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「へ」の続きを補おうとすると「へ」が要らなくなってくる


新聞やウェブニュースなどの記事の見出しには、動作をあらわす体言に「へ」をつけたかたちのものがよく見られます。

たとえばきょう(2020年)6月10日(水)のヤフーニュースのヘッドラインでは、つぎのような「へ」が見られます。

「東京五輪の新指針 IOC発表へ」
「3密懸念 J再開後VAR見送りへ」
「旧優生保護法 国会が調査へ」

これらの「へ」は格助詞です。つまり、体言などにつき、その語がほかの語に対しどのような関係に立つのかを示すための品詞のひとつです。

複数の国語辞典では、上にあるような「へ」の用例は、つぎのふたつの点で見られません。

ひとつは、動作をあらわす体言に「へ」をつける用例は見られない、ということです。上のヘッドラインにある「発表」も「見送り」も「調査」も、動作を表す体言です。これらに「へ」がついています。しかるに、国語辞典では、動作を表す体言でなく、方向や場所、また人を表す体言に「へ」をつける用例を示しています。「東へ進む」「山頂へたどりつく」「君へのお願い」といったように。

もうひとつは、「へ」のあとにことばが続かない用例は見られない、ということです。上のヘッドラインは「発表へ」「見送りへ」「調査へ」で終わっています。しかるに、国語辞典では「東へ進む」「山頂へたどりつく」「君へのお願い」でわかるように、「東へ」のあとに「進む」がついています。おなじように「山頂へ」のあとには「たどりつく」が、「君へ」のあとには「のお願い」がついています。

動作を表す体言に「へ」がつく用例も、「へ」のあとにことばが続かない用例も国語辞典に出ていないないとなると、ヘッドラインの「発表へ」「見送りへ」「調査へ」というのは、かなり特殊な使いかたといえるのかもしれません。

上にあるようなヘッドラインの語句は、字句を補って、文にすることができるはずです。たとえば、「東京五輪の新指針 IOC発表へ」の場合はどうでしょう。

「東京五輪の新方針をIOCが発表へ」

こうなりますが、これだと文末がないので、まだ文として完結していません。

「東京五輪の新方針をIOCが発表へ向け準備している」

むりやり「へ」につづくことばを補うと、こういうことになるでしょう。しかし、「発表へ」を「発表へ向け準備している」と捉える人はどれだけいるでしょうか。

むしろ「発表へ」を「発表しようとしている」ぐらいに捉える人のほうが多いのではないでしょうか。

「東京五輪の新方針をIOCが発表しようとしている」

しかし、これだと「へ」は消滅していしまいます。「へ」につづくことばを補ったことにはなりません。

しかし、しかし、「東京五輪の新指針 IOC発表へ」というヘッドラインを目にすれば、多くの日本人には「東京五輪の新方針をIOCが発表しようとしているのね」と、意味が通じてしまいます。

このように、ヘッドラインや見出しで使う「へ」は、わずか1文字ながら、しかも文法をやや破りながら、相手に伝えたいことや伝えたい意味あいを伝えてしまうことができるわけです。

ちなみに、新聞やテレビニュースの見出しにも、この「へ」が使われています。

「独自チップで脳を解明へ、マスク氏新会社に高まる期待」(日本経済新聞)
「東ソー、新型コロナの抗体検査試薬を開発へ」(日本経済新聞)
「休業要請の対象を発表へ 東京都」(FNNプライムオンライン)

いずれも「へ」に続くことばを補おうとすると、まどろっこしくなったり、冗長になったりします。むしろ「へ」を使わないほうがうまくいきます。

もはや、ヘッドラインや見出しの「へ」にも、新たなよびかたをつけてもよいのかもしれません。「見出しのへ」とか「尻きれのへ」とかは、どうでしょうか。
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