科学技術のアネクドート

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「はやぶさ」の名の由来


内幸町の日本プレスセンタービルで行われた、JAXAの宇宙教育センター長・的川泰宣先生の講演会に参加。年末年始に掛けて、新聞各紙の科学技術面や、テレビの科学番組を大いににぎわせた惑星探査機「はやぶさ」の業績などについての報告です。

各報道機関で報じられているので、はやぶさが何をしたかについては他のサイトに譲ります。ただ、的川先生の“自己評価”は、小惑星イトカワの岩石を採取したかについてはまだ結果は出ていないが、その他の新型惑星探査機としての機能という面では、ほぼ金メダル級の役割を果たせたのではないかというものでした。

おもしろかったのは、「はやぶさ」というネーミングが決まるまでの経緯です。

当時の宇宙科学研究所の関係者などでこの探査機にネーミングを付けるにあたって、候補がいくつか出たそうです。で、もっとも人気が高かったのがじつは「はやぶさ」ではなく「アトム」でした。打ち上げの2003年が鉄腕アトムの誕生年に当たっていたことや、地球からの操作が必要ない自律型の探査機であることなどから、アトムの名称はとてもマッチするものでした。

以前、的川先生は、人工衛星に「火の鳥」という名前をつける際、漫画『火の鳥』を書いた手塚治虫のところまで許可を得にいったそうです。そのとき、手塚治虫から「ああ、もうどんどん、私の漫画の名前を使ってください。『鉄腕アトム』とかもね」と言われたそうで、そんなこともあって的川先生自身「アトムで決まりだな」と思っていたそうです。

ところが、名称選考役のある一人が、「アトム。アトムねえ。なんだか、原子爆弾(Atomic Bomb)を連想しちゃうなあ」とぼそっと一言、発しました。これにより急に「アトム」はトーンダウンして、ほぼ決まりかけていた名称はなんとボツになったのです。

そこで浮上したきたのが、第二候補として上がっていた「はやぶさ」でした。鳥のハヤブサのように、衛星イトカワにさっと寄って、ぱっと岩石を採集して帰ってくるその勇姿。また、惑星イトカワの名のもととなった糸川英夫が、太平洋戦争の時期に「隼」という飛行期を開発してたこと。さらには、かつての宇宙科学研究所の若手職員(的川先生を含む)が、東京から鹿児島の内之浦のロケット打ち上げ台まで行くのに、寝台特急「はやぶさ」を使っていたこと。これらのことから、最終的に「はやぶさ」で落ち着いたそうです。

ネーミング一つとっても、なかなか一筋縄で行くものではありません。いまは「はやぶさ」が定着して愛着も沸き、数年後の地球への帰還が待ち望まれています。
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