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上達の道には「型」がある

写真作者:Łukasz Hejnak

さまざまな分野では、「上達すること」がめざされます。たとえば、武術や将棋などでは「級」から始まって「段」をもつに至ります。「級」にとどまっている人は、上達して「有段者」になることをめざすわけです。

なにかしら、技を発揮することをともなう分野では、上達することがめざされるものです。このとき、入門者や初心者が得ておくとよいとされるものに、「型」があります。

「型」は、手本とされる一定の動作や形式などのことです。たとえば、柔道では「投げのかた」や「固(かため)のかた」がいくつもあり、言語でいう「文法」のようなものにあたるとされます。また、将棋でも王将を守るための陣形のとり方をさす「守りの型」や、飛車などの攻撃に向いた駒の使い方をさす「攻めの型」などがあります。

こうした「型」をまずは学び、それが自分のものになるまで、つまり意識しないでも型を身につけられるようになるまで、体や脳に叩き込んでいくわけです。

どうして「型」を身につけておくことが大切なのでしょうか。

ひとつは「型」そのものが、長年の人びとの経験に裏うちされた、上達のための有効な方法だからです。「型」ができるまでには、その分野に携わる人びとの試行錯誤があったことでしょう。そうして定まっていった「型」は、多くの人が「これを身につけておくとよい」と考えるものです。つまり「型」はある程度、完成された方法といえます。「ある程度」というのは、時代が進むことによってより優秀な「型」が生まれて、それまでの「型」が劣るものになることもありうるからです。

また、「型」を得ておくと、その後も新たな技を身につけやすくなるという利点もあります。「型」をもっていれば、さらにその「型」を発展させて、自分にとっての究極的な技をもてるようになります。けれども、「型」を身につけていないと、その高みまで登るまでに、あっちに行ったりこっちに行ったりして時間がかかります。ひょっとすると、「型」なしにはその高みにはたどり着かないかもしれません。

それでも「型」というものはいまいち大切にされず、ときには無視されるような向きもあるようです。「型」ということばには「タイプ」とか「模様」とか、さまざまな意味があるため、手本とされる一定の動作や形式という意味での「型」が語られにくいのかもしれません。

しかしこれも考えよう。そうした状況のなかで「型」を大切にしていれば、ほかの人びとよりも早く上達することができるというものです。

参考資料
ウィキペディア「柔道形」
https://ja.wikipedia.org/wiki/柔道形
ウィキペディア「将棋の戦法」
https://ja.wikipedia.org/wiki/将棋の戦法
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