科学技術のアネクドート

ダーウィン、ミミズとともに29年―sci-tech世界地図(6)
英国の生物学者チャールズ・ダーウィンの生誕から今年2009年で200年。また『種の起原』の発表から150周年。今年は「ダーウィン年」です。

ダーウィンが1842年から、没年となる1882年まで住み続けたのが、ロンドンの南東にあるブロムレイ・ロンドン自治区の邸宅でした。

ダーウィンの才能で評されるのは、ひらめきなどの瞬発力というより、長年にわたる観察を続ける粘り強さです。その天賦の才能は、齢をとっても衰えることはありませんでした。

1842年に33歳のダーウィンは、ロンドンからこの家に引っ越すと、近くの地面に大量の石灰をまきました。『種の起原』が発表される17年前のことです。

彼には「この石灰の白い一面はいつか地中に埋もれるはずだ」という考えがありました。じつは、ビーグル号での航海時期をはさむ1827年から1837年の10年間でも、耕されたことの無い土地にまかれた石灰の跡がなくなっていることを、その眼で見ていたのです。


ダーウィンの家の近くの小径「サンドウォーク」

新居に移り住んでから29年。『種の起原』もとうの昔に出版し、62歳になったダーウィンは、29年前に石灰をまいたのと同じ地面を掘り返してみました。すると18センチの地中から、29年前の白い石灰が姿を見せたのです。

つまり、人が耕すことのない地面に、29年かけて、石灰の一面から18センチもの厚さの土が覆いかぶさっていたことになります。

この土を盛ったのはどうやらミミズでした。土の中のミミズが地上付近に出てきては糞をします。ミミズの穴のまわりには、噴火口のような円心状の糞の盛り上がりができあがるのでした。ミミズの地道な営みが、一面に土が覆いかぶさることにつながる主要因だと彼は考えました。

ミミズの“偉業”をたしかめるため、ダーウィンは晩年、「ミミズ石」という装置を発明し、庭におきました。0.01ミリの単位である水準の地面一面が埋もれていくのを観察できる精密な道具です。

ミミズ石の設置から19年後、その石は27.77ミリメートル地中に沈んでいったそうです。彼の死後、息子のフランシスが報告しました。

人が耕さずとも、ミミズの排泄行為が、緩やかな時間を掛けて少しずつ大地を肥沃にしていくということを、ダーウィンは29年の歳月をもって観察したのです。

ダーウィンが『ミミズの行為による肥沃土の形成とミミズの習性の観察』という研究成果を本にして出版したのは、彼が亡くなる1年前の1881年のことでした。

ダーウィンが33歳から72歳までを過ごした家は、ダウン・ハウスとよばれています。場所はこちら。
http://maps.google.com/maps?client=safari&rls=ja-jp&q=Luxted%20Road&oe=UTF-8&um=1&ie=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wl
家の写真はこちら。
http://www.panoramio.com/photo/2320694

参考文献
佐々木正人『アフォーダンス入門』
参考ホームページ
細田直哉「ダーウィンのミミズ研究とアフォーダンス」
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書評『iPS細胞』
iPS細胞をテーマとする本は何冊か出ていますが、活字中心の本でありながら、この本には多くの読者が「わかりやすい」と感じているようです。

『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』八代嘉美 平凡社新書 2008年 208ページ


物書きは、iPS細胞のことを述べるとき、ちょっとしたジレンマを抱える。iPS細胞のことを説明するだけでは説明した気持ちにならないのだ。

iPS細胞は突然振って沸いたように世界に誕生した細胞ではない。それより前にウィスコンシン大学のジェームズ・トムソンにより開発されたES細胞(胚性幹細胞)の研究成果を土台に、京都大学の山中伸弥教授(それに、トムソン本人)が開発したものだ。iPS細胞をきちんと説明しようとするとき、その前段となるES細胞や、さらにその前段となる細胞の発生や分化のしくみについての説明は欠かせない。

その点、本書には、iPS細胞にたどりつくまでの様々な話題が書かれている。「細胞が先祖返りしないわけ」(第2章)や「なぜ身体は古びないのか」(第3章)、「再生はいつも身体で起きている」(第4章)のように、生命の原理の説明に多くの章を使っている。

人の体には分化したり自己複製したりする幹細胞という重要な細胞があるという基本的なこと。その中で羊の“ドリー”に見られるクローン技術が確立してES細胞がつくられたこと。これらの成果から再生医療が起きつつあること、など読者が「iPS細胞のことがわかった」といえるための話が盛り込まれている。もちろん、そのES細胞の存在から山中教授がiPS細胞を作製したことについても書かれている。

『iPS細胞』という書名からすると「やけに前段の話が多いじゃないか」ということになるかもしれない。だが、逆にiPS細胞の開発にたどりつくまでの経緯をきちんと説明しないほうが、真摯な姿勢ではなくなる。その点、さまざまな説明を端折ることなく、ていねいに解説している著者の姿勢には共感がもてる。たとえば、こんな具合で説明をする。
多能性という難しそうな言葉は、私たちの体を構成する、いろんな性質をもったあらゆる種類の細胞になることができる、という意味であり、iPS細胞とは「大人の人間の細胞を原料に、いろいろな細胞になれる細胞をつくることができた」ということを示す名前なのだ。
「つまりはこういうことである」と、適所でまとめをしてくれるためにわかりやすい。著者本人は、幹細胞研究の重要人物である東京大学の中内啓光教授の下にいる博士課程の研究者だ。研究者でありながら、「新書の読者には、この程度まで説明をすればよいのではないか」という按配の感覚があるのだろう。

最終章「“知”がヒトを変えていく」は、作家と著作名の羅列で、やや取ってつけたような印象があった点に、本の終わり方としては違和感があった。だが、全般的に見れば、この1冊で、幹細胞研究のひととおりのことを理解できる良書といえる。

『iPS細胞』はこちらで。
http://www.amazon.co.jp/iPS細胞-世紀の発見が医療を変える-平凡社新書-八代-嘉美/dp/4582854311/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1240964321&sr=8-1
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“双子ポスト”の理由は合理的対応


映像技術を駆使した映画などでは、ひとりの俳優が双子役や瓜二つの別人として、ふたり同時に画面に登場することがあります。

上の“双子ポスト”の写真は、コンピュータ処理されたものではありません。東京のオフィス街などでは、歩道に郵便ポストがふたつならんでおかれているところがあります。

おなじ型のポストがふたつ。それぞれの差し出し口には「手紙・はがき(小型郵便物)」と「大型郵便・速達・電子郵便・国際郵便」があります。つまり、ポストの役割もふたつ同じ。投函者は、右のポストに封筒を入れたり、左にポストに封筒を入れたり……。

いったい、なぜふたつのポストがとなりに並んでいるのでしょうか。

このふたつの郵便ポストの間に、区界や街区境などが通っていて、管轄が異なるそれぞれの郵便配達者がそれぞれのポストから郵便物を回収するということでしょうか。

それとも、ほんとうはこのふたつの郵便ポストには、投函口の大きさが微妙に異なるなどの差があり、実験的にその効果を比べているのでしょうか。

郵便事情に詳しい方に話を聞くと、次のような答がかえってきました。

「ああ。あれね。ひとつだけだと郵便物をためきれないからだよ」

ひとつの郵便ポストだけおかれていたときは、人々が葉書や封筒がつぎつぎと投函していき、回収時刻までにポストの中がぎっしりになってしまっていたそうです。入り切らない場合、投函者が郵便ポストの上に葉書や封筒が積み重ねていたこともあるとか。

そこで郵便局は、もうひとつ郵便ポストを増設して、あふれてしまう問題に対処しているようです。

ふたつ並んだ郵便ポストは、たまに見かけられるほどのめずらしいもの。かぎられたオフィス街のために大容量のポストを開発するよりは、ひとつを置いてみて、あふれそうになったらおなじ型をふたつ目も置くという合理的な対応策がとられているようです。
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薬のリスクをとらない日本のお上


きょう(2009年4月27日)発売の『週刊東洋経済』は、「あなたも飲んでるクスリ全解明」という特集を組んでいます。この中の、先端医療編「臓器移植の代替も視野に応用研究が進む再生医療」という記事の原稿を寄せました。

再生医療とは、人のからだの機能や器官・組織そのものが失われた部分に、その器官・組織とおなじようなはたらきをする細胞を取り入れて、機能を取り戻す医療。

京都大学・山中伸弥教授の開発したiPS細胞や、iPS細胞より早く開発されていたES細胞などは、将来この再生医療に役立つものと考えられています。理論的には、からだのどんな部分にも分化する能力があるため、人体の外でこれらの細胞を培養・分化させれば組織をつくりだすことも可能なためです。

しかし、実際の病院ではより研究の歴史が長い「体性幹細胞」を使った医療のほうが進んでいます。体性幹細胞は、iPS細胞やES細胞のように万能的な分化をすることはありませんが、それでも「幹」と付くように、未分化な細胞として、各組織の役割をもたせることができます。

大学病院などでは、この体性幹細胞を使った医療を進めるいっぽうで、iPS細胞を使った医療もこれから着手すべく研究を始めているところです。

いっぽう、病院とともに両輪の役割をしているのが企業です。再生医療は産業として確立するか未知数のため、大企業よりも新興企業のほうが、再生医療の企業化に取り組んでいるのが現状です。

夢のある新興企業が医療界で患者を救うという明るい話はなかなか聞かれません。新興企業にとって大きな障壁となっているのが、医療品の認可を出す厚生労働省の対応です。新興企業が、体性幹細胞などを使って薬や医療機器を製品にしようとしても、厚生労働省が厳しい条件や制約を次々と課してくる現状があります。

取材に応じてくれた新興企業は、自家培養皮膚を9年がかりで製品として認めさせました。しかし、使えるのは重度で広い面積のやけどに限られ、しかも製品をある枚数以上使うと保険が適用されなくなるなど、厳しい条件を強いられています。

世界各国の厚生省や保健省には、薬を使ったときのリスクは高くても早く薬の製品化に許可を出すスタンスと、リスクを低くすべく時間をかけて製品化に許可を出すスタンスがあります。日本は明らかに後者。再生医療という前例のない医療のために不慣れであることや、万一のことが起きたときの日本人の対応の厳しさなどが、そうさせているという指摘もあります。

記事では、すでに行われている再生医療、これから行われようとしている再生医療、そして問題を抱えている再生医療が取り上げられています。

『週刊東洋経済』2009年5月2-9日号のお知らせはこちら。
http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/detail/BI/9630d3a051714ad43da4054cb7560726/
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5月30日(土)31日(日)は「自然と生きる環境生命文明」


催し物のお知らせです。

「自然と生きる環境生命文明シンポジウム」が(2009年)5月30日(土)と31日(日)の二日間にわたり、埼玉県秩父市の秩父今宮神社とホテル美やまで開かれます。主催は、自然と生きる環境生命文明研究会。有識者や宗教家などからなる会です。

初日は午前の秩父今宮神社で行われる「行者祭」のあと、午後からは「首都圏の水と修験の心」というシンポジウム。金峰山修験本宗慈眼寺住職・塩沼亮潤さんの「心をこめて生きること」と、水の安全保障戦略機構事務局長・竹村公太郎さんの「水と日本文明」という二つの基調講演と、国際日本文化研究センター教授・安田喜憲さん司会によるパネルディスカッションが開かれます。

二日目は、午前中にシンポジウム「21世紀の首都圏の水を考える」が行われます。経済産業省中小企業庁の岸本吉生さんの司会のもと、作家・歌人で日本的なオペラの創作に取り組んでいる丹治富美子さんをはじめ、哲学者の内山節さん、新日本製鉄環境部の篠上雄彦さん、人事院の中井徳太郎さん、東京農業大学教授の宮林茂幸さんといった、さまざまな方面の人が首都圏の水について語らいます。

午後には、長瀞から橋立方面への遠足も。

宗教、哲学、文学、土木技術、農学、環境など、これほど幅広い観点から首都圏の水についての話が聞ける催し物もめずらしいのではないでしょうか。

「自然と生きる環境生命文明シンポジウム」のお知らせはこちら。
http://www.jbf.ne.jp/2009/05/53031.html
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ビアテイスト飲料、第三のつくり方


キリンビールが(2009年)4月9日に発売したビアテイスト飲料「キリンフリー」の売行きが好調のようです。「生産が間にあわない状況で、店に入ってこない」(千葉県内の酒店)との声も。

特徴はアルコールを0.00%、つまり「無し」にした点。同社によるとビールテイスト飲料では世界初のこと。

これまでのビールテイスト飲料には、1%未満のアルコール分が含まれていました。その製法はおもにふたつあります。

ひとつは、「発酵法」。ビールと同じように発酵させるものの、その工程でアルコールを生み出さないようにします。発酵する力の弱い酵母を使ったり、特殊な食物繊維を入れることで発行を抑えたり。サントリーの「ファインブリュー」などはこの発酵法といいます。

もうひとつは、「蒸留法」。ビールをまずつくってから、それを蒸留することでアルコール分を取りのぞきます。高温で蒸留すると味や香りが悪くなってしまうため、低温で蒸留します。タカラの「バービカン」がこの手法で作られています。

いっぽう、キリンビールは「酵母を使用せず、発酵しない」新製法を開発し、フリーを製造したとしています。その方法は、いま特許出願中のため非公開。ホームページには「ビールの麦汁製造技術と香味調合技術を駆使した、酵母を一切使用しない新製法」で「3特許出願中」とだけあります。

酵母を使っていないということは、「蒸留法」とも「発酵法」とも異なる第三の技術なのでしょう。特許登録後の公開が待たれるところです。

気になる味のほうは「ビールに比べたら甘みが強い感じもするが、これまでのビールテイスト飲料に比べてビールに近い味」(ビール通の試飲者)。

ビアテイスター資格取得者によると、アルコール0%のビールテイスト飲料は、アルコールが入っているものよりも“味の真価”が問われるといいます。アルコールが少しでも入っていると、飲む人はやはり酔っぱらうわけで、味のごまかしが効きます。しかし、飲んでも酔わないアルコール分0%のビアテイスト飲料はそうはいきません。

人気の背景は、ビールを飲めない時間帯にビールを飲みたい人が多かったということでしょうか。全裸になって逮捕されて苦い味をなめた方も、当面はこの「キリンフリー」から再出発するのがよいのかもしれません。

キリンビール「キリンフリー」の案内はこちら。
http://www.kirin.co.jp/company/news/2009/0109e_01.html
参考文献
日本経済新聞「アルコールを『後で抜く』か、『できないようにする』か――各社、製法に工夫」
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『R25』の科学ネタが充実


前に「量子力学の難しさを示した『R25』」という記事で、無料週刊誌『R25』の量子力学の記事の説明が誤解を招くものだったと説明しました。

科学分野に疎い印象をあたえた『R25』ですが、最近の号は“科学ネタ”が充実しています。

いま配布されている最新の第235号の800字記事「ランキンレビュー」には、まず「ヒト型ロボット開発の最前線に迫った!」という記事が載っています。産業技術総合研究所が開発した“美女ロボット”「HRP-4C」のすごさを、科学ライター森山和道さんらへの取材で伝えています。

また「宇宙線から生まれる『ミューオン』ってなんだ?」という記事も。記者がミューオンを知らない立場にたって、東京大学宇宙線研究所特任教授の伊藤英男さんに取材しています。

ランキンレビューではさらに「ガラスは実は“液体”だった?『固体』と『液体』のビミョーな関係」という記事で、1927年から続く世界最長の実験の中身を紹介しています。その実験とは、道路舗装に使われる物質「ピッチ」が滴り落ちるのを観察するもので、一滴に10年前後の歳月を要するというと伝えています。

その上には「僕らの肩にのしかかる肩こりの”こり”の正体」という記事で、肩こりのしくみを明解に説明しています。

他にも「いつのまにか塗装が薄くなる『色あせ』はなぜ起こる?」という、読者がよく抱く疑問に答をあたえる記事も。

この号がたまたま科学ネタが多いのかといえば、最近の過去号の目次を見ても、「どうしてスペースシャトルは2010年に引退しちゃうの?」「ダイヤは簡単に砕ける」説その真偽のほどに迫ってみた」(第234号)「日本の海洋開発の実力とは?」「日本古来から伝わるという「伝統薬」の中身は何?」「ダシの出るしくみを科学で説明してみると…」(第233号)と、科学ネタが散りばめられています。

いまの流行や社会の疑問を追う『R25』の編集会議の綿密ぶりは、NHKの『クローズアップ現代』などでも取り上げられていたことがあります。「科学ネタも充実させましょう」という編集スタッフの声が大きくなってきたのかもしれません。

「R25」の記事の多くは、ホームページ「R25.jp」でも見ることができます。こちら。
http://r25.jp/
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科学ジャーナリスト大賞2009に北村雄一さん『ダーウィン「種の起原」を読む』


優れた科学ジャーナリストの仕事を顕彰する「科学ジャーナリスト賞」(日本科学技術ジャーナリスト会議主催)の2009年の受賞者が、きょう4月23日(木)に発表されました。

科学ジャーナリスト大賞

サイエンスライター・イラストレイター北村雄一さん
『ダーウィン「種の起源」を読む』(化学同人社)の著作に対して
受賞理由:難解といわれる『種の起源』をその後の知見を加えて読み解き、進化論に現代的な視点を与えた。ダーウィンの生誕200年、『種の起源』150年の今年に相応しい労作である。

科学ジャーナリスト賞

理化学研究所客員研究員 吉田重人さん・同チームリーダー 岡ノ谷一夫さん
『ハダカデバネズミ――女王・兵隊・ふとん係』(岩波科学ライブラリー)の著作に対して
受賞理由:奇妙な実験動物を入手し、飼育し、研究する苦闘の経過を詳しく追い、研究とは何かを鮮やかに描き出した。「研究費の社会還元」の優れた実践例の一つといえる。

信濃毎日新聞編集局文化部記者 磯部泰弘さん・吉尾杏子さん
信濃毎日新聞くらし面の連載記事「いのちを紡ぐ」に対して
受賞理由:終末期医療のはらむさまざまな問題点と死別の悲しみをどう癒すかについて患者、家族、医師や医療従事者などそれぞれの立場から丹念に取材し、鋭いなかにも温かみのある視点で社会的な課題を浮き彫りにした。

NHK放送文化研究所主任研究員 七沢潔さん
雑誌『世界』に連載された「テレビと原子力 戦後二大システムの五〇年」の記事に対して
受賞理由:テレビと原子力という二大システムが戦後の日本に導入されるまでの裏面史を追い、冷戦下の米国の戦略を検証。さらに、その後の両者の関係、とくにテレビの原子力報道の変化を分析し、事故・トラブル報道に矮小化されてきた現状を厳しく指摘した。

朝日新聞編集委員 出河雅彦さん
「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)の著作に対して
受賞理由:昨今の大きな話題となった医療事故を、病院内での事故調査、刑事・民事裁判などの過程と周辺を詳細に検証して、その実態と問題点を浮かび上がらせた。医療事故について制度改革が必要なことを示唆する力作である。

今年の受賞作品の特徴は、書籍や新聞記事といった活字媒体で占められた点があげられます。

5作品7名の方の授賞式が5月14日(木)に東京・内幸町のプレスセンターで開かれる予定です。受賞者のみなさん、おめでとうございます。
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防災を中心にすえてコミュニティ放送発信中


きょう(2009年4月)22日(水)、東京・内幸町のプレスセンターで、コミュニティ放送局「FM湘南ナパサ」社長の水嶋一耀さんが講演しました。テーマは「地域密着の防災放送」。

日本ではこれまで、出力20ワット以下のコミュニティFMは238局、開かれてきました。平塚市民に電波を届けるFMナバサは15周年を迎える“老舗”放送局のひとつです。

水嶋さんは、NHKなどの全国網のある放送局を「Lサイズ」、地方の権益放送局を「Mサイズ」、コミュニティFM局を「Sサイズ」と称します。「LとMの間は基本的に規模の違いがあるだけですが、MとSとの間には質の断絶があります」と話します。

この「質の断絶」は、番組の水準という意味もありますが、より大きな点は「LやMは報道、Sは情報提供という使命の差」といいます。とくにその差が如実に現れるのは災害時の対応。

報道機関としての放送局は災害現場で起きていることを現場以外の聴取者に伝える役割を果たします。対して、情報提供機関としてのコミュニティFMは災害現場の被災者本人に直接、知るべきことを伝える役割を果たします。

「橋が壊れました、という情報よりも、木造2階屋の家におばあさんが閉じ込められているので近所で動ける方はロープやバールを持ってきてください、といった命の情報のほうが大事」

水嶋さんがコミュニティFMで放送を続けるのは、街づくりや地域経済の振興などもありますが、防災に最も重点を置いているともいいます。日常の放送のなかでも、「避難所を一度、家族で見に行きましょう」などと呼びかける「防災一口メモ」や、「現金・カンパン・飲料水、ズックに軍手にヘルメット、いつもの薬に懐中電灯、ラジオにナパサ」といったジングルを流したりしています。

緊急地震速報にも、話が及びました。水嶋さんによれば、NHKなどで運用が開始されている緊急地震速報は、コミュニティFMでは放送してはならないことになっています。国の示す理由は「ラジオを聴いている人と聴いていない人がいるから」。カーラジオを聴いている運転者と聴いていない運転者がいるため、追突事故が起きるかもしれないという懸念材料のこと。

しかし、この問題は全国放送にもいえることであり、国がコミュニティFMでの緊急地震速報を反対する理由としては通っていません。「緊急地震速報は制度として不十分だと思う」。

信頼できる情報提供者をクラブ会員から確保したり、災害時の各種情報を「田中です、こちらの地域は3、5、1、1、2、1、3といった状況です」などとコード化して伝えるしくみを作ったり。FM湘南ナパサの取り組みは、市民への防災の働きかけとともに、局スタッフの訓練という両面で「備えあれば憂いなし」を体現しています。

FM湘南ナパサは、平塚市内に周波数78.3メガヘルツで放送中。ホームページはこちらです。
http://www.fmshonan783.co.jp/
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食べられても食べられても絶滅せず


哺乳類のナマケモノは、中南米の熱帯雨林に棲む哺乳類です。1日のうち19時間は、ほぼ何もせず木にぶら下がっているといいます。英語での名前は“sloth”。日本語と同じく「怠け者」の意味です。

話は変わって、ワシ類のなかにはオウギワシという大型の鳥類がいます。同じく南米を中心とする熱帯林に棲んでいます。

じっとしないナマケモノと、空を飛び回るオウギワシ。このふたつの動物には何の縁もなさそうですが、大きな関係があります。ナマケモノがオウギワシの主食にされているのです。つまり、食べられると食べるの関係。一説では、じつにワシの食べ物の3分の1はナマケモノだともいいます。

ナマケモノの一種で1万年前まで生きていたメガテリウムは体長が5〜6メートル、体重が3トンもあったといいます。しかし、いまを生きる怠け者たちは体長50センチメートルほど。

このくらいの大きさであれば、ワシに簡単にさらわれてしまいます。体をツメでひっかけられて、そのままワシの巣へ。待っているのはお腹をすかせたワシの子どもたち。

ナマケモノはとにかく動かない動物ですから、オウギワシにとっては格好の食材なのでしょう。しかし、これだけ動きがのろく、あっという間にワシにかっさわれてしまうナマケモノは、自然淘汰で絶滅してしまわず、いまも熱帯林の中でのどかに暮らしています。

ナマケモノの主食として知られているのは、セクロピアという毒素の強い植物です。ナマケモノには解毒酵素を出す肝臓があり、時間をかけてこのセクロピアを消化します。解毒のためのエネルギーをなるべく使わないために、ナマケモノはのんびりとしているそうです。セクロピアを食べられるのはナマケモノだけなので、この木をめぐって他の動物と争うことはありません。

ワシに食べられても食べられても、安定的な生存手法を確立しているのですね。せかせかと過ごすことだけが生きる道ではないという教訓を人間たちにも授けてくれる動物です。

参考ホームページ
辻信一「スロー・イズ・ビューティフル(ミツユビ・ナマケモノ)」(『ソトコト』2001年7月より転載)
http://www.sloth.gr.jp/library/tsuji/010705sotokoto7.html
+獣医のペット病院ウラ話!?「ナマケモノを飼う前に」
http://pet-net.sakura.ne.jp/ido/ido36.html
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住民の声から生まれた江戸川区の親水公園


東京・篠崎のしのざき文化プラザで、企画展示「緑あふれる公園へ行こう!」が開かれています。(2009年)6月21日(日)まで。

しのざき文化プラザのある江戸川区は「親水公園」が世界で初めて作られた地域です。親水公園とは、川や水路などの水辺に親しむことを目的として作られた公園のこと。1973年、江戸川6丁目に古川親水公園が第一号として誕生しました。

昭和30年代、ほかの都市と同じく、江戸川区も川や用水路がごみ捨て場になっていきました。並行して、張り巡らされていた用水路が埋め立てられることに。しかし、埋め立て計画に住民から「待った!」の声が上がりました。調査では80%の住民が埋め立て反対と答えました。

区は1971年、どぶ川を清流に戻すための親水計画を策定しました。翌1972年には「環境をよくする10年計画」を掲げ、親水公園の造成が具体化します。

そして1973年7月、古川親水公園が完成しました。開園当日、どぶ川時代には厚さ1メートルのヘドロがたまっていた小川に、子どもたちが裸になり次々に川に入って遊んだといいます。

江戸川区はかつて、全長420キロメートルにも及ぶ水路が張り巡らされ、人々は川で米研ぎや野菜洗いをしていたといいます。人口は爆発的に増え、いま区民は67万5500人。川での米研ぎはさすがに無理ですが、5つの親水公園と18の親水緑道、全長およそ27キロの水と緑の道が作られています。

暗渠になっていた水路をただ復活させるだけでなく、住民の希望や土地の記憶を読みとりながら、土地の設計をしていくことが求められています。親水公園はその一つの表現型なのでしょう。江戸川区の取り組み以降、各自治体で親水公園を作る動きが出ています。

「緑あふれる公園へ行こう!」では、親水公園の歴史や関係者の声がパネルで展示されています。入場無料です。お知らせはこちら。
http://www.city.edogawa.tokyo.jp/chiikinojoho/hotnews/h21/shinozakibp_kikakuten/index.html
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“時間帯”も抽出する缶コーヒー戦略


世の中で売られている缶コーヒーは多種多様。駅の自動販売機の前で、どれにしようかとしばらく立ち尽くしている人も見受けられます。コンビニエンスストアでも、缶コーヒーの「ついで買い」を、ついする人も。店の売上にかなり貢献しています。

清涼飲料の市場規模が3兆5000万円とされるなかで、缶コーヒーは1兆2000億円と、約4割を占めるともいいます。

どの企業も新製品を開発して、広告を出すことを繰り返しますが、商品開発に一つの効果的な手法があるといいます。それは、「“時間限定的”にするほど受けがよい」という法則です。

典型的な缶コーヒーがアサヒ飲料の「ワンダ モーニングショット」でしょう。「みんなの朝に『おはようございます』の缶コーヒー」と、朝限定であることを謳っています。

もちろん「朝限定」とはいえ、自動販売機に行けば、昼でも夜でも売っているわけです。夕方でも夜でも飲める缶コーヒーです。しかし「24時間いつでもどうぞ」とはしません。

サントリーは、休憩中に飲む缶コーヒーを意識した「自由時間」や、食事をしたあとで飲まれるのを狙った「食後の余韻」などを発売しています。また、缶コーヒーではありませんが、キリンビバレッジも「午後の紅茶」は1986年に発売し「紅茶といえば」と思われるほどのロングセラーとなっています。

飲む時間帯を絞り込んだほうが、消費者に「会社に行く前の1杯」とか「午後の仕事に向けての1杯」などと、どんな場面で飲むかの想像を植えつけやすいのでしょう。多くの種類が出ている缶コーヒーの中では、より飲む時間の設定を限定的にするほうが、目立つのかもしれません。

アサヒ飲料「ワンダ モーニングショット」の案内はこちら。
http://www.asahiinryo.co.jp/wonda/ms/index.html
サントリー「ボス」の案内はこちら。
http://www.suntory.co.jp/softdrink/boss/
参考文献
熊谷和也「缶コーヒー市場におけるテレビCM の効果とブランド選択の研究」http://infoshako.sk.tsukuba.ac.jp/~ishii/education/thesis2004/kumagaya2004.pdf
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「地球は青かった」浸透は書名の効果という説


有名人の言葉とは、後の時代になってから改められる場合もあります。ウィリアム・クラークの「少年よ、大志を抱け」は「少年よ、この老人のように、大志を抱け」だったといいます。

宇宙開発史における有名人による言葉といえば、アポロ11号で月に初めて降り立ったニール・アームストロングの「これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」。それに、初の女性宇宙飛行士となったワレンチナ・テレシコワの「私はかもめ」もよく知られています。

しかし、日本人に最も知られているのは、ユーリ・ガガーリンの「地球は青かった」でしょう。

ガガーリンは、ソ連の軍人として1961年4月12日、人類初となる宇宙飛行を行いました。1時間50分ほどで地球を1回して、無事に帰還しました。

アームストロングの「これは一人の人間には小さな一歩だが…」は、長文であることから、あらかじめ練られていたことが伺えます。また、テレシコワの「私はかもめ」は、彼女のコールサインが「かもめ」であり、職務上発した言葉だったといいます。

これらに比べると、ガガーリンの「地球は青かった」は、言葉としてもひときわ輝いて聞こえます。

しかし「地球は青かった」も、ガガーリンの口から発された言葉どおりではないといいます。

「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」
「空は非常に暗かったが、地球は薄青色だった」
「地球はみずみずしい色調にあふれて美しく、薄青色の円光にかこまれていた」

これらの表現が、ガガーリンの言葉として伝えられています。

「地球は青かった」は、とりわけ日本人のなかで広まった言葉でもあるようです。ガガーリンが活躍していたころに新聞記者だった科学ジャーナリストは、「『地球は青かった』は、そのような題名の本が出たから、そう広まったんだ」と言います。

ガガーリンが宇宙飛行をした同じ年、朝日新聞社は『地球の色は青かった 宇宙飛行士第一号の手記』という本を出版しています。これは、ガガーリンが綴った手記『宇宙への道』の翻訳書です。

また1963年には、あかね書房が『地球は青かった 宇宙への出発』という本を出しています。これも著者はガガーリンです。

言葉には改変されても忘れ去られていくものもあります。地球が何色であったかを表現したことそのものに地球再発見の価値があったため、「地球は青かった」はいまも美しい言葉として語りつがれているのでしょう。
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書評『ロザリンド・フランクリンとDNA』
現在は絶版となっていますが、復刊を望む声も聞かれます。各地の図書館などに所蔵があるかもしれません。

『ロザリンド・フランクリンとDNA ぬすまれた栄光』アン・セイヤー著 深町眞理子訳 草思社 1979年 222ページ

1962年のノーベル生理学・医学賞は、DNAの構造を発見した功績で、ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスの3人が受賞した。

もうひとり、生きていたらこの3人の誰かに代わって賞を贈られていたかもしれないと評される科学者がいる。ロザリンド・フランクリンだ。

その18年前の1958年にロザリンドは38歳の若さでこの世を去り、1962年にワトソンたちがノーベル賞を獲り、1968年にワトソンが『二重らせん』を出版している。これらの経過を経て、1975年にロザリンドの友人とされるアン・セイヤーが書いたのが本書だ。

書かれた目的は二つに集約されるだろう。一つは『二重らせん』の出版で世に植えつけられたロザリンドへの悪い印象を、亡き本人に代わって正すこと。そして、その印象を植えつけたワトソンを糾すことだ。

「言ったもの勝ち」という言葉がある。

本書『ロザリンド・フランクリンとDNA』の出版は『二重らせん』から遅れること7年。ワトソンに先手を打たれたことに対抗した“後攻め”の印象を与える。ワトソンはDNAの構造解析の研究でも、ロザリンドの書いた重要な資料をロザリンドに気付かれぬよう拝借し、いちはやく『ネイチャー』に自分たちの論文として投稿した。

いっぽう、アン・セイヤーは、論文はむしろワトソン以外の人の資料をあれこれつぎはぎしたものにすぎず、参考文献を記していないのは正当的手段をとれなかったからだとこき下ろす。

人は、ある人物に対する第一印象を第三者から与えられると、その第一印象をひきづったままその人物を見ることになるという。ワトソンにより植えつけられたロザリンドへの印象は、まさにその効果の典型かもしれない。

いまはもうあり得ないことだが、『ロザリンド・フランクリンとDNA』が『二重らせん』より先に出版されて世に広まっていれば、ロザリンドへの印象は変わっていただろう。ワトソンはロザリンドとたかだか数回の接触があったに過ぎないようだが、いっぽうのアン・セイヤーはロザリンドの長きにわたる友人だ。

『二重らせん』を読んではいるが、この『ロザリンド・フランクリンとDNA』などのロザリンド側にたった本は読んでいないという方は多いだろう。科学の世界の“暗”の部分に焦点を当てている本書を読めば、科学の世界の両面と、ロザリンドの魅力を知ることができるだろう。

『ロザリンド・フランクリンとDNA』のAmazonでの紹介ページはこちら。
http://www.amazon.co.jp/ロザリンド・フランクリンとDNA―ぬすまれた栄光-アン・セイヤー/dp/4794200986
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ホテル新幹線


新幹線などの列車のダイヤグラムが大幅に乱れて、駅に到着したとき在来線の運転が終わってしまっている場合、新幹線の乗客は家路につくことができません。

やむなく乗客は「列車ホテル」に泊まることになります。たとえば(2009年)4月10日、東海道新幹線が小田原駅での人身事故のため運行に遅れが生じ、最終ののぞみ号のぼりが東京駅に到着したのは24時50分ごろとなりました。

乗客は別のホームに入線している新幹線の車両へと移り、そこで始発列車が走る時刻までを過ごします。

“帰宅難民”となった乗客の多くは、グリーン車へと向かいます。座り心地がよいのに加えて、あまり座ることのない物珍しさも手伝っているのでしょう。

しかし、新幹線のグリーン車といえども、寝台ではありません。電灯のともる車内で、乗客はリクライニングの椅子にもたれて始発電車を待つことに。そもそも新幹線には寝台列車がありません。

深夜とあれば、キオスクもすでに営業終了。食料調達もままならず。ただし、新幹線の車内自動販売機は利用することができます。

東京駅の他のホームに寝台車や座敷列車を用意すべきだという声も当然あがります。しかし、そこには“企業の論理”が働きます。東海道新幹線はJR東海の管轄。対して東京駅の他の線はJR東日本の管轄。

東海道新幹線にダイヤの乱れがあったからといって、JR東日本が融通を利かせるわけではありません。

“企業の論理”はこんなところにも影響します。

遅れたのぞみ号の東京駅着が24時50分ぐらいであれば、まだ在来線が運行している場合があります。在来線は終電に近づくほど、ダイヤが乱れるためです。

しかし、乗客が東海道新幹線の改札係に「まだ千葉方面への電車は走っていますかね」と聞いても、係の方が参考にするのは時刻表のメモのみ。実際の運行状況がどうなっているかまでは情報がJR東日本から届けられない様子です。

4時間ほどの滞在ののち、“ホテル”の利用客は疲れた足どりで始発電車のホームへと向かいます。
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失礼な名前をつけたうえに絶滅へと導く


きょう(2009年4月15日)のNHK「ラジオあさいちばん」で、「時の話題」という時間帯に科学ジャーナリストの小出五郎さんが出演しました。今年がチャールズ・ダーウィンの生誕200年と『種の起原』出版150年にあたることもあり、進化論を紹介していました。

さまざまな動植物の名前を出す中で、小出さんは雑草「イヌノフグリ」に触れて、次のようなことを言いました。

「イヌノフグリという草もありますね。これは、名前がたいへん失礼なのですが、それを説明しているとお話の時間がなくなってしまうため、まあ脇においておきましょう」

雑草の名前が「たいへん失礼」とはどういうことでしょう。

イヌノフグリは、3月から5月ごろにかけて道ばたに桃色の花を咲かせるゴマノハグサ科の雑草です。

「イヌノフグリ」を漢字と平仮名で書くと「犬の陰嚢」となります。「ふぐり」とは、陰嚢のことだったのですね。語源は「ふくらみがあって垂れているものをフクロ・フクリといったのであろう」(『広辞苑』より)。

しかしイヌノフグリの花は、名前にふさわしくない、慎ましやかで清楚な姿をしています。

この名前がついたのは、花でなく果実が、その形に似ているからといいます。たしかに、犬の陰嚢も、イヌノフグリの果実も、土偶の顔のようなふたつの大きな“嚢”のようなものが見られます。

イヌノフグリの花ことばは何でしょう。花ことば辞典などには「信頼」のほかに「女性の誠実」と出ています。「花は女性で、果実はオス」といったところでしょうか。不釣り合いです。

なお、ゴマノハグサ科には「オオイヌノフグリ」という植物も
あります。こちらは「大犬の陰嚢」。しかし、イヌノフグリのような果実はならないのだとか。

イヌノフグリは環境省レッドデータブックで絶滅の危険が増大している「II類」にも指定されています。番組で小出さんの言っていた「名前がたいへん失礼」というのは、名前に「犬の陰嚢」などと付けたことに対して人間を代表して遺憾の意を表明していたのでしょう。絶滅の危険にさらしてしまっていることへのすまない気持ちもあったのかもしれません。

いっぽう「それを説明しているとお話の時間がなくなってしまうため」というのは、朝食どきに番組を聞いている人間への配慮と思われます。
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想像ふくらむ「人生ゲーム極辛」のマス目


玩具製造業タカラトミーの新商品「人生ゲーム極辛」が(2009年)4月23日(木)の発売前に話題になっています。

ちかごろの世のできごとを反映して「裁判員に選ばれる。$8,000もらう」や「外国の大統領効果で近所が賑わう。$2,000もらう」といったマスもあります。

こじつけもありますが、科学技術ネタのマスをいくつか見てみましょう。

今回の売りの一つである「スパイラルゾーン」へと突入。「ノーマルコース」と、ストレスカードがあると選択せざるをえない「ハードコース」のマスがらせん状に連なっています。
ゲリラ豪雨に負けない雨具を考案。$17,000をもらう。
「傘」でなく「雨具」とあるので、完全装備の合羽のようなものなのでしょう。「考案」となっていることから、特許でなく実用新案か、企業へのアイデア持ち込みが考えられます。

おなじくスパイラルゾーンでは……。
メタボ改善の為、スポーツクラブに通う。$70,000はらう。
「$70,000」とはどのくらいの額なのでしょうか。ほかのマスに「裁判員に選ばれる。$8,000もらう」とあります。日本の裁判員制度では日当が1万円で3日ほどの拘束があるので、それをもとに計算すると「$8,000=3万円」ほど。つまり、1$は3.75円。メタボ改善のためスポーツクラブに支払った額は26万2500円ほどと推定されます。そうとう不健康だったのか、ダイエットが進まなかったのか。

ほかに健康関連では……。
デトックスでストレス発散! $8,000もらう。
よかったですね。だれからもらえるのかは書いてありません。
ハグキから血が出る。$26,000はらう。
新型ウイルスで高熱。$20,000はらう。
などというのも。

銀婚式を済ませたり、ゲートボールの玉を人の車に当てて弁償したりしたあとにはこんなマスが……。
くしゃみでギックリ腰になる。治療費$8,000はらう。
くしゃみによるギックリ腰は、荷物の持ちあげギックリ腰、洗面所でギックリ腰に次ぐ危険性とも。瞬間的におなかに力が入り、椎間板ヘルニアなどを患っている方はとくに注意が必要です。

いよいよゴール直前。最後にクライマックスがふたつ待っています。
ノーベル賞を受賞する。$100,000もらう。
この「ノーベル賞」がどの分野かは論点のひとつになります。「職業カード」を見ると自然と科学に関する職業として「フラワーデザイナー」「グリーンキーパー」「動物園の飼育係」「クワガタ養殖」「医師」「薬剤師」「宇宙飛行士」があります。この中では「医師として生理学・医学賞を受賞」という確率が高そうです。ほかの職業と賞の組み合わせでは「外交官で平和賞」「外国語の言語学者で文学賞」もありえます。

そして最後のマスは……。
宇宙事業の旗揚げをする。$120,000はらう。
人生ゲームとしてはゴール直前に痛い出費ですが、人生としては華やかな晩年を迎えられた模様です。

人生ゲームはこれまでに45種類が発売され、類型で1200万個の販売数といいます。タカラトミーは「極辛」の販売目標を「初年度10万個」としています。

タカラトミーの「『人生ゲーム極辛』4月23日(木)新発売のご案内」はこちら。
http://www.takaratomy.co.jp/company/release/press/pdf/p090414.pdf
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角膜移植のミュージカル「パパからもらった宝もの」


日本における抗加齢療法の創始者の一人、慶應大学教授の坪田一男さんは、眼科医でもあります。

坪田さんは『アイバンクへの挑戦』という、角膜移植普及のための医師としての挑戦記をつくっています。それを原作としたミュージカル劇『パパからもらった宝もの』が(2009年)6月28日(日)、東京・渋谷の東京都児童会館で上演されます。出演は劇団BDPと児童劇団「大きな夢」。主催は第8回に本再生医療学会総会。

劇の舞台は、角膜移植手術のために必要な角膜が保管されている病院のアイバンク。

ドナーの角膜提供と患者の手術を結びつける「角膜コーディネーター」の研修者ミカが、まちがって緊急救命室に迷い込みます。そこで見た、交通事故犠牲者とその遺族の悲しみが、ミカの心を大きく揺さぶります。「『見える幸せ』について問い掛けるミュージカル」(お知らせより)。

催しものでは、坪田さんや、日本初の角膜移植手術を行った岩手医科大学名誉教授の今泉亀撤さん、またiPS細胞を開発した山中伸弥さんへのインタビュー、また、スチーブンス・ジョンソン症候群になり視力を失った川畠成道さんのバイオリン演奏上映などもあります。

坪田さんは、いまの角膜移植では欠かせない角膜のアイバンク登録について「ドナーとして提供するもしないも自由です。大切なことは、意思をもってそれを家族に伝えること。その意思が尊重される社会であることです。多くの人にぜひそれを知っていただければと思います。そして、移植医療について家族で話し合う機会ができればさらに嬉しく思います」と話しています。

「パパからもらった宝もの」は、2009年6月28日(日)16時から東京都児童会館にて。入場無料です。パンフレットと招待券はこちらでダウンロードできます。
http://www2.convention.co.jp/8jsrm/pdf/shimin.pdf
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ゆっくり移動でアフォーダンス探し


東京に住む詩人アーサー・ビナードさんは、都内の仕事のときには移動に自転車を使っています。その理由は「電車や自動車だと速すぎて、観察できるものもできなくなるから」。

街には自転車や徒歩だと見つけられるものが多くあります。散歩好きは、まさに道ばたの“ちょっとしたもの”を意識と無意識のはざまで探し出すのがすきなのでしょう。

意味深長な看板や貼り紙、それに昔の生活をしのばせる建物の並び方などは、散歩人が興味の対象とするところでしょう。もうひとつ“アフォーダンス探し”という散歩のしかたもおもしろいかもしれません。

アフォーダンスとは「人などのいきものに行動を起こさせる環境の意味」のことを指します。定義よりも具体例のほうが伝わりやすい言葉でしょう。

コップに取っ手がついているのは、人が持って飲み物を飲むため。ドアにノブがついているのは、人が回して部屋の出入りをするためです。

しかし、視点を変えてコップの立場になってみれば、取っ手があることは人にその部分を手で握らせる能力をもつことになります。ドアにとってみればノブがあることは、人に部屋の出入りのために回させる能力ををもつことになります。この場合、コップの取っ手は、人に持たせるという行為をまた、ドアのノブは人に回させるという行為をそれぞれ与えるアフォーダンスをもっていることになります。

取っ手やノブなどには、「人に持ってもらう」とか「人に回してもらおう」という設計者の意図が含まれていますが、もともと設計者の意図や設計者そのものがなくても「結果的にそうさせている」アフォーダンスというものも街にはいろいろとあります。

階段の踊り場で人が方向を180度かえるような場所では、手すりの上に置かれてある丸い飾りなどのペンキが剥げかけていることがあります。この飾りの設計者は、踊り場の飾りとしてその金属を配置させたのかもしれません。しかし、人が踊り場で向きを変えるときは、その金属を手で触って回るのが楽なのでしょう。みんなが飾りに触って向きを変えていきます。触られて触られて、ついにはペンキがとれてしまいました。

このような例が、「結果的にそうさせている」部類のアフォーダンスです。芝生の上にできた近道の跡とか、人が座るようになった段差などもこのようなアフォーダンスに含まれるでしょう。

アフォーダンスには、人などにすんなりとした行動をとらせるにはどうしたらよいかを考えるための重要なヒントが含まれているといいます。散歩をすると発想が多くなるということと関係しているのかもしれません。
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早稲田大学科学技術ジャーナリストプログラムが新刊発行


新刊のお知らせです。

早稲田大学の科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)が『科学技術は社会とどう共生するか』と『ジャーナリズムは社会とどう向き合うか』という本を出しました。

これまでに同プログラムで行われてきた授業や催しもの、研究などを章ごとにまとめたもの。

『科学技術は』は、科学と社会の結びつきに焦点を当てた章が並びます。

ノーベル化学賞受賞者・白川英樹さんの講演録「科学技術を社会に根付かせるために」という総論的な話を筆頭に、同プログラムの教授・西村吉雄さんの「マイクロプロセッサ事始め」や、同じく若杉なおみさんの「地球規模感染症エイズが示す現代的意味」といった、専門的な立場からの話題もあります。

『ジャーナリズムは』のほうは、報道に見られる科学技術の諸相を扱った章が並んでいます。元朝日新聞論説委員・科学部長の柴田鉄治さんは「急成長の50年、極論すれば『失敗に次ぐ失敗だった』」という主題で、初期の原子力報道の「複眼」の欠如性や、水俣病報道のマスメディアの取材不足などを振り返っています。

他に、信濃毎日新聞編集委員・飯島裕一さんの「地方紙から世界を見る」、元時事通信社編集委員・佐藤年緒さんの「『社会のなかの科学』を伝える」、元毎日新聞科学環境部長・瀬川至朗さんの「科学ジャーナリストはなぜ必要か」など、新聞社や通信社で発信しつづけてきた科学ジャーナリストが綴る章が並びます。

出版社は東京電機大学出版局。早稲田大学のプログラムの本がなぜ東京電機大学出版局から、という疑問もありそうですが、関係者によるとこの形態が、出版においては最善策だったとのことです。同出版局は「この2冊を皮切りに、今後、『科学コミュニケーション』に関する本を続けて刊行していきたいと考えております」と話しています。

『科学技術は社会とどう共生するか』はこちらでどうぞ。
http://www.amazon.co.jp/科学技術は社会とどう共生するか-科学コミュニケーション叢書-岡本-暁子/dp/4501624302/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1239479000&sr=8-1

『ジャーナリズムは科学技術とどう向き合うか』はこちらで。
http://www.amazon.co.jp/ジャーナリズムは科学技術とどう向き合うか-科学コミュニケーション叢書-小林-宏一/dp/4501624205/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1239478759&sr=8-2
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マンホールの模様を紙に写し取る


学芸の世界には「拓本をとる」という伝統的表現技法があります。木、石、銅板、石碑などに刻まれた模様や文字を、紙に写しとる手法です。

凹凸のあるものの表面の上に紙を乗せます。この紙に水を染み込ませて、写し取られるほう(木など)と写し取るほう(紙)を密着させます。その上から、「たんぽ」という綿を丸めて布で包んだものに墨を含ませて、ぽんぽんと紙を叩いていきます。「てるてる坊主」の顔の部分に墨を塗って、それで紙を上から叩いていくようなもの。

写しとられるほうの表面のうち、出っぱっている部分がたんぽの圧力で黒っぽくなるの対して、へこんでいるほうはあまり黒っぽくなりません。この黒さかげんの対比によって、紙に模様を写しとるわけです。このように紙を湿らせて模様を写し取る「湿拓」のほか、ぬらさず乾いた墨で紙をなぞって写しとる「乾拓」という方法もあります。

学芸員資格のための講座などで実習しないかぎり、拓本どりは一般の人にとってなじみの薄い表現技法かもしれません。しかし、古の技法である拓本と、現代の生活とを結びつけるもののがあるといいます。

「マンホール」です。

マンホールも、鉄に凹凸を付けてあり、様々な模様が見られます。ここに紙を置いて上からぽんぽんとたんぽを叩いていくというのです。

道路に敷かれた模様の多種多様さに気付いている人はいます。

三重県桑名市の主婦の方が、(2009年)4月4日、「東海道五十三次マンホール図柄の旅展」を地元で開いたと中日新聞が伝えています。

また、奈良県の中田芙紗さんも、マンホール拓本家として、ホームページでその作品を公開しています。こちら。
http://www.occn.zaq.ne.jp/seiundou/nakata.html

上を向いて歩く人よりも、うつむいて歩く人のほうが多いご時世。しかし、その眼差しがマンホールの模様にまで向けられているとはいえません。拓本をとるまではいかずとも、意識してうつむくだけで、マンホール模様の多種多様ぶりに気付くことができます。
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「角膜レンズフード説」と「角膜レンズ説」


人の眼のしくみとカメラのしくみは、よく類比されます。像を光で受けとることや、対象物の近さ・遠さにより焦点を調節することなど、たしかによく似ています。

しかし、インターネットなどで眼のしくみをカメラで喩えた説明を見ると、微妙に対応関係が異なるものがあることがわかります。

眼はいろいろな組織からできています。くろめの外側にある透明な「角膜」もそのひとつ。人が眼でものを見るとき、その光はまず透明な角膜を通ります。そして角膜の内側にある水晶体へ。

この角膜は、カメラのどの要素と対応関係があるのでしょうか。

一病院における手術失敗の事例があいつぎ、社会問題になっているレーシック医療。開業医のためのあるコンサルタント企業が、ホームページで次のように説明しています。
目はカメラとよく似た構造をしています。目の仕組みをカメラで例えると、レンズは「水晶体」、レンズフードは「角膜」に相当します。
「角膜はレンズフード」という説明です。レンズフードとは、カメラの前端に取り付ける覆いのこと。光の反射を抑えて、差し込んだ光が幾何学模様に写り込む「レンズフレア」という現象を防ぎます。

いっぽう、長いこと目薬の開発をしている製薬会社のホームページを見ると、角膜は次のように説明されています。
角膜は、いわゆる“くろめ”にあたる部分で、主としてコラーゲンから成る厚さ約0.5mmの透明な組織です。カメラで言えばレンズに相当する部分で、外から入ってくる光を屈折させて網膜に像が結ばれるのを助けています。
こちらは、「角膜はレンズ」という説明です。角膜を通った光が屈折するという点を重視しています。

ただ「光が屈折する」といえば、角膜の内側にある水晶体も同じことがいえます。上記のコンサルタント企業も「レンズは『水晶体』」と書いています。

角膜をレンズに見立てたこの製薬会社は、水晶体をどのように説明しているのでしょう。
水晶体はカメラの凸レンズに相当し、目に入ってくる外部の光を曲げる働きがあります。網膜に画像がキレイに表示されるよう、ピントを調節しています。
そして、次のような説明も。
ヒトの目をカメラにたとえると、角膜と水晶体はレンズの部分。
つまり、「角膜と水晶体はレンズ」としているわけです。

比喩や類比というものは、一対一対応になっていれば鮮やかですが、実際はなかなかそうならないもの。二対一対応などの妥協も必要です。

角膜は透明であり、光を通す性質であることから「角膜はレンズフード」とする説明は、筋違いの感があります。「角膜はレンズ」という製薬企業の説明に軍配があがりそうです。
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ESやiPSの前に“筋芽”と“間葉系”


人工的に細胞の数を増やしたり細胞の再生能力を高めたりして、損傷したからだの組織や臓器をよみがえらせる再生医療の研究開発が進んでいます。

再生医療では、細胞のはたらきがとても大切になります。ふつうの細胞は、皮膚とか髪とかになってしまえば、皮膚や髪のままですが、からだのなかには、特定の機能に分化したり、また増殖したりする能力をもつ細胞があります。

新聞などで話題になる、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)などの新しく開発された細胞もその種類に入ります。しかし実際は、より古くから研究されている細胞のほうが再生医療で実用化される近い位置にあります。

とくに、筋芽細胞と間葉系細胞は、再生医療への実用を考えると不可欠な細胞といえます。

筋芽細胞は、筋肉のもととなる細胞です。筋芽細胞が集まって、複数の核を含んだ細胞になったものが筋繊維です。

関節をまたぐように付いている骨格筋をつくる筋芽細胞には、心筋などを再生させる分化能があります。この筋芽細胞の能力を使って、重症の心不全患者の心臓の壊死部分を再生させる技術が研究されています。人の骨格筋の筋芽細胞を取り出して、体外で培養し増殖させ、増殖させた筋芽細胞を心臓に移植すると、その部分の心筋機能がよみがえるというもの。

筋芽細胞は、筋肉細胞以外には分化しないなどの特徴があります。

いっぽう、間葉系細胞は、筋肉のほか、歯、脂肪、軟骨などのさまざまな細胞へ分化する能力をもっています。

間葉系細胞は、おもに動物の発生初期の一段階に見られる中胚葉から派生し、からだのもろもろの器官の間の部分を満たします。

これら筋芽細胞や間葉系細胞を実際の心筋に利用するには、培養するときの安全性を高めることが求められます。また、培養で厚さを増やすなどして機能性を高めることも必要です。

ES細胞やiPS細胞が使われ始めるよりも前に、再生医療ではこの筋芽細胞や間葉系細胞が本格的に活躍することになるでしょう。

参考ホームページ
ヒューマンサイエンス振興財団「ヒト間葉系細胞」
http://www.jhsf.or.jp/bank/cell_topic001.html
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「動いているのは地球に乗っている私たち」


人類で最初に地球の周囲の長さをはかった人物は、ギリシャの博物学者エラトステネス(紀元前276ごろ-紀元前195ごろ)といわれています。

おなじ日のおなじ時刻に、違う場所で陽の光が影をつくる角度が異なるということを利用して、地球の周囲の長さを測ったといいます。

19世紀になると、今度は地球が自転していることを証明する人物が現れました。フランスの物理学者レオン・フーコーです。

1851年、フーコーはパリの天文台の広間に大きな振り子を用意しました。滑車を使って、振り子の重りをもちあげ、それを揺らします。フーコーはパリ市民にこんなことを説明しました。

「この振り子の振動の軌跡は、じょじょに時計回りに回転していくだろう。私たち観察者は、自転している地球に立っているのに対して、この振り子は地球の自転の影響を受けないからだ」

実験は成功しました。振り子は振れつづけ、その軌跡はだんだんと「| → / → ―」と移っていったのでした。

その後のパリのパンテオンでの公開実験では、鉄の重りは28キロ、全長は67メートルもある実験装置を使いました(画像)。

フーコーは慣性的な物の動きが、理想的に再現できる状況を作りたかったのです。鉄の重りが空気の摩擦の影響を受けないようにする必要がありました。
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第二の脳


NHKの「ためしてガッテン」(2009年)4月1日放送分は、「さらば!おなかの悩み」と題して、原因不明の下痢や便秘が長期間続く「過敏性腸症候群」という症状を取り上げていました。

人がストレスを受けると、脳からストレスホルモンが腸(小腸)のセンサー細胞へと伝わります。すると、センサー細胞の異常な働きによりセロトニンが大量に放出されます。セロトニンは腸で、筋肉の収縮が徐々に移行する蠕動運動を引き起こす物質です。大量放出されると、蠕動運動も不規則になり、そのために下痢などが起きこるとされます。

このしくみを、センサー、セロトニン、筋肉を人に見立てて説明していました。

この過敏性腸症候群は、脳からのストレスホルモンを腸が受けとった結果、起きるものです。脳からのホルモンを受けとってしまうが故に腸が痛くなるのであって、腸は、脳とは独立的に働くのがふつうです。

機能として独立的であり、また脳に似たはたらきやしくみをしていることから、腸は“第二の脳”とよばれています。

腸は、様々な物質を受けつけています。酒が入ればアルコールを、みそ汁が入ればアミノ酸を受け入れます。また、胃から送られてくる胃酸も受け入れますし、たまには有害な物質をカラダを受け入れてしまうこともあります。

これらの入ってくるものに対して、腸には感知器としての受容体が
あり、さまざまな物質の化学的情報を判断しています。

また、脳と同じような細胞を腸は多くもっています。神経細胞といえば、もっぱら脳や脊髄に張りめぐらされているものと思いがち。

しかし、腸には「神経の網タイツをはいている」という比喩があるほど、神経細胞が張りめぐらされています。その数は、脊髄全体での神経細胞の数を上回るといいます。

参考文献
藤田恒夫『腸は考える』
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死語化する「啓蒙」(2)


「科学コミュニケーション」とよばれるものには、おもにふたつの型があるといいます。

ひとつは「欠如型」とよばれるもの。「市民には科学に対する知識が欠如しているから、科学者や伝え手がその穴埋めをする」という考え方です。これは、市民を「啓蒙する」といった考え方に近いものです。

もうひとつは「対話型」とよばれます。「市民と科学者は対等であり立場が異なるだけだから、その両者に橋をかける」という考えです。市民側と科学者側が対話することを基本にしています。

科学コミュニケーション研究の世界でよくいわれるのは「欠如型は古い時代の考え方であり、いまの時代は対話型を重視すべきだ」というものです。

しかし、“ビジネス”という見方でこの二つの型を比べれば、好機があるのは「欠如型」といえそうです。その理由はいろいろとあります。

まず、「欠如型」のほうが構造が単純だという点があります。「知らない」ことを抱えている人がいるので、その人に知識を注入する。基本構造はこれだけです。

いっぽう「対話型」では、「知らない」ことを抱えている人が複数いることになります。市民は研究者のもつ科学知識を知りませんし、研究者側は市民の気持ちを知りません。

また、なにより、「欠如型」のほうが「対話型」よりも、まだまだ需要が多いという理由があります。科学の知識を身につけたいという市民の数はけっこういますが、科学者や科学政策を司る行政と対話をしたいという市民の数は多くありません。

需要がなければ、需要を創出するのもビジネスなのかもしれません。しかし、これまで100年以上続いてきた欠如型に、市民も科学者も伝えても慣れきっているのが現状ではないでしょうか。

『産廃コネクション』などの著書を出す、千葉県職員の石渡正佳さんは「差のあるところにビジネスチャンスは生まれる」と話しています。かたや科学知識のある科学者側、かたや科学知識のない市民側。この差があるかぎり、科学知識を伝えるというビジネスは続くことでしょう。

科学者側が市民スタンスを理解するという需要も今後は増えてくるかもしれません。科学研究にも社会の後押しが必要になってきたからです。しかし、市民の人口に比べて科学者の人口は少ないこと、市民スタンスのほうが科学知識よりも理解するうえでは簡単(に思える)なこと、科学者が市民スタンスを理解すべきと言われてまだ年月が浅いことなどから、その需要はまだあまり大きいとはいえません。つまり、ビジネスになりにくいのです。

「啓蒙」や「啓蒙書」は、言葉としてはだんだんと死語になりつつあります。しかし「啓蒙」から抜け出さないほうがビジネスとしては儲かる、あるいは「啓蒙」から抜け出した型でのビジネスがまだ見えてこない、というのがその実のようです。「言葉は消えても実態はあり」という状況は続くことでしょう。了。
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死語化する「啓蒙」(1)


「啓蒙」という言葉には、「暗い状態を開く」という意味が含まれます。「見えていない状況にある人の眼を見開かせる」といった語感があります。

この「啓蒙」という言葉は、一昔前にくらべるとあまり聞かなくなりました。徐々に死語になってきているのかもしれません。

「暗い状態」を示す「蒙」という字を使っていることから、“上から目線”の言葉であるとして使用を控えようとする団体もあるといいます。文部科学省系の法人では、文書に「啓蒙」を使う代わりに「啓発」を使うようにしているといいます。「啓発」とは「知識をひらきおこし理解を深めること」。

本好きの人にとっては「啓蒙書」という言葉はなじみあるところかもしれません。とくに「科学技術」は、市民にとって難解な話が多いため、それを解き明かすための啓蒙書が多い分野かもしれません。

講談社ブルーバックスの『記憶力を強くする』や『進化しすぎた脳』などを著している脳研究者の池谷裕二さんは「そもそも科学は啓蒙すべきものか」という主題に対して賛成派と反対派の立場の意見を次のようにまとめています。
賛成派
▼ 最先端の科学を一般にもわかるように説明することは良いことである。
▼ 特に理系離れが進んでいる今こそ、科学の面白み・醍醐味を大いに啓蒙すべきである。日本の将来のためにも。

反対派
▼ 科学とは難解なもの(もし簡単なものだったら専門家は必要ない)。それを一般向けに平易にかみ砕く行為は、真実の歪曲に相当する。それでは正しく科学を伝えたことにはならない。嘘を並べるだけで啓蒙などとはおこがましい。
池谷さんは「研究者が啓蒙書を書くこと」の意義について述べています。この池谷さんの賛否両論の紹介には含まれていませんが、反対派には「上から目線はけしからん」という意見もあるようです。

視点を変えて“ビジネス”という点からすれば、「啓蒙」は「蒙」という言葉を使うべきかどうかは別として、必要不可欠な概念といえそうです。つづく。

参考ホームページ
Gaya's homepage「『研究者が一般向けの科学書を著すこと』に対する賛否諸々」
http://gaya.jp/media/what_is_science.htm
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再生医療に求められる「銀行」


人や動物の体のどこかが傷ついて働かなくなってしまったとき、移植手術がほどこされることがあります。

生体肝移植のように、切りとった臓器の細胞がまた増えていく自然の力を利用した方法や、脳死者からの膵臓移植のように、臓器をまるごと提供者から患者へと移植する方法などがあります。

これから本格的になってくるのは、再生医療による移植手術でしょう。

人の体には、自己増殖する能力と特定の機能をもつ細胞に分化する能力をあわせもつ「幹細胞」があります。この幹細胞を人の体から取り出して、体の外で増やすなどの処置をほどこして、患者の体に取り入れます。手術が成功すれば、患者の体の内で幹細胞が増殖・分化することにより、失われていた体の機能が回復します。

近い将来ではないかもしれませんが、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った移植手術が行われる時代も来ることでしょう。

脳死者からの臓器提供にしろ、将来のiPS細胞からの臓器作製にしろ、どの移植手術でも、臓器や細胞を提供する人が「自分」なのか「他人」なのかは手術の重要な点になります。手術の危険性や利点などの特徴が大きく違ってくるからです。

患者本人の体から細胞を取り出して処理をほどこし、再び自分の体に入れて機能を回復させる移植を「自家移植」といいます。いっぽう、他人の体から取り出した細胞を患者の体に入れる移植は「他家移植」といいます。

自家移植の利点としてあげられるのは、拒絶反応が起きないということ。他人の臓器や細胞が患者の細胞に使われる場合、患者の体にとってその臓器や細胞は「よそもの」なわけで、排除しようと免疫が働いてしまいます。拒絶反応が重いと、移植手術後もむくみや発熱などの副作用に苦しめられます。自家移植であればその心配がありません。

他家移植の利点もあります。大きな点は、緊急手術にも対応できるということ。患者が交通事故などのけがで体のどこかを損傷したとき、すぐに手術をしなければ回復しづらくなる場合があります。脊髄損傷などはその最たる例です。

緊急手術の場合、患者自身の臓器や細胞をまず取り出して処置をして、それから患者に再び取り込むのでは、時間が掛かりすぎます。体の働きを取り戻せないどころか、死に至ることにもなりかねません。

他家手術を前提として、あらかじめ「臓器バンク」や「細胞バンク」をつくっておけば、医者はそのバンクから患者の体質に合った細胞を選んで患者に移植することができるわけです。

実際いまの医療では、死者が生前の医師によって眼の角膜を提供するアイバンクや、骨髄バンクや、また献血制度があるおかげで、助かっている患者がいます。

今後、ES細胞やiPS細胞が再生医療に使われる時代には、細胞バンクの存在の重要性がさらに増してくるでしょう。研究者や国のあいだでその重要性が指摘されているものの、まだ具体的な計画があるわけではありません。

制度や計画を準備しておくことも、先端医学を実用化するための一つの要素といえます。
| - | 23:59 | comments(0) | -
科学ジャーナリスト塾発のラジオ番組、公開中。


(2009年)3月まで行われた科学ジャーナリスト塾の第7期では、授業としてラジオ番組づくりの演習が行われました。

その番組が、ポッドキャストで配信されて一般公開されています。ポッドキャスト対応の音声ブログサービス「ケロログ」でもWeeklyピックアップとして紹介されました。

ラジオ番組づくりに取り組み、ネット上に発表している方と番組名は以下のとおり。

井川知子さんは、「絶対音感の世界へようこそ」で、絶対音感の基本的なしくみや魅力を専門家たちに取材しています。後半では、絶対音感に対する相対音感の進化における必要性についても触れています。

谷浩路さんは、「シリーズ・歯(1)菌がいっぱい」という番組をつくりました。歯科医に取材して、口の中にある菌がいかに膨大な量かを喩え話を使って紹介しています。

江川晋子さんは、「海図―海の地図って面白い!」を発表。航海などで活用される海図を、地図との違いなどから紹介。海図に詳しい日本水路協会の職員に取材をしています。

樋口和憲さんは、「自然は理科離れの特効薬!?」で、子どもたち理科離れ解決のヒントを求めて、東京都の奥多摩で「子どものびのびキャンプ」を実施しているアースマンシップ自然環境教育センターの代表に取材しています。

田村真紀夫さんは、「見えないけど有る? 暗黒物質」を発表。『見えない宇宙』の著者で宇宙物理学者の柳下貢崇さんに暗黒物質の存在が提唱されるまでの経緯を取材しています。

松尾友香さんは、「血液型学のススメ」を発表。書籍などでベストセラーにもなっている「血液型」について、占いとは別の視点を紹介。「血液型性格診断」に対して一石を投じています。

伊藤智之さんは、「絵本カフェのふしぎな世界」をつくりました。東京・銀座にある、絵本を読みながらお茶が楽しめる「絵本カフェ」を取材。利用客は親子づれだけではないようです。

番組づくりの講師は、科学ジャーナリストの小出五郎さんと藤田貢崇さん。どの番組も、音のみの媒体だけあって、想像をかき立てられるものとなりました。

科学ジャーナリスト塾第7期がつくったラジオ番組は、以下のホームページで聴くことができます。
http://www.voiceblog.jp/sci-journalism/
| - | 23:59 | comments(0) | -
タイミングを司る大脳と小脳


運動能力があるかないかは、瞬発力や持久力などのいろいろな要素によって決められます。その要素のひとつとして挙げられるのが「タイミング動作」です。

「タイミングが合う、合わない」とはよく言われます。「タイミング」とはそもそも「適当な時を見はからうこと」。

このタイミングに合わせて体を動かすことを「タイミング動作」といいます。タイミング動作では、ある情報を得てから体を動かすまでの時間を計ることが必要になります。

タイミング動作は、「素早い反応」と「時間をおいてからの反応」の二つに分けることができます。

素早い反応とは、陸上の短距離選手や水泳の競泳選手が「レディ・ゴー」の音を聞いてからいかに間をおかずに体を動かすかといったもの。

いっぽう、時間をおいてからの反応は、体を動かす準備をしてから数秒後に、実際に体を動かし始めるようなもの。スキーのジャンプなどはその例です。選手は、斜面を下りていき、数秒後、時速90キロメートルの速度でタイミングを合わせてジャンプをします。

時間をおいてから反応する種類のタイミング動作では、人の素早く動く能力よりも、時間を計る能力のほうがより重要になります。

視覚を司る視覚野や、言語を司る言語野などが脳にはあることが知られています。しかし、タイミングを司る具体的な“時間野”までは見つかっていません。

しかし、時間を計る能力と関係している脳の部位は特定されてきています。

ひとつは大脳の前頭前野とよばれる、おでこに近いあたりの脳の部位です。この前頭前野に損傷がある患者は、長い時間間隔の認知に障害がある場合が多いようです。

また、盆の窪に近い小脳にも、タイミング制御と関係する部位があると報告されています。

音によるランダムな刺激を被験者に与えて、それに対して指で反応させるという実験では、小脳後葉外側部という部位の左右両側に活動が見られることが、機能的磁気共鳴画像(fMRI)により明らかになりました。

タイミング動作は、運動選手のみならず、ふつうの生活を送る人にとっても重要な能力といえそうです。部長が機嫌よさそうに電話をしおえたと同時に懸案の書類を提出するとか、話がふと途切れたときに「では、そろそろ私はお暇させていただきます」と切り出すとか。その瞬間も、大脳と小脳は一生懸命はたらいているのですね。

参考文献
柳原大「タイミング動作のトレーニング」『体育の時間』2005年第6号
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