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はじめて間もないころに速度配分が定まる


写真作者:Christian Siedler

人は、さまざまな理由で、「新たになにかを始めること」があります。それは、みずからの「やりたい」という思いからくるものもあれば、「やらなければならない」という必要性からくるものもあります。

始めたことには、かならずといってよいほど、それを進めるための「速度配分」がともないます。たとえば、健康のために運動を始めたというとき、「毎日かならずする」といったように高い速度で飛ばす人もいれば、「1週間に1回する」といったようにゆっくりめの速度を保つ人もいます。

新たに始めたことが、2回や3回で目的達成となって終わるのであれば、この「速度配分」をさほど考える必要はありません。しかし、半年、1年、10年、一生と続けるようなものであれば、この速度配分をどうするかは、とても大切なものとなります。あまりに飛ばしすぎても長つづきしないし、あまりに飛ばさなすぎても効果が上がらないからです。それに、ほかにやっていたことにをどのくらい犠牲にするかといった、資源の配分にもかかわってくるからです。

医学者の山中伸弥さんは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19:COrona VIrus Disease 2019)についての(2020年)3月から始めた情報発信のなかで、人びとの新型コロナウイルスとの「闘い」を「マラソン」にたとえています。

「新型コロナウイルスとの闘いは短距離走ではありません。1年は続く可能性のある長いマラソンです」。こう述べたところに、人びとの関心が多く集まっているようです。

しかし、「一人一人が、それぞれの家庭や仕事の状況に応じた最速ペースで走り続ける必要があります」と述べている点こそが、各々の行動にかかわるという点で、より注目されるとよい訴えといえそうです。

「速度配分」が定まるのにとくに重要となる期間が「はじめて間もないころ」でしょう。走りはじめの速度配分を飛ばしすぎると途中でばててしまい、走りつづけることはできません。かといって、走りはじめの速度配分があまりにかぎられていれば、いつまでも目標に達することができません。

新たなことを始めてから間もなくのころの「このくらいまで飛ばせるか」「ちょっと厳しすぎるか」といった微調整で、その後の速度配分は定まっていくもの。これは、個人、一人対一人、集団、社会といったさまざまな対象に当てはめられることです。

参考資料
NHK News Watch 9 2020年3月27日付「“覚悟を持って いま伝えたい”」
https://www.nhk.or.jp/nw9/digest/2020/03/0327.html

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