科学技術のアネクドート

全体像も、ほしいものも「目印」あるからこそわかる

画像作者:greyloch

それは、Aなのか、Bなのか、Cなのか……。人は、あるものとほかのものとのちがいを見ることで、それがどの型あるいは種類に当てはめられるかを求めます。型や種類を分けることができれば、ものごとの状況を整理できるし、「それがAならこうする」「Bならこうする」「Cなら……」と、その後の行動を定めることもできるからです。

こうした識別をするときには、「目印」の存在が便利です。たとえば、カードゲームのスペード、ハート、ダイヤ、クローバーは目印ですし、運動選手のゼッケン番号も目印です。すべてのカードにマークがなかったり、選手にゼッケン番号がついていなかったりしたら不便でしょう。

生命科学の分野でも「目印」の存在は、さまざまな作業をするとき便利なものとなります。

生命科学で使われる「目印」の一例が、DNAマーカーとよばれるもの。遺伝子の部分をふくむデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)のなかに「目印」があり、それを使うと遺伝子の「地図」をつくれたり、個体のなかにほしい遺伝子があるかを調べたりすることができます。

DNAマーカーとなる部分では、塩基という物質をつくる「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」の4文字の並びかたに個体差があります。個体差が生じるからこそ、それは「目印」となるわけです。

たとえば、ある特定のDNAマーカーの部分を見ると、ある個体のものでは「AAA」となっており、またある個体のものでは「AAT」、またある個体のものでは「ATG」となっていることでしょう。型がいろいろとあることを「多型性がある」ともいいます。

DNAマーカーに着目して、「このDNAマーカーはAAAタイプだ」「これはAATタイプだ」などと見分けられれば、そのDNAや、ご主人さまである個体についての、特徴的な情報を得られるわけです。もちろん、ただ1個のDNAマーカーに着目しただけでは、AAAとAATとATGの3種類といったわずかな特徴の情報しか得られません。けれども、DNAのなかに散らばっているいくつものDNAマーカーに着目すれば、細かく特徴分けをしていくことができるようになります。

DNAのある部分を「目印」として使えると、どういったよいことがあるでしょう。

そのひとつとして、DNAの全体像を把握できるということがあります。「目印」を1個、2個、3個……といくつか揃えていき、それらどうしの関係がどうなっているかを調べていくのです。それにより「目印」をふくむDNAの全体像がどうなっているかが見えてきます。

たとえば、選んだ複数個のDNAマーカーつまり「目印」のうち、Aという目印と、べつのBという目印について着目し、この二つの関係の強さ・弱さはどうかを調べます。つぎに、Aの目印と、Cというべつの目印についても、関係の強さ・弱さはどうかを調べます。ここでの「関係の強さを調べる」とは、減数分裂を経て生じた次世代以降の個体において、AとBが相変わらずもとの型の組みあわせのままでいやすいか、それとも、ほかの型の組みあわせになってしまいやすいかなどを調べることを指します。AとCの関係についてもおなじです。

こうして「目印」どうしの関係の強さ・弱さを調べていけば、「Aと近い関係にあるのがBであり、Aとより遠い関係にあるのがCである」といったことが見えてきます。この作業を積みかさねることで、それぞれの「目印」どうしの位置関係を推定することができます。また、その「目印」は、DNA内の特定の遺伝子の近くにあるものであれば、特定の遺伝子どうしの位置関係も推定することができます。

これらの得られた情報から、DNAの全体像つまり「地図」を得ることができます。

また、DNAマーカーの目印を使えば、選抜された個体や、交配によって生まれた個体のなかに、ほしい遺伝子がふくまれているかを調べることもできます。ほしい遺伝子の近くにあるDNAマーカーは、ほしい遺伝子とともに次の代へ遺伝するからです。

選抜した個体や、交配で生じた個体で、その目印が見つかれば、その個体にほしい遺伝子の型が残されているだろうとなります。いっぽう、その目印が見つからなければ、その個体にはほしい遺伝子の型は残されていないだろうとなります。

生命科学におけるDNAマーカーという目印は、全体像を得るのにも、ほしい遺伝子を得るのにも、どちらにも便利なわけです。

参考資料
知恵蔵「多型生マーカー」
https://kotobank.jp/word/多型性マーカー-185392
デジタル大辞泉「DNAマーカー」
https://kotobank.jp/word/DNAマーカー-686786
Akifumi Shimizu「クローニングのための遺伝学(前編)」
http://www.eonet.ne.jp/~vor-dem-gesetz/Genetics1.pdf
動物遺伝研究所『動物遺伝研究所年報』
http://jlta.lin.gr.jp/laboratory/pdf/nenpo11.pdf
金谷重彦「比較ゲノム学:ゲノム情報を基盤とした生物学と数理の架け橋 2009 講義資料」
http://kanaya.naist.jp/Lecture/QTL2010.pdf
國久美由紀「リンゴ育種研究の進展とゲノムインフォマティクス」
https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/34d8b648c2178b2ceea9b9352d47cc19.pdf
不思議Labo「遺伝地図とは何か」
http://ipsgene.com/genome/human-genome-plan/genetic-map
楊和平「植物におけるDNA多型の検出方法とその応用」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/37/5/37_5_345/_pdf/-char/ja
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