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書評『「がん」はなぜできるのか』

たちまち重版のようです。

『「がん」はなぜできるのか』国立がん研究センター研究所編、講談社ブルーバックス、2018年、288ページ


病気への関心とは、自分や家族がならないとなかなか起きないもの。しかし、こと「がん」については、日本人の2人に1人が生涯に一度はがんになるといわれている。病気の重さや、率の高さからすると、がんの経験ある人もない人も、がんは「知っておくべき病気」といえる。

がんを知ることで、私たちはなにを得られるのか。本書『「がん」はなぜできるのか』は「がん対策の重要な柱となっている『がんの予防・早期発見』『がんの効果的な治療』、さらには、『がんと共生すること』が可能となる」と述べている。

本書は、書名にあるような問い、つまりがんの生じかたについての知見を詳しく示す。だが、それだけでない。生じたがんがその後、生きのこって転移する過程や、生じたがんの治療法、生じさせないための予防法などについても各章を割いて詳しく説く。そして、刊行時の2018年前半までにおける最新の知見も提供する。

つまり、本書は、がんをめぐる先端的な知見を総じて伝えるものになっている。

はじめに示されるのは、がんの実相だ。勝手に増殖を続ける「自律性増殖」、周囲組織への拡大や血流に乗ってほかの部分移る「浸潤と転移」、そして体の衰弱をもたらす「悪液質」といった、がんの特徴をあげる。また、「遺伝子変異が次第に積み重ねられた結果、がんが発生する」といった、広く受けいれられているがん発生のしくみも示す(第1章)。

その後は、その「多段階発生説」とよばれるしくみをさらに掘りさげる。細胞の遺伝子の複製に誤りが生じ、さまざまな修復機構をかいくぐるように誤りが残されると、それががん細胞になる(第2章)。

そして、がん化した細胞は、がんを異物として攻撃する免疫のしくみを、排除、平衡、逃避という段階的なしくみで打ちやぶっていくという(第3章)。

さらに転移の段階では、がん細胞を無限につくりだせる「がん幹細胞」が、静止期には抗がん剤の影響を免れるため、これが再発のもとになるとする最新の説を示す(第5章)。

いっぽうで、がんと老化との関係も解明が進んでいるようだ。細胞の老化が起きると、液性因子とよばれるホルモンのような物質が細胞外に出て、これが周囲の細胞に慢性炎症という状態をもたらし、発がんにやがんの悪性化につながる可能性があるという(第4章)。

がんへの対処のしかたにも進歩が見られる。

治療法では、がん細胞が免疫から逃れるしくみを壊す「免疫チェックポイント阻害剤」が開発され、がん治療法のひとつ、免疫療法において「まったく新しいページを開いた」と期待を抱かせる(第3章)。

がんの見つけかたについても、多数種あるマイクロリボ核酸(miRNA:micro RiboNucleic Acid)という物質のうち、特定の種類の増減が、がん発生の目印になるとして、診断法の開発に向けた研究が進んでいるという(第6章)。

予防についても、喫煙や飲酒あるいは感染などの予防可能な要因でがんになった日本人は男性で66%、女性で30%近くといった具体的な数値を示す。そのうえで、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」を実践している人は、実践していないあるいは1つのみ実践している人にくらべて、男性で43%、女性で37%、がんになる危険が低くなるといった数値も示す。疫学的な研究で、こうした効果も具体的な数値とともに示せるようになってきたのだ(第7章)。

最後は、がんにかかわるタンパク質や酵素の分子を狙いうちする分子標的薬の可能性や、発症部位でなく原因遺伝子をがんの分類の根拠とする時代に転換する展望などを示して本書をしめくくる(第8章)。

このように、がんをめぐる知見を総合的に伝える本になったのは、国立がん研究センターの多数の研究者がこの1冊の新書に携わったからだろう。専門分野の異なる12人の研究者が、各章で先端研究の知見を示している。また、そうした専門的な話を、4人のサイエンスライターが取材し、執筆したともいう。多くの人物が携わったからこそ、すべての章で詳しい内容となった。大勢でつくる本の力を感じさせる。

がん幹細胞と転移についての話や、がんと老化の話などもそうだろうが、研究が進んでいる最中の話題についても多く述べている。長く読まれる本のかたちで、結論のまだ出ていない話を出すことにはリスクもあるだろう。だが、「未解決な問題についても広く多くの方に知ってもらうこと」も目的のひとつとしたという。これを、がんに対する関心を抱かざるをえない人びとに対する誠意と受けとめたい。

『「がん」はなぜできるのか』はこちらでどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4065120934

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