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「南の夜空のほうが『開けている』ように感じる」
週に2、3日は夜、都会にある広い河川敷の道を歩いたり走ったりしている人物が、「なんとなくだけれど、こんなことを感じることがある」と言っています。

「その道を往復しています。まず北のほうへ向かい、自分で決めた地点で折りかえし、今度はきた道を南のほうへ向かって家へと戻ります。すると、どうでしょう。北のほうへ向かっているときの夜空よりも、南のほうへ向かっているときの夜空のほうが、『開けている』ように感じるのです」

この人が歩いたり走ったりしている川は、源流が北のほうにあり、河口が南のほうにあるとのこと。前半では、源流のほうへと向かい、後半では河口のほうへと向かうことになります。

しかし、大きな川の広い河川敷であるので、源流に向かうにつれて山がちになったり、河口に向かうにつれて下を見おろすようになったりということはないようです。

「北の空には『天の北極』があるからだろうかと思うこともあります」と、この人物はつづけます。

地球の自転軸である地軸をそのまま天に向けて延長したとき、空の仮想の球面である天球と交わる点があります。これが「天の北極」です。天の北極には北極星があり、ずっと眺めていると北極星を中心に、まわりの星ぼしが回転します。それはあたかも丸屋根の天井のようでもあります。


北のほうの夜空
写真作者:stanze

いっぽう南の空のほうはどうかというと、日本のような北半球にいるかぎり、北の空とちがって「天の極」のような点はありません。星は地平線のうえを、ほぼ水平に近いようなゆるい弧を描いて移ろうのみです。南の空には「丸屋根の天井」はありません。


南のほうの夜空
写真作者:stanze

ただし、この人物が歩いたり走ったりしている河川敷の道は、街の光があふれる都会のなかにあります。当然、夜空に見られる星もごくわずかしかありません。

この人物が感じていることに従うと、「星が見えなくても天球を感じることができ、それにより北の空と南の空を感じわけることができる」ということになります。このようなことは、果たして可能なのでしょうか。

もし、ご近所に夜空が広く見える河川敷のようなところがあったら、一度、北の空と南の空のちがいを感じられるか、空を眺めて試してみてはいかがでしょうか。
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