2008.10.31 Friday
アイヒマンの法則 「絶対に続けていただきます」――法則 古今東西(3)
映画にはたまに主人公が電流ぜめの拷問にかけられる場面があります。主人公を横目に、冷酷な長官と臆病な部下のあいだでこんな会話が。
長官「まだあいつは白状しないのか」
部下「へ、へぇ」
長官「よし、電流を最大級にしろ」
部下「し、しかし、長官。これ以上やったら、あいつは死んじまいますぜ」
長官「構わん、続けるんだ。やれ!」
部下「ひ、ひー」(震える手)
よくある映画では、部下が電流を最大級にする直前で、主人公に助けが来るなどして、窮地を脱することが多いようです。
しかし現実の世界では「やれ!」と言われたらやってしまう人はかなりいるようです。
米国の心理学者スタンリー・ミルグラムは、1961年、「上役に電流ぜめを指示された人は、どこまで従ってしまうか」を試すという実験をしました。
被験者はもう一人の“役者”と対になります。被験者と役者は別の部屋に入ります。役者は簡単な4択問題に答えます。まちがった場合、被験者は向こうにいる役者にたいして15ボルトの電流をあたえなければなりません。4択問題は続き、役者が2問まちがえると、被験者が役者に課す電流は30ボルト、3問まちがえると45ボルトに。
被験者はあらかじめ、電流ぜめがどのようなものかを45ボルトで体験させられています。
さらに問題は続き、役者はまちがえていきます。60ボルト、75ボルト、90ボルト、105ボルト。電流があがるごとに、役者の部屋では「うわー」「ひー」「ぎゃー」と、痛みの声がひどくなっていきます。
しかし役者は役者。じつは、問題をまちがえても電流は彼の体を流れず、録音されていた「痛みの声」が部屋から流されるだけでした。
だまされていることを知らない被験者。さらに問題は続き、役者は4択問題をまちがえていきますいきます。120ボルト、135ボルト、150ボルト。
被験者はさまざまな経歴をもった男性40人。なかには「相手がかわいそうだからもうやめましょう」と実験者に中止を訴える人もでてきました。しかし実験者はこう答えます。「続けてください」。
じつは、被験者が実験の中止を求めたときの対処法も決められていました。1回目は「続けてください」。2回目は「この実験を進めるためには、あなたに続けていただかなくてはなりません」。3回目は「あなたが実験を続けることが、絶対に必要なのです」。4回目は「あなたに選択肢はありません、絶対に続けていただきます」。
被験者が5回目の実験中止嘆願をするか、電流の最大値450ボルトを3回流したところで、実験は終了です。
被験者は40人。5回目の実験中止嘆願と450ボルト3回到達の率はどうなったでしょうか。ミルグラムはあらかじめイェール大学の学生14人に予想調査をしていました。その結果は、14人の平均で「450ボルト3回到達までたどりつく被験者は1.2%」となりました。
しかし実際はこの予想からは大きく外れました。被験者40人中、450ボルト3回まで到達した人は25人にもなったのです。
この実験から心理学では「どんな善良な人間も、 閉ざされた環境の中で権威を持つ人の命令があればどこまでも残虐になる」という法則が、導き出されているといいます。
実験をした人物はミルグラムですが、この実験や法則には「アイヒマン」の名前がつけられています。アドルフ・アイヒマンはナチス・ドイツの親衛隊中佐。ユダヤ人大量虐殺の実行者でした。ドイツ敗戦後、1960年にイスラエルの首都エルサレムで行われた裁判でアイヒマンは、ユダヤ人虐殺を「上官の命令に従っただけ」と証言したのでした(画像は裁判の模様)。
この証言が本当かどうかを実験で解明しようとしたのがミルグラムでした。実験のかぎりでは、アイヒマンの「命令に従っただけ」という証言は、かなりの信憑性があったといえます。ミルグラムの実験結果が『異常・社会心理学誌』に発表される1963年の前年、アイヒマンは処刑されました。毒ガスでも電流ぜめもなく、絞首刑です。
治る.com「ミルグラムのアイヒマン実験」
http://www.naoru.com/ijime.htm
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