科学技術のアネクドート

ゾウの時間、ネズミの時間。本編集者の時間、ニュース制作者の時間。


一般の人びと向けの生物学の本に『ゾウの時間・ネズミの時間』(中公新書)というものがあります。東京工業大学で教授をしていた「歌う生物学者」本川達雄さんが1992年に出した名著です。

この本での伝わってくるのは、動物では、体重が重くなるにつれてその動物にとっての「時間」が長くなるということ。たとえば、心臓の拍動の周期については、ゾウは3秒であるのに対し、ネズミは0.2秒。ゾウにとっての時間は、ネズミの18倍ゆっくりしたものだといいます。

ここからの話は、生物学的な根拠があるわけではありませんが、人間たちのあいだにも「時間」の長さ・短さがあるかもしれません。とくに、おなじような「伝える」ことを生業としたマス媒体ではたらいている人のあいだにも、相当な「時間」の長さ・短さのちがいがあるようです。

ゾウのように、わりと長い「時間」をもっている向きがあるのは、本づくりに携わる人たちでしょうか。たいていの書籍編集者は、2か月に一度、あるいは早くとも1か月に一度ぐらいの頻度で本をつくっては出す、といったことをくりかえします。もちろん、2冊や3冊の本づくりを並行することもあるでしょうから、極端に忙しくなる時期もあるでしょうが。

こうした「時間」をもっている人たちの頼みごとも、わりと時間に余裕のあるものとなります。「1週間後までに校正刷を見ておいてください」とか「10日後までに改稿してください」といった具合です。また、それを伝える手段も、即時性の低いメールによるものが多いでしょうか。

いっぽう、ネズミのように、とても短い「時間」をもっている向きがあるのは、放送のニュースに携わる人たちにちがいありません。たいていのニュース制作者は、伝える内容にもよるでしょうが、早ければ1日ないし数時間ぐらいのあいだにニュースの原稿や映像をつくっては出す、といったことで動いています。

こうした「時間」をもっている人たちの頼みごとも、とても短い期間を前提としたものとなります。たとえば、正午ごろに事件が起き、それを夕方の情報番組に伝えるため、「いまコメントをいただけませんか」とか「どうにかお時間いただけませんか」といった具合で迫ってきます。また、それを伝える手段も、番号を知っていれば電話でといったことになります。

ここでの問題は、そうした頼みごとを受ける側の人にも、その人なりに「時間」の短い・長いがあるということです。そして、たいていの人は、「いま頼まれごとをして、いまそれに応じる」といった短い「時間」をもってはいません。「10日後までに」という頼みごとと、「いますぐに」という頼みごとでは、どちらのほうが「わかりました」と応じやすいでしょうか。

ゾウやネズミとおなじように、ヒトも動物の一種として括られますから、ヒトとしての「時間」をもっています。しかし、「10日後までに」と依頼する人よりも「いまコメントをいただけませんか」と依頼せざるをえない人のほうが、心臓の拍動は速いのではないでしょうか。

参考資料
中公新書 知の現場から 2017年2月28日付「本川達雄の仕事場」
http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/101947.html
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