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住みなれた街に自動車道やら国道やらが通る……


なじんでいる街に、新たな道路がつくられたとき、人はどのように感じるでしょうか……。

街のありさまは、つねに行政が考えるところの「便利なほうへ」と変わっていきます。道路についても「この自動車道をつくれば渋滞が緩和される」「この国道をつくれば流通が滞りなくおこなわれるようになる」といった理由をもとに、いままでなかったところに新たに造られていきます。

新たに造られる道路の近くに住む人たちにとって、その道路は「突然に造られた」と感じるわけではありますまい。道路ができるには工事が必要なわけで、近くに住む人は、道路が新たに造られるようすを通勤や散歩のたびに見てきたはずだからです。その工事現場を通れば、「お、なんか、ここに新たなが道路がつくられるんだな」と感じるでしょうし、昼夜ともなく立っている警備員に会えば「寒い日も暑い日もお疲れさまです」と感じるでしょう。

しかし、そんな住民の意識として映るのは、「まだ、新しい道に車は走っていない」という光景です。その道路に車が走っておらず、工事がおこなわれていれば、それが「道路」としては認識されることはさほどないのではないでしょうか。

そんな車の走ることのない道路が開通日を迎え、突如として車が走るようになります。

もちろん、道路建設を担う行政や会社にとっては、「何月何日に何々道が開通します」ということを告知してきたことでしょう。しかし、近くに住む人びとにとっては「主要な道路が開通する」ということは、工事現場を見ていてうすうす気づいていながらも、「起きないこと」とされる向きはあるのではないでしょうか。実際、その造られている道路に車は走っていないからです。

されど、開通日は確実にやってきます。

予告どおりに開通日を迎え、その道路に車が走れば、街の風景はがらっと変わります。自動車道や国道といった主要道路であればなおさらです。いままでなにも感じずに通っていた街道に、信号機つきの交差点ができ、信号まちのあいだ、これまで通っていなかった道路に、トラックやタクシーや自家用車がビュンビュン走るようになります。

それほどの交通量を目のあたりにすると、その新たな道路を「運河」のように感じる人もいるのではないでしょうか。それまで平坦だった土地に、新たなに運河ができ、渡らなければなくなるという……。

もちろん、地上のことですので、新たにできた交差点の信号が青になれば、歩いて渡れるわけです。しかし、いままでそこになにもなかった状態と、たくさんの車が走る道路が横切る状態では、やはり大きなちがいがあります。

こうした、新たにできた道路の近くに住む人びとの心理的な影響というのは、おそらくは測られることはあまりないのでは。「便利になる」というときの対象者は、たいてい新たに造られる道路によって恩恵を受ける人たちです。
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