2019.06.10 Monday
テクノロジーは生物とおなじように進化する
写真作者:Caroline Davis2010
ものごとの系全体が、あたかもなにか意志のようなものをもって時を進んでいる、と感じられることはあるものです。たとえば、地球は「ガイア」とよばれる巨大な生態系と見られてきて、その系がこれからもおなじように続くのかと危ぶまれています。また、ホタルの明滅も一匹ずつの足並みが揃っていき、全体で大きく明滅するようになります。
人類が培ってきた「技術」にかかわる系もまた、全体としてはそれ自体が意志をもったように進んでいる、という見かたがあります。
米国の編集者で雑誌『ワイアード』創刊編集者でもあるケヴィン・ケリー(1952-)は、「生物学とテクノロジーはまったくおなじものである」ということに気づきました。つまり、生物たちが進化していくのとおなじようなかたちで、テクノロジーも進化するというのです。
生物とテクノロジーに通じあう進化のかたちとはどのようなものでしょうか。この二つにおける進化は、特定の順番にしたがって、進化していくため、ともに再現しやすい傾向にあるということです。
特定の順番や再現性があるということは、その規則をつくるなんらかの共通する原因がきっとあるはず。これについては、二つの力が生物とテクノロジーにはたらいているとします。
ひとつは、幾何学や物理学の法則に定められている制約です。これにより、生物やテクノロジーの進化のしかたは限定的になります。
もうひとつは、自己組織化です。内部にある慣性によって、自律的に組織化していくということです。
これらからすると、テクノロジーがどう進んでいくかは、発明した人間とは独立したところで、考えられるものとなります。その様式は「進歩」ではなく「進化」といえましょう。
しかしながら、生物の進化とテクノロジーの進化にはちがいも見いだせそうです。それは、生物の進化が無意識的な自然選択によってなされていく運命的なものであるのに対し、テクノロジーの進化は無意識的でなく人間の自由意志や選択で決まる余地があるというちがいです。
とはいえ、ケリー本人は、テクノロジーの進みかたを決して楽観視しているわけではないようす。取材記事では、人間がテクノロジーとどういう関係をもつべかについて、つぎのような考えを述べています。
「我々はテクノロジーの創造者です。しかし、一方でテクノロジーも我々を造るのです。我々は親でもあり、子でもあります。我々は雇い主でもあり、同時に彼らの奴隷でもあります。我々とテクノロジーとの関係ではそのような不一致が常に存在し続けるのです。そのため、とても心地の悪い関係性となりますが、それは永遠に続くのです」
参考資料
NEC Business Leaders Square wisdom 2014年11月21日付「『テクニウム〜テクノロジーはどこへ向かうのか?』 ケヴィン・ケリー氏インタビュー『WIRED』創刊編集長が語るテクノロジーの進化と日本の未来」
https://wisdom.nec.com/ja/technology/2014112101/02.html
HONZ 2014年7月11日「『テクニウム』利己的なテクノロジー」
https://honz.jp/articles/-/40594
朝日新聞 好書好日2018年6月8日付「慣性で組織化するテクノロジーの系」
https://book.asahi.com/reviews/11610849