2010.08.31 Tuesday
「“Toll”はドイツ語で“狂った”」が鵜呑みされ
人が感染症に負けないでいられるのは「免疫」というしくみがあるからです。免疫のしくみでは、体が“自分”と“自分でない者”を区別して、“自分”のほうを守ろうとします。
ここ数年、免疫の研究で注目をあびているのが「Toll様受容体」です。受容体とは、細胞の表面などにある、決まった物質を受けとめる鍵穴のようなもの。物質と受容体がかっちりとはまると、なにかのはたらきがおきます。
Toll様受容体が発見されるまえと発見されたあとでは、免疫のしくみへの見方が大きく変わりました。
免疫のしくみでは、“自分でない者”がやってくると、「サイトカイン」とよばれる物質が細胞から現れでてきて「おい、みんなで守ろうぜ」と、ほかの物質を活発にはたらかせます。
まえは、このサイトカインが現れでてくるのは、体の細胞がストレスを受けるからと考えられてきました。つまり、細胞がダメージを受けることで、サイトカインが現れでてくると考えられていたわけです。
しかし、Toll様受容体が発見されて、どうもそうではないらしいということになったのです。
このToll様受容体は、人などのいきものがもともともっている受容体です。“自分でないもの”が細胞にむかってやってくると、このToll様受容体がそれを受けとめます。それによって、サイトカインが現れでてくる、というしくみがわかったのです。つまり細胞は、“自分でない者”がやってきてからあたふたするのでなく、「いつでも準備オーケー」だったわけです。
Toll様受容体は、“Toll”の“様”な“受容体”ということから名前がついています。つまり、Tollという受容体がもともとあり、それに似ているためにつけられた名前。では、Tollとはなんなのでしょう。
本当のTollは、ショウジョウバエの体のなかにありました。ショウジョウバエは、多産で特別なエサも必要ないため、研究者が好んで実験に使うハエです。
ショウジョウバエですでに明らかになっていたToll受容体とおなじようなしくみが、人などの動物にもあったため、“Toll”の“様”な“受容体”つまり「Toll様受容体」という名前がついたわけです。
では、ショウジョウバエの受容体に付けられた“Toll”とは、どういう意味なのか。インターネット上の辞典ウィキペディアには、「Tollは1980年代にショウジョウバエで正常な発生(背腹軸の決定)に必要な遺伝子として発見された(“Toll”はドイツ語で“狂った”の意味)」とあります。
ほかのホームページにも、鵜呑みしたように「Tollはドイツ語で“狂った”という意味だそうです」と聞き伝えをしています。ウィキペディア情報を受けたと考えられます。
しかし、なぜ「正常な発生に必要」な遺伝子なのに「狂った」なのかは書かれていません。
ドイツ語の“Toll”には、「狂った」というような負の語感だけでなく、「すごい」といった正の語感もあるといいます。
ドイツで研究をしている日本人研究者ブロガーは、「誰だよ、『"Toll"はドイツ語で"狂った"の意味』って書いたの」と書いています。
「Tollは正確な英語訳も日本語訳もないけれど、Fantastic(とてもすばらしい、すてきな、すごい)とかWonderful(すばらしい)とか、Cool!(クール)とか。一説にはセクシーという意味もある。 つまりそういうのを全部混ぜたような意味」。いまの日本語でいえば「やばい」のようなものでしょう。
ウィイペディアの「(“Toll”はドイツ語で“狂った”の意味)」は、まさにトルほうがよいのかもしれません。
参考文献
科学技術振興機構ERATO「審良自然免疫プロジェクト 基本理念」
参考ホームページ
海外研究者のありえなさそうでありえる生活「自分の研究を説明する難しさ その2」
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