きたくないのに理由なんてないっしょ」と答えます。

「ただ単に働きたくない」ということで、この「なぜなぜ」は終わりをむかえます。

「なぜなぜ分析」では、「なぜ」を問うなかで、これら以外の原因や理由もあがるため、実際に問題を解決しようとするとき、人びとは、より現実的な解決策が思い浮かぶ原因や理由に着目をすることになるでしょう。

しかし、人間、結局のところさまざまなものごとに対して「なぜ」と原因や理由をつきつめていくと、ごくかぎられた種類の根本的な欲求にたどりつくのかもしれません。それは、「ただ好き」「愛している」「働きたくない」「ほしい」「生理的に受けつけない」といったものです。

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部屋のはしっこにも手が届く
部屋の掃除に「ルンバ」を使っている人もいることでしょう。米国アイロボット社が開発した円盤形の掃除ロボットで、自分で部屋を移動しながらゴミやホコリをとっていきます。2012年9月には、発売から10年を迎えました。

ほかの国のひとよりも日本人はロボットに愛着のわくといわれています。ルンバが掃除をする環境を整えるために、人がまず部屋の掃除をしてあげるといった光景も見られるとか見られないとか……。

もうひとつ、「ルンバのために自分でも掃除を」と人が掃除してしまいそうな心配事があります。それは、部屋のすみっこの掃除です。

ルンバは円盤形。いっぽう、多くの家の部屋には壁と壁が直角になった“すみっこ”があります。「○」は「□」の四隅に対して、どうしてもぴったりとはならずに空間が空いてしまいます。

しかも、ごみやほこりとは部屋のはしっこにたまりやすいもの。部屋の大部分では人の移動や風通しなどがあるためにほこりは移動します。しかし、人や風の通り道ではない部屋のはしっこには、移動してきたほこりがたまっていきます。

円盤形のルンバに、四角い部屋の掃除をうまくしてもらえるかどうか。使用者の声などを聞くと、その心配は杞憂のようです。

この部屋のはしっこのほこり問題はアイロボット社の開発者たちもおそらく意識していたのでしょう。アイロボット社は、ルンバに「エッジクリーニングブラシ」というブラシを付けました。


「ルンバ620」と「ルンバ630」(アイロボット社プレスリリースより)

ルンバの写真をよく見てみると、ななめに白いひげのようなものが飛び出しています。これがエッジクリーニングブラシ。裏返すと数センチのブラシがみっつ付いていて、掃除中これが高速に回転します。このブラシが、円盤形そのものでは届かない、部屋のはしっこのほこりをかきとるわけです。

ルンバの公式ホームページにも「側面のエッジクリーニングブラシが壁際やコーナーのゴミをかきだして吸いとります」とあります。

かゆいところにも手が届く設計は、日本人にも受け入れられているのでしょう。世界の販売台数の4分の1が日本で買われているといいます。10月19日(金)には、ブラシの形を工夫するなどして細かいホコリまで取り除けるようにした「ルンバ630」などが発売されます。

参考記事
朝日新聞 2012年9月12日付「性能向上、日本人のおかげ お掃除ロボ『ルンバ』発売10周年」
アイロボット 2012年10月1日「ルンバ新シリーズ&10 周年限定モデルを一般初公開」

参考ホームページ
ルンバ公式ホームページ「ロボット掃除機のベストセラー ルンバ500シリーズ」

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「外回り・内回り」に対して「右回り・左回り」


日本の鉄道には、環状線がいくつかあります。東京のJR山手線、大阪のJR大阪環状線、名古屋の地下鉄名城線は、それぞれ環状線です。厳密にいうと、山手線は品川駅から新宿駅経由の田端駅までのことで、田端駅から東京駅経由の品川駅まではべつの路線にはなりますが。

環状線でも事故が起きたり車両が故障したりして、遅れが出ることもあります。そのとき、JRのアナウンスでは、「山手線の外回りは5分の遅れが出ています」などと客に案内します。5分の遅れが出ても、山手線や大阪環状線は5分以内につぎの電車がくるため、電車がとまらないかぎりあまり影響はありませんが。

この「外回り」とは、品川駅から新宿駅、田端駅、東京駅、品川駅という経路で走る電車のことをいいます。つまり山手線のもっとも南に位置する品川駅を過ぎてつぎの駅から北西へと向かう電車が外回り。日本で自動車が左側通行であるのとおなじく、電車も複線になっているときは左側通行になっているため、上のとおりの経路で進みます。

しかし、電車の交通事情を知らない人は、「外回り」「内回り」と聞いてもぴんときません。さらに東京のことを詳しく知らない人のなかには、「外回り」は東京の外側を回る電車、「内回り」は都心を回る電車と考える人もいるようです。

いっぽう、名城線を走らせる名古屋市交通局は、電車の方向性のよびかたを「右回り」「左回り」としています。右回りは、金山駅から大曽根駅で、新瑞橋駅経由で金山駅に戻る方向。左回りはその逆になります。

環状線が走っているとき、右カーブをしがちなのが右回り、左カーブをしがちなのが左回りとなります。また地図上では上向き(北向き)にみて右にカーブしていくのが右回り、上向き(北向き)に見て左にカーブしていくのが左回りとなります。

JRの「外回り・内回り」は、どちらかというと交通ルールという、客とは関係ない事情によって決められた呼びかたといえます。そのため、客は「外回りで5分の遅れ」といわれると、いったん外回りがどちらを指すのかを考える手間ができます。

いっぽう、名古屋市交通局の「右回り・左回り」のほうは、右がどちらで左がどちらかという常識と地図のイメージがあれば、わかるものといえます。

名城線が環状線になったのは2004年のこと。いっぽう、山手線の環状線営業は1925年から。また、大阪環状線の成立は1961年。あとから開発されるもののほうがより利便性を目指すことができるという原則が、ここでも生かされているといえるかもしれません。もちろん、山手線や大阪環状線が「右回り・左回り」に呼びあらためることもできます。
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結果を当然のこととして受けとめる


人は、結果としてそうなっている現象を当然のこととして受けとめている場合があります。色の見かたはそのひとつです。

葉っぱの色は緑色に見えます。葉っぱが緑色の光を放っているから緑色に見えるのかというとそうではありません。

太陽からの光は白く見えますが、可視光なかのいろいろな範囲の波長が混ざりあっているからです。この太陽からの白い光が葉っぱにあたると、ある一定の波長だけが吸収されてしまいます。

葉っぱに吸収される光の波長には、およそ430ナノメートルを中心とするものと、およそ660ナノメートルを中心とするものがあります。つまり、となりあった山と山、もしくはとなりあった谷と谷のあいだの距離が430ナノメートル、そして660ナノメートルである状態の光を、葉っぱは吸収してしまうのです。

では、この波長430ナノメートルと660ナノメートルとは、どのような色の光でしょうか。波長430ナノメートルの光は紫色、波長660ナノメートルの光は赤色の範囲になります。

太陽からの白い光のうち、つまり紫色や赤色の光は、葉っぱに吸収されてしまったわけです。そして、残りの色の光が葉っぱから人の眼に届くわけです。

紫色や赤色が取りのぞかれた光の色とはどのような色かといえば、葉っぱの緑色となるわけです。この紫色や赤色と、緑色の関係を、補色関係といいます。

もし、葉っぱに赤紫色の光を当てたらどうなるでしょう。葉っぱは紫色や赤色の光を吸収してしまいます。すると、葉っぱが跳ねかえす色はなくなってしまいます。そのため、この場合、葉っぱは黒ずんだ色に見えるはずです。

いっぽう、葉っぱに緑色の光を当てたらどうなるでしょう。葉っぱは紫色や赤色の要素を含まない、緑色の光を受けるわけですから、葉っぱはすべての色を跳ねかえすことになります。そのため、この場合、葉っぱは白っぽい色に見えるはずです。

人は、葉っぱの緑を見たとき、よほどの色の達人でないかぎり「あ、紫色と赤色が吸収されているのだな」などと感じることはありません。その物理現象の結果として現れる色をそのまま受けとめるのです。つまり「緑だな」と。

参考文献
京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 基礎エネルギー化学講座機能性材料化学分野 作花研究室「可視光・色・補色」
秋田大学教育文化学部「先端科学をのぞいてみよう 光化学」
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糖質制限ダイエットに「耐えがたい」の声
 ダイエットにいそしんでいる人のなかには、「糖質制限ダイエット」という方法をしている人も多いことでしょう。

糖質制限ダイエットとは、糖質つまり炭水化物が多く含まれている食べることを抑えるダイエットのことをいいます。糖質を体に摂り入れると、膵臓からインスリンという物質が出てきます。この物質が脂肪をふやすことになるため、なるべく糖質を摂らないようにしましょうというわけです。そのかわり、糖質があまり入っていない食べものは多く食べても問題ないということを謳う人もいます。

マガジンハウスの雑誌『Tarzan』では、(2012年)9月27日(木)発売号として、「正しい糖質制限ダイエット」という記事を組んでいます。

記事には「糖質で真っ先に制限すべきは主食と砂糖」「健康的でカラダに良いというイメージが強い野菜にも、カボチャやニンジンのように糖質を多く含むものもあるから注意」などと書かれてあります。さらに、事細かに「カレールー×」「ノンオイル和風ドレッシング×」「オイスターソース△」「マヨネーズ○」のように、糖質ダイエットを考えたとき、体に摂りいれてよいものとよくないものを「×、△、○」でわけています。

街の店にも、多くの「糖質オフ」食品が並んでいます。発泡酒では「糖質70%」さらに「糖質0」を謳うものなどが多くのコンビニエンスストアなどに置かれています。長年にわたり置かれているということは、それだけ売行きもあるということでしょう。

また、レストランや居酒屋に行けば、「ライスなし」「パンなし」といった単品メニューを注文することもできます。糖質のかたまりであるこれらの食べものを避けることができるわけです。

このように、糖質ダイエットをする環境は整ってきています。

しかし、整った環境のなかで糖質制限ダイエットを続けることができるかというと、人によっては大きな壁があるようです。

「だって、ご飯にパンにうどん、それにビールや日本酒を摂ったらだめなんでしょう。これには耐えがたい」

糖質制限ダイエットの経験者はそのように話します。日本人の主食と化している食べものの多くに糖質が含まれています。美味しく食べてきた人にとって、それらを食べずにいることは、大きな苦行となるわけです。

糖質を抑えた発泡酒なども売られていますが。

「うーん、やっぱり、糖質オフのを飲むよりも、ふつうのビールを飲むほうが、味はうまいと思うんだよね」

これまで酒メーカーは糖質もふくめた構成でビールや発泡酒をつくってきたわけです。そこから糖質を除くということは、それだけでは味のバランスが欠けることになります。

「美味しいものには糖質が多く含まれている」→「糖質制限ダイエットをする」→「美味しいものが食べられなくなる」

この、単純な論法こそ、糖質制限ダイエットをする上での大きな壁となるようです。
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記者は信じこみ、研究者は知らぬまま……
自称ハーバード大学研究員の森口尚史さんが、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced Pluripotent Stem cell)を使って心臓手術をしたとして読売新聞などが大々的に報じましたが、誤報であることが確定的になりました。

この騒動からは、森口さんがうそをついていたということのほかにも、いくつかのことが明らかになりました。

新聞社が裏どりをしていなかったというのはそのひとつです。

森口さんは、ことし(2012年)の9月から10月にかけて、自分で積極的に新聞各社に「iPS細胞を使っての心臓手術」の話を売りこんだといいます。読売新聞のほかにも、日本経済新聞や朝日新聞などの記者が森口さんに実際に取材をしていたようです。

しかし、日本経済新聞や朝日新聞は「iPS細胞での心臓手術」を報道しませんでした。正確に報道するための裏づけがとれていなかったのでしょう。森口さんの話そのものがほぼうそだったため、裏づけがとれないのは当然です。

いっぽう、おそらく読売新聞は、裏づけをあまりとらずに、森口さんの話を信じて記事にしたのでしょう。

裏づけをとらず記事にしてしまったことは、報道機関としての姿勢を問われます。しかし、取材のときに記者が「怪しい」と感づくことができるかというと、そこには難しさもあります。

読売新聞は、かねてから森口さんの“研究成果”を伝えていました。2009年には「人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使ってC型肝炎治療法発見」「肝臓のがん細胞 9割正常に戻る マウスで成功」などの見出しの記事があります。読売新聞側と森口さんとのあいだで、取材を重ねることにより親しい間柄になっていれば、「怪しい」と感じる余地は小さくなっていたかもしれません。

学術論文で共同執筆者の名前が掲載されるときの確認や認識が甘いことも、今回の騒動で見えてきました。

iPS細胞を臨床で応用したとする森口さんの論文の共同執筆者の一人は、「(今回の研究について)一切連絡はなく、どうして自分の名前が出たのか分からない。iPS細胞の研究をしていることすら知らなかった」と話しているといいます。

そのような間柄でも、論文に名前は載ってしまうわけです。

論文を掲載する出版社側の確認体制が甘いとも考えられます。しかし、共同執筆者が数人、あるいは10人以上も載るのがあたりまえの今日日、その人が本当に共同研究をしたのかを確認するのは多くの労力をともないます。

この騒動がなければ、共同執筆者たちは、自分が森口さんの共同執筆者になっていたことをずっと知らないままでいたかもしれません。いまは名前貸しがひんぱんに行われる時代。刊行物に名前が載ることの価値の低さを表わしているともとれます。

うそが発覚する前のテレビ局の取材での森口さんの様子からは、森口さん自身も自分がうそをついていることに罪悪感も感じていないようです。うそをつくことの罪悪感よりも、報道が自分に注目してくれるという高揚感がはるかに上回っていたのかもしれません。

高揚感や自信をもってする言動は、もしそれがうそであっても本当のことに思われやすいものです。

参考記事
スポーツニッポン 2012年10月13日付「森口氏論文の“共著者”が関与否定『どうして名前が出たのか…』」
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「緩和された牛肉輸入規制、判断は正しいのか?」


日本ビジネスプレスのウェブニュースJBpressで、きょう(2012年)10月12日(金)、「緩和された牛肉輸入規制、判断は正しいのか?」という記事が配信されました。この記事の取材と執筆をしました。

このブログでも10月2日3日に伝えたとおり、内閣府の食品安全委員会プリオン専門調査会は「プリオン評価書(案)」という報告書の案を9月に公表しました。べつの省庁のである厚生労働省から「検討してほしい」という依頼を食品安全委員会が受けて、つくったもの。

いま、米国から日本へと輸入される牛肉は、「20か月齢以下」という若い牛のものにかぎられています。牛海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)という、脳がスポンジ状になる牛の病気の発症が、20か月齢までであればほぼ見られないからです。

しかし、厚生労働省は2011年12月、米国やカナダ、それにフランスやオランダからの牛肉の輸入を「30か月齢以下」まで緩和することを検討しはじめました。そこで、科学的に見て、この緩和が問題ないかどうかを、食品安全委員会プリオン専門調査会にはかったのです。

依頼を受けたプリオン専門調査会が、評価書案に盛りこんだ内容は、「30か月齢以内」への緩和を認めるものでした。このまま進めば、20か月齢を超えて、30か月齢までの米国産牛肉が、近いうちにスーパーマーケットなどに並ぶことになります。

今回の輸入緩和に向けた動きを、消費者はどのように捉えればよいのでしょうか。その問いを、千葉科学大学副学長の吉川泰弘さんに投げかけてみました。吉川さんは、2009年まで、プリオン専門調査会の座長をつとめていました。

かつての座長という立場から、吉川さんは、食品安全委員会が存在する意義について思いを述べます。

「リスクを“評価”する立場の食品安全委員会は、政治とは切り離して、科学的に答える姿勢を貫き通さなければなりません」

内閣府という日本の中央省庁に組みこまれていることから、食品安全委員会をほかの政府の省庁とおなじ位置づけて見る人もいるかもしれません。あるいは、食品安全委員会という組織が存在することそのものを知らない人もいるかもしれません。

食品安全委員会はホームページで、「食品安全委員会は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、食品を摂取することによる健康への悪影響について、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に評価を行う機関です」と謳っています。

厚生労働省や農林水産省などの、ほかの省庁が食についての政策を実行するとき、「科学的にその政策は妥当なのだろうか」といった観点が必要になります。そこで、厚生労働省や農林水産省などが、食のことについて科学的に調べてほしいことを調べてもらうよう、食品安全委員会に依頼します。

そして、食品安全委員会が、これまでの科学データなどから依頼内容について検討をはかり、評価案を出すのです。さらに、この案を国民にも公表して意見を募り、その意見も踏まえて、最終的に調査依頼をしてきた省庁に回答をする、というのが基本的な流れです。

こうした位置付けのため、ほかの省庁とは立場のちがう、独立的な要素を食品安全委員会はもっていることになります。さらに、食品安全委員会が必要と考えたときには、どの省庁から依頼を受けなくても、食についての課題を評価する「自ら評価」も行っています。

食品安全委員会の9月の評価案により、厚生労働省は輸入緩和の“お墨つき”をもらったことになります。では、BSEが見つかったっという件数も、世界的にすくなくなってきました。では、BSE問題は終息したといえるのでしょうか。19日(金)配信予定の後篇で、さらに吉川さんの話が深まっていきます。

「緩和された牛肉輸入規制、判断は正しいのか? BSE沈静化の中での不安の種(前篇)」はこちらでどうぞ。
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山中さんよりも早くiPS細胞を目撃
ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さんは、記者会見などで周囲への感謝の意をしきりに言っています。

「感想を一言でいうと感謝しかない」「ありがとうございます」「みなさんのおかげです」

ノーベル賞の受賞者には条件があります。ひとつの賞に最大で贈ることができるのは3人であること、また、授賞決定の発表のときに生存している人であること、などです。

いっぽうで、自然科学の研究をチームやグループで進めることがとても多くなっています。かつては、アルバート・アインシュタインのように、ほぼ自分一人だけで研究をして、ノーベル賞を受けるといったこともありました。しかし、いまや、科学は大がかりなものになり、大学や研究機関や企業などの複数人からなるチームが研究をするようになっています。

そのため、とくに自然科学分野のノーベル賞は、研究グループの長である人物に贈られることが通例となっています。逆に、研究グループの長ではない人物にノーベル賞が贈られる可能性は、グループ長や筆頭著者よりもはるかに低くなります。

山中さんのノーベル賞受賞も、その例外ではありません。

山中さんがノーベル賞を受けることになったのは、「成熟した細胞が初期化して多能性をもつことを発見したことに対して」。この発見をしたとき、山中さんは、奈良先端科学技術大学院大学で研究をしていました。そして、研究チームには、高橋和利さんという人物がいました。いま、高橋さんは山中さんの所属する京都大学iPS細胞研究所で講師をつとめています。

山中さんの研究チームは、iPS細胞をつくるため、マウスの細胞に候補となる24種類の遺伝子を導入することにしました。その結果、iPS細胞の樹立されたことになったわけですが、その瞬間を最初に目の当たりにしたのは、作業を実際にやっていた高橋さんだったといいます。高橋さんは、「先生、生えてます!」と山中さんに報告をしました。

さらに、研究チームは、24種類の遺伝子のうち、どれがiPS細胞を樹立する鍵になっているのか、絞り込みをすることになりました。ここで、「導入する遺伝子を1種類ずつ減らしていったらどうでしょうか」と、種類を減らしていく方法を提案したのも高橋さんだったといいます。もし、ある遺伝子を減らす前にはiPS細胞ができているのに、減らした後にiPS細胞ができないとしたら、減らしたその遺伝子が鍵を握ることになるわけです。

結果的に、4種類の遺伝子が鍵を握っていることがわかりました。もし1種類ずつ遺伝子を入れて、iPS細胞ができるかを確かめるような方法をとっていたら、鍵の遺伝子の特定までもっと時間がかかっていたことでしょう。

高橋さんは、iPS細胞の樹立の瞬間を山中さんより早く目撃した人物であり、iPS細胞の鍵となる遺伝子の特定のために重要な方法を提案した人物でもあるわけです。

そのくらい重要な貢献をしたのであれば、高橋さんにノーベル賞が贈られてもよいではないか。そう思う人もいるかもしれません。

とうの高橋さんは、新聞社からの取材に対して、つぎのように話しています。

「とてもうれしく、心からお祝い申し上げます。このような偉大な研究者の指導を直接受けられたこと、革新的な研究を最も間近で見られたことに幸せを感じる」。高橋さんは山中さんの受賞決定後、複数の取材に応じていますが、自分が受賞をしなくて悔しいといった思いをみじんも示していません。悔しさなんて、ないからでしょう。

しかし、研究者がすべて高橋さんのような人かといえばそうではありますまい。研究者も人です。「ボスよりも自分ががんばったのに、なんでボスに賞が贈られるんだ!」と憤慨する研究者もいることでしょう。

高橋さんにそのような思いをまったく感じられないのは、高橋さんの謙虚で純朴な性格によるものもあるでしょう。それとともに、山中さんが高橋さんやほかの研究メンバーに対して、ふだんから敬愛をもって接してきたことも大きいのでしょう。

山中さんは、ノーベル賞が決まる前から、雑誌の取材などでこのように話しています。「助手の三井さん、高橋君、徳澤さん、海保さん。それから技術員の一阪さん。彼らがいなければ、絶対ここまで来ていないです。このチームが原点です」。


マウスiPS細胞樹立を報告した『Cell』の論文の筆頭著者欄には“Takahashi Kazutoshi”の名前

参考記事
日本経済新聞 2012年10月8日付「『日本という国が受賞した』山中教授の一問一答」
毎日新聞 2012年10月9日付「二人三脚で大発見支え 高橋・京大講師」
『Voice』2008年3月号「『万能細胞』で闘う日本/山中伸弥氏に聞く」(PHP Biz Onlineで2012年10月9日に再録 http://shuchi.php.co.jp/article/1174?
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10月10日、記念日の特異日


10月10日は、晴れの特異日ということで、1964年の東京五輪の開幕日に決まったといわれています。

この「10月10日」というのは、晴れの特異日だけではありません。「記念日の特異日」ともいえるくらい、さまざまな記念日に定められています。

記念日とは、記念すべきものごとのあった日。10月10日のさまざまな記念日から、記念日のつくられかたの傾向も見えてきます。

まず、10月10日という日に、催しものや事件などがあったことにちなんでの記念の日があります。体育の日はその例といえるでしょう。10月10日に開会式のあった東京五輪にちなんで、2年後の1966年から祝日になりました。いまは、10月第1週の月曜日になっています。

ほかに、催しものやできごとにちなんだ記念日としては、「マグロの日」があります。726年の10月10日、歌人の山部赤人がまぐろ漁を称えた歌を詠んだとされることから、日本鰹鮪漁業協同組合連合会が1986年に定めました。

10月10日という日は、語呂あわせにも向いています。「1010」という数の語呂あわせから、つぎのような記念日にもなっています。

まず「銭湯の日」。東京都江東区の公衆浴場商業協同組合が1991年から言いはじめ、全国に広がりました。

「釣りの日」もあります。お魚を「とと」とよぶことからです。全日本釣り団体協議会と日本釣り振興会が定めました。

つづいて「トマトの日」。「1010」と「トマト」が近いからだそうです。全国トマト工業会が決めました。

「冷凍めんの日」。「010」で「れいとう」という語呂あわせに通じるからのようです。冷凍めん協議会が2000年に決めました。やや無理矢理な印象をもつ人もいるかもしれませんが、「ほかに冷凍めんの日としてふさわしい語呂あわせは」と聞かれると、やはりこの日になりそうです。

「転倒防止の日」。「1010」で「テンとう」だそうです。そのままだと「転倒の日」となりそうなところ、「防止」をつけて「転倒防止の日」。発想の転換があったのかもしれません。転倒予防医学研究会が決めました。ほかに「テントの日」もあります。

変わりだねでは「お好み焼の日」といったものもあります。「1010」で「ジュージュー」だそうです。オタフクソースが定めました。

これらの語呂あわせからすれば「党利党略の日」などもあってもよさそうですが、だれも記念日に定めません。

「1010」あるいは「一〇一〇」は、見た目の形も特徴的です。そこから、つぎのような記念日が定められています。

「肉だんごの日」。「10・10」のかたちが串と団子を思わせることなどから、日本ピュアフードが決めました。

「目の愛護デー」。「10・10」を横に倒すと、両眼と両眉に似ていることから、中央盲人福祉協会が定めました。はじめは、「視力保存デー」という記念日の名で、1931年から始まりました。歴史のある記念日です。

過去にその日にちなんだ催し物やできごとがあった。語呂あわせ。字の形状。これらが、記念日になる理由として多いもようです。ただし、これだけ記念日が多いと、記念日にちなんだことをして、その日を味わおうとする人には、やることが多くて大変かもしれません。

参考ホームページ
ウィキペディア「10月10日」
日本ピュアフード「10月10日は『肉だんごの日』です!」
沖縄県水産課「10月10日はマグロの日!」
| - | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0)
狼の糞を燃やして情報伝達
遠くにいる人になにかの情報を伝えたい。そうしたとき、いまでは電話、ファクス、インターネットなどの方法があります。しかし、むかしはそのような通信手段はありませんでした。そこで、長いこと、国や大名たちが「のろし」という方法を使ってきました。

薪をたいて、その煙または火によって遠方にいる仲間に“合図”を送るというのが、のろしの使いかたです。奈良時代に完成した『日本書紀』などには、「烽」(とぶひ)ということばでのろしのことが書かれています。

紀元3世紀ごろまでの弥生時代には、すでに日本でものろしが使われていたといいます。さらに飛鳥時代の664(天智天皇3)年には、対馬や壱岐などにのろしを設置しました。前年の663年に朝鮮半島の白村江で、日本と百済の連合軍と、唐と新羅連合軍のあいだで戦が行われ、勝ちをおさめられなかった日本が、国防のために守備兵士の防人(さきもり)とともに置いたといいます。

戦国時代の武田信玄(1521-1573)もまた、のろしを駆使した武将として知られています。 信玄の本拠地であった甲斐国山梨郡古府中の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)を中心に、いまの長野県、埼玉県、静岡県、神奈川県のほうへとのろしのネットワークがはりめぐらされていたといいます。

さて、実際に、のろしをどのように使っていたのでしょう。長野県下條村に住む歴史研究家の原董さんによると、のろしを上げるための材料には、藁と杉の生葉を使っていたといいます。藁を下にし、その上に杉の生葉を置きます。

さらに、その上には、乾燥した狼の糞を置いたといいます。これは中国から伝えられた手法で、狼の糞を置くと、煙が散り散りになりにくいというのです。狼の糞を使って煙を起こしたことから「のろし」には「狼煙」という書きかたがあります。

煙で遠方に情報を伝えるということから、のろしで扱える情報量にかぎりがあったのも想像にかたくありません。しかし、のろしの利用者たちは工夫をしました。

たとえば、煙の色を変えることで、伝える情報の種類を増やすことができます。火薬にいろいろな物質を加えると、それによって煙の色が変わってきます。さらに、のろしを上げている時間などにも何種類かを考えておくなどして工夫を凝らしたようです。

さまざまな工夫がでてきたのは軍事目的だったからかもしれません。もじどおり“火急”の要件を伝えるために使われたわけです。

参考ホームページ
津金學校「のろしの里」
長野県下伊那地方事務所「南信州の戦国時代における情報伝達網 武田信玄の情報戦略に学ぶ 下條村の歴史研究家 原董(はらただす)さんに聞く」
TDKサイエンスミュージアム「光通信の系譜」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(1)
ジョン・ガードンさん、山中さん誕生年に細胞を初期化


スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2012年のノーベル生理学・医学賞を、京都大学教授の山中伸弥さんと、英国ガードン研究所所長のジョン・ガードンさんに贈ることを発表しました。受賞理由は「成熟した細胞が初期化して多能性をもつことを発見したことに対して」です。

山中さんのiPS細胞樹立の業績は、これまでも日本国内で知られてきました。これから日本全国の報道機関が熱狂的に山中さんの受賞を伝えることでしょう。

いっぽう、共同受賞者のガードンさんのことは、日本国民にはあまり知られていないもようです。以下は、海外の報道機関のウェブ版によるガードンさんの紹介を抜粋したものです。

ガードンさんは1933年生まれ。英国のエリート養成学校イートン校で教育を受けたあと、オクスフォード大学クライストチャーチ校にかよいました。しかし、ここで彼は科学でなく古典を学びました。ガードンさんの師が、彼に科学者になるだなんて「とてもばかげたことだ」と言ったからと伝えられています。

しかし、彼は能力を認められてから、動物学を学ぶようになり、オタマジャクシの実験をはじめとする課題にとりくみつづけました。これは、クローン技術の分野を開花させるものとなりました。

論文を書いたあと、ガードンさんは米国カリフォルニア工科大学に博士号後研究者(ポスドク)として移籍します。しかし、すぐに英国に戻り、オクスフォード大学そしてケンブリッジ大学へと進みました。

1962年、ガードンさんは、カエルの皮膚や腸の細胞といった特定の細胞からつくったデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)を、新しいオタマジャクシの作成に使うことができることを示しました。つまり、おとなのカエルの細胞を初期化することに成功したのです。この発見の年は、くしくも共同受賞者の山中さんの生まれた年でした。

ガードンさんはノーベル賞受賞に対して「こんなに昔の研究成果を認識していただいたことに、信じられない気持ち、たいへんな素晴らしさ、驚きをもって受けとめている」と話しています。

参考記事
Nobelprize.org “The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2012 Sir John B. Gurdon, Shinya Yamanaka”
The Telegraph 2012年10月8日付 “Sir John Gurdon wins Nobel Prize in medicine or physiology”
Herald Sun 2012年10月8日付 “Stem cell researchers John Gurdon and Shinya Yamanaka honoured with Nobel prize”
| - | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0)
(2012年)12月4日(火)は「職場のストレス・メンタルヘルス対策講演会」


催しもののお知らせです。

企業からの受託で食品・健康分野などでの試験開発しているティーシーシーが、(2012年)12月4日(火)、「職場のストレス・メンタルヘルス対策講演会」を、東京・蒲田の大田区産業プラザで開きます。

2011年12月、国会で「労働安全衛生法」の一部を改正する法律案が厚生労働省により提出されました。改正のおもな点は、メンタルヘルス対策を強化することにあります。職場での労働者の精神的健康について、医師や保険師が状況を把握するための検査を行うことなどを義務化することなどが、改正案に盛り込まれています。

こうした状況を受けて、講演会は、健康保健組合、団体・企業人事、労務、メンタルヘルス対策推進担当者などに向けて行われるもの。

講演会では、世界保健機関(WHO)心理医学・精神薬理学教授の永田勝太郎さんが、「全人的健康の視点からストレスの未病チェック」という題で、また、厚生労働省職場におけるメンタルヘルス対策検討会委員で東京医科大学名誉教授の下村輝一さんが、「職場のストレスとメンタルヘルス対策 最近の動向も含めて」という題で、講演をします。

また、ティーシーシーがこのたび開発している、「働く人のこころとからだの早期健康チェック」(CHCW:Comprehensive Health Check for Workers)という新しい試験法についての紹介を、ティーシーシー社長の山本哲郎さんがします。

同社は講演会について、「従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ一次予防の重要性、ストレスチェック質問紙の利用法、ならびに今後組織に求められるメンタルヘルス対策について一緒に考える機会とさせていただく考えています」と話しています。

「職場のストレス・メンタルヘルス対策講演会」は、(2012年)12月4日(火)14時から16時35分まで。大田区産業プラザD会議室にて。参加は無料です。関連団体の日本行動科学学会に、講演会の詳細と参加申込シートがあります。こちらです。

開催者のティーシーシーのホームページはこちらです。

労働安全衛生法の改正点については、厚生労働省「労働安全衛生法の一部を改正する法律案の概要」が参考になります。こちら。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「私物スマホで『BYOD』を」

(2012年)10月6日(土)発売の週刊誌『AERA』に、「ケータイの会社支給はもう古い? 私物スマホで『BYOD』を」という記事が載っています。この記事の、取材と執筆をしました。

BYODは聞きなれない言葉かもしれません。“Bring Your Own Device”の頭文字をとったもので、日本語に直訳すると「自前の装置をもってくる」といった意味になります。

いま、多くの企業では、社員に携帯電話やスマートホンなどのモバイル端末を“会社持ち”の機器としてもたせています。しかし、情報通信企業を中心に、会社が社員に携帯電話やスマートホンをもたせるのでなく、社員が私用に買った携帯電話やスマートホンを使ってもらうことを始めています。仕事用モバイル端末のBYOD化が始まっているのです。

いまや、私用で自分の携帯電話やスマートホンを使っている社員がほとんど。会社側は、わざわざ仕事用の携帯電話やスマートホンをもたせなくとも、自前のものを使ってもらえば、会社が携帯電話やスマートホンを買う費用が浮きます。

社員にとっても、複数のモバイル端末をもたないでもよくなります。また、自分がふだん使っているモバイル端末を仕事に使えば、仕事の効率も上がるかもしれません。

いっぽうで、社員自身のモバイル端末を仕事に使うことで、私用にダウンロードしたアプリが悪質で会社情報が外部に漏れるといった、漏洩問題が心配されます。これに対して、情報通信企業は、社員が使うモバイル端末には仕事関連のデータが保存されないような技術などを用意して、BYODを推進します。

BYODを推進する企業や、企業が推進するBYODをみずから進んで受け入れる人は、「よかれ」と思ってそうしているのでしょうから、幸せ、すくなくとも問題はないでしょう。

いっぽうで、世の中には、BYODを「よかれ」と思えない社員もいそうです。「なぜ自分が自前で買った機械を、会社のために使わなければならないのだ」という、公私分離を強く思っている人は、そのひとつです。

もうひとつ、仕事時間と私用時間の分け隔てがなくなるおそれがあるということを懸念する人もいます。BYODになって、週末に、自前の携帯電話で仕事のメールを受信したり、お客さまからの電話を受けとったりすることができることを喜ぶ社員もいます。週明けにはじめて相手からの連絡があったことを知るより、週末の間に相手からの連絡があったことを知るほうが、仕事の手を速く打てるからです。

しかし、週末まで仕事に追われたくない、と考える会社員もいるはず。そうした社員にとって、BYODがあたりまえのことになると、上司やお得意さまから、こんな文句を言われかねません。

「きみ週末も仕事のメールをチェックできるのだから、例の件の対応は土日に済ませておいてくれよ」
「土曜日に送ったメールは週末にご覧になったはずでしょうに。なぜ、すぐに対応してくれなかったのですか」

このようなことがあたりまえになってしまうと、社会がよりワーカホリックになっていきます。

取材した企業では、現在、社員にBYODを強制しているところはありませんでした。社員の携帯機器の私用や仕事スタイルを最大限、尊重しているようでした。

これから、さまざまな企業でBYODが企業の制度として進んでいくかどうか。いまは分かれ目といえそうです。

朝日新聞出版による『AERA』2012年10月15日増大号のお知らせはこちらです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(1)
選んだ時点で中立性は破られている
 

多くの人がテレビやラジオなどの放送に触れています。そのため、放送で「公共の福祉」を目指すべきだという考えかたも生まれます。

その考えをかたちにしたものが「放送法」という法律です。放送法の第一条には、「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする」と、目的が綴られています。

公共の福祉にかなう放送を目指そうとしたとき、「偏った報道はすべきでない」という考えかたが生まれてきてもおかしくありません。そこで、放送法の第四条には、つぎのような条文が掲げられてあります。

「二  政治的に公平であること」「四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」

これらの条文からすると、「できるだけ放送による報道は中立たれ」という意味合いが放送法には込められていると捉えることができます。

では、報道機関が、政治的に公平であることや、意見が対立する問題にできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることをすれば、報道の中立性を保ったことになるでしょうか。

いくら、政治的な公平を考えて与党と野党の両方の意見を伝えても、また、いくら、ひとつの問題について多角的に伝えたとしても、中立性を実現することはできないという考えかたがあります。

その考えでは、中立性を実現することができないのは、「その話題が取りあげられるかどうか」という問題があり、これにより取りあげられる話と取りあげられない話のあいだでの中立性がいちじるしく破られるから、となります。

たとえば、Aさんという人が発明をして特許を取得したとします。Bさんという人もべつの発明をして特許を取得したとします。Aさんの発明とBさんの発明は、どちらもおなじぐらいの価値がある革新的なものです。

しかし、たまたま放送記者が、Aさんの発明のことを知っていて、Bさんの発明のことを知らないとします。この場合、放送記者は、Aさんの発明のことを報じることはあっても、Bさんの発明のことを報じることはありえません。

放送記者はAさんの発明のことをニュースにしました。その記事の反響は大きく、さまざざまな企業から「もしもし、Aさんですか。ニュースを見ましたが、あなたの発明はじつに素晴らしい。ぜひ、特許料を払うので技術を使わせてください」と引きあいが来ました。

いっぽう、Bさんの発明はというと、記者に知られることなく、ニュースに取り上げられることもありませんでした。企業にはほとんど知られずじまいです。特許料を支払う企業はまったくといってよいほど現れませんでした。

Aさんの発明はニュースに選ばれて、Bさんの発明はニュースに選ばれませんでした。「その話題を取り上げるかどうか」で、すでに大きなふるいがかかっているわけです。

すべての物事をニュースで取りあげるのは、おそらく未来永劫、無理でしょう。そのため、報道の中立性を破りうる「その話題が取りあげられるかどうか」という問題はいつまでも、報道についてまわることになります。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
多様性があるとバランスがよい


「バランスのよさ」は、人が目指そうとすることのひとつです。安定的な状態がいつまでも続くようにという本望があるのかもしれません。

では、いったいなにが「バランスのよさ」をもたらすのか。この根本的な問いに、ひとつの解があたえられました。鍵を握るのは「多様性」です。

龍谷大学理工学部准教授の近藤倫生さんは、 自然のバランスを保つ鍵は、生態系に多様な生物間関係があることであるということを発表しています。

生態系に多様性があると自然のバランスがよくなるということは、一見、あたりまえのことに思われそうです。しかし、過去には「生態系が複雑だと、不安定になる」といった、逆の説もありました。

英国の生物学者ロバート・メイは、1972年に、生物種の数が多ければ多いほど、また、関係をもっている種と種のペアの数が多いほど、自然のバランスは“保たれにくくなる”ということを、数理モデルという技術を使って予測したのです。

数理モデルとは、コンピュータの計算などを使う模型のこと。実際のことを調べるのが難しいとき、かわりにコンピュータに実際とおなじような条件を入れてから計算させて、どうなるかを予測するのです。

多くの人にとって、メイが出した予測は実感とは異なることでしょう。

近藤さんも、メイとおなじく数理モデルを使って、「自然のバランスのよさはどうつくられるのか」を研究しました。メイとちがう点は、「ブレンド」という考えかたを、数理モデルで重視したということです。「ブレンド」(Blend)は、「混ざり合う」という意味です。

自然界には、食べる・食べられるの関係のほかに、種と種でたがいを助けあって得をする関係もあります。たがいを助けあう代表例には、マツとマツタケの関係があります。マツタケはマツの根から栄養をもらい、マツはマツタケに土からの栄養をもらうのを助けてもらっていると考えられています。

「食べる・食べられる」の関係と、「たがいに助けあって得をする」関係が、どちらに偏ることもなく、ほどよく混ざりあっているときに生態系の安定性が保たれることを、近藤さんは突きとめたといいます。

近藤さんの研究結果によると、もっとも安定する割合は、「食べる・食べられる」関係と「たがいに助けあって得をする」関係の比率が、2対8から3対7ぐらいの場合だといいます。

さらに、新しい数理モデルを使った研究では、種の数が多いほど、また関係をもっている種と種のペアの数が多いほど、個体数の変動がすくなくなることもわかったといいます。これは、メイの予測とは反対の結果です。

この研究結果は、自然のバランスに目を向けたもの。しかし、いろんな人がいたほうが組織やコミュニティはバランスがとれるようになる、といった人間界の話にも通じるところがあるかもしれません。

参考記事
龍谷大学・科学技術振興機構 2012年7月20日付「さまざまな生物種間に『敵対』・『協力』関係が存在することで自然のバランスが保たれることを発見」
| - | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0)
「20か月齢」から「30か月齢」に緩和へ(下)


内閣府の食品安全委員会は9月、牛海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)の問題について、日本の牛も海外の牛も、月齢の規制を20か月齢から30か月齢にしてもリスクの差は非常に小さいとする審議結果を発表しました。「科学的にどうなのか調べてくれ」と言ってきた厚生労働省への答申案に書かれています。

答申案の発表を受けて、消費者団体からは反対の声も上がっています。

生活クラブは、「人への健康影響は無視できる」とした審議結果に対して「反対の意見表明」をしています。

反対する理由のひとつは「アメリカの意思表示のひとつとして受けとめざるをえない」というもの。日本政府は、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加を臨んでいます。その参加条件として、参加国の米国が「牛の輸入規制を緩和しろ」と迫ってきており、今回の審議結果は、米国のその意思表示のひとつであるというのです。

食品安全委員会はたしかに内閣府に置かれていますが、外務省などの省庁とは独立しており、また、省庁から「調べてくれ」と言われたことを、科学的にはどうかと審議して、返事をする役割をもつ機関です。そのため、生活クラブのこの反対表明は食品安全委員会に向けられたものとはいえません。

また、反対理由のひとつに、「米国では輸入条件違反があとを絶たない」としています。BSEの病原体とされるプリオンという物質は、脊髄などの特定の部位にたまります。この特定の部位を取りのぞいたうえで輸出することが決められています。しかし、その条件を違反する事例があとを絶たないと言っています。

さらに、BSEにかかっていないかを検査する牛の頭数の全体に占める率が、米国ではとても低いということも反対理由にあげています。食品安全委員会の答申に書かれた「アメリカではと畜数が年約3,500万頭の内、BSE検査は44,000頭(0.13%)」という一文を引きあいに出して、「検査も不十分」としています。

BSEについては、これまでのウイルスによる感染症とは異なる点も多く、原因の解明には至っていません。そのあたりの不安も、消費者団体からの反対意見につながっているのでしょう。

食品安全委員会の事務局評価課は、今回の答申案「牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案)」に対して、パブリック・コメントを募集しています。市民などの意見を受けて、それを食品安全委員会に報告することにしています。

生活クラブが9月26日に発表した「『輸入牛肉のBSE対策の規制緩和は反対です『プリオン評価書(案)』にパブリックコメントを提出」はこちら。

内閣府食品安全員委員会プリオン専門調査会が、2012年9月に発表した「プリオン評価書(案)牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しに係る食品健康影響評価」はこちらです。

食品安全委員会事務局がお知らせしている「牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集」はこちらです。募集機関は2012年10月10日の17時までです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「20か月齢」から「30か月齢」に緩和へ(上)


2012年9月以降、牛海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)をめぐって、政府の動きが慌ただしくなっています。

BSEは、牛の脳の組織にスポンジ状の変化が起き、起立ができなくなるなどの症状を示す、遅発性かつ悪性の中枢神経系の病気です。 人でも、同様の症状を示す新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD:variant Creutzfeldt-Jakob Disease)という病気があります。vCJDの原因のひとつがBSEに感染した牛を食べることとされることから、BSE感染牛が市場に出回ることがとりわけ問題になりました。

BSEに関連して、内閣府の食品安全委員会という機関が9月、輸入してもよい米国産の牛肉の月齢を、20か月以下から30か月以下に緩和してもよいとする評価を出しました。食品安全委員会は、厚生労働省などから「わが省はこう考えるのだが、どうだろうか」という諮問を受けて、それに返事をする機関です。

食品安全委員会プリオン専門調査会は、「牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しに係る食品健康影響評価」の中で、つぎのように述べています。

―――――
国内措置
検査対象月齢に係る規制閾値が「20か月齢」の場合と「30か月齢」の場合のリスクの差は、あったとしても非常に小さく、人への健康影響は無視できる。

国境措置
米国、カナダ、フランス及びオランダに係る国境措置に関し、月齢制限の規制閾値が「20か月齢」(フランス及びオランダについては「輸入禁止」) の場合と「30か月齢」の場合のリスクの差は、あったとしても非常に小さく、人への健康影響は無視できる。
―――――

なぜ、「『20か月齢』の場合と『30か月齢』の場合のリスクの差は、あったとしても非常に小さく、人への健康影響は無視できる」と調査会は言っているのでしょう。

調査会は、まずひとつ、牛のBSEの感染状況を判断の根拠にあげています。

日本では、2002年1月生まれの1頭を除いて、BSE感染牛は確認されていません。また、BSEの平均潜伏期間は、5年から5.5年と長いものの、米国では2009年10月にBSE対策のための飼料規制が強化され、それ以降35か月が経過しています。資料規制が強化されてから生まれて育った牛が、30か月齢以上を迎えたことになります。

また、調査会はもうひとつ、感染確率の低さを根拠にあげています。

牛がBSEになるのは問題のある飼料を食べるからといわれていますが、もし仮に、牛がその問題のある飼料を食べるような状況があったとしても、その摂取量は1グラム以下と想定されるといいます。この1グラムという量だと、すくなくとも牛が46か月齢になるまではBSEが検出されないという実験結果があります。

それに、人がvCJDになる件数は、もっとも多かった英国でも2000年を頂点に減少してきているといいます。BSE対策がきちんと打たれたことにより、人のvCJDの件数も減ったと考えられると調査会は述べています。

なお、非定型BSEという種類のBSEが人に感染するリスクについて、調査会は「否定できない」としています。しかし、非定型BSEに感染した牛の多くが8歳以上でした。唯一の例外として、23か月齢の牛が非定型BSEに感染した事例が報告されていますが、この牛が問題の物質を貯めていた量は、感染しやすいマウスでも感染しないくらいの量だったといいます。

これらのことから、調査会は「『20か月齢』の場合と『30か月齢』の場合のリスクの差は、あったとしても非常に小さく、人への健康影響は無視できる」という結論を出したのです。

この結論に対して、消費者団体などからは反対の声も上がっています。つづく。

参考文献
食品安全委員会プリオン専門調査会 2012年9月「プリオン評価書(案)牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しに係る食品健康影響評価」
参考ホームページ
厚生労働省「牛海綿状脳症(BSE)等に関するQ&A」
| - | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0)
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