科学技術のアネクドート

<< 絞りを狭めて、手前から奥までぼかさず | main | 投げ縄で牛や馬を捕まえる意味を込めて「ラリアート」 >>
自然物は直線を嫌い、人間は直線を選ぶ

写真作者:Masaki Shiina

人は、人がつくった人工物と、人の手が加わっていない自然物と、両方に囲まれて暮らしています。山に行けば、階段や山小屋などの人工物に合うし、木々や岩々などの自然物にも合います。

たいていのものを見れば「これは人工物だ」「これは自然物だ」とわかるもの。では、直感的にわかる人工物と自然物のちがいを、ことばで表すとどうなるでしょうか。

英国の造園家ウィリアム・ケント(1685-1748)は「自然は直線を嫌う」ということばを遺しました。自然物には、直線がほぼ見られないということです。木の幹や枝の進みかた、岩のかたち、小川の流れかた、なにをとっても直線的な要素がありません。

なぜ、自然は直線を嫌うのか。これは、「万物は重力などの力を受けており、その力のかかりかたは一方向性にはならないため直線が生じない」といった論で説明がつきそうです。直線を生みだすような力のかかりかたは、自然界では生じづらいのです。

直線的な自然物もないとはいえません。たとえば、重い雨や雹が落ちてくる軌跡は直線的です。ただし、これも水滴や氷が地球の重力にしたがった結果としての直線といえます。なお厳密には、地球の自転や太陽光によって風が吹いているため、重い雨や雹の軌跡も純粋な直線とはいえませんが。

いっぽうで、人間は直線を嫌いませんでした。物理学者の湯川秀樹(1907-1981)は「自然と人間」という随筆で、「人間は何故に直線を選ぶか。それが最も簡単な規則に従ふといふ意味において、取扱ひに最も便利だからである」と述べています。

自然界では、偶然に直線が実現する確率は無限に小さいけれど、人間は自分で手を加えてものを作るとき、とりあつかうのにもっとも便利だから直線を選ぶというわけです。使われずむだになってしまう部分をできるだけ廃して建材を用意しようとすれば、その建材は直線的になるでしょう。

ただし、人工物も万物のひとつです。時が経てば、重力などの力の影響を受け、自然物の姿に近づいていきます。さいころのように四角かったコンクリートのブロックが、雨風にうたれて風化し、丸みを帯びていくといった現象も、自然物に近づいた表れといってよいでしょう。

自然や物理を大きく捉えると、人間が直線的な人工物を作るという営みが、いかに自然のありかたに逆らっているかが感じられます。

参考資料
永井由佳里「工学を人間らしくするデザイン知識」
http://mikke.g-search.jp/QHBR/2015/20150316/QHBR20150316HTB008.html
澁澤龍彦『バビロンの架空園』
https://www.amazon.co.jp/dp/4309415571
Yahoo!知恵袋「『自然は「直線」をつくらない』というのはどうしてですか。」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1080267670
池内了編・湯川秀樹『科学を生きる』
https://www.amazon.co.jp/dp/4309413722/
| - | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://sci-tech.jugem.jp/trackback/4687
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで (JUGEMレビュー »)
サイモン シン, Simon Singh, 青木 薫
数学の大難問「フェルマーの最終定理」が世に出されてから解決にいたるまでの350年。数々の数学者の激闘を追ったノンフィクション。
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
  • アナウンサーも日常的に「やつ」
    ★ (08/03)
  • “遅れて来た”日産自動車、“満を持して”リーフ
    うぼで (06/13)
RECENT TRACKBACK
amazon.co.jp
Billboard by Google
モバイル
qrcode
PROFILE