米国の科学雑誌『サイエンス』が (2009年)12月18日に発表した「今年の画期的成果」。2位から10位までは次のようなものになっています。なお、順位は示されていません。
「ガンマ線の空間を拓く」。米国、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデンが共同で運用する天文観測衛星「フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡」が、「パルサー」という特殊な星を見つけるための新しい方法の運用をしました。結果、2009年に16個のパルサーを新たに発見されました。
パルサーは、電波やX線を脈打つように規則的に放射する天体のこと。これまでの天文学では、パルサーから規則的に発せられる電波をとらえることで、パルサーの存在や状態を明らかにしてきました。
いっぽう、2008年に打ち上げられたフェルミは、パルサーから発せられていると考えられる「ガンマ線」を受け取ります。ガンマ線も、広い意味では電磁波のひとつですが、その波長はきわめて短く、これまでの観測手法とは異なります。「最も高速で回転するパルサーの回転速度に明らかな変化をもたらすはずである」と記事は締めくくっています。
「ABA受容体」。植物は「アブシジン酸」(ABA)という化学物質をもっています。植物にとって生存の厳しい環境では、このABAの濃度が高くなり、種が“休眠”します。
休眠か活動かを決める“鍵”がアブシジン酸だとすれば、いっぽうの“鍵穴”は、アブシジン酸の受容体になります。その受容体の正体が何であるかは、明らかにされないまま謎でした。
その謎が今年、破られたのです。米国カリフォルニアの研究チームがアブシジン酸の受容体の正体をつきとめ、「PYR1」と名づけました。また、ドイツの研究チームは、アブシジン酸の作用を促進するABI1とABI2という酵素に結びつくたんぱく質を二つ発見し、「ABA受容体制御成分」と名づけました。
「単極子に似た擬似粒子、発見される」。磁石にN極とS極があることは知られています。しかし、理論物理学では、どちらかの極だけしかもたない基本粒子があると考えられてきました。これは「単極子」とよばれます。
理論的には単極子の存在は考えられていました。そして今年、二つの研究チームが、その単極子に似た状態の粒子をつくることに成功したのです。
「長寿と繁栄」。薬を使って、マウスの寿命を伸ばすことに初めて成功したという成果です。
米国の三つの研究所が、腎臓がんの拒絶反応を抑える薬「ラパマイシン」を含む餌を“高齢マウス”に与えました。すると、高齢マウスの寿命が9〜14%伸びたといいます。
これまでの加齢学では、長寿の鍵を握るのは、カロリー摂取を抑えること、つまり「カロリー制限」にあるとされてきました。しかし、ラパマイシンが効いたしくみは、このカロリー制限とは異なるものと考えられています。
「月表面の氷の謎が明らかに」。米国航空宇宙局(NASA)の月探査機エルクロスが今年10月9日、月の南極にあるクレーター「カベウス」に向けて、重さ2トンのロケットを時速7200キロで衝突させました。
結果、数リットルの水が観測されました。月に氷があることが証明されたのです。『サイエンス』は「氷となって保存された月表面の水は、何十億年にもわたる月面衝突の記録をとどめている可能性がある」としています。
「遺伝子治療再び」。遺伝子治療とは、病気治療や治療法開発を目的として、遺伝子を導入した細胞を人の体に投与すること。『サイエンス』では「DNAを修復して機能不全に陥っている細胞の回復を図る治療」としています。今年、次のような難病に対する遺伝子治療が成功しました。
レーバー先天性黒内障は遺伝性の失明です。米国と英国の研究者は、患者の片目に、光を感受する色素をつくるための酵素をつかさどる遺伝子を入れました。この治療を受けた12人全員で、光の感受性がよくなりました。
X連鎖副腎白質ジストロフィーも遺伝子の異状により起きる病気。子どもに発症する脳障害で、10歳未満で死をもたらします。フランスの研究チームは、7歳の患者2人の血球に矯正遺伝子を入れたところ、必要なたんぱく質がつくられはじめ、2年後には脳障害の進行がみられなくなりました。
バブルボーイ症候群は、酵素「アデノシンデアミナーゼ」の欠損で起きる重症複合免疫不全症。イタリアの研究者が患者の子ども10人に、8年前の試験を再開したところ、8人がべつの治療法を使わずに普通の生活を送れるようになりました。
「グラフェンが好調」。グラフェンは、炭素原子が結合してできた蜂の巣構造の炭素原子シート。グラファイトという炭素原子の塊から、単原子の層でなるシートをはがすことでつくられます。
グラフェンは、電子の伝導性が高い物質。この特徴を生かして、物理学者は量子力学の特性を調べる実験をすることができるようになりました。
また、今年1月には、IBMの研究者が、従来のシリコントランジスタよりはるかに高速な「グラフェントランジスタ」を開発したことを発表しました。グラフェンは好調。さまざまな用途に使われはじめています。
「蘇ったハッブル」。ハッブル望遠鏡は1990年に宇宙空間に打ち上げられた望遠鏡。性能の劣化が進んでいました。
今年5月、スペースシャトル「アトランティス」に乗った宇宙飛行士たちが、ハッブルの修理を敢行。その結果、19年前に打ち上げられて以来最高の画像を撮影するようになった」のです。
「世界初のX線レーザーの光」。米国立加速器研究所の物理学者は、世界初のX線レーザーを用いた施設「線型加速器コヒーレント光源」による実験を開始しました。
この施設は4億2000万ドルの資金を投じた大規模なもの。建設に3年を費やしました。
研究者はこれまで物質の原子寸法のつくりを調べるのにX線を使ってきました。このたび使われはじめた線型加速器コヒーレント光源は、これまでのX線源の10億倍の輝度で物質を捉えることができます。
「1分子の標本から蛋白質の構造を確定したい」「物質のあらゆる原子から内殻電子を破り取り、物質がどう反応するのかを調べてみたい」といった研究者たちの願望を満たすものと考えられています。
今年の画期的成果では、日本の研究者の寄与が少なかった点もある意味でとくちょうかもしれません。しかし世界では2009年もさまざまな科学技術の進歩がありました。
『サイエンス』が12月18日に発表した「今年の画期的成果」の記事の日本語翻訳文は以下のサイトで読めます。