科学技術のアネクドート

東京がじょじょにユビキタス化


東京都は、2006年度より「東京ユビキタス計画」というプロジェクトを進めています。

「ユビキタス」(ubiquitous)は、もともとラテン語で「神はあまねく存在する」といった意味をもつ宗教用語です。いまでは、「携帯端末機器、公共建築物、家電製品、歩道などのあらゆる街なかのものにコンピューターを埋め込み、ネットワークでつなぐ」という情報通信分野の用語として使われています。かんたんに「どこでもコンピューティング」といった表現も使われます。

同計画では、街なかの場所やものに、「ucode」とよばれる固有の識別番号を付けます。そして、コンピュータが「このIDは、この場所に付けられているものだ」ということを自動認識することにより、その場所やものの情報を、携帯端末機器などで呼び出します。こうしたしくみにより、住みやすい街づくりを目指すというもの。

すでに行われたのは、上野動物園での携帯端末機器を使った動物情報サービスの実験。「ユビキタス・コミュニケータ」という専用の情報機器端末をもって園内を歩くと、たとえば、アジアゾウの前で端末が反応し、アジアゾウの解説を見ることができます。2005年に実証実験が行われ、本格的な運用が行われています。

2010年度、都は一般企業などに実験計画を公募。凸版印刷による「ニア・フィールド・コミュニケーション携帯と同タグを使った銀座電子ポスター実験」や、沖電気工業による「『eおとエンジン』を利用した自律移動支援実験」など7つの実験計画が選ばれました。

このうち、ティエイディは、「東海道五十七次ユビキタス計画」を行う予定。東海道の書く宿場で、情報配信を行うもの。これまで2007年から、品川宿でucodeを利用した情報配信を行ってきました。

同計画の提唱者であり、情報通信用語としての「ユビキタス」の名付け親である東京大学情報学環の坂村健さんは、計画の挨拶で「世界でも初めてのユビキタス都市が、イノベーティブな技術が、世界に向けて東京から発信されることを期待しています」と話しています。

「東京ユビキタス計画」のホームページはこちら。
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異質性を受け入れにくいからこその「グローバル人材は大切だ」


いま、「グローバルな人材」はどの組織にとっても、「よいことだ」と謳われているようです。そもそも、なぜ組織に、国際的な人材がいることが大切なのでしょうか。

経済産業省の経済産業政策局産業人材担当参事官室が2007年に「『グローバル人材マネジメント研究会』報告書」を発表しています。この報告書の第1章にあるのが、「なぜ、人材の国際化が必要なのか」というもの。日本企業が外国人の人材を受け入れることを前提に書かれています。

まず、報告書は「急速に変化する環境に迅速に対応したイノベーションの繰り返しを生み出すことが出来るのは、集合体としての人材の力である」と述べます。そして、その人材の候補者としての「プールは大きい程良い」とします。

つまり、たくさんの候補者のなかから人材を確保することが、イノベーションをくりかえし生みだすことにつながるということです。

報告書ではその後、企業の経営姿勢の変化に触れます。

企業が一方的にものをつくり、市場にものを出していた時代では、その人材は「同質性」が求められていたといいます。「それがコミュニケーション・コストを最小化する方法であるからである」。

しかし、企業の経営姿勢には変化が求められるようになったともいいます。“ものをつくって売らんかな”というだけの時代は過ぎ、「企業が消費者・ユーザの視点で、マーケティング戦略を立て、消費者のニーズや動向に応える商品・販売をしようとする」ことが企業に求められるようになったといいます。

このとき、「化学反応」を起こしやすい組織風土をつくるためには、異質な人材が大切であると、報告書は述べています。その組織にいままでなかった考え方の持ち主が入ってくることで、これまでにない発想や成果が生まれやすくなる、ということでしょう。

ただし、すべてがすべて、異質な人材を組織に入れればよいと説いているわけでもありません。「異質な人材が参入するリスクと、より高い能力の人材を獲得するメリットを比較して、後者のメリットが大きければ、リスクを甘受する」。

いろいろな背景や文化や考えの持ち主が集まれば、うまくいかないときもあるだろうし、うまくいくときもある。うまくいくことのほうが大きいと思えば、異質な人材を受け入れるとよいのでは、といった意味合いです。

組織で上層部にいるような人が、「自分と考え方の異なる人を取り入れて、新しいことを生み出そう」と考えるか、「自分と考え方の異なる人を入れたりしたら、いろいろ面倒くさいことが起きるだろう」と考えるか。このあたりが「メリット」と「リスク」の判断の分かれ道になるのでしょう。

「考え方の異なる人を入れるなんて面倒くさい」と考える人が多いからこそ、国際的な人材の必要性を説くような話が存在するのでしょう。

経済産業省「『グローバル人材マネジメント研究会』報告書」はこちら。
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日本人留学者は確実に減少


2000年代に入り、「日本人が留学をしたがらなくなってきている」といわれています。

日米両政府の出資で運営され、「フルブライト奨学金」の事業などを行っている日米教育委員会は、2008年から2009年にかけての米国大学における日本人留学生の現状をはっぴょうしています。

総数は29,264人で、全米の留学生の総数の4.4%。つまり、全米の留学生のおよそ25人に1人は日本人ということになります。また、学歴の段階は、大学学部が57.3%、大学院が21.5%、短期プログラムなどが13.6%、また、米国政府認定プログラムを行う学校の修了者が働く「オプショナル・プラクティカル・トレーニング」としての段階が7.6%でした。

国別では第5位と、世界200か国ほどのなかでは、多いように見えます。しかし、現状を示す別の数値としてあるのは、留学生の数の前年比です。

「前年比13.9%減」

前年に比べて、留学生の数が二桁の率で減るというのは、大きな数値といえます。日米教育委員会は、「2003-04年度から、日本人留学生数は減少傾向にあります。

日本人留学生は 1994年度から1997年度まで国別では第1位を占めていましたが、中国やインドからの留学生数が急激に増えた結果、2002-07年度国別順位第4位、2008-09年度には国別順位第5位へと下降しました」と述べています。

米国以外の国への留学についても、全体的に減少傾向が見られます。留学関係情報を提供するトゥモローの2010年4月の「留学生数の推移調査報告」発表によると、2000年の全世界への留学生数は12万3,724人。9年後の2009年は9万2,936人となり、10年ぶりに10万人を割り込みました。

桜美林大学副学長のブルース・L・バートンさんは、NHKの「視点・論点」という番組で、日本の大学生が留学しようとしなくなった理由を次のように指摘しています。

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一つは、日本は今かなり豊かな国になっていて、居心地がいいから、学生たちがわざわざ外国に行って勉強しようというハングリー精神が薄れてきたと考えられます。

また、今の若い人は大学に入る前からすでに家族旅行や修学旅行で海外に行っている人が多く、行っていない人でも、今は自宅にいながらにしてインターネットなどを通して、海外の情報や映像をリアルタイムで満喫できます。

こうした旅行やネット上での疑似体験がきっかけとなって、海外生活や留学に対して感興をそそられる学生もいるでしょう。でも逆に、日本のような豊かな国にいるだけで満足してしまい、実際に海外へ行って勉強しようという気が起こらないケースが多いと思われます。
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日本の居心地のよさ、海外情報へのアクセスのよさ、日本という豊かな国にいることへの満足感の三つをあげています。

2番目の理由が主要因のひとつであるとすれば、今後も日本人の留学生の数は減っていくことになりそうです。

参考ホームページ
日米教育委員会「アメリカ留学の基礎知識(大学・大学院)」
トゥモロー「留学生数の推移調査報告」
NHK「視点・論点『留学しなくなった日本の大学生』桜美林大学副学長 ブルース・L・バートン 2010年5月18日
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“ビッグバン直後の粒子”発見に近づく


スイスとフランスの国境に、欧州の12か国が共同でつくられた「欧州原子核研究機構」(CERN)という研究所があります。この研究所がもっている「大型ハドロン衝突型加速器」(LHC:Large Hadron Collider)という巨大実験施設が2010年に入り本格的に使われはじめ、素粒子物理学の実験成果が上がっています。

加速器とは、高いエネルギーをもつ原子の核や素粒子をつくるための装置。CERNの加速器を使ったこのたびの実験では、原子に比べて10万分の1ほどの小ささしかない陽子のビームを正面衝突させて、大きなエネルギーが出るときに見られる様々な反応を観察します。

陽子どうしを正面衝突させて高いエネルギーを得るには、陽子に速いスピードをつける必要があります。大型ハドロン衝突型加速器は、地下に環状の管を埋めたような装置。地中100メートルのところにあり、一周は27キロもあります。陽子はまっすぐに移動しますが、磁石の力によって進路を曲げることができます。環状の装置を使って陽子を何周もぐるぐるさせれば、どんどん速度を上げることができるわけです。

陽子の速度が上がれば上がるほど、ちょっとやそっとのことでは、なかなか陽子は曲がってくれなくなります。そこで、速い速度の陽子に曲がってもらうため、直径の大きな環が必要になるわけです。

原子核や素粒子を衝突させることでできる高いエネルギーの状態は、宇宙の創成期のエネルギーの状態とよく似ています。そこで、研究者たちは、理論的に「ある」といわれているがまだ観測されていない粒子を大型ハドロン衝突型加速器を使って観測しようとしているわけです。

その代表例となる粒子が「ヒッグス粒子」というもの。ビッグバンが起きてから10兆分の1秒後、空間はこのヒッグス粒子で満たされ、これが宇宙の質料の起源となったと言われます。

大型ハドロン衝突型加速器の実験では、ATLAS(A Toroidal LHC ApparatuS)、CMS(Compact Muon Solenoid)、ALICE(A Large Ion Collider Experiment)などのいくつかの実験グループがあります。日本ではATLASに、高エネルギー加速器研究機構や東京大学、筑波大学、京都大学などの多くの大学が参画し、ヒッグス粒子の発見を始めとする様々な成果を上げようとしています。

欧州原子核研究機構の大型ハドロン衝突型加速器は、2008年に電気回路に不具合があり、しばらく停止していました。2009年11月に実験が再開され、これまでの加速器が記録していた世界最高エネルギーの3.5倍にあたる、3.5兆電子ボルトのエネルギーを生み出しています。

このあと、2011年に1年ほど維持管理のために施設を使うのはお休みとなります。2013年の実験再開後、この加速器の限度となる14兆電子ボルトのエネルギーを生み出すための実験が行われる計画。ヒッグス粒子が見つかるかもしれません。

参考ホームページ
高エネルギー加速器研究機構によるCERNプレスリリース「2010年高エネルギー物理学国際会議(ICHEP)で、LHCの初めての実験結果を発表」
高エネルギー加速器研究機構「加速器の原理と種類」
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“長音符号排斥”が進む
工業や技術の世界では、“長音符号排斥”の傾向が強くなっているようです。

長音符号とは、音を引きのばすことを示す符号のこと。「ピーポー」の2文字目と4文字目です。文字に囲まれて暮らしている人であれば、一日に一度以上は見かけます。

工業製品や工業技術には、米国や英国などから輸入されてきたものも多くあります。そのため、製品や技術を表す英語でのことばが、日本ではそのまま外来語として片仮名で表されることがあります。


たとえば「クロージャ」という工業製品があります(写真)。頭上をつたう電線の途中にある、長細い黒色の函で、日本語では「端子函」とよばれています。電線どうしをつなぐための函で、英語で表すと、“closure”となります。“closure”には「終結」や「終止」という意味があります。このことばは、電線がここでいったん終わることを示しているのでしょう。

市民が一定の信頼をおいている、ウィキペディアにも「端子函」の項目で「クロージャとも呼ばれる」と書かれています。


また、電荷を蓄える装置(写真)は、日本語では「蓄電器」ですが、外来語では「コンデンサ」あるいは「キャパシタ」とよばれます。それぞれ、“condenser”と“capacitor”の片仮名読みです。

“-er”や“-or”は、「ストレンジャー」(stranger)や「インストラクター」(instractor)のように、最後に長音符号を付ける場合が多く見られます。しかし、蓄電器を外来語で表現するとき、たいてい長音符号が使われません。

「"キャパシタ"-“キャパシター」という検索式でインターネット検索をすると、長音符号を使わずに「キャパシタ」と書かれていることばの件数を調べることができます。結果は、53万件。いっぽう「"キャパシター"」で検索すると、9万9600件。圧倒的に「キャパシタ」のほうが多いわけです。

いっぽう、「"コンデンサ"-"コンデンサー"」では、該当数は381万件だったのに対して、「"コンデンサー"」では503万件。こちらは、長音符号を使う「コンデンサー」のほうが、やや優勢です。

ほかにも、代表例としては「コンピュータ」や、「モニタ」「プリンタ」などがあります。

“r"の発音がからむ外来語の長音の省略化が進んでいくとどうなるでしょう。自動車代理店のことを「カディーラ」、ゴルフの打数が標準より少ないことを「アンダパ」とよぶようになる日がくるのかもしれません。
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クロス・カップリングの解説で面目躍如
賞を贈るからには、受賞対象がどのような価値をもっているのかの説明もする。ましてや、世界中が注目する賞であればなおさらのこと――。そんな意識がノーベル財団にはあるのかもしれません。

2010年のノーベル化学賞は、リチャード・ヘックさん、鈴木章さん、根岸英一さんに贈られることが決まりました。受賞の理由は、「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」です。

ノーベル財団はホームページで、「みなさんへの情報」として、受賞理由のクロスカップリングの説明を試みています。

その本文は、こんな一文で始まります。

「1980年代が終わるころ、カリブ海を潜るスキューバダイバーが、ジスコデルミア・ディソルータという海綿を集めていた。深さ33メートルの海底で見つけたその小さな生き物には、口も腹も骨も見あたらなかった」

一見、ノーベル賞受賞理由のクロス・カップリングとはなんの関係もなささそうです。

しかし、その後の文章では、このジスコデルミア・ディソルータの複雑な化学物質の毒性ががん細胞の増殖を抑えること、化学者はこの物質から単離されたジスコデルモライドが抗がん剤「タキソール」とおなじようにがん細胞を攻撃すること、2010年ノーベル賞の受賞理由となる発見がなければジスコデルモライドの物語はそこで終わっていたこと、と展開されノーベル賞受賞理由の説明へとつながっていきます。

この抗がん物質を人工的に大量生産することが大きな課題でした。その課題を解決したのが、ふだんはなかなか結びつこうとしない炭素どうしのクロス・カップリングのしくみ発見だったのです。

炭素と炭素のクロス・カップリングを実現するのに欠かせない物質がパラジウムです。パラジウムは、それ自体は影響を受けることなしに他の原子や分子の構造をかえる“触媒”の役割を果たしています。

ノーベル財団は、炭素、水素、パラジウム、ヨウ素、亜鉛の各原子が示される模式図を使って、炭素と炭素のクロス・カップリングがどのように行われるかを四段階で解説します。

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1)パラジウムは通常、電子を豊富にもっている。ヨウ素が、炭素原子から電子をもってくる。電子が不足した炭素原子は、電子が不足した分、パラジウム原子と反応しやすくなる。

2)パラジウム原子は、電子がわずかながら不足した状態になる。そのため、パラジウム原子は、亜鉛原子の近傍にある、電子を豊富にもつようになった炭素に働きかける。

3)二つの炭素原子は、パラジウム原子のごく近くで面と向かう。このお近づきが、炭素と炭素を結びつかせやすくさせる。

4)炭素原子が結びついた。これでパラジウムは再び自由の身となったが、べつの反応サイクルにすぐにでも向かう。
―――――

日本の報道では、クロス・カップリングが「医薬品を効率よく合成する」のに役立つことは書かれてあっても、タキソールとクロス・カップリングの関係まではなかなか触れられていません。また、電子の量を三段階にわけ、関係する原子を五種類示して、クロス・カップリングを説明する図にもなかなか見あたりません。

説明のしかたは、ノーベル財団の面目躍如といったところ。「日本語での解説があれば、なおよいのだが」と感じる日本人もいることでしょう。

ノーベル財団による2010年ノーベル化学賞の市民むけ情報「化学者にとっての強力な道具」(A Powerful Tool for Chemists)はこちら。英文です。
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がんの転移に「機械説」と「土と種説」


(2010年)10月25日(月)発売の『週刊東洋経済』では、「がん完全解明」という特集が組まれています。この特集の「再発・転移がん」という記事に原稿を寄せました。

がんの再発や転移が起きるのは、手術でやっつけたはずのがん細胞が、目に見えない程度、残っていて、それがふたたび増殖をするためです。やっつけたはずなのに生き残っているがん細胞は、やっつけにくい性質に変わるという点。

元のがん細胞が増殖するとともに、遺伝子を変化させます。抗がん剤などに耐性がつくため、べつの種類の抗がん剤を投与することになりますが、それに対しても耐性をもつようになります。こうして、叩かれても叩かれてもがん細胞が増えるため、抗がん剤が“弾ぎれ”になってしまうのです。

元々あった場所からは離れた場所でがんが再発するのが、転移です。転移がんには、「体のこの部分にあったがん細胞は、体のここの部分に転移しやすい」という傾向があることがわかっています。たとえば、乳がんは、肺、肝臓、脳、骨に、また、膵がんは、十二指腸、胆管、肝臓、血管、神経、腹膜に、といった具合です。

こうした傾向に、相関関係があるのでしょうか。取材に応じてもらったがんの専門医は、「解剖学的機械説」(anatomical-mechanical theory)と、「土と種説」(soil and seeds theory)という二つの説があると話します。

解剖学的機械説は、血液が流れる方向に沿って、がん細胞も移動する、という考えかた。たとえば、大腸から肝臓にかけては門脈という血管が走っています。この門脈に出た大腸がんの細胞が、肝臓にたどり着いて増殖を始めれば、「大腸から肝臓へのがんの転移」ということになります。

いっぽう、土と種説は、「この土だからこそこの種が育つ」という土と種の相性とおなじように、「体のこの部分の環境だからこそ、このがん細胞が増殖しやすい」といった相性を前提とする考えかた。ひとくくりに「がん細胞」といっても、200種類以上に分類することができます。がん細胞が、血管をめぐっているあいだに、自分にとって育ちやすい土壌を探して、定着するというわけです。

どの医学・医療にもいえることですが、がんについてのしくみにも、まだ未解明の部分は多くあります。がんの再発・転移については、しくみの解明、再発・転移がんのより効果的な治療法の開発といった、大きな課題があります。

『週刊東洋経済』「がん完全解明」特集号のお知らせはこちらです。
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何十万もの種類を390種類が受けとめる。


ノーベル賞の受賞理由というと、自分の生活と関わりがないわけではないものの、なかなか身近な研究という実感がわかないと思われるものが多いかもしれません。

しかし、2004年、米国コロンビア大学のリチャード・アクセルと、フレッド・ハッチンソン・がん研究センターのリンダ・B・バックが受賞した生理学・医学賞は、かなりの人々が身近に感じらることのできるものでした。だれもが感じる“におい”のしくみを解明する研究成果が受賞理由だったからです。

1991年に、アクセルとバックは、においを感じるための「におい分子受容体」とよばれるたんぱく質を発現させる遺伝子があることを発見しました。これが、ノーベル賞の受賞利用となりました。

動物が“におい”を感じるには、“におう側”と“においを受ける側”のふたつの要素があります。

におう側とは、数々の分子です。アセトアルデヒド、メチルブテナール、オクタナールナドと、それぞれ名前がついています。動物によって、受け取れるにおいの種類にちがいはあるものの、地球上には、におい分子の種類は数十万種類もあるとされます。

これらのにおい分子は、さらにいくつもの種類が組み合わさって、一つのまとまったにおいとして感じられることになります。未熟なバナナは“青臭さ”が強いものの、熟したバナナは“まろやか”が強くなるのも、においのまとまりとしての分子の構成要素が変わったからです。

いっぽう、においを受ける側とは、におい分子受容体を含む、からだのしくみです。あるにおい分子が鼻のなかに入り込むと、あるにおい分子受容体がそれの分子を受けとめます。

このにおい分子とにおい受容体の関係は、鍵と鍵穴の関係にたとえられます。ある形をしたにおい分子を、その形と合ったにおい分子受容体が受け止めることになります。

たとえば、におい分子Aには、におい分子受容体A'が、また、におい分子Bには、におい分子受容体B'が対応するのが基本です。

すると、動物の体には、数十万種類もあるにおい分子を、それぞれ受けとめるにおい分子受容体が数十万種類なければならないことになります。

ところが、アクセルとバックの最初のにおい分子受容体の発見以来、におい分子がいろいろと見つかっていった結果、人のにおい分子受容体は390種類しかないことがわかったのです。

何十万種類ものにおい分子を、わずか390のにおい分子受容体がどのように受けとめるのか。研究の焦点はそこに移っていきました。

その答えは、「あるにおい分子受容体は、いくつかの形の似かよったにおい分子を受け止めることができる」というもの。A'というにおい分子受容体は、じつはにおい分子Aだけでなく、A-2、A-3、A-4といった、Aに似た形をもったにおい分子とも結合することがわかったのです。

鍵穴の役割としては、におい分子受容体はかなり“いいかげんなもの”といえるかもしれません。この鍵でも、あの鍵でも、その鍵でも、かちっとはまることができるのですから。

しかも、におい分子とにおい分子受容体には、もうひとつの“いいかげんさ”があることもわかってきました。じつは、Aというにおい分子を受けとるにおい分子受容体はA'だけでなく、D'やT'などのべつのにおい分子受容体にもあてはまることがわかったのです。

A'というにおい分子受容体は、A、A-1、A-2、A-3のような似た形のにおい分子を受け止める。かつ、これらのにおい分子は、A'だけでなく、D'やT'などのにおい分子受容体とも結びつくことがある。

この二つの“いいかげんさ”があるからこそ、人は、何十万種類ものにおい分子受容体をたった390種類のにおい分子受容体だけで識別することができるのです。

参考文献
森憲作『脳のなかの匂い地図』
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「.go.jp検索」に一長一短


インターネットでは、知りたいことばの意味を調べるとき、「.go.jp検索」という方法があります。

「.go.jp」は、ホームページのアドレスの最後につける、セカンドレベル・ドメインとトップレベル・ドメインです。これは、トップからセカンドの順に「日本の」「政府系機関が運営する」ホームページを表すことになります。

たとえば、経済産業省のホームページには「meti.go.jp」のように「.go.jp」がつきます。国立国会図書館のホームページには「ndl.go.jp」のように、「.go.jp」がつきます。

「.go.jp検索」をする人は、グーグルなどの検索欄に、「知りたいことば」とともに「.go.jp」を並べて検索をします。

たとえば、「インフルエンザ .go.jp」と入力して検索すると、「国立感染症研究所 汗腺情報センター〈インフルエンザ〉」や「厚生労働省:健康:新型インフルエンザ対策関連情報」、さらに「外務省海外安全ホームページ」などが検索されます。

これらの「.go.jp」アドレスのホームページに掲載されている情報には「政府系機関が発表している情報である」という意味があります。

個人のブロガーが書いていることや、匿名のインターネット掲示板にある情報に比べて、「政府系機関がいっている」という点では、「それなりにきちんとした組織が発している情報」としての価値があるわけです。

いっぽうで、国が出す情報がかならずしも信頼がおけるかは別の話、という考え方ももちろんあります。これまでも、公害問題や薬害問題などでは、後に誤りであると判断されるような情報や見解を政府が発表してきたことはありました。

2003年に内閣府が実施した「食の安全性に関する意識調査」では、「緊急の事態が発生した場合において、あなたが最も信用できると思う情報源は何ですか」という質問に、解答者の国政モニターは、「新聞」を86.5%、「テレビ・ラジオ」を78.2%賭したのに対して、「官公庁のホームページ・政府公報」は37.4%と大きくはなされています。

これには、普段から慣れしたしんでいる情報源であるかどうかといった点も、「信用できる」と評価する要素に入っているのかもしれません。

「政府系機関が出している情報だから、“公的”という点では、まあ、まちがったことがたくさん書かれていることはないだろう。しかし、ときにとんでもない大きなまちがいをやらかすことがある」というくらいの信頼性を寄せるのが、「.go.jp検索」の肝心なところなのかもしれません。

参考ホームページ
「国政モニター 食の安全性に関する意識調査」
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悪玉を減らして、善玉を増やす。
人の血液の中には、脂質が溶け込んでいます。血液中に含まれる脂質には、コレステロール、中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類があります。

血液中にある脂質4種類のうち、「コレステロール」と「中性脂肪」は、動脈硬化を引き起こす原因となる「脂質異常症」と関係しています。

コレステロールは、ステロイド環という特徴的な構造をもつステロイドという物質の一種類。大きく、「低比重リポタンパク(LDL:Low Density Lipoprotein)コレステロール」と、「高比重リポタンパク(HDL:High Density Lipoprotein)コレステロール」に分類されます。

LDLコレステロールは、血液中の量が多くなると、動脈の血管壁にくっつき、動脈の壁を厚く、硬くさせます。LDLコレステロールは、動脈硬化を促進するため、「悪玉コレステロール」ともよばれます。

いっぽう、HDLコレステロールは、細胞や動脈にある不要なコレステロールを回収して、肝臓に運ぶ役割をもっています。つまり、増えすぎたLDLコレステロールを、HDLコレステロールが減らすわけです。人にとって都合のよい作用があることから、「善玉コレステロール」ともよばれます。

コレステロールは、食物の中にも含まれます。しかし、人体に存在するコレステロールの7割は体内で合成されています。

また、中性脂肪は「トリグリセライド」ともよばれ、グリセリンと脂肪酸という物質が結合した脂質です。中性脂肪そのものが血管壁にくっついて動脈硬化を起こすことはありません。ただし、中性脂肪が多いと、HDLコレステロールが減り、LDLコレステロールが増えることになるため、間接的に動脈硬化を引き起こすことになります。

悪玉のLDLコレステロールが多い、善玉のHDLコレステロールが少ない、LDLコレステロールを増やす中性脂肪が多い。この三つの症状を総称したのが「脂質異常症」です。以前は「高脂血症」とよばれていました。

脂質異常症が発症するうち、8割以上は、生活習慣による要因が重なることによるものとされています。食べ過ぎ、脂肪分の多い食事の摂りすぎ、運動不足、これらから起きる肥満が、脂質異常症の要因としてあります。また、遺伝的な要因もあります。

脂質異常症の治療では、生活習慣の改善と薬物療法が中心となります。まず食事療法では、本人にとっての適正エネルギー摂取量や、適正な栄養素バランスを把握して実践することが第一段階。次に、脂質異常症の型に応じた食事療法を第二段階で行います。

高LDLコレステロールが続く場合、脂肪由来エネルギーを総摂取エネルギーの20%以下にするなどします。中性脂肪が多い状態が続くときは、禁酒や、炭水化物由来エネルギーを総摂取エネルギーの50%以下にするなどします。また、両方が重なっている場合は療法を併用します。

脂質異常症治療で使われる代表的な薬が、日本で開発された「スタチン」です。コレステロールを合成する「HMG-CoA還元酵素」(HydroxyMethylGlutaryl-CoA reductase)という酵素の働きを阻害するしくみがあります。1973年に、三共(いまの第一三共)の研究者だった遠藤章がスタチンの一種を発見。1987年に米国で世界初と発売開始となりました。


最初に発見されたスタチン「メバスタチン」の構造式

コレステロールをめぐって、2010年に学会間で異なる見解が出され、社会問題になりました。日本脂質栄養学会は「一般集団ではLDLコレステロール値の高い群のほうが総死亡率は低い(長生きである)」という見解を発表しました。

これに対して、従来よりLDLコレステロールは控えるべきと主張してきた日本動脈硬化学会や、日本医師会、日本医学会などは、この発表に対して「科学的根拠に乏しい」と反論しています。

LDLコレステロールの量をどの程度まで下げると、動脈硬化による血管病のリスクが低下するかは、人それぞれの、これまでの動脈硬化の有無などにより大きく左右されるといわれます。

また、「一般集団ではLDLコレステロール値の高い群のほうが総死亡率は低い(長生きである)」とする見解では、慢性肝疾患や虚弱体質といった住民に対する統計上の処理が不十分だった可能性があるという指摘もあり、コレステロール値が高い方が長寿であるとは結論づけられないという声が、医学・医療界からも上がってきています。

また、LDLコレステロールを増やし、HDLコレステロールを減らす物質として話題になっているのが「トランス不飽和脂肪酸」です。液体の植物油から、マーガリンやショートニングなどの製品を作る過程で水素が添加されますが、一部の不飽和脂肪酸がトランス型という構造になります。これが、トランス不飽和脂肪酸です。また、自然界でも牛などの反芻動物では、胃の中の微生物の働きにより、トランス不飽和脂肪酸が微量ながら生じることがあります。

世界保健機構は、集団におけるトランス脂肪酸の平均摂取量は最大で、総エネルギー摂取量の1%未満とすべきと発表しています。

参考資料
厚生労働省「脂質異常症ってどんな病気?」
消費者庁食品表示課「脂質と脂肪酸のはなし」
読売新聞2010年10月20日「『コレステロール高めが長寿』に日医など猛反発」
臨床研究適正評価教育機構「コレステロール論争に対する当機構としての見解 個々の危険因子や性差を考慮した基準づくりが必要」
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GLP-1に力を発揮させて糖尿病を治療
2型糖尿病に対しては、2000年代後半よりグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1:Glucagon-Kike Peptide-1)関連製剤という薬が発売されるようになり、糖尿病治療の効果が見れれるようになっています。

人の小腸をブドウ糖が通過すると、小腸からホルモンの一種であるGLP-1が分泌されます。
 
このGLP-1は、血液中の糖の量を抑えるのにプラスとなる作用をいくつももっています。膵臓のβ細胞に届いてインスリンの分泌を促す作用、同じく膵臓のα細胞という細胞に届いてインスリンとは逆に血糖値を高める効果をもつグルカゴンというホルモンを抑える作用、インスリンを作るβ細胞そのものを再生させる作用、脳で空腹の感覚を司る神経細胞に働いて食欲を抑制させる作用などです。
 
いずれも、糖尿病の治療には効果的な作用といえます。
 
しかも、GLP-1は、血糖値の高い人に対してインスリンの分泌をより促進し、血糖値が正常な人に対してインスリンの分泌をあまり促進しないという特徴があります。
 
従来の糖尿病薬では逆にインスリンが分泌されすぎて、呼吸困難や意識障害などの低血糖を起こすことが怖れられてきました。GLP-1は低血糖という課題を克服できる物質といえます。
 
しかし、GLP-1は小腸から分泌された直後に、DPP-4(DiPeptidyl Peptidase-4)という酵素によって分解されてしまいます。せっかく小腸から高血糖を抑えるGLP-1が出ているのに、その効果が発揮されないまま、DPP-4が分解しにかかるのです。
 
DPP-4
 
GLP-1関連製剤は、GLP-1の効果を持続させるための薬です。主に、「GLP-1アナログ製剤」という注射剤と「DPP-4阻害剤」という飲み薬の二種類があり、両方とも2009年までに日本で販売されています。
 
GLP-1アナログ製剤は、GLP-1と同様の効果と分解されづらい構造をもちあわせた薬です。GLP-1と同様の効果があることから、胃が食物を処理する働きを遅らせる作用もあります。これまでの糖尿病薬の副作用にあった過食とは逆に、痩せる効果があるといわれます。なお、GLP-1アナログ製剤は、小腸を通過すると分解されてしまうため、注射での投与となります。
 
いっぽうDPP-4阻害剤は飲み薬です。DPP-4の働きを阻害するため、GLP-1が分解されにくくなり、GLP-1の様々な効果を発揮しやすくさせます。
 
GLP-1アナログ製剤もDPP-4阻害剤も、低血糖の問題をほぼ解消しているため、これまでより血糖値を下げることも可能となります。
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“サイレント・キラー”が神経、網膜、腎臓を傷つける
生活習慣病の中で、いまも専門医による診療が中心なのが、糖尿病です。

人が、食事などで炭水化物を取り入れると、消化管でブドウ糖という物質に変わります。これがさらにグリコーゲンという物質になって、エネルギーとして使われることになります。

体内のブドウ糖の半分は肝臓がグリコーゲンに代えるため預かり、半分は血液に含まれて体を循環しています。血液の中の糖の量が増えすぎると、通常、膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞から、インスリンというホルモンが分泌されます。β細胞は「インスリン製造工場」にたとえられます。

人工的に結晶化されたインスリン NASA

インスリンは、血液中のブドウ糖が筋肉や脂肪の細胞に取り込まれるように促す働きをしています。これで、血液中の増えたブドウ糖の量を減らすわけです。

しかし、なにかしらの理由で、血液中のブドウ糖の量が減らなくなってしまうことが起きます。これが糖尿病です。

糖尿病は、インスリンを出す側か、ブドウ糖を受ける側のどちらかに原因があります。

インスリンを出す側のβ細胞が壊れてしまうと、インスリンがまったく分泌されないため、血液の中のブドウ糖をまったく処理できなくなります。このように、β細胞がインスリンを出さなくなることで起きる糖尿病は「1型糖尿病」といわれます。糖尿病患者の1割程度が、この1型です。遺伝によるものでなく、また若い世代で突然に起きる傾向があります。

いっぽう、ブドウ糖を受け取る側の細胞が、ブドウ糖の受け取りを拒む場合があります。こちらの場合も、血液中のブドウ糖の量は多いままとなります。細胞がインスリンに抵抗をもつことと、β細胞が完全に壊れていないもののインスリンの分泌が鈍ってしまうことで起きる糖尿病は「2型糖尿病」といわれます。食べすぎなどの生活習慣から起きる糖尿病は、この2型です。

2型糖尿病は、静かに進行するため、サイレントキラーとよばれています。代表的な合併症には、糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症があり、「糖尿病の三大合併症」とよばれています。

糖尿病神経障害は、糖尿病の発症と同時か直後より起きる合併症です。手足のしびれ、低体温化、男性の勃起不全、女性の生理不順、便秘、下痢、多汗などの症状が起きます。

糖尿病網膜症は、糖尿病になってから数年すると起きる合併症です。眼の表層にあり、視覚を生み出す網膜を走る細かい血管が、糖尿病によって異常を起こします。網膜から出血する眼底出血が起き、さらに深刻になると失明することもあります。

糖尿病腎症は、糖尿病の進行とともに、徐々に症状が悪化していく合併症です。腎臓には、血液をろ過して尿にかえる、糸球体という細く丸まった血管があります。糖尿病になると、この糸球体に異常が起き、徐々にろ過する働きが落ちていきます。

糖尿病になってから15年ないし30年たつと、腎臓がほとんど働かなくなる腎不全あるいは尿毒症とよばれる深刻な病気に発展します。透析装置により、人工的に血液のろ過をしなければならなくなり、生活の質がいちじるしく低下します。

2型糖尿病は、これらの三大合併症のほか、心筋梗塞、脳梗塞、感染症の危険を高めます。

いっぽう、1型糖尿病では、血液中のブドウ糖の量をコントロールしづらくなるため、インスリンを体の外から注射する必要がありますが、かえってインスリン量が過剰になり、ブドウ糖の量が低くなりすぎると、発汗、動悸、過呼吸、震え、悪心などが起き、ブドウ糖を摂らずに放っておくと昏睡状態になることがあります。

また、血液にブドウ糖の量が多い状態がつづくと、糖尿病性ケトアシドーシス昏睡という症状におちいることがあります。嘔吐、脱水症状などが起き、呼吸の乱れ、悪心、腹痛に発展し、さらに昏睡状態におちいることがあります。

参考ホームページ
DR.インスリンの1型糖尿病教室「1型糖尿病とは?」
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たばこを吸って、硬い動脈づくり


生活習慣“病”には含まれないものの、喫煙は、血管をいためる主な原因になります。2008年に40歳から74歳を対象に始まった、いわゆる「メタボ健診」でも、喫煙をしているかどうかが問診で聞かれます。

たばこを吸うと、血圧の値は急に上がります。上の血圧(収縮期血圧)は、たばこを吸った直後から20mmHgほど高くなります。下の血圧(拡張期血圧)も、たばこを吸った直後から10mmHgほど高くなります。そして、吸い終わると徐々に血圧の値は戻っていきます。つまり、何度もたばこを吸うという行為は、血圧を上げたり下げたりをくりかえすことになります。

たばこを吸うことの最も大きな問題は、動脈硬化を進めるということです。心臓、脳、手足などの動脈硬化の度合は、たばこを吸っている人のほうが吸っていない人よりも高いということがわかっています。

また、たばこを吸うことにより体の中の一酸化炭素の量が増え、酸素が不足することになります。これは、心臓への負担をかけることになります。

たばこを吸わない人と吸う人の、心臓病のオッズ比のデータもあります。吸わない人をすべて「1」にしたとき、たばこを吸っている人の虚血性心疾患のなりやすさは、男性が2.8倍、女性が2.2倍。心筋梗塞は男性3.6倍、女性1.4倍。突然死は男性10.7倍、女性4.5倍となります。

最近では、たばこを吸う習慣を断ち切りたい人が通う「禁煙外来」が話題になっています。2006年4月から、一定の基準を満たす患者に対しては、保険が適用されることになりました。

禁煙外来の治療では、まず保険が適用となるか、患者の条件をチェックします。その後、2週間後、4週間後、8週間後、12週間後に通院をします。各回では、呼気一酸化炭素濃度の測定や、禁煙についてのアドバイスを医師から受けます。「医師といっしょに行う禁煙」という、精神的な面での作用が大きいようです。

また、最近では、新しい禁煙補助剤として、「バレニクリン酒石塩酸」という薬が発売されています。商品名は「チャンピックス」で、ファイザー製薬から2008年に発売されました。脳の「α4β2ニコチン受容体」という部分に働き、離脱症状やタバコに対する切望感を減らす効果があるとされています。

ただし、2010年10月、同社は「チャンピックス」の需要が急に増えたため、「弊社製造販売の飲み薬による禁煙治療を開始することがここ数ヶ月難しい状況」と発表しています。薬の需要が急に増えたのは、2010年10月からのたばこの値上げによって、禁煙に取り組む人が増えたことが背景にあるようです。

参考ホームページ
国立循環器病センター「飲酒、喫煙と循環器病」
ファイザー製薬「すぐ禁煙.jp」
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医療費削減ねらいで“メタボ健診”


日本の国家予算およそ80兆円のうち、医療に関係する社会保障費は8兆円ほど。国家予算の10分の1が医療費に使われている計算です。

国は、高齢社会の時代に入った日本では、今後、医療費が増えていくことを見こんで、2000年代に「医療から予防へ」という政策転換をはかりました。病気を治療するより、健康を維持するほうがお金がはるかにかかりません。そこで国は国民に、健康でありつづけることを強く促しはじめました。

その政策のひとつが、2008年4月より始まった、「特定検診・特定保健指導の義務化」です。40歳から74歳の国民にメタボリック症候群に関する診断を受けさせて、基準値を上回った人に、医療機関による健康指導や生活改善チェックを受けさせるもの。

健診での必須項目は、質問票(服薬歴、喫煙歴など)、身体計測(身長、体重、ボディ・マス・インデックス、腹囲)、身体診察、血圧測定、脂質検査と血糖検査と肝機能検査を合わせた血液検査、尿糖と尿蛋白の検査を合わせた検尿です。

この健診で様々な数値が出ます。腹囲とボディ・マス・インデックスを測る第一段階、そして、血糖、脂質、血圧、喫煙歴を測る第二段階を通じて、保健指導対象者となった人には、積極的支援レベル、動機づけ支援レベル、情報提供レベルという3レベル別の保健指導が行われます。

「メタボリック症候群」や「メタボ健診」ということばが流行して、国民の生活習慣病に対する意識が高まったという点では、国の健康政策により一定の成果があがったということができます。

いっぽうで、国民一人ひとりの生活習慣に国が介入することに対する批判も上がっています。

参考文献
厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」
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「電車の中で人が倒れる広告」の警告内容は血管異常

電車に乗っている人が倒れていくという、深刻な雰囲気の広告がテレビや電車の吊り革広告などで展開されています。これは、動脈硬化を警告する広告。「あまりに怖すぎる」といった市民の声もありますが、それほど浸透効果はあるということでしょう。

生まれたばかりの赤ちゃんの血管は弾力性があります。しかし、生活習慣病やたばこによって、血管の壁が厚くなったり硬くなったりして弾力性を失われ、脆くなっていきます。

高血圧や脂質異常症などの生活習慣病と、心臓病や脳卒中などの血管病の、間の段階にあるのが動脈硬化です。

動脈硬化が進むと、血管の内側の壁が厚くなっていき、異常な突起物が現れていきます。これは「プラーク」とよばれるもの。プラークの内側にはさらに「アテローム」という粥状のじゅくじゅくしたものが多く含まれています。ときに、アテロームを覆うプラークの表面が破れてしまうことがあります。これは「プラーク破綻」などとよばれます。

アテロームの標本

血管内の、プラークが破綻したところには、修復をするために血小板という血液成分が集まってきます。血小板は、直径2〜3マイクロメートルほどで、赤血球の数分の1。1立方ミリメートルに15〜25万個も含まれています。

この血小板が、破綻したところを固めようとするわけです。ちょうど、肌が傷ついて血が出たとき、かさぶたができるのと似たことが、血管の内側で起きます。この血栓が、脳や心臓付近などの血管で詰まりを起こすと、脳梗塞や心筋梗塞となります。

動脈硬化からプラーク破綻へという流れで起きる血管の異常は、「アテローム血栓症」ともよばれます。英語の“ATherothrombosIS”から、略称は「ATIS」。製薬業界や医療界では、「ATIS」という言葉を社会に定着化させて、危険性を知らせる取り組みもあります。

アテローム血栓症の患者には、おもに抗血小板薬という薬が使われます。血小板が血管内の血液を凝固させるのに抗うのが、抗血小板薬のはたらき。

心臓をとりかこむ冠動脈のアテローム血栓症に対しては、アスピリンという伝統的な薬があります。解熱や鎮痛で使われることもありますが、抗血小板としても使われます。また、日本では2006年に販売が始まった「クロピドグレル」という新しい薬が併用されています。

いっぽう、脳のアテローム血栓症に対しては、クロピドグレル、アスピリン、それに、「シロスタゾール」などの薬が単剤で使われます。

これらの薬は、血管の異常を緩和するものであって、血管の状態を元どおりにするものではありません。そのため、薬の服用の継続の必要性を製薬会社は訴えています。

参考記事
『週刊東洋経済』2010年1月23日号「心臓も脳も原因は同じ 血管の異常がもたらす病気」
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血管病に再生医療の第一歩


このブログでは、ここのところ「血管病」という病気について、集中的に情報を伝えています。今回はすこしちがった視点から、再生医療による血管病治療を紹介します。

再生医療は、先端医療の代表例にもあげられる治療法です。人の体の細胞の中には、みずからを増やす能力と、特定の機能をもつ細胞に分化する能力を合わせもつ細胞があります。これは枝分かれする木に喩えられて「幹細胞」とよばれます。

幹細胞を人工的に利用して、病気となった体の組織のはたらきをとりもどすのが再生医療です。人のからだから幹細胞をとりだして、それを培養し、増えた幹細胞を患者のからだに戻して、組織を復活させるというのが、再生医療の一般的な考え方です。

心臓病や脳卒中などの血管病に対して、再生医療による人への治療が進められようとしています。

心臓をとりまく冠動脈が狭まったり詰まったりする心筋梗塞に対して、日本で2010年5月に次のような再生医療が、効果や安全性を確かめる臨床試験として行われました。

重い心不全の患者の幹細胞をとりだし、あらかじめ培養しておきます。そして手術で、冠動脈の外科的な手術を行ってから、心筋から培養した幹細胞を注射で移植します。その後、この幹細胞を定着させるためにゼラチンシートを心臓にかぶせます。

これにより、患者の心臓の機能は、日常生活を送るのに問題ない程度まで回復しました。

脳卒中を発症した患者に対する再生医療も、臨床試験が始まっています。脳梗塞の患者の骨髄液を10ccほどとりだし、その中から幹細胞を分離します。これを培養して増殖させてから、患者の静脈に注射します。

からだに入った骨髄由来の幹細胞が脳の患部に届くと、神経細胞に栄養を与えるはたらきをしはじめます。すると、まず周囲の血管が再生しはじめます。その後、さらに神経細胞も再生しはじめます。こうして、骨髄由来の幹細胞を使って、脳梗塞で損傷を受けた部分を再生し、失われた脳の機能を回復させるのです。

臨床試験では、半身不随となった脳梗塞の患者が、手を自由に動かせるようになり、職場に復帰する事例なども報告されています。

いっぽう、心臓、脳の神経よりも、難しいとされるのが腎臓病に対する再生医療です。腎臓は複数の部分から成り立っており、現在の再生医療研究では、これらの部分単位に対する再生が試みられようとしています。

腎臓の再生医療で期待されているのが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)です。2010年3月には、東京大学の研究チームが、マウスのiPS細胞をマウスの受精卵に入れて子宮に戻し、これにより腎臓をつくる方法を開発したと報じられています。

参考文献
『週刊東洋経済』2010年5月1日号「最新の医療技術で病気はどこまで治る?」
参考記事
日本経済新聞2010年3月19日「iPS細胞で腎臓作製 東大が技術開発」
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「瘤」ができたら破裂させない
心臓を出発点として、血液はからだの中をめぐります。心臓の左心室を出たばかりの太い動脈を「大動脈」といいます。高速道路の入口のように急角度の曲線を描き、大動脈は胸、そしてお腹のほうへ向かっていきます。

心臓付近の大動脈とそのまわりの血管

動脈硬化は、この大動脈にも起きます。生活習慣病などで大動脈が硬くぼろぼろになると、壁の脆くなったところからぷくっと“瘤”ができます。これは「大動脈瘤」という血管病です。風船を膨らますとき、はじめはなかなか膨らんでくれないものの、いったん膨らみはじめるとあとはどんどん膨らんでくれます。これと同じことが大動脈瘤にもいえます。

瘤の形によって、真性瘤、仮性瘤、大動脈解離という3種類にわけることができます。

真性瘤は、3車線の道路の一部だけが5車線に膨らんでしまったように、動脈の両側が膨らむことによってできる瘤です。

いっぽう、仮性瘤の形は、より複雑です。動脈の壁は三つの層でできていますが、まず、この三層がすべて破れてしまいます。すると血液は血管の外へと出ていくわけですが、まわりに組織があるため、破れたところで血液が瘤をつくります。すでに血管が破れているわけですから、緊急の治療が必要になります。

また、大動脈解離は、血管の壁の三層のうち、いちばん内側の内膜が避けて、血管の脇に「偽腔」という袋小路ができます。そして真ん中の層の中膜も損傷を受けます。最も外側の丈夫な外膜はまだ破壊されていないで膨らんだまま残ります。

大動脈瘤は、血管壁が破裂していないときは、ふつう、とくに自覚症状がありません。破裂すると、そこで初めて激しい痛みを感じることになります。とくに大動脈解離では、突然、胸や背中に激しい痛みが起きます。

なので、血管がまだ破裂していないときは、できるだけ血管に急激な圧力がかからないようにする必要があります。高血圧にならないように管理したり、急に血圧を上げる原因となる煙草を吸わないようにしたりします。

血管管理の治療以外には、大動脈瘤が起きたところを、ポリエステルなどの繊維でつくった人工血管におきかえる、外科的な治療が行われます。

また、血管が狭まったときの治療法とおなじようにカテーテルを使った方法も用いられます。脚の付け根の動脈などから、大動脈瘤ができたところまでカテーテルという細い管を通します。カテーテルには、ステントという管状の金網を付けておき、これを病巣に置きます。これで、瘤ができて弱くなったところを補強します。

血管は年齢とともに脆くなっていくもの。大動脈瘤も高齢者になるほど発症しやすくなります。高齢社会を向かえた日本では、大動脈瘤の患者は増えています。

参考ホームページ
国立循環器病センター「大動脈に〝こぶ″ができたら」
MSDメルクマニュアル医学百科「大動脈解離」


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腎臓病の進行で避けがたい「生活の質」の低下
人の腎臓は、お腹のうしろのほう、背骨の両側に一つずつあります。一つの重さは100グラムから150グラムほど、大きさは長さ10センチほど、幅5センチほど、幅3センチほどで、空豆のようなかたちをしています。

左右に二つある空豆のような形が腎臓

心臓から送りだされた血液をろ過するのが腎臓です。血液の中の水分や、窒素代謝産物といわれる老廃物などを濾しとって、尿をつくります。血液をいつもきれいに保つためには腎臓のはたらきが欠かせません。

血液をろ過する機能は、腎臓全体の外側のほうにある、糸だまのようになった細い血管がいくつもある糸球体と、その糸球体を包むボーマン嚢という袋が担っています。そして、ろ過された液体を尿にする機能は、細尿管という部分が担っています。糸球体とボーマン嚢、それに再尿管は、機能をもった一まとまりと考えられ、これを「ネフロン」といいます。

ほかにも腎臓は、体の中のナトリウム、カリウム、カルシウムなどの電解質の濃度を調整したり、血管を細めて血圧を上昇させるレニン・アンジオテンシンという物質を分泌したりします。

しかし、糖尿病や高血圧などの症状が長いことつづくと、腎臓の機能が少しずつ衰えていきます。腎臓にある糸球体も血管でできています。糖尿病や高血圧などがもとで血管病が起きるという過程のなかにあります。

ただし、心臓や脳の血管病と異なるのは、急に腎臓が悪くなるということはあまりなく、徐々に腎臓の機能低下が進んでいくという点です。そのため、腎臓の機能の衰え具合を見れば、血管がどれだけ傷んでいるかがわかるといわれています。

糖尿病や高血圧などにより「慢性腎臓病」(CKD:Chronic Kidney Disease)という病気が起きます。腎臓のはたらきが、健康な人の6割以下しかない場合か、あるいは蛋白尿が出るなどの尿の異常が明らかに見られる場合は、慢性腎臓病と診断されます。

慢性腎臓病が進んで、腎臓の機能が正常の人の30%以下になると「腎不全」と診断されます。「不全」とは「機能が弱っている」という意味で、腎不全になると、血液の老廃物を処理しきれなくなります。

すると、尿として濾しとられるはずの老廃物が血管じゅうをめぐることになります。これは尿毒症。つまり、腎不全になるということは尿毒症になるということです。思考力低下、不眠、だるさ、食欲低下、皮膚の黒色化、血圧上昇、むくみなどが症状としておきます。

腎不全になると、尿をつくる機能がなくなってしまいます。そこで人工的に血液のろ過を行う治療が必要になります。これは人工透析と言われています。動脈に注射をして血液を取りだし、ダイアライザーという半透膜の装置で老廃物を濾しとります。そして、血液を静脈に戻します。

ただし、大量に血液を体の外側に取りだすのは負担がかかるため、動脈を静脈につなぐシャントやグラフトという血管手術を行います。

腎不全の患者は、この透析治療を1週間に2、3回、1回につき4、5時間をかけて行います。

透析装置を使った透析治療のほか、「連続携行式腹膜透析」(CAPD:Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis)という透析方法もあります。お腹につくった管を通して、透析をする液体をお腹に入れます。そして、5時間ほどこの透析液を入れたあとに取り出します。これで、透析をするわけです。1日に3回から5回ほど繰りかえします。

人工透析にしても、連続携行式腹膜透析にしても、ひんぱんに透析治療をしなければなりません。そのため、腎不全はよく「患者の生活の質を著しく低下させる病気」といわれます。

参考ホームページ
国立循環器病センター「腎不全」
戸田中央医科グループ「腎臓の働きと疾患」
| - | 23:59 | comments(0) | -
脳塞栓は「心臓発、脳血管着」
(2010年)10月2日の記事「日本人の死因第2位は病状さまざま」という記事で心臓病の話を、また、10日の記事「『中る』の中身は『詰まる』と『破れる』」という記事で脳卒中の話をしました。

心臓病も脳卒中も、どちらも血管の異常が原因でおきる血管病です。血管のうち、心臓のあたりで異常がおきれば心臓病となり、脳のあたりで異常がおきれば脳卒中になるわけです。

心臓と脳が血管でつながっていることを象徴するような血管病もあります。「心房細動から脳塞栓へ」という、連続的な病気です。

まず「心房細動」という異変が心臓で起きます。健康な人の心臓は、ほぼ一定の間隔で拍動を続けています。運動をすれば拍動は速まりますが、それでも「ドク、ドク、ドク」という間隔はほぼ一定です。

ところが、心臓の一部分にある洞結節という細胞の集まりに異常があると、拍動が一定間隔ではなくなってしまいます。

洞結節は心臓の拍動のペースメーカーの役割をしています。洞結節が電気を起こしており、この電気刺激が心臓全体へと伝わって、心臓が拍動するのです。

齢をとるとともに洞結節の機能が落ちていくことがあります。すると、心臓はペースメーカー役を頼りにできなくなり、無秩序に拍動することになります。

心臓の拍動が無秩序だと、心臓は血液を規則的に送りだすことがままならなくなります。すると、心臓の中で血液が淀むなどして、血管の“詰まり”の原因となる血栓が生じます。

心房細動によって生じた血栓は、心臓のあたりの血管で詰まることはありません。心臓をとりまく血管は太いからです。

ところが、血栓が心臓から血液とともに送りだされ、脳のほうへと向かうことがあります。脳の血管は心臓のまわりの血管よりも細いため、脳で血栓の詰まりが起きるのです。

このように心臓でできた血栓が脳で詰まる病気が「脳塞栓」です。脳塞栓は、脳梗塞とほぼおなじ症状となります。

読売巨人軍の長嶋茂終身名誉監督が2004年3月に倒れたのは、脳塞栓によるものだったとされます。

高齢化に伴い、心臓にあるペースメーカーの働きが衰えて心房細動になる人は増えているとされます。

「心房細動から脳塞栓へ」という危険な過程を防ぐため、「ワーファリン」という薬が用いられます。ワーファリンは、血液を固まりにくくする飲み薬です。

ワーファリンの構造式

これまでは、高齢者の心房細動はそのままにしておいたほうがよいという考え方が主流でしたが、大規模試験の結果などから高齢者にもワーファリンで積極的に心房細動を防ぐべきだとする考え方に変わってきています。

参考文献
参考ホームページ
国立循環器病センター「ワーファリン(ワルファリン)の正しい飲み方」
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「大学は基礎研究の担い手」は幻想というデータも


(2010年)10月12日(火)発売の『週刊東洋経済』で、「本当に強い大学2010」という特集が組まれています。同誌の秋の大学特集は2010年で11年目となります。この特集の「どうなる基礎研究」という記事に原稿を寄せました。

「基礎研究」とは、研究活動のうち、おもに知識や理論などを得ることを目的とした研究のこと。実社会に役立てることを目的とした「応用研究」と対比されることが多くあります。

2009年に民主党政権が始めた「事業仕分け」の評価をきっかけに、基礎研究のあり方はどうあるべきかという課題が社会の一部で脚光を浴びるようになりました。

記事では、基礎研究を重視する奈良先端科学技術大学院大学と、基礎研究を対象とした国のプロジェクトに採択された九州大学を取材。

奈良先端大は、今年おこなわれた文部科学省の国立大学評価で第1位となりました。学長や教員が、第1位となったこの学校の特徴を話しています。鍵のことばとして浮かんできたのは「小規模効果」や「フラットな世界」といったもの。

九州大学は、文部科学省の「世界トップレベル拠点」(WPI:World Premier International research center)プログラムという基礎研究支援予算に、「カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所」という構想がこのたび採択されました。企画提案者は、二酸化炭素を出さない社会をつくるための応用研究を進めていくなかで、基礎研究に立ち返る必要性が出てきたため、プログラムに応募したと話します。

このように、基礎研究を重視する大学はたしかに存在します。その一方で、日本の大学全体の傾向を見ると、“基礎研究ばなれ”というべき事態が、じつは1970年代後半からすでに始まっていたという調査も明らかになっています。

米国には「基礎研究を大学が担い、応用研究を企業が担う」というかたちがありました。しかし、日本にその形があるというのは幻想だったのかもしれないというデータが、大学研究者によって明らかになりました。その内容と大学研究者のコメントも記事では伝えています。

いま、様々な意味で大学の基礎研究のあり方が問われています。基礎研究が大切かどうかを考えなおす記事となっています。

『週刊東洋経済』「本当に強い大学2010」特集号のおしらせはこちら。
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「向こうの世界から戻ってきた」と言わせたのは“t-PA”
 脳卒中のうち、脳の血管の“詰まり”である脳梗塞が起きたときの治療として、いまt-PA血栓溶解療法という治療法が使われています。

t-PAは、「組織プラスミノゲン活性因子」(tissue Plasminogen Activator)という物質。脳の血管で詰まりを引き起こしている血栓を溶かすことのできる物質です。

血液の中には、血を固まらせる成分だけでなく、固まった血を溶かす成分も含まれています。その成分の働きを強めるのが、このt-PAです。日本では、2005年10月に「アルテプラーゼ」というt-PA製剤を使えるようになりました。

ただし、このt-PA血栓溶解療法では、脳梗塞になってから3時間以内が勝負です。3時間以上経つと、血栓を溶かすのに大量のt-PA製剤が必要となり、それによって逆に脳出血を起こすなどの逆効果になります。

実際の治療では、病院側の準備などもありますので、脳卒中で倒れてから2時間以内に、治療のできる医療機関を訪れている必要があります。

サッカーの元日本代表監督だったイビチャ・オシムさんは、2007年11月に脳梗塞で倒れましたが、このt-PA血栓溶解療法を受けて命をとりとめ、さらに7か月後には記者会見で「向こうの世界に行って戻ってきました」と冗談を発せるほどににまでなりました。その後も、病気がなかったかのような回復ぶりを披露しました。

血管病治療の大きな進歩を象徴する事例といえるでしょう。

いっぽう、脳出血に対しては、再出血や、内出血による腫れをこれ以上防ぐことが治療では大切になります。

腫れが大きくなるのは、脳出血の3日後から2週間後にかけて。血管から破れて出てきた血液による圧迫が強くならないよう抗浮腫薬という薬を与えます。

また、高血圧にならないような血圧管理などが行われます。急に血圧を下げて脳の血流量が減りすぎてしまわないよう注意して管理します。脳卒中が起きる前の、かつ降圧薬を飲んでいないときの血圧の80%ぐらいを保つのがよいとされます。

また、くも膜下出血に対しても、再出血を防ぐことが大切。その方法は大きくわけて、開頭手術と血管内治療の二つがあります。

開頭手術では、頭蓋を切りひらいて、出血の原因となった動脈瘤の根本をクリップでとめて再出血を防ぎます。

血管内治療では、カテーテルという細い管を足の血管から入れて脳の動脈瘤の部分まで届かせます。カテーテルの内側にはコイルとよばれる細い針金を用意しておいて、動脈瘤の内側にこのコイルをぐるぐる巻きにして詰めます。これで、動脈瘤の破裂を防ぐのです。

こうした治療法により、脳卒中で命を落とす人は少なくなってきました。しかし、脳の血管が詰まったり、脳の一部が傷ついたりすることで痴呆症になる人は多くいます。脳卒中が原因の痴呆症患者は、アルツハイマー性の痴呆症患者とおなじくらいいるといわれています。

参考ホームページ
峰松一夫「脳梗塞の新しい治療法 t-PA静注療法」
北川泰久「脳出血」
日本脳神経外科学会「くも膜下出血(脳動脈瘤破裂)の治療について」
脳動脈瘤治療のいま「脳動脈瘤の治療方法」
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「中る」の中身は「詰まる」と「破れる」
「中る」と書いて「あたる」と読むことがあります。国語辞典には「当たる・中る」とあるので、「中る」と「当たる」は同じ使われ方をすることがわかります。ふつうは「当たる」を使います。

しかし、かつては特定のことを示すために「中る」を使う場合もありました。「とつぜん脳の病気が起きる」ということをいうとき、「中る」を使っていたのです。

この使われ方がいまも残っているのが「脳卒中」の「中」です。英語でも「脳卒中」は「打撃」などを意味する“stroke”が使われており、「中る」と語感は似ています。

「脳卒中」は、脳の血管の急な異常で起きる病気をひとくくりにしたもの。脳卒中は大きくわけると、脳の血管の“詰まり”と“破れ”にわけることができます。

脳はエネルギーの消費量が極めて大きな臓器です。栄養や酸素を行きわらせるため無数の血管がはりめぐらされています。この血管のどこかが、血栓により詰まりを起こす病気が「脳梗塞」です。

血管が詰まると、その先にある神経細胞などの脳細胞に酸素と栄養が届かなくなります。そのため脳のその部分の細胞は死んでしまいます。

体の指令部の一部の細胞が死んでしまうと、その結果として体が自由に動かなくなる「運動障害」などの症状が現れます。人の体では、脳から体にかけての神経の路は、首のところで交叉しています。そのため右脳の血管に詰まりがあると、左半身が動きにくくなります。

いっぽう、脳の血管に“破れ”が起きることもあります。こちらは「脳出血」または「脳溢血」といいます。高血圧などで、脳の血管が硬く脆くなっていたところに、何かの原因で血圧が急に高くなると、硬く脆くなった血管の壁を突きやぶってしまうことがあります。

脳出血を起こした脳

血液が血管から溢れだしてしまい、溢れたところの血液は脳の細胞を圧迫するようになります。脳の細胞が損傷を受けるため、脳梗塞と同じように半身不随などの運動障害が起きます。

また、脳の血管の“破れ”には、「くも膜下出血」という病気もあります。脳の頭がい骨の内側には、三層の膜があります。くも膜は、二層目にある膜。このくも膜と、いちばん内側の軟膜のあいだには、「くも膜下腔」というすきまがあります。

脳の血管が破れて、くも膜下腔の空間に血液が溢れるのが、くも膜下出血です。もともと血管の壁に脆いところがあったりすると、そこに脳動脈瘤という“こぶ”ができて膨らんできます。強いストレスを受けるなどの、急に血圧が上がることがあると、脳動脈瘤が破裂して、そこからくも膜下に血が流れます。

くも膜下出血が起きると、激しい頭痛に襲われることがあります。出血が多いと意識障害に陥ります。くも膜下出血での死亡率は約5割と高い点も特徴です。

参考文献
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心臓ドナー不足に補助人工心臓の光
心臓の機能が落ちているとき、バイパス治療やカテーテル治療などが行われます。それらの治療を尽くしても心臓の機能が改善されないときは、心臓移植が考えられます。

心臓移植は、脳死となった人(ドナー)の心臓を、患者(レシピエント)に移植する出術です。

しかし、ドナー不足は深刻な状況です。学会のガイドラインにおける適用条件が厳しいことや、2009年に世界保健機構が国外に渡航して移植すべきでないとする方針をうちだしたことなどが背景にあります。レシピエントが心臓提供を長らく待つ状況が続いています。

心臓の機能を補助したり代用したりする方法として、補助人工心臓があります。患者が心臓移植手術を待つまでの“橋渡し”としても使われます。

左心補助人工心臓(テルモ2007年2月28日プレスリリースより)

1969年に初めて人工心臓が使われました。以来、人工心臓は、心臓を全置換する方法から、機能として大切な左心室のみを補助する方法(LVAS:Left Ventricular Assist System)へと進化しました。

また、機器の小型化も進み、ポンプ機能を体外に置く「体外型」から、体内にポンプ機能を埋め込む「体内型」あるいは「埋め込み型」へと発展しました。

補助人工心臓にとっての大敵が、血栓です。部品のすきまなどに血が淀んで固まってしまうと、そのかたまりが血管に向かい、心筋梗塞や脳卒中などの病気を引き起こしてしまうことがあります。

これを防ぐため、水を循環させて血液が固まるのを防いだり、永久磁石を使って回転軸の部分を浮き上がらせて部品の接触部分を減らしたりといった努力がなされています。

人工心臓の製造承認が進んでいるのは米国です。市場シェアの大半も、米国企業のソラテック・コーポレーションが占めています。2008年に販売された補助人工心臓は、旧来のものにくらべて2年生存率を20%から58%に高めました。

いっぽう日本では、医療機器メーカーのテルモが、2009年9月、厚生労働省に製造販売承認を申請しています。しかし、日本では厚生労働省による製造販売承認が遅れています。

参考文献
「心不全」『週刊東洋経済』2010年1月23日号
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「『高血圧治療』『コレステロール論争』、医療の常識が変わるのにはワケがある」


日本ビジネスプレス(JB PRESS)というインターネットの情報媒体で、このたび「『高血圧治療』『コレステロール論争』、医療の常識が変わるのにはワケがある」という記事が配信されました。東京都健康長寿医療センター副院長の桑島巌さんに取材をした内容を記事にしたものです。

桑島さんは、『高血圧の常識はウソばかり』(朝日新書)、『9割の高血圧は自分で防げる』(中経の文庫)などで、高血圧の治療法や予防法を市民に伝えてきた医師です。

今回の主題は、「根拠に基づく医療」とよばれる医療の考え方が、どれだけ正しく浸透しているかを桑島さんが語るもの。

根拠に基づく医療は、医師の個人的経験や権威づけに頼るのでなく、科学的根拠をもって治療法を選ぶという考え方で、ここ1990年前後から、医療の現場にとりいれられるようになりました。

根拠に基づく医療により、高血圧治療の常識が変わってきました。記事では、その変容ぶりを桑島さんが解説しています。「その変化を一言で表すとすれば、『高血圧さえ抑えればよい」から、『血管を全体的にケアしましょう』という『トータル血管ケア』への移行です」と語り、血圧だけでなく、糖尿病、脂質異常症、肥満などの、ほかの関連する症状にも気を配るべきだ言います。

また、記事の題名にあるように、日本脂質栄養学会と日本動脈硬化学会のあいだで起きている「コレステロール論争」についても、桑島さんは調査対象や方法のちがいから、「コレステロールは体によい」と「よくない」という説が出ているといったことを解説。市民には、「個々の対応をしていただくことになります」と、見解を示します。

桑島さんは「臨床研究適正評価教育機構」(J-CLEAR)という特定非営利活動法人の発起人であり、理事長でもあります。この団体のホームページでも、「コレステロール論争に対する当機構としての見解 個々の危険因子や性差を考慮した基準づくりが必要」という声明を発表しています。

日本ビジネスプレス「『高血圧治療』『コレステロール論争』、医療の常識が変わるのにはワケがある」の記事はこちら。
臨床研究適正評価教育機構「コレステロール論争に対する当機構としての見解 個々の危険因子や性差を考慮した基準づくりが必要」はこちら。
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朝刊は“戦いの果て”


鈴木章さん、根岸英一さん、リチャード・ヘックさんにノーベル化学賞が贈られることになったという第一報から、一日が経ちました。

新聞社の科学部は、“戦闘状態”からすこしだけ解放されたころかもしれません。

科学部は、花形といわれる政治部や社会部にくらべると、かなり脇役の存在とされます。しかし、10月初旬のノーベル賞発表時期だけは例外。どの大手新聞社も、臨戦態勢がとられるようです。

ある大手新聞社では、物理学、生理学・医学、化学の自然科学3賞それぞれに対してチーム体制をつくり、受賞者発表の日にのぞむといいます。

東京本社だけでなく、大阪大学のある大阪、京都大学、それに京都産業大学もある京都、名古屋大学のある名古屋、信州大学のある長野、九州大学のある福岡などの本社・支局にも記者・カメラマンを準備させ、発表の時間に備えます。今回、各紙は、北海道でも準備をしていたでしょうか。

受賞者が発表になってから動きだすのでは、充実した紙面にはなりません。記者やカメラマンは発表の前に、候補になっている研究者の自宅の前などで待機します。また、数か月前から、候補者への取材をすることもあります。

ふだん、新聞社では、夕方前に社内で翌日の朝刊の構成をどうするかを決める会議が行われるといいます。そして、日暮れごろ、デスク職による会議で朝刊の内容が決まるといいます。

しかし、ノーベル賞の発表は18時30分を過ぎてから。この週ばかりは、紙面をどうするかは受賞者発表まで見当もつきません。ただし、それも織り込み済みで、日本人が受賞した場合と、受賞しなかった場合の、場合分けをしていることでしょう。

各紙とも準備を万端に整えて、朝刊の出来ばえを競い合うわけです。

日本では、その日の新聞紙面の内容充実度が購買部数を左右するようなことは、まずありません。新聞の宅配制度が確立されているからです。駅のキヨスクで、1面の見出しを見て買う新聞を決める人もなかにはいるでしょうが、それも購読者全体からすれば、わずかなはず。

上の画像のように何紙も買って読みくらべるような読者はあまりいません。たいていは一人一紙。それでも新聞各紙はノーベル賞報道には熱を入れます。

部数ではない“何か”を争う新聞社の姿に対しては、「誇りをかけたジャーナリストたちの争いだ」と賞賛する人もいます。いっぽうで、「読者とは関係ない内輪的なナルシシズムだ」と卑下する人もいます。
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2010年ノーベル化学賞、リチャード・ヘックさんも受賞


2010年のノーベル賞で、物理、生理学・医学、化学の自然科学3賞の発表が10月6日(水)までにありました。化学賞は、北海道大学名誉教授の鈴木章さん、米国パデュー大学特別教授の根岸英一さん、そして、米国デラアウェア大学名誉教授のリチャード・ヘックさんに贈られることになりました。

日本では、新聞で号外が出るなど、鈴木さんと根岸さんの受賞が報道で大きく取り上げられています。

もうひとりのヘックさんについては、あまり紹介されていません。ヘックさんが日本人でないため、当然といえば当然です。

リチャード・ヘックさんは、1931年、米国マサチューセッツで生まれました。

1950年代前半、カリフォルニア州立大学で学生生活を送り、1954年にはチューリッヒ工科大学に博士研究員として留学しました。帰国後、ヘラクレス・パウダー・カンパニーというかつてあった化学系企業の研究員となり、1971年からデラウェア大学に在籍。1989年に教授職を退官しています。

受賞理由は、鈴木さん、根岸さんと同じく「有機合成におけるパラジウム触媒によるクロスカップリング反応の開発」です。

ヘックさんは、「ヘック反応」と後によばれる化学反応を1972年に発見しています。

ヘック反応のしくみ

この反応では、今回の受賞でのキーワードとなっている「パラジウム」という銀白色の元素からなる分子を使います。「使う」といっても、直接的に使うのでなく、反応するものの近くに置いておいて、反応を促す役目を担わせます。こうした役目の物質は「触媒」といいます。

反応する物質はなにかというと「アルケンの水素」とよばれる物質です。アルケンは、炭素原子と水素原子からなる炭化水素という化合物の一種類で、原子と原子が両手で握手したような「二重結合」という状態になっています。

このアルケンの水素を、触媒役のパラジウムのほかに、「芳香族ハロゲン化物」という別の物質も使って反応させます。すると、「アルケンの水素」は「置換オレフィン」という物質になります。

「置換」は、化合物の原子をほかの原子で置き換えること。「オレフィン」は「アルケン」と同意語。なので「置換オレフィン」は「原子が置き換えられたアルケン」ということになります。

パラジウムという分子を使って、二つの化学物質を結合させる反応のひとつが、「ヘック反応」です。

ヘックさんは受賞の発表があったとき、フィリピンにいました。奥さんはフィリピン人です。受賞発表直後、ノーベル賞事務局の編集幹事アダム・スミス氏からかかってきた電話で、次のようなやりとりをしています。

事務局「驚いたことに、発表された論文の多くは、米国化学会の雑誌の分はほとんどが単独著者になっていますね。ほぼ一人で仕事をしていたのですか」

ヘック「ええ、ほとんどは」

事務局「ヘック反応として知られている反応は、もちろんいまとても広い分野で使われるようになりました。しかし、理解は速かったしょうか。人々は早くからその重要性に気づいていたでしょうか」

ヘック「そうは思いません。突然だったという印象はありません。じょじょに進んでいったと思います」

事務局「有機分子の構築を可能にする方法を考えたとき、いま充分に方法は揃ったと考えますか。それとも、必要な分子を構築するために道具をつくるには、まだ道程は長いと考えますか」

ヘック「発展に寄与する化学はたくさんあると思います。いつまで続くのかはわかりませんが、発展する化学はまだたくさんあることでしょう」

参考ホームページ
Nobelprize.org「Interview "I think there's still a lot of chemistry to be developed"」
WORLD CHEMIST DB「リチャード・ヘック」
東邦大学メディアネットセンター「有機化学は面白い もっと有機化学」
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狭まり・詰まりを「バイパス」や「カテーテル」で克服
心臓をとりまく冠動脈という血管が、動脈硬化などがもとで狭くなっていく病気は狭心症。さらに、詰まってしまう病気が心筋梗塞です。(2010年)10月2日の記事「日本人の死因第2位は病状さまざま」で紹介しました。

血管が狭まる、または詰まるといった状態をなるべく元の状態に戻さないと、死んでしまうことになりかねません。さまざまな治療法があります。

狭まったり詰まったりした血管の治療法としては、主に二つあります。「バイパス治療」と「カテーテル治療」です。

バイパス治療は、詰まっている部分の近くに“バイパス”の血管をつなげる方法です。詰まっている部分は血液の流れが悪くなっています。近くにバイパスの血管がつながることで、バイパスから血液が流れてくるため、血流の不足を解消することができます。

心臓に接するような血管にバイパスをつくるため、体を切りひらく侵襲的な治療になります。全身麻酔をしたうえで、人工心肺装置を使って心臓を止めて治療を行う方法と、心臓が動いたままで治療を行う方法があります。

バイパスの血管としては、体の皮膚の表面ちかくを走る大伏在静脈、胸骨の裏側を走る内胸動脈、肘から手にかけて走る橈骨動脈などが使われます。

日本では欧米にくらべて、冠動脈の狭まりや詰まりを治す方法としてバイパス治療を使う率は高くありません。

いっぽう、「カテーテル治療」は、カテーテルという細い管を使った治療法です。脚の血管などからカテーテルを入れて、冠状動脈まで届かせます。カテーテルの先の方にはバルーンという風船が付いています。狭くなった血管のところでこのバルーンをふくらませます。


バルーン

血管は内側からバルーンに圧されて広くなります。その後、バルーンをしぼませてステントをとりのぞきます。これで血流が回復します。

しかし、バルーンで冠状動脈を拡げても、もとの狭い状態に戻ってしまう再狭窄が起きやすいことがわかりました。そこで、いまは、バルーンをふくらませたあと、金属ステントという冠状の金網をそこにおいて再狭窄しないようにする「ステント留置術」が多くとられています。

冠状動脈を狭くさせていたかゆ状のものが固くなる、石灰化を起こしていることがあります。石灰化を起こした冠状動脈では、ステントを通したり、バルーンをふくらませたりすることが難しくなります。そこで、冠状動脈の壁の石灰を取り除く治療が行われます。使われる機器は「ロータブレーター」です。

「ロータブレーター」は、人工ダイヤモンドを先端にまぶしたドリルのような機器。これを冠状動脈の患部に通らせて、毎分15万から20万の高速回転で削り取ります。ただし、血管を傷つけないための医師の高い技術が必要とされます。

また、「エキシマレーザー」は、熱を帯びないレーザーを発する機器も、冠状動脈のかゆ状になったプラークを蒸散させるために使われます。細い線でエキシマレーザーを患部まで届かせてレーザーを照射。レーザーは、プラークを散らばらせながらも、血管壁を傷つけない程度の短い波長になっています。

参考ホームページ
心臓血管外科最前線「冠動脈バイパス」
参考文献
『週刊東洋経済』2010年1月23日号「最新機器で治療が変わる」
| - | 23:59 | comments(0) | -
街なかにけっこうあるけど目立たない


街中の歩道には、ふだん風景の中に溶け込みすぎていて、その存在さえ気付かないようなものがあります。

都会の歩道にある、写真のような「箱」もそのひとつではないでしょうか。意識しないと視界に入りませんが、意識して見ると「こんなにあったっけ」と気づかされる人も多いでしょう。

この箱は「開閉器」とよばれる、電力関係の装置です。またの名を「スイッチ」といいます。

街なかの地中に張りめぐらされている送電用の電気ケーブルは、ここから分岐しています。じつは、短い距離でこまめにこの開閉器をぽつぽつとおいておくことが、電気のやりとりには重要といいます。

近くの電気ケーブルに問題があり、電気を遅れなくなったとき、近くの開閉器を「切」にします。そして、近くにあるべつの開閉器から、電力を送るようにします。こうすることで、停電を起こさない、または停電が起きても規模をなるべく小さくすることができるといいます。

また、場合によって、ビル1棟への電気を送らないようにするようなことも必要になります。このときも、近くの開閉器を「切」にして送電を遮断します。

開閉器はこまめにおいておくことが大切。なので、街中でよく見かけるはずですが……。目立だちません。
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雷に“プラス志向”と“マイナス志向”


雷は、雲と雲のあいだや、雲と地面のあいだでおきる放電現象です。雷というと、夏の夕立どきに起きるのが定番。しかし、冬場に起きる雷もあります。

とくに、日本の秋田から福井にかけての日本海沿岸では、冬の雷がよく見られます。雷ができるには「入道雲」ともよばれる積乱雲が必要。大陸から日本海を渡ってきた風は、日本海の比較的あたたかい水蒸気を受けて、積乱雲をつくります。

この積乱雲が日本海地方に大雪をもたらす原因のひとつになるわけですが、さらに雷をも起こすのです。

日本海側で雪が降りはじめるころに起きる雷は「雪おこし」や「ぶりおこし」とよばれています。この日本海側の冬の雷には、雷そのものに特徴があります。

雲と地面のあいだで起きる雷は、両側が正と負の電気を帯びた極となり、この極どうしのあいだで放電が起きます。

ふつうの夏の雷では、入道雲の下のあたりが負の電極となり、ここから正の電極の地面へと雷が“落ちる”わけです。これは、雲のほうが負極であるため、「負極雷」とよばれます。

しかし、冬の日本海で起きる雷のなかには、入道雲の上のほうにできた正極と、地面の負極とのあいだで起きるものがあります。この場合は、雲のほうが正極であるため「正極雷」とよばれます。

正極雷が起きるのは、風が関係しているとされます。入道雲は日本海側から吹いてくる強い風に“倒され”て、雲の上部が山の斜面のほうに近づきます。このとき、雲の上部の正極と、山の地面の負極のあいだに放電が起きて、正極雷が起きることがあるといわれています。

さらに、冬の日本海側で起きる雷には、「双極雷」とよばれるものもあります。これは、1回の雷のなかで、電流の極性が変化するというもの。

電力中央研究所の調査によると、夏の雷では正極雷が9割だったの対して、日本海側の冬の雷では、負極雷は7割にとどまり、双極雷が22%、正極雷が8%でした。

正極雷や双極雷は、1回だけ起きるものが多く、「一発雷」ともよばれています。威力も負極雷より大きいため、送電鉄塔や風力発電装置などを建てるうえでは、厄介な存在にもなっています。

参考文献
電気中央研究所報告「日本海沿岸地域における冬季の上向き雷電流特性」
参考ホームページ
富山地方気象台「四季のコラム(雷について)」
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日本人の死因第2位は病状さまざま
 日本人の死因として、がんについで2番目に多いのが、心疾患つまり心臓病です。

心臓は、体じゅうに血液を送るためのポンプの役割を果たす臓器。人が生まれてから死ぬまで、一度も休むことはありません。脳死の場合は、人が死んだあとでさえ、動きつづけていることになります。

心臓の病気として多いのは、「狭心症から心筋梗塞へ」と続く症状です。

心臓には、心臓自体に血液や酸素を届けるため、冠状動脈という血管がまわりを囲んでいます。脂質異常症や高血圧などの生活習慣病になると、動脈硬化が起きるなどして血管が詰まっていきますが、おなじことが冠状動脈でも起きます。

心臓をとりまく冠状動脈が、詰まりぎみになり狭くなると、「狭心症」が起きます。読んで字のごとく、“狭”くなった“心”臓の“症”状が、狭心症です。狭心症になると、すこしの運動で胸が締め付けられるような感じになります。

冠状動脈の狭まりがさらに進むと、「心筋梗塞」になります。心臓の筋肉をとりまく冠状動脈が、血栓という血の固まりによってふさがれてしまい、激しい胸の痛みや呼吸困難などが起きます。そのままにしておけば、心臓がじゅうぶん機能しなくなるために、血液が体に送られず、死んでしまうことがあります。

「心不全」という心臓の病気もあります。「不全」とは、ふだんの動きをしなくなること。心臓のふだんの動きは、ポンプのように血液を体じゅうに送りこむことですが、心不全になるとその働きが弱くなってしまいます。

心不全になるまでには、心臓の肥大が見られることがあります。体の末端の血管が細くなるなどして、血液が体じゅうに届きにくくなると、心臓がいっしょうけんめいに血液を体に送り込もうとします。この負担が大きくなりすぎると、心臓は厚くなってきます。

ところが、厚くなりすぎた心臓は、筋肉が伸びきってしまい、しまいには薄くなってしまいます。こうなると、心臓が伸び縮みする力が少なくなってしまい、心不全になります。

「心不全」は、心臓が機能しなくなる病気。人が死ぬときの状態と近いため、ほかの原因の病気で人が死ぬときにも「心不全」が死因として使われることがよくあります。

ほかに、代表的な心臓の病気としては、血液の逆流を防ぐための心臓の弁が閉じなくなったり、狭くなったりする「心臓弁膜症」もあります。心臓弁膜症には、先天的なものもあります。

参考ホームページ
国立循環器病研究センター「循環器病情報サービス」
参考文献
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