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書評『ウォールデン 森の生活』

邦訳書として文庫や単行本が何点か出版されていますが、こちらは2016年に発売のもっとも新しい版です。各ページの上8割を「ですます調」の本文に充て、下2割を訳者の注釈やソローのスケッチの紹介に充てています。

『ウォールデン 森の生活』ヘンリー・D・ソロー著、今泉吉晴訳、小学館文庫、2016年、上巻445ページ・下巻437ページ


あくせくと忙しない都会での暮らしに嫌気がさし、「森での生活でもしてみたい」と漠と感じている人は多いことだろう。上司とではなく鳥や魚と対話したい、高層ビル群に向かってではなく、森や池あるいは自分の心のなかに向かって歩きたい、と。

そんな「森の生活」の源流に位置されるのが、『ウォールデン 森の生活』で著書ヘンリー・D・ソローが描いている、みずからの暮らしだ。

ソロー(1817-1862)は19世紀の米国で生きていた詩人。マサチューセッツ州のコンコードという町で生まれ、27歳からのおよそ2年間を、町のなかにたたずむ「ウォールデン池」のほとりで生活した。古びた小屋を買いとって、みずからの住まいとし、畑を耕して豆などを採り、池の水をすくって飲むという生活だ。簡素な生活でありあまった時間のほとんどを、散歩にあてていたともいう。その距離は1日にして32〜48キロメートルだったとも。

家を訪ねてくる人びとを受けいれはするが、みずから積極的に街で人と交わることはしない。「惨めな暮らしが文明化に付き物であることを、すべてが証明している」「他の人と一緒にいると、たとえ最高にいい人とであっても、まもなくうんざりして、消耗します」などと述べていることから、街での人びとの(当時でいう)現代的な生活には嫌気がさしていたのだろう。

いっぽうで、ソローのほとんどの興味は、自然の営みに向けられた。太陽が草原と森を分け隔てなく照らしていること、どの木もが淀みのない湖面の鏡に映るわが身に驚きの声を上げること、そして、あらゆる事物の高らかな歌声をもって暖かな春がくることを、深々とした観察や洞察、そして自然との対話から感じ、それをことばで表現していった。

なぜソローは自然のなかに身を置こうとしたのか。その答えは、最終章の「結論」からうかがえる。つまり、森の生活が、自分自身のためになるのではないかと考えたからだ。それまで自然というものに向いてきたソローのまなざしは、ここで自身をふくむ人間の内面へに向くようになる。

「私は、森で生活する実験から、少なくとも次のことを学びました。人は夢に向かって大胆に歩みを進め、心に描いた理想を目指して忠実に生きるなら、普通の暮らしでは望めない、思いがけない高みに登ることができます。(略)そして、人として高い次元の生き方をする資質が備わります」

つまりソローにとっての森の生活は、それ自体が目的なのではなく、自身が高みに登るための方法のひとつだったのである。「引き続いて生きてみたいいいくつからの別の人生が見えてきて」、約2年間の「森の生活」を終わらせた。

ソローが「森の生活」を送っていた時期から、およそ175年も過ぎてしまった。けれども、いまを生きる人びとが加速する文明化にためらうのとおなじように、ソローもまた鉄道の発達をはじめとする当時の加速する文明化を嫌がっていた。「いつもぴりぴりと神経質で落ち着かず、大忙しに動きまわりながら、これといって取り柄のないわれらが一九世紀です」と。

ソローのまなざしは、現代の人びとにとっても、ただの古いものではないのだ。

『ウォールデン 森の生活(上)』はこちらでどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4094062947/
『ウォールデン 森の生活(下)』はこちらでどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4094062955/

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