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京の小さな神社に「鵺」討伐の伝説
京都の街には、じつに多くの寺社仏閣があります。そして寺社仏閣ひとつひとつに建立の経緯があるので、物語の数もあまたあることになります。

下京区神明町、四条通からひとつ南に下った綾小路通に面したところには、「神明神社」という小さな神社があります。

神社による説明では、この場所は平安時代の廷臣だった藤原忠通(1097-1164)の屋敷跡で、「四条内裏」または「四条東洞院内裡」といわれていました。そして、この邸内にあった鎮守の森が神明神社であり、天照大神を祭神としています。創建年は明らかではありません。

この場所には、「鵺(ぬえ)」という怪鳥がかつて現れていたという伝えもあります。鵺は、頭が猿、尾が蛇、手足が虎という、人間の想像のかぎりを尽くしたような怪鳥。藤原忠通が摂政関白をつとめていた近衛天皇(1139-1155)の時代、毎夜この鵺が京の空に現れては騒がしていたといいます。


神明神社に示されている「鵺」の絵

そこで、弓の名手だった源頼政(1104-1180)が、神社に祈願を込めたあと、鵺を退治したとされます。そのとき使われた2本のやじりは神社の宝物となっているのだそう。

さて、頼政により殺された鵺には話の続きがあります。芦屋の里で一夜を明かしていた僧の前に丸木舟が着くと、舟人が自分は源頼政に討ちとられた鵺の亡霊だと名のり、姿を消しました。

そこで僧は供養をしていると、鵺の姿となった亡霊が現れ、僧の供養を感謝するとともに、頼政の栄光や舟で冥土に流されていく自分のありさまを語ったといいます。鵺の伝え、京の空で起こり、芦屋の海で結す、といったところでしょうか。

ちなみに、鵺を退治した頼政は、平氏追討の企てが事前にばれて、宇治の平等院で自死しています。諸行無常を感じさせます。

今日日、街なかでスマートフォンの地図を見れば、自分のいる近くに見過ごしてしまうくらい小さな寺社仏閣が建っていることがわかります。そうした寺社仏閣の云われを知るのもまた、京都めぐりの興のひとつです。

参考資料
神明神社「神社の歴史」
http://img-cdn.jg.jugem.jp/b82/15839/20180729_2775141.jpg
神明神社「謡曲『鵺』と神明神社」
http://img-cdn.jg.jugem.jp/b82/15839/20180729_2775142.jpg
ブリタニカ国際大百科事典「藤原忠通」
https://kotobank.jp/word/藤原忠通-124651
デジタル大辞泉「源頼政」
https://kotobank.jp/word/源頼政-16880
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