科学技術のアネクドート

紫外線による“傷”をポリメラーゼ・イータが乗りこえる


問題が起きないように、二重、三重のしくみを備えておく。これは、病気に対するからだのしくみについてもいえます。

がん細胞が生まれるのは、細胞のなかのデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)に“傷”がつくことが発端。“DNAの傷”とは、細胞分裂にともなってDNAが複製されるとき、正しい塩基対と異なる塩基対がつくられてしまうこと。

A(アデニン)とT(チミン)という種類の塩基どうしは正しい対であり、G(グアニン)とC(シトシン)という種類の塩基どうしも正しい対です。しかし、Aの相手がGになってDNA複製が行なわれたり、Cの相手がTになってDNA複製が行なわれたりすると、そこから細胞のがん化への道が始まります。

これに対して、がん化への道を歩まぬよう、DNAポリメラーゼという物質が“修復”を試みます。

DNAポリメラーゼとは、DNAを合成するときにはたらくさまざまな酵素のこと。DNAを複製することが大きな役割ですが、がん化への道を修復する役割もっているDNAポリメラーゼも多くあります。

まず、からだがDNAの傷あることに気づくと、DNAポリメラーゼの一種は、DNAの傷の部分を切りとって、そこを連結しなおすといった修復方法を試みます。

しかし、それよりあとの、DNAを複製している途中でもDNAの傷がつくられることがあります。この段階でも、DNAの傷を修復するDNAポリメラーゼがあらわれます。

たとえば、「損傷乗りこえ修復型DNAポリメラーゼ」とよばれるDNAポリメラーゼはそのひとつ。

DNAでは、となりあうTとTがくっつくチミン二量体という傷がつくられることが多く、これによりDNAの複製に混乱がおき、ここからがん化への道が進みます。チミン二量体をふくむDNAの傷は、シクロブタン型ピリミジン二量体とよばれます。

DNA複製の途中で、シクロブタン型ピリミジン二量体が生まれてしまった場合、それを“乗りこえて”修復することを可能にするポリメラーゼがあるわけです。これは、「DNAポリメラーゼ・イータ」とよばれる種類。イータは、ギリシャ語のアルファベットで7番目にある「η」のこと。

チミン二量体は、皮膚が紫外線にあたることでよくつくられるもの。日傘をもっていなくても、DNAポリメラーゼ・イータが、がんへの道をまもってくれます。

参考ホームページ
核酸の化学「DNA修復」

参考記事
Science 2007年11月9日付「シスプラチンを用いた抗癌治療において生じたDNA損傷はDNAポリメラーゼηによってバイパスされる」(日本語アブストラクト)
Nature 2010年6月23日付 “The genome's shield from sunlight”
| - | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0)
運動神経のよしあしは活かしかたのよしあし

運動能力の高さや低さを、「運動神経がよい」「悪い」とよくいいます。実際の運動神経とはなんなのでしょう。

運動をするためには、筋を伸ばしたり縮めたりすることが必要になります。こうした筋の伸び縮みをするため、神経の中枢の“司令部”から、からだの末梢の“現場”に信号を伝える手段が運動神経です。

運動神経には、いくつかの種類もあります。

たとえば、背骨のなかには、“司令部”のひとつとして脊髄があります。この脊髄からは、α運動神経という運動神経が走っています。これは、伸び縮みをすることのできる筋繊維に、「伸びてください」「縮んでください」と、信号を出す運動神経。

また、γ運動神経もあります。これは、筋繊維のセンサーに備わる、さらに細かい筋紡錘という組織を刺激するための運動神経。

そもそも「運動神経」ということばの意味するものはなんなのでしょう。「神経」というのは、からだの“現場”である末端と、からだの“司令部”である中枢とのあいだで、刺激の信号をやりとりするためにはりめぐらされた線。

指でものを触ったり、舌で熱いものに触れたりしたとき、それぞれの現場から脳などの司令部に伝わる方向の神経を「感覚神経」といいます。いっぽうの「運動神経」は、脊髄などの司令部からそれぞれの現場へと指令が伝わる方向。

このため、「感覚神経」の反対語として「運動神経」ということばが使われているのです。

運動神経は、いわば体のなかにつくられるインフラストラクチャー。一般にいわれる「運動神経のよい」「悪い」は、この運動神経をいかにむだなく活かすか次第。運動神経そのものというよりも活かしかたに、そのよしあしが表われるのです。

参考文献
小林寛道『運動神経の科学』
参考記事
R25 2011年2月22日付「“運動神経”って今からでも良くなるの?」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
せきとくしゃみ、1回の飛沫量に差


「ゲホゲホ」と「ハクション」。せきとくしゃみは、口から飛沫を出すという点で共通しています。

せきのほうは、のどや気管などに粘膜に加えられた刺激がもとで、反射的に起きる強い息のこと。気管やのどなどの筋肉が収縮することにより咳はおきます。たとえば、風邪をひくと、ウイルスが気管支に刺激をあたえます。

一度、せきをすると、2キロカロリー。これは、だいたい階段を駆けあがる運動を10秒間ほどしたのとおなじ熱量消費になります。せきをすればするほど、体力は奪われていきます。

いっぽう、くしゃみのほうは、鼻からのどへと通じる鼻腔の粘膜に加えられた刺激がもとで、おなじく反射的に起きる強い息のこと。こちらは、息をまず吸ってから、口からきゅうに呼気を出します。

こしょうを鼻から吸い込むとくしゃみが出るのは、鼻の粘膜にこしょうの小さな粉つぶがあたり、これがくしゃみを起こす刺激になるため。くしゃみを起こす反射運動の中枢は延髄にあり、このくしゃみ中枢から、インパルスという興奮が神経を通じて、のどや顔にかけての筋肉に伝わります。こうしてくしゃみがおきるとされています。

せきやくしゃみの飛沫は、5マイクロメートルほどとされます。マスクをしていない場合、せきとくしゃみの飛沫はどのくらい飛び散るのでしょうか。たいていせきにもくしゃみにも共通でいわれるのは、「2メートルほど」といったところ。

しかし、電車に乗っている近くの人にくしゃみまたはせきをされた場合、どちらのほうが「飛ばされた」と思いやすいでしょうか。多くの人は、「へっくしょーん」と、より爆発的な呼吸現象となるくしゃみのほうかもしれません。

この感覚はあながちまちがいでもなさそうです。飛沫が飛ぶ距離に、あまりさはなさそうですが、差は飛沫の量にあらわれます。

くしゃみのほうは、1回の「はくしょん」で200万個ほどの飛沫が飛ぶといわれています。いっぽう、せきのほうは約10万個。もちろん、個人差や、そのときの状況にもよりますが、概してくしゃみのほうがせきより“飛ばす量”はおおいようです。

参考ホームページ
藤田医院「咳はどうして起こるか」
マスクのことならまかせなサイト!!「マスクの必要性」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「数学のジャーナリスト・イン・レジデンス2012」参加者募集

科学ジャーナリストや科学ライターのほとんどの仕事は、自分の大学時代の専攻以外の分野のことになります。

学生のころ化学を専攻していた記者が、宇宙や医療の記事に携わることはざらにあります。文系出身の科学記者であれば、ほぼ自分の専攻とは関係ない分野での仕事をすることになります。

では、科学ジャーナリストや科学ライターが、理系の研究現場を体験することはできないのでしょうか。そうした考えかたから、「ジャーナリスト・イン・レジデンス」という試みを、大学などの研究機関が行なっています。

ジャーナリスト・イン・レジデンスは、大学などの研究機関が、ジャーナリストやライターなどを一定のあいだ受け入れ、研究者社会のなかで過ごしてもらうというもの。研究の現場を体験したジャーナリストやライターが、より現場をふまえた記事を書けることにつながります。

京都大学理学研究科数学教室教授の藤原耕二さんら数理科学系の研究者・研究室は、2012年に行なう数学のジャーナリスト・イン・レジデンスの参加者を募集しています。

数理科学系の研究室に、ジャーナリストやライターを迎える試みは、2010年、2011年と行なわれ、2012年で3年目。

2012年の受け入れ機関は、東京大学大学院数理科学研究科 グローバルCOE数学新展開の研究教育拠点、京都大学大学院理学研究科数学専攻とグローバルCOE、九州大学大学院数理学府グローバルCOE、理化学研究所脳センター甘利俊一研究室。10月以降は、東京大学生産技術研究所合原一幸研究室・最先端数理モデル連携研究センターも加わります。

過去2年では、放送局、新聞社、出版社、フリーランス編集者など計14名がジャーナリスト・イン・レジデンスに参加。

参加者たちの滞在後の寄稿では、「数学者としての目標や、それにかける思い、研究の面白がり方などは、共感を持って聞くことができました」「数学者に触れて感心したのは、『頑なまでの厳格さ』と『覚悟』を持って数学研究に取り組む姿勢」などといった感想が見られます。

標準的なモデルは、1週間から2週間ほど滞在するのを、1か所か2か所で行うというもの。滞在先ですることは基本的に自由。仕事のもちこみも可能で、多くの滞在先では“本職”の仕事環境が提供されます。

2012年の参加者募集は、自薦の場合5月31日まで、他薦の場合5月25日まで。ただし 受け入れ可能なら随時受付もするとのこと。

ジャーナリスト・イン・レジデンスを企画する藤原さんは、「このジャーナリスト・イン・レジデンスという機会を、数年先かも知れないが、何か自分のやりたいことや興味のあることにつなげられるという感じがあるなら、是非、応募してください」とよびかけています。

詳細や募集要項などは、「数学のジャーナリスト・イン・レジデンス(JIR)プログラム」ホームページでどうぞ。
http://www.math.is.tohoku.ac.jp/~fujiwara/jir/jir.html

参考記事
里田明美「ジャーナリスト・イン・レジデンスに参加して」
長谷川聖治「『忘れられた科学』から『越境する数学』へ」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
ボブ・マーレーの代表曲の旋律が、日本の代表的アニメ挿入曲の旋律に類似


以前、このブログで、「さびの部分が日本語に聞こえる洋楽の歌詞」についてとりあげたことがあります。

ジプシー・キングスの「ジョビ・ジョバ」という曲の歌いだしが、「ジョビ ジョバ 顔がにやけたケロンパ」と聞こえるというのと、スノウの「インフォーマー」という曲のなかで、「ア リッキー ブンブン ダウン」と歌うところが、「兄貴ぼんぼんだーよん」と聞こえるというのを、具体例にしました。

洋楽の歌詞が日本語に聞こえる“ソラミミ”的な曲は、日本でよく聴かれるための大切な要素ともいわれています。

洋楽の歌詞が日本語に聞こえるというのは、偶然によるところが大きそうです。いっぽう、洋楽の曲の旋律と、日本の曲の旋律が、けっこう似ているという場合もあるものです。

「レゲェの神様」ともいわれるボブ・マーリーの代表曲のひとつに「バッファロー・ソルジャー」というものがあります。これは、アフリカからアメリカに連れこまれた“水牛兵”(バファロー・ソルジャー)の生きる姿をレゲェの旋律にのせて歌ったもの。

この歌の途中で、ボブ・マーリーが、つぎのように歌います。

「ウォイ ヨイ ヨ ウォイヨ ヨイ ヨ ウォイ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイヨ ヨイ ヨ」

この歌詩にはとりわけ意味はありませんが、歌のなかでは全体の調子をひきしめる部分として、3回ほどくりかえされます。

このバッファロー・ソルジャーの「ウォイ ヨイ ヨ……」の部分の旋律が、日本で聞かれる曲の旋律に似ているといわれます。

それは、テレビアニメ『サザエさん』の挿入曲。

『サザエさん』では、軽快な旋律にのって、サザエ、波平、フネ、マスオ、カツオたちの会話や行動と脱線が展開されます。20曲以上もある挿入曲のなかのひとつに、「バッファロー・ソルジャー」の「ウォイ ヨイ ヨ……」の部分を2倍ほど速くした旋律に似た旋律があります。リンクの3分52秒ごろから。

ボブ・マーリーの「バッフォロー・ソルジャー」がアルバム「コンフロンテーション」に収録されたて世に出されたのは1983年のこと。

いっぽう『サザエさん』の挿入曲は、作曲家の河野土洋や越部信義により手がけられたものが多いといいます。

そのなかでたまに聞かれる「バッファロー・ソルジャー」に似た挿入曲は、30歳代後半の人が「幼いころから『サザエさん』のなかで聞いていた記憶がある」と証言することから、1980年代には使われていたものと考えられます。

ふたつの曲は、速さと調はちがうものの、旋律はほぼおなじ。河野土洋や越部信義がレゲェにも造形が深かったという話は聞きません。はたまた、ボブ・マーリーがサザエさんの挿入曲の影響を受けたという話も聞きません。
| - | 23:57 | comments(1) | trackbacks(0)
放鳥トキ、外来種ながら別扱い


新潟県佐渡市で、放たれたトキから、3羽の孵化が確認されました。新聞やテレビニュースなどでは、「トキのひな無事育って」などと、トキの新たな命を祝う雰囲気です。

その影で、「いま日本にいるトキは外来種なんですよね」という声もちらほら聞かれます。

環境省のホームページによると、外来種とは、「もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物のこと」「外来生物法では海外から入ってきた生物に焦点を絞り、人間の移動や物流が盛んになり始めた明治時代以降に導入されたものを中心に対応」とあります。

この説明からすると、いま佐渡にいるトキは、中国から人間の活動によって佐渡市に入ってきた生物なので、外来種とみなすことができます。

外来種は、もともとその土地にあった生態系を崩すものとして、人間からしばしば邪魔者あつかいされてきました。たとえば、ブラックバスやミシシッピアカミミガメなどは、侵略的な外来種として、生態系への影響が心配されているわけです。

しかし、中国からもちこまれたトキについては「外来種は除けるべし」といった論調はほぼ生まれていません。これには、いくつかの理由がありそうです。

日本ではトキが絶滅したため、新たに中国からもちこまれて放たれたトキは、再導入がなされたという、ほかの外来種とは外来のしかたがすこし異なります。再導入の例としては、日本の豊岡市でコウノトリが放たれた例、また、米国イエローストーン国立公園でのオオカミが放たれた例などがあります。

この再導入がなぜおこなわれるのか、その理由をさらに深めると「人間的な判断」にたどりつきます。

トキは、日本の鳥としての象徴だったため、日本にトキがいることを望む人が多いわけです。さらに、いまの環境では外来種のトキを放っても、ブラックバスやミシシッピアカミミガメほど急に増えることもなさそうなので、生態系への影響もさほどなさそうだと考えられます。

また、トキが日本に復活することにより、自然の大切さを知る人が増えるという利点もあると考える人もいるでしょう。

日本のトキを絶滅に追い込んだのは人間。中国から日本にトキをもってきたのも人間。外来種でありながら、ほかの外来種とはおなじ扱いをしないのも人間。人間だけが気張って、いろいろなことをしてきたのです。

参考ホームページ
環境省「侵略的な外来生物とは」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
自然免疫と獲得免疫の両方活性化でがん細胞を攻撃


きのう(2012年)4月23日(月)発売の『週刊東洋経済』では、「がん 完全解明2012」という特集が組まれています。この特集の「日本発の免疫療法も臨床研究中」というコラムと、「たばこや酒でなぜがんになるのか がんの原因とは一体何か?」という記事の取材と執筆をしました。

「日本発の免疫療法も臨床研究中」という記事では、がん細胞をやっつけるのに効果的とされ、日本で発見がなされた「NKT細胞」という細胞について、研究者に取材しました。

がんにおける免疫療法とは、自己と非自己を識別して非自己を攻撃する免疫系のはたらきを活かした治療法のこと。この免疫療法の新たな方法として研究者たちのあいだで注目されているのが、NKT細胞という特殊な細胞を活性化するというもの。

NKT細胞はリンパ球のひとつ。リンパ球は白血球のひとつで、なかでもリンパ球は免疫を調節するはたらきなどをになっています。NKT細胞は、これまで知られてきたNK細胞、B細胞、T細胞につぐ、第四のリンパ球ともいわれています。

このNKT細胞が体内で活性化するとどうなるでしょう。

まず、NK(ナチュラルキラー)細胞というリンパ球を活性化させます。このNK細胞は、がん細胞を見つけると、直接そのがん細胞を殺しにかかります。NK細胞に「ナチュラル」ということばがつくのは、この細胞がもともと体に備わっている自然免疫系の免疫細胞だから。

さらに、NKT細胞により自然獲得系のNK細胞が活性化されると、“玉突き”が起きるように、今度はキラーT細胞という細胞も活性化します。キラーT細胞も、がん細胞を殺しにかかります。キラーT細胞のほうは、たたかう相手の病原体を時間をかけて識別して記憶する獲得免疫系という免疫細胞にあたります。

自然免疫系のNK細胞と、獲得免疫系のキラーT細胞の両方を同時に活性化させることができるただひとつの存在が、NKT細胞とされています。このNKT細胞自体もがん細胞を直接攻撃する能力があるといいます。NKT細胞は大いなる裏方役です。

では、そもそも、NKT細胞自体がつねにからだのなかで活性化しているのかというと、そういうわけではありません。NKT細胞を活性化させるためには、からだの外で「樹状細胞」という細胞に、αガラクトシルセラミドという糖脂質を添えて、それを体内に注射する必要があります。

NKT細胞による免疫療法の基礎研究を進めてきたのが、理化学研究所の免疫・アレルギー科学総合研究センター。実際の本格的な治療に向けた臨床研究も千葉大学とのあいだでされており、これからは国立病院機構とのあいだでも研究が進んでいきます。

治療技術のほかに、医師とのコミュニケーション、病院さがし、治療薬開発動向、再発・転移の知識、終末期ケア、業界地図、公的制度の使いかた、治療費用の例、保険の種類、就労の現状、リスクとメカニズム、原発事故と発がん、苦痛のすくない検査、拠点病院の治療実績など、多面的にがんを解明する特集になっています。

東洋経済新報社による『週刊東洋経済』「がん 完全解明2012」特集号のページはこちらです。
| - | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0)
かならずしも正規分布にはならず
世の中のものごとを、統計的に調べてみると、そのばらつきはよく「正規分布」になるといわれます。

正規分布とは、調べるものの対象のばらつきが、平均値を境目にして、前後でおなじようにばらついている状態のこと。平均値に近いところに該当する値がもっとも集中し、そこから離れていくに従って、平均以上のものも平均以下のものも均等に、じょじょに集中ぶりが減っていくような状態です。

正規分布は、自然科学や社会科学のさまざまな場面で、集団の状態を示すときのモデルとして使われいます。

たとえば、ある地点でのある1か月におけるその日の平均気温を毎日記録していくと、10度どまりの日もあれば、20度を超えた日もあるものの、もっとも多かったのは16度前後。そして1か月の平均を計算してみても、16度あたりになることが多くあります。

これは、1か月の日ごとの平均気温のばらつきが、正規分布のかたちとほぼおなじであることを示しています。


正規分布

いっぽうで、世の中のものごとがあれもこれも正規分布のモデルどおりになるかといえば、そうでもないようです。

正規分布のほかに、もうひとつ世の中のものごとのばらつきの状態のモデルにされるが、ベキ分布です。

「ベキ」とは、「2の3乗は8」などの計算に出てくる「累乗」のこと。ベキ分布では、極端な値をとる対象が、正規分布よりも多くなります。

またベキ分布では、正規分布とくらべて、裾野のほうにも対象がなだらかに分布しつづけるようなかたちにもなります。

ベキ分布

とくに社会学的な分野においては、これまで正規分布のモデルで示されてきたものが、実際にはベキ分布で示したほうがふさわしかったということが、見られています。

その代表例は、組織の生産性。組織のなかの、とても優秀な一握りの社員が、その組織が生産する価値のほとんどをつくりだしている、といったことがいわれます。

また、富の分布もベキ分布で表現されるとよくいわれます。一部の最富裕層が、世の中の富のほとんど独占しているからです。所得税の8割は、課税対象者の2割にあたる富裕層が担っているともいわれます。

世の中の多くの現象は、こうした正規分布やベキ分布のモデルに当てはまるようです。しかし、こうしたモデルから外れた現象がたまに起きるのもまた世の中ではあります。

参考ホームページ
QC&C Labo 梅木信治「バラツキの概念と標準偏差について」
『平成20年版国民生活白書』「正規分布とベキ分布」
Openブログ「べき分布と正規分布」
| - | 13:36 | comments(0) | trackbacks(0)
全方向移動に玉乗りの技


玉乗りは、ピエロに扮した人や、エンタテイナー役をまかされたアシカなどがすることのできる曲芸です。しかし、玉乗りすることができるのは、いきものだけではありません。

ロボットにも、玉乗りをすることができるものがあります。

ロボットの移動方法でよくあるのは、車輪移動型の倒立振子というしくみを使ったもの。これは、一組の車輪に移動する役割をもたせて、車輪の上に載せたロボット本体を前駆させるなどすることで前に進むというもの。米国で普及している一人用乗りもの「セグウェイ」にも使われている原理です。

車輪移動型の倒立振子を使ったロボットは、すくなくとも車輪の右輪と左輪の幅があるぶん、横に移動しようとするとき“旋回”しなければなりません。たとえば、真横にそのまま移動するといったことは苦手です。

いっぽう、玉乗りロボットで、移動のしくみとして使われているのは、ボーリング球のような球体です。移動のしくみを球にすることで、車輪移動型の倒立振子とちがって、移動するときに旋回する必要がなくなります。

これは、ピエロに扮した人が球のうえを歩くときを考えるとわかるでしょう。球はその場から前後左右へと自在に動いていきます。つまり、原理的には360度、どの方向にも瞬時に移動することができるわけです。

開発されている代表的な玉乗りロボットでは、球とロボット本体の接点に、全方向移動車用車輪という車輪が使われます。

全方向移動用車輪は、樽型フリーローラーという回転を自在にすることのできるローラーをふたつ組み合わせたかたちをもった車輪。理化学研究所が開発しました。

設計で、この全方向移動車用車輪を球のうえに3か所バランスよく置くと、ちょうとロボット本体が球のうえに3点倒立しながら立つようなかたちになります。

玉乗りロボットは一見すると、本体を支えるのがただひとつの球であることから、不安定な印象をあたえます。

しかし、バランスを制御することができれば、自由自在にどの方向でも移動が可能。せまい部屋などでロボットを使うときのことを考えると、車輪移動型の倒立振子を使ったロボットや、二足歩行ロボットなどより、玉乗りロボットに利がありそうです。

参考文献
熊谷正朗 落合恭也「玉乗りロボットによる搬送に関する研究」
参考ホームページ
patent jp.com「理化学研究所 全方向移動車用車輪」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
1日137キロ移動す


江戸時代の多くの人びとにとって、移動や輸送の手段とはほとんどが徒歩でした。

江戸時代にはすでに、馬車を使うという発想もありましたが、江戸幕府が禁止していたといいます。その理由は、大名行列がすくない人数で行なうようになるのは望ましくない、といったこと。また、当時の東海道などの主要道路は、馬2匹がすれちがいできるくらいの狭い道だったともいわれています。

そのため、籠に乗るなどの一部の人をのぞけば、徒歩で目的地まで行くしかなかったのです。

とくに、飛脚の健脚ぶりは現代の人びとからして目を見はるものがあります。飛脚の目的は、急用を遠くへ知らせること。扱うものは、てがみ、お金、品物など。通信手段としての役割も飛脚が果たしていました。

飛脚の一日平均移動距離は、137キロだったといわれています。これは、東京の日本橋から静岡県の吉原まで、あるいは京都の三条大橋から名古屋市の熱田の手前までといった距離に相当します。もちろん、箱根や鈴鹿の峠を超えなければならないので、実際はこれより短い距離でしたでしょうが。

さらに、継飛脚という、リレー方式で京都と江戸のあいだでものを届ける特急便の場合,かたほうの地点からかたほうの地点までにかける時間は70時間ほどだったといいます。平均時速約7キロで、ものが運ばれたことになります。

また、藩によっては、夏のはじまりのころ、江戸幕府への貢ぎ物として、氷を運ぶことを課せられていました。

たとえば、いまの石川県にあたる加賀藩からも、夏場に地元に保存されていた氷を解けないうちに、江戸まで運んでいたといいます。加賀から江戸までの距離は500キロ。また、氷の重さは100キロはあったものと考えられ、ものすごい体力と脚力をもった大名飛脚がいたと考えられます。

現代人からすれば、江戸時代の人びとの健脚ぶりは、驚くあまり。しかし、当時の世の中では徒歩での生活があたりまえ。なんの不便も感じていなかったのでしょう。そして、徒歩しかないとなれば、より徒歩での移動距離を稼ぐ術を高めていたのでしょう。

参考番組
NHK「タイムスクープハンター お氷様はかくして運ばれた」
参考ホームページ
350ml.net「東海道53次距離表」
350ml.net/labo/tokaido.html
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「『一日許容摂取量』の添加物を毎日食べるとどうなるのか」


日本ビジネスプレスのウェブニュース「JBpress」で、きょう(2012年)4月20日(金)、「『一日許容摂取量』を毎日食べるとどうなるのか “嫌われ者”食品添加物を正しく理解する(前篇)」という記事が配信されました。記事の取材と執筆をしました。

それを食べても安全なのか――。「食」の安全性をめぐる話題には、食品中の放射性物質から、ジャンクフードまで事欠きません。そして、これらの話題は、メディアによりバイアスがかけられる傾向があります。

果たして、いまいわれていることや、いま心配されていることは科学的には本当なのかどうか。それを、食と安全を研究している科学者に聞いて答えてもらうのが、このたび始まったシリーズのねらいです。

第一弾でとりあげたのは、食品添加物。法律では「食品の製造の過程において又は食品の加工若しくは保存の目的で、食品に添加、混和、浸潤その他の方法によって使用するもの」と定められています。

2010年に内閣府食品安全委員会が食品安全モニター470名に実施した「食品安全性に関する意識等について」という調査の報告によると、食品の安全性の観点から感じている不安の程度を食品転換物について聞いたところ、「非常に不安である」と答えたのは13.5%、「ある程度不安である」と答えたのは46.4%、合計で59.9%になったといいます。

いま出まわっている食品に含まれる食品添加物に対して、行政はどのように安全性を保とうとしているのか。食品添加物入りの食品は安全か。こうした疑問を、大妻女子大学食物学科教授の堀江正一さんに投げかけました。

堀江さんは、食品添加物を食品にどれだけ入れてよいかを示す基準の計算の方法を詳しく解説します。

基準づくりでは、まず、動物実験で「有害な影響が観察されなかった最大の投与量」である「無毒性量」というものを出します。しかし、この無毒性量を人間にそのまま当てはめるのではありません。一般的に、無毒性量を「安全係数」の100で割るのです。

では、「安全係数」がなぜ100なのか。堀江さんはこう解説します。

―――――
 安全係数の「100」という数値の内訳は、人間と動物の種の違いが10、人間と人間の個体差の違いが10。この2つをかけて100としています。
 種の違いの10は、今までの科学の積み重ねにより出されたものです。個体差の違いの10は、例えばビール1杯でも酔う人と酔わない人がいるといった差を考慮したものです。
―――――

数値による根拠の出しかたをふくめ、食品添加物の安全性をどのように確保しようとしているかが語られています。

「『一日許容摂取量』を毎日食べるとどうなるのか “嫌われ者”食品添加物を正しく理解する(前篇)」はこちら。

後篇の配信予定日は(2012年)4月27日(金)。流通した食品のチェック体制なども、堀江さんに解説してもらう予定です。

参考文献
食品安全委員会「『食品の安全性に関する意識等について』(平成22年8月実施)の結果」
| - | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0)
科学ジャーナリスト大賞2012に「あなたの隣に 発達障害と向き合う」と『ETV特集 原発事故への道程』

科学技術に関する報道や出版、映像などで優れた成果をあげた人を表彰する「科学ジャーナリスト賞2012」の受賞者が発表されました。

この賞は、日本科学技術ジャーナリスト会議が2006年に創設したもので、2012年が7回目になります。

科学ジャーナリスト大賞に選ばれたのは2人。

1人目は、下野新聞社発達障害取材班代表の茂木信幸さんで、2011年1月11日から6月27日に連載された「あなたの隣に 発達障害と向き合う」の報道に対して。

授賞理由は「教育界でいま大きな問題になっている発達障害の問題に真正面から立ち向かい、すべて実名、写真入で取り上げて、社会に強くアピールした。地方紙ならではの寄り添った取材が生み出した意欲作といえる」となっています。

大賞の2人目は、日本放送協会(NHK)文化福祉番組部チーフプロデューサーの増田秀樹さんで、2011年9月18日と25日に放映された『ETV特集 原発事故への道程』の番組に対して。

授賞理由は「日本の原子力開発のそもそもから説き起こし、多くの証言や資料によって、安全対策に大きな手抜かりがあったことを検証した。たっぷり時間をとったNHKのETV特集ならではの労作」となっています。

これまでの6回の科学ジャーナリスト大賞は、ひとつの作品に対して贈られてきました。しかし、今年の大賞は2作品に対して。2011年3月以降は、震災前に行なわれていた従来の科学、技術、医療の報道はかなり影をひそめ、震災や原発事故に関係する報道が多くなりました。

科学ジャーナリスト賞に選ばれたのは2人。

1人目は、東京工業大学名誉教授の山崎正勝さんで、『日本の核開発 1939〜1955 原爆から原子力へ』(績文堂)の著作に対して。

授賞理由は「日本の原子力開発の歴史を、戦時下の軍事研究から説き起こし、占領下から戦後の原子力基本法の制定まで、詳細に追った。学術書のようにも読めるが、そもそもの『原点』の解明は必要なことであり、『NHKのETV特集と重ね合わせると、その意義はいっそう大きい』という指摘も選考委員からあった」とあります。

2人目は、朝日新聞社記者の中山由美さんで、2011年11月7日から23日に連載された「プロメテウスの罠・第3部 観測中止令」の報道に対して。

授賞理由は「新聞が『発表依存』に陥らず、自らの手で隠れた事実を掘り起こすことは何よりも大事なことだが、『プロメテウスの罠・第3部』は、地道な観測の分野で何が起こっていたのかをすべて実名で暴いた優れた科学報道の実証例だといえよう」とあります。

震災後、原発事故後の報道の多さが色濃く反映された、2012年の科学技術ジャーナリスト賞の授賞対象作となりました。

下野新聞の4月20日付「科学ジャーナリスト大賞に本紙『発達障害』連載 読者反響が取材の励みに」はこちら。

NHKの『ETV特集 原発事故への道程』(前編・後編)の紹介ホームページはこちら。

山崎正勝さんによる著書『日本の核開発 1939〜1955 原爆から原子力へ』の績文堂による紹介はこちら。

朝日新聞社の連載「プロメテウスの罠」のホームページはこちら。

日本科学技術ジャーナリスト会議「科学ジャーナリスト賞2012 の受賞者が決定!」はこちら。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
数学の多様体を“爆発”


数学の世界にも「爆発」があります。

爆発が見られるのは、代数幾何学という数学の一分野にて。代数は、数の代わりに文字を記号として使い、数の性質や関係を求めようとするもので、さらに、代数幾何学は、いくつかの代数の方程式を満たす点がつくる図形について研究する学問をいいます。

代数の方程式のかんたんなイメージは、「f(x)=0」のかたちをとる方程式で、f(x)をn次の整式とするとき、この方程式をn次の代数方程式といいます。

この代数方程式をいくつか扱ったときに、それを図形として表す場合、その図形がどのようなものになるか、あるいは図形と図形との関係がどうなるかなどを、代数幾何学では調べていきます。ここでいう図形は「代数多様体」とよばれています。

数学者は、いえ数学者ならずとも人は、この代数多様体を「爆発」させることができます。たとえば、数学者は、爆発をつぎのように説明します。

「『爆発』とは射影的かつ双有理的な代数多様体の射Y→Xのことである。また、YはXの爆発であると言ったり、XからYを構成することを爆発と言ったりもする」

代数多様体にXというものがあたえられているとします。また、それに対応するYというものがあるとします。このXをYにふくらませることを、「爆発」といいます。たとえば、ある曲面上にある代数多様体の一点を、対応づける射影直線という線にふくらませるような操作を「爆発」といいます。

代数幾何学のなかでも、中心的な存在である双有理幾何学という学問では、代数多様体の一部分を爆発させたり、ぎゃくに収縮させたりすることで、数学者は代数多様体について研究をしています。

参考文献
安田健彦「F爆発入門」
川北真之「極小モデル理論の発展」

参考ホームページ
岩波書店『双有理数幾何学』
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
リスク尺度に「自然」か「人」かの二軸

世の中にひそむ「リスク」について、行政、企業、研究者、市民などが正確な情報を共有するために意思疎通をはかる。これを、リスクコミュニケーションといいます。

リスクコミュニケーションをめぐって、しばしば「安全と安心はちがう」ということがいわれます。

はじめて接するようなものに対して、市民は「これって本当に安全なのだろうか」という思いを抱きます。これに対して、新しいものを導入しようとする企業や行政は「これは安全です」と言って、その根拠を示します。

安全性の根拠を伝えられた市民は、それが安全であることは理解できるかもしれません。しかし、「それでもやっぱり心配」といった気持ちになることもしばしば。

安全を得られることがわかっても、安心を得られないことがあるのです。

さらに話を深めると、「安全」と「安心」という似て非なるふたつの軸だけで、人にとってのリスクを十全に説明できるわけではないという実状が見えてきます。

もうひとつの軸として考えられるのが、「自然」と「人」というふたつの軸。ある人が、おなじ影響を受けるにしても、それが「自然界のはたらきによるものか」、それとも「人のはたらきによるものか」で、受けとめかたが大きくちがってきます。

たとえば、食品におなじ量の毒が含まれているという場合。

植物そのものがつくりだした毒を人が体に摂り入れるのと、人が農薬をまいて植物に浴びせた毒を人が体に摂り入れるのとでは、どちらがすんなり受け入れやすいでしょうか。

農薬を使わない有機農法でつくった作物にも、植物がみずからつくり出した毒は含まれます。しかし、多くの人は「オーガニック食品は体によいもの」と思いこみ、作物に微量な毒が含まれていることなど意に介しません。

いっぽう、おなじ量の毒が農薬由来で入っていることがわかれば、多くの人は「農薬づけ食品は体に悪いもの」と考えて、作物に微量な毒が含まれていることを心配します。

けが、病、そして死。これらを、自然世界から被るか、人から被るか。そのふたつの軸を据えたリスクコミュニケーションが繰り広げられる時代はやってくるでしょうか。
| - | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0)
「箱庭におもちゃ」で自分の内を表現


インターネットで「箱庭療法」ということばを入れて画像を探すと、どの画像にも、正方形の箱、箱のなかにまかれた砂、そして砂のうえに置かれた色とりどりの人形や模型やおもちゃが見えます。

箱庭療法は、臨床心理学で扱われている心理療法のひとつ。臨床心理学とは、人のもつ心理的障害や病の問題を、心理学的な知識をもって解決することを目的とする、心理学の一部門。

箱庭療法の方法は、心理療法を受ける側の人が、心理療法をほどこす側の人の見守るなかで、箱の枠内におもちゃを入れていく、というもの。

箱庭療法の歴史は、1911年、『宇宙戦争』や『タイムマシン』などのサイエンスフィクションを書いた英国の作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(1866-1946)の「フロア・ゲームズ」という作品までさかのぼります。子どもとミニチュアのおもちゃで遊んだ体験から書いたその本が原型とされます。

そこから、英国の小児科医マーガレット・ローレンフェルド(1890-1973)、そしてスイスの心理学者ドラ・カルフなどが発展させました。日本では、河合隼雄(1928-2007)が導入して、発展させたことで知られています。

いったい箱庭療法で、どのような治療の効果を得られるのでしょう。箱庭療法の本質に「立体のミニチュア玩具を砂箱の中に並べることにある」があるといいます。療法を受ける側の人は、箱庭に玩具を並べることでことばにできないような深層の心理を表現することができ、療法をほどこす人はそれを手助けすることになります。

受ける側はなるべく自由な環境で箱庭に玩具を置くことが理想とされていますが、治療を施す側の人ができるだけ的確に言語化しようと試みることや、それを療法を受ける側の人に伝えることもあります。

また、意外に感じられる結びつきでは、箱庭療法は気管支ぜんそくを患う子どもの治療にも使われます。これは、ぜんそくが起きる原因に心理的なストレスが関係しているからで、患者である子どもがもっている内的なものを自由に表現させることで、緊張から解きほぐすねらいがあります。

参考文献
河合隼雄 中村雄二郎『トポスの知 箱庭療法の世界』
参考ホームページ
日本小児心身医学会「気管支喘息」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
書評『メディア・バイアス』
食に含まれる放射性物質が心配され、報道される時期だからこそ、読みかえす意義も高まります。2009年の第1回科学ジャーナリスト賞受賞作。


著者は、毎日新聞の元記者で、現在はフリーランスのライター。子どもを育てる主婦でもある。

書名の「メディア・バイアス」とは、多種多様な情報のなかから自分たちに都合のよいものや、白か黒か簡単に決めつけられるものを選びだして報じるといった、メディア側の情報選択のゆがみを指す。

本書で著者は、市民にとって大きな関心事である健康情報に対するメディアバイアスの存在を、実際の事件名、実際の報道社名、実際の関係者名を掲げて紹介し、批判している。

著者の立ち位置は、“その情報は科学的に正しいか”を尺度に判断しようとする、といったところ。

たとえば、食品添加物のリン酸塩をハムやパンから“追放”したセブンイレブンが、リン酸塩の摂取に対して「骨粗しょう症を誘因する」「キレる子供が増加する」などとハテナ記号を使いながらも謳っていたことに対して、「ハムやソーセージに含まれるリンは魚や大豆などに自然に含まれるリンに比べると極めて微量であり、ハムやソーセージが原因で慢性的なカルシウム不足に陥ることなどあり得ないのです。なのに『キレる子供』などという定義もはっきりしない脅し文句で宣伝しています」と、批判する。

また、一時期、さかんに報道された「化学物質過敏症」とよばれる病気の実態についても疑問を呈している。化学物質という“状況証拠”はあっても、化学物質と症状の関連を第三者に理解させる科学的評価法が確立されていないという。

こうした、正面切って科学的にこれは誤りと主張する本を書くとどうなるだろう。テレビ局や新聞社などのマスメディアからは自分が批判されているとは気づかず「あの本に書いてあることはすばらしい」と賞賛の声が上がるだろう。著者にとってもっと怖いのは、食による健康被害を危惧する市民団体から「あの本に書いてあることけしからん」と批判の声が上がってくることだろう。

しかし、社会の幸福を考えて、いまいわれていることへの批判を正面から行なったのだろう。著者のメディアで伝える人物としての真摯な姿勢や職業意識うかがえる。

福島第一原子力発電所の放射性物質漏れ事故が起きるより前に書かれたもののため、今大きな関心事となっている食と放射性物質についての記述は多くはない。

しかし、健康被害に対するリスクに対する基本的な考えかたや、メディアの情報に対する基本的な向きかたを知ろうとするうえでは、わかりやすく書かれてあり最適な書だ。

『メディア・バイアス』はこちらでどうぞ。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
手刀を切る行為は日本独自


お店で、おつりをもらおうとするとき、なにやら、手をちょいちょいちょいと縦に振ってからもらうしぐさを見せる人がたまにいます。相撲で力士が懸賞金をもらうしぐさよろしく、手刀を切っているのでしょう。

手刀を切る行為は「あいすいません」「ちょいと失礼します」などと、礼儀を示すためのしぐさとされています。ものを受けとるときのほか、人の前を横切るときにも、手刀を切りながら進んでいく人がいます。前を失礼します、といった意味が手刀を切る行為にふくまれています。

相撲で力士が懸賞金をもらうときに切る手刀には、元大関の名寄岩静男(1914-1971)が再興したものであるとよくいわれています。さらに元をたどると、江戸時代にまでさかのぼります。

千秋楽の最後の三番では、いまも「これより三役」とよばれ、勝った力士には行事から矢が贈られます。江戸時代の相撲でもこの習わしはあり、矢を受けとるときに手刀を切っていたといいます。

力士が手刀を切るときは、右手で左、右、中と順に切って、矢や懸賞金をもらいます。左手は神産巣日神(かみむすひのかみ)に、右手は高御産巣日神(たかみむすびのかみ)に、そして中の手は天御中主神(あまのみなかぬしのかみ)への経緯を示すものとされています。これらの神々は日本神話に登場する五穀の守り神。

しかし、手刀を右手で、左、右、中の順で切っていく力士もいます。こちらは、「心」という字の書き順を手刀で描いているといわれます。

相撲の力士が懸賞金を受けとるにしても、サラリーマンが「ちょいと前を失礼」と人の前を通るにしても、手刀を切る人はもっぱら男性。これには、手刀を切る行為の由来が関係していそうです。

手刀を切る行為は、大陸から伝わってきたものでなく、日本独自のものであると考えられています。相手に手のひらを見せて、「武器を持っていませんよ」と示すとともに「前を通らせてくださいね」と自分の進みたい方向を示すためのものともいわれています。いつぞやの時代の武士が始めたのでしょう。

川上忍「日本人のボディ・ランゲージ」
goo大相撲「相撲用語解説」
| - | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0)
文意さえ伝わればよいのではない

日本人が英語で意思疎通をするときによくいわれるのは「文法などにこだわりすぎてかえって話せなくなるのはよくない。ブロークン英語でも、伝えようとすることが大切」ということです。

学校で習う英語は、文法としては正しい。しかし、話したいことがあれば、文法より文意を大切にしたほうがよい。形より思いを。そういったことの教訓です。

しかし、「形より思いを」が、すべての意思疎通の手段にあてはまるかというと、そうともいえなさそうです。

人は、人のまえで口で話すという意思疎通の方法のほか、人は前にいないけれども書いて伝えるという意思疎通の方法があります。新聞や雑誌の記事、本、ブログ。さらに、手紙、メールなどもあてはまります。

もちろん、とにかく文意が伝わればいいという考えかたもあります。しかし、書いて伝えようとするとき、最後まで自分の伝えたいことを伝えきれるかどうかは、ほぼ相手次第となってしまいます。

口で話して伝えるときは、その場での話のキャッチボールがあるため、正確性を欠いた文法や表現を使っても、その場での自分によるさらなる補足と、その場での相手の献身的な協力とによって、伝えたいことがどうにか伝わります。

しかし、書いて伝えるうえでは、自分によるさらなる補足も、相手の献身的な協力も期待することはできません。伝える人と、伝えられる人が、その場にいっしょにいるわけではないからです。

さらに、書いたものに文法の不正確さや表現の不正確さが多いことは、伝えるうえでの信頼感を損なうことにつながります。

新聞記事を読んでいて、最初のリードから稚拙な表現があれば、読者は「なんだこの記事は。読むに耐えないな」となり、本記を読まなくなってしまいます。本でも、はしがきから誤字・脱字があれば「なんだこの本は。ちゃんとしたことは書いてなさそうだな」となり、読者は半信半疑で続きを読むことになります。

意思疎通手段としての特徴を考えたとき「書く」という方法は、正確であればあるに超したことはありません。
| - | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0)
「二度目への対処」が害になることも


人は、「二度目はうまく対処する」といったしくみをもっています。これは、免疫という現象によるもの。

ある人が、ある感染症にはじめてかかったとします。このとき、からだの胸腺というところにある「T細胞」とよばれるリンパ球が増え、外敵からの攻撃に攻撃しかえすエフェクターT細胞というリンパ球になります。

これで、はじめての感染症にもどうにかからだをまもることができました。しかし、T細胞にとって、その感染症の病原体とたたかうのははじめてのこと。はじめての外敵に対しては、激戦を強いられます。

エフェクターT細胞の多くは激戦をまみえると死んでしまいます。しかし、一部が、メモリーT細胞という細胞になって生きのこります。「メモリー」とは「記憶」のこと。メモリー細胞には、まさに外敵との激戦の記憶が残されるのです。

何年かして、ふたたび感染症の病原体がからだに攻めてきました。このとき、かつて激戦をたたかった記憶が残されているメモリーT細胞が、外敵の侵入に気づきます。「また、あいつらが来たのか」。

すると、このメモリーT細胞は、すぐにエフェクターT細胞に変身します。これで、おなじ種類の外敵の二度目の侵入に対してすばやく対処して攻撃をしかけるわけです。そのため、おなじ感染症には二度かかりにくくなります。

しかし、免疫のしくみが裏目に出てしまうこともあります。

スズメバチに二度、刺されると、人によっては命にかかわる危険が生まれることがあります。アナフィキラしーショックとよばれています。

一度、ハチに刺されたときも、ひとのからだは外敵からの攻撃を認識して、二度目に攻撃される場合を考えて、おなじような防御態勢をととのえます。

しかし、この防御態勢をつくると、人の体質によって、二度目にスズメバチに刺されたときに過敏に反応しすぎてしまい、かえって人のからだにとって害になることがあるのです。これは、アレルギー反応の一種です。

スズメバチに二度目に刺されたときアナフィキラシーショックを起こしやすい人は、4種類あるアレルギー型のうち、I型とよばれるもの。花粉症やじんましんなども、このI型のアレルギーが関係しています。

日本では、年間30人前後の人が、ハチの毒によるアナフィキラシーショックで命を落としているといわれていまう。なお、はじめてハチに刺される場合でも、アナフィキラシーショックを起こすことがあります。

参考ホームページ
理化学研究所「免疫のしくみを学ぼう!」
川崎市幸区役所「ハチに刺されてしまったら」
村井雅之「ちょっとこわいぞ! スズメバチ」
アナフィキラシー対策フォーラム「ハチ毒アレルギー」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「つぎの電車もご利用ください」の効果は期待薄


東京などの大都市圏では、電車が何分に1本かといったダイヤグラムで走っています。そのため、客が乗ろうとする電車が定刻よりも遅れて駅にやってくると、駅員がすかさずつぎのように客によびかけます。

「つぎの電車もすぐ来ます。つぎの電車もご利用ください」

このよびかけに促されて、つぎの電車を待つ客は、ぎゅうぎゅうづめの電車に物理的に乗れない客をのぞけば、ほぼいません。「なぜほかの客たちが乗ろうとしているのに、自分だけ1本またされなければならないのか」といった、不公平から逃れようとする心理がはたらくのでしょう。

「つぎの電車もご利用ください」とよびかけても効果がないなら、「つぎの電車もご利用ください」をやめればよいのです。しかし、このよびかけをつづけるかどうかを検討する余地はまだありそうです。

たとえば、駅員がこうよびかけるとどうなるでしょう。

「つぎの電車もすぐ来ます。つぎの電車をご利用ください。この電車よりも空いています」

つまり、電車を1本待つ動機づけとして、つぎに来る電車のほうが混んでいないという情報も添えるわけです。こうすれば、「おおそうか。1本待てば座れるかもしれない」と、1本待つ客もあらわれることが期待できます。客の乗る電車が分散されて、全体的には混雑緩和になるかもしれません。

ダイヤグラムが乱れてから最初にホームに来る電車は混むのは、ほぼまちがいないこと。では、つぎに来る電車がいまホームに入ってきた電車よりどのくらい空いているかを乗客や駅員が知ることはできるのでしょうか。

この試みを日本大学工学部社会交通工学科が行なっています。高知県高知市の土佐電気鉄道ごめん線を社会実験の対象として、「先発と次発の混雑状況のちがい」をお知らせする実験をしました。

その結果、次発の電車が先発よりも2割しか空いていないか、むしろ次発のほうが混んでいるという場合は、先発の電車を見送る客が減少したといいます。

では、次発のほうが4割以上空いているという場合、その情報を得た客は先発の電車を見送るのでしょうか。これについては実験前と実験中では差はなかったようです。

つまり、客は次発が混んでいると知ったときは先発に乗るし、次発が混んでいないと知ったときも先発に乗るということになります。

この社会実験では、乗る電車を変える経験のない客に、なぜ先発の電車を乗りたがるのかの理由も聞いています。もっとも多かった答は、「早く着きたい」の62%でした。

この結果からは、混雑していようがしていまいが、客は早く目的地に着く電車を乗りたがるということになります。駅員が「つぎの電車もすぐ来ます。つぎの電車もご利用ください。つぎの電車のほうが空いています」と客によびかけても、あまり効果はない結果になることが示唆されます。

参考ホームページ
日本大学工学部社会交通工学科「混雑さけて、かいてき通勤 路面電車混空情報提供の社会実験」
| - | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0)
世界大手の日本企業が開発着手――空気電池が未来を拓く(7)



リチウム空気二次電池の開発を進める組織として、もうひとつ忘れてはならない企業があります。トヨタ自動車です。

2010年11月、トヨタ自動車は今後の環境技術へのとりくみ計画を発表しました。ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車それぞれについての技術的なとりくみ計画の紹介が並ぶなか、最後に「次世代二次電池」という電池をテーマにした項目があります。

そこには、つぎのような計画が打ちあげられています。

「金属空気電池では、リチウム空気電池の反応機構を解明し、充電可能な二次電池としての研究指針を明確化」

金属空気電池の具体例としてトヨタ自動車があげているのが、「リチウム空気電池」。「これまでに、電解液が及ぼす影響を解析し、リチウム空気電池の反応メカニズムの解明に注力して参りました」とホームページでもうたっています。

さらに、2012年2月、トヨタ自動車が出願人で「リチウム空気電池の空気極触媒用材料、当該材料を含むリチウム空気電池用空気極、及び当該空気極を備えるリチウム空気電池」という特許が公開されました。

この特許のなかで、トヨタ自動車は、「高い放電開始電圧及び放電容量を有する」ことをリチウム空気電池の課題としてあげています。その解決手段として「硫化物材料、及びカーボン材料を含むことを特徴とする、リチウム空気電池の空気極触媒用材料」を公表。硫化物材料には、ルテニウム(Ru)、モリブデン(Mo)、硫黄(S)が使われています。

トヨタ自動車の“本気度”はどのくらいでしょうか。上記の、今後の環境技術へのとりくみ計画には、次世代二次電池のとりくみ内容として、「2010年1月にプロセス研究の専門部署を設置し、延べ100人規模の研究体制で研究を加速」と掲げています。

もちろんこれには、「延べ100人」とあるように、電池開発のほかの技術開発の人員も含まれているのでしょう。しかし、すくなくとも数十名の単位で一丸となり、リチウム空気二次電池の開発を進めていることはまちがいなさそうです。つづく。

参考ホームページ
トヨタ自動車 2010年11月18日発表「トヨタ自動車、今後の環境技術への取り組み計画を公表」
トヨタ自動車「革新型蓄電池のナノ構造制御 要旨」
次世代二次電池の研究成果
アミュスターゼ「チウム空気電池の空気極触媒用材料、当該材料を含むリチウム空気電池用空気極、及び当該空気極を備えるリチウム空気電池」
| - | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0)
「さらなる安全」なのに「ここから危険」となる傾向

食べものにふくまれる放射性セシウムの放射線量をめぐって、(2012年)4月より、「食べもの1キログラムあたり100ベクレル」という新しい値がもうけられました。これまでより厳しめの値です。

食の安全性を保つために定められている値は放射性セシウムの放射線量だけではありません。たとえば、食品添加物にも使ってよい量が決められています。

食品添加物とは、食品の製造過程において、または食品の加工もしくは保存の目的で、食品に添加、混和、浸潤そのほかの方法によって使用するもの。食品衛生法という法律でそう定められています。具体的には、保存料、甘味料、着色料、香料などを指します。

これら各種類の食品添加物は、さらに細かく各種類にわかれます。たとえば、甘味料にはチューインガムに使われるサッカリンや、アイスクリームなどに使われるアセスルファムカリウムといった食品添加物があります。

では、各食品添加物にどのような安全性の評価がおこなわれているのでしょうか。

まず、これまで登録されていない化学物質に対して同定をします。この化学物質はこれまで食品添加物として登録されていなかったから、食品添加物として登録しよう、というところからはじまります。

つぎに、動物実験などによる毒性試験がおこなわれます。新たに定められた食品添加物に対して、急性毒性、発がん性、催奇形性といった、毒性が試されます。

また、毒性試験の段階では、無毒性量という量も定められます。無毒性量とは、あらゆる有害な影響を考えたうえで、どんな影響も観察されない最大の添加物の量のこと。「体に摂りいれても、ここまでならぎりぎりで有害なことはなにも起きません」という量です。

つぎに、許容一日摂取量(ADI:Acceptable Daily Intake)という量が定められます。この許容一日摂取量とは、人がある物質を一生にわたり摂りつづけたとしても、健康への影響がないと考えられる一日あたりの摂取量のこと。

たとえば、毎日ある物質を欠かさず5ミリグラム摂りつづけたとします。それでも、その人はその物質によって一生にわたり健康被害が起きないとします。このときの5ミリグラムが、許容一日摂取量となります。

この許容一日摂取量は、無毒性量を「安全係数」という数で割ることで算出します。無毒性量は有害になるかならないかの“ぎりぎり”の量なので、そのままそれを許容量にしてしまうと、十分な安全は保たれなくなります。そこで、たとえば、無毒性量に対して、100という安全係数をもうけ、無毒性量を100で割り、その数値を許容一日摂取量にする、といったことがおこなわれています。

さらに、数値決めの過程はつづきます。

許容一日摂取量を超えないよう、使用できる食品はなにか、使用の目的はなにか、使用の方法はどうか、使用するときの濃度はどうか、といったことを決めていきます。こうして決まったのが、食品添加物の使用基準となります。

たとえば、サッカリンは、チューインガムに対して1キログラムあたり0.05グラムという使用量の最大限度が決まっていますし、アセスルファムカリウムは、アイスクリーム類に対して1キログラムあたり1.0グラムといった使用量の最大限度が決まっています。

重要なことでありながら、多くの市民に知られていないのは、無毒性量と許容一日摂取量が異なるということ。食品に対して定められて、公表されている値を、すこしでも超えてしまうと、からだにとって有害なことが起きると考えられがちです。しかし、許容一日摂取量は、無毒性量の何倍も厳しくしたもの。

報道では「一日に摂取量してもよいと許容されている量の5倍が食品中から検出されました」といった表現がよく聞かれます。これは、事実を伝えていることになります。しかし、市民が受けとめる反応は「基準の5倍も超えているなんて、からだに危険だ」というものなりがち。

値が二重にあることは、安全のためを思ってつくられた状態です。しかし、二重に値がつくられたため、低いほうの値が市民にとって“絶対に超えてはならない値”になりあがっているという、皮肉な結果にもなっています。

参考文献
厚生労働省「食品添加物規制の現状」

参考ホームページ
日本食品化学研究振興財団「添加物使用基準リスト1」
神奈川県衛生研究所「食品添加物の現状」
| - | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0)
「ごくり」せず酔いを避ける

病気により口から食べものや飲みものを摂りいれられなくなった人は、胃に管を通して栄養を送る「胃ろう」をつくるという選択肢があります。

胃ろうをつくってそこから栄養を摂りいれる人は、食べものを口や舌で味わうことはできません。しかし、お酒で酔うことを楽しむことはできます。胃ろうからアルコールを入れれば、それによって酔うことができるからです。

からだのなかに摂りいれられたアルコールは、胃でおよそ2割、小腸でおよそ8割が吸収されて、血液へと溶けこみます。その後、血液のなかに溶けこんだアルコールは、肝臓へと向かい、そこで肝臓が分解をします。

しかし、肝臓ですぐにアルコールをすべて分解できるわけではありません。そこで、アルコールはその先、心臓、脳へと進みます。脳がアルコールの影響を受けることで「酔っぱらった」という状態になります。

ほとんどのアルコールが胃から小腸で血液に溶け込む以上、胃ろうをつくっている人が管から胃にアルコールを流しこんでも、酔っぱらうことになります。

では、お酒を口に含むだけにして、ごくりと飲んで胃のほうへ送りこまなければ、酔っぱらうことはないのでしょうか。

答は「ほぼ酔っぱらうことはない」となります。

口のなかにある舌は、重層扁平上皮というつくりになっています。重層扁平上皮は、細胞がれんがのように何重にも積み重なっていて、表面のほうへと向かうに連れて、細胞が平たくなっていくかたちをもつしくみ。

この重層扁平上皮になっているからだの部位は、舌だけでなく、口のなかの頬の内側、さらにからだの皮膚もあてはまります。

皮膚にアルコールを付けると、すこし皮膚がすーすーしたり、色が変わったりするものの、これで酔っぱらうことはほぼありません。おなじように、舌や口のなかがアルコールに触れても、重層扁平上皮のつくりがあることにより、そこからアルコールが血液に吸収されることはほぼありません。

お酒をどうしても味わいたいけれど、酔ってはいけないというとき、「口に含んで、外に出す」ということはひとつの手段となります。ただし、楽しくはなさそうです。

参考ホームページ
キリンビール「酔いのメカニズム」
生命科学教育「重層扁平上皮」
| - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
2020年までに「500マイル走らせる電池」を――空気電池が未来を拓く(6)



リチウム空気二次電池の開発は、海外でも行なわれています。その本命と目されているのは、IBMです。2009年、米国カリフォルニア州にある、IBMアルマデン研究所が先導する形で「バッテリー500プロジェクト」というプロジェクトを立ち上げました。

プロジェクトにある「500」という数は「500マイル」のこと。電気自動車に充電池を搭載して、500マイル、つまり約805キロメートルを充電なしに走らせることをプロジェクトの大きな目標に掲げています。ちなみ、いまの電気自動車の1回の充電による走行距離は200キロほど、試作機の最高記録では、シムドライブという日本企業が達成した351キロ。

この「バッテリー500マイルプロジェクト」でIBMが開発を進めているのが、リチウム空気電池です。

負極の活物質にリチウム金属、正極の活物質に空気つまり酸素を使います。また、電解質には、水とは異なる有機溶媒、それにリチウム塩を使うとのことで、これは非水溶液系リチウム空気二次電池。とりわけ奇抜な技術や方式をうちたてているようではありません。

しかし、IBMは情報通信技術を強みとする世界的企業。米国アルゴンヌ国立研究所にある「IBMブルージーンP」というスーパーコンピュータを使って実験も行なっています。

この実験では、従来のリチウムイオン二次電池で使われているような電解質は、これまでの予測に反してリチウム空気二次電池では働かないことがはじめてわかったという成果が出ています。炭素を基本とする電解質は、リチウムの過酸化物によってよからぬふるまいをし、結果的に腐敗が起きると、チューリッヒのIBM研究所のグループは分析しています。

コンピュータによるシミュレーション実験と、実物を使っての実験の両方を進めることにより、適正な電解質を探し求めることができるとIBMは報道発表で強調しています。

上記のとおり、IBMは共同研究体制を充実させています。アルゴンヌ国立研究所のほか、ローレンス・バリモア国立研究所、パシフィック・ノースウェスト国立研究所、オースクリッジ国立研究所などの研究チームとも、このプロジェクトで恊働しているとのこと。

IBMの目標は、まず2013年にリチウム空気二次電池の実用レベルでの試作機を発表すること。そして、プロジェクトが計画どおりに進んだ場合、2020年までに、リチウム空気電池を量産すること。

組織の大きさや、国立研究所などとの連携により、「バッテリー500マイルプロジェクト」を進めています。つづく。

参考記事
IBM“Battery 500 Project: 800 km range for electrovehicles
IBM Research explores lithium–air batteries for electromobility. ”
CNET 2012年1月17日付「IBM、2020年にリチウム空気電池の量産を目指す」

参考ホームページ
IBM「Battery 500 プロジェクト」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「水溶液系電解質」採用の鍵はLTAP膜――空気電池が未来を拓く(5)



リチウム空気二次電池の開発は、独立行政法人の研究所や企業だけでなく、大学でも行なわれています。三重大学次世代型電池開発センターの武田保雄教授と今西誠之准教授らは、「水溶液系リチウム空気二次電池」という充電池の研究開発を進めています。

二次電池には、充放電をくりかえすために、正極と負極のあいだをイオンが行き来する必要があり、イオンが行き来するための場として、電解質または電解液が必要です。「電解」とは「電気分解」の略で、電解質は電気分解を行うための物質、電解液は電気分解を行うための液体を意味します。

1990年代後半に、ケー・エム・アブラハムがリチウム空気二次電池の初期型では、ゲルポリマーというゼリーのような化合物が使われていました。またそれ以降、リチウム空気二次電池の電解質には、おもに有機系電解質という物質が使われてきました。

ゲルポリマーや有機系電解質の共通点は、これらの材料が水を使っていないということ。電解質を水に溶かして水溶液にしていないことから、これらの電解質は「非水系電解質」または「非水系電解液」とよばれます。

これに対して、水溶液を使った電解質を「水溶液系電解質」といいます。水溶液系電解質を使うと、材料の費用が安上がりで済むことや、基本的には水がおもなので爆発などを起こしにくく安全、といった利点があります。

また、よけいな水分が充電池の性能に影響をあたえるということも、リチウム空気電池の問題点としてありましたが、水がおもな成分である水溶液系電解質を使うため、その問題自体がなくなるという利点もあります。

水溶液系電解質を使う事のこれらの利点を考え、三重大学の研究チームは水溶液系リチウム空気二次電池の開発を進めました。

しかし、電解液を水溶液系にすることにより、乗りこえなければならない課題も出てきます。

負極としてのリチウム金属と水溶液系電解質の水が触れると、リチウム金属の酸化が起き、電池の性能が落ちていってしまいます。

そこで、リチウム金属の負極を、水溶液系電解質と分けへだてて水に触れさせないながらも、負極と電解質のあいだでイオンのやりとりはさせることができるようなしくみをつくる必要がありました。

ここで使われたのは、LTAPという電解質の“膜”でした。水溶液系電解質と金属リチウムのあいだに、水分子はと通さず、イオンのみを通す膜をかませるのです。

この電解質の膜として使われたのは、石川県金沢市にあるオハラという企業がつくっているLTAPです。LTAPは、リチウム(Li)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、リン(P)など元素が使われていることから、それらの頭文字をとったもの。「Li1+x+yTi2-xAlxP3-ySiyO12」(x=0.3、y=0.2)という化学式で示されます。この物質は、ガラスセラミック粉末の状態になっています。

さらに、LTAPの層と金属リチウム電極のあいだにもう一層、高分子固体電解質の層をかませました。LTAPとリチウム金属が触れることを防ぐなどのためです。

こうして、2010年2月、三重大学の研究チームが水溶液系リチウム空気二次電池を開発したと発表されました。リチウムイオン電池とくらべたときのエネルギー密度は3倍とされます。つづく。

参考文献
武田保雄、今西誠之、山本治「水溶液系リチウム/空気電池の現状と課題」
今西誠之「高エネルギー密度を発生する 水溶液系リチウム空気電池の開発」
今西誠之、張涛、大熊広和ら「空気二次電池等革新電池技術の開発」

参考ホームページ
伊勢忠司「知っておきたい 電池の仕組み(2)電池の基本構成と充放電の原理」
自動車技術者のための情報サイト「次世代蓄電池用セラミック電解質シート 産総研」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
がん細胞の“二歩手前”ぐらいにDNA付加体
がんの細胞が生まれる“二歩手前”あたりでは、「DNA付加体」という物質ができているという段階があります。

がん細胞が発生してしまったところから見ると、その一歩手前には「多段階の遺伝子の変異」という段階があります。

これは、細胞が分裂するときに起きる遺伝子の複製がうまくいかず、発がんと関係するような異常が、偶然に何重にも起きているような段階です。「偶然」とはいっても、細胞の数は成人で60兆個もあるため、多段階の遺伝子の変異は起きえない話ではありません。

その一歩前の段階としてあるのが「DNA付加体」がつくられることです。

「付加体」ということばをよく地球科学などの話題で耳にするかもしれません。海溝の堆積物が海洋プレートの沈み込みではぎとられて、大陸に加わっていく“かす”のようなものです。

いっぽう、DNA付加体とは、からだの外からとりこまれた発がん性物質や、からだのなかで生まれる反応性の高い物質が、DNA(デオキシリボ核酸)と結びついたものです。とくに、その結びつきかたは、原子2個が、2個の電子を1対として共有しあう、共有結合のかたちでおきます。

つまり、DNAの原子と発がん性物質などの原子が、なかよく手をつないでしまったような状態にある物質が、DNA付加体です。がんの細胞

DNA付加体のすべてが、「多段階の遺伝子の変異」の段階に結びつくわけではありません。しかし、人のからだにとってよからぬことに、細胞が分裂したときにDNAがつくられることを阻害して、細胞死や突然変異をもたらすDNA付加体もあります。この、都合の悪いDNA付加体がはたらくことで、発がんへの段階が進んでいくわけです。

DNAと結びついてDNA付加体となる発がん性物質の代表的なものがベンゾピレン。たばこの煙に含まれています。ただし、たばこについては、ベンゾピレンのほかに、60種類もの発がん性物質が指摘されています。“DNA付加体へのパスポート”といえそうです。

ベンゾピレンの構造

参考文献
松田知成ら「液体クロマトグラフィータンデム質量分析法を用いたDNA損傷研究法」
花岡知之「固形癌の疫学 癌の分子疫学 暴露指標」
| - | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0)
入社3日目にして人生の分岐点


会社づとめがはじまった新入社員の多くの人たちにとって、きょう(2012年)4月4日は、月曜、火曜が過ぎ、入社3日目の水曜でした。

「会社の辞めどきは3日目、3か月目、3年目」といわれます。実際、辞めないとしても、辞めようかどうかを真剣に考える節目が、このみっつの時期にやってくるというのです。

会社づとめの経験をもつある人物は、入社3日目のことをこう振りかえります。

「会社づとめが始まってしまったと思うことが、もういやでいやで。研修所から宿舎へと向かう道すがら、このままどこかへ蒸発しちゃおうかしらんと思ったもん。怖くてできなかったけど」

会社を3日目で辞めたくなる人が多いとすれば、その理由はなんでしょう。

ひとつは、自由だった学生時代とくらべて、規律のある会社生活に自分はなじめないと実感がわくのが入社3日目ごろということでしょう。

また、上司にこびへつらう部下の姿や、就職活動中に触れた社風とはちがう儲け主義の雰囲気などといった、組織に特徴的な側面が見えてくるのも、3日目あたりなのかもしれません。

そもそも、なぜ人は会社につとめるのでしょうか。これには、会社が存在することの意義が関係しそうです。

ひとりでは成しとげられないような“プロジェクト”を成しとげたいとき、人の協力が必要になります。そのとき、実現をしたい人は、人と人が集まる会社という組織をつくれば、効率的にプロジェクトを成しとげられるかもしれません。理念的には、このために会社はつくられます。

この理念からすると、会社づとめをする人は、会社から「私たちといっしょに、“プロジェクト”を実現しましょう」と誘われた人、あるいは「きみは私たちといっしょに、“プロジェクト”を実現する価値がある」と認められた人、となります。

会社員個人の立場からすると、会社の意義はどこにあるでしょう。

「会社を使って自分の実現したいことをしたい」といった願望があれば、会社を利用してその願望に近づくことができるかもしれません。また、現実的なことを考えれば、アルバイトや自由業よりも安定的な収入を得られるという利点ももちろんあります。

まとめると、「組織が実現したいことに賛同して協力する心があること」「自分が組織を使って実現したいことがあること」「安定的な収入を望んでいること」。もうひとつ加えるならば、「なにも考えないで生きられること」。これらが自分の会社づとめに前向きになれるかどうかの尺度の一部になりそうです。

逆に、「組織のために貢献しようなんて思わないもんね」「自分が実現したいこと……これといってとくに」「安定的な収入よりも安定的な自由だよ」。あるいは「会社づとめなんて、生来いやだ」。このような考えが心底あるまま会社に入った人は、今晩が人生のひとつの分岐点になるのかもしれません。

ちなみに、会社を辞めたあとにも道はあります。
| - | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0)
日本のがんは感染性要因が特徴的
 がん研究では、「どのようにしてがんになるのか」というしくみからのアプローチのほか、「なにが原因で、がんになりやすくなるのか」というリスクからのアプローチがあります。

リスクからのアプローチでは、多くの人びとのふだんの生活から、病気の起きる原因や発生条件を統計的に明らかにしていく疫学研究が行われます。さらに、疫学研究の成果が載っているいくつもの科学論文をまとめて、病気の原因と結果を求める方法もあります。

こうした疫学的研究の結果、生活習慣とがんのリスクの間で明らかになってきたことがいくつかあります。

日本人のがん発生では、どのような要因が大きいのでしょうか。国立がん研究センターが2011年11月、「がん発生の要因別PAF」というデータを出しています。PAFとは“Population Attributable Fraction”の頭文字をとったもので、日本語では「人口寄与割合」とよばれます。もし、がんを生じるうえでのあるリスクの原因がなかったとすると、病気の発生が何パーセント減るかを示した値です。

日本人のがん発生について、突出してPAFが大きかったのはふたつ。「感染性要因」と「喫煙(能動)」でした。

感染性要因というのは、ウイルスや細菌などによる感染がひきがねでがんになる場合の原因のこと。

代表例がウイルスによる肝炎から肝臓がんにかかるという流れです。B型やC型など何種類かある肝炎ウイルスというウイルスに持続的に感染すると、肝臓の細胞が炎症と再生をくりかえします。これにより、細胞のなかの遺伝子の突然変異がなんども起き、肝臓がんにつながっていくといわれています。

肝炎ウイルスをふくむ感染性要因では、男女あわせた総合でPAFは20.6%となりました。がんに関係するウイルスに関係した人のほうが、ウイルスと無関係な人より20.6%がんになりやすいことになります。

とくにウイルス感染性要因で大きな位置を占めるのは、C型肝炎ウイルスとピロリ菌。

C型肝炎ウイルスは、このウイルスをもっている人の血液から、もっていない人の血液のなかに入ることで感染します。また、ピロリ菌は、酸性の強い胃のなかでもすみつづけられる菌で、胃がんの原因になります。

世界的には、ウイルス感染性要因のPAFは5%前後と考えられており、日本ではウイルス感染ががんに突出して関わっていることがわかります。

また、喫煙は男女あわせた総合で19.5%。たばこを吸っていない人にくらべて吸っている人は19.5%がんになりやすいことになります。とくに男性のPAFは29.7%と、女性の5.0%を大きく上まわっています。

そのほかのがんの発生要因別PAFでは、飲酒が6.3%と高いものの、塩分摂取1.6%、過体重・肥満1.1%、果物摂取不足0.7%、間接喫煙0.6%、野菜接種不足0.6%、運動不足0.4%、外因性ホルモン使用0.2%と、値は小さくなっています。

参考ホームページ
国立がん研究センター「日本におけるがんの原因」
参考文献
厚生労働省「C型肝炎について(一般的なQ&A)」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「ハイブリッド電解液」で密度を向上――空気電池が未来を拓く(4)

リチウムイオン電池などの充電池で、日本は高いシェアをもっていました。2011年は、東日本大震災による生産量の落ちこみもあり、世界シェアで韓国勢に抜かれたものの、いぜんとして34.8%のシェアをもっています。

高いシェアをもっている国では、一般的に技術開発もさかんです。空気リチウム二次電池の実用化に向けた開発も、独立行政法人の研究所や大学、それに企業などが進めています。実用化への課題を突破するような技術的革新も生まれています。

産業技術総合研究所では、エネルギー技術研究部門 エネルギー界面技術グループの周豪慎(しゅうごうしん)研究グループ長が中心となり、新型のリチウム空気二次電池を開発してきました。

2009年2月には、「ハイブリッド電解液」を使ったリチウム空気二次電池を開発したと発表。「ハイブリッド」には、「ふたつの異なるものを合わせたもの」などの意味があります。

電解液というのは、二次電池では欠かせない大切な材料のひとつ。正極と負極をひたす液体で、電極の金属を溶かして陽イオンの状態にする役割をもっています。金属が陽イオンになると、電子が生まれるため、これで電気が生まれるわけです。

従来の空気リチウムイオン電池では、正極に固体の酸化リチウムという物質がたまっていき、空気を通す孔が目づまりを起こすといった問題がありました。

この問題を乗りこえるために産業技術総合研究所が開発したのがハイブリッド電解液を使った方法です。

金属リチウムのある負極側には、電解液として有機電解液を使います。いっぽう、空気を使う正極側には、電解液として水性電解液を使います。そして、この2種類の電解液のあいだに、固体のままイオンを移動させることのできる固体電解質を起きます。

こうすることで、負極側と正極側の電解液が混じることなく、リチウムイオンが正極と負極を行き来します。

周豪慎氏のチームは、正極と負極に異なる電解液を使うことで、正極に固体の酸化リチウムがたまっていくのを避けられることを発見しました。たまっていくのは、固体の酸化リチウムでなく、水に溶けやすい水酸化リチウムとなります。そのため、空気を通す孔が目づまりを起こすことがなくなります。


ハイブリッド電解液を用いたリチウム空気二次電池のしくみ(産業技術総合研究所発表資料より)

産業総合研究所の発表によると、このハイブリッド電解液を使ったリチウム空気電池では、1グラムあたり5万ミリアンペア時間という放電容量密度で放電をくりかえしできるようになりました。これは、従来のリチウムイオン二次電池のおよそ400倍、また従来のリチウム空気電池のおよそ16倍〜70倍の高い密度です。

さらに、周氏らの研究チームは、2011年にも、空気を使う正極側に、金属酸化物などの触媒を使わず、グラフェンという材料だけを使ったしくみを取り入れました。これにより“酸化しにくい正極”により、安定したくりかえしの放充電を実現させています。つづく。

参考記事
伊勢忠司「電池の基本構成と充放電の原理」
朝日新聞 2012年3月5日付「リチウムイオン電池のシェア 韓国が日本抜く」
産業技術総合研究所 2011年4月26日発表「金属触媒を使わないグラフェン空気極を用いたリチウム-空気電池」
産業技術総合研究所 2009年2月24日発表「新しい構造の高性能『リチウム-空気電池』を開発」
| - | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0)
1996年、リチウム空気二次電池誕生す――空気電池が未来を拓く(3)

リチウム空気二次電池では、負極活物質のほうに金属リチウムを、正極活物質のほうに空気つまる酸素を使います。

活物質に空気を使う電池は、充放電をしない一次電池では、かねてから存在してはいました。電池の正極では、金属が空気中の酸素と反応して放電することが知られていたためです。

たとえば1907年に、フランスのフェリーなる人物が、正極に空気を、負極に亜鉛を使う空気亜鉛電池を開発しています。いまでも空気亜鉛電池は、シールをはがして空気を取り込むことで使うボタン型電池として使われています。

いっぽう、リチウム空気二次電池を開発したのは、米国ノース・イースタン大学再生可能エネルギー技術センターのケー・エム・アブラハムです。

1990年代後半、アブラハムと共同研究者のズィー・ジャンは、リチウム空気電池の実演をしました。負極にはリチウムを、正極には孔のたくさんある炭素を、そして、両極を分け隔てるとともにイオンを移動させるためのゲル状高分子電解質膜を用いました。正極の孔のたくさんある炭素から空気が入ってきて、この空気の酸素が正極活物質となったのでした。アブラハムらはこの成果を1996年に報告しています。

しかし、その後リチウム空気二次電池の技術開発における大きな進歩は見られず、実用化はされてきませんでした。

空気には一定の割合で酸素が含まれているため、もっともかんたんに手に入る充電池の材料といえます。しかし、空気のなかには、酸素のほかに水分や二酸化炭素なども含まれています。これらの影響を正極活物質は受けます。

また、リチウム空気電池にかぎったことではありませんが、充電池で充放電を繰り返していると、電極材料の金属が「デンドライト」という形をつくることがあります。デンドライトとは、樹枝状の形をした結晶のことで、充電池にとっては寿命を短くしたり、安全性を下げたりするもの。

デンドライトのイメージ

こうした技術的な課題もあり、アブラハムのリチウム空気電池開発からは、実用化に向けた開発が行われてきませんでした。

しかし、ここに来て、日本をふくむいくつかの企業や団体が、リチウム空気電池の実用化に向けた技術開発を進めています。つづく。

参考文献
経済産業省中部経済産業局 中部産業連盟「経営者のための次世代自動車基本講座 第3回 次世代自動車『蓄電池』」
武田保雄、今西誠之、山本浩「水溶液系リチウム/空気電池の現状と課題」
新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車用高性能蓄電システム 技術開発研究計画発表会 要旨集」

参考ホームページ
Northeastern University “Electrochemical Energy Storage”
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2012 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで (JUGEMレビュー »)
サイモン シン, Simon Singh, 青木 薫
数学の大難問「フェルマーの最終定理」が世に出されてから解決にいたるまでの350年。数々の数学者の激闘を追ったノンフィクション。
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
amazon.co.jp
Billboard by Google
モバイル
qrcode
PROFILE