科学技術のアネクドート

既存エネルギー見直しの時代


「生産性新聞」という新聞があります。財団法人の日本生産性本部が発行している新聞で、産業や企業などの生産性向上への取り組みなどを紹介する新聞です。

生産性新聞では、一面に「展望再生可能エネルギー」という連載企画を行っています。米国や日本では、グリーン・ニューディールが国の主導で行われ、エネルギー関連分野への投資が注目されています。その背景や留意点などの課題と展望を探るもの。

この第3回に「既存エネルギー見直しの時代」という記事を寄稿しました。以下に再掲します。

既存エネルギー見直しの時代

各国の資源利用状況を見ると、再生可能エネルギーへの転換は着実にはかられてはいる。だが、再生可能エネルギーが資源利用の主体になるには、まだ時間が掛かる。国際エネルギー機関は、再生可能エネルギーは2030年に向けて導入は進むが主要なエネルギーにはなりえないとの見通しを立てている。来るべき時代を前に“現実的対応”として考えなければならないのが既存エネルギーの積極的見直しだ。私見的展望を述べたい。

温暖化を引き起こす悪者と受けとめられがちな石炭だが、近年、効率的な発電を可能にするクリーン・コール・テクノロジーの技術開発が進んでいる。その主要技術は「石炭ガス化」だ。火力発電所で石炭を燃焼させてタービンを回す既存の発電に加え、炭素と水蒸気を反応させ一酸化炭素と水素の合成ガスを作り、それでタービンを回してさらに電力を得る。欧米では1990年代に石炭ガス化技術を用いた火力発電所4基が建設された。だが、長期連続運転には技術的課題もあり、その後の新規建設は進まない。日本も、効率性の高い石炭ガス化技術の開発を進めているが、実用化まで長期的な目で見守る必要がありそうだ。

新規技術が本格的に実用されるまで歳月が掛かるとすれば、より現実的な対応策として、実績のある技術の見直しが必要となる。各国で“再利用”へと政策転換がはかられているのが、原子力発電だ。

欧州では、スウェーデンが2009年2月に「脱原発撤回」を表明した。1980年の国民投票で2010年までの原発12基全廃を決めていたが、代替エネルギー不足のため原発への回帰がはかられた。イタリアでも2008年5月、新規の原発建設を表明した。背景には、石油依存度や二酸化炭素排出量の高まりがある。また、英国もいち早く2007年に、原子力回帰への政策転換を掲げている。

原子力利用の動向で最も影響力があるとされる米国でも、原発の新規建設計画が相次いでいる。米国は、1970年代の石油危機による電力需要減で100基以上の原発建設計画が中止になったトラウマをもつ。だが、その後も米国の発電企業は原発の安全性や稼働率を上げるといった技術的蓄積をはかってきた。2007年11月にテネシー川流域開発公社(TVA)がワッツーバー2号機の建設を19年ぶりに再開。他に計8基で設計・調達・建設を含む包括契約が締結済みだ。満を持しての再建設が進められようとしている。

日本では、柏崎刈羽原発7号機が2007年7月の中越沖地震以来1年以上にわたり利用できなくなるなど突発的事態はあったものの、脱原発や長期の建設凍結を経験した他国に比べれば、比較的堅実に原発を建設しつづけてきたといえる。自国の原発技術が廃れてしまった国に対する技術移転の商機は高まっている。フランスは英国や中国などに積極的に原発技術を売り込んでいるが、日本は消極的だ。

原子力に代表される既存エネルギーへの回帰が各国で進む背景には、代替エネルギーへの転換が思うように進まない事情が見え隠れする。再生可能エネルギーの重要性が高まるほど、既存エネルギーの価値が見直されるという、皮肉な状況といえる。エネルギー利用の将来性を考える上では、将来どの再生可能エネルギーが主流になるかだけでなく、既存エネルギーも含めた議論の中で、コスト面や効率・環境面などで優位性をどう確保できるかといった視点も必要となる。(了)

生産性新聞のホームページはこちら。
http://www.jpc-sed.or.jp/paper/index.html
記事づくりでは、日本原子力産業協会の発表資料などを参考にしました。同協会のホームページはこちら。
http://www.jaif.or.jp/
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利用客増える都営地下鉄(後)


都営地下鉄大江戸線は、2005年から2007年の2年間で68万1623人から78万1487人へと、およそ10万人増えました。さらに、その前をたどれば、全線開通した2000年には21万9358人。このときより3倍以上の乗客が増えたわけです。

しかし、地下鉄には工事費に莫大な予算が掛かるもの。前編で「“ドル箱”と化してきた大江戸線」とありましたが、2007年度、およそ457.5億円の収益に対して費用がおよそ581.5億円かかっており、うち、206億円の減価償却費が負担となっています。

大江戸線に対しては「ここを改めれば」という声が地下鉄に詳しい人などからいくつか上がっています。

ひとつは、「“完全な環状線”になぜしないのか」ということ。路線図(画像)にあるように、大江戸線は「6」の字を描いています。その“環”の結節点となっている駅が都庁前です。



飯田橋方面から六本木方面へ向かうとき、あるいは六本木から飯田橋方面へ向かうとき、乗客は都庁前でいったん降りて、都庁前発の電車に乗り換えなければなりません。つまり、JR山手線や、大阪環状線のように、“完全な環状線”でないため、乗り換えを強いられます。

乗客にとって、乗る路線に乗り換えがあると考えるのと、ないと考えるのは大きなちがい。「せめて、都庁前で電車をスイッチバック(進行方向を逆に切り換え)して、“環”の部分をそのまま乗り換えなしで通すべき」と言います。

もうひとつは、「大江戸線と、おなじ都営の三田線の乗り換え駅を増やせないか」というもの。



三田線は、目黒から三田、大手町、神保町などを通って、板橋区の西高島平へと向かう、東京を南北に走る路線です。この三田線と大江戸線の乗り換え駅は春日駅のみ。

しかし、大江戸線の大門と赤羽橋、三田線の芝公園と御成門のあいだでふたつの路線は交差しています。しかし、ふたつの線はただすれちがうだけで、乗り換えができません。



地図のとおり、三田線の芝公園駅の真下を大江戸線は走っており、ここに駅を作っておけば、芝公園でふたつの線の乗り換えができたはず。

たしかに、芝公園をはさむ大江戸線の大門と赤羽橋のあいだは1.3キロ。いまさらそのあいだに駅を設けるとなると、駅のあいだの距離が短くなってしまいます。しかし、たとえば三田線で目黒や、直通運転をする東急東横線の武蔵小杉などから乗ってきた乗客が、大江戸線の月島や六本木などへ行く場合、三田で都営浅草線に乗り換えて、一駅先の大門で大江戸線に乗り換えなければなりません。

都庁前で乗り換えをしないで済むことと、芝公園付近で乗り換えができること。このふたつが実現すれば、さらに大江戸線が便利になるのに、という声です。(了)
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利用客増える都営地下鉄(前)


東京では、ふたつの団体が地下鉄を運営しています。放送広告をうったり、無料雑誌を次々発刊したり、比較的にぎやかさを演出するのが東京地下鉄。くらべて、東京都交通局が運営する都営地下鉄は、地味な印象があるといわれます。

都営地下鉄では4つの線が走っています。古い順に、浅草線、三田線、新宿線、そして大江戸線です。

地味と評される都営地下鉄ですが、ここ2、3年、利用客の数がぐんぐんと伸びています。たとえば浅草線の一日の平均乗車人員は、2005年から2007年の間に、58万2599人から62万3714人に。新宿線も59万2756人から64万6458人。三田線もおなじような伸びです。

この伸びの理由にあげられるのが、大江戸線の好調ぶりです。おなじ2年間で68万1623人から78万1487人へと、およそ10万人も一日の乗客が増えているのです。

たとえば、午前零時を過ぎたごろの六本木駅では、東京メトロの日比谷線は運転を終了。おそくまで走っている大江戸線のホームに人があふれ返ります。他の駅からの乗車でも、座れないこともしばしば。

大江戸線の利用客の数が伸びが、ほかの3つの線の客の伸びを引っぱっているようです。おなじ都営地下鉄間であれば、ほかの線に乗りかえても、新たな初乗り料金はかかりません。大江戸線に乗った客は、おなじ都営地下鉄で目的地に行こうとすることでしょう。

好調な都営地下鉄。なかでも“ドル箱”と化してきた大江戸線。ただし、東京の地下鉄に詳しい人たちは、大江戸線に対して「ここを改めれば、もっと便利になるのに」という声が上がっています。つづく。
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人の交流という“賞”の意義


(2009年)5月14日に開かれた「科学ジャーナリスト賞」の授賞式から2週間。会場で出会った人々の交流が続いています。

信濃毎日新聞は、2007年の第2回で記者の山口裕一さんが「地域の医療支援団体の活動を通じてチェルノブイリ原発事故を追跡した報道の取材班の代表として」受賞。そして今年も、記者の磯部泰弘さんと吉尾杏子さんが、くらし面の連載記事「いのちを紡ぐ」の功績で賞を受賞しました。

その信濃毎日新聞が、5月25日(月)の科学欄で、今年度の大賞を受賞したサイエンスライター兼イラストレータの北村雄一さんへの取材記事を掲載しています。聞き手は同紙編集委員で、科学技術ジャーナリスト会議理事の飯島裕一さんです。

「進化論に現代的視点」という見出しのこの記事では、北村さんの大賞受賞理由となった『ダーウィン『種の起源』を読む』をめぐり、執筆の経緯や、現代における『種の起源』の捉え方などが語られています。
今年は、ダーウィンの生誕二百年、「種の起源」の出版から百五十年の節目にあたる。ただ、受賞作はそれを意識して書いたわけではない。北村さんは大学で分子生物学を専攻。もともと進化学や系統学に興味があり、自身のホームページに以前から、「種の起源」を解説する文章を載せていた。それを目に留めた編集者から「本にしないか」と声がかかり、大幅に加筆し、イラストを描き下ろした。
「ほかの科学者たちがダーウィンの進化論を真に理解したのは、二十世紀になってから。彼が論じた事柄のすべてを解釈できたのは、せいぜい二十年ほど前にすぎない。ダーウィンの考え方は極めて現代的で、『種の起源』は決して古典ではないのです」
北村さんは長野市出身。この点でも同紙と北村さんの縁はあったようです。授賞式を機に、人と人との出会いや交流が活発になる。これもまた賞の意義のひとつといえるのではないでしょうか。

信濃毎日新聞のホームページはこちら。
http://www.shinmai.co.jp/
北村雄一さんのホームページ「hilihili」はこちら。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili/
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「カラダを言葉で科学する」が開始。


日経ビジネスオンラインで、今月(2009年5月)より、「カラダを言葉で科学する」というコラムが始まりました。執筆は尹雄大さん。撮影は風間仁一郎さんと佐藤類さん。このコラムの編集を、連結社とともにしています。

昨2008年から今年にかけて連載していたコラム「多角的に『ストレス』を科学する」を刷新したもので、今回の主題は「からだ」です。「仕事のスキルアップはカラダを知ることから」という考えのもと、各分野の専門家に、ビジネスマンの日々の職場生活などに役立つような“からだの智慧”をうかがいます。

きょう(5月27日)の記事「脳の指図は受けないぜ!」は、新潟大学名誉教授で解剖学者の藤田恒夫さんが登場する前編です。

藤田さんは、新潟大学で37年など、長生きにわたり小腸の研究を続けてきました。小腸は、臓器の存在として、あまり目立つものとはいえないかもしれません。きりきりと痛む胃や、がんも起きる大腸に比べて、小腸ではあまり病気が起きません。

しかし、藤田さんの話によれば、小腸は単純にじょうぶな臓器というわけではなく、きわめて理知的に振る舞います。まわりの胃などの臓器にみずからが指令を出すなどして、からだの調整をはかっているのです。
自動車教習所で教官は、口を酸っぱくして「認識・判断・実行」の大切さを話していましたが、まさにそれと同じことを小腸は行っているといえます。
人間のからだの臓器や器官は、たいてい脳と神経がつながり、脳からの命令を受けるしくみになっています。しかし、小腸は脳に命令することこそあれ、指令を受けることは、まずありません。後半でも、小腸の“独立国”としてのふるまいが、藤田さんから語られることでしょう。

日経ビジネスオンラインの新コラム「カラダを言葉で科学する」はこちら。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090508/194091/
藤田恒夫さん取材記事(前編)はこちら。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090522/195486/
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空から落ちてきて、当たった。


人が外を歩いているとき、“空から落ちてきて当たるもの”にはどのようなものがあるでしょうか。

だんぜんに確率が高いのは、雨です。上空の雲の水分が飽和し、その氷か水滴が地表付近の人々まで到達するもの。日本人は3日に1日は傘をもって出かけるといった統計もあるようです。

おなじく、雪や、みぞれ、あられやひょうなどの、上空の雲がもたらす水の種類は“空から落ちてきて当たるもの”構成比率が高いことでしょう。

活火山の近くに住んでいる人は、火山灰や火山礫が空から落ちてくるという経験もおおいに考えられます。

雨や雪などに比べると確率は一気に下がるでしょうが、それでも一生のうち何度かは経験すると思われるのが、鳥のふんに当たることです。ぴちょ。「あれ、なにか当たったな」。糞を落とした鳥がうぐいすであれば、どちらかというと幸運かもしれません。「一方で汚れを強力に取りながら必要な脂肪はきちんと残す心憎い働きぶり」(うぐいすの糞本舗ホームページより)があるといいます。

人為的なものでは、人間があります。ビルの前の道を歩いていると、屋上から飛び降り自殺者が落ちてくるような場合です。映画の『アメリ』で、アメリの母の頭に自殺者が落ちてきて巻き添えになるといった場面がありました。

高架道路の下で暮らしていたり、歩いていたりする人には、自動車が落ちてくるかもしれません。あるいは、貨物車の荷台にのっていたみかんなども。

もっと安全で、得した気分になれそうなのは、ラジオゾンデ(画像)です。気象機関が風船で飛ばす観測用の測定器のことで、上空の気温、湿度、気圧、風向などをはかる目的があります。上空30キロぐらいまで達すると、風船が割れてラジオゾンデが落下します。陸地に落ちる可能性がある日は、パラシュートを付けて飛ばすといいます。ぶつからなくても見つけた場合、連絡すれば気象庁の職員が回収しにきます。

風船といえば、近ごろは環境に配慮して、ヘリウム風船を飛ばすといった行事がなくなってしまいました。風船が落ちてくるという経験はあまり味わえなさそうです。

ほかにも、打ち上げ花火の筒や火の粉、隕石、不時着飛行機、野球ボール、隣国が発射したミサイル……。可能性があるかどうかだけ考えれば、かなりのものが考えられます。ただ、それぞれのものが落ちてきて当たる確率については計算するのが難しそうですね。
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ケッタマシンの川崎乗りは禁止


自転車をめぐる地域的な話をふたつ。

まず、「自転車」を表す俗称。全国的には「ちゃりんこ」が通っていますが、名古屋を中心とする東海地方では「ケッタ」がよく使われているといいます。説によると「ケッタ」も、「蹴りまくる、漕ぎまくる」を意味する「蹴ったくる」という方言から来ているようです。

「ケッタ」には、派生語や類語があるとも。自転車のという機械の性質を付けて「ケッタマシン」。さらに、なぜか英語の動名詞「-ing」と思われる「リング」を付けて「ケッタリングマシン」という呼び方も存在します。

このケッタについては、インターネット上でも様々な解説があります。「ケッタ」も「リング」も「マシン」も、東海地方以外の人々にも語感は通じるため、まったく意味不明なことばというほどではありません。そのあたりが、方言として興味を人々にあたえるのでしょう。

つぎは、自転車の乗り方。「川崎乗り」と呼ばれる乗り方が、1990年代にはやりました。

道路交通法で禁止されていますが、後部荷台つきの軽快自転車、いわゆる「ママチャリ」で二人乗りをする場合、たいていは前に乗る漕ぎ手はサドルに座り、後のもう一人は後部荷台に座ります。

しかし、川崎乗りでは後ろの人は立ち、両手を前の漕ぎ手の両肩におきます。後ろの人が荷台の上に曲芸的に乗るわけではありません。「ハブステップ」という金属の棒を、後輪の両側中心にはめ込んで、それを足の乗せ場にするのです。

本来、このハブステップは、自転車が倒れたときなどに変速機が壊れないよう、防御するためにつくられたもの。しかし、変速機の付いていない自転車にも、ハブステップが付けられ、そこに二人目が立つのでした。

「川崎乗り」は、神奈川県川崎市でこの乗り方がされるようになったからといいます。ただし、「たしかに街なかで、後ろに人が立って自転車に乗っているのをよく見かけたけれど、だれも『川崎乗り』とは言っていなかった」と話す川崎市民もいます。

インターネットの「デイリーポータルZ」の「コネタ」というページには、「川崎乗り」は、書き手の住正徳さんが「『川崎乗り』は今」という、取材記事を書いています。川崎駅周辺では、川崎乗りをする人の姿がなくなり、ハブステップもほとんどの自転車には見られなかったとのこと。

川崎乗りをしていた高校生が、脳挫傷の重傷をおう事故があり、それ以来、二人乗り用にステップを売ってはいけないことになった、と、規制が厳しくなったことを調べ上げています。

くらしに根づいたものごとは、人びとの関心が高いもの。地方ごとにさまざまな文化が生まれます。

「デイリーポータルZ コネタ」の住正徳さんの記事「『川崎乗り』は今」はこちら。
http://portal.nifty.com/koneta05/05/26/01/index.htm
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東京カレー屋名店会の「デリーのカシミールカレー」――カレーまみれのアネクドート(13)


東京・有楽町の商業施設「イトシア」の地下1階に、「東京カレー屋名店会」というカレー店があります。

神田小川町のエチオピア、銀座や湯島にあるデリー、神田須田町のトプカ、京橋の京橋ドンピエール、本郷の本郷プディフというカレー店が集結し、店を営業しています。

カレー通であれば、どの店の名前も聞いたことがあるというような有名店。この名店会では、それぞれの店の代表的カレーや、この店だけの限定カレーを食べることができます。

カレー店にかぎったことではありませんが、本店や支店とは別に構える店で出されるメニューで注目が集まるのは、「従来の味が保たれているか」といったところ。

写真は、デリーの「カシミール」です。東京のカレー店が数あるなかで、このカシミールの辛さは有名です。湯島の本店では、茶褐色のルウに、ごろっとしたじゃがいもと鶏肉が入っています。

名店会の「カシミール」は、本店のメニューとまったく同じというわけではありませんが、かなり近いものはあります。本店のものとの大きなちがいは、じゃがいもでしょう。本店では、茹でたて剥きたて、ほくほくのじゃがいもを使っていますが、名店会のは水気がそれほどなく、しわしわでした。

しかし全体としては、本店の味に近いものはあります。ルウもどうやらパック詰めのルウを使っているようですが、デリーで市販されているレトルトカレーは、本店の味に引けを取らないことで評判。辛さは、本店に近いものがありました。

「本店や支店に行く時間はないけれど、ちょっと立ち寄って食べたい」といった要望を満たしてくれるカレー店です。

東京カレー屋名店会のホームページはこちら。
http://www.t-curry-m.com/
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“斜め”がヒヤリハットを生む


写真は街なかの交差点です。かわりばえのない道路と横断歩道に見えますが、歩行者が危うい目にあう“種”がひそんでいます。

横断歩道をわたった先にあるたてものは硝子ばり。かつ、交差点の角にあるため正面が45度の角度になっています。そのため本当の南北道路の信号とはべつの、東西道路の信号がうつっています。写真の左側に、青い光が見えますね。

本当の信号は赤ですが、ガラスにうつされた青い信号が点滅します。「はやく横断歩道をわたりたい」という心理の歩行者は、点滅している信号に目を奪われがち。急いで渡ろうとすると、横から車が走ってきて、ひやりとなるわけです。

斜めの角度がもたらす交通の危険性はほかにもあります。

水田地帯のような、遠くまで見渡せる田園地帯に、南北と東西に道が走り、ある地点で交差するとします。

南北道路を走っている車が、その交差地点に近づいています。いっぽう、東西道路にも同じほどの速度で走っている車が。二つの車とも交差点に向かっていきます。

それぞれの運転者の目に、それぞれの車はどのようにうつるのでしょうか。

たとえば、南北道路を交差点に近づく運転者Aさんの立場になってみます。交差点300メートル手前の地点で、はるか左前方に南北道路を走るBさんの車が目に入ってくるはずです。そして、車どうしがじょじょに近づくため、Aさんの目にも南北道路を走るBさんの車の姿は大きくなってくるはず。

しかし、Bさんの車の姿が大きくなるとともに、そのBさんの車は移動して交差点に近づいてきます。すると、Aさんの目には、Bさんの車がいつまでたっても止まって見えるのです。つまり、南北道路に車が走っていることに気づきません。

これは、南北道路を走るBさんにもおなじことがいえます。Aさんの車が交差点に近づいていることに気づきづらい。そのため、両者とも交差点に向かっている車の存在に気づかず、開けた交差点ではち合わせをする場合があるといいます。

よくいわれるのが、事故の前段には、危うい目にあいながらもことなきを得ていた“ヒヤリハット”の事例があるということです。道路における“斜めの影響”は、ヒヤリハットそのものといえるかもしれません。
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しのぎ削る燃費性能争い―不況時代のクルマ革命(5)


5月18日、トヨタ自動車がハイブリッド車「新型プリウス」を発売しました。自動車業界の不景気にほのかな光を灯しはじめました。

ハイブリッド車の販売でトヨタとしのぎを削っているのが本田技研工業(ホンダ)です。2月に同じくハイブリッド車「インサイト」を発売しました。

プリウスよりも価格を抑えるための開発秘話などはさまざま伝えられているところですが、インサイト開発には「エコアシスト」という装置をめぐるこんな努力があったといいます。

エコアシストは、運転手がどれだけ低燃費運転をできているかを表示で知らせる機能です。環境によい運転を促すためにエコアシストが導入されたという側面もあるでしょうが、それだけではなかったようです。

エンジンやハイブリッドシステムの開発が進み、インサイト完成までかなり近づいたある日、開発者のもとにホンダ福井威夫社長から連絡が入りました。「燃費でプリウスに勝てないのは、なんとかならないのか」。

価格ではプリウスよりも安く設定しているものの、燃費性能ではプリウスのほうが上回っていました。燃費性能にこだわりをもってきたホンダとしては、プリウスの後塵は許せないところ。

しかし、いまさらエンジンやハイブリッドシステムを改めることはできません。そこで開発者は「運転者に効率よく運転してもらうことで、プリウスよりも燃費よく運転してもらおう」と考えました。

クルマの運転は、加速のしかたや速度の出し方により、エネルギー消費は大きく異なるもの。そこで、運転手にエネルギー効率の最適な運転をしてもらうことで、プリウスよりもエネルギー消費を抑えてもらおうとしたといいます。

ホンダのインサイトのホームページにもエコアシストは紹介されています。
クルマの燃費はドライバーの運転次第で大きく変わります。毎日乗るハイブリッドカーだからこそ、実際に運転した時の燃費(実用燃費)を向上させることが大切だと考えました。
いっぽう、トヨタも黙っているわけではありません。新型プリウスの燃費性能について「燃料計を見るたびに思わず微笑みがこぼれる」「圧倒的な低燃費。それは、初代モデルから貫かれるプリウスのDNAです」と謳っています。

両社の争いは、ユーザーにガソリン使用量削減という利益をもたらしています。今後も、燃費をめぐる争いが両社のあいだで続いていきそうです。

ホンダ「インサイト」のホームページはこちら。
http://www.honda.co.jp/INSIGHT/
エコアシストの紹介ページはこちら。
http://www.honda.co.jp/INSIGHT/assist-system/index.html
トヨタ「新型プリウス」の紹介ページはこちら。
http://toyota.jp/prius/

参考文献
日経産業新聞2009年2月6日付
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法廷の科学は真実を語るか(8)裁判員制度開始


裁判員制度が、きょう(2009年5月21日)始まりました。有権者からくじで選ばれた裁判員が裁判に参加し、有罪・無罪、量刑などを裁判官とともに決める制度です。

「裁判員を拒否できるのはどのような場合か」や「日当はどのくらいか」といった入口の議論が多く、どのような観点から裁けばよいのかといった裁判の内容面の話題は乏しいままです。

とくに乏しいのは、裁判員が科学とどのように向き合うことになるかといった話題です。裁判における科学は重要な位置を占めています。犯罪の痕跡を立証するため、死体解剖鑑定、血液鑑定、毒薬物鑑定、DNA鑑定など、さまざまな鑑定が法廷で扱われます。殺人事件などを対象とする裁判員制度でもひんぱんに扱われることでしょう。

社説で、裁判員制度と科学の関係を取り上げている数少ない新聞社のひとつが河北新報です。15日(金)の社説で「科学鑑定と裁判員/精度の判定担わされる不安」として、裁判員が科学鑑定の正しさを見きわめることができるかという難問があることを指摘しています。
DNAであれ責任能力であれ、難しそうだからと敬遠してばかりもいられない。そんな心構えを持ちつつも、「国民の司法参加」の設計にかかわり、推進してきた法曹の責務を問い続けよう。
「法曹の責務」という点からまず求められるのは、法曹が裁判員に対してわかりやすく科学的説明をする姿勢、能力、制度です。

しかし、現実問題を考えると、科学的な鑑定の話を裁判員にしたところで、理解が及ばないといった場面も出てきそうです。科学にまったく興味や知識のなかった裁判員が、鑑定結果を示されることもあります。これまで、市民と法科学の距離が遠かったことの代償といえるかもしれません。

裁判員裁判では、審議の短縮化も求められています。鑑定の科学的正当性といった点には目をつぶり、鑑定の結果をいかに裁判員が捉えるかといったことが争点の中心になるかもしれません。鑑定の手法は偽りないものという前提に立ったうえでの論戦になるかもしれないということです。

だとすると、法曹には科学を客観的に扱う姿勢が求められます。しかし、すこしでも主張が受け入れられるため、弁護側も検察側も鑑定の結果だけでなく、鑑定の手法にも立ち入ることも予想されます。そもそも、科学に客観性はあるのかという議論も起こりえます。

蓋を開けてみないと、どうなるかがわかないという点があることは否めません。始めてみて問題点があれば、当然その部分を改める必要はあります。しかし、死刑判決もありうる日本の裁判において「あの裁判には問題がありました」では済まされないのもまた事実です。

裁判員が法廷の席に座るのは、早くて7月ごろといいます。起きそうな問題に対する解決策を検討する時間はそう長くはありません。

裁判員制度のホームページはこちら。
http://www.saibanin.courts.go.jp/
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研究家と事業家の思いが結晶に


東京帝国大学理学部化学教室(いまの東京大学理学部化学科)教授だった化学者・池田菊苗(1864-1936)は、妻の貞が買ってきただし用の昆布を前にして「この味を人工的に作り出すことはできないだろうか」と考えはじめたといいます。そして1908年、昆布のだしには特徴的な味があることを見つけました。昆布に含まれているグルタミン酸という成分が、この味のもとであるようでした。

池田は1909年、この研究成果を『東京化学会誌』という科学雑誌で「新調味料に就て」という論文として発表しました。その論文のなかで、昆布から抽出されたこの味の成分を「うま味」と名づけました。

このうま味成分のグルタミン酸は、たんぱく質を構成するアミノ酸のひとつ。私たちの体の中でも、グルタミン酸はつくられています。いまでは、うま味を出す物質は、グルタミン酸のほか、核酸のイノシン酸、おなじく核酸のグアニル酸など複数あることが知られています。

池田の研究に着目したのが、鈴木三郎助(1868-1931)という事業家でした。鈴木にとって池田は、伯父の知りあいにあたります。じつは、鈴木は、そのころ製品化への興味をもっていたヨードに関する研究に鈴木が関わっているのではないかと考え、接近していったといいます。

いっぽう池田のほうは、事業家・鈴木の訪問を受け、うま味成分をもとにした調味料を製品にして、事業にすることができないかと考えていたようです。鈴木が池田のもとを訪れたことで始まった関係でしたが、池田が鈴木に事業化を持ちかけることになりました。

ヨードの製品化から、グルタミン酸の製品化へ。池田からの相談に心を動かされた鈴木は、池田とともに特許をとり、製品化することにしました。

グルタミン酸からつくられた製品が「味の素」という調味料でした。いまでは、味の素といえばうま味の代名詞となっているほどです。

池田が発見したグルタミン酸を、味の素として売り出したのは、1909年5月20日。100年前のきょうにあたります。

味の素が世界の調味料として発展していくとともに、池田が101年前の論文で記した「うま味」も、その後、国際的に認知されるようになりました。味の感覚には「鹹味(からみ)」「甘味」「苦味」「酸味」という、四つの基礎感覚があるといいますが、1990年代には、第五の基本味として「うま味」が国際学会で認められるようになったのです。

参考ホームページ
日本うま味調味料協会「うま味の成分」
http://www.umamikyo.gr.jp/knowledge/component.html
味の素「社史散策:味の素グループ100年物語」
http://www.ajinomoto.co.jp/company/history/story/index.html
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元に戻るとき光り輝く。


物質には、電圧をかけると光るものがあります。これを利用した装置のひとつが「有機ELディスプレイ」とよばれるものです。

「有機EL」とは「有機エレクトロルミネッセンス」のこと。半導体という素子に、電子(エレクトロン)を作用させることにより、発光(ルミネッセンス)させます。「有機」と付くのは、使う発光物質が炭素を含む化合物、つまり有機物であるためです。

有機ELの素子は層になっていて、光る側から陽極、正孔輸送層、発光層、電子輸送層、陰極という順になっています。

陰極からそれぞれにマイナスを帯びた電子を、陽極からプラスの性質がある正孔を注入します。この電子と正孔が、中間の発光層で結合します。

そのとき、結合によるエネルギーで発光層にある有機物の発光材料が高いエネルギー状態になります。これを「励起状態」といいます。すこしたつと、この高いエネルギー状態がまたもとに戻ります。もとの状態は「基底状態」といいます。

励起から基底に戻るときに光が出ます。この光には2種類あります。直接的に励起から基底へと戻るときに起きる光が「蛍光」。いっぽう、一段階をはさんで励起から基底に戻るときに起きる光は「燐光」といいます。燐光のほうが、段階を踏むために、励起から基底に戻るまでの時間が長いのです。

ちかごろは、有機ELディスプレイを使ったテレビや携帯電話、広告などが登場しています。有機ELディスプレイは、みずから発光する有機物を使うので、さまざまな色で表現をするには、光の3原色が揃っていることが必要です。たとえば、有機ELに使われるDPVBiという物質は、青色に光る性質があります。

液晶ディスプレイを斜めから見ると、見えづらくなることがありますが、その点、有機ELディスプレイは視野角が広いため、正面から見なくても、表示が見やすいなどの特徴があります。

参考文献
本間善夫・川端潤『DVD-ROM付パソコンで見る動く分子事典』
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“ニューディールの申し子”、76歳に。


「100年に一度の経済不況」といわれます。21世紀の不況が昨今のものだとすると、20世紀の不況は1929年からの世界恐慌となります。

このとき米国のフランクリン・ルーズベルト大統領が掲げたの不況対策が「ニューディール政策」でした。ルーズベルトは、オバマ大統領の「グリーン・ニューディール政策」とおなじように、矢継ぎ早に政策を打ち出していったといいます。

有名な新政策のひとつが、テネシー川流域開発公社(TVA)の創設です。失業した人々を雇い、テネシー川流域にダムを作らせて賃金を払い、景気浮揚を狙ってのものでした。

日本の世界史教科書などにもニューディール政策の例として、TVAは載っていますね。日本人にとっては、TVAは歴史に刻まれたひとつの組織という印象が強いかもしれません。

しかし、このTVAという組織は、世界恐慌の余波が去ったあとも生き長らえ、いまも存続しているのです。米国では常識かもしれませんが。

発足から1950年代まで、TVAの事業はダム開発が主流でした。第二次世界大戦の戦闘機づくりでアルミニウムが不足したとき、TVAは電力不足を補うために、当時最大の水力発電所建設計画を引き受けるなどもしました。

1960年代になると、TVAは原子力発電所の開発にも着手します。時代は石油危機が起きる前。米国の電気の需要は高まっていたころでした。

その後、1970年代に入ると、米国は、石油危機による電力需要の減少により、進めていた原子力発電所の建設計画の相次ぐ中断を余儀なくされました。

ここに来て米国は、長いトラウマから回復したかのように、原子力発電所の建設をふたたび始めています。建設が再開された原子力発電所の第一号として注目されているのが、TVAが建設しているテネシー州ワッツバー原子力発電所2号機です。2007年11月、19年ぶりに建設凍結が解かれました。

TVAが制定されたのは1933年の5月18日。きょうで創設76年を迎えました。市場経済主義の大国・米国にも「公社」という事業機関は根付いているのですね。

テネシー川流域開発公社のホームページはこちら(英語)。
http://www.tva.gov/index.htm
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「公共時計が狂う」という公害


時計をめぐる、こんな小咄があります。

時計をたくさんもっている人が、時計をひとつしかもっていない人に「時計が1個だけだと、代わり映えしないからつまらないでしょうに」と言いました。

1個しかもっていないその人はこう答えました。「1個のほうがいいんですよ。だって、あなたみたいにたくさんもっていたら、どれが正確なのかがわからないじゃないですか」。

個人が複数の時計をもつ分には、このような“複数問題”も個人の範囲のささいな問題です。しかし、おおぜいが共有する時計となると、小さな問題では済まされなくなります。

たとえば、駅前にある二つの大時計のうち、ひとつは23時50分を指し、もうひとつは0時00分を指しているとします。二つとも時刻が狂うことはまずないでしょうから、どちらかの時計が10分、狂っていることになります。

人には、公共の時計がまちがっているという認識はまずありません。時計が23時50分を指していれば、それを見た人は、当然、いまの時刻は23時50分と思うことでしょう。

しかし、正しいのはもうひとつの時計のほうだったとします。つまり本当は0時00分。「終電の0時00分まで10分ある」と思っていたその人が、ちょっと用を足しているうちに、終電が出発してしまいました。

江戸時代は、太陽が昇っている時間と、太陽が沈んでいる時間を均等割した間隔が時間の単位になっていました。それほど分刻みに予定を立てている人はいなかったでしょう。明治初期の鉄道開通などにより、日本での時刻の概念が大きく変わったといいます。

分刻みの時代においては、公共の時計の時刻が狂っていることで、人の一日の行動や、場合によっては人の一生が狂ってしまうおそれもあります。時刻の表示がおかしい時計は、時を刻みつづけるほど社会の害を拡大させるもの。すぐに「調整中」や「故障中」の貼り紙を貼る必要があります。
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科学ジャーナリスト賞2009七沢さん「安全に根拠あるか」磯部さん「長野県民の協力」吉尾さん「悲しみを自分のものに」
科学ジャーナリスト大賞2009では、本の執筆に対して贈られた大賞・賞が際立ちましたが、雑誌や、新聞の連載に対しても、賞が贈られました。きょうは、2人の受賞者のあいさつの模様をお伝えします。

NHK放送文化研究所主任研究員の七沢潔さんには、雑誌『世界』に連載された「テレビと原子力 戦後二大システムの五〇年」の記事に対して賞が贈られました。


七沢潔さん

「もったいない賞をいただきました。私は、自分を“科学ジャーナリスト”と思ったことは一度もありません。“ジャーナリスト”だろうとは思いますが、大学では経済学を専攻し、科学は苦手でいつも点数はよくありませんでした」

「1987年にチェルノブイリ原発事故が起きまして、放射能に汚染されたことを機に、ほとんど興味をもたなかった原子力という分野と出合うことになりました」

「20年間で、十何本かのドキュメンタリー番組を作ってきました。チェルノブイリ、日本各地の原発、東海村の臨界事故などの取材をしてきました。進めていくほど、科学自体のモデルより、人間社会がそれをどう用いているのかという点が、私が見つめるテーマになりました」

「取材では、喧々囂々の議論もありました。この線に抑えると経済が成り立たなくなるというような点に、さまざまな考え方があると思います。科学ははっきり識別できるほどしっかりできていないのではという疑問を抱きました」

「その安全は、根拠がしっかりしているのかという、そういう点が番組を作る出発点となりました」

「原発の番組から足が抜けられなくなり続けていると、上司が『長いこと、テレビでこういうことをやらないほうがよい』と言われました。原発事故がたくさん起きていた時期で、東海村の臨界事故も手がけましたが、放送研究所に行きなさいということになりました」

「テレビで原子力を伝えるということは難しく、アンビバレントなことではないかと私の人生でも思っています。所属先が、放送文化を研究するところで、テレビ局の歴史をひもといていくと、原子力には非常に深いたくさんの関係した文献があることに気づきました」

「NHKアーカイブズの古い番組を200本から300本ほどを見て、テレビは何を映してきたのかを追究しました。歴史的な部分を説き起こしたいと考え、雑誌『世界』に書かせていただきました」

「原子力報道で、企画が過ぎたりすると、どこかに異動が起きるという、ひとつのサンプルとして私がありました。構造的な問題ですが、報道と原子力技術には、どこかでつながることが可能であると思います。そのシステムの中で、どう客観的な報道ができるか。私はその研究を続けなければと思っています」

「たいへん温かい励ましをいただき、感謝しています。みなさん、ありがとうございました」



また、信濃毎日新聞編集局文化部記者の磯部泰弘さんと吉尾杏子さんにも、信濃毎日新聞くらし面の連載記事「いのちを紡ぐ」に対して賞が贈られました。


磯部泰弘さん

磯部さん「この連載は、私と吉尾の二人で書いており、連載自体は2007年10月から始まり、3年目になりました。信濃毎日新聞は、比較的長期連載に対して寛容ですが、それでも長い連載になります。連載はまだ終わっておらず、このあと最終シリーズがあります。その途中でこのような賞をいただき,プレッシャーも感じています」

「この企画はたくさんの医療現場で、福祉従事者や患者さん、遺族の方に協力いただき、初めて成立したものです。みなさんには前向きに連絡をいただきました。協力なければ成立しませんでした。(取材対象者が)長野県民だったといことが一つの成立した理由ではないかと思います。長野県には、医療従事者の方が多くいますが、地域医療や在宅医療に早くから取り組んできました。茅野市にあります諏訪中央病院のような有名な例だけでなく、山間地にあります小さな機関にも、全国から人が集まり、地域ならではの医療があります。地域ではネットワークができていますし、患者さんや家族との信頼関係もできています」

「地域にこのような地道な積み重ねがあったのであり、ネットワークを利用させていただき取材することができました。もし、このようなご評価をいただけるとするならば、それは長野県民の地道な積み重ねがあったからだと思っています。どうもありがとうございました」

吉尾さん「死別の悲しみを無理に打ち消したり、なかったことにするのではなく、どう自分のものにしていくかをテーマに取材させていただきました。よい賞をいただき、まことにありがとうございました」

受賞者のみなさん、おめでとうございます。

日本科学技術ジャーナリスト会議のお知らせ「『科学ジャーナリスト賞2009』が決定いたしました」はこちら。
http://jastj.jp/?p=149
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科学ジャーナリスト賞2009吉田さん「塾経験活かされ」岡ノ谷さん「研究者として発信」出河さん「議論の基盤を提出」
科学ジャーナリスト賞2009では、きのう紹介した大賞受賞者・北村雄一さんのほか、賞が4組6人の方に贈られました。今日はそのうち、2組のかたの授賞のあいさつの様子をお届けします。

理化学研究所客員研究員の吉田重人と、チームリーダーの岡ノ谷一夫さんに、「ハダカデバネズミ――女王・兵隊・ふとん係」(岩波科学ライブラリー)の著作に対して、賞が贈られました。


吉田重人さん

「本日は、私のような者が賞をいただき、驚いていますが、非常に感謝しています。どうもありがとうございます」

「(審査委員の)白川英樹先生のお話にありましたように、私を推薦していただいたのは、おそらく科学ジャーナリスト塾に参加した縁があってのことだと思います。塾で、私自身は苦い経験をし、コミュニケーションの難しさを学んだ次第です。その経験も、今回いただいた『ハダカデバネズミ』を書く機会に活かされたと思っています」

「私は現在、企業に就職して、データ解析をしています。理化学研究所には週末に行く“日曜研究者”です。データを科学的に見るというも、また違ったかたちの科学コミュニケーションではないかと思っています。この方向でがんばっていきたいと思います。ありがとうございました」


岡ノ谷一夫さん

「科学ジャーナリスト賞に選んでいただき、ありがとうございます。私が選ばれたというよりも、デバネズミが選ばれたという部分があるのではと思います。本にも書きましたが、科学研究費の審査をした方は『岡ノ谷さん、あんな本を出されたら誰だってお金を出したくなるよ』と言っていました」

「あの本は、イラスト(が特徴的)です。イラストを書いていただいた方がいらっしゃいます。どうもありがとうございました」(会場拍手)

「いま、JST(科学技術振興機構)のERATOという制度で、情動情報表現の研究を一生懸命やっています。そちらにも賞をあげたいと思います。デバネズミ研究より前からやっていた研究で、2003年に『小鳥の歌からヒトの言葉へ』という本を書きました。これがじつによい本なのですが、残念ながら当時、科学ジャーナリスト賞はありませんでした。あれば候補の1冊になっていたのではないかと思います。みなさん、ぜひこちらも読んでください」

「私は高校生のとき、自然科学史などに興味があり、科学ジャーナリストになりたかったのです。しかし、科学史や科学哲学のある大学には入れてもらえず、しかたなく科学者になろうと思い進学しました」

「思いがけず、昔からの夢だった科学ジャーナリストの賞をいただきました。賞をもらったからといって科学ジャーナリストになったわけではありませんが、認定していただいたことは大変うれしく思っています。これからも研究成果をわかりやすく書いていきたいと思います。吉田くんともまたいっしょに書きたいと思っています」

「賞をいただいたことをきっかけに、さらにみなさんに科学の楽しさを知っていただくための活動をしていきたいです。おもしろいだけでなく、実際に研究の現場にいる者として発信できることを発信していきたいと考えています。どうもありがとうございました」



また、朝日新聞編集委員の出河雅彦さんには、『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版)の著作に対して賞が贈られました。


出河雅彦さん

「2004年秋から、警察が医療現場に介入することに対して、医療界が調査委員会をつくるための声をあげ、意識が変わっていきました。一昨日(5月12日)に『国会議員シンポジウム 医療版事故調〜国会での十分な審議と早期設立を求めて〜』が行われましたが、厚生労働省の提案に多くの方々は批判的でした。今後、どういうかたちで調査機関が制度として結実していくかは、衆議院総選挙の結果を見ないとわからないと思います」

「事故調査がどのくらい行われており、どのような問題があるのかを知るのが大事だ、というのが今回の私の執筆の動機になりました。行財政改革で様々な制度がつくられますが、しばらくすると色々な結果が出て、にっちもさっちも行かなくなるという場面が厚生医療行政ではこれまで多くありました」

「一般の方々からはなかなか見えないかもしれませんんが、医療界では各地域において医療事故を調査する委員会についてホットな議論が交わされています。対して、われわれが取り組み浮ことは、一般の方々を含め、議論の共通基盤を提出することです。共通認識のもと、議論を進めていったらどうかと考え、本書にそのことを書いてみました」

「このような賞をいただき、もったいないほど感激しています。これからも取り組みを続けられるようにしていきたいと思います。どうもありがとうございました」

明日は、さらに2名の受賞者のあいさつの模様をお伝えします。
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科学ジャーナリスト大賞2009北村雄一さん「サイエンスライターは絶滅す」


きょう(2009年)5月14日、東京・内幸町の日本記者クラブで、「科学ジャーナリスト賞2009」の授賞式が開かれました。

科学ジャーナリスト賞は、日本科学技術ジャーナリスト会議が、優れた科学ジャーナリストの仕事を顕彰するもの。前年4月から1年間に発表された、本や新聞、放送番組、ウェブコンテンツなどを通じて発表した人の中から会員などの推薦を通じて選ばれます。

今年は、大賞受賞者が1名、賞受賞者が4組6名。3日間にわけて、大賞と賞の受賞者による、個性的なスピーチの様子(要旨)をお届けします。

大賞は、サイエンスライター・イラストレイターの北村雄一さんに贈られました。著作『ダーウィン「種の起源」を読む』(化学同人)が「難解といわれる『種の起源』をその後の知見を加えて読み解き、進化論に現代的な視点を与えた」と評価されました。



「『種の起源』を読みはじめてみたら、意味がわかりませんでした。ダーウィンの本には非常におもしろい点があって、謎めいたところがあるのに何か腑に落ちるところがあるのです。きっちりした理論体系があるようですが、それはわれわれの知っている理論体系とはちがうのです。ダーウィンの遺伝や変異に関する考えには、異質なものがあるが、それを読むには理解しなければならず、またそれを理解するには読まなければならないということに気づきました」

「自分のホームページで、ダーウィンの遺伝理論と進化理論の整合性がどうなっているのかを知る作業を始めました。2年が経ち、第3章まで進んだところで、私のホームページが化学同人の方の目にとまりまして、『ぜひ本にしてくれませんか』と声が掛かりました。そして1年間で作ったのが、この『ダーウィン「種の起源」を読む』でした」

「ダーウィンが進化論に気づいてから『種の起源』を発表するまでには20数年の歳月が経っています。それを1年間で解説するとは、無茶な話でもあり、作業の最後のほうは大変な思いをしながら作りました」

「この本が妥当なものかどうかは、みなさんが読んでみて解釈していただくしかありません。しかし、信じて到達した答が結論が正しいと思っても、それが間違えであることは多々あります。考えることとと真実とは異なります」

「イラストレーターをしていましたが、バブル崩壊などがあり、絵を掲載するための本が無くなりました。ならば、イラストを載せるための本を自分で書けばいいではないかと考えるようになりました」

「ジャーナリズムが果たすべき義務とはどのようなものでしょうか。1年間で4冊以上書くことは酷です。すると、年収は確定してしまいます」

「個人のサイエンスライターや科学ジャーナリストは絶滅します。『夜が来る、夜が来る』と言っていたところ賞をもらいました。低空飛行でも、飛行機が飛び上がるには滑走路がなければなりません。今後どうなるか、みなさん注目していただければと思います。ありがとうございました」

現実というものを直視する北村さんのものの見方を感じられるスピーチでした。

北村さんの科学ジャーナリスト大賞作『ダーウィン「種の起源」を読む』はこちらで。
http://www.amazon.co.jp/ダーウィン『種の起源』を読む-北村-雄一/dp/4759811702/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1242327024&sr=8-1
北村さんのイラストの数々や、著書の原点となる『種の起源』の詳細な説明がなされた、ホームページ「ヒリヒリ」はこちら。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili/

あすとあさっては、賞の受賞者のみなさんのスピーチの様子をお伝えする予定です。
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愛鳥週間「野鳥に餌やり」ニュースの影響は


テレビの報道番組は、季節の話題などの映像を流して締めくくることがあります。

きょう(2009年5月13日)、夜のあるニュース番組は、5月10日から16日までの愛鳥週間の話題を最後に報じていました。

老舗の肉屋の前に鳥のつぐみが現れて、店員が用意した小さな肉団子をついばむというもの。司会者が「つぐみも老舗の味がわかるのでしょうかね」と言って番組は終わりました。

小さなからだのつぐみが店先で“常連客”として肉をついばむ様子は、ほのぼのとして、愛鳥週間の話題としておあつらえむきな感があります。

しかし、かわいらしいつぐみをめぐるこの話題は、愛鳥週間に流すものとして少し考えさせられる側面もあります。人が、肉団子を鳥にあたえるという行いが、はたして愛鳥的かどうか、ということです。

そのつぐみは、飼育されているものではありません。野鳥が、人の与える肉団子をついばむ格好です。野鳥には本来、虫などの餌を自然のなかで見つける本能があります。いっぽう、人が肉団子を用意すれば、鳥は虫を探したりせず、確実に食べ物にありつけるほうへと流れていきます。

おそらくこの老舗の肉屋の店員は、つぐみをかわいく思う「愛鳥」の気持ちから肉団子を用意しているのでしょう。つぐみは雑食ですので、自然の餌でなく人が作った肉団子を食べたとしても、からだにはあまり問題ないのかもしれません。

ただ、テレビの影響力とは大きなもの。この映像を見た視聴者のなかには、「鳥に餌をやること」と「愛鳥」が結びついた人もいるでしょう。「愛鳥週間だから鳥に餌をあたえる」という発想で、人々が鳥に餌をたくさんあたえれば、それは本来の野鳥の捕食行為に介入・影響することになりえます。

愛鳥週間は、鳥のために用意されたものか、それとも鳥を思う人のために用意されたものか。日本鳥類保護連盟は「愛鳥週間(バードウィーク)は、野生鳥類の保護週間です。その保護の思想は、本質的には自然環境の保護のことです」と説明しています。
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その文は”プラス”か“マイナス”かをあらかじめ


予備校で現代文の教科を担当する、ある教師は、次のようなことを口ぐせにします。

「物語や説明文には、一文ごとに“プラス”と“マイナス”の価値の位置づけがあるものです。その文が、プラスイメージなのか、マイナスイメージなのかを見きわめることが、試験問題を解く鍵となります」

この説明をごく単純化すると、たとえば「きょうは晴れた。でも、あすの予報は雨だ。祭は中止になるだろう」という文章は、ふつうに考えれば1文目はプラス、2文目はマイナス、3文目はマイナス、といったことになります。

とくに「でも」や「ところが」といった逆説の接続詞があると、マイナスがプラスに、またはプラスがマイナスになるわけです。

予備校の入試問題であれば、対象の一文がマイナスイメージかプラスイメージかの見極めは重要になってきます。

しかし、立場を変えて、文章を読ませる人であれば、ある程度、その一文がプラスイメージかマイナスイメージかは、表現方法によって明らかに示すことはできます。

その代表的な手法は、文の“枕”で、その文がプラスなのかマイナスなのかをあらかじめ示すというもの。

説明が込みいってしまうような文章の場合、「彼女にとっては幸運だったことに」とか「彼にとって不運だったのは」のように、あらかじめ当事者にふりかかったできごとが、プラスイメージなのかマイナスイメージなのかを示しておくのです。

こうすることで、読者は「彼女には幸せなことが何か起きたんだ」とか「彼には不運なことが降り掛かったんだ」と、あらかじめ心の準備をして読み進めることができるわけです。

もっとも「何々なことに」には、使える記事と、あまり使えない記事があります。物語調のノンフィクションや科学書などでは見かける手ですが、新聞記事などではほとんど見かけません。文字数の制限があまりない媒体と、マス目が限られている媒体の差でしょうか。
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PCRは新型インフルエンザ検査のための“手段”

PCR装置(新型インフルエンザ判定に使われているものとかならずしも同型ということではありません)

ふだん科学ニュースの報道などをしていないスポーツ新聞なども、こと大きな社会問題となれば、社会面などで報じなければなりません。

このたび日本でも、感染者が確認された、新型インフルエンザ「H1N1」をめぐる問題についてもおなじことがいえます。

ある夕刊スポーツ紙では、「遺伝子分析検査『PCR』を行い、」といった記述がされていました。

PCRとは、“Polymerase Chain Reaction”のことで、日本語では「ポリメラーゼ連鎖反応」とよばれています。これは、遺伝子を2倍、4倍と大きくさせて、観察しやすいようにさせるための手段です。

航空機内などでの簡易検査で、新型インフルエンザを含む「A型」と診断されると、そのウイルスが地方衛生研究所に持ちこまれ、PCRによる遺伝子増幅がなされます。増幅して分析した結果、“陽性”と判断されれば、それはA香港型という従来のウイルスであることが判明します。

“陰性”と判断されると、さらにウイルスは国立感染症研究所へともちこまれ、ここで「H1N1」のウイルスと塩基配列がおなじかどうかが判断されます。おなじであれば、それによって初めて、PCRなどを使って調べてきたウイルスが「H1N1」の新型インフルエンザウイルスであることがわかるのです。

スポーツ紙に書かれてある「遺伝子分析検査『PCR』を行い、」という表現は、あまり適切とはいえません。PCRは検査をするための遺伝子増幅手段であるからです。一般紙では「PCR検査」という表現をもちいています。

参考文献
中日新聞2009年5月2日「感染断定「PCR」で可能に 国立感染症研が新たな試薬送付」
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009050202000143.html
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ミスタードーナッツのカリーパン――カレーまみれのアネクドート(12)


カレーパンのおいしさといえば、中のカレーの味と、外の衣のさくさく感の差にあります。

かぶりつくと、まずは香ばしさの中に衣の歯切れのよさ。その後、ルウのパンの甘さを感じた直後、ルウのぴり辛さが訪れます。

この調和の王道をいくのが、ミスタードーナッツの「カリーパン」。ドーナツ屋さんのカレーパンはあなどれません。

このカリーパンは、2009年1月21日に新発売されたもの。といっても、これまでもミヅタードーナッツは1997年に「ジューシーカレー」を、2006年に「辛口カリーパン」を発売するなど、カレーパンを売ってきました。

一新されたカリーパン。開発担当者は、中のカレーと外の衣へのこだわりを次のように語っています。

「カレーフィリングの具には、たまねぎ、にんじん、ばれいしょ、牛肉を使い、牛肉や鶏肉、野菜などを長時間煮込んだブイヨンで素材のうまみを引き出しています。生地を揚げてからフィリングを注入することで、トロっとしたなめらかな食感に」

衣とさくさく感と中味のとろとろ感の差には、つくり方への工夫があったのですね。

量より質で勝負した、ドーナッツ屋のカリーパン。あなどれません。

ミスタードーナッツのカリーパンの案内はこちら。
http://www.misterdonut.jp/m_menu/donut/dvr03.html
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ドリルで掘削しても船は回転せず


ドラえもんに登場する「タケコプター」をのび太やジャイアンが装着して空を飛んでも、彼らのからだが回転することはありません。

からだの回転を抑えるタケコプターの技術は、大学の入学試験でも出題されたといいます。そうとう高度なものといえそうです。

ドラえもんは漫画の世界の話ですが、おなじような“回転問題”がおこりそうな場面が現実の世界にもあります。

海底を掘削する船は、船底から海底に向けてパイプをおろし、海底の地面をドリルで掘っていきます。上の写真は、海洋掘削調査船「ジョイデス・リゾリューション」。

海底では、ドリルがぐりぐりと回って地面を掘る。いっぽう、海上では、そのドリルにつながっている船が浮かんでいる。そんな状況です。

船からドリルを回すと、そのドリルが地面を掘るときの摩擦力が起き、この力が船を反対に回そうとする力を生み出します。

しかし、実際の掘削船が海上でぐるぐると船体を回転させている映像を見たことがありません。なぜなのでしょう。

これは、技術的な制御がはたらいているというよりむしろ、ドリルが回るときの力があまりにも小さいために、船は海上に浮いていようがびくともしない、というのが真相のようです。

日本の地球深部探査船で重量がおよそ6万トンある「ちきゅう」は、ドリルを使って地底を掘削します。そのときのドリルが回転する力は、海上で船が秒速23メートルの風をななめから受けた場合の100分の1程度にしかなりません。重い船にとって、ドリルの回転力は折り込みずみということのようです。

参考ホームページ
「ちきゅう」情報発見サイト「ちきゅうQ&A」
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/QandA/index.html#q16
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鶯のさえずり目的別も個人差も


四季のうつりかわりを鳥の鳴き声が告げてくれます。代表的なものは鶯(うぐいす)でしょう。早春あたりになると「ほーほけきょ」とさえずる声が聞こえてきます。

鶯は、季節によって海はわたらないものの、山と里とを行き来する鳥です。こうした鳥は“漂鳥”といわれます。

人の避暑地生活とおなじように、夏は山にいます。山のなかで、鶯は繁殖をします。そして、秋11月ごろになると、里へと渡ってきます。「春のおとずれの風物詩なのに、なぜ晩秋以降は、都会に来ているのか」と思う方もいるでしょう。

秋や冬の鶯に気づかないのは、鶯が鳴かないからということがあります。顔よりも歌唱力で売っている歌手のように、鶯のからだはいたって地味。藪のなかでその姿を見つけるのはなかなかむずかしいもの。

早春になるといよいよさえずり始めます。さえずりには、ふたつの目的があるとされます。ひとつは、なわばりの主張。からだで自分の土地を守るような実力行使タイプでなく、声で土地争いの決着をはかるようです。「ほーほけきょ」も「おー、俺の!」と聞こえてきます。

もうひとつの目的は、雌を誘うためとされます。さえずっている鶯はすべて雄。やはり「おー、俺の!」とさえずって都会でお相手を見つけているのかもしれません。

この二つのさえずりは、よく聞くと音の高さもちがうといいます。なわばりを主張するときは、ふつう聞こえるさえずりよりも音が低くなるそうです。

また、さえずりの声には、個人差もあるもよう。雌は、美声としゃがれ声を聞き分けているのでしょう。

このさえずりの声に敏感だった人もいるようです。たとえば、上野の東叡宮にいた上野宮公弁法親王。江戸でなく鶯の声が卑しく聞こえていたといいます。そこで、絵師の尾形乾山が、京都のうぐいすを3500羽も用意して、これを上野一帯に放しました。これで、上野の鶯の声は美しくなったという説があります。

東日本や西日本では、いまごろはすでに鶯は里から山へと戻っているころ。山へ行けば「ほーほけきょ」の声を聞けるかもしれません。

参考文献
濱尾章二『一夫多妻の鳥 ウグイス』
松田道生『江戸のバードウォッチング』
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食堂でどなる店長に、客として4つの行動


食堂に入って、注文した食べものを待っていると、なにやら店長のどなり声が。

「椅子に座らせるときも、ちゃんと考えないと行列になるだろうが!」

「あいさつの声が小さいんだよ!」

「皿にまだ食べかすがついているじゃないか、ちゃんと洗ってるのか!」

「皿に食べかす」と聞くのはだれもが閉口でしょうが、目上の店長が目下の店員に、客の前でどなりちらす場面も気持ちよいものではありません。

人は美味しいと思っているときに怒ることはできないようにつくられているといいます。交渉を食事の席で行うのは、こうした人の心理をつく作戦だとか。

逆も真なりで、人は怒りながら同時に美味しいと思うこともできません。心の中で怒りのほうが美味しさよりも大きいと、食べ物を美味しく感じることはできません。

客のAさんは、「だったら、俺はこう言うね」と言います。

「『おい、店長! お前、さっきから客の前でどなりやがって。うるさいんだよ』と声を上げて店長をどなるのさ。怒っていた店長が、客の前で形勢逆転。これで溜飲が下がるだろ」

この意見に対して、客のBさんは「でもそれだと、他の客はどなるあなたに不快な思いをする」と言います。

「私だったら、どんぶりの下にメモ書きで『店長、そんなにどなりなさんな』と書いて、なにくわぬ顔して涼やかに店を去るね」

この意見に対して、客のCさんは「でもそれだと、皿を片付ける店員がこわい店長に気を使って、メモ書きを破り捨てるかもしれないじゃないか」と言います。

「僕だったら、店に置いてある“ご来店アンケート”に『店長がうるさかった。どうにかしてくれ』と書くかな。これなら店長の耳に苦情が伝わらないことはないでしょ」

この意見に対して、客のDさんは「でもそれだと、店長が社長に怒られているときの顔が見えないじゃない」と言います。次の言葉にAさん、Bさん、Cさんは唸りました。

「あたしだったら、店の電話番号を書きとめて、そそくさとお店を出てからすぐケータイで電話するわ。お店によ。店の窓越しに『店長をお願いします』って呼び出して『あなた、まだどなっているの? いいかげんにしたら』と顔を見ながら言ってやるの」
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NEDO「研究開発プロジェクトのその後を追う!」を開設


新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、このたび「研究開発プロジェクトのその後を追う!」というホームページを開きました。「ホームITで、家のこと思いのまま」という記事に原稿を寄せませました。

日本には、省庁の外郭団体として、公的研究プロジェクトの予算配分や進行管理を行う独立行政法人があります。NEDOもその一団体。経済産業省の管轄にあります。

NEDOが「こんなテーマのプロジェクトに予算を出しますので募集します」と、プロジェクトを公募します。企業や大学などが「うちで研究します」と名乗りを上げて、採用されれば3年や5年などの期間で研究を行います。

とりわけNEDOのプロジェクトでは、研究成果が社会に役立つことが重視されています。そこで、このホームページは「NEDOプロジェクトにより開発された技術がどのように製品やサービスとなって活用されているか」を紹介します。

開発でのブレークスルーを専門的に伝える「この技術にフォーカス」や、開発担当者の談を紹介する「開発者の横顔」などのコラムもあります。

第一弾として上記の東芝ホームアプライアンスの研究成果を紹介する「ホームITで……」のほか、コスモ石油の成果を紹介した「軽油を極限までクリーンにする触媒」という記事も載っています。

今後、このホームページでは10ほどのプロジェクト成果を紹介していく予定です。

新エネルギー・産業技術総合開発機構の「研究開発プロジェクトのその後を追う!」はこちら。
http://www.nedo.go.jp/hyoukabu/jyoushi/index.html
| - | 23:59 | comments(0) | -
“男の子”の日は「尚武」から


5月5日、端午の節句の過程行事に「菖蒲湯」があります。しょうぶの葉を風呂の中に入れるというもの。銭湯などでも行われていますね。

言葉も風習も変わりゆくもの。もともと、しょうぶは「あやめぐさ」といわれてきました。しょうぶとあやめは、葉のかたちがにていることから両方とも区別はなかったといわれます。しょうぶもあやめも漢字で書くと「菖蒲」であることに、その名残が見られます。

「端午の節句に菖蒲」の組み合わせは、古くは飛鳥時代以前にさかのぼります。この日、朝廷の人々が薬草としてしょうぶを取って使っていたという記録もあります。

その後、平安時代のころには、端午の節句にしょうぶを宮廷の軒下などに置いて魔除けをしました。草には鼻につんと来る臭いがあるため、これが邪気を払う効果があるとされていたのです。こうした風習は、風呂の普及とともに「菖蒲湯」へと移りかわっていきます。

よくテレビの季節の話題などでは「菖蒲」と「勝負」が掛けられたという話があります。しかし「武事・軍事を重んずること」を意味する「尚武」と通じていたため、近世以降、端午の節句は男の子の成長を祝う日となったという説もあります。

なお、端午の節句のもう一つの風習としてあったのが「菖蒲酒」。菖蒲湯と同じように、酒のなかに菖蒲の葉をひたして香りを楽しみ飲みます。端午の節句はなにもこどもの日だけではないのかもしれません。

参考文献
『広辞苑第五版』
参考ホームページ
栗山一秀「酒・歳時記 菖蒲酒」
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植物と昆虫の研究界に橋をかける
2009年の「みどりの学術賞」は、九州大学教授の矢原徹一さんにも贈られました。矢原さんも、植物だけにとどまらず、自然全体に対するまなざしをもっています。

福岡県前原町(いまの前原市)で育った矢原さんは、小学生のころまでは昆虫少年だったといいます。昆虫の説明する表が載っている本を抱えて、うれしそうにしている幼少の写真も残っているといいます。

中学生になると、矢原さんはおとなといっしょに植物の採集会に参加するようになりました。「福岡県のすべての植物を集めよう」という壮大な計画を立てるなどして、植物を研究する道を踏み出します。京都大学の大学院生のとき、少年のころから眼を付けていたヤブマオという植物を本格的に観察することに。ヤブマオの仲間に、それまで存在が確認されていなかった4倍体という種類があるのを見つけ、これによりヤブマオには様々な種類があるということを説明するモデルをつくるなどしました。

さらに、矢原さんはヒヨドリバナという植物を使って、無性生殖の植物はかなりのウイルスに感染する点で有性生殖よりも生存するには不利であり、その結果、無性生殖と有性生殖の多様性のバランスがとれているといった説を出すなどしています。

情熱的かつ計画的に自然研究を進める中で、矢原さんが眼を付けたのがマルハナバチという昆虫でした。マルハナバチは自然の中で、花の受粉に一役かっています。

矢原さんらがマルハナバチに注目しはじめたころには、ハチはすべての花を識別して飛んでいるという説と、そうでなくランダムに飛んでいるという説の両方がありました。矢原さんは九州大学で、同じ研究室の大橋一晴さんとともに「ハチも短期記憶によって行動をしているのではないか」という仮説を立てて実験をしました。

矢原さんは実験・観察により、20個の花がある場合、どうやらマルハナバチはすべての花を把握しているわけでも、ランダムに飛びまわるわけでもないことを明らかにしました。マルハナバチにも人間とおなじように“短期記憶”があり、飛んだときに見ているごく近い花をごく短い間だけ覚えているということがわかってきました。

「短期記憶のパラメータを入れるのが虫の行動を考えるのに重要だとわかりました」と矢原さんは言います。いま、この研究成果は「大橋-矢原モデル」として、昆虫学者などの間にも評価されています。

「花も虫も好き、ということではないでしょうか。幼少のころに昆虫が好きだったことが生きたと思います」

矢原さんは、植物と昆虫というふたつの研究領域に橋をかけました。研究者の専門領域が細分化されて、すぐとなりの領域の研究者の言葉が通じないといったことはよく指摘されること。矢原さんの横断的な研究は、自然全体にたいする好奇心の強さから来ているものなのでしょう。

「みどりの学術賞」のホームページはこちら。
http://www.cao.go.jp/midorisho/index.html
| - | 23:59 | comments(0) | -
形への興味から生物研究


あす5月4日は「みどりの日」です。4月29日が「昭和の日」制定により「国民の祝日」だった5月4日がみどりの日になりました。

自然などの“みどり”について、優れた学問的業績をあげた研究者に贈られる「みどりの学術賞」は3年目。今年は、九州大学の特任教授・和田正三さんと、九州大学の教授・矢原徹一さんが受賞しました。お二人の詳しい業績などは賞のホームページに載っています。

和田さんと矢原さんは、ともに九州大学の所属。そして、みどりに関する研究を進めてきました。そのほかに、もうひとつの共通点があります。

それは、植物のほかに動物についての造詣も深いという点です。

和田さんは、幼少のころを太平洋戦争を経験しました。広島に原子爆弾が投下されたときは、広島市の北に住んでいて、爆風を体験しました。

その後、大学に進むまでは「虫取りと魚とりばかりやっていました」と話します。広島にいたころは、お兄さんといっしょに太田川で魚をとり、神奈川県に引っ越してからは相模川や近くの杉・松の林が遊び場になったといいます。当時は森の昆虫の王様といえばクワガタムシでした。和田さんは猛々しい角の形にかっこよさを感じていたといいます。

東京大学理学部に入ってからは植物教室に入り、シダ植物などの研究をしますが、趣味としての昆虫採集や動物観察はそれからも続いていたといいます。

大学院時代には、植物調査で南米へと向かった機会にガラパゴス諸島へも上陸しました。島に着いたときは夜。南半球の満点の星空が和田さんを迎えました。大きな船から小さな船に乗り換えてオールで漕いでいると、回虫にはおびただしい夜光虫が光っています。宿の光はテーブルクロスの上にともされたローソクの光のみ。それはkん動的な夜だったといいます。

その後も、シダ植物の研究を進めるかたわら、趣味として昆虫の擬態などに興味をもち、ふたたび南米へ出向き昆虫採集を行いました。「ゼッコウバチにそっくりなキリギリスがいるんです。触角を短く見せるために、先端を白くさせてまでいる。しかも、触るとハチのようにお腹をぎゅっと曲げるんです。いかにも針で刺すかのように」。

「好きなものは趣味にした」と、和田さんは話します。でも「いまも、私の専門を虫だと思っている仲間はいると思います」。

観察する対象として、植物と動物のちがいはありますが、和田さんのなかでは両方を扱うことに分け隔てはあまりないようです。“形”のふしぎに迫るという点で共通しているからです。

クワガタムシの角、昆虫の擬態、それにシダ植物の生長に興味をもつのも、「生き物の形がどのようにできたのか」という疑問から来ていると和田さんは言います。

自然への好奇心に興味をもち、動物や植物の形のできかたや振る舞いのしかたを見つめ続けてきました。今後も、みどりの要素である葉緑素のさらなるしくみ解明に向けた研究を続けていくとのことです。

「みどりの学術賞」のホームページはこちら。
http://www.cao.go.jp/midorisho/index.html
| - | 23:59 | comments(0) | -
仕切ロープの掛けかえに効果あり


大型連休で、いろいろなレジャー施設では行列ができています。遊園地など、多くの施設で使っているのが、上の画像のような行列仕切ロープです。

施設側は、このロープを使わないとすると、行列の最後尾をどこに設定するかは、かなりその場での対応が必要になります。しかし、ロープを使えば、行列を制御することができます。

もうひとつ、このロープには効果があるといいます。

このロープは支柱に“引っかかっている”状態。ロープの端と端を支柱から取りはずし、別の支柱へと付けかえることができます。

そこで施設側は、あらかじめ計画的に、“最初は使われない通路”を行列の途中に用意しておくのです。

そして、行列が長くなりはじめると、ロープを別の支柱へと付け替えて、待ち客を“最初は使わない通路”へといざないます。通路の片方を開けるだけでは袋小路になってしまうので、そうならないようにロープのもう片端も付け替えて、“通路の入れかえ”をします。新しく作られた通路に、待ち客たちはなだれこむことに。

よく考えてみれば、最初は使われなかった通路を使うようにしたとしても、アトラクションまでの待ち時間や列の距離が変わるわけではありません。

しかし、仕切ロープを掛けなおして通路を変えると、行列に動きをつくることになるため、待ち客に「あ、行列が流れているな」と思わせることができるわけです。

客にとっては、待てども動かない行列はストレスのもと。仕切ロープの付け替えは、おなじ時間、おなじ距離で待つにしても、少しでも行列が動いているほうがイライラとしないという効果をねらったものです。

時計企業による意識調査では、遊園地で目指す乗り物の順番待ちの限界は、平均28分40秒。スポーツ観戦時の入場待ち時間は58分41秒だそうです。

大型連休、行列待ちを余儀なくされる方は、時間つぶしに施設係員の仕切ロープを架け替える行動を観察してみてはいかがでしょうか。
| - | 23:59 | comments(0) | -
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