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子どもには子どもの挨拶


義務教育で学んだことは、大人になってからじわじわと役立つようになるとよくいわれます。平城遷都は710年で「“納豆”食べたい平城京」。平安遷都は794年で「“鳴くよ”うぐいす平安京」……。こうした学習があったからこそ、必要なときいつでも時代区分を頭の引き出しから出せるというもの。

しかし、子どものころ学校で学んだことが、大人の社会で通用するかというと、かならずしもそうでないことがあります。

“わかれの挨拶のしかた”もそのひとつ。

1日の授業が終わり、学級活動の時間が済むと、日直の号令とともに、「さようなら」。先生も「はい、さようなら」。

これが、毎日のわかれの挨拶としてあたりまえでした。しかし、大人の社会では「さようなら」は、より重大な意味をもつ傾向が強くあります。

仕事を終えた部下が部長に向かって「部長、今日もありがとうございました。さようなら」と言えば、部長は「……さよならって」と、違和感をもつことになりそうです。あるいは不安を抱くかもしれません「さよならって、まさかあいつ……」。

逆に部長が、先に仕事を終えた部下に「おう。さようなら」と声をかけても、部下は「俺、クビになったのかな」などと不安に思うことでしょう。

別れの挨拶をしたあと、両者が次にコミュニケーションをとるまでに間ができますから、最後に交わし合った言葉は重要になります。

多くの会社や大人の組織集団でのわかれの挨拶は、部下が「お先に失礼します」と言って、上司が「お疲れさん」などと答えるのが通例となっています。

「さようなら」は、もともと「左様なら」あるいは「然様なら」から来ているもの。「それでは」のような意味で、そのうしろに「帰ります」とか「失礼します」といったことばが省かれているわけです。これからすると「じゃあね」や「ほなね」も「さようなら」に入るでしょう。

しかし「さようなら」を単独で使うと、やはり「もう、しばらくは会わない」とか「本当にお別れだ」といった意味が強くなってしまいます。

では、小学校や中学校などで、学級活動が終わったとき、生徒が「お先に失礼します」と言い、先生が「はい、お疲れさんでした」というべきなのでしょうか。

方針によっては、この挨拶を励行している学校もきっとあるのでしょう。しかし、挨拶のしかたも“年相応”というものがあるもの。子どもが「さようなら」といって日々下校するのに違和感がないかぎり、子どものわかれの挨拶は「さようなら」でもじゅうぶん通用しているわけです。

いまは年度末。大人の社会でも子どものころに挨拶した「さようなら」が、すこし違う意味で使われる季節でもあります。
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