科学技術のアネクドート

「1990年までには」が果たされぬまま……



2018年の12月、クジラ漁をめぐって大きなできごとがありました。日本が、国際捕鯨取締条約から抜けることを決めたのです。この条約の加盟国でなる国際捕鯨委員会(IWC:International Whaling Commission)からも抜けることになります。

日本政府は12月26日(水)に内閣官房長官談話を発表しました。そのなかに脱退の理由を読みとることができます。抜きだしてみます。
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三 しかし、鯨類の中には十分な資源量が確認されているものがあるにもかかわらず、保護のみを重視し、持続的利用の必要性を認めようとしない国々からの歩み寄りは見られず、商業捕鯨モラトリアムについても、遅くとも平成二年までに見直しを行うことがIWCの義務とされているにもかかわらず、見直しがなされてきていません。

四 さらに、本年九月のIWC総会でも、条約に明記されている捕鯨産業の秩序ある発展という目的はおよそ顧みられることはなく、鯨類に対する異なる意見や立場が共存する可能性すらないことが、誠に残念ながら明らかとなりました。
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まとめると、「捕鯨反対国からの歩みよりが見られないから」「商業捕鯨モラトリアムの見直しがされていないから」「捕鯨産業の秩序ある発展の可能性がないと絶望視したから」といったことになりそうです。

このなかの「商業捕鯨モラトリアムの見直しがされていないから」という理由は、とどのつまり「みんなで約束したのに守っていないじゃないか」と言っていることになります。

「商業捕鯨モラトリアム」とは「商業目的のクジラ漁をいったん停止しましょう」というもの。国際捕鯨委員会は1982年の総会で、この商業捕鯨モラトリアムをおこなうことを決めました。もちろん日本は反対しましたが。

これを受けて1985年から商業目的のクジラ漁が禁止されました。これ以降は、日本も、クジラがどのように生きているかを調べる目的で得られたクジラのみから、肉を得て食べるためにまわすことになりました。「調べるために捕まえたクジラの死体を放っておくのはもったいない」という理由です。

ただし、この商業捕鯨モラトリアムには、官房長官談話にある「見直し」が定められています。

「(前略)委員会は、遅くとも1990年までに、同規定の鯨資源に与える影響につき包括的評価を行うとともに(e)の規定の修正及び他の捕獲頭数の設定につき検討する」

ここでの「(e)の規定」というのは、商業捕鯨モラトリアムの中身をさします。つまり、商業のために獲ってよいクジラの数は0頭とする、というもの。なお、上の引用文も「(e)の規定」に含まれます。

日本政府は、上の引用文の中身を引きあいに出して「1990(平成2)年までに商業モラトリアムの見直しをするとみんなで決めたじゃないか。約束がちがうから会を抜ける」と言っているわけです。

条約と委員会を抜ける理由がふさわしかどうかは、人の考えや思いによってさまざまあるかもしれません。いっぽう、委員会で遅くとも1990年までにと決めたことがなされていないということは、だれから見ても明らかといえます。

参考資料
首相官邸 2018年12月26日「内閣官房長官談話」
https://www.kantei.go.jp/jp/tyokan/98_abe/20181226danwa.html
日本捕鯨協会「国際捕鯨取締役条約」
https://www.whaling.jp/icrw.html
水産庁「商業捕鯨モラトリアムについて」
http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/index.html#2
農林水産関係用語集「商業捕鯨モラトリアム」
https://kotobank.jp/word/商業捕鯨モラトリアム-809195

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