2007.10.31 Wednesday
『非線形科学』を振り返る。
日経BPオンラインに新書『非線形科学』(蔵本由紀著)の書評を寄せました。
脱稿までにかなりの時間がかかりました。その理由は…。
「やはり新聞には向かないかなあ。さんざん悩んだあげく思いきって取り上げることにした」(毎日新聞で評した中村桂子さん)
「この分野に馴染みのない読者には少し歯応えあるかも」(アマゾン読者レビュアー)
「この本の内容、(新書としては)決して易しくはない」(書評ブロガー)
いろいろな書評からもわかるかもしれません。かんたんにいえば難しい本で、非線形科学の概念や具体例の説明がたいへんだったからです。
非線形科学は単純な方程式では扱えないような現象が対象の物理学。複雑なことがらをなるべくかんたんな式で表す原則があります。なので非線形科学の過程は単純化へ向かいます。しかし、もともと複雑な現象に目を向けている点と、単純化の過程を説明することが難しいという点から、やはり本の記述は難しいものでした。
でも非線形科学の大家である著者の塚本由紀さんは、普通なら手の届かぬところにある科学分野を、新書で読める水準に落とし込んでいます。日常語を使って複雑な科学を表現する挑戦は、成功したといってよいのでは。
身近に非線形科学が扱われている例を見ると、すこしほっとします。例を一つ。
当ブログも含まれるインターネットのネットワーク構造。「スケールフリー・ネットワーク」という非線形科学の一概念により、構造を普遍化できるといいます。
たとえば人がウェブサイトに新しくリンクを貼る場合、リンク先はすでに多数のリンクをもつサイトになる場合が多いですね。これを、優先的選択というルールにして、このルールをネットワークの点と点が結ばれていく過程に課します。すると、多数のリンクをもつ少数のハブ的サイトと、少数のリンクしかもたない多数のサイトが存在するという、ネットワーク構造の特徴をモデルにすることができます。この構造は、スケールによって特徴をもたないのが特徴で「スケール・フリーネットワーク」とよばれています。
この話の周辺には、寸法を拡大しても縮小しても形が変わらない「フラクタル(自己相似性)」という概念が書かれてあります。
さて、著者の塚本さんは『非線形科学』を書きながらも、所属先だった京都大学の最終講義では、非線形科学が表沙汰で扱われる時代の終焉をほのめかしています。
今の時代、あるいはこれから、非線形という形でひとくくりのアイデンティティを持った分野、そういうものとして非線形を分ける時代は、もう終わっているのではないかと思います。非線形科学の中で出された色々なアイデアは、それぞれの個別科学の中にもぐりこんでしまい、そこでもちろん非常に意味を持っているわけですが、非線形というひとくくりでアイデンティファイできる分野はもはや消えかかっているのではないか。(2004年3月12日 京都大学での最終講義録)塚本さんにとって『非線形科学』の執筆は、みずからの研究の集大成だったのかもしれません。そして、その集大成を広く一般の人に手にとってほしいために、あえて新書に執筆するという試みをしたのでしょう。
小難しい本を読みこなすのが好きな趣味・性格の方にとっては千載一遇の機会。また、自然界の形状やリズムが、どのような理論で説明つくか、根源的な物の理を知りたいという方も、挑戦してみる価値あり。
『非線形科学』はこちらで。
http://www.amazon.co.jp/非線形科学-集英社新書-408G-蔵本-由紀/dp/4087204081/ref=sr_1_1/250-3461571-9880240?ie=UTF8&s=books&qid=1193849301&sr=1-1
寄稿した日経ビジネスオンラインの書評はこちら。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071026/138720/
参考ホームページ
http://www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/nonlinear/kuramoto-finallecture.pdf
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