科学技術のアネクドート

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人のもつ「時間尺」は人によりけり

写真作者:brewbooks

「時間尺」あるいは「タイムスケール」とよばれるものは、人それぞれのなかにもあるものではないでしょうか。

まず、現在から未来にかけての時間尺が人びとのなかにあります。「いまを生きるのに精一杯」という人の時間尺は「1日分」あるかないかでしょう。「東京五輪が開かれるまでにやらなければ」という予定のある人の時間尺は「1年」とか「2年」とかいったものになりそうです。

人がもつ時間尺は、現在から未来にかけての時間によってもたらされるのみではありません。現在から過去にかけての時間によってももたらされます。

たとえば、1998年生まれの20歳の人は、とりわけ歴史などに深い興味や知識をもっていなければ、長くて「十数年」の時間尺をもっているぐらいかもしれません。おもに生きてきたなかでの経験や体験の記憶が、その20歳の人の時間尺を定めるからです。

いっぽう、現代史を専攻している研究者は、自分が生まれる前の第二次世界大戦直後から現在に至るまでの歴史に詳しいでしょうから、数十年分の時間尺をもっているかもしれません。

林学を専攻している研究者は、森の木々の樹齢などにも目を向けていて、数百年前から生きている木のことに詳しいかもしれません。その人は数百年前から現在にいたるまでの時間尺をもっているかもしれません。

宇宙論を専攻している研究者は、宇宙が誕生したときのできごとであるインフレーションやビッグバンなどにも目を向けていて、それが現在の宇宙にどうつながったかを詳しく学んでいることでしょう。その人は、100億年以上前から現在にいたるまでの時間尺をもっているかもしれません。

十数年分ぐらいの時間尺をもっている人、数十年分ぐらいの時間尺をもっている人、数百年分ぐらいの時間尺をもっている人、100億年以上の時間尺をもっている人……。感覚の話なので、明確でも具体的でもありませんが、いろいろな時間尺をもっている人がいるわけです。それぞれの人が抱く、1日、1年、10年といった時間の長さに対する感じかたも、大きくちがうでしょう。

「人はさまざまな時間尺をもっている」という点も、いまよくいわれている「人の多様性」の要素のひとつになりうるのではないでしょうか。
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