格差も東国原人気もふくめ、“地方”に目が行く時代。それを反映してか、今年の科学ジャーナリスト賞でも地方から発信しているふたりの方が受賞をしました。
新潟大学名誉教授の藤田恒夫さんには、ユニークな雑誌『ミクロスコピア』を新潟から発信を続けている功績に対して、賞が贈られました。どのような雑誌なのかというと…。
「“風変わりな雑誌”の編集代表をしています。解剖学者は日々、顕微鏡で不思議や美しさを賛嘆しています。この世界を一般の人たちにも見てもらいたいと思い、雑誌をつくっています」
「創刊のきっかけは、論文とは何とつまらないものかと感じたことです。論文はなかなか理解しづらい、無味乾燥な文章です。そこから理解や興味をよびおこすことは難しい」
「研究者が細胞を見つけて喜び踊ったり、細胞を見つけられなくて落胆したり、といった気持ちを、母国語でみんながわかり合えたらどんなに楽しいだろう、と思ったのです。国際的な英文雑誌を創刊するよりも意味があることではと思い日本語の『ミクロスコピア』を作りました」
「学問の世界とは不思議なもので、トイレでとなりに立った研究者の業績がわからないくらいです。でも『ミクロスコピア』に書くとそれがすっかりわかるようになります(笑い)」
「創刊10周年のとき、朝日新聞の記者が『この雑誌に執筆すると、研究者として出世する』ということを記事にしてくれました。それは本当(笑い)。寄稿をしてから教授になった人は数多くいます。先生たちこの雑誌に執筆することにはじめは抵抗もあるようですが、結局は喜んでくれます」
「顕微鏡写真の色合いなどを希望どおりに印刷してくれる地元の印刷屋、一生懸命に雑誌を売ってくれる地元の本屋など、新潟のみなさんに支えられてきました。“地方の時代”を感じています」
信濃毎日新聞文化部記者の山口裕之さんには、地域の医療支援団体の活動を通じてチェルノブイリ原発事故を追跡した報道の取材班の代表として、賞が贈られました。
「このようなあいさつは結婚式以来。出番がまわってくるまでどんな気持ちだったかわかっていただけると思います(笑い)」
「信濃毎日新聞は、“信州発”のチェルノブイリ報道を1991年から展開しています。遠くの地で起きた原発事故について地方紙が取り組んできたことを評価していただいたと思っています」
「私がチェルノブイリ原発に関わったきっかけは、初任地の松本市にあるチェルノブイリ連帯基金を取材したことでした。この団体は被災地ベラルーシへ共和国の医療支援を続けています」
「ベラルーシはウクライナの北にあり、国土が日本の半分ほど。人口は約1000万人。広範囲が汚染され、事故後に管理や移住が必要となった面積は国土の4分の1にもなりました」
「97年に医療支援の取材で現地へわたり、その後、私は休職をして1年間ベラルーシに滞在。仕事に行き詰まっていたこと、大学のときにロシア語を勉強していたことなどがあり、勉強しながら現地の姿を見るのという道を選んだのです」
「ロシアには、こんな小咄があります。椅子に座ろうとすると釘が。ロシア人は拳で叩きつぶす。ウクライナ人は“やっとこ”で釘を抜き、ポケットにしまう。ベラルーシ人はおしりに釘が刺さっているのに気づいても、もじもじしながら座ってしまう…。ベラルーシ人は穏やかな人たちでした」
「滞在した汚染地域は、さびれた街でした。独裁政権下で産業も振るいません。親しくなった友に聞くと、放射能への不安を抱えているようです。国外からの医療支援に信頼をしていて、放射能汚染の問題を解決してほしいと言ってしました」
「国際原子力機関が発表した事故の報告書は楽観的なものでした。私が目にしてきた住民たちは“放射能恐怖症”という名のもので見捨てられてしまうでしょう。定線量の放射線が体にあたえる影響や、世代を超えた放射線の影響はまだわかりません。住民にとっての割り切れない思いは続いていくことでしょう。科学の名の下に、事実に蓋をしてしまうのは傲慢だろうという思いです」
「取材をしてきて、心に残った言葉を紹介します。京都大学原子力研究所の今中さんは、『チェルノブイリの災厄を科学で説明できる面は限られている』と言います。健康被害以外にも、職や生活手段を失った数百万の人たちを忘れては、全体像は見えてきません」
「名古屋から医療支援をしている松浦さんは『一人ひとりができることは限られている。湖面に波紋を広げるように、自分の行動がほかの人の刺激となり、多くの人が動いて医療協力につながればいい』と」
「地方紙の連載で訴えることができる力は小さいもの。でも、連載をしてきたせいで、活動がまとまり、みなさんに取材をする時間ももらうことができました。私たちの連載が読者の心に何かを残し、それが行動に結びついていけば記者冥利につきます」
『ミクロスコピア』のホームページはこちら。
http://www6.ocn.ne.jp/~micros/
信濃毎日新聞のホームページはこちら。
http://info.shinmai.co.jp/