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あの手この手で映える赤を表現

伊藤若冲作『動植綵絵』の内「南天雄鶏図」

いくつかの色があるなかで、ある色がひときわ映えているような絵があります。伊藤若冲(1757-1760頃)における赤の色が映えた絵の数かずも、そうした絵の典型例ではないでしょうか。

伊藤若冲は40歳のときから絵師の道に専念し、狩野派の描きかたを学びつつも、中国画を模して描くなどして学びを深め、独自の描きかたを得ていったとされます。

若冲はややくすんだ背景のなかで、鶏を描くことがよくありました。鶏のからだも白、黒、くすんだ色などの地味目な色であるため、鶏冠の赤がとりわけ映えます。さらに、上にある絵のように、赤い実を散らすなどして、赤と赤以外の色の対照を強く表しました。

ひとえに「若冲の赤」といっても、その描きかたはじつにさまざまだったようです。

赤色の材料については、水銀と硫黄の化合物である赤色顔料「辰砂(しんしゃ)」を基本的に使っていたとされます。辰砂は、赤色を表すために江戸時代から使われていた代表的な顔料です。上にある絵「南天雄鶏図」でも辰砂が使われています。

ただし、作品によっては、辰砂に鉛を混ぜたり水銀のみを使ったりして赤色を表していたようです。さらに、花びらの赤色を薄く表すときには、鉱物由来の顔料でなく、有機物由来の染料を使ってもいたようです。

赤を描く技としては、若冲は「裏彩色」をよく使っていたことが知られます。裏彩色は、絵を描く対象の絹の裏側からも色を塗る技です。

一般的に裏彩色には、色がぼけて柔らかな感じを出す効果があるとされます。この効果を得るため、表と裏では塗る色をおなじにするのが基本とされます。

若冲も、表と裏ともに辰砂を使って裏彩色をおこなうこともありました。しかしながら、上にある「南天雄鶏図」の実の一粒ずつについて、裏彩色では赤色の濃淡を変えることで、単調な赤色の粒つぶにはせず、より見る人の目にとって自然に受けいれられるような赤色の粒つぶにしたといいます。

さらに若冲は、作品によっては、表の赤の材料に対して裏彩色ではおなじ赤の材料を使わず、べつの色調の赤や、ときにはべつの色である黄色などを塗ったともされます。

赤色について見られる若冲の技は、若冲の数かずの技のほんのひとつにしかすぎません。近年になって、若冲の絵を高解像度で撮影して分析したり、X線を使って色の材料を調べたりといった研究が進んでいます。

それでもなお、これから何年たっても解きあかされないような技も、若冲の絵のなかにふくまれているのかもしれません。若冲は生前「千載具眼の徒を俟つ」つまり「(私の絵を)1000年して理解する人物があらわれるのを待つ」ということばを遺したといいます。

参考資料
朝日日本歴史人物事典「伊藤若冲」
https://kotobank.jp/word/伊藤若冲-15402
NHKスペシャル「若冲 天才絵師の謎に迫る」
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160424
早川泰弘ら「伊藤若冲『動物綵絵』の色彩材料について」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10963837_po_04606.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
デジタル大辞泉「辰砂」
https://kotobank.jp/word/辰砂-81872
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