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「川に近づく」と「流される」をつなぐ「像」が足りず
山形県内では、おととい(2020年7月)26日(日)からの雨により、最上川の水が堤防から溢れでたと伝えられます。

NHKのニュースサイトなどでは、国土交通省のカメラが映す大石田町内の最上川と、川に架かる大石田大橋のようすを伝えています。

最上川の氾濫が伝えられた29日(水)未明には、橋の道のすぐ下あたりまで濁流が上がってきているようすが映されていました。

すると、橋の西詰のところに何人かの人がいるのが何度も映されます。濁流を前にして、柵の手前からスマートフォンで濁流を撮っている姿などが映されました。多くの人は服装から消防団員のようでしたが、なかには一般の人もいるようすでした。


2020年7月29日(水)未明の大石田大橋西詰
出典:東北地方整備局山形河川国道事務所ホームページ

映像によると、濁流は橋の外側の鉄柵にぶつかっています。濁流があとすこしで溢れるところまできていたことが、現地のようすを写したグーグルストリートビューから察せられます。


通常のときの大石田大橋西詰
Google Earth Pro

氾濫しそうな川に近づくことは、消防団にとっても一般の人にとっても流されるおそれのある危険なことです。そうした川に人はどうして近づこうとするのでしょうか。

自分のいる近くで異常が起きているときは、その異常を見たくなるものです。そして、そのときの人の心には「自分は大丈夫だ」と思いこむ「正常性の偏見」がはたらくとされます。

正常性の偏見は、ふだん人が生きていくなかでは役立つものともされます。しかし、災害のときは、正常性の偏見が被害を招くこともあります。

では、川が氾濫しそうなとき、川を見に行く人がでないようにするには、どうすればよいのでしょうか。

近くの異常を見たいという好奇心や、自分は大丈夫だと思いこむ正常性の偏見が抑えこまれるくらいの「像」を、人びとがもっておくということも大切ではないでしょうか。

たとえば、津波のときに波がどのように陸に押しよせて、街なかに水が入っていくか。これについては、2011年3月の東日本巨大地震のときの映像などが広く伝えられ、多くの人が怖さをもって思いうかべることができます。

いっぽう、川の水がどのように堤防からあふれ出るか。あるいは、人が濁流にどのように流されてしまうか。これについては、典型的な映像や、それを模したシミュレーションの映像は広く伝えらていません。像がないため、人びとは怖さをもって思いうかべることがむずかしいのではないでしょうか。

川が氾濫するところが撮影されることそのものがむずかしいのかもしれません。ましてや、実際に人が濁流に流されるところが撮影されることは望まれるものではありません。

しかし、「川に近づく」と「流されて被害にあう」の間をつなぐなんらかの像を、人びとが心に抱けるようになれば、川に近づく人もすこしは減りそうなものです。

参考資料
AERA dot. 2019年10月20日付「後を絶たない台風のときに『川を見に行く人』にはどんな心理が働いているのか?」
https://dot.asahi.com/dot/2019101900015.html?page=1
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