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前を歩く人を追いぬき目的地にたどり着くかは考えどころ

写真作者:Ryo FUKAsawa

他人がこれからどのような行動をとるかは、場所や場合によっては予想つくものです。

たとえば、トイレがすぐ近くにあるような場所で、前を歩いている人がいそいそとトイレに向かっているとします。かなりの高確率で、その人はトイレで用を足そうとしているのでしょう。

この場面において自分がとくに便所で用を足す状況でないとすれば、「ああ、あの人はちょっと焦っているみたいだな」とか「一刻の猶予も許されないみたいだ」とか、心に余裕をもってその人の行動を見とどけることもできます。

しかしながら、自分もおなじ目的地に向かっている状況だとすると、心況はまるで異なったものになります。「まずい、前を歩いている人に先に使われてしまいそうだ」と。

こういうときにかぎって、トイレがひとつしか空いておらず、先に使われてしまうことはあるもの。冷や汗をかきながらトイレが空くのを待つか、そのトイレをあきらめてべつの目的地へさまようかするとことになりそうです。

ここで、道徳的観点をふくめて考えるべき課題として浮かびあがるのが、「いそいそと前を歩いている人を追いぬき、自分が先にトイレにたどり着いてもよいのか」です。

前の人はいそいそしながらも走っていはいないので、自分が走りさえすればその人を追いぬき、先にトイレにたどり着くことはできます。そのトイレは、ひとつだけ空いているかもしれません。

そして、「便所までの道のりを走ってはいけない」といった規則や法律があるわけではありません。「便所に先にたどり着いた人が便所を先に使うことができる」と考えれば、その過程は問われないわけです。

しかし、いそいそ歩いていた人にとっては、追いぬかれて便所を先に使われるのは、たまったものではありますまい。

早く用を足さなければならないような緊急事態のときは、だれであっても気が気ではなくなります。でも、おそらくは前をいそいそ歩いている人も気が気ではないはず。

そうした状況のなか、前を歩いている人を追いぬいて便所にたどり着こうとするのであれば、最大限の配慮は払ってもよいものかもしれません。

せめて、前を歩いている人に「こいつ、追いぬかしやがったな」などと思われぬような行動をとろうとすることが大切になりそうです。「これは競争になりそうだ」と感じた瞬間から行動を起こせば、直前で滑りこんで逆転したような状況を避けることはできます。

駆けだすのも避けるべきでしょう。相手の「いそいそ」よりもすこしだけ速く「すたすた」と歩めば、相手の感情を刺激するおそれはすこしは軽くなるのではないでしょうか。
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