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横書きの存在比率は増すばかり
日本語で書かれたものには、縦書きのものと横書きのものがあります。

もともとは縦書きでした。これは漢文にならったからとされます。しかしその後、1783(天明3)年に蘭学者の大槻玄沢(1757-1827)が日本初の蘭学入門書とされる『蘭学階梯』を著すと、そこに記された西洋語を見た人たちに「横書きというのもあるのだ」と知られるようになったといいます。そして、横書きの西洋語をまねて、日本語でも横書きで書いてみる人が現れたとされます。


大槻玄沢著『蘭学階梯』下巻。西洋語の横書きが見られる
所蔵:国立国会図書館

本や記事にも、縦書きと横書きがあります。そして、縦書きと横書きでは、大きく異なる印象をあたえます。

縦書きは、どちらかといえば、やわらかい印象をあたえるでしょうか。大衆的といってもよいでしょう。また、伝統的という印象もあたえるかもしれません。古くから読まれていた媒体である新聞や小説などの多くは縦書きです。

いっぽう、横書きは、ややかためで専門的な印象をあたえるかもしれません。論文や専門書などには横書きのものが多くあります。また教科書も、国語などの教科をのぞけば、横書きです。

こうした印象のちがいがあるなかで、べつの事情が加わりました。このブログについてもそうですが、ワードプロセッサやインターネットなどの電子媒体で表される日本語は、もっぱら横書きです。これは、こうした歴史的には新しい媒体が、横文字文化圏である西欧で始まったためとされます。横書きしかない文化圏の人たちが、新たな媒体を生みだした時、わざわざ「縦書きでの表しかたも用意してみました」などと親切心をはたらかせることはありません。

もちろん日本語のワードプロセッサなどのソフトウェアには、縦書きでも表せることになっています。しかし、多くの人は、縦書きを使っているとき、横書きでのさくさくとした作業感を覚えず、どこかで手間がかかる感を覚えるのではないでしょうか。それもしかたありますまい、もともとのソフトウェアの設計では横書きを基本としているのですから。

人びとが「紙に書く」機会よりも、「電子媒体に書く」機会のほうが多くなり、その差はつくばかりです。比率でいえば、文書において横書きの占める割合がどんどんと増えているさなかにあります。

ゆくゆくは縦書き文化は古典扱いや絶滅危惧種扱いされていくのでしょうか。それとも、長く培われてきた伝統により、あたりまえの書きかたとして親しまれつづけていくのでしょうか。

参考資料
ウィキペディア「縦書きと横書き」
https://ja.wikipedia.org/wiki/縦書きと横書き
ブリタニカ国際大百科事典「蘭学階梯」
https://kotobank.jp/word/蘭学階梯-147970
教えて!goo「ネットはなぜ横書きが多いのでしょうか。」
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/7995091.html
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