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縄文時代の女性の顔も「富士市の遺跡」

静岡県富士市伝法の富士市立博物館で、企画展「富士市の遺跡」が開かれています。7月5日(日)まで。

2008年11月、富士市は富士川町と合併しました。この旧・富士川町からはこれまで多くの遺跡が発掘されていました。温暖な気候のもと原始時代から人々が生活を営んでいたことの表れです。合併後の富士市全体での遺跡の数はおよそ170、古墳の数は800以上になります。

企画展では、旧富士川町を代表する遺跡群から出土された資料や、最近になって出土された資料などが展示されています。


富士市の北西に位置する北松野地域には、標高250メートルから300メートルほどの場所に大平遺跡があります。ここでは、縄文時代中期のものとされる石皿と磨石(すりいし)が出土されています。木の実をひくための道具として使われていたのでしょう。

また、おなじく北松野地域にある浅間林遺跡からも、生活の跡を思わせる品々が数多く出土しています。遺跡の標高は50メートルほどで、中野岩沼大地という大地に当たります。


なかでもとりわけ大きな出土品が縄文時代中期のものと思われる深鉢です。取っ手の延長上に、帯の模様があり渦を巻いています。浅間林遺跡にはこうした土器が多く、人々の生活の場だったことがうかがわれます。


さて、北久保遺跡からは縄文時代晩期、およそ3000年前のものと思われる黥面土偶(げいめんどぐう)が出土されました。後頭部に突起が二つあり、また頭にはいくつもの小さな穴があけられています。

さらに特徴的なのは、顔のほおのあたりに入れ墨の線が入っている点。この土偶は、縄文時代の女性を象徴したもの。当時の最先端の化粧だったのでしょう。

富士山のふもとで生活していた人々の生活をしのばせる企画展です。「富士市の遺跡」は富士市立博物館で2009年7月5日(土)まで。お知らせはこちら。
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