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1950年代、“モノラルでステレオ”の放送


動物には耳がふたつあります。左側から聞こえてくる音は左耳が早くそして大きくとらえ、右側から聞こえてくる音は右耳が早くそして大きくとらえます。

これにより、音がどの方向から聞こえてくるのかを、聞きわけることができます。左右両方の耳で聴くことには「両耳聴」という専門用語まであります。

人は、この両耳聴の特徴を、放送技術のなかでも活かそうとしました。左側から聞こえてくる音と、右側から聞こえてくる音をわける「ステレオ放送」を開発したのです。

聴取者に主音声と副音声を同時に送れるしくみを利用して、左耳には音声収録会場で左側から聞こえてきた音が、右耳にはおなじく右側から聞こえてきた音が聞こえるようにします。これで聴取者は、クラシックコンサートの会場や、スポーツ競技場にいるかのような臨場感を得ることができます。

しかし、かつては、人のもつ両耳聴の特徴に放送技術が追いついていませんでした。かつてのラジオやテレビはモノラル放送のみ。つまり、ひとつの放送で主音声と副音声を同時に聴取者に送ることができなかったのです。

そこで放送局は、モノラル放送でステレオ放送をするために工夫をしました。

NHKにはラジオ第一とラジオ第二があります。同一の放送局で、ふたつの放送波を送っているわけです。

ステレオ放送が特徴のFMラジオがまだなかった1950年代から1960年代にかけて、NHKラジオはラジオ第一とラジオ第二のおなじ時間帯におなじ音楽を放送することをしました。ラジオ第一では、左耳で聞くための音声を放送し、ラジオ第二では右耳で聞くための音声を放送したのです。

聴取者は2台のラジオを用意し、自分の左側にラジオ第一が流れるラジオを、右側にラジオ第二が流れるラジオを置き、そしてそれを聞きました。こうすることで、聴取者たちはモノラル放送によるステレオ放送を楽しんでいたのです。

この放送は「立体放送」とよばれていました。NHKは1952年、音楽や街頭録音の立体放送を試験的に実施。2年後の1954年には「立体音楽堂」というレギュラー番組を放送するまでになりました。

いっぽう、放送波をひとつしかもっていなかった放送局も、民間放送どうしが協力して立体放送を行うなどしてNHKに対抗しました。

1953年には民間放送局の北海道放送が、在日米軍向け放送局FEN(Far East Network)北海道とともに、日米交歓音楽会の音声を立体放送しました。

さらに1954年には、関東圏でラジオ東京(いまのTBSラジオ)、文化放送、
ニッポン放送が、“三元”によるラジオドラマ「われを呼ぶわれの唄」などを立体放送しました。

『広辞苑』の「ステレオ放送」の項目にも「日本では1950年代半ばに二つの異なる電波を同時に使った立体放送が行われ……」と記されています。

その後、1960年代に入ると、主音声と副音声を同時に放送できるFM放送が日本でも使われるようになり、モノラル放送によるステレオ放送という壮大なる工夫は役目を終えたのでした。

参考文献
『広辞苑』第五版

参考ホームページ
かわい耳鼻咽喉科「耳が2つある訳は?『両耳聴』の話」
mystic-news日本語訳版「ラジオ(Radio)」
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