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性格診断によって自分の判断や行動を縛る人も


写真作者:Nina A. J. G.

おもに20世紀なかごろから、人の特性を見きわめて活かすための「性格診断」や「性格分析」といわれる方法が編みだされ、使われてきました。個人が「自分のことを知りたい」と興味本位で試すというほかに、企業が多くの社員に試みさせて、組織の力を活かそうとするといった目的でも、性格診断や性格分析はおこなわれているようです。

たいていどんな性格診断の方法にも、「第何版」といったように版がありますから、改良が重ねられてきたのでしょう。改良が重ねられるということは、診断を試みる人の“ほんとうの姿”を、より正確に導きだせるようになってきているといえるのかもしれません。性格診断の信憑性が高まってくるわけです。

「あっはーん。自分って理性的な気質のもち主とばかり思っていたけれど、試験を受けてみたら、意外なほどに感情的だったのねー」とか、「むむむ。事務能力に長けていると考えていたけれど、創造性のほうが圧倒的に高かったのか」とか、人によっては性格診断を試すことで、自分が考えていたのと異なる自分に出あえることもあるのではないでしょうか。

そうした自己の発見は、新たなことにとりくむきっかけをもたらしたり、人との接しかたを考えなおすきっかけをあたえたりするといった側面もあることでしょう。

しかし、そのいっぽうで、「自分とはこういう性格の人間なんだ。性格診断でわかった自分の性格に合わないことは避けることにしよう」といったように考える人も、すくなからずいるのではないでしょうか。

性格診断を受けたある人物は、自身の変化をつぎのように語っています。

「結果を見てみたら、自分をつくりあげるさまざまな要素が、みんな『創造性』とか『発想』とかの領域に入っていたんです。自分では『理詰め』とか『確実さ』といったことをどちらかといったら自分のもち味と考えてきたのですが、ぜんぜんちがっていました」

「それで、この性格診断を受けてからというものの、『自分はきっちりとした仕事をするのは向いていないんだ』とばかり思うようになって、確認することが大切な仕事とかを頼まれても『あ、私はそれは向いていないので、できません』と断るようになってしまった。いいんだか、悪いんだか……」

どうでしょうか。「あなたはこういう性格の人です」とか「あなたは周囲からこういう人に見られています」などと判断されると、「自分はそういう人なんだ」とか「自分はそう振るまうのがいいんだ」とか強く考えすぎて、自分の判断や行動に縛りかけてしまう人も出てくるのではないでしょうか。

そういう“縮んでしまう”人を出さないため、性格診断では、質問紙や分析結果に「この診断は、あくまで参考程度のものと考えていただき、自分の行動を限定的になさらないでください」などと書いておくのも手かもしれません。

しかし、技術が進んで、正確性が高まれば高まるほど、「参考程度」とは思えないようになってきます。影響を受けやすい人は、可能であれば「受けない」というのも一考に値しそうです。

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