科学技術のアネクドート

“Learners Agency”で「学ぶ人の力」

経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Cooperation and Development)が2018年に掲げた「教育と能力の未来 教育2030」(The Future of Education and Skills ― Education 2030 ―)という提言書があります。2030年に向けての教育のありかたを示したものです。この提言書は、人びとの潜在力を満たし、個人、社会、地球の幸福をもとに共有される未来を描くためのものとされます。

途中で、“Learning Agency”(ラーニング・エイジェンシー)ということばが見出しとして出てきます。副題は「複雑で予測しづらい世界を進むこと」(Navigating through a complex and uncertain world)というもの。


経済協力開発機構「教育と能力の未来 教育2030」の“Learning Agency”の項目

日本語で「エイジェンシー」というと、「広告代理店」とか「代理業」といった意味あいで、会社名などによく使われます。しかし、ここでの“Agency”は、明らかにちがうもの。“Learning Agency”をどのように解釈すればよいでしょうか。

語源に手がかりがあるかもしれません。“Agency”は、ラテン語の“Agere”という動詞に由来するようでう。“Agere”には「おこなう」「動かす」「駆りたてる」「行く」といった語意があるといいます。

このことからすると、日本語でよく使われる「エイジェンシー」も、「(代理で)ものごとをおこなう役割」といった意味からきたものだと推測できます。

いっぽう、社会学では、“Agency”は用語のひとつとして確立されているようです。ウィキペディアの「Agency(sociology)」には「社会科学において、エイジェンシーとは、個人が自立して行動し、自由な選択をなすための能力のことである」とあります。また、社会学者のなかには「行為主体性」と表現する研究者もいるようです。

“Agere”の「おこなう」「動かす」「駆りたてる」「行く」からすると、社会学における“Agency”は「(個人を)動かすもの」といった意味で使われるものと推測されます。

これらからすると、経済協力開発機構が掲げる“Learners Agency”は、「学ぶ人を動かすなにか」といった意味で捉えることができるとわかります。

では、経済協力開発機構が「教育と能力の未来 教育2030」で掲げる“Agency”の説明はどうかと、“Learners Agency”の項目を見てみます。

まず、「将来を見すえた生徒・学生たちは、自身の教育や人生を通じて“エクササイズ・エイジェンシー”を必要とする」とあります。

“Future-ready students need to exercise agency, in their own education and throughout life.”

そして、「エイジェンシーは、世界に参加して、人びと、ものごと、状況をよりよくするための責務の感覚を意味する。エイジェンシーには、目標を導く枠組みを設け、目標達成のための行動を認識するための能力を必要とする」とあります。

“Agency implies a sense of responsibility to participate in the world and, in so doing, to influence people, events and circumstances for the better. Agency requires the ability to frame a guiding purpose and identify actions to achieve a goal.”

これらの説明だと、“Agency”の語源である“Agere”の「おこなう」「動かす」「駆りたてる」「行く」といった語意からは遠ざかってしまったような印象もあたえます。しかし“Learnes Agency”を「学ぶ人を動かすもの」と捉えれば、語源からはそう遠ざかってもいないようです。

“Learners Agency”における“Agency”は、学ぶ人の「能力」「実行力」「主体性」「責任感」「自己認識力」などの総体を意味するものと考えることができそうです。

これらのことばから、もっとも適した日本語をあえて選ぶとすれば、「力」となるでしょうか。つまり“Learners Agency”で「学ぶ人の力」ということです。

参考資料
経済協力開発機構“The Future of Education and Skills Education 2030”
http://www.oecd.org/education/2030/E2030%20Position%20Paper%20(05.04.2018).pdf
こんな辞典が欲しいと思いませんか「『 新英語辞典(仮称)見本版 』 の使い方」 
http://www.fermi.jp/ned/home_html/hajimeteno_tsukaikata.html
wikipedia“Agency(sociology)”
https://en.wikipedia.org/wiki/Agency_(sociology)
青山征彦「エージェンシー概念の再検討」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/19/2/19_164/_pdf

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