科学技術のアネクドート

<< 書評『GRIT やり抜く力』 | main | 「花総線」「淀川製鋼線」……送電線にもよび名 >>
口頭の指示代名詞を口頭で補う

写真作者:Masa Israel Journey

人は話をするとき指示代名詞をよく使うものです。「こっちの写真のほうが見栄えはいいよね」「その案のほうでやってみましょうか」といった具合に。いちいち「DFC0034のファイルの写真のほうが見栄えはいいよね」とか「山本くんが提案したなかのC案のほうでやってみましょうか」とか言っていては話がなかなか前に進みません。指示代名詞は便利でもあり、必然的に出てくるものでもあるのでしょう。

便利で必然的でありながらも、もの書きが人に話を聞く取材の場での指示代名詞は、けっこう厄介なものになります。

取材対象者が親切に、紙の資料を用意して、グラフを示しながら説明をします。もの書きは取材対象者の説明を理解しようとします。

「被験者群と対照群の実験結果を表したのがこのグラフになります。こっちのほうが有意に影響が出ているのことがわかりますね」
「はい、たしかにそうですね」

「じゃあ、これらの変数を、今度はこっちの変数に変えておなじ実験をしたんです。すると、こっちのほうが有意に影響が出ました」
「ああ、そうなったのですね」

「あと、これについてはこっちのほうでやってみました」
「そうですか」

後日、もの書きは、取材のときの録音を聞きかえしながら、取材対象者の話を文字起こしします。ところが、音声情報だけなので、「こっちのほう」「こっちの変数」「こっちのほう」「これについて」「こっちのほう」といったことばの指示代名詞が、なにを指しているのかわからないところが多く、混乱してしまったのです。こうなると、前後の話の内容から察するか、取材対象者にあらためて確認するか、なんらかの対処が必要となります。

かといって、取材を始める前に「今回の取材では音声のみ記録させてもらいますので、『これ』とか『こっちのほう』とか、指示代名詞はなるべく言わないでくださいね」とは言えません。「なんだこの記者は」と身構えられるし、そもそもこうした注文は礼を欠くものです。

そのため、話のなかで絵指示代名詞が出てくる弊害を承知しているもの書きは、取材対象者が指示代名詞をもち出したとき、さりげなくみずからの口で補うといいます。

「こっちのほうが有意に影響が出ているのことがわかりますね」
「はい、たしかに被験者のほうがそうなっていますね」

「じゃあ、これらの変数を、今度はこっちの変数に変えておなじ実験をしたんです」
「左のを右のに変えたと」
「うん。すると、こっちのほうが有意に影響が出ました」
「ほぉ、対照群のほうにですか」

「あと、これについてはこっちのほうでやってみました」
「はぁ、132ページのは上のやりかたで、と」

このように取材対象者が口にする指示代名詞を、もの書きが具体的なことばにして補うことで、音声起こしのときの混乱を避けることができるというわけです。

ことばの補いはすばやくおこなうことが必要になりますが、取材対象者にとっては「自分が話した内容についていってくれている」という印象をあたえるでしょうから、さほど違和感のあるものにはならないようです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://sci-tech.jugem.jp/trackback/4708
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで (JUGEMレビュー »)
サイモン シン, Simon Singh, 青木 薫
数学の大難問「フェルマーの最終定理」が世に出されてから解決にいたるまでの350年。数々の数学者の激闘を追ったノンフィクション。
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
  • アナウンサーも日常的に「やつ」
    ★ (08/03)
  • “遅れて来た”日産自動車、“満を持して”リーフ
    うぼで (06/13)
RECENT TRACKBACK
amazon.co.jp
Billboard by Google
モバイル
qrcode
PROFILE