科学技術のアネクドート

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ブログの実名性と匿名性


内幸町の日本記者クラブで行われた、日本科学技術ジャーナリスト会議の月例会に出席。

ゲストは毎日新聞科学環境部の元村有希子記者。毎日新聞の看板企画「理系白書」における大黒柱的存在の記者です。第1回科学ジャーナリスト賞では大賞を受賞しました。

単行本にもなった科学環境欄「理系白書」もさることながら、元村さんが一人で記事を書き続けている「理系白書ブログ」も話題の的。「業務命令ではじめた」ところ、開始当初は1日20人ぐらいのアクセス数だったそうですが、いまや1日5000人。大人気ブログとなりました。こんなに人気になるとは社の誰もが予想していなかったようで、いまも理系白書ブログは、元村さんの個人ブログのようでありながら、毎日新聞の名物にもなっているという、不思議な位置づけのブログのようです。

毎日新聞は、記者の名前を記事に出す「署名記事」の掲載を国内の他紙に先駆けてはじめました。当然、理系白書ブログも、元村さんは本名で記事を書いています。

ただ、ブログにおける「実名性と匿名性」といった問題には考えるところがかなりあるよう。読者からのコメントはほぼすべて匿名のため、自由闊達なコメントがある反面、アンフェアと感じられるようなコメントもあり、「実名vs.匿名」の構図には限界も感じるとのこと。

欧米のブログに比べて、日本のブログは、コメントを寄せる読者もブログの運営者も、本名を明かさない率が高いというデータもあるそうです。

存在感ほぼ皆無ながら、私も雑誌やブログでは実名を出している存在。責任をもって書くとかいったことは、正直あまり深く考えたことはありません。自分の名前を売り込むだけの目的です。有名になったらなったで、いろいろと考えることは出てくるのでしょう。

元村さんの“フツーさ”がかえって印象的でした。大学でも文系より(臨床心理学)の出身とのこと。そのフツーさが、社会一般に対する人気の理由なのかも、と思いました。

元村さんが日々更新。毎日新聞「理系白書ブログ」はこちら。
http://rikei.spaces.msn.com/
| - | 23:49 | comments(2) | trackbacks(1)
コメント
こんにちは!
先日、名古屋の松坂屋美術館で開催の「2007両洋の眼」展覧会に出かけました。展覧の絵画の中に、主催者側委員らによる対談記事の一部が掲出されていました。
その掲出文の中で、私は次のような記述に眼が留まりました。

「2006.12.6付 毎日新聞で科学担当の元村有希子記者が次のように述べている。
『科学技術の世界では、ノーベル賞受賞のような画期的で素晴らしい発見・発明であっても、何年か後には、いや、それが何百年後になろうとも、誰かが必ず発見・発明をする。
しかし、芸術の世界は違う。モーツァルトの音楽はモーツァルトでしか出来ない。何百年経っても他者には出来ない』」(カッコ内の文章表現は筆者(小林)が主旨を要約。なお、筆者は元村記者の同記事を失礼ながら確認していません。)

 とありましたが、これと同様のコメントを、かつてノーベル賞受賞式出席のためスエーデンに滞在していた小柴昌俊博士が同受賞式前に他の受賞者たちとの座談会で発言していました。
 当時、この座談会全般の模様が日本のテレビでも放映され、筆者もそれを視聴しました。その言葉に大変感銘を受けた筆者は、地域での会合や座談会で”小柴博士の言葉”として何回か紹介しています。

 元村さんのご意見とこのコメントの出典をお教え頂きたくお願い致します。
| 小林利保 | 2007/03/31 12:04 PM |
小林さん。

こんばんは。はじめまして。
偶然にも、おなじ内容の話が、いま読んでいる本に書いてありました。

ただしその本が原典ではなく、次のとおりふたつの出典がされています。しかも、その話は「モーツァルト」のところに「ベートーベン」が入ります。

ひとつは、Owen Gigrichの“The Nature of Scientific Discovery”という1975年の本の496ページに書いてあるそうで、不確定性原理という物理学の理論を打ち立てたヴェルナー・ハイゼンベルグが「私がこの世に生まれていなかったとしても、不確定性原理は誰かが定式化したでしょう。しかし、ベートーヴェンがこの世に生まれていなかったなら、作品111は誰も書かなかったでしょう」と言ったそうです。

もうひとつは、Bernard Cohenの“Flanklin and Newton”という1956年の本の43ページに書いてあるそうで、アインシュタインの言葉とされています。「ニュートンやライプニッツがこの世に生まれていなかったとしても世界は微積分を手に入れたでしょうが、ベートーヴェンがいなかったら交響曲ハ短調(第五)は決して得られなかったでしょう」というものです。

このふたつの出典が載っているのはロバート・P・クリースの『世界で最も美しい10の科学実験』という本の中の「ニュートン=ベートーヴェン比較論」という幕間話です。

漆原。
| 漆原 | 2007/04/01 2:55 AM |
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