科学技術のアネクドート

免疫細胞に“ねらい撃ち”の機能をもたせてがん治療
ヒトのもつ免疫というしくみをたくみに使って、がんを治療しようとする研究が進んでいます。「がん免疫療法」ともよばれ、このブログのおととい(2018年)1月17日(水)の記事「チェックポイントの作用を阻害し、がんを治療」と、きのう18日(木)の記事「T細胞とがん細胞を擬人化して絵解き」では、「免疫チェックポイント阻害剤」という薬を使った療法をとりあげました。

もうひとつ、高く注目されているがん免疫療法に「キメラ抗原受容体T細胞療法」(CAR-T細胞療法)があります。2017年8月、スイスの製薬大手企業ノバルティスファーマが、この療法に使われる薬の承認を米国で世界で初めて得ました。このとき承認されたのは「B細胞急性リンパ白血病」とよばれる血液のがんを治療する目的のもの。同社はこの薬を「キムリア」と名づけました。

がん免疫療法では、免疫のしくみに携わる細胞のなかでも“主役級”である「T細胞」をうまく活かすことが大きな目標のひとつとなっています。T細胞にはいろいろな役目があるのですが、そのひとつとして「がん細胞を攻撃する」というがん治療で決定的なはたらきを担っているからです。


T細胞
画像作者:NIAID

もし、T細胞に、がん細胞を“ねらい撃ち”するような優れた能力をもたせられたら、がん治療の効果は高まることになります。これを、実現させようとしたのが、キメラ抗原受容体T細胞療法です。

キメラ抗原受容体は、がん特有の目印を見つけるはたらき、それに細胞に傷をあたえるはたらきを結びつけたような受容体。「キメラ」とは「ひとつのなかにいくつも」という語感をもつギリシャ神話由来のことばですが、この受容体では起源の異なるいくつもの遺伝子が使われることから「キメラ」ということばが冠されているわけです。

B型急性リンパ白血病の患者に対するキメラ抗原受容体T細胞療法では、まず、患者血液からT細胞をとりだして、キメラ抗原受容体を導入します。導入するにあたっては、かねてから医療や生命科学で使われてきたレトロウイルスという“運び屋”を使う手段などがあります。

キメラ抗原受容体をT細胞に導入することを、ノバルティスは「T細胞の再プログラム化」とも表現しています。この新たにキメラ抗原受容体が備わったT細胞を患者のからだに戻してやると、T細胞はがん細胞をねらい撃ちするようになるわけです。

では、キメラ抗原受容体T細胞がどんながん細胞をねらうようになるというと、B細胞急性リンパ白血病に対しては、がん細胞の表面にある「CD19」というたんぱく質が標的となります。

ノバルティスファーマは「キムリア」の承認を得るために医療機関に委託した臨床試験で、有効性があるかの評価対象となった患者63人のうち、83パーセントにあたる52人で、この薬をあたえられてから3か月いないに「完全寛解」または「血球数回復が不完全な完全寛解」を達成したと、2017年9月に発表しました。この成功率の高さに、多くの研究者が注目しています。

いっぽうで、ノバルティスファーマは、この臨床試験では「サイトカイン放出症候群」や「ガンマグロブリン血症」といった有害事象も観察されたことも発表しています。この新薬についても、有害な事象を抑えることと、治療の効果を高めることの療法が求められています。

キメラ抗原受容体T細胞療法のように、がん患者のT細胞をとりだして、がん細胞を攻撃する性質にして増やし、患者のからだに戻す療法は「養子免疫療法」ともよばれています。

参考資料
ノバルティスファーマ 2017年9月13日付「ノバルティス、難治性または2回以上の再発を認めるB細胞性急性リンパ芽球性白血病の小児および若年成人の患者さんの治療薬として、CAR-T細胞医療CTL019が初めてFDAの承認を取得」
https://www.novartis.co.jp/news/media-releases/prkk20170913
ノバルティスファーマ「がん領域の研究・開発」
https://www.novartis.co.jp/research-development/our-approach-to-drug-discovery/oncology
毎日新聞 2018年1月11日付「CAR-T細胞療法とは 遺伝子操作、がん攻撃力強化」
https://mainichi.jp/articles/20180111/dde/012/040/003000c
日本経済新聞 2017年8月31日付「新型がん免疫薬、米で承認 ノバルティス 小児の難治性白血病」
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGN30H2I_Q7A830C1000000/
ウィキペディア「キメラ抗原受容体」
https://ja.wikipedia.org/wiki/キメラ抗原受容体
タカラバイオ「遺伝子医療事業」
http://www.takara-bio.co.jp/kaisha/medicine.htm
PDQ®がん用語辞書「養子免疫療法」
https://www.weblio.jp/content/養子免疫療法
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