2008.02.29 Friday
法廷の科学は真実を語るか(3)
法廷の科学は真実を語るか(1)
法廷の科学は真実を語るか(2)
1994年6月17日午前0時ごろ、ロサンゼルス近郊ブレントウッドで、血まみれとなった一体の死体を地元の住民のアンディが発見しました。
被害者はニコール・ブラウン35歳。高級住宅地にたたずむ屋敷のなかで、黒いカクテルドレスを身にまとい、そして血の海に溺れていたといいます。血の跡は、屋敷の中から外へと続いています。
アンディからの通報を受け、ほどなくしてロス市警が現場に到着します。捜査官は、屋敷のほど近くの鉄柵にもたれかかった、もう一人の遺体を確認しました。後に、この男性は元男性モデルのロナルド・ゴールドマン25歳であることがわかります。
ニコールは一度の離婚を経験したあと、ロナルドと非常に親密な仲になっていたといわれています。事件前夜もニコールはロナルドが勤めていた食堂に電話をかけ、「お母さんが食堂にメガネを忘れてきたの」と告げていました。いまや死体となったロナルドのすぐ近くに、そのニコールの母の忘れ物は置かれてありました。
ニコールが事件に遭う2年前に、家庭内暴力が理由で離婚をした相手こそが、オレンサル・ジェームズ・シンプソン当時46歳でした。OJシンプソンの愛称で通っていた元アメリカンフットボールの名選手です。1969年、全米フットボールリーグのバッファロー・ビルズに入団。その後、1973年には1シーズンに2000ヤード以上を獲得した初めての選手として、最優秀選手にも輝いています。
ロス市警は、ニコールの屋敷からほど近くにある元夫シンプソンの邸宅に車を走らせます。しかし、シンプソンは死体発見時刻直前の深夜、飛行機でシカゴへ飛びたっていたのです。このときロス市警のバナター捜査官とファーマン捜査官は、OJシンプソンが犯人であると確信していたといいます。
深夜便の飛行機でシカゴにいたシンプソンは、13日朝ホテルでロス市警から電話を受けます。「前妻のニコールさんが殺された。シンプソン、あなたに事情を聞きたいので、ロスに引き返してほしいんだ」
シンプソンがロサンゼルスの飛行場に下りると、待っていたのは手錠でした。すぐに顧問弁護士ハワード・ワイズマンの抗議により手錠はとかれます。動揺するそぶりを見せず、シンプソンは警察署でその後も冷静に事情聴取を受け、一度は釈放されます。
しかしその後、ロス市警はニコールとロナルドを殺した疑いによる逮捕状をとり、あらためてOJシンプソンに出頭を求めます。顧問弁護士とのあらかじめの折衝で、17日の昼まえにシンプソンが警察署に来るよう手はずを整えていました。
ところが時刻になってもシンプソンは警察署に姿を見せません。
夕方になりロス市警は、友人が運転する車に同乗して高速道路を“逃走”するシンプソンの姿を確認します。逃げる1台の車と追う数十台のパトロールカー、さらにそれを追う放送局のヘリコプター。“逃走劇”は全米に生中継され、全米中のピザの出前注文数が激増したといいます。
逃走行為により逮捕されたシンプソンは、その後、あらためて殺人容疑で逮捕されます。
不快感をあらわにするOJシンプソン。犯人はシンプソンであると確信するロス市警。この対決は、その後、弁護士団対検察官という構図にかわっていくのでした。つづく。
法廷の科学は真実を語るか(2)
1994年6月17日午前0時ごろ、ロサンゼルス近郊ブレントウッドで、血まみれとなった一体の死体を地元の住民のアンディが発見しました。
被害者はニコール・ブラウン35歳。高級住宅地にたたずむ屋敷のなかで、黒いカクテルドレスを身にまとい、そして血の海に溺れていたといいます。血の跡は、屋敷の中から外へと続いています。
アンディからの通報を受け、ほどなくしてロス市警が現場に到着します。捜査官は、屋敷のほど近くの鉄柵にもたれかかった、もう一人の遺体を確認しました。後に、この男性は元男性モデルのロナルド・ゴールドマン25歳であることがわかります。
ニコールは一度の離婚を経験したあと、ロナルドと非常に親密な仲になっていたといわれています。事件前夜もニコールはロナルドが勤めていた食堂に電話をかけ、「お母さんが食堂にメガネを忘れてきたの」と告げていました。いまや死体となったロナルドのすぐ近くに、そのニコールの母の忘れ物は置かれてありました。
ニコールが事件に遭う2年前に、家庭内暴力が理由で離婚をした相手こそが、オレンサル・ジェームズ・シンプソン当時46歳でした。OJシンプソンの愛称で通っていた元アメリカンフットボールの名選手です。1969年、全米フットボールリーグのバッファロー・ビルズに入団。その後、1973年には1シーズンに2000ヤード以上を獲得した初めての選手として、最優秀選手にも輝いています。
ロス市警は、ニコールの屋敷からほど近くにある元夫シンプソンの邸宅に車を走らせます。しかし、シンプソンは死体発見時刻直前の深夜、飛行機でシカゴへ飛びたっていたのです。このときロス市警のバナター捜査官とファーマン捜査官は、OJシンプソンが犯人であると確信していたといいます。
深夜便の飛行機でシカゴにいたシンプソンは、13日朝ホテルでロス市警から電話を受けます。「前妻のニコールさんが殺された。シンプソン、あなたに事情を聞きたいので、ロスに引き返してほしいんだ」
シンプソンがロサンゼルスの飛行場に下りると、待っていたのは手錠でした。すぐに顧問弁護士ハワード・ワイズマンの抗議により手錠はとかれます。動揺するそぶりを見せず、シンプソンは警察署でその後も冷静に事情聴取を受け、一度は釈放されます。
しかしその後、ロス市警はニコールとロナルドを殺した疑いによる逮捕状をとり、あらためてOJシンプソンに出頭を求めます。顧問弁護士とのあらかじめの折衝で、17日の昼まえにシンプソンが警察署に来るよう手はずを整えていました。
ところが時刻になってもシンプソンは警察署に姿を見せません。
夕方になりロス市警は、友人が運転する車に同乗して高速道路を“逃走”するシンプソンの姿を確認します。逃げる1台の車と追う数十台のパトロールカー、さらにそれを追う放送局のヘリコプター。“逃走劇”は全米に生中継され、全米中のピザの出前注文数が激増したといいます。
逃走行為により逮捕されたシンプソンは、その後、あらためて殺人容疑で逮捕されます。
不快感をあらわにするOJシンプソン。犯人はシンプソンであると確信するロス市警。この対決は、その後、弁護士団対検察官という構図にかわっていくのでした。つづく。
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