2019.10.17 Thursday
台風被害でルサンチマンが発露
写真作者:Yuichi Yasuda
(2019年)10月の台風19号によって各地で浸水が起きました。いまも多くの場所で復旧のための作業がおこなわれています。
浸水のあった地区のひとつに、神奈川県川崎市の新丸子東やその周辺があります。武蔵小杉駅を最寄駅とする地区です。高層住宅や商業施設が建ちならんでいる場所には、一世代前まで大きな工場がありました。東急東横線の駅ホームの目と鼻の先は工場の敷地でした。
台風による被害があったさまざまな地域のなかで、この地域に対する世間の見かたや感じかたはかなり異なっているようです。街が泥水に浸かっているようすや、横須賀線の駅改札口が使えなくなり長蛇の列ができているようすに対して、そうした住民たちの被害ぶりをよろこぶようなことばがインターネット上では見られます。
この状況は、人びとが心に抱いている「ルサンチマン」が発露しているものととることができます。ルサンチマンとは、「恨み」や「妬み」を意味することばで、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813-1855)が使いだしたのを、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)が再定義し、その後、一般に使われるようになりました。
もともとニーチェは、被支配階級だったユダヤ人が、支配階級だったローマ人の力強さや、生きることを楽しむことなどに対して恨みや妬みを抱いたとされることについて考えをめぐらせていたといいます。ここから「強いものは悪で、弱いものは善」という考えが生まれ、さらに「貧しき者こそ幸いなり」といったような考えにまで発展し、そしてキリスト教が起こったのだとニーチェは考えました。
武蔵小杉のような高層住宅に住む人びとの所得は、おそらくは世の平均よりも高いことでしょう。そうした人びとが被害を受けていることを知った人びとが、屈折したよろこびを表現している。端的にいえば「ざまあみろ」と感じて、その感じかたをインターネットでことばとして表しているわけです。
しかし、こうした言われようは、武蔵小杉に住んでいる人びとからすれば「堪ったもんじゃない」のではないでしょうか。被害を受けたうえに、ほかの地域の人びとからもあざ笑られるというのは、どれだけのものでしょうか。
どれだけの人びとが、どのくらいのルサンチマンを抱いているかを測ることはできません。しかし、インターネットでだれもが発言できるようになり、そうした恨みや妬みが、ことばとして見受けられやすい時代となっています。
参考資料
知恵蔵「ルサンチマン」
https://kotobank.jp/word/ルサンチマン-150755
ブリタニカ国際大百科事典「ルサンチマン」
https://kotobank.jp/word/ルサンチマン-150755