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「伝えたいこと」があると水かけ論を防げる

写真作者:ad.mak

きのう(2018年)5月25日(金)付のこのブログの記事「『伝えたいこと』がなくても、定められる」は、記事をつくるとき、たとえ「伝えたいこと」がないとしても、記者は「伝えたいこと」を定めて、伝えたい“ふり”をして原稿を書くほうが、「なにを伝えたいか」が明確な記事になる、という主旨の話でした。

たとえ「なにを伝えたいのか」が記者の頭のなかで明確でなくても、それを定めてから原稿を書くということには、ほかの利点もあります。編集者など、“その原稿の面倒を見る人”とのやりとりが、合理的におこなわれるようになる、という利点です。

その記事で、記者が「なにを伝えたいのか」が明確になっており、かつ、それを編集者も承知していれば、記者と編集者のあいだで、その記事で「伝えたいこと」をわかりあうことができます。つまり、「なにを伝えたいのか」の方向性を一致させることができるわけです。

記者と編集者のあいだで、「なにを伝えたいのか」が一致しているかしていないかは、その後の記事が世に出るまでのあいだのやりとりに大きなちがいをもたらします。

「なにを伝えたいか」が明確であり、記者と編集者のあいだで一致していれば、記者が書いた原稿に対して、編集者は「ここは、こう改稿するほうがよいのではないでしょうか。そうするほうが、伝えたいことがより伝わりますよ」と言うことができます。記者のほうも、「自分がなにを伝えたいのか」に照らしあわせて、編集者の意見を聞くことができます。

いっぽう、「なにを伝えたいか」が明確でなく、記者と編集者のあいだで一致していないと、記者が書いた原稿に対して、編集者は「ここは、こう改稿するほうがよいのではないでしょうか」と言うだけにとどまるでしょう。そして編集者がそのように言う理由は、「私はそのほうがよいと思ったから」というものにとどまるでしょう。その編集者の進言に、記者が納得すればよいですが、「なぜ、この編集者はそんな改稿の意見を言ってくるのだろうか」と納得しない場合もきっとあることでしょう。

この二人は、この記事で「なにを伝えたいのか」を理解しあっていないため、自分の感覚で「こうするのがよい」と思うことを伝えあうしかないわけです。これだと、記者は「私は自分の書いた原稿の表現がよいと思っている」、編集者は「いや、それはちがう。こう改めるほうがいいに決まっている」と、みずからの主張にこだわるだけの水かけ論に陥ってしまうおそれがあります。

二人以上の人がなにかにとりくもうとするときは、とりくむ目的が明確になっていて、それをとりくむ人たちが理解しあっているほうが、むだな議論はすくなく済むはずです。記事造りの場合、すくなくとも記者と編集者のあいだで理解しあうべき「目的」は、その記事で「なにを伝えたいのか」になります。
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