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確率に「客観のもの」と「主観のもの」

写真作者:Yortw

ひとつのことがらの起こりうる確からしさの度合のことを「確率」といいます。たとえば2016年の時点で日本人男性ががんで死亡する確率は25パーセント、つまり「0.25」とされていますし、あす石川県の金沢で1ミリ以上の雨の降る確率は100パーセント、つまり「1」とされています。

確率は、数値で表されるため「まずもって客観的なもの」という印象をあたえます。しかし、確率の計算をするのは人間であり、人間が確率を求めるための数値をこしらえるときには主観も入りうるものです。

そこで、確率は「客観的に定義できる確率」と「主観の要素がふくまれる確率」に分けられるという考えかたが出てきました。

人間の主観とは独立して生じることがらの確率を「客観確率」といいます。

たとえば、硬貨を真上に飛ばす機械を使って硬貨を飛ばし、地面に落ちたとき表が出る確率と裏が出る確率を求めていったとします。1000回、試したら表が出た回数は510回、裏が出た回数は490回だったとします。これを無限回、試したとしたら、表が出る回数は2回に1回の頻度、裏が出る回数は2回に1回の頻度なるでしょう。こうして求められる硬貨の表(または裏)が出る確率「0.5」は、客観確率とされます。

いっぽう、人間がもつ主観を混ぜて評価した確率を「主観確率」といいます。これは「人間が考える主観的な信念あるいは信頼の度合」などとも説明されます。

たとえば、人びとに「飛ばされた硬貨が落ちたとき表が出る確率はどのくらいか」と聞いたとします。聞かれた人は「硬貨には表と裏があるんでしょ。何度も硬貨を飛ばしたら、表も裏もおなじように出るだろうから、表の出る確率は50パーセントつまり『0.5』だよ」と答えるでしょう。ところが、べつの聞かれた人は「ぼくが硬貨投げするとき、けっこう表のほうがよく出るんだよね。僕の経験からすると、表が出る確率は僕がからめば51パーセントつまり『0.52』だと思うよ」と答えるかもしれません。

この場合の「0.5」にしても「0.52」にしても、いずれも人が考えた末に導きだした確率です。この場合の「0.5」や「0.52」は、主観確率とされます。

冒頭の「2016年の時点で日本人男性ががんで死亡する確率は0.25」というのは、がんが原因で死亡した人の数という数えられる数と、日本の人口という数えられる数から割りだしたものです。この確率は、評価する人の個人によらずに求められる確率とみなせるため、客観判断か主観判断かといえば、客観確率であると考えることができます。ただし、なにをもって客観的あるいは主観的とするかの判断は人により異なるため、この確率を主観の混ざったものと考える人もいるかもしれませんが。

いっぽう「あす石川県の金沢で1ミリ以上の雨の降る確率は1」というのは、計算に使うコンピュータの種類や予報官の判断によってちがう確率になる場合もあるため、客観判断か主観判断かといえば、明らかに主観判断です。

参考資料
国立がん研究センターがん情報サービス「最新がん統計」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
世界大百科事典第2版「主観確率」
https://kotobank.jp/word/主観確率-1173775
塩田圭「ベイズ入門」
https://www.slideshare.net/zansa/ss-12672841
篠原拓也「主観確率の大きさはどれぐらいか−その出来事は、本当に奇跡的と言えるか?」
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=51931?site=nli
​ウィキペディア「主観確率」
https://ja.wikipedia.org/wiki/主観確率

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