小泉政府の教育特区の試みが、広がりを見せています。地域限定的に公立小学校で英語の授業などをしていたものを全国にも広げていく提案をするそうです。
教育特区の試みの中で、一風変わったものを見つけました。尼崎市の「計算特区」です。ここでの「計算」とは「そろばん」のこと。市内の小学校に「そろばん」の授業を取り入れましょう、というもの。
尼崎市はそろばんの授業の意義として「安易に機器に依存せず、本来人間が持ちうる能力を活動の基礎とできるような教育の充実が必要」と謳い、また、そろばんの効果として「右脳の発達につながる」や「定量的作業の繰り返しによる持久力の向上」などを挙げました。
「持久力の向上」は、別にそろばんでなくても、座禅特区とか、マラソン特区とかでも身につくでしょう。ここで注目するのは「右脳の発達」です。そろばんと右脳の発達。どんな関係があるんでしょ?
以前編集した本で、“暗算の天才”への取材を著者にしてもらったことがあります。その天才は19桁の足し算をものの3秒くらいでやってしまうという才能の持ち主。それで、彼女の脳内を調べてみると、暗算中に、ふつうの人とちがって右脳が活発に活動していることがわかりました。
じつはこの天才、暗算をする以前はそろばんを使った計算の特訓を父親のススメでしていました。
娘のそろばんの上達振りを見た父親はある日、この子はそろばん無しでも計算ができるんじゃと気付き、試しにさせてみたところ、これが案の定。そろばんなしの暗算でぐんぐん計算問題を解いていきました。
彼女の話によれば、暗算中、彼女の頭の中には、もう一つの“イメージとしてのそろばん”が存在しているそうです。これを“脳内そろばん”とよびましょう。
彼女が計算をするときは、“脳内そろばん”を“脳内の画面”のなかで使います。右脳はイメージを司る領域。そのため、“脳内そろばん”をはじくたびに、彼女の右脳は活性化されていたのです。
こうした“脳内そろばん”は、じつは多くの暗算の達人ももっているそうです。けれども他の達人とちがって天才の彼女がすごいのは、その“脳内そろばん”のイメージを拡大したり縮小したりできること。
たとえば、パソコンで絵を見るとき、画面に入りきらないと上下左右にスクロールさせる必要がありますね。並みの暗算達人は“脳内そろばん”が拡大・縮小しないので、計算する桁数が大きくなると“脳内画面”から“脳内そろばん”がはみ出てしまいます。そこで頭を左右にスイングさせて、“脳内画面”をスクロールさせ、“脳内そろばん”の必要な場所をイメージして続きの計算をするそうです。
一方、天才には拡大・縮小機能が備わっているため、頭をスイングさせる必要なし。計算もより速くできるのでしょう。
暗算までは行かないでも、そろばんをパチパチはじいていれば、計算のプロセスが視覚化されて、それが右脳を活発に刺激し、右脳の発達につながるといったことのようです。
さて、尼崎市の計算特区。新聞記事などでは、そろばんの授業を受けた4割以上が「計算が速くなった」と自信をつけるなどの効果が表れているとのこと。今後は、実施する小学校の数をさらに増やしていくようです。
そろばんの授業が増える分、算数などの授業が減ります。でも、『計算力を強くする』などで知られる塾経営者・鍵本聡先生いわく「数学におけるそろばんや計算の能力の関係は、野球における足の速さのと同じようなもの」。なるほど。算数や数学の基礎を養うという意味では、そろばんの授業は価値あるものなのかもしれません。
参考文献
『天才とはなにか?』森健著